H17.12.12 松山地方裁判所 平成17年(わ)第51号 暴行被告事件

平成17年12月12日宣告
平成17年(わ)第51号 暴行被告事件
判 決
主 文
被告人を懲役1年に処する。
未決勾留日数中175日をその刑に算入する。
訴訟費用は,被告人の負担とする。
理 由
(犯罪事実)
被告人は,平成16年5月10日午前3時ころから同日午前5時ころまでの間,松山市三番町a丁目b番地c甲d号室において,Aに対し,同人を全裸にさせてその身体をロープで緊縛し,その肛門にバイブレーターを挿入するなどの暴行を加えたものである。
(証拠)省略
(累犯前科)省略
(適用法令)省略
(弁護人の主張等に対する判断)
1 被告人は,公訴事実記載の行為をしたこと自体は認めるが,①その日時は,公訴事実記載の平成16年5月10日よりも1週間ないし10日くらい前であり,②被害者の同意があった旨供述し,弁護人も被告人と同様の主張をして無罪を主張するので,以下検討する。
2 証拠から容易に認定できる事実
(1) Aは,平成16年4月ころ,スナックに対し飲み代等による約21万円が未払いであった。同店のホステスBは,5月10日までにAが上記金員を支払わなかった場合には,同女の給料から天引きされてしまうため,Aに対し,支払いを求めていた。しかし,Aは,これに応じず支払わなかったので,Bは友人のCに相談し,Cと同棲していた被告人が取立てに協力することになった。
 被告人は,Aと同居していたDに対し,何度も電話し,「Aを出せや。Aのツケを払えや。」などと要求したが,Dはこれを断った。
(2) 被告人は,4月24日ころ,取立てのためAの自宅を訪ねたが,Aは留守であったため,父が対応し,「子供の飲み代のことは子供に言ってくれ」などと言って支払いを断った。
(3) 被告人は,5月9日午後10時ころ,Aの知人であるEに呼び出し役を頼んだ上で,被告人は,Aの自宅を訪ねた。そして,被告人は,AとDが自宅から出てくるや,そのままAを連れて行き,B,Cの待っている自動車に乗せた。その際,Dは,ヤクザが来てAを連れて行った旨を警察に通報したため,警察官が駆けつけたが,被告人とAが「支払いの話をしているだけだ」などと言ったため,警察官はそれ以上の活動はしなかった。その後,被告人は,Aらを乗せたまま所用のため新居浜に向かい,途中,コンビニの公衆電話でDに対して電話したところ,Dの応答に対して腹を立て,受話器を置く際に受話器の一部を壊してしまった。そして,被告人は,松山市内から自動車専用道に乗って新居浜まで行き,用事が済むと再び松山市内に戻ってきた。その間の車内において,被告人は,Aに対してツケを早く払えと要求したり,けん銃型のライターを見せつけたりした。一方,Bも,Aが同女を中傷する書き込みを携帯サイトにしたことを追及し,Aに慰謝料の支払いを要求した。
(4) 被告人,C,B及びAは,同月10日午前0時ころ,松山市立花にある飲食店である「乙」に寄って,さらにAの支払いについて話し合いがなされた。
(5) 被告人ら4名は,乙を出た後,甲まで自動車で移動し,CとBは甲e号室(以下,号数は全て甲の部屋号数を示す。)のCの部屋へ行った。
(6) Aは,同日,警察署に出向き,捜査官に対し,写真とバイブレーターを示して本件被害について申告したが,自己が犯した傷害の容疑で逮捕された。そして,捜査官は,翌11日にAの供述の概要について被害者調書1通を作成し,Aの傷害事件が処理された後,Aから再度事情聴取をし,同年6月4日に詳細な被害者調書を作成した。
(7) 被告人は,暴力団伊藤会次家組周辺者であり,Fと親交があり,また,G(本件犯行現場であるd号室の本件犯行当時の住人。)が店長を務めるデリバリーヘルスの実質的経営者である暴力団伊藤会のHとも親交がある。
3 被害者であるAの証言及び供述の要旨
