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    <title>トップページ</title>
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      **百科全書項目
[[田舎暮らし&gt;http://www4.atwiki.jp/ram_catalog/?page=inaka]]
[[カフェ&gt;http://www4.atwiki.jp/ram_catalog/?page=cafe]]
[[協同組合&gt;http://www4.atwiki.jp/ram_catalog/?page=coop]]
[[Queer&gt;http://www4.atwiki.jp/ram_catalog/?page=queer]]
[[サウンドデモ&gt;http://www4.atwiki.jp/ram_catalog/?page=sounddemo]]
[[「精神病」者&gt;http://www4.atwiki.jp/ram_catalog/?page=psychosis]]
[[半農半X&gt;http://www4.atwiki.jp/ram_catalog/?page=agriculture]]
[[非営利・非所有&gt;http://www4.atwiki.jp/ram_catalog/?page=npo]]
[[プレカリアート&gt;http://www4.atwiki.jp/ram_catalog/?page=precariate]]
[[マレニー&gt;http://www4.atwiki.jp/ram_catalog/?page=maleny]]
[[meta&gt;http://www4.atwiki.jp/ram_catalog/?page=meta]]
[[労働&gt;http://www4.atwiki.jp/ram_catalog/?page=labor]]
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-メールで問い合わせ
-[[@wiki 便利ツール &gt;http://atwiki.jp/tools/]]
等をご活用ください    </description>
    <dc:date>2006-08-29T16:38:10+09:00</dc:date>
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    <title>meta</title>
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    <description>
      *meta

私は本日、Q-hiveから地域通貨Qへの再入会拒否の回答を通知された。それで、LETS或いは自由通貨と私が呼ぶもの＝metaについての再定義を迫られた。

先ず第一に、metaは、「地域」通貨というより「ネットコミュニティ」通貨としての側面を強調し、その「グローカル」な理念を極限まで追求するものである。

それから第二に、metaは、一般的な経済システムとなることを目指すものではなく、社会運動貨幣、もろもろの運動を繋ぐメディアとなることを目指すものである。例えば、運動内部での活動や労働には何をどのように支払うのか、或いはデモに何をどのように支払うのか、といった問題を提起するのがmetaである。それらは単なる「経済的」活動ではなく、「政治的」な行為なのである。

さらに第三に、metaは、「贈与」の意味を再考するものである。詳しくいえば、家族や閉鎖的共同体の外で「贈与」という出来事（奇蹟）を生起させるための道具がmetaである。

metaが優れてネットコミュニティ通貨であるということから、それが交換の対象とする財が、知・情報に集中したものだということが帰結する。脱物質化した情報は、metaが扱う対象として最も適切なものである。モノであれば、送料の問題が避けられないが、情報であれば、無料でネットでやりとりできる。metaは、「言葉」に対して何をどのように支払うか、という、お話し療法talking cureの課題を引き受けるものである。

またmetaは、闘う・遊ぶなど、資本家的「賃労働」に還元されない多数多様な自由活動に対して支払われる貨幣でもある。metaが目指すのは大まかに言って2つあり、技能交換と相互扶助である。資本家的経済の下では、市場的交換の対象とならない、言い換えれば「プロの技術」とは看做されない多様な器用仕事に対して支払われるのが円ではなくmetaである。

metaは、幻想（意味）を過剰に生産し、且つ同時に、それらから身を引き離す。言い換えれば酩酊（陶酔）と覚醒との間を時に激しく時に静かに往還し、生/死、夢想/現実の間を往還する。それは、批判（批評）或いは分析のための道具なのである。metaは、ありとあらゆる宗教及びその代理物（ナショナリズムなど）を批判する。それは、解放の一般的プログラムであるRAM WIKIにおいて流通する運動貨幣なのである。没入でもシニシズム（冷笑）でもなく、ユーモアをもってことにあたるのがmetaの倫理的姿勢である。それは社会的現実に関与し、介入し、変革する。言葉を与えるのみならず、現実の諸関係を組み替える。metaとは、理念としてのコミュニズムに向かう果てしない運動＝意味生産の過程である。それは既成のあらゆる抑圧的な信仰に反対するとともに、現実の活動に生気を与える新たな信を生み出し続けるのだ。それが生み出すのは、現にあるこの世界への信である。この世界を信じること（ドゥルーズ）、それこそmetaの効用＝昂揚である。

☆自由通貨meta
http://www.ccsp.jp/cc/meta/

Linda    </description>
    <dc:date>2006-08-29T16:37:29+09:00</dc:date>
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    <item rdf:about="http://www4.atwiki.jp/ram_catalog/pages/16.html">
    <title>inaka</title>
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    <description>
      *遊牧民ネットワークとしての田舎ぐらし 
田中正治

１９９８年から５年間、房総半島・鴨川の山中にある”鴨川自然王国”で企画やイベントのコーディネーターとしての仕事をした後、僕達夫婦は、２００３年”自然王国”の近くに永年移住をした。
西畑地区という１９軒の農家で構成される部落で、大黒柱は団塊の世代が多いが、ほとんどはサラリーマンで、土・日百姓をしている兼業農家だ。

