H17. 9.16 名古屋地方裁判所 平成15年(ワ)第4903号 残業代金等請求事件

 被告に雇用されていた原告が,被告に対し,法定時間外労働に対する割増賃金の未払があるとして,未払額及び遅延損害金の支払並びに未払額と同額の付加金及び遅延損害金の支払を求め,また,被告の出向命令が存在せず又は無効であるとして,出向先において労働する義務のない地位にあることの確認を求め,さらに,被告の従業員から,セクシャル・ハラスメント行為等を受けたとして,慰謝料及び遅延損害金の支払を求めた事案について,原告の主張がおおむね認められた事例


平成17年9月16日判決言渡
平成15年(ワ)第4903号 残業代金等請求事件

      主       文


1 被告は,原告に対し,30万9268円及び内金1万2373円に対する平成13年11月29日から,内金1万7675円に対する同年12月29日から,内金2万7393円に対する平成14年1月29日から,内金2万7749円に対する同年3月1日から,内金8538円に対する同月29日から,内金5336円に対する同年12月29日から,内金1万3376円に対する平成15年1月29日から,内金2万6297円に対する同年3月1日から,内金4225円に対する同年8月29日から,内金2万7037円に対する同年9月29日から,内金1万8613円に対する同年10月29日から,内金3万6116円に対する同年11月29日から,内金1万9225円に対する同年12月29日から,内金1万5126円に対する平成16年1月29日から,内金2万3124円に対する同年2月29日から,内金2万7065円に対する同年3月29日から,それぞれ支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。
2 被告は,原告に対し,30万9268円及びこれに対する本判決確定の日の翌日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

3 原告が出向先である株式会社Aにおいて労働する義務のない地位にあることを確認する。

4 被告は,原告に対し,100万円及びこれに対する平成15年11月29日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

5 原告のその余の請求を棄却する。

6 訴訟費用は,これを5分し,その2を原告の,その余を被告の各負担とする。

7 この判決は,第1項及び第4項につき,仮に執行することができる。

  事実及び理由


第1 請求

1 被告は,原告に対し,57万3129円及び別表1の「未払金(円)」欄記載の各金員に対する「年月」欄記載の月の各29日(ただし,2月については,うるう年の平成16年を除き3月1日)から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。
2 被告は,原告に対し,57万3129円及びこれに対する本判決確定の日の翌日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

3 主文第3項同旨

4 被告は,原告に対し,300万円及びこれに対する平成15年11月29日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。


第2 事案の概要

1 本件は,被告に雇用されていた原告が,被告に対し,法定時間外労働に対する割増賃金の未払があるとして,未払額及び遅延損害金の支払並びに未払額と同額の付加金及び遅延損害金の支払を求め,また,被告の出向命令が存在せず又は無効であるとして,出向先において労働する義務のない地位にあることの確認を求め,さらに,被告の従業員から,セクシュアル・ハラスメント行為(以下「セクハラ行為」という。),常時監視やいじめ行為,プライバシー侵害行為,違法な退職勧奨等を受けたとして,慰謝料及び遅延損害金の支払を求めるものである。
2 争いのない事実


(1) 被告は,土木建築工事請負業等を業とする株式会社である。
原告は,平成9年2月12日,被告との間で労働契約を締結し,被告滋賀支店で正社員の総務事務担当として勤務していた。

(2) 原告は,平成13年2月から,被告滋賀支店と同じ建物にある株式会社A滋賀支店において稼働するようになり,遅くとも同年4月初旬ころ(原告の主張では同年2月26日)からは,清掃業務を含む物件管理の仕事に従事している。

(3) 被告は,平成13年2月21日付けで,原告に対し,株式会社A滋賀南支店への出向を命じた(以下「南支店出向命令」という。)が,その後,同出向命令は撤回された。

(4) 被告の就業規則23条によれば,被告における所定労働時間は,1日8時間(始業午前8時,終業午後5時,休憩時間午前12時から午後1時までの1時間)である。

また,被告の就業規則28条によれば,所定休日は,日曜日,国民の祝日,年末年始,夏期休暇,その他会社が指定した日である。

(5) 原告の平成13年1月から平成16年3月までの1か月平均所定労働時間,各月ごとの基本給,職能手当,精勤手当,業務推進手当の各額,各月ごとの時間外労働時間は,別表1(別表2と同一)記載のとおりである。

(6) 被告における賃金は,毎月20日締め(毎月21日から翌月20日までの賃金)の28日払いである。

(7) 原告は,平成14年3月8日から同年12月8日まで9か月間欠勤した。

(8) B労働基準監督署は,株式会社Aに対し,平成13年7月21日以降の残業代を原告に支払うよう是正勧告した。


3 争点

本件の争点は,(1)原告の法定時間外労働に対する割増賃金の未払があるか,(2)割増賃金債務につき消滅時効が完成しているか,(3)原告の付加金請求が認められるか,(4)原告は株式会社Aにおいて労働する義務を負っているか,(5)原告の慰謝料請求が認められるかというものである。
(1) 争点(1)(原告の法定時間外労働に対する割増賃金の未払があるか)について

ア 原告の主張


(ア) 原告は,別表1の「時間外労働時間(U)」欄記載のとおり,被告において,平成12年12月21日から平成14年12月20日までの間,190.5時間の法定時間外労働をし,平成14年12月21日から平成16年3月20日までの間,214.7時間の法定時間外労働をした。
(イ) 原告の法定時間外労働に対する割増賃金を計算する上での通常の労働時間又は労働日の月額賃金は,別表1の「基本給(円)」欄記載の額,「職能手当(円)」欄記載の額,「精勤手当(円)」欄記載の額及び「業務推進手当(円)」欄記載の額の合計である「合計(円)」欄記載の額である。


したがって,この月額を1年間における1か月平均所定労働時間数である別表1の「所定労働時間(U)」欄記載の時間で除すと,1時間当たりの賃金は,別表1の「単価(円)」欄記載の額となり,1時間当たりの法定時間外労働に対する割増賃金は,これに1.25の割増率を乗じた別表1の「割増単価(円)」欄記載の額となる。
そうすると,原告の法定時間外労働に対する割増賃金は,別表1の「割増単価(円)」欄記載の額に「時間外労働時間(U)」欄記載の時間を乗じた「未払金(円)」欄記載の額となる。