 4月中旬ころ,以前に同じデリバリーヘルスで働いていたGから電話があり,スナックの飲み代の請求に池田組のIが行くと言ってきたが,払わないでいた。被告人とは,5月9日に初めて会い,被告人は,「お前,Aやろが,儂はI言うんじゃ。飲み代のツケを払うてくれ」と言ってきた。その日の夜から被告人に車で連れ回され,その車内において,被告人から「金払わんかったら海に沈めてやろか,山に埋めてやろか」,「あそこに縛って吊して帰ろうか」,「Cと一緒に南署に行って自分がCに痴漢した言って捕まってこい」などと脅され,けん銃型ライターを見せられて,ツケの支払いの他にBへの慰謝料50万円や被告人の足代100万円の各支払いを要求された。被告人から,「金を人に借りてでも払え」と言われたため,車内から知人に借入れを申し込んだが誰からも借りることはできなかった。乙では,額や頬を殴られA3判くらいの50万円の借用証を書かされ,「判子がないならこれで切って血で押せ」などナイフを示された。甲に着くとJが待っており,被告人とJの3人でf号室に入った。被告人は,Jに対し金を貸してやってほしい旨頼んだが,貸すような雰囲気ではなかった。被告人に蹴られたり「ここから飛び降りいや」と言われた。また,被告人から「服を脱げ」と言われ服を脱いだ後,「服を着てもかまわんぞ」と言われて服を着た。被告人は,20分くらい部屋にいないときがあったが,怖くて逃げられなかった。被告人は,戻ってきたときバッグを持っており,下に降りる旨言われ,二人でd号室に行った。d号室にはもと職場仲間のGがいた。被告人は,SMのパンフレットを示し,どの結び方が良いか選べと言ってきたが,拒めば殴られたり,近くにあるナイフで刺されると思って拒めなかったので命じられるままに服を脱ぎ,縛られた。被告人はGにも手伝わせて亀甲縛りを完成させ,バイブレーターを肛門に挿入するなどし,デジタルカメラでその写真を撮った。私が性的に興奮したことはなかった。その後,被告人は,GにA3判くらいの大きさの借用証を渡し,これを書かすようにと頼んで部屋を出て,20分くらいして戻ってきた。Gは,写真をプリントアウトし,被告人からその写真を見せられた。被告人は,「ちゃんとお金払ったら,これを返してやるけんな。」「警察に言ったら下の者にまた同じようなことをやらす。新聞の配達しよるやつが友達におるけん,それに挟んで配るぞ」などと言った。d号室で被告人から亀甲縛りをされたり,バイブレーターを肛門に挿入されたのは5月10日の午前3時ぐらいから,4時半,5時くらいだと思う。
4 本件犯行日時に関するA証言及び供述の信用性
(1) Aは,本件犯行日時につき,上記のとおり「5月9日に被告人と初めて会った。被告人は,『お前,Aやろが,儂はI言うんじゃ。飲み代のツケを払うてくれ』と言ってきた。」旨供述し,「5月10日の午前3時ぐらいから,4時半,5時くらいだと思う。」旨証言する。
(2) まず,日付に関するD供述の要旨は,「5月9日,Eと話していると,突然被告人が小走りで駆け寄ってきて,Aに対し,『お前がAか』と言ったのでAが『はい』と返事していた。被告人は,『儂はIじゃ。ツケがあろうが。ちょっと来いや。』と言ってAの手をつかんで引っ張っていった。」というものであり,その内容は,A供述と概ね合致し,被告人がAに対して人定質問をしていることに照らせば,その時が初対面であったことを推認させるものであること,B供述の要旨は,「被告人はAとそれまで一度も会ったことはなくAの顔を知らないと言っていたのでEに呼び出し係を頼むことにした」というものであり,被告人に対し殊更不利な供述をすべき理由のないC供述の要旨も「5月9日より以前に被告人がAに会って飲み代の話をしたことはなかった。Aに会うことができなかったのでEを使って呼び出したのであり,この時が被告人がAに会えた最初で最後である。」というものであって,その内容は合致するうえ,いずれも被告人らがEを呼び出し係として使用したことの合理的な理由と言えること,被告人は,逮捕当初の警察官及び検察官による各弁解録取時並びに裁判官による勾留質問時において,被疑事実の本件犯行日について何ら異を唱えていないことを総合すれば,Aの供述は信用性が高く信用できるものであり,本件犯行は5月10日に敢行されたと認められる。
 また,SMの様子が撮影された写真のうちその3枚には壁掛け時計が写っており,いずれも午前5時前ころの異なる時刻が示されていることに照らせば,時間帯に関するA証言もまた信用できるというべきであり,これによれば本件犯行時刻は午前3時ころから午前5時ころまでの間であると認めるのが相当である。