僕が移住してきたことが、部落ではちょっとした話題になり、”さて、どのように付き合っていったらよいものか？”と寄り合いがもたれ、そこでＡ，Ｂ，Ｃ案を僕に提示しようということになったらしい。Ａ案は、僕が別荘感覚で住むのなら、部落は軽く付き合う。Ｂ案は、僕が冠婚葬祭まで付き合うのなら、部落もそのように付き合う。Ｃ案は、僕が骨を埋める氣で、どっぷりと付き合うのなら、部落もそのように付き合う、というものだった。なんと合理的な提案ではないか！僕は、”Ｃ案で行きます”と答えた。
部落の寄り合いに行くと、驚いたことに、ご近所の女性と結婚したイラン人が参加していて、流暢な日本語で、礼儀正しく挨拶した。”おお、いい男じゃないか”と長老達も、けれん味なく自然体で受け入れていて、いい感じだった。

実は、この西畑部落から１５００m離れた小高い山の上に、そこは鴨川の源流なのだが、都市の産業廃棄物最終処分場建設の計画があって、部落は賛成は１名、反対派約１０名、中立派その他、といった分かれ方をしているようなのだ。僕は”反対”の旗色を鮮明にした。うれしいことに、団塊の世代を中心に”ふるさとを愛する会”という反対グループが、部落の寄り合いとは別に出来ていて、署名運動や水質検査のどの反対運動をすでにしている。ラッキーなことに”鴨川の環境を守るネットワーク”というグループの中で、僕も地元の人達と一緒に会議や行動をすることになった。そのせいか、地元の人から特別冷たい視線を感じることはなく、むしろ温かい視線を感じることが多い。 産業廃棄物処分場
反対という共通の課題という新しい共通の受け皿が、別の新しい人間の結びつきを作ったのである。

２年間、この集落の中に住んで思うのだが、集落の最大のイベントは大山不動尊の夏祭りで、それ以外は盛り上がりが感じられない。夏祭りは、東京に出て行った息子や娘が帰って来て祭りに参加するからである。

でも、部落の寄り合いでは、予想に反して実に活発な論議がなされる。それも長老達におもねるわけでもなく、自由で礼儀正しく、時にユーモア豊かに意見を臆せず述べている。これは都会の市民運動の会議よりひょっとすると活発だという印象で、驚きだった。多分それは、江戸時代から続く人々のコミュニケーションの優れた伝統のように思われる。

だが、この部落の寄り合いからは、時代への新しい挑戦やアイディアはもはや出てこないように感じられる。部落には若者がいないのだ。では、新しいものへの挑戦やアイディアはどこから来るのだろう。僕は都会からだと思う。地域活性化の決め手は、”若者、馬鹿者、よそ者”とよく言われるが、その通りで、彼らが風を送り込んでくるようだ。

１９８５年当時、”若者、馬鹿者、よそ者”だった藤本敏夫氏が、鴨川の山中で”自然王国”を建設し始めた頃、”過激派の親分がきたぞ”ということで、ちょっとした騒ぎとなったとのことだ。でも彼と加藤登紀子さんの魅力でか、５－６人の近所の農家が、農事組合”鴨川自然生態農場”の理事になったのだからちょっとした驚きだ。現在、鴨川の人気スポットになっている”大山千枚田”のオーナー制やトラスト制の代表である石田三示氏も、当時藤本氏にもろに感化された地元若者の一人だが、都会人のアイディアをドンドン受け入れ、放棄されていく棚田を美しい人気スポットに変えている。地元農家のじいちゃん、ばあちゃんが”先生”になって、都会人に田植えの仕方などを教えている。オーナー制田トラスト制という新しい”場”を作ることによって、農的な共通の価値を共有する都市と農山村の人達が共通のプロジェクトを進めているのである。田植え時には８００名くらいが参加する。地元の人たちは、都会人をどこか警戒しながら、同時にコンプレックスを持っているとのことなのだが、棚田オーナー制で“先生“になることによって、警戒とコンプレックスはじいちゃん・u栫「个△舛磴鵑・蕕曚箸鵑匹覆・覆辰討い襪叛佚弔気鷂世Α・・w)w)w)w)世界を放浪した末、鴨川の山間部の古民家に住み着いた若者・林夫妻が提唱した”地域通貨・安房マネー”は、現在の所、都市からの移住者が多いが、地元のフットワークの軽い人が徐々に参加してきている。農山村でもおもしろいこと、新しいことに興味を持って参加してくる人は、やはりいるのだ。時間はかかるだろうけど。２０年―１５年前に移住してきた都会人達は、過激派じゃないかとかオームじゃないかと警戒もされ、結構苦労したと聞くが、そのご苦労があってか、最近の移住者が、いじめられているという話は聞かない。これだけ移住者が多いと、地元の人たちも、合理的に解決して迎えいれちゃおうということになっているのかもしれない。

加藤登紀子さん（鴨川に住民票を移した）が始めた”鴨川未来たち学校”も、過去２年間で６回のイベントを開催していて、延べ千数百名の地元人たちが参加した。川、海、土、森、化学物質をテーマに環境への地元の関心を高めながら、産業廃棄物処分場阻止の底流を広げている。

そんなこんなで、農山村での都市からの移住者の役割は創造以上に大きいと感じている。おもしろいアイディア、企画、コーディネーター、ネットワーカーとしての役割が期待されるのだ。

古い「村落共同体」は、１９６０年代に農山村に貨幣経済、資本主義経済が押し寄せ、自給自足経済が解体していった過程で、内部の創造的エネルギーを喪失し形骸化したと思われる。現在、農山村には資本主義経済だけでなく、その価値観も完全に浸透している。時代は一回転したようで、むしろ、都会の最先端部で、脱お金、脱資本主義的価値観が若者達をとらえ始めているのではないだろうか。彼ら都会の若者達が、農山村に移住し、新しい価値観で運動や事業を展開するとき、古い村落共同体に代わる、創造的なコミュニティーの可能性が開かれるだろう。そのことが長い目で見れば、農山村で移住者が、地元の人たちにもっとも貢献できることではないかと思う。