(ウ) これに対し,被告は,業務推進手当の中に月45時間までの残業手当が含まれているとして,法定時間外労働に対する割増賃金の未払の存在を否定している。

しかし,原告が被告に入社する際に,被告が主張するような業務推進手当に関する説明を受けた事実は,一切なかった。これは,原告が株式会社Aへ出向する際にも同様であった。
被告主張の賃金規定(乙5)24条によっても,業務推進手当が実質的に割増賃金としての性格を有するとは認められないし,そもそも割増賃金部分とそれ以外の部分とが明確にしゅん別できるとは到底いえない。

なお,被告の就業規則も賃金規定も労働者に対する周知手続を欠いたものである。


(エ) よって,原告は,被告に対し,法定時間外労働に対する割増賃金として,別表1の「未払金(円)」欄記載の各金員の合計額のうち57万3129円及び上記各金員に対する各支払日の翌日である別表1の「年月」欄記載の月の各29日(ただし,2月については,うるう年の平成16年を除き3月1日)から支払済みまで商事法定利率年6分の割合による遅延損害金の支払を求める。

イ 被告の主張

(ア) 原告が被告に入社する際,被告の採用担当者のCが原告の面接をしたが,その際,Cは,原告に対し,「業務推進手当が月45時間分の残業代(固定残業代)に相当すること」を明確に説明している。これは,被告と原告との間の労働契約の一部をなすものである。
(イ) 業務推進手当は,賃金規定(乙5)の24条に明記されているとおり,被告においては,営業担当従業員及び工事担当従業員以外の従業員(原告は,これに相当する。)に支払われるもので,1か月45時間までの残業手当に相当するものである。


これは,賃金規定の24条4項4号において,固定残業手当分を超える変動残業手当として次の計算により支給するとして,基準内賃金÷1か月平均所定労働時間(188)×1.25×時間外労働時間数-固定残業手当とする旨の算式が記載されていることからしても明らかである。

(ウ) 賃金規定(乙5)は,平成5年3月29日,D労働基準監督署に届出されたものであり,被告の各営業所においても,就業規則(乙1)と同様に従業員がいつでも見ることができる場所(タイムカードのある所)に置かれていた。

原告は,平成9年2月12日,被告滋賀支店に入社したもので,上記賃金規定を見ることが可能であった。

(エ) 業務推進手当が月45時間分の残業代に該当するものである以上,原告の法定時間外労働に対する割増賃金を計算する上での通常の労働時間又は労働日の月額賃金は,別表2の「基本給(円)」欄記載の額,「職能手当(円)」欄記載の額及び「精勤手当(円)」欄記載の額の合計である「合計(円)」欄記載の額となる。

そして,この月額を1年間における1か月平均所定労働時間数である別表2の「所定労働時間」欄記載の時間(別表1の「所定労働時間(U)」欄記載の時間と同じ時間)で除すと,1時間当たりの賃金は,別表2の「単価(円)」欄記載の額となり,1時間当たりの法定時間外労働に対する割増賃金は,これに1.25の割増率を乗じた別表2の「割増単価(円)」欄記載の額となる。
そうすると,原告の法定時間外労働に対する割増賃金は,別表2の「割増単価(円)」欄記載の額に「時間外労働時間」欄記載の時間(別表1の「時間外労働時間(U)」欄記載の時間と同じ時間)を乗じた「割増賃金(円)」欄記載の額となり,いずれも固定残業代である「業務推進手当(円)」欄記載の額の範囲内である。

したがって,被告は,原告に対し,法定時間外労働に対する割増賃金を支払う義務はない。


(オ) なお,被告は,原告に対し,労働基準監督署の指導により,平成15年3月分から平成17年4月分までの時間外勤務手当として,平成17年5月28日に18万5473円,平成17年6月28日に4041円(平成16年10月分の計算間違いについての追加払い。)を支払っており,原告の平成13年1月分から平成16年3月分までの請求に対応する平成15年3月分から平成16年3月分までの弁済分は,9万5314円である。

したがって,原告の請求が正当であるとしても,9万5314円は一部弁済により消滅した。
(2) 争点(2)(割増賃金債務につき消滅時効が完成しているか)について
ア 被告の主張


労働基準法115条によれば,賃金については,支払期限から2年の経過によって時効により消滅する。
原告が被告に対し訴訟を提起したのは,平成15年11月20日であるから,仮に,被告に割増賃金の支払義務があるとしても,平成13年10月分以前の割増賃金については,上記時効期間の経過によって消滅したので,被告は時効を援用する。


イ 原告の主張

(ア) 被告及び株式会社A(以下「被告ら」という。)は,原告の請求する割増賃金の基礎となる法定時間外労働時間については,原告が被告に対し割増賃金の支払を請求した当初からすべて認めていたのであり,被告らによる業務推進手当に関する独自の解釈によりその全額の支払義務を否定する主張をしていたにすぎない。よって,被告は,債務を承認していたといえる。
(イ) 被告らは,原告による割増賃金の支払請求に対し,原告の加入した労働組合による団体交渉においても,B労働基準監督署からの株式会社Aに対する調査や是正勧告においても,これまで一切消滅時効の援用を主張してこなかった。むしろ,被告らは,債務を承認してきたといえる。よって,被告は,信義則上,消滅時効の援用をすることは許されないと解すべきである。


(3) 争点(3)(原告の付加金請求が認められるか)について
ア 原告の主張


(ア) 原告は,平成15年7月25日,株式会社A(本来は被告とすべきであったことが後に判明した。)による割増賃金の不払につき,B労働基準監督署あてに労働基準法違反申告書を提出した。ところが,被告らは,B労働基準監督署からの調査にも誠実に対応することなく,提出を命じられた業務推進手当等の賃金の根拠資料等の提出を拒否するなど,行政による監督指導にさえ従おうとしない。そして,是正勧告書が交付された後でさえ,被告らは全くこの是正勧告を無視し続け支払を拒否してきたものである。それどころか,被告は,是正勧告書について,実態を調査することなく原告の一方的な申立てに基づいてなされたもので根拠を欠くなどとひぼうしている。