(3) この点,Gは,第9回公判期日(平成17年10月21日)において,「5月のゴールデンウィークの3,4,5日は仕事を休んで旅行したのでその前だったと思う。前回の法廷での供述が終わった後の9月にK弁護人と話をしていて思い出した。」旨証言する。しかしながら,Gは,被告人と証人間及び傍聴人と証人間に遮へい措置が採られたうえでなされた第4回公判期日(同年5月16日)において,捜査段階及び同公判期日においても本件犯行日は5月初旬であり正確な日時は覚えていない旨証言していたこと,遮へい措置が採られていない第9回公判期日の証言は,前記Hと同じく暴力団関係者であるとGが認識しているFが法廷傍聴していた状況下でなされたものであることに照らせば,第4回公判期日からさらに約4か月も経った時点で突然思い出したなどという証言は,到底信用できない不自然なものであって採用できない。
 また,Aは,本件犯行日は5月の連休前であった旨の平成17年7月6日付けの上申書を作成しているが,証拠によれば,これは被告人からの仕返しを受けることを恐れて作成されたものであり,また,被告人から委任を受けたFが強く関与して作成されたものであって信用できず,採用できない。
(4) ところで,被告人は,平成17年6月1日付けの上申書において「5月10日は,Cと二人だけで飲食店に行っていた」旨のアリバイを主張するに至った。しかしながら,被告人は,このような極めて重要な事実を第5回公判期日(同年5月30日)の被告人質問においてすら何ら供述しておらず,その理由も「弁護人に聞かれなかったので忘れていた」という不自然・不合理なものであることに照らせば,上記アリバイの主張は,それだけで信用できないものであるし,加えて,被告人の同棲者であって被告人に対し殊更不利な供述をすべき理由のないCは,「甲で被告人と別れてe号室に行き,Bと二人で酒を飲み,午前2時ころにBは帰り,私は午前3時ころに寝た。寝る前に被告人が帰ってきたかどうかについては覚えていない」旨供述していることやBも一部食い違いがあるものの「被告人とAは,私たちより先にマンションの中に入っていった。私とCは,Cの部屋に行き二人で酒を飲んでおしゃべりをして朝までいた」旨供述していることに照らしても到底信用できず,採用できない。
(5) なお,弁護人は,Aが甲に来た時と帰った時に雨が降っていなかったと供述する点を問題とする。証拠によれば,松山地方気象台における5月10日の降水量は,午前1時から午前2時までの間は1ミリグラム,午前2時から午前3時までの間は6ミリグラム,午前3時から午前4時までの間は4ミリグラム,午前4時から午前5時までの間は0.5ミリグラム,午前5時から午前6時までの間は観測せずであり,その目安としては,霧雨が降り続いたものが1ミリグラム程度であり,6ミリグラムになれば傘をささずにいられない程の雨が継続して降った程度のものであることが認められるところ,Aが甲に来た時間については,関係各証拠に照らして午前2時過ぎころと認められ,上記の降水量は1時間の合計量であることに鑑みれば,そのころに雨が降っていなかったとしても不合理ではなく,また,甲から帰った時刻は上記認定の犯行時刻に照らせば,午前5時を過ぎているのであるから,雨が降っていないのは当然である。この点,J供述は,「4月か5月の上旬ころ,松山市竹原のマンションで寝ていたところ,午前1時ころから午前1時30分ころの間に被告人から電話があり,大事な話があるから甲まで来てくれと依頼があった。時間が時間だし,丁度その時,大雨だったので明日にしてくれませんかと断った。しかし,再度,被告人から電話があり,執拗に甲まで来るよう要求された。いやいやながら甲に行くと正面の出入口付近に被告人の車が止まっており,中から被告人,Aと女2人が出てきた。甲に着いた時間は午前2時か午前2時30分ころと思う。」というものであるところ,甲に着いた時点での雨の状況について何ら供述するところがないことに照らせば,供述中の大雨は,Jが電話を受けた時点での当該地点におけるスコール的な大雨だった可能性も十分あるのであって,上記松山地方気象台において観測された降水量のデータと齟齬するものであると断ずることはできず,上記認定を左右しない。
5 車内及び乙での出来事に関するA証言及び供述の信用性
(1) C供述の要旨
