H18. 1.31 名古屋地方裁判所 平成13年(ワ)第2224号,平成15年(ワ)第3784号 損害賠償請求事件

 いわゆる東海豪雨によって浸水被害を被った住民らが,河川及び雨水ポンプ等の設置又は管理に瑕疵があったとして,名古屋市に対して求めた国家賠償法2条に基づく損害賠償請求が棄却された事例


平成18年1月31日判決言渡 同日原本交付 裁判所書記官
平成13年(ワ)第2224号 損害賠償請求事件〔甲事件〕
平成15年(ワ)第3784号 損害賠償請求事件〔乙事件〕
口頭弁論終結日 平成17年7月12日
判    決
   当事者の表示     別紙当事者目録記載のとおり
             (以下,当事者名に付する事件の表示は省略する)
主    文
 1 原告らの請求をいずれも棄却する。
 2 訴訟費用は原告らの負担とする。
事実及び理由
第1 請求
 被告は,原告らに対し,別紙損害額一覧の合計請求額欄記載の各金員及びこれに対する平成12年9月12日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
 本件は,平成12年9月11,12日に愛知県を中心とする東海地方において発生した集中豪雨(以下「本件豪雨」という)に伴う名古屋市天白区野並一丁目,同二丁目,古川町,井の森町,中坪町,福池一丁目及び同二丁目(ただし,野並一丁目,同二丁目及び福池二丁目については郷下川の西側部分。以下「野並地区」と総称する)における浸水被害(以下「本件水害」という)につき,同地区に居住し又は店舗等を保有する原告らが,河川,雨水ポンプ等の設置管理者又は費用負担者である被告に対し,その設置又は管理に瑕疵があったなどとして,国家賠償法2条,3条に基づく損害賠償(損害発生の日からの民法所定の年5分の割合による遅延損害金を含む)を求めた事案である。(以下,名古屋市内の区については市名を,天白区内の土地については区名を,それぞれ省略して表示することがある)
1 争いのない事実等(証拠等を掲記しない部分は当事者間に争いがない)
(1) 当事者
ア 原告ら(ただし,別紙被承継人等一覧表の承継人欄記載の原告らについては,同表の被承継人欄記載の被承継人ら)は,平成12年9月11日当時,野並地区に居住し,又は店舗,事務所,工場等を保有していた者で,本件豪雨により,その自宅,店舗等に浸水被害を被った者らである(ただし,別紙「居住等に争いのある原告ら一覧表」記載の原告ら(以下「居住等に争いのある原告ら」という)については,争いがある)。
上記被承継人らは,それぞれ別紙被承継人等一覧表の死亡日欄記載の日に死亡し,その相続人らの間で,本訴請求債権に関する当該被承継人の地位を,各承継人たる原告が承継する旨の合意がされた(ただし,別紙被承継人等一覧表記載の番号11及び16の被承継人については,同表の備考欄を参照)。
イ 被告は,野並地区付近を流れる郷下川(普通河川)について,地方自治法2条及び名古屋市水路等の使用に関する条例1条により管理している。
 被告代表者である名古屋市長は,同様に野並地区付近を流れる藤川について,藤川橋(別紙位置図参照)の上流端から河上である準用河川の部分を,河川法100条1項の規定による同法10条1項の読替えにより管理しているものであり,その管理費用は,同法100条1項,59条により,被告が負担している。一方,藤川橋の上流端から天白川合流点までの藤川は,河川法により二級河川の指定を受けており,同法10条1項により愛知県知事が管理している(以下,藤川のうち,準用河川部分を「準用河川藤川」,二級河川部分を「二級河川藤川」ということがある)。
 この他,被告は,地方自治法2条2項,同条3項,下水道法3条1項による野並排水区(別紙位置図参照)の都市排水路(中坪町74番地の2所在の野並ポンプ所の施設及び管渠を含む)の管理者であり,かつ別紙位置図記載のとおり,菅田排水区,郷下川流域及び準用河川藤川流域を設定している。なお,排水区域とは,公共下水道により,下水を排除することができる区域で,被告が区域を定め,公示するものであり(下水道法2条7号,9条1項),流域区域とは,被告が設定する,域内の降雨を河川に集水排除する区域である。
(2) 野並地区
野並地区は,天白川河口よりおおよそ6.5ないし8.5キロメートルの地点にあり,別紙位置図記載のとおり,その大半が天白川(同地区西側,北側),二級河川藤川(同南側)及び郷下川(同東側)に囲まれ,かつ,相生山(同北東,東側)等の丘陵地帯の谷間に位置し,隣接する他地区より標高が低く,鉢状にくぼんだ地形となっている地域である。?