このように被告は,労働基準法違反であることを認識しながら,あるいは少なくとも認識可能でありながら,それを無視して原告への割増賃金の支払を拒絶してきたことが明白である。
したがって,被告に付加金の支払を命じて制裁すべき悪質性は十分に認められるのであり,本件は正しく付加金支払を命ずるにふさわしい事案である。


(イ) よって,原告は,被告に対し,労働基準法114条に基づき,未払の割増賃金と同額の付加金57万3129円及びこれに対する本判決確定の日の翌日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める。

イ 被告の主張

(ア) 被告は,原告に対して,業務推進手当という名目で月45時間までの法定時間外労働に対する割増賃金を支払ってきたもので,被告は,原告に対し,割増賃金の支払義務はない。
(イ) B労働基準監督署が,被告ではなく,株式会社Aに対し,平成13年7月21日以降の法定時間外労働に対する割増賃金を支払うよう是正勧告をしたことは事実であるが,これは,実態を調査することなく原告の一方的な申立てに基づいてなされたもので,根拠を欠くものである。

被告に対しては,是正勧告はされていない。
(ウ) よって,被告については,法定時間外労働に対する割増賃金について故意に支払をしないということはないもので,仮に不支給があったとしてもそれは悪質なものではなく,付加金を課することは許されない。
(エ) また,被告については,原告の割増賃金請求権が時効消滅しており,付加金を課する前提を欠き,付加金を課することは許されない。


(4) 争点(4)(原告は株式会社Aにおいて労働する義務を負っているか)について
ア 原告の主張


(ア) 原告は,平成13年2月20日,被告から,口頭で,南支店出向命令を受けたが,これに異議を申し出て,被告滋賀支店で勤務を続けた。

しかし,原告は,平成13年2月26日からは,株式会社A滋賀支店で清掃作業等に従事させられた。
なお,南支店出向命令の辞令(甲5)は,同年3月下旬ころ,株式会社A滋賀支店の社員から原告に交付されたものである。

その後,南支店出向命令は,原告がこれに応じなかったので,被告により撤回された。


(イ) 被告は,平成13年3月末ころ,原告に対し,南支店出向命令を撤回し,株式会社A滋賀支店への出向を命じた(以下「本件出向命令」という。)旨主張する。

しかし,上記主張は,従前主張していた原告に対する株式会社A滋賀支店への出向命令の内容や時期等の本件訴訟の争点の中核的部分にかかわるものについて再度訂正するものである。
上記の主張訂正は,既にこれまでの当事者双方の主張を踏まえた裁判所による主張整理案が作成され,予定された証拠調べ期日のわずか4日前の段階でなされたものである。

さらに,被告において,上記主張をこれまでになし得なかった合理的な理由も特段見当たらない。

そして,上記被告の主張を容認して審理を行うならば,訴訟の完結が遅延することも明らかといえる。

したがって,上記の被告の主張は,時機に後れた攻撃防御方法として,民事訴訟法157条1項の要件に該当することは明白であるので,却下されるべきである。


(ウ) 原告が,平成13年3月末ころ,被告から,本件出向命令を受けたことはなく,本件出向命令は存在していないから,原告がこれを承認した事実もない。
(エ) 仮に,本件出向命令がされたとしても,出向は,労働契約における労務提供の相手方という労働契約の本質に関する変更を伴うものである以上,労働者の同意を得なければならないはずである。ところが,原告は本件出向命令に同意していないから,その点で本件出向命令は無効である。


また,被告の就業規則(乙1)8条は,「異動の原則」を定め,その2項は,「異動については本人の希望を参考にし,能力,健康,家庭事情を考慮して公正に行うものとする。」と規定している。ところが,本件出向命令に際し,事前に原告の希望が被告から聴取された事実は一切なく,原告本人の希望を参考にしてなされたものではなかった。よって,就業規則に違反している点からも,本件出向命令は無効である。
さらに,出向命令が権利濫用と判断されないためには,出向命令の業務上の必要性と出向者の労働条件及び生活上の不利益とが比較衡量されるべきである。ところが,本件出向命令の業務上の必要性は,原告は何も聞かされておらず,業務上の必要性は認められない。他方で,労働内容は,それまでの総務における事務から一転して,管理物件の単純な清掃作業という現場における肉体労働にさせられ,原告以外はすべて男性ばかりの職場に追いやられた。独身の中年女性である原告にとっては,肉体的にも精神的にも過酷なものであり,労働者に課せられた労働条件上の不利益は著しいものがある。さらに,本件出向命令は,後に述べるように,被告による原告に対するセクハラ行為,退職勧奨,監視等一連の行動の延長線上に行われたものであり,この点からも公序良俗に反している。よって,本件出向命令は,権利濫用にも該当し,無効である。

原告は,本件出向命令に基づく現場での清掃作業により,腰痛になったり,怪我をする等の過酷な労働を強いられた。そして,このような原告の災害については,原告の申請により労災認定が認められた。


(オ) よって,南支店出向命令は撤回されており,本件出向命令は不存在又は無効であるから,原告が出向先の株式会社Aにおいて労働する義務はないので,原告は,被告に対し,かかる義務のない地位にあることの確認を求める。

イ 被告の主張

(ア) 被告(担当は次長のE,主任のFは,平成13年2月20日ころ,原告に対し,口頭で,被告滋賀支店から株式会社A滋賀南支店へ出向し,清掃業務を含む物件管理の仕事をするように説得したが,原告の承諾を得るまでに至らなかった。

しかし,その後,同月21日以降で同月25日ころまでの間,被告は,原告に対し,南支店出向命令を発し,物件管理の仕事に従事することを命じた。
原告に南支店出向命令の辞令(甲5)を渡した直後に,被告(被告の代理人で,株式会社Aの統括責任者の取締役部長であったGが担当)は,原告と話合いをしたが,原告は,このとき,南支店出向命令に従って株式会社A滋賀南支店へ出向して物件管理の仕事をすることを承諾した。


(イ) 原告は,平成13年2月下旬から,株式会社A滋賀支店で物件管理のトレーニングを開始した。
(ウ) ところが,平成13年3月になると,被告滋賀南支店(株式会社A滋賀南支店と同一場所)の機能や多くの従業員を滋賀支店に移すことになった。