もちろん、田舎に”ひきこもる”ことはない。多くの都会からの移住者は、都市とのネットワーキングを縦軸に生計を立てている場合が多いのであるから、都市と農山村を自由に往還する、”遊牧民的ライフスタイル”がむしろトレンディーだと思う。自由と世界の可能性を羽ばたかせるところに人生の面白さがあるのだから。    </description>
    <dc:date>2006-08-23T15:57:30+09:00</dc:date>
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    <item rdf:about="http://www4.atwiki.jp/ram_catalog/pages/15.html">
    <title>agriculture</title>
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    <description>
      *半農半ＸＹＺ・脱都会する青年群像 
田中正治

１）”半農半Ｘ”が、若者達の間で静かに流行している。バブル崩壊以降の流れのようだ。
”半農半Ｘ”の言い出しっぺ・塩見直紀さんにお会いしたのは、１９９７年頃だった。彼は「たねっと」という在来種のネットワークを主催していた。僕達「ネットワーク農縁」http://www004.upp.so-net.ne.jp/net-nouen/は、その頃、遺伝子組み換え大豆ＮＯ！在来種を守る”大豆畑トラスト”http://www.h6.dion.ne.jp/%7Etrust/
全国集会を開き、塩見さんにも来ていただいた。その後、彼は”半農半Ｘ”の提唱者として、オルタナティブな生き方を求める若者の心をとらえていった。

２）”半農半Ｘ”とは、「一人一人が天の意に沿う持続可能な小さな暮らし（農的生活、シンプルな暮らし方、自給自足なくらし）をベースに天与の才（Ｘ＝使命、ミッション、役割）を世のために活かし、社会的使命を実践、発信し、全うしていく生きかた」と塩見さんは規定している。ちょっと重いかなという感じはするが、提唱者の心意気が伝わってくる。http://www.satoyama.gr.jp

３）塩見さんの姿を思い浮かべながら、僕の住んでいる千葉県・鴨川 の近場を見回してみると、結構そんな知人・友人の姿が見えてくる。
地域通貨・安房マネーの代表・林夫妻は、半農半イラストレイター。http://www.awa.or.jp/home/awamoney
故・藤本敏夫と加藤登紀子の次女・Yaeちゃんは、半農半歌手で”サポーマンス”というＮＧＯサポートをしている。http://www.yaenet.com/　最近Yaeちゃんと結婚した三尾君は、半農半麻の途上だ。
http://www.k-sizenohkoku.com/tt_top.html　ご近所の杉山さんは、半農半陶芸。１５００坪の田んぼを耕しながら、登り窯を持つ芸術家。http://www7.ocn.ne.jp/~sasaya/kamamoto.html　「テロリストは誰？」「９１１ ボーイングを捜せ ― 航空機は証言する 」の上映や講演で活躍する菊池ゆみ・森田夫妻は、半農半ジャーナリスト。
http://globalpeace.jp/　　近くの桑原さんは、半農半養蜂家。炎の芸術・”シャンティー・グラスを作成しているＧＥＮさんは、半農半工芸 。http://shantiglass.hp.infoseek.co.jp
　近くでライブハウス・バンブートーンを経営する鶴さんは、半農半カーパッショニスト。http://www.awa.or.jp/home/tsuru/　僕のパートナー・阿部さんは、新庄水田トラスト事務局で、半農半コーディネーター。http://www.nurs.or.jp/~suiden/　僕は遊学の森トラスト主催で、半農半ネットワーカーというところか。http://yuugakunomori.hp.infoseek.co.jp/　二人とも、若者じゃないですけど（＾＾）。それぞれ皆、何がしかの田んぼや畑を借りたりしている。
農文協「現代農業」（増刊）「青年帰農」「若者はなぜ、農山村に向かうのか」を見ると、”半農半Ｘ”の事例が沢山掲載されている。http://www.ruralnet.or.jp/zoukan/index.html

４）コンビニとＩＴ、スピードとアバンチュールの都会が、高齢化と高コストにおののいている。もう一つの豊かさ、もう一つの生きかたを、人々は摸索しているように見える。大量物質主義、マネー支配・競争社会にうんざりした若者達の中から、半農半Ｘの地下水がほとばしり始めている。人々の確かな連なり、お互いの助け合い、信頼のネットワークを求めて。
鴨川は、東京から車かＪＲで２時間の距離で、山あり海ありの人気スポットだ。若者や定年退職の人達が移住してくる。でも、農山漁村にくればHappy！というものでもない。工業型の価値観の転換、Ｘ＝自分独自の価値観と夢、それに生きる技術とネットワークを持ってくることが、おもしろい人たちと連なるポイントだと思う。

自分の本当の仕事、本当の生きかた探しに積極的に挑戦する若者を歓迎したい。”晴耕雨読””余生”などくそ食らえ、おもしろいコミュニティーを作るぞ！と叫ぶ団塊のおじさん・おばさんを歓迎したい。農山村は、都市からの逃避の場ではない。都市・農村・山村・漁村が新しい価値観で開かれ、Web状に連なった人々の中で行動したい。農山村は、創造的価値とユニークな人間と事業の協同（アソシエーション）をベースにした、斬新な文化・コミュニティー創造の場でありたい。”半農半Ｘ”が、そのキーワードのひとつになっている。    </description>
    <dc:date>2006-08-23T15:55:42+09:00</dc:date>
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    <item rdf:about="http://www4.atwiki.jp/ram_catalog/pages/14.html">
    <title>npo</title>
    <link>http://www4.atwiki.jp/ram_catalog/pages/14.html</link>
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      *都市若者の最先端は”非営利・非所有” 
田中正治