 被告人が,Aを車に乗せ,松山市内から新居浜市内まで往復し,その際,Aに150万円を要求したことで逮捕されたことは新聞を見て知っている。被告人は,新居浜に向かう車内でAに対してツケの支払いについて話していたが,Aがその場しのぎのようなことを言っていたため,時折怒鳴りながら「どうするんぞ。払えまいが」と言っていた。そして,そのツケの支払いの話をしている間,被告人は,Aに対してけん銃型ライターでタバコに火をつけて,同ライターを見せていた。途中,Bがサイトに悪口を書かれたことを持ち出し慰謝料を請求する旨言ったが金額は言っていなかった。被告人は,このことを聞いて,「お前はやり方が卑怯じゃ」とAを怒鳴り,Aは何も言わず黙ってうつむいたまま座っており,非常に大人しく少し縮こまった感じだった。そして,新居浜に着くまで被告人はAを時折怒鳴りつけてツケの支払いの話をしていた。新居浜から松山に帰る車内でも被告人は同様にAに対しツケの支払いの話をし,「どうするんぞ」と凄み怒鳴っていた。Aは,口数が少なく,うつむき体を縮こませていた。被告人がAに対し,殴ったり,ナイフを突きつけたり,「殺すぞ,埋めるぞ」といった脅しめいた言葉を言ったり,具体的な金額を要求したことはなかった。乙でも被告人は,ツケの支払いの話をした。被告人は,Aに対してどうやって支払うのか聞いたところ,Aが「親から借りて返します。」と言ったので「借りれまいが」と言い返したところ,Aは「親に借ります」と答えたため,腹を立て「何言うとんぞ。借りれまいが言いよろが」と怒鳴りながらAに言った。このような言い合いが何回か繰り返され,被告人はAを怒鳴り散らしたが,Aは,被告人に怒鳴られているせいか,椅子に座ったままうつむき,強く言い返しているようなことはなかった。そして,被告人は,「まあええわい。儂が親に言うたら大丈夫やろ」と話を打ち切って店を出た。被告人が,Aに対し,乙で暴力をふるったり,何かを書かせたことはない。その後,Bが住むマンションによった後,甲に向かい,被告人とAと別れて,Bと一緒にe号室に行き,2人で酒を飲み,3時ころに寝た。
(2) Cが被告人に対し殊更不利な供述をすべき理由がないことに鑑みれば,上記供述中の被告人がAに対し,繰り返して怒鳴るなどしてツケの支払いを強く迫り,Aが被告人を恐れ,強い心理的な威圧感・圧迫感を受けていた点については信用性が高く,優にその事実を認めることができる。なお,この点,被告人は,「新居浜のローソンでAの分も含めてアルコール類を購入し,帰りの車内は運転手の自分以外の3名はいわば宴会状態だった。車内は,主にAの恋愛相談室と化しており,全くと言っていいくらいツケの件については話をしていない。」旨供述するが,上記C供述に照らし到底信用できるものではない。
 そして,Cの供述によっても,被告人が,Aに対して繰り返して怒鳴るなどしてツケの支払いを強く迫ったため,Aが被告人を恐れ,強い心理的な威圧感・圧迫感を受けていたことが認められ,この点については,A証言及び供述と合致すること,Aが,自分の他には被告人とその関係者しかいない,すなわち周りは全て敵性証人ともいえる車内の出来事について,仕返しを受ける恐れがあるにもかかわらず敢えて被告人を陥れるために虚偽の証言・供述をする理由を考えがたいこと,A証言及び供述の内容は具体的であり,被告人に取り立てを頼んできたBと同棲者であるCが同席している状況下で,暴力団周辺者である被告人がその面子を保ち威厳を示すため,Aに強行的にでも支払いを約束させ,借用証を作成させようとすることは十分あり得るものであってその証言及び供述の内容に特段の不自然さはなく,かつ,迫真性があることに照らせば,A証言及び供述は信用できるというべきである。
 なお,上記Cの供述及びBの供述には,被告人による暴行,脅迫行為を否定する部分が存在するが,Cは被告人の同棲者であり,Bは本件犯行の発端であるツケの取り立てを被告人に頼んだ立場のものであることに鑑みれば,被告人をかばって虚偽の供述をしている疑いが十分あるのであって,その部分の信用性は乏しく採用できない。
6 f号室における出来事に関するA証言の信用性
(1) J供述の要旨