(エ) そこで,被告(担当者はG)は,平成13年3月ころ,口頭で,原告に対し,南支店出向命令は撤回し,株式会社A滋賀支店で物件管理の仕事に従事するようにとの本件出向命令を発したところ,原告は,通勤が楽になるとして,同出向命令を承諾した。


原告が提出している日報を見ると,以後,原告は,株式会社A滋賀支店の社員に同行して物件管理の仕事に従事しており,格別異議を述べることなく,長く同作業に従事しているものであるから,これらの事情からして,原告は,株式会社A滋賀支店へ出向し物件管理の仕事に従事することを承諾していたものである。

(オ) 本件出向命令の根拠は,第1に,就業規則(乙1)の8条1項において「会社は業務上必要がある場合,従業員の配置転換又は系列会社への出向を命ずることがある。」と規定し,また,同条3項では,「従業員は正当な理由のある場合のみ異動を拒否することができる。」と規定しているところ,原告についてはこれを拒否する正当な理由はない。

また,雇用契約書(乙3)において,「業務都合により転勤を命ずることがあります。」と合意しているところ,この「転勤」の中には,グループ会社への出向を含むものである。

(カ) 本件出向命令によると,仕事の内容について変更があるが,これは雇用契約において予定されているところである。また,被告と株式会社Aは,社長や資本関係を共通にし,グループを形成しているもので,相互に頻繁に人事異動があり,従業員間ではほとんど同一の会社と意識されている。そして,本件出向命令においては,勤務場所や給与が同一で,原告に不利益はない。なお,同業他社においては,清掃の仕事は多くの女性従業員がこれを担当しているのであり,物件管理の仕事が女性にとって過酷な仕事であるということはできない。

したがって,本件出向命令は,実質的な内容からしても,格別の問題はなく,原告がこれを拒否する正当な理由はなく,これを拒否することは許されない。
(5) 争点(5)(原告の慰謝料請求が認められるか)について
ア 原告の主張


(ア) 平成11年11月以降,被告本社の総務担当であったHが被告滋賀支店に出入りするようになり,原告に対して,意図的に手等に接触したり,交際を執拗に迫ったり,仕事中や深夜に私的な電話をする,性的に不快感を与えるメモを交付する等のセクハラ行為を繰り返してきた。そこで,原告は,Hに再三抗議したものの,Hは,「任せておけば何でもうまくやってやる。その気にさせてみせる。」と反省なく,その後も繰り返してきた。
(イ) さらに,Hは,Iの指示で,原告に対し,平成12年8月から,直接口頭で執拗に退職勧奨をするようになった。

(ウ) これに対し,原告が被告社長室所属のJに相談したところ,Eから原告に対し,「本社は退職勧奨を知らない。Hが勝手にやったこと。」と返答があった。


また,セクハラ行為については,Eが来訪して,原告に対し謝罪した。原告としては,今後Hとは会うことがないようにとEに申し入れ,同人はこれを了承した。

(エ) 平成13年2月13日,被告の社長が被告滋賀支店へ来訪した際,原告の電話への対応について,原告をしっ責した。その数分後,原告は,Eから電話を受け,「今,あなたは手抜き仕事をしましたね。」と言われた。

その1週間後の平成13年2月20日,原告は,突然,南支店出向命令を受けたものの,これに異議を申し出て,被告滋賀支店での勤務を続けたが,同月26日からは,株式会社A滋賀支店で清掃作業等に従事させられるようになった。
その後,平成13年4月ころ,Gは,原告の同僚のKに対し,「Lは,草むしりをさせ,1か月もたんと思っていたのにまだやっとるは。Lは,セクハラと言って騒ぎ立てているわ。」と述べ,さらに,同年9月ころには,「Lを首にする。」と述べていた。


(オ) ところが,被告は,原告に対し,Hと会わないようにする旨の合意をしていたにもかかわらず,平成14年1月21日,Hを株式会社A滋賀支店の動向調査をするために株式会社Aに異動させ,原告の面前に頻繁に現れるようになった。

雇用の分野における男女の均等な機会及び待遇の確保等に関する法律並びに事業主の配慮すべき事項に係る具体的指針(平成10年労働省告示第20号)の趣旨からすれば,被告としては,職場におけるセクハラ行為が発生した場合,事後的な措置としても原告の職場環境が害されることのないようにセクハラ行為の前歴を有するHを原告の職場と接触のない部署に配置し続ける等の措置を講ずるべきであり,被告も現に原告による申出を了解していた。しかしながら,被告は,このような措置を講じなかったばかりか,原告との合意を無視した。
のみならず,Hは,社長からの指示で,原告に対し,長期間にわたって隠密に行動調査をし続け,尾行するなどし,原告を退職に追い込んでいった。

また,原告は,GやHから,物件管理の対象件数を急に増加させられたり,決意表明なる文書の提出を迫られる等,仕事上の数々のいじめを受けた。

さらに,平成14年2月27日,原告は,突然,Gから,同年3月1日から3か月間,自宅から車で片道2時間近くかかる本社での研修を命じられた。

このように,被告ぐるみによる仕事内容の常時監視やいじめを受けたりしたため,原告は,自律神経失調症にり患してしまい,平成14年3月8日から同年12月8日までの9か月間にわたって就労不能となり,休職を余儀なくされた。

なお,原告の休職期間中,被告は,原告宅の写真を多数撮影し監視する等のプライバシーを侵害する行為をしていた。


(カ) 原告が復職した後の平成14年12月11日にも,株式会社A本社総務のMは,従業員らの面前で,株式会社A滋賀支店のリーダーであったNに対し,「Lをやるというのは,Gからあなたに言われた初めての大事な仕事ですよ。」と大声で言い渡し,Mの「やると言ったんでしょ。」,「やれるんでしょ。」との発言に対し,Nは,「はい,やります。」,「はい,できます。」等と返答していた。

このように,被告は,会社ぐるみで,原告を退職に追い込ませようと,更なる行動をとり続けてきた。

(キ) 本件訴訟提起後も,被告は,原告の担当するエリアを遠方へ拡大させ,対象物件数も増加させるなど,過酷な業務を押しつける等を続けている。

前記のとおり,原告は,本件出向命令に基づく現場での清掃作業により,腰痛になったり,怪我をする等の過酷な労働を強いられた。そして,このような原告の災害については,原告の申請により労災認定が認められた。