１）バブルがはじけて１５年。就職に対する考えは一変してしまった。終身雇用制、年功序列賃金が崩壊し、リストラの嵐がなお吹いている。従って、良い学校に入学し、よい会社に就職し、定年退職以後の悠々自適のライフスタイルの夢は、とっくに壊れてしまっている。バブリー君から就職氷河期をくぐってきた多くの若者にとって、大量生産、大量消費、物の溢れるお金万能は、むしろ息苦しい。叫びが聞こえるようだ。「なにもいらない。ただ生きがいがほしい！」と。

２）２０世紀が工業化社会だとしたら、２１世紀は情報化社会から生命情報化社会へ。知的所有権（特許権）が、その焦点になっている。工業製品やサービスのみならず、微生物、植物、動物、人間の細胞にまで特許をかけ、企業利益にしてしまう。例えば、マイクロソフト帝国のＯＳ・ウインドウズが圧倒的な世界シェアーをとっているのも、特許権取得だ。秘密主義で固められた情報によって、富を独占している。だが、このモンスターを脅かしているのが、Open Souce運動のＯＳ・ＬＩＮＵＸに参加する若者達だ。フィンランドの一学生を中心にインタネットに結束した世界のボランタリーなプロ
グラマーによって、自立分散的に開発・進化されている。中身は全て公開され、原則的に無料、非営利・非所有である。資本主義ではにわかに信じがたいが、そうなのである。品質は極めてよい。熱意と誇りと互いへの尊敬と責任感が、知的所有権に叛旗をひるがえす人たちの自由な連帯を生み出しているといわれる。　http://www.linux.or.jp/general/linux.html

３）生産と労働に目を転じてみると、ワーカーズ・コレクティブ（Workers Collective）が注目される。株式会社は、資本（家）が労働（者）を雇い入れ、資本の歯車として働かせ、製品・サービスを生産し、市場で価値、利潤を実現するのが目的。資本が労働を支配し、その結果、資本が利潤を所有するシステムだ。これに対してワーカーズ・コレクティブは、起業しようとする人達がお金（資本）を出し合い、共に仕事をする（協同労働）。つまり、出資者各人が経営者であり、同時に労働者である。従って、各人は平等の関係にあり、支配する人や支配される人はいない。利潤は事業の展開のための留保か、労働の量と質に従って平等に分配される。仕事の内容について全員が協議・決定する。働き方の充足度を求める現代人にとって魅力的なシステムだ。福祉系、食べ物系、カフェ系、起業系などの領域で、互いに「顔と人柄の見える」関係、小規模が良い。価値観を共有した仲間で起業するには適したシステムだ。すでに国内で500以上のWorkers Collectiveが展開している。
http://www.wco-kanagawa.gr.jp/　　http://homepage3.nifty.com/workers-tokyo/
http://www.arsvi.com/0so/s1500000.htm

４）いま流行のＮＰＯ（特定非営利団体）は、玉石混合だが、やりようによっては”宝石”になりうる。福祉、環境、教育、農業、健康・・・など社会的実現目的・目標を明確にして、その実現のために事業を起こすことが出来る。この事業体は利潤を出すことが認められている。ただ、利潤は事業展開のために投入できるが、構成員個人への分配は禁止される。金儲けではなく、社会的目的・目標の実現のための起業、従って生きがいと働き方の創造にマッチしたシステムだ。非営利・非所有で、かつ食べていけるシステムをつくることが出来る。
http://www.shaplaneer.org/　　http://www.npo-sc.org/

５）現在の体制的価値を拒否する若者をひきつけるコミュニケーション的経済ツールの一つが、地域通貨だ。円やドルを用いない任意の「通貨」で財やサービスを交換する。会員間の通帳型と開かれた「紙幣型」がある。交換レートは自主的に決定出来る。利子はつかない。国家通貨とは交換できない。世界で３０００ヶ所くらいで用いられている。途上国・アルゼンティンでは、一時、600万人が参加していた。経済システムが崩壊し、物質的飢餓状態が蔓延した場合のサバイバル交換システムなのである。先進国では物質的飢餓のサバイバルというよりは、精神的飢餓へのサバイバル経済システム・連帯のコミュニケーション経済システムという要素が強い。個性的な個人、ＮＰＯ，ＮＧＯ、Workers Collective、Coop、
個人事業体などの地域通貨への参加が増えると、アイテムが豊かになる。交換会のイベントが企画されれば、お互い盛り上がることも出来る。市場至上主義経済が、貧富の格差を拡大する中で、対抗策として、この連帯通貨・地域通貨で生活出来る部分を徐々に拡大しながら、人間の連帯と心の豊かさを充実させていきたいものだ。http://www.geocities.co.jp/HeartLand-Cosmos/3702/　http://www.cc-pr.net/list/　　