 甲に午前2時か午前2時30分ころ着いた。甲の正面の出入口付近に被告人の車が止まっており,中から被告人,Aと女2人が出てきた。そして,被告人とAとともに3人で,f号室に行った。被告人は,見ず知らずのAに対して金を用立ててほしいと頼んできたが,被告人が暴力団関係者なので金を貸せば事件に巻き込まれると思って金額を聞くことなく断った。被告人から深夜に呼び出しを受けて甲へ行ったのは初めてであり,何か事件に巻き込まれるという雰囲気だったので,被告人と会話するよりも椅子に座ったまま,肘をテーブルに掛けてうつむいていた時間の方が断然長かった。見ざる言わざる聞かざるの心境で,被告人とAが何をしようが無関心を装っていたので,知らない顔をしている間に二人が奥の部屋に行ったのか行っていないのかは分からない。また,自分が見ている限りでは被告人がAを殴りつけたり裸にさせたことはないし,ここから飛び降りろというような脅し文句も聞いていない。被告人がAを連れて出て行ったのは午前3時か午前3時30分ころになると思う。
(2) 上記J供述は,被告人による暴行,脅迫等の部分を除き,概ねA証言と合致するものである。このように,A証言は,上記の点でJ供述と合致するものであること,その供述の内容は具体的であり,被告人が知人の金貸しから金を借りさせて払わせようと意図したが,貸してもらえず目論見がはずれたため,被告人が暴行や脅迫行為で腹いせするということは十分あり得るものであって,その証言内容に特段の不自然さなく,かつ,迫真性があることに照らせば,A証言は信用できるというべきである。
 なお,J供述には,上記のとおり,被告人による暴行,脅迫等を否定する供述部分があるが,その供述からも明らかなように,Jはできる限り被告人と関わりたくないとの確たる心境のもとで捜査官に対して供述していたものであることに照らせば,犯罪行為である被告人の暴行,脅迫等を否定する供述部分は,被害者であるA証言の上記信用性に比して,その信用性に乏しく,採用できない。
 この点につき,被告人は,第10回公判期日において,これまでの供述を翻し,本件犯行前にAをJのf号室に連れて行ったことはなく,甲に到着したAをGのd号室へ連れて行った旨供述するが,その変遷の合理的な理由は説明されていないうえ,Jが被告人がAを連れてきたかどうかという点についてまで敢えて虚偽の供述をする必要性も理由もないことに照らせば,到底信用できず採用できない。
7 d号室における出来事に関するA証言の信用性
(1) 第4回公判期日におけるG証言の要旨 
 被告人とAが,5月初旬ころ,私が当時住んでいたd号室にやってきた。明確な日までは覚えていないが,Aが5月10日と言っているのならそのころで間違いない。被告人からカメラを持っているかと電話があり,直ぐに2人がやって来た。被告人は,何か雑誌に載せる写真を撮影してほしい旨言った。被告人は,Aに写真を撮るので服を脱ぐように指示し,Aは丸裸になった。被告人の指示で,被告人がAに亀甲縛りをするのを手伝ったが,Aは特に抵抗しなかった。被告人は,ローションの入ったペットボトルをナイフで切り,ローションをつけたバイブレーターをAの肛門に挿入するなどした。そして,これらの写真をデジタルカメラで撮影した。被告人とAとの間に会話は特になく,Aは終始黙ったままで,被告人にSM行為をしてほしいとか,SMの縛り方を教えてほしいとか,SM関係の仕事をしたいとかといったことを聞いていない。Aが服を着た後,被告人はAにA4よりも大きい書類にサインをさせていた。
(2) 上記G証言は,A証言の被害状況と概ね合致するものと認められる。この点,Gは,第9回公判期日において,Aは被告人から積極的に縛り方を初めとするSM行為について教えてもらっていた旨証言して,従前の証言を翻し,その理由として,今年の1月ころAから被告人を陥れるような証言をしてほしい旨頼まれたし,3月ころには協力しないと共犯にするとか店の女の子がどうなるか分からないなどと脅迫された旨証言する。しかしながら,Gが敢えてAからの上記依頼を引き受けた理由についての合理的な説明はないこと,平成17年2月1日にGの検察官取調べがなされ,同月8日に被告人の単独犯行として本件が起訴されたのであって,遅くとも証人として出廷した第4回公判期日の時点では,もはや共犯者とならないことはGにとっても明白であったこと,Gは,同人が店長を務める風俗店の実質的な経営者であり暴力団員でもあるHにAから脅されたことを相談していないこと(なお,Gは,刑事に相談したが担当者が応援に行っているので直ぐに相談に乗れない旨言われ,そのままになった旨証言するが,もし,Gがそのような相談を捜査官にしていたのであれば,事の重大性に鑑みて,捜査官が何らの対応をせずに放置するとは到底考えられないのであって,上記証言は,到底信用できない。)に照らせば,証言の変遷に合理的な理由がないことは明白である。そして,前記説示のとおり,第9回公判期日における証言は,遮へい措置のない状態で,被告人と親交があるHとFが法廷傍聴していた状況下でなされたものであること,上記のとおり証言の変遷に合理的理由がないことに照らせば,到底信用できず採用できない。