(3) 野並地区付近の河川
ア 野並地区の北及び西側を流れる天白川は,愛知県日進市三峰峠に源を発し,名古屋市南東部を流下する,延長約23キロメートル,流域面積約118.8平方キロメートルの二級河川であり,愛知県知事が管理している。天白川は,上流から順に植田川,藤川,扇川等を合流して名古屋港へ流出しているが,野並地区付近において,上流からの勾配が急に緩やかになり,かつ同河川の河床高が堤内(野並地区)地盤高より高い,いわゆる天井川となっている。天白川を中心とし,藤川,郷下川を含む天白川水系は,名古屋市南東部の丘陵地及び南部低平地一帯にわたり,市域の約4分の1を占めている。(乙1)
イ 藤川は,天白川の支流で,合流点付近は勾配500分の1,上流は同220分の1の急勾配都市河川であり,緑区鳴海町と天白区久方三丁目にまたがる戸笠池(野並地区の東に位置する)を源とし,両区の区界付近を西方向へ流下して郷下川と合流した後,野並地区の南側を流れ,天白川へ合流しており,延長は約3キロメートルである。
二級河川藤川は,昭和45年8月24日,準用河川藤川は,昭和49年4月1日,それぞれ河川法による指定を受けたものであり,二級河川藤川の延長は約0.7キロメートル,流域面積は約5.27平方キロメートルで,準用河川藤川の延長は約2.3キロメートル,流域面積は約3.36平方キロメートルである。
準用河川藤川の流域内には鳴子池(緑区相川一丁目1所在),螺貝池(同区相川三丁目101所在)及び四郎曽池(同区長根町164所在)が存在し,鳴子池は藤川の河道の一部となり,螺貝池及び四郎曽池は排水管を通じて藤川につながっている。(甲15の1,甲69,乙1)
ウ 郷下川は,藤川の支流であり,菅田排水区と野並排水区との境界線付近である福池二丁目に端を発し,南方へ流れ,市営地下鉄桜通線野並駅(以下「野並駅」という)付近を通過した後,古川町において二級河川藤川に合流している。その起点部分から約1100メートルは暗渠であり,その後二級河川藤川との合流点までの約1140メートルは開渠である。
郷下川の河道は直線的であり,断面は下辺が短く上辺が長い台形状で,両側面はコンクリートの堤防に囲まれ,河床勾配730分の1,幅約5メートル,水深約4メートル程度である。郷下川の堤防高は,二級河川藤川との合流点付近においては,パラペットの設置によりTP(東京湾平均海面を基準とする高さ)+8.37メートルと一定となっている。
郷下川の上記の開渠部分には,別紙位置図2記載のとおり,9か所に橋が架けられ,各橋の構造は,周囲の道路面上と橋の道路面とを同一平面にするために,各橋の道路面より下部にコンクリート製の橋桁が設置されている。   
エ 藤川及び郷下川の堤防高は,いずれも天白川の堤防高よりも1メートル程度低くなっている。   
(4) 野並地区における過去の水害歴
ア 野並地区については,一帯の開発が始まった昭和40年ころから約30年間において大規模な水害がほぼ10年に1度の割合で発生しており,内水排水不良に起因する内水氾濫が多い。
   イ 平成3年の豪雨
(ア) 野並地区における過去の水害のうち,被害が大きかったものに,平成3年9月19日の集中豪雨(以下「平成3年豪雨」という)による浸水被害がある。
(イ) 被告は,平成3年豪雨当時,別紙排水区図記載の野並排水区(以下「従来の野並排水区」という)で生じた雨水を排除し,その区域の浸水を防止するための施設として井の森町58番地にポンプ施設(昭和44年7月から稼働。以下「旧野並ポンプ所」という)を有し,同所に設置した合計排水量6.18立方メートル/秒の4台の雨水ポンプにより,雨水を天白川へ強制排水していたが,平成3年豪雨の際には,旧野並ポンプ所にも浸水があり,電気系統の機器が故障したため,雨水ポンプ全台が運転不能となった。
      また,郷下川が溢水し,野並交差点(別紙位置図2参照)付近の市道東海橋線(以下「東海通」という)の道路占用地内に覆工板を取り除いて設置されていた野並駅(平成3年豪雨当時は工事中)開口部から,野並交差点付近の道路上に滞留した雨水が16万トン程度同駅構内に流入した。
(5) 野並ポンプ所等
ア その後,愛知県が進めている天白川河川改修計画に伴い,旧野並ポンプ所の移転が必要となったことから,被告は,平成6年度の野並地区排水基本計画に基づき,平成7年5月29日になされた都市計画事業認可申請の認可により,現在の野並ポンプ所を建設し,同所内に貯留量5400立方メートルの野並雨水調整池と称する雨水貯留施設(浸水対策のために雨水を貯留する施設)を設け,平成11年5月から運用を開始した。(乙4)
イ 野並ポンプ所全体の構造は,別紙ポンプ所等断面図記載のとおりであり,流入渠に流入してきた雨水を沈砂池を通した後にポンプ井から連絡井へとくみ上げ,天白川水位とポンプ所連絡井水位との落差による自然流下により,連絡井内にある水を天白川に排出する方式を採用しているが,同ポンプ所の連絡井内には,下端SP(TPマイナス1.412メートルに位置する名古屋港基準面マイナス10メートルの高さを基準面とする高さ)22.12メートル(野並ポンプ所周辺道路面から5.92メートル)の高さに80センチメートル(以下「センチ」と略記する)四方の3個の空気口(以下「本件空気口」という)が設置されていた。また,沈砂池に流入してきた雨水が一定の水位に達すると,雨水調整池の方にも水が流入し,一時的に雨水を貯めるようになっていた。(甲6の5,6,乙3,乙5の5,6,乙6,乙10の1,2,乙51)
ウ 野並ポンプ所には,雨水ポンプ(以下「本件雨水ポンプ」という)5台が設置されていたが,そのうち1台(5号ポンプ)は電気ポンプで,他の4台(1ないし4号ポンプ)は重油を燃料とするディーゼルポンプであり,5台の合計排水量は,約8.55立方メートル/秒(約514立方メートル/分,約3万0840立方メートル/時間)である。
 上記ディーゼルポンプの燃料である重油は,野並ポンプ所の敷地の地下にある重油メインタンクに貯蔵され,同タンク上方のSP18.00メートル(周辺道路面から1.8メートル)の高さに設置されていた燃料供給ポンプ(以下「本件燃料供給ポンプ」という)によりポンプ室にある重油サービスタンク(容量1000リットル)にくみ上げられ,ここから各ディーゼルポンプに供給されていた。
(6) 本件豪雨
ア 平成12年9月11日から翌12日にかけて,日本付近に停滞していた秋雨前線に台風14号からの暖かく湿った空気が流れ込み,前線を活発化させ,次々と発生した雨雲が愛知県を中心とする東海地方に本件豪雨をもたらした。
 本件豪雨時の天白土木事務所(天白区横町714番地所在。別紙位置図参照)における観測結果によれば,最大1時間雨量は同月11日午後8時10分から午後9時10分までの84.5ミリメートル(以下「ミリ」と略記する),3時間最大雨量は同日午後6時20分から午後9時20分までの215ミリ,同日午後1時から翌12日午前7時までの累計雨量は508ミリであった。