６）途上国の問題に関心を持つ人には、フェアートレード（公正貿易）だ。途上国は先進国とＩＭＦ／世界銀行の債務奴隷状態。１１・９テロが起こったとしても不思議ではない構造が永続化しているように見える。この構造にちょっとした風穴を開けているのがフェアートレードだ。途上国の商品の再生産費を保証する価格で買い、労働者の状態を向上させ、南北の人間的連帯を作り上げるシステムだ。世界中を一人旅する若者が増えるのと比例して、フェアートレードショップ、第三世界ショップを起業する人が増えているように思われる。
http://www.windfarm.co.jp/　　http://www.fairtradecenter.org/　　http://www.ajf.gr.jp/old/working_group/africa_ngo/atj.htm

７）イラク戦争も”石油のための戦争”。資源争奪は直戦争につながっている。石油を主要エネルギーにする限り、石油ルートを軍事的に押さえているアメリカに首根っこを押さえられることになってしまう。戦争をストップさせるには、反戦直接行動だけでなく、エネルギー源を脱石油に転換すること。太陽光、風力、小型水力、バイオ水素エネルギーへの転換が急務だ。オランダは、すでに、脱原発・脱石油ー風力・自然エネルギーへの全面的転換を成し遂げている。石油企業が、一方で水素エネルギーへの転換を始めているのは皮肉だが、日本でも自治体の風力発電建設が盛んになっている。でも、私達が手が届くのは、太陽光・風力発電トラストや市民協同発電所だ。トラストとは、信託（信じて託す投資）。反原発、反戦の思いを込めて自然エネルギーにトラストする。トラストは、その目的に共鳴する会員を募集し運営する。単純なシステムなので、起業は社会的にインパクトのあるテーマとコンセプト作りがポイントだ。
http://page.freett.com/trustjp/　　http://www.ex.biwa.ne.jp/~sunden/cityzenpowerplant.htm

８）非営利ＢＡＮＫが増えてきている。市中銀行や郵便局に預けた私達のお金は、廻りまわって環境破壊する企業の投資や戦争に使われていることに気がつき始めたからだ。環境、平和、福祉、途上国、農業の領域・・・などで、明確な未来の可能性をみせてくれるＮＰＯや事業などへ融資している。明確なミッション・コンセプトと経営能力が非営利ＢＡＮＫによって評価されれば、低利で融資を受け取ることが可能だ。apＢＡＮＫは１％の金利で融資する。例えば、未来ＢＡＮＫは、銀行マンや市民運動家などが起業した事業組合で、1994年7人で設立、400万円でスタートしたが、2005年には1億5000万円の出資金額を持ち、累計6億円以上を環境、福祉、市民事業などに融資をしている。貸し倒れゼロ。金利は３％。ただし、利子を取得することが目的ではない。未来への可能性を示す事業を成功させることで、この社会をかえることが目的なのだ。君も一口出資してみたら。http://www.apbank.jp/index2.html　　http://www.jca.apc.org/npois/mirai/

＊これらの動きは、資本のグローバリゼーション（世界市場至上主義）に対する、若者達のオルタナティブでしなやかな対抗（運動）にもなっている。”希望の国のエグゾダス”は、すでに始まっている。    </description>
    <dc:date>2006-08-23T15:54:02+09:00</dc:date>
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    <title>maleny</title>
    <link>http://www4.atwiki.jp/ram_catalog/pages/13.html</link>
    <description>
      *あこがれの・ミニ協同組合のコミュニティー・マレニー 
田中正治

２００１年のある日、ふらっと東京・代官山のBe Good Cafeに出かけてみた。知人の谷崎テトラが、オーストラリアのReportをするというのだ。BeGood Cafeは、いまや、若者のおしゃれでファッショナブルな知的空間。
http://www.begoodcafe.com/index.php　彼は世界の斬新なコミュニティーの取材もする映像作家だ。この日、数百枚の映像でオーストラリア・クインズランド州のコミュニティー・マレニー（Maleny）のＲｅｐｏｒｔをした。

１９６０年代の若者反乱に影響をうけた女性（ジル・ジョーダン）が、死んだような町・マレニーにやってきた。自給自足と永続可能なライフスタイルを求めて。１９６０年代の末だった。.人々は彼女をヒッピーと呼んだ。

彼女は、第一ステップとして、食物と化粧品のミニ協同組合・メイプルストリート・ＣＯＯＰをつくった。１９７８年、６人の女性達で。会員全員が運営に参加する協同組合方式を採用。誰も事業の経験はなかった。みんなが少額のお金を出し合ってスタートした。この協同組合には当初から変わらないヴィジョンがあった。地元の生産物優先、環境に負荷をかけない、無農薬であること、組合員のニーズを常に意識すること、などだった。

年齢も国籍も職業も違うユニークな人達が、マレニーに集まって来た。すばらしいいアイディアをもっている人はいるが、お金がない。そこで第二ステップとして、誰でも借りられるクレジット・ユニオンをたちあげた。地域密着型で、環境に配慮、収益や融資対象となる案件は、地域活性化に役立てること。これらのポリシーを持ったミニ銀行の設立を試みました。これは勇気のある決断だった。

人々がミニ銀行を活用することで、地域は活性化し始めた。融資を受けた人達は、必要に応じてミニ協同組合やプロジェクトを次々と立ち上げた。森林再生の協同組合、芸術家達の協同組合、ＦＭ局、フリースクール、廃棄物バスターズ、女性支援協同組合、アップフロント・cafe、アボリジニー伝統食協同組合、クリスタルウオーターズ協同組合・・・・・。住民の中には複数の協同組合やプロジェクトに参加している人も多い。