(3) 上記のとおり,A証言は,Gの第4回公判期日における証言と概ね一致すること,SM行為が撮影された写真にはAが陰茎を勃起させて興奮していたことをうかがわせる内容のものはないこと,Aの証言の内容は具体的で,金員の取り立てを頼まれた暴力団周辺者が,その取り立てができなかったため,相手を辱めその写真を撮って脅し,後日の支払いを迫ることは十分あり得ることであって,その証言内容に特に不自然さはなく,かつ,迫真性があることに照らせば,A証言は,信用性が高いというべきである。
 なお,Aは,被告人によるSM行為に同意していた旨の平成17年7月6日付けの上申書を作成しているが,上記4(3)認定説示のとおり,これは被告人からの仕返しを受けることを恐れて作成されたものであり,また,被告人から委任を受けたFが強く関与して作成されたものであって,信用できず採用できない。
 また,被告人は,Aが自分で縛ってみたいので縛り方を教えてくれと頼んできた旨供述する。しかしながら,もし,Aが亀甲縛りの縛り方を教わるのであれば,自らが縛られたのでは背中の部分の縛り方が分からずその目的を達することはできないし,後日のために写真を撮ってもらうのであれば,その過程を撮らなければ意味がないのに,撮影された10枚の写真中には,亀甲縛りの縛り始めの部分の写真が1枚あるだけで,あとは完成後のものであることに照らせば,被告人の供述は不合理であって信用できず,採用できない。
8 結論
 以上検討したとおり,A証言及び供述は,いずれの場面においてもその信用性が認められるのであり,これによれば,Aは,被告人によって,5月9日の夜から翌10日にかけて車で連れまわされ,車内で「金払わんかったら海に沈めてやろか,山に埋めてやろか」などと脅され,乙でも,額や頬を殴られA3判くらいの50万円の借用証を書かされ,f号室では,足蹴りされたり「ここから飛び降りいや」と脅されたため,逃げることが不可能な心理状態におかれ,被告人に連れて行かれたd号室において,被告人に対する恐怖心から,自己の意に反して被告人に指示されるがままSM行為をされるに至ったと認められる。よって,本件犯行時にAの同意はなかったと認められる。
(量刑の理由)
本件は,被告人がマンションの一室で被害者を全裸にさせてその身体をロープで緊縛し,その肛門にバイブレーターを挿入するなどの暴行を加えたというものである。
 本件犯行は,被害者の意思に反して上記SM行為を強いたというものであって,被害者の人格を無視した悪質なものである。のみならず,被告人は,上記の被害者の状態を写真に撮影しているのであって,被害者は,今後もその写真を他の人に見せられるのではないかとの不安をもって生活しなけれならず,その犯情は悪質である。そして,被告人は,本件犯行により被害者に多大な肉体的苦痛のみならず精神的な屈辱感を負わせたものであり,その結果は決して軽微なものではない。また,被告人は,被害者の同意やアリバイを主張して本件犯行を否認し,反省の態度は何ら見られない。加えて,被告人には同種前科2犯を含む前科9犯があり,同種前科のうち1犯は,本件犯行と3犯の関係にある。
 以上に照らせば,被告人の刑事責任は重く,被告人を矯正施設に収容し,徹底した矯正教育を受けさせるのが相当である。よって,主文のとおり判決する。
(求刑 懲役1年6月)
平成17年12月12日
松山地方裁判所刑事部
裁判官   武 田 義 德

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最終更新:2006年01月10日 17:37
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