(ク) 以上のHないし被告による継続的な不法行為により,原告は300万円を下回らない精神的苦痛を被った。
(ケ) よって,原告は,被告に対し,aセクハラ行為に関する①Hの不法行為の使用者責任(民法715条1項),②被告の不法行為責任(民法709条),b一連の執拗な退職勧奨やいじめに関する①H,G,Mらの不法行為の使用者責任,②被告の不法行為責任に基づき,慰謝料300万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成15年11月29日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める。


イ 被告の主張

(ア) 被告の社長が平成13年2月13日に被告滋賀支店へ行った際,原告の電話の応対について厳しく注意したこと,Hが平成14年1月21日付けで被告から株式会社Aに出向となり,総務担当となったこと,原告が平成14年3月8日から同年12月8日まで9か月間欠勤したことは認め,原告の自律神経失調症の程度は知らず,その余の主張はいずれも否認ないし争う。

被告は,原告に対し,不法行為(使用者責任を含む。)となるような行為をしたことはない。

(イ) 原告は,平成11年11月ころから,Hから各種のセクハラ行為を受けたと主張している。

しかして,原告の主張内容が仮に一定の範囲で真実であるとしても,Hは被告滋賀支店で常時勤務していたわけではなく,Hと原告が同じ職場で二人だけになることはない状況であり,ひどいセクハラ行為がなされたという事実は存しない。
また,被告は,原告のセクハラ行為の主張が真実であるか否かは別として,平成12年には,Hに対し被告滋賀支店へ出入りさせないこととしたもので,被告として適切な措置をとったと評価できる。

原告は,平成14年1月下旬以降,Hが株式会社Aに異動となり,再び株式会社A滋賀支店へ頻繁に出入りし,原告の行動を調査したと主張し,また,数々のいじめを受けたと主張している。

しかし,Hは,そもそも小牧本社勤務であり,株式会社A滋賀支店に常時勤務したことはなく,Gと同行しており,Hだけで同支店へ顔を出したこともない。このころ,Hから原告に対し,具体的な嫌がらせやセクハラ行為があったわけではない。


(ウ) 原告は,HがIに命ぜられて,平成12年8月以降退職勧奨をしたというが,そのような事実はない。

原告は,平成14年1月以降,GないしHを通して「嫌がらせ」ないし退職勧奨を受けたと主張している。確かに甲10,11等を見ると,被告側が原告に対し,「いじめ」を行おうとしているかのごとき記載になっているが,この文章に基づいて,具体的な「嫌がらせ」が行われたわけではない。
原告の同僚で,被告に訴訟を提起しているKも,原告に対し,具体的な行動として嫌がらせ行為がなされたことはないと理解している旨証言している。

なお,原告は,株式会社A滋賀支店に出向させられ,物件管理の仕事に移されたこと自体を「いじめ」と考えているようであるが,これは,後記のとおり,原告の一方的な主張で何ら根拠のないものである。

原告は,MがNに対し原告を退職に追い込むよう指示していたと主張するが,これ自体事実ではない。また,Nが原告に対し,具体的な行動(嫌がらせ)をしたことはない。


(エ) 監視については,原告が何をもって監視と言っているのか不明であり,理由がない。
(オ) 原告は,原告が担当する物件管理の仕事が過酷なものであると主張する。


しかし,前記のとおり,同業他社においては,多数の女性が物件管理(主としてアパート内外の清掃)の仕事に従事しており,一般論として同作業が女性にとって過酷なものであるとはいえない。
また,原告は,本件訴訟において,時間外勤務手当を請求しているが,例えば平成15年における残業時間は合計168.8時間(1か月当たり14時間)であり(これは移動時間を含むものである。),原告の担当する仕事が労働時間として過酷なことはない。

さらに,物件管理は,立ち仕事が基本ではあるが,一定の場所で常時同じ姿勢で作業するのではなく,また,重い荷物を持ち運ぶというものでもなく,車で対象物件の間を移動する時間もある。

また,上司から常時「監視」されているわけではなく,いったん事務所から出ると,自分自身で仕事の管理ができるのである。

したがって,肉体労働としても,それほどきつい仕事ではない。

原告自身,いかなる点において「物件管理」の仕事が女性にとって過酷なものであるかについて,具体的な主張をしていないのであり,原告の主張は理由がない。

(カ) 以上のとおりで,原告の慰謝料請求は成り立たない。
第3 判断

1 争点(1)(原告の法定時間外労働に対する割増賃金の未払があるか)について

(1) 前記争いのない事実によれば,原告は,平成9年2月12日,被告との間で労働契約を締結し,以後,被告の従業員として勤務しているものであり,別表1の「時間外労働時間(U)」欄(別表2の「時間外労働時間」欄と同一)記載のとおりの法定時間外労働をしたものである。
(2) 乙5によれば,平成5年3月29日に労働基準監督署に届け出られた被告の賃金規定5条は,被告が支払う基準外賃金には,職責手当(営業手当・現場手当・業務推進手当)のほかに割増賃金がある旨規定し,同23条は,割増賃金について,各割増率に基づいた計算式について規定し,同24条1項は,「職責手当は,従業員各々が任せられた職務に対する責任を認識し,その職務を工夫遂行しながら各人の潜在能力発揮を期待するとともに,やる気を起こさせることを目的とする。」と規定し,原告が該当する営業,工事以外の業務に携わる従業員に関して,同条4項1号は,「営業,工事以外の業務に携わる従業員には,その職務と遂行能力に基づいて業務推進手当を支給する。」と,同項4号は,「前各号に該当しない従業員については固定残業手当と業務推進手当でもってこれを構成し,固定残業手当部分を越える時間外労働については,変動残業手当として次の計算により支給する。」とそれぞれ規定し,変動残業手当について,「基準内賃金÷1か月平均所定労働時間(188)×1.25×時間外労働時間数-固定残業手当」とする旨の計算式が掲記されていることが認められる。