こうした協同組合やプロジェクトを背景にして、第三ステップのＬＥＴＳ・地域通貨が設立された。ＬＥＴＳは、経済的結びつきだけでなく、精神的結びつきを重視した。従って、ＬＥＴＳを地域エネルギー循環システムと考えた。物質やサービスにお金を使わない交換というだけでなく、文明社会の落とし穴である精神的な渇望を重視したのだ。

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２００４年ジル・ジョーダンが東京へやって来た。その時、印象に残ったのが、システム立ちを上げる場合の「ゴールデン・ルール」だ。それは・・・・
「一つ目は小さく始めることです。大規模に始めようとすると失敗する可能性が高くなります。実践に必要なエネルギーは既に在るものをつかうべきです。お金を借るといった無理はしないで下さい。無理をすれば、最初に持っていたエネルギーが小さくなってしまいます。また、ニーズを確認することも忘れないで下さい。さらに、メンバー間でヴィジョンと目的を必ず共有して下さい。

次のルールは全ての人を受け入れることです。全ての人を受け入れる器を持ち、それをメンバー全員が意識して下さい。これにより、組織の考え方やメンバーの偏りを防ぐことができます。

その次のルールは、お互いをトレーニングし合うことです。組織維持に必要なスキルはもちろん、メンバー同士の関係作りの模索のトレーニングも重要です。このトレーニングを行うことにより、各自が持っている価値や貢献の認識を共有できるからです。これは困難なトレーニングですが、とても重要です。特に、ボランティアの価値や貢献は無視されがちになりますが、彼らの重要性を認識するためにも必要です。また、プロジェクトがうまくいくためには、各自の得意分野や興味を確認した上で、お互い補い合うことが必要です。

さらに、対話の機会や場所作りを怠らないで下さい。これは、新組織の立ち上げはもちろん、既存の組織とっても重要です。このような対話の機会を設けることで、組織に隠れていた歪みを見つけることができるからです。対話の場所や機会作りは、助けが欲しいと言える良い機会ですし、誰もが役に立てる良い機会です。

最後は、楽しんで進めてほしいということです。楽しんでやることほど、豊かなインスピレーション受けて活動することができます。」

僕は今、房総半島の鴨川に住んでいるが、鴨川をマレニーのような町に出来たら・・・・これが僕の夢だ。
鴨川は、カウンターカルチャー系、サーファー・環境系、半農半ＸＹＺ系の若者達の人気スポットの一つ。地域通貨・安房マネーの会員も１００名以上で、それら若者達や以前から移住してきた人たちとのコミュニケーション・協同ツールにもなっている。http://www.awa.or.jp/home/awamoney    </description>
    <dc:date>2006-08-23T15:52:19+09:00</dc:date>
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    <item rdf:about="http://www4.atwiki.jp/ram_catalog/pages/12.html">
    <title>coop</title>
    <link>http://www4.atwiki.jp/ram_catalog/pages/12.html</link>
    <description>
      [[リンク名&gt;URL]]
*協同組合 

柄谷行人・西部忠・高瀬幸途・朽木水＝柳原敏夫『NAM原理』（太田出版）から引用する。

&gt;マルクスは、『ドイツ・イデオロギー』において、エンゲルスの書いた文章に、次のように書き加えている。

&gt;《共産主義とは、われわれにとって成就されるべきなんらかの状態、現実がそれに向けて形成されれるべきなんらかの理想ではない。われわれは、現状を止揚する現実の運動を、共産主義と名づけている。この運動の諸条件は、いま現にある前提から生ずる》

&gt;マルクスはこの姿勢を貫徹している。そして、その二〇年後に、彼は幾つかの「現状を止揚する運動」に共産主義の可能性を見いだしている。それは生産と消費の協同組合である。マルクスは、株式会社を「資本主義的生産様式そのもの限界内での、私的所有としての資本の廃止」として見た（『資本論』第三巻5-27）なぜなら、株式会社は、資本と経営の分離によって、それまでの「資本家」を消滅させるからである。しかし、株式会社は資本制の「消極的な揚棄」にすぎない。彼は、労働者が株主であるような生産協同組合にその「積極的な揚棄」を見出す。

&gt;《資本主義的生産様式から生ずる資本主義的取得様式は、したがって、資本主義的私有は、自分の労働にもとづく個人的な私有の第一の否定である。だが、資本主義的生産は、一つの自然過程の必然性をもって、それ自身の否定を生み出す。それは否定の否定である。この否定は、私有を再建しないが、おそらく資本主義時代の成果を基礎とする個人的所有をつくりだす。すなわち、協業と、土地や労働そのものによって生産される生産手段の共同所有を基礎とする、個人的所有をつくりだす》（『資本論』第一巻7-24）

とはいえ、理論的にはどうあれ、現在、協同組合は非常に厳しい局面に立たされている。それは、市場において資本制企業と競争しなければならないため、没落するか、或いはそれ自身が資本制企業に似たものにならざるを得ない。NAMは、協同組合を健全に育成するため、LETSによる無償金融を実現しようとしたが、その試みも行き詰まり、NAMそれ自体が解散した。現状を打開し新たな社会的現実を切り開くためには、私達一人一人の発意と創造が必要である。

●[[日本労働者協同組合連合会&gt;http://www.roukyou.gr.jp/]]


Linda    </description>
    <dc:date>2006-08-23T11:07:40+09:00</dc:date>
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    <item rdf:about="http://www4.atwiki.jp/ram_catalog/pages/11.html">
    <title>sounddemo</title>
    <link>http://www4.atwiki.jp/ram_catalog/pages/11.html</link>
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      *サウンドデモ 