イ 本件豪雨により,藤川,郷下川双方から堤防溢水が発生し,野並排水区の降雨に限らず,上記両河川の流域の雨水が,大量に野並地区に流入した。
ウ 野並ポンプ所においては,本件燃料供給ポンプが水に浸ったため,平成12年9月12日午前1時40分ころ,同ポンプは停止し,本件雨水ポンプへの重油供給が不可能となった。このため,本件雨水ポンプのうち1台のディーゼルポンプは同日午前1時59分,他の3台のディーゼルポンプは午前3時41分,それぞれ遠隔操作により停止され,再稼働したのは,1台が午前8時27分,他の3台が午前10時ころであった。また,本件雨水ポンプでくみ上げた雨水が,本件空気口から溢水した。(乙51)
2 争点
(1) 本件水害発生の機序
(2) 準用河川藤川の河川管理の瑕疵の有無
(3) 郷下川の河川管理の瑕疵の有無
(4) 野並ポンプ所の設置・管理の瑕疵の有無
(5) 排水区の設置の瑕疵の有無
(6) ため池等の管理の瑕疵の有無
(7) 排水路等の設置・管理の瑕疵の有無
(8) 野並ポンプ所の設置・管理の瑕疵と損害との因果関係
(9) 居住等に争いのある原告らの野並地区における居住等の有無
(10)損害額
3 争点に関する当事者の主張
(1) 争点(1)(本件水害発生の機序)について
(原告らの主張)
本件水害は,本件豪雨によって,次のような経路を経て雨水が野並地区に流入したことにより,発生したものである。
ア 郷下川流域からの雨水流入
(ア) 雨水が郷下川から溢水して,野並地区に流入した。
(イ) 県道名古屋第二環状線(以下「第二環状線」という)が川の役割を果たして雨水が南下し,野並交差点を経て野並地区に流入した。
(ウ) 相生山から雨水が第二環状線へ流入し,同線と交差する東西の道路を経て,郷下川の橋を超えて野並地区に流入した。
イ 藤川流域からの雨水流入
(ア) 東海通に流出した雨水が藤川に流入せず,同通を通り野並交差点を経て,野並地区に流入した。
(イ) 藤川の堤防高が最も低い野並三丁目A番地所在のC付近から溢水した雨水が,野並交差点を経て,野並地区に流入した。
ウ 菅田排水区からの雨水流入
  菅田排水区が野並地区より標高が高いため,菅田ポンプ所(別紙位置図参照)に流入する前に雨水が野並地区に流入した。
(被告の主張)
 野並排水区の降雨のみならず,郷下川流域,藤川流域及び菅田排水区からの雨水が野並地区に流入したことは認めるが,その余は不知。
(2) 争点(2)(準用河川藤川の河川管理の瑕疵)について
(原告らの主張)
ア(ア) 準用河川藤川及び郷下川の河川管理に瑕疵があるか否かは,過去に発生した水害の規模,発生の頻度,原因,被害の性質,降雨状況,流域の地形その他の自然的条件,土地の利用状況その他の社会的条件,改修を要する緊急性の有無及びその程度等,諸般の事情を総合判断して決すべきである。そして,以下の理由から,野並地区については,被告の一律的整備水準を超えて,より高レベルでの治水計画を策定し,想定外の降雨についても超過洪水対策をとるべきであったのであり,また,天白川河川改修が遅れていたとしても,野並地区には,先行的に下水道事業を実施し,内水氾濫被害を防止すべき必要性があった。
a 国の第8次治水事業五箇年計画(平成4年9月1日付閣議決定)において,中小河川であっても地域の利用状況に照らし,50ないし100年確率での整備が必要であり,過去に甚大な被害を被った地域については緊急の対策が必要であること,河川改修の遅れがある場合であっても,下水道事業を先行的に整備して効果的な内水対策を行うべきであり,特に河川周辺の低平地で人口・産業が集積しているにもかかわらず内水被害が絶えない地域については,下水道事業と河川治水事業との効果的な協働が必要であること,計画想定降雨を超える降雨についても,閉鎖型氾濫地域における水害被害の甚大性・壊滅性にかんがみ,時機を失することなく,超過洪水対策を講ずべきこと,との指針が示されており,上記のような条件に該当する地域においては,一律的水準での整備をもっては足りず,より高度な水準での河川整備,下水道事業の先行的な整備,壊滅的被害を回避するための超過洪水対策を講ずべきものとされていた。
 b 被告が昭和63年度に見直した名古屋市総合排水計画によれば,1時間50ミリの降雨に対処し得る治水施設を計画目標としてはいるものの,さらに重要な河川については河川ごとの特性に応じて必要となる安全度の確保に向け,原則として1時間60ないし80ミリ程度の降雨に対処し得る規模の施設の整備を進めることともされている。
 c 野並地区は,天白川,藤川及び郷下川に囲まれた,いずれの河川の河床高よりも標高の低い窪地状の地域であり,地形上自然排水は不可能であることから,雨水の流入を防止する必要があり,かつポンプにより排水する必要があった。
 d 野並地区は,人口,産業,資産の集積した成熟した市街地域であり,一旦水没すれば甚大な被害が生じるのは必至であった。
 e 被告が平成6年度に策定した野並地区排水基本計画は,藤川,郷下川及び野並ポンプ所がその想定どおりの排水能力があることを前提としている。
 しかしながら,藤川及び郷下川の堤防高は,天白川についての将来計画に対応して天白川の現行の堤防高よりも低いままで放置されていた。そして,野並地区で時間雨量50ミリの雨が降る場合は,天白川上流域においてもこれに匹敵する降雨があるのが通常であるから,天白川の水位は上昇するが,上記の堤防高の差により,藤川と天白川の合流点では,両河川の水位の高低が逆転するため,藤川及び郷下川の流下能力が失われ,周辺地域の地形特性から,藤川及び郷下川の雨水が道路等を伝い,野並地区に集中するものである。
 上記の過程は十分予想できるものであり,被告が主張する時間雨量50ミリ対応という防災計画の前提となっている,天白川増水時の藤川及び郷下川の現実的な排水量の認識,把握に重大な誤りが存したものである。
 f 野並地区は,平成3年豪雨の際も本件水害と同様の機序で甚大な水害を被っている。
すなわち,平成3年豪雨の際には,相生山に降った雨水が東海通と第二環状線をそれぞれ流下し,野並交差点において衝突・滞留した後,工事中であった野並駅の開口部から流入し,流入し切れなかった滞留雨水は,勾配と水量の関係から,東海通の路上を西側に流れ,古川町に向かい,野並地区に流入し,同地区に浸水被害をもたらしたものであるところ,本件水害も同一の機序により発生したものであり,被告は,少なくとも平成3年以降は,野並地区において水害が発生する機序,水害発生の蓋然性,被害規模,回避措置を認識・理解していたものである。