この賃金規定の定め方からすれば,各割増率に基づいて計算された割増賃金が支給されるほか,従業員各々が任せられた職務に対する責任を認識し,その職務を工夫遂行しながら各人の潜在能力発揮を期待するとともに,やる気を起こさせることを目的として支給される職責手当の一つとして,職務と遂行能力に基づいて業務推進手当が支給されるものとされ,その額の計算については,時間外労働時間数に基づいて計算した額から固定残業手当なるものを控除した変動残業手当なる額が業務推進手当の額となり,固定残業手当と業務推進手当でもって職責手当が構成されると規定しているかのようにみえる。

しかし,割増賃金と業務推進手当あるいは変動残業手当とはいかなる関係にあるのか,固定残業手当とは何かについては,これを明確にした規定はない。

この点につき,被告は,業務推進手当は,被告の賃金規定の24条に明記されているとおり,被告においては,営業担当従業員及び工事担当従業員以外の従業員に支払われるもので,1か月45時間までの残業手当に相当するものである旨主張し,乙13にはこれに沿った記載がある。

しかし,前記のとおり,賃金規定24条4項4号は,「固定残業手当と業務推進手当でもってこれを構成し,固定残業手当部分を越える時間外労働については,変動残業手当として次の計算により支給する。」と規定しているのであるから,その文言上は,固定残業手当と業務推進手当は併給される関係にあり,固定残業手当を超える時間外労働について変動残業手当が支払われるのであるから,変動残業手当が業務推進手当に相当するものとしか解しようがない。

また,前記のとおり,変動残業手当の計算式が記載された業務推進手当に関する規定とは別に,各割増率ごとの計算式が示された割増賃金に関する規定が置かれているのであるから,固定残業手当が業務推進手当に相当し,固定残業手当を超える時間外労働については,所定の計算式による変動残業手当が支給されるが,それ以外には別途規定されている各割増率に基づいた割増賃金が支払われることはないと解するに足りる根拠も存しない。

したがって,被告の主張するような固定残業手当たる業務推進手当による時間外勤務手当の支払が賃金規定に明記されているものとは到底認めることができない。

(3) 被告は,原告が被告に入社する際,原告の面接をした採用担当者のCが,原告に対し,「業務推進手当が月45時間分の残業代(固定残業代)に相当すること」を明確に説明しており,これは,被告と原告との間の労働契約の一部をなすものである旨主張し,乙11の2,12,13にはこれに沿う記載があり,証人Gはこれに沿う証言をする。

しかし,原告と被告との間の雇用契約書(乙3)には,業務推進手当と残業手当の関係についての記載はなく,甲13及び原告本人によれば,被告が主張するような説明を口頭で受けたこともないことが認められ,これに反する前掲証拠はたやすく採用することができない。

(4) なお,乙9の2によれば,平成13年2月28日,被告とO労働組合との間で,時間外労働及び休日労働に関する協定書が締結されていることが認められるが,同協定書によっても,被告が時間外労働及び休日労働を命じる場合の限度が1か月45時間であるとの定めがあるほか,割増賃金の計算の基礎となる基準内賃金とは,基本給,職務手当,役職手当,付加手当,資格技能手当,管理職手当,勤務地手当,精勤手当のことをいうとの定めがあり,業務推進手当は割増賃金の計算の基礎となる基準内賃金には入らないとされているかのようにみえるが,業務推進手当が1か月45時間までの時間外労働に対する割増賃金として支払われるものであることが明確に記載されているものということはできない。しかも,平成12年11月24日に労働基準監督署に届け出られた被告の就業規則(乙1)に添付の賃金規定(乙2)では,業務推進手当を含む職責手当は,基準内賃金であると明記されているものであり,上記協定書と基準内賃金の範囲が異なっているといわざるを得ない。

また,乙10の2によれば,平成13年2月28日,被告とO労働組合との間で,事業場外労働に関する協定書が締結されており,同協定書では,所定労働時間外の労働については,賃金規定に定める職責手当に時間外労働としての割増賃金を含めて支払う旨の定めがあることが認められるが,原告が事業場外のみなし労働時間制の対象者であると認めるに足りる証拠はない。

したがって,被告の主張するような固定残業手当たる業務推進手当による時間外勤務手当の支払の有効性が,乙9の2や10の2の協定書の記載によって裏付けられるということもできない。

(5) 以上によれば,業務推進手当が月45時間分の残業代に該当するものであることが,原告と被告との間の雇用契約の内容となったものと認めることはできず,業務推進手当は,従業員各々が任せられた職務に対する責任を認識し,その職務を工夫遂行しながら各人の潜在能力発揮を期待するとともに,やる気を起こさせることを目的として支給される職責手当の一つとして,職務と遂行能力に基づいて支給されるものと認めるのが相当である。

そうすると,業務推進手当の支払をもって残業代の一部支払であると認めることはできない。

(6) 業務推進手当の支払をもって残業代の一部支払と認めることができない以上,原告の法定時間外労働に対する割増賃金を計算する上での通常の労働時間又は労働日の月額賃金とは,前記争いのない事実(5)によれば,別表1の「基本給(円)」欄記載の額,「職能手当(円)」欄記載の額,「精勤手当(円)」欄記載の額及び「業務推進手当(円)」欄記載の額(以上の各額は,別表2に記載の各額と同一)の合計の「合計(円)」欄記載の額と認められる。

したがって,この月額を1年間における1か月平均所定労働時間数である別表1の「所定労働時間(U)」欄記載の時間(別表2の「所定労働時間」欄記載の時間と同一)で除すと,1時間当たりの賃金は,別表1の「単価(円)」欄記載の額(円未満四捨五入)となり,1時間当たりの法定時間外労働に対する割増賃金は,これに1.25の割増率を乗じた別表1の「割増単価(円)」欄記載の額(円未満四捨五入)となる。

そうすると,原告の法定時間外労働に対する割増賃金は,別表1の「割増単価(円)」欄記載の額に「時間外労働時間(U)」欄記載の時間を乗じた「未払金(円)」欄記載の額(円未満四捨五入)となる。

(7) そして,乙15及び弁論の全趣旨によれば,被告は,原告に対し,平成15年3月分から平成17年4月分までの時間外勤務手当として,平成17年5月28日に18万5473円,平成17年6月28日に4041円(平成16年10月分の計算間違いについての追加払い。)を支払っており,原告が請求している平成13年1月分から平成16年3月分までの法定時間外労働に対する割増賃金のうち,平成15年3月分から平成16年3月分までのものに対して,9万5314円が弁済されていることが認められる。