私は以前、一度サウンドデモについて報告したことがあるが（[[こちら&gt;http://associationists.fc2web.com/sets0001.html]]）、もう一度簡潔に説明したい。

2003年10月13日に東京新聞に掲載された記事のなかで、酒井隆史が次のように述べている。

&gt;大阪女子大の酒井隆史講師（社会思想）によると、サウンドデモの起源は八〇年代の米国のゲイ（同性愛者）解放運動にさかのぼるという。これが「沈黙は死」を掲げた反グローバリズム運動に継承され、九〇年代にはロンドンなど欧州各地に飛び火。「レクレイム・ザ・ストリート（路上を取り戻せ）」を合言葉に燃え上がった。英国政府は「反復したリズムの下で、三人以上が路上に集まってはいけない」という新たな規制を敷いたという。

&gt;酒井講師は「非暴力直接行動の新しい形で、踊るという身体レベルで抵抗を示す点が従来と違う。サウンドデモは訴える手段だけではなく、生み出す空間自体に意義がある。有事法制などで生活が丸ごと権力に規制される中、路上という公共圏を単なる交通手段ではなく、人々の接点の場として取り戻そうという狙いが新しい」と説明する。

「沈黙＝死」（SILENCE=DEATH）は、確かにLGBTsなど少数者運動の合言葉だった。例えば、[[ゲイフロント関西&gt;http://www5e.biglobe.ne.jp/~gfront/c-action.htm]]のホームページを見ていただきたい。また、[[このサイト&gt;http://www5e.biglobe.ne.jp/~soap/remap2003/mouritext/mouri509.html]]の記述によると、以下のようである。

&gt;ベンジャミン・シェパードとロナルド・ヘイダックが編集した『ＡＣＴ　ＵＰから ＷＴＯへ：グローバリゼーションの時代の都市の抵抗とコミュニティの形成』 （Shepard and Hayduk(2002) From Act Up To the WTO: Urban Protest and Community Building in the age of Globalization）というアンソロジーは、最近の「新しい社会運動」あるいはティム・ジョーダンの書籍のタイトルを借りれば、「アクティヴィズム！」とでも呼ぶべき最近の若者の政治運動の形成をたどったものであるが、それによれば、こうしたカーニバル的な動向は八〇年代の終わりのＡＣＴ　ＵＰ（AIDS Coalition to Unleash Power=パワー解放のためのエイズ連合）あたりに始まったとされる。このアンソロジーのＷＴＯとは、一九九九年のシアトルＷＴＯ会 議の際の大規模な反グローバリズム運動のことを指している。

&gt;ＡＣＴ　ＵＰは当初からエイズによる深刻な打撃を受けていた多くのアメリカの アーティストや批判的ポストモダン美術の理論的指導者であったダグラス・クリンプ などが参加していたこともあり、当初からパフォーマンス的な視覚要素を多く持っていた。 特に、その最初に成功したキャンペーン「沈黙＝死（Silence=Death）」は、第二次 世界大戦中にナチスが同性愛者を弾圧するのに用いた三角形をピンク色でデザインしたロゴを使って、ポスター、ちらし、ステッカー、Tシャツ、バナーなど広告的なメディア・ミックスを行い、伝統的な左派的社会運動からも周縁化され、しばしば差別の対象になり、不可視にされてきたエイズ患者やゲイ・レズビアン・ムーヴメントをいわばファッショナブルなものへと転用したのだった。また、この時代世界中で広がりつつあった公的空間のレイブ・パーティやスクォッティングなど文化動向ともリンクしていたことも考えるべきだろう。ここで見られる、空間の一時的占拠による自律性の獲得、広範な政治的アジェンダではなくイッシュー主導の運動の形成と党派的ヒエラルキーの否定、メディアの活用、そしてある種の享楽主義とパフォーマンス性をはらんだ「文化」的な側面の強調といった特徴は、階級を特権視し、しばしばドグマ的で党派的ヒエラルキーと過剰な道徳主義のために身動きが取れなくなりつつあった旧来の左派運動とははっきりと一線 を画していた。そして、まさにその特徴によってこれまで政治とは関わりのなかった多くの若者をひきつけたのである。


2003年以後、イラク反戦やプレカリアート問題をはじめとする様々な課題に関して、日本各地でサウンドデモが取り組まれてきた。一番最近のものは、プレカリアート問題を訴えた秋葉原でのサウンドデモ（[[こちら&gt;http://sounddemo.nobody.jp/index.html]]）である。これは、2006年4月30日のサウンドデモが警察・公安によって暴力的に弾圧され潰されたことへの「やり返し」を主旨とするものであり、約200名の参加者を集め、弾圧も跳ね除け、基本的には成功したといえる。

デモそのものが、憲法でも保障された表現の自由の行使であるが、その中でもサウンドデモは最も「表現」という性格が強いと言える。街路という公共圏を民衆の手に取り戻し、音楽を鳴らし、声を挙げるという、最大限の表現行為である。

最近は、サウンドデモというよりは、[[フラッシュモブ&gt;http://e-words.jp/w/E38395E383A9E38383E382B7E383A5E383A2E38396.html]]というハプニング的な新たなかたちのパフォーマンスが注目されている。

Linda    </description>
    <dc:date>2006-08-23T11:02:23+09:00</dc:date>
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    <item rdf:about="http://www4.atwiki.jp/ram_catalog/pages/10.html">
    <title>リカバリー</title>
    <link>http://www4.atwiki.jp/ram_catalog/pages/10.html</link>
    <description>
      　リカバリーとは恐らくは幅広く使われている言葉ではあると思うが、この場合は精神病からの回復といった意味で使っています。