g 被告緑政土木局の所管する藤川及び郷下川の河川管理と,同上下水道局の所管する野並排水区整備計画とは,基本的に別個の作業として遂行されており,相互の調整は必ずしも十分になされていなかった。
(イ) 仮に被告の計画規模が合理的であったとしても,想定している計画降雨規模を超えた場合に排水治水システムが瓦解するのでは,そのシステムはシステム自体に瑕疵が存在するものであるから,被告は,予想降雨強度を超える降雨の際にも,少なくとも計画上の降雨強度分については排水を確保できるようにしなければならなかったものである。
イ 藤川の堤防高は,別紙堤防高図記載のとおりであり,藤川橋から約120メートル上流にあるC付近においてTP8.23メートルと最も低くなっているが(藤川堤防高最下点),同点は,藤川橋の堤防高より約1メートル低く,天白川現況堤防高,本件豪雨時の天白川痕跡(最高水位痕跡)よりも低い位置にある。
 本件豪雨時においては,天白川が増水して水位が上がり,藤川が河川としての排水機能を喪失し,藤川に流れ込んだ雨水は行き場を失い,藤川堤防高最下点から溢水し,東海通に流入し,野並交差点を通って野並地区に流入したものである。
      この堤防高の低さは,藤川の改修の遅れに当たり,被告は,上記流入を予測できたにもかかわらず,その対策を怠ったものである。
(被告の主張)
 河川の管理についての瑕疵の有無は,過去に発生した水害の規模,発生の頻度,発生原因,被害の性質,降雨状況,流域の地形その他の自然的条件,土地の利用状況その他の社会的条件,改修を要する緊急性の有無及びその程度等諸般の事情を総合的に考慮し,河川管理における財政的,技術的及び社会的諸制約のもとでの同種・同規模の河川の管理の一般的水準及び社会通念に照らして是認し得る安全性を備えていると認められるかどうかを基準として判断すべきである。そして,準用河川藤川については,計画段階において河道の1時間計画降雨量50ミリの一次整備が完了しており,また,戸笠池を始めとするため池の洪水調節能力を合わせて同60ミリの整備が完了していたものであるところ,これは名古屋市総合排水計画の基準に沿うものであり,同種・同規模の河川の管理の一般水準及び社会通念に照らして是認し得る安全性を備えていたものであるから,その管理について瑕疵があったということはできない。以下,詳述する。
ア 名古屋市総合排水計画について
(ア) 被告は,昭和63年度に見直された名古屋市総合排水計画において,河川の重要度,既往洪水による被害の実態,流域の開発状況,経済効果等を総合的に判断して,以下のとおり,名古屋市における河川の整備計画(計画降雨量)を策定している。
a 都市小河川
 地域排水の根幹的治水施設としての重要性にかんがみ,基本的には30ないし50年に1回程度生起する降雨(1時間80ミリ程度)に対処できる規模の計画とするが,財政能力・整備の緊急度・経済効果等を勘案して,暫定的に1時間50ミリの降雨に対処できる規模の計画を策定し,当面の整備をはかる。
 なお,ここでいう都市小河川とは,一級河川守山川,二級河川扇川など14河川で,河川法16条の2(平成9年6月に16条の3に繰下げ)の規定に基づき,市町村長があらかじめ河川管理者と協議して河川工事又は河川の維持を行っている河川のことである(ただし,平成9年4月に「都市基盤河川」と名称変更されている)。
b 準用河川
 原則として10年に1回程度生起する降雨(1時間60ミリ程度)に対処できる規模の計画とするが,財政能力・整備の緊急度・合流先河川との整合性等を勘案して,暫定的に1時間50ミリの降雨に対処できる規模の計画を策定し,当面の整備をはかる。
c 普通河川
 1時間50ミリの降雨に対処できる規模の計画とする。
(イ) 上記の計画は,国が作成した第7次治水事業五箇年計画(昭和62年度から昭和66年度まで)においては,中小河川の整備目標として,時間雨量50ミリ相当の降雨による浸水被害を防止することを掲げているが,全国の50ミリ対応の整備率については,昭和61年度末においては28%で,昭和66年度(平成3年度)末の整備目標も未だ35%にすぎなかったこと,その後の第8次治水事業五箇年計画(平成4年度から平成8年度まで)及び第9次治水事業七箇年計画(平成9年度から平成15年度まで)においても依然として時間雨量50ミリ相当の降雨に対応することを河川についての当面の目標として掲げており,その整備率(氾濫防御率)は,平成3年度末においては35%,平成8年度末においては52%であり,平成15年度末の基本目標も未だ59%にすぎなかったことにかんがみると,全国の一般的な整備水準と比べて遜色のないものであり,河川管理における財政的,技術的及び社会的諸制約のもとでの同種・同規模の河川の管理の一般的水準及び社会通念に照らして是認し得るものである。
(ウ) 原告らは本件豪雨のように計画降雨強度を超える降雨(超過降雨)があっても,少なくとも計画上の降雨強度(時間雨量50ミリ)分については,常に排水を確保できなければならない旨主張している。
 しかしながら,治水施設が,5年に1回程度の確率で発生する降雨,すなわち,1時間の降雨量が50ミリの降雨に対応しているということは,一つのピークを持つ降雨モデルにおいて,ピーク時の1時間の量,つまり1時間当たりの最大量が50ミリで,その前後の時間帯の降雨は少なくなっていくという山形の降雨モデルに対応しているということである。したがって,ピーク時の降雨量が1時間50ミリを超えるような降雨はもちろんであるが,1時間50ミリの雨が長時間続くような降雨もまた想定外であり,5年に1回程度の確率で発生する事象ではない。
通常,河川は本川と支川によって構成されており,本川の洪水到達時間は支川のそれよりも長いため,本川の洪水到達時間内降雨強度は支川のそれよりも小さい。したがって,支川の洪水到達時間内降雨強度に相当する降雨が長時間続けば,それは本川にとって超過洪水であり,さらに本川と支川のピークが重なり合うことによって本川の異常な水位上昇などが発生し,支川の計画流量の流下に支障をきたすものである。原告らの主張は,放流先(流下先)の河川や雨水貯留施設について,5年確率の整備水準を超える整備を要求するものであって,妥当ではない。
イ 河川計画の一般について
    一般に河川計画を策定する場合,以下のとおり,①その河川の重要度に応じた計画規模を設定し,②その計画規模に見合った雨が流域に降った場合の河川への洪水流出量を求め,③その洪水流出量を処理するために河道計画や洪水調節池計画等をたてるという手順で行うものである。
(ア) 河川の計画規模は,通常,「何年に1回発生する雨に対応できる規模」と言い表される計画降雨で評価され,河川の重要度,上下流や本支川とのバランス,さらには全国的な水準などを考慮して決定している。