そうすると,この弁済額を別表1の平成15年3月分以降の「未払金(円)」欄記載の割増賃金について弁済期の早いものから充当していくと,平成15年3月分の1万5553円,同年4月分の9819円,同年5月分の9790円,同年6月分の1万5269円,同年7月分の2万0605円と,同年8月分の2万8503円のうちの2万4278円が弁済により消滅し,同年8月分の残額は4225円となると認められる。

2 争点(2)(割増賃金債務につき消滅時効が完成しているか)について

(1) 原告は,被告らが,原告の請求する割増賃金の基礎となる法定時間外労働時間について当初からすべて認めていたのであり,被告らによる業務推進手当に関する独自の解釈によりその全額の支払義務を否定する主張をしていたにすぎないから,被告は,債務を承認していたということができ,また,被告らは,原告による割増賃金の支払請求に対し,これまで一切消滅時効の援用を主張してこず,むしろ,債務を承認してきたといえるから,被告は,信義則上,消滅時効の援用をすることは許されない旨主張する。
しかし,被告らが割増賃金の基礎となる法定時間外労働時間の存在を認めていたからといって,その時間に対応した割増賃金の未払があることまで承認していたことにはならないのであって,かかる債務承認があったことを認めるに足りる証拠はない。

また,被告が本訴において初めて予備的に消滅時効の主張をしたからといって,その主張をすることが被告の従前の対応状況等に照らし信義則上許されないものと認めるに足りる証拠も存しない。

(2) そうすると,平成15年11月20日の本件提訴(裁判所に顕著な事実)の2年以上前に支払期限の到来した平成13年10月分以前の割増賃金債権については,労働基準法115条により,支払期限からの2年の経過と被告の時効の援用により,消滅したものといわざるを得ない。

(3) したがって,原告の被告に対する割増賃金の請求は,前記1(6),(7)で認定の事実に,前記争いのない事実(6)を併せれば,別表1の平成13年11月分から平成15年2月分までの「未払金(円)」欄記載の各額,同年8月分の「未払金(円)」欄記載の額の残額4225円,同年9月分から平成16年3月分までの「未払金(円)」欄記載の各額の合計である30万9268円及び上記各月ごとの額である内金1万2373円に対する平成13年11月29日から,内金1万7675円に対する同年12月29日から,内金2万7393円に対する平成14年1月29日から,内金2万7749円に対する同年3月1日から,内金8538円に対する同月29日から,内金5336円に対する同年12月29日から,内金1万3376円に対する平成15年1月29日から,内金2万6297円に対する同年3月1日から,内金4225円に対する同年8月29日から,内金2万7037円に対する同年9月29日から,内金1万8613円に対する同年10月29日から,内金3万6116円に対する同年11月29日から,内金1万9225円に対する同年12月29日から,内金1万5126円に対する平成16年1月29日から,内金2万3124円に対する同年2月29日から,内金2万7065円に対する同年3月29日から,それぞれ支払済みまで商事法定利率年6分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるが,その余は理由がない。


3 争点(3)(原告の付加金請求が認められるか)について

(1) 前記認定のとおり,被告には,時間外勤務手当の未払があると認められるところ,被告が不払の根拠とする賃金規定は,前記のとおり,被告の主張の根拠となるとは到底認められないものである。
そして,甲4及び弁論の全趣旨によれば,原告は,平成15年7月25日,B労働基準監督署に対し,原告が現実に就労している株式会社Aについて,残業手当不払の労働基準法違反があると申告したことが認められるところ,前記争いのない事実(8)のとおり,同労働基準監督署は,株式会社Aに対し,平成13年7月21日以降の残業代を原告に支払うよう是正勧告したものである。ところで,被告の主張によっても,被告と株式会社Aは,社長や資本関係を共通にし,グループを形成しているもので,相互に頻繁に人事異動があり,従業員間ではほとんど同一の会社と意識されているものとある。しかるに,弁論の全趣旨によれば,そのような密接な関係にあり,原告が現実に就労している株式会社Aに対し,残業代を原告に支払うよう是正勧告がされた状況であるにもかかわらず,原告を雇用し賃金支払義務を負っている被告は,株式会社Aに対する上記是正勧告をあえて無視し,原告に対する割増賃金の支払をしなかったものと認められる。

(2) 以上の被告による時間外勤務手当の未払の状況に照らせば,その未払につき特にしんしゃくすべき事情があるとは認められず,原告は,被告に対し,労働基準法114条に基づき,未払の割増賃金と同額の30万9268円の付加金及びこれに対する本判決確定の日の翌日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めることができると認めるのが相当である。


4 争点(4)(原告は株式会社Aにおいて労働する義務を負っているか)について

(1) 原告は,被告が,平成13年3月末ころ,原告に対し,南支店出向命令を撤回し,本件出向命令を発した旨主張するのは,時機に後れた攻撃防御方法であるから,却下されるべきである旨主張する。
しかし,被告の上記主張によって,訴訟の完結を遅延させることになったものと認めることはできず,原告の主張は理由がない。

(2) 前記争いのない事実に,甲6の1,2,7,12,13,乙13,14,証人P,同K,同G,同H,原告本人及び後掲証拠並びに弁論の全趣旨によれば,以下の事実を認めることができる。

ア 原告は,平成9年2月12日から,被告滋賀支店で正社員の総務事務担当として勤務していた。


平成13年2月13日,被告の社長が被告滋賀支店を来訪した。原告は,社長のいる場で,賃貸物件の問い合わせの電話に対応した際,当時同支店には宅地建物取引主任者が在籍しておらず,事務所登録もしていなかったので,賃貸あっせん業務をすることは宅地建物取引業法違反になることから,それまでの指示どおりに,被告の住宅情報フリーダイヤルに電話してもらうよう案内した。
ところが,これを聞いていた社長は,「なぜ,自分でやらないんだ。総務は,何でもやりなさい。受けた電話は,最後まで自分がやって当然。」と怒って,原告の説明も聞こうとせず,部屋を出ていってしまった。