　現在の精神医療では官界という言葉や完治という言葉を使います。これらが病気が治ったという意味で使います。薬を飲まなくても働けることを完治といい、薬は飲んでいても安定して働ける状態を官界というそうです。
　精神医療は医療ではなく刑務所のようなものです。なので、患者も反対運動をします。その中でオルタナティブ医療ができました。当事者同士が語り合ったり助け合ったりする、ピアサポートやアノニマスといった活動です。そのような当事者同士の助け合いでつらい気持ちを埋めていく作業を『回復』と呼び、官界や完治よりも遥かに明るく自分を持って生きていくことができる人が大勢出てきました。
　官界や完治は患者自身が決めた選択では有りません。医者が突然に思いついたようにいう台詞です。その台詞はいつまでたっても聞けません。ですので、精神病は治らないと一般的にはいわれています。ところが精神病は治らないのではなく精神病を医者が治せないのです。官界や完治してもつらくない生き方はできません。いえ、かえってつらくなるかもしれません。医者の選択に任せてもいい結果が出ません。そんな中、回復というのは完治や官界とは遠い存在ですが、精神病が治るという言葉に近いと思います。その回復を選択するのは患者本人です。自分で自分を回復できます。

　日本では回復といわれていますが、各国でリカバリーなどとも呼ばれています。そのリカバリーは回復を具体的に説明したものでした。仲間との信頼関係がリカバリーというないようでした。私は、ピアサポートやアノニマスの中に信頼関係を心から感じますが、精神医療からは微塵も感じません。ここに、精神病の壁が有ると思いました。
　
　先日痛感したことが有ります。社会復帰しましたという仲間があまりにも排除的な思想を持っていました。医療によってつくられた官界、完治、もしくは社会復帰というのは非常に信頼関係がなくつらい思いを常にしている人だと感じます。リカバリーに向かう人はもっと自分に自信が有り明るい雰囲気を受けました。
　相反する病気への見方がこうも人を変えるとは驚きました。

　精神障害者自身がリカバリーを作り上げれるような時代を作りたいです。    </description>
    <dc:date>2006-08-22T15:48:20+09:00</dc:date>
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    <item rdf:about="http://www4.atwiki.jp/ram_catalog/pages/9.html">
    <title>psychosis</title>
    <link>http://www4.atwiki.jp/ram_catalog/pages/9.html</link>
    <description>
      *「精神病」者 

心身の不調など何らかの「苦訴」を持ち、治療や養生（ここでは治療という言葉を専門医によるものと定義し、養生という言葉を患者＝受苦者本人の主体的な治癒への努力と定義する）を必要とする状態のことを「精神病」と言い、そのような状態にあると自己自身を定義する人を「精神病」者という。

ロナルド・レイン、ディヴィッド・クーパーらの反精神医学が告発したように、「客観的」な精神医学の欺瞞と抑圧が露わにされ、抑圧的で監禁的な病院のシステムが「精神病患者」といった実在を生産したり、歪んだ家族システムが「精神病患者」とラベリングされる不運な犠牲者を生産したりといった事柄について知られるようになっている。またミシェル・フーコーは「狂気」の経験の変遷を歴史的に辿ろうとした。かれによれば、狂気を「精神病」という形態から解放することが問題であった。狂気の言葉は、一部の文学者の言葉のなかから垣間見えるだけであり、狂気の忘却と隠蔽が人間主義的改革の名のもとに遂行されつつある、というのがかれの基本的な診断であった。

とはいえ、これら批判的な論者達の解放志向の議論の一切にも関わらず、やはり症状は本人にとっても周囲にとっても苦しいものであり、何とかしたいと痛切に感じさせるものである（その辺りの事情について木村敏や中井久夫が言及したことがある）。単なる歴史家・考古学者の立場からではなく、「精神病」者本人の立場からすれば、苦痛の軽減と快の増大を志向するのは当然のことだろう。その観点からして根本的に重要だと思われるのは、中井久夫の『精神科治療の覚書』と神田橋條治の『精神科養生のコツ』である。難解な思弁や過度の急進主義に陥らず、治療や養生の過程を丹念に追おうとするその姿勢は貴重なものとして「精神病」者当事者からも評価されている。また、海外のものとしては、フェリックス・ガタリの提唱した「制度論的精神療法」が重要であろう。その詳細については、『精神の管理社会をどう超えるか』という書物が今のところ唯一の情報源である。

最近の傾向としては、以前見られたというかなり重症の統合失調症患者に代わって、軽度の精神病者や境界例などの患者が急増しているという。精神科の敷居が低くなったというのも精神科を訪れる人が増えている一因であろうが、他の原因としては、バブル崩壊以降の景気の悪化に伴い、企業や家庭などでストレスを感じている人が急増していることが挙げられる。「精神病」という現実を分析的に把握するには、社会全体との関わりという政治的な視点を外すわけにはいかない。私達は、大多数の人が「生きづらい」と感じながら生きている社会に暮らしているのだ（この論点に関しては、雨宮処凛『すごい生き方』を参照していただきたい）。「生きづらさ」を単に主観的で個人的なものとして切り捨てるのではなく、社会や政治に向けて開き、解放志向の実践を刷新して新たな集団的主観性の領野を切り開くことが今求められている。

Linda    </description>
    <dc:date>2006-08-22T14:42:21+09:00</dc:date>
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