(イ) 次に,計画降雨時の流域からの洪水流出量を求める必要があるが,この値は基本高水流量とも呼ばれ,河川計画において基本となる値である。その算出手法については多くの手法があるが,被告においては,流域の大きさ等の観点から,主に合理式を採用している。
合理式とは,流域に降った雨が地表を流れ,河川に流入し,そして流下するという雨水の基本現象を踏まえて,同じ雨が流域全体に一定量降った場合,河川のどの地点においても流域の最遠点に降った雨が到達したときに,その地点の流量がピークになるという考えに基づいており,このピーク流出量を河川の地点ごとに求めることで,基本高水流量が設定される。合理式は,次に示す算式で表される。
Q=1/360・f・r・A
Q:ピーク流出量(立方メートル/秒)
f:流出係数
r:洪水到達時間内の降雨強度(ミリ/時間)
             A:流域面積(ヘクタール)
1/360:1ミリ・1ヘクタール/1時間
=0.001メートル・10,000平方メートル/3,600秒
 ここにいう降雨強度とは,流域に1時間当たりに降る雨の量を示しており,対象地域における過去の降雨量の資料を降雨継続時間ごとに確率処理した結果によって得られる。5年確率における1時間当たりの降雨量は,約50ミリであり,降雨強度は,同じ計画規模の雨であれば,降雨継続期間が長くなるほど小さくなり,逆に短くなるほど大きくなる。
 このようにして河川の基本高水流量が設定されるが,通常,河川は水系を構成しており,本川とそれに流れ込む支川,さらにその支川というような形で存在している。このような場合,本川については本川の洪水到達時間から算出したピーク流出量にて設定し,それぞれのピーク流出量の和ではないのが一般的である。これは,実際には支川の洪水到達時間が本川に比べて短いために,合流時点では,本川の洪水流出のピークが発生する前に,支川のピークが発生しているという考えに基づいている。
    (ウ) 次に,合理式で算出された基本高水流量を河道によって処理するわけであるが,このうち一般に河道で流し得る流量を計画高水流量といい,河道計画の策定では,この流量を流し得る流下能力を持つ河道断面,形状及び勾配を決定する。河道断面において計画高水流量を流し得る水位を計画高水位といい,その高さに洪水時の風浪,うねりなどによる一時的な水位上昇に対しての一定の余裕を加えて堤防高を決定する。
ウ 準用河川藤川について
 準用河川藤川については,周辺の土地区画整理事業に合わせてブロック積み護岸あるいはコンクリート三面張の河川として整備されたものの,両岸が生活道路として利用されていることなどから再改修が困難な状況であったため,流域内に点在するかつての農業用のため池である戸笠池,螺貝池及び鳴子池を洪水調節施設(雨水貯留施設)として活用して,洪水時における同河川へのピーク流出量を減少させ,同河川の治水安全度を高める手法を用いている。
 そして,準用河川藤川は,以下のとおり,昭和63年度の名古屋市総合排水計画見直しの段階において,河道の1時間計画降雨量50ミリの一次整備が既に完了しており,本件豪雨時においては,二次整備目標である1時間計画降雨量60ミリの降雨に対する対応についても,河道の流下能力と流域にある戸笠池,鳴子池及び螺貝池の洪水調節機能を合わせて,既に達成していたものである。
(ア) 準用河川藤川については,流域にあるため池の時間ごとの放流量や流域からため池を経ずに河道に流入する流出現象の時間変化を考慮するため,ため池や排水系統などを考慮して流域を8排水区に区分し,それらの排水区ごとに流出ハイドログラフ(排水区の流出量を時間ごとに表すグラフ)を作成している。次に,流下時間を考慮して河道に5基準点を設定し,それらの基準点ごとに排水区の流出ハイドログラフを合成し,各基準点の流出ハイドログラフ(河道の流出量を時間ごとに表すグラフ)を作成する。ここで,ため池のハイドログラフの作成に当たっては,時々刻々と変動する池水位を変数とする水理学の関数式により洪水調節計算(時間ごとに池への流入量と池からの放流量の差を求める)を行って下流へ流下する流出量を算定している。なお,計画降雨は,10年確率中央集中型24時間連続降雨波形を用いている。
 その上で,算出した流出量の最大値をもって計画高水流量としており,例えば,最下流の二級河川藤川との合流地点では,計画高水流量は46立方メートル/秒となる。
 そして,この計画高水流量を現況河道に流した場合の水位を水理計算で求めると,その水位は,橋梁の桁下高や護岸高以下となる。したがって,準用河川藤川は,流域にあるため池の洪水調節機能を合わせると10年確率(時間雨量60ミリ)に対処できる流下能力を備えていたものである。
(イ) 被告は,雨水流出抑制対策として,学校の校庭や公園等の地下に砕石等を敷き詰め,それらの隙間を利用して雨水を貯留し,放流施設の流出口を小さくすることで,学校の校庭や公園等に降った雨が外部へ流出するのを抑制する事業(流域貯留浸透事業)として雨水貯留施設の整備も行っているが,藤川及び郷下川流域並びに野並排水区については,総事業費約3億円をかけ,平成3年度に南天白中学校,平成5年度に天白学校体育センター及び野並公園,平成7年度に高坂小学校及び戸笠小学校において整備を行ってきており(総貯留量3569立方メートル),全市的に見ても比較的早い時期に雨水流出抑制対策を行ったものである。
(ウ) 本件豪雨時において名古屋市内の時間雨量50ミリの雨水整備率は約8割程度であった中で,野並地区は既にその水準を達成していたのであるから,むしろ他の地域よりも手厚い措置がなされてきたものである。
エ 原告らの主張に対する反論
(ア) 被告の想定している1時間計画降雨量50ミリというのは,雨のピーク時を挟んだ1時間の量,すなわち,想定している雨の1時間の最大量のことを指している。平成3年豪雨についても,平成3年9月19日午前5時から7時までの間の降雨強度のピークの時刻を挟んだ1時間の降水量の値は50ミリを超えていた上,被告の想定している1時間計画降雨量50ミリにおける雨のピーク時を挟んだ3時間の降雨量は75.29ミリを想定しているところ,同日午前5時から8時までの3時間に,野並駅工事現場事務所においては121ミリの降雨量を記録しているのであり,被告の治水対策上の想定である1時間計画降雨量50ミリを超えていたものである。
 本件豪雨は,上記のような平成3年豪雨と比べても,1時間当たりの降雨量,3時間当たりの降雨量がはるかに多く,治水対策の想定範囲を大幅に超えていたため,本件水害発生の有無及びその被害規模は予測不可能であった。
(イ) また,平成6年から本件豪雨前までの間に数回あった最大1時間降雨量50ミリ程度あるいはそれ以上となった過去の降雨において,浸水被害は発生していない。