そして,その数分後,Eから,原告に対し,電話があり,「今,あなたは手抜き仕事をしましたね。それは問題ですよ。」と言われた。


イ その1週間後の平成13年2月20日の朝,原告は,被告滋賀支店を訪れたEから,F同席の下,突然口頭で,明日付けをもって株式会社A滋賀南支店へ出向し,物件管理(清掃等)の仕事の担当を命ずる旨の南支店出向命令を受けた。
原告は,その際のEとの会話を録音した(甲6の1,2)。

Eは,原告に対し,社長からの指示で,既に決定済みであるとし,建物管理で,掃除なんかをやっていただく仕事で,だれでもできる仕事である旨告げた。
原告は,南支店出向命令が社長の独断的な考えに基づくものであると考え,自分としては手抜き仕事をした覚えはなく,そのペナルティーとしての出向命令には納得できなかったので,Eに対し,明日とあさっては振り替え休日を取得する旨申し出た上,「すぐにすんなりと納得できる内容ではありませんので。」と告げ,後日返事をするとして,南支店出向命令を承諾しなかった。


ウ 被告の就業規則(甲1)は,8条1項において「会社は業務上並びに,従業員の将来を考慮し,必要がある場合,従業員の配置転換又は系列会社への出向を命ずることがある。」と,同2項において「異動については本人の希望を参考にし,能力,健康,家庭事情を考慮して公正に行うものとする。」と,同3項において「従業員は正当な理由のある場合のみ異動を拒否することができる。」と規定している。

また,原告と被告との間の雇用契約書(乙3)には,特記事項として,「業務都合により転勤を命ずることがあります。」との記載がある。

エ 原告が,平成13年2月23日に被告滋賀支店に出社したところ,従来担当していた総務の仕事を取り上げられ,電話も使えず,原告が管理していた金庫の鍵等を返却するよう言われた。

原告は,上司のSに抗議したが,何ら仕事が与えられない状態となってしまった。
原告は,被告滋賀支店において何もする仕事がなく,身の置き所がなかったところ,平成13年2月26日,株式会社A滋賀支店のQから,仕事に同行するよう誘われたことから,清掃業務を含む物件管理の仕事に同行し,以後,株式会社A滋賀支店の物件管理の仕事をするようになった(甲8)。

被告もこのような状態をそのまま認めることとなり,株式会社Aの統括責任者であり,被告の代理人の立場にあったGとしても,原告が株式会社A滋賀支店で物件管理の仕事に従事することを承諾したか否かについて,原告自身に直接確認することはなかった。

その後,原告は,株式会社A滋賀支店のQから,平成13年2月21日から株式会社A滋賀南支店への出向を命ずる旨の南支店出向命令に係る同日付けの辞令(甲5)を渡された。

しかし,その後,被告により南支店出向命令は撤回され,原告は,そのまま株式会社A滋賀支店で清掃(甲14,15)を主とした物件管理の仕事を継続することになり,株式会社A滋賀支店で物件管理の責任者の立場にあったPから仕事の指図を受けていた。


オ Pは,原告が株式会社A滋賀支店で物件管理の仕事をするようになる前に,Gから,被告の社長が原告の電話の対応が悪いとして原告を辞めさせるよう指示しているので,株式会社A滋賀支店の物件管理に配属し,現場の草取りや掃除等をどんどんやらせれば音を上げて辞めるだろうから,原告にどんどん仕事を出すようにとの指示を受けていた。しかし,Pとしては,ほかの人並みの仕事しか原告にさせなかった。

また,Kは,平成13年3月末か4月初めころ,Gと車で移動中,Gが「Lは,草むしりをさせ,1か月もたんと思っていたのにまだやっとるは。」という趣旨の発言をするのを聞き,原告に草むしり等の作業をさせることで退職に追い込もうとしているのだなと感じた。
なお,以上の点につき,Gは,これを否定する趣旨の証言をするが,平成14年2月2日付けのHの被告の社長あての「ご報告 滋賀支店 L氏の件」と題する書面(甲10)に「事務処理の為,終日事務所に居る。物件管理は,外に出て,清掃。オーナー訪問するのが,本来の仕事である。」,「その為に(略)本社支持により,全物件を担当してもらう。」,「結果(略)G本人に直接注意。今回は物件管理として20物件を巡回,オーナー訪問するよう指示される。(優しく言い聞かす口調)→効き目無し」,「実態は,1日中社内におり,外に出ず」,「1週間行動チェックを写真を撮り(証拠)本人を追いつめて行きます。」と記載があること,平成14年2月18日付けのHの被告の社長あての「報告書 滋賀支店L氏の行動結果について」と題する書面(甲11)に「Gより,物件管理として,今日から次の3項目を完全に実施するよう指示があり,その行動について下記の通り,ご報告申し上げます。」,「指示事項(略)担当物件20件につき,毎日3~5件物件を回ること」,「今後について (1) 更に8週間(2/18~2/23)行動チェックを行う (2) R社員(G)から再度注意し,喚起を促し変化がなければ結論(退社・転勤)を出す」と記載があることからすれば,Gとしては,原告に清掃を含む物件管理の仕事をさせることにより,原告を追いつめ,退社との結論にもっていくことを考えていたものと認められ,Gの前記証言はたやすく採用することができない。


カ 上記のH作成の報告書に記載のとおり,Hは,原告の行動を写真に撮るなどしてチェックするようになった。

また,原告は,Gから,仕事に対する姿勢について,決意を表明した書面を書くよう言われ,これを拒否したところ,そんなことでいいと思っているのかというような威圧的な言葉を掛けられた。
さらに,原告は,被告から,定期清掃では通常やらないところまで清掃するよう指示されたり,その結果をチェックされたりして,仕事内容についても常時監視されているものと感じた。


キ 原告は,平成14年2月27日,Gから,同年3月1日から3か月間の本社研修を命ぜられたが,自律神経失調症にり患したことから,同年3月8日から同年12月8日までの9か月間休職をした。

原告の休職期間中,被告滋賀支店のSは,何回となく原告の自宅の写真を撮影するなどして,原告を監視した。
また,Kは,平成14年3月ころ,株式会社A滋賀支店で

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最終更新:2005年11月01日 10:00
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