  (3) 争点(3)(郷下川の河川管理の瑕疵)について
(原告らの主張)
ア 郷下川流域については,藤川流域や野並排水区と異なり,被告の計画上,洪水調節機能は考慮されておらず,また,支川も存在しないため,計画の前提として降雨波形モデル(中央集中型降雨波形)は想定されておらず,どのような降雨状況においても1時間当たり64ミリの降雨については安全に流下させ得る能力を有しているものとされている。
 しかしながら,野並地区においては,過去30年に3度にわたり,降雨による郷下川からの溢水による水害が起き,また,溢水した(郷下川からの溢水を含む)雨水が道路等の地表面を伝わり低地区に集まることによる浸水が年に1,2回は起こっている状況であったから,郷下川については,より高度の改修を行うべきであったにもかかわらず,被告はこれを怠った。
イ 郷下川は,以下のとおり,被告が予定する排水能力を有していない。
(ア) 郷下川は,藤川に直交し,降雨により藤川の水位が上がれば次第に郷下川の排水口もふさがれ,ついには郷下川の排水口は完全に遮蔽され,郷下川の排水量はゼロになってしまう。被告の主張する郷下川の流下能力は,藤川への排水が行われることが前提となっており,被告が行ったと主張するパラペットの設置,河道断面の拡大は,藤川の水位上昇に伴い郷下川の流下能力が低減・喪失されるということについては有効な対策とはいえない。
  また,藤川は,戸笠池と藤川下流との高低差がかなりあること及び戸笠池・鳴子池に貯留された水の圧力により,水を押し流す力はかなり強いのに対し,郷下川は,勾配がほとんどなく,しかもポンプの役割を果たすため池もないことから,水を押し流す力は弱い。
(イ) 郷下川の開渠部分には9か所に橋が架けられており(別紙位置図2参照),その橋桁は道路面より下部に設置されているが,郷下川は,断面が台形状をなしており,川幅は広いところで上辺は6メートル,下辺は3メートル程度であるから,橋桁により上部が40センチないし1.2メートルふさがれ,相当の流下量が減殺されている結果,行き場を失った雨水が,道路面に噴水のように噴き出すものである。
  例えば,野並3号橋,野並5号橋,郷下橋についての,それぞれの堤防高,水路下辺幅,水路上辺幅,橋桁の高さ,排水可能な水路の高さは,以下のとおりであり(単位はメートル),その結果,別紙断面図①記載1~3のように,それぞれ,流下量減殺率が約13.33%,22.85%,27.59%に及ぶ等,かなりの流下量が減殺されている。
a 野並3号橋
        堤防高4.5, 水路下辺幅2.4, 水路上辺幅5.4,
        橋桁高0.45, 排水可能な水路高4.05 
b 野並5号橋
        堤防高5.5, 水路下辺幅3.0, 水路上辺幅6.0,
        橋桁高1.0, 排水可能な水路高4.5 
c 郷下橋
       堤防高5.4, 水路下辺幅3.0, 水路上辺幅6.0,
        橋桁高1.2, 排水可能な水路高4.2 
 (ウ) 郷下川は,藤川との合流点にある排水口において,幅がかなり狭くなっており,流水量はこの排水口で約半分に減殺され,行き場を失った水が上部へ溢れ出している。排水口は,別紙断面図①記載4のとおり,ほぼ長方形の形をしており,幅4.2メートル,高さ4.6メートルで,排水口の上部には橋が架けられているが,この橋桁の幅は1.5メートルであるので,合流点直前部分の断面積が約36.6平方メートルであるのに対し,橋桁の下の排水口断面積は約19.32平方メートルであるので,流下量減殺率は約47.21%である。
ウ したがって,被告は,以下の改修を行うべきであったにもかかわらず,これを行っていない。
(ア) バイパス計画
被告は,郷下川のバイパス川を造るべきであった。現に,被告は,平成3年3月24日,野並東町内会に対して,郷下川のバイパス川を造り,水害の心配を減らすことができると,バイパス計画を説明しているが,実現しなかったものである。
(イ) また,被告は,郷下川と藤川との合流点に逆流防止水門を設置すべきであった。被告は,水門の設置を検討していたが,これについても実際には行われなかったものである。 
(被告の主張)
ア 郷下川は,野並土地区画整理組合施行の土地区画整理事業に合わせて1時間計画降雨量50ミリの整備が行われており,昭和63年度に見直された後の名古屋市総合排水計画の基準に沿った整備水準であった上,平成3年から平成10年にかけて行った環境整備事業において河道断面の拡大を図るとともに,パラペットによるかさ上げも行ったのであるから,同種・同規模の河川の管理の一般水準及び社会通念に照らして是認し得る安全性を備えていたものであり,その管理について瑕疵があったということはできない。
  野並地区において浸水が年に1,2回起こっている状況にあったとの事実は否認する。
イ 郷下川の流下能力
(ア) 流出量
郷下川に関しては,流出量(降雨時に流域から河川に流入する雨量)は,次の合理式から求める。
Q=1/360・f・r・A
Q:ピーク流出量(立方メートル/秒)
f:流出係数
r:洪水到達時間内の降雨強度(ミリ/時間)
  5年確率の降雨強度:r=389.l/(√t+0.163)
      t:洪水到達時間(分)
            A:流域面積(ヘクタール)
 名古屋市総合排水計画では,183ヘクタールの郷下川流域を,別紙流域図記載のとおり,①郷下川上流端から湾曲部(藤川合流点から約910メートル上流)の区間に雨水が流入する98.54ヘクタール,②湾曲部から野並3号橋の区間に雨水が流入する156.17ヘクタール(98.54ヘクタール+57.63ヘクタール),③野並3号橋から藤川合流点の区間に雨水が流入する流域183.00ヘクタール(156.17ヘクタール+26.83ヘクタール)の範囲に3分割し,5年確率(時間雨量50ミリ)の降雨があった場合に,それぞれの区間に流出して来る雨量を合理式によって求めているが,その結果は,別紙流出量計算表記載のとおりである。以下,計算に用いた数値について説明する。
a 流域面積(A)
 「湾曲部から上流端」に流入する区域は98.54ヘクタール(市街地47.59ヘクタール,緑地50.95ヘクタール),「野並3号橋から湾曲部」は57.63ヘクタールを加えて156.17ヘクタール(市街地57.68ヘクタール,緑地98.49ヘクタール),「藤川合流点から野並3号橋」はさらに26.83ヘクタールを加えて183.00ヘクタール(市街地84.51ヘクタール,緑地98.49ヘクタール)である。
b 流出係数(f)
 市街地の流出係数を0.8,緑地の流出係数を0.6として,流域面積による加重平均値を採用する。「湾曲部から上流端」は0.70,「野並3号橋から湾曲部」は0.67,「藤川合流点から野並3号橋」は0.69となる。また,採用する数値は,建設省河川砂防技術基準(案)同解説計画編の「一般市街地」及び「畑,原野」を適用している。
c 洪水到達時間内の降雨強度(r)
 合理式に用いる降雨強度は,流量算定地点と最遠点の間の洪水到達時間によって異なるため,「湾曲部から上流端」及び「野並3号橋から湾曲部」は洪水到達時間30分で,5年確率の降雨強度式から時間当たり69.0ミリ,「藤川合流点から野並3号橋」は洪水到達時間35分で時間当たり64.0ミリとなる。
d 流出量(Q)
 それぞれの区間について,上記aないしcを合理式に代入し,後で求める河道の流下能力が流出量を下回ることがないよう,求められた値を切り上げて整数としたものを1秒当たりの流出量とした結果,以下のとおりである。
  ① 湾曲部から上流端まで      14立方メートル/秒
  ② 野並3号橋から湾曲部まで    21立方メートル/秒
  ③ 藤川合流点から野並3号橋まで  23立方メートル/秒
(イ) 郷下川の河道は,昭和63年度に名古屋市総合排水計画を見直した当時から,上記(ア)により計算された流出量を流下させる能力を有していた。郷下川の流下能力の算定は,次の等流計算式で行っているが,別紙流域図記載のとおり,200メートルごとに5か所の断面(以下,この5か所の断面を下流から順に「代表断面①ないし⑤」とする)を選んでその流下能力を求めた結果,別紙断面図②記載のとおり,すべての箇所で流下能力がピーク流出量を上回っており,郷下川は5年確率(時間雨量50ミリ)の降雨による洪水に対処できる能力を備えていた。
  等流計算式
Q=A・V  
Q:流量(立方メートル/秒)
A:流水断面積(平方メートル)
V:流水断面の平均流速(メートル/秒)
V=1/n・R2/3I1/2
n:粗度係数
R:径深(メートル)(流水断面積A/潤辺長P)
I:動水勾配
a 流水断面積(A)
 洪水が流下する断面の面積である。計画流量を流す際の断面積は,代表断面①及び②では10.774平方メートル,代表断面③及び④では10.061平方メートル,代表断面⑤では7.560平方メートルである。
b 粗度係数(n)
 流水が接する壁面の粗さの程度を表す係数で,両岸及び河床にコンクリートやブロックなどが施されている河道では,建設省河川砂防技術基準(案)同解説調査編のコンクリート人工水路(n=0.014~0.020)を適用し,0.020を採用している。
c 潤辺長(P)
 流水と固体壁面との接する周辺長である。計画流量を流す際の潤辺長は,代表断面①及び②では8.652メートル,代表断面③及び④では8.374メートル,代表断面⑤では7.486メートルである。
d 径深(R)
 流積と潤辺の比で,開水路(上面が大気にさらされている水路)の水理学で使われる。
e 動水勾配(I)
 水路におけるエネルギー線の流水方向の変化率で,等流では一般的に河床勾配を用い,郷下川では現状の勾配からその値は「730分の1」である。
f 平均流速(V)及び流量(Q)
 代表断面①及び②の計画流量は毎秒23立方メートルであり,水深2.55メートル,流速毎秒2.142メートルで流下能力は計画流量を上回り,水面から護岸天端までは1.46メートル程度の余裕がある。代表断面③及び④の計画流量は毎秒21立方メートルであり,水深2.56メートル,流速毎秒2.091メートルで流下能力は計画流量を上回り,水面から護岸天端までは0.96メートル程度の余裕がある。代表断面⑤の計画流量は毎秒14立方メートルであり,水深2.70メートル,流速毎秒1.862メートルで流下能力は計画流量を上回り,水面から護岸天端までは0.60メートル程度の余裕がある。
ウ 排水能力についての原告らの主張に対する反論
(ア) 藤川との関係 
通常予想される規模の降雨(時間雨量50ミリ程度)であれば,郷下川の流下能力に影響を及ぼすほどに藤川の水位が上昇するようなことはない。本件豪雨において藤川の水位が上昇したのは,本件豪雨が通常予想される規模をはるかに超える降雨であったからである。
 原告らは,郷下川を藤川と比較して,藤川は,戸笠池と藤川下流との高低差がかなりあること及び戸笠池・鳴子池に貯留された水の圧力により,水を押し流す力はかなり強いのに対し,郷下川は,勾配がほとんどなく,しかもポンプの役割を果たすため池もないことから,水を押し流す力は弱いと主張する。しかしながら,まず,河川は,必要に応じて落差を設けて縦断勾配を調整し,河床の洗掘など有害な現象が発生しにくいよう対策を講じているため,地形上の勾配が急な地域であるからといって,必ずしも河川の勾配が同様に急であるとは限らない。また,河川の流下能力を算定する際に使用する等流計算式には動水勾配(河床勾配)に関する要素が含まれており,勾配の緩急を勘案した上で計画流量を流し得ることを確認しているので,勾配がほとんどないことを理由に構造上の欠陥があるということはできない。さらに,戸笠池・鳴子池など,ため池の治水機能は,貯留された水の圧力により河川の水を押し流すことにあるのではなく,洪水を一時的に貯留して下流へ流す量を抑制することなのである。このような効果を向上させるために,被告は,ため池を掘削して洪水調節容量を増加させたり,放流施設を改良して放流量をおさえたりして改良してきた。
(イ) 橋桁部分について
原告らは,橋桁の幅の分が郷下川の水路をふさぎ,流下量を減殺している旨主張するが,原告らの主張する橋桁の部分における河道断面寸法を利用して等流計算式により算出した同部分の流下能力は,別紙断面図③記載2~4のとおりであり,郷下橋で1.47メートル,野並5号橋で1.73メートル,野並3号橋で0.96メートルの余裕があり,現在の断面で十分に計画流量を流下させることができるから,通常予想される規模の降雨(時間雨量50ミリ程度)による洪水が流下するために必要な断面は橋桁より低い位置で確保されているものである。
また,一般部の護岸の高さは計画流量を流下させる水位よりかなり高い位置にあるので,計画を上回る降雨時にはさらに水位が上昇し,橋桁より高くなるような状況となる場合がある。このように水位が溢水するような高い位置になれば,橋桁の下はいわゆる「もぐり」になって流速が速くなり,若干の損失は生じるものの,流下する水量は計画流量よりはるかに大きくなるものである。
(ウ) 藤川との合流点について
 藤川との合流点についても,原告らは一般部に比べて断面が狭く,流下量が減殺されると主張するが,橋梁部と同様,計画流量の流下に何ら問題はないし,計画を上回る降雨時には流下する水量は計画流量よりはるかに大きくなる。したがって,通常予想される規模の降雨による洪水が流下するために必要な断面は確保されており,行き場を失った水が上部へ溢れ出すということはない。具体的な計算については,別紙断面図③記載1のとおりであり,約27立方メートル/秒の流下能力があり,1.94メートルの余裕があるものである。
 エ 原告らが行うべきであったと主張する溢水対策について
    (ア) バイパス工事について
      平成3年当時の郷下川は,現在と同じ位置にあって両側を道路に挟まれていた上に,川沿いに人が歩く散策路もなく,雑草が繁茂しており,市民に親しまれる河川ではなかった。そこで被告は,地元の人たちが散歩や通勤などで川沿いを歩いたり,水面に近づいたりできる良好な水辺空間を創出するとともに,従来の治水機能を確保した整備を行うため,郷下川の河道を暗渠化してその上を道路として利用する代わりに,西側道路部分に新たな川(いわゆるバイパス)を造ることを企画した。そして平成3年3月24日の説明会において,この案(暗渠化案)を地元住民に提示して意見を聴いた。しかし,その後,同年4月11日及び21日に再度説明会を開催して意見を聴いたところ,西側(新たな川をつくる側)の住民から,地先道路が狭く,自動車の出入りがしづらくなるなどの理由で強い反対意見が出て,この案は実現に至らなかった。その後の調整の結果,最終的には現河道の位置で環境整備を行う案(現行整備案)で地元の了承を得,現在のように実施されたものである。同年3月24日の説明会で提示した整備案(バイパス計画)と最終的に地元と合意して実施した現行整備案(ただし,パラペット設置前の状態)とは,治水能力に差はない。
    (イ) 逆流防止水門について
平成3年豪雨の経験から,被告は,当時予定されていた河川環境整備事業で設置する護岸をパラペットによりかさ上げして溢水に対応することとし,上記豪雨における溢水時の水位は,TP+8.19メートルと推定されたことから,これに0.2メートルの余裕を加えたTP8.39メートルを護岸の高さとして,総事業費約22億円をかけ,平成3年度に工事に着手し,平成10年度に完了した。
 下流河川の異常な水位上昇による支川の溢水防止対策としては,他に下流河川との接続点に逆流防止水門を設置する手法があるが,郷下川上流から流下する雨水は全く排水できなくなるため,水門の設置と合わせて雨水ポンプを設置することが必要となること,特に平成3年豪雨のように,流域での降雨と下流河川の水位上昇が同時に発生するような場合には,水門の閉鎖がより大きな溢水を起こすことが考えられたこと,ポンプ所の築造には多大な予算の確保が必要となり,効果発現までに非常に長い時間を要すること,水門を閉鎖するような場合は,天白川及び藤川の水位が非常に高く危機的な状況であり,郷下川からポンプ排水を続けることは,下流河川に深刻な影響を与えることになって,施設があっても稼働できないおそれがあったこと,パラペットの設置ならば既に実施が予定されていた郷下川環境整備事業と同時に実施することにより,早急の対応ができること等から,被告は逆流防止水門を設置する手法を採用しなかったものである。
(4) 争点(4)(野並ポンプ所の設置・管理の瑕疵)について
(原告らの主張) 
 野並ポンプ所には,①本件雨水ポンプの排水能力,②本件燃料供給ポンプの設置位置及び設計,③ポンプ所の設計,④ポンプ所の管理について,それぞれ瑕疵がある。以下,順次述べる。
ア ポンプ所,ポンプ,下水管渠などの排水システム,ため池等の人工公物については,河川のように自然的原因による災害発生の危険性を内在させているため通常備えるべき安全性の確保について治水事業の実施による段階的達成を予定したものではなく,当初から通常予測される災害に対応した安全性を備えたものとして設置されて公用開始されていることから,営造物が通常有すべき安全性を欠き他人に危害を及ぼす状態にあるかどうかについて,当該営造物の構造,用法,場所的環境及び利用状況など諸般の事情を総合考慮して,個別具体的に判断すべきである。
そして,上記の施設が通常有すべき安全性を備えているというのは,当該地域の雨水を迅速かつ滞りなくポンプ所に集水した上で全量を河川などに放流することができ,内水滞留を生じさせない機能を具備していることを意味しており,上記(2)(原告らの主張)ア記載の理由から,被告は,平成6年度の排水区計画策定の際に,5年確率の降雨(50ミリ対応)よりも高レベルの計画規模に基づき排水区計画を策定・実施する必要があったものであり,予想降雨強度を超える降雨の際にも,少なくとも計画上の降雨強度(50ミリ)分については排水を確保できるようにしなければならなかったものである。
イ 本件雨水ポンプの排水能力について
(ア) 流出係数
 都市化の急速な進展に伴い,野並地区の流出係数は0.7以上とすべきであった。
(イ) 排水面積
以下の理由から,①郷下川流域の野並三,四丁目,②藤川流域,③菅田排水区を全体的に一つの地域として考慮するか,あるいは野並排水区に上記区域からの落ち水量を加算して設定すべきであった。
すなわち,上記区域から野並地区への雨水流入は,時間雨量50ミリに達する以前に大量に発生しており,このことは本件豪雨以前においても毎年のように確認されていたものである。野並地区においては梅雨又は秋雨時にちょっとした大雨になると,道路上10ないし20センチくらい,水が川のように流れたり,たまったりすることは毎年のように発生していた。
中でも,野並三,四丁目については,東から西へ低下しており,第二環状線から郷下川にかけて,野並三丁目あたりは120メートルにつき6ないし7メートル低くなり,野並四丁目あたりは100メートルにつき5メートルくらい低くなっている上,郷下川の西側に関しても120メートルにつき3メートルくらい低くなっており,さらに,郷下川には道路ごとにほぼ道路幅以上の橋が架けられているため,雨水は各道路及び橋を通って野並地区へと流入したものである。
(ウ) 被告は,上記(ア)の流出係数及び同(イ)の排水面積を前提として雨水ポンプを設計すべきであり,その場合,本件雨水ポンプの2倍程度の排水能力が必要であったのであるから,本件雨水ポンプには,その排水能力の点に瑕疵が存在した。
ウ 本件燃料供給ポンプの設置位置及び設計について
(ア) 設置位置
 名古屋市防災会議は,燃料供給ポンプ等は風水害等に耐えられる構造とし,ポンプ所の一部に浸水があっても機能が停止しないように計装及び電気設備類を浸水安全レベルに設置するものとしているが,野並地区は,すり鉢状の低地であり,容易に浸水する場所であるので,本件燃料供給ポンプは,地上3メートル

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最終更新:2006年03月13日 13:20
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