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衛茲(エイジ)字は子許。

名声も求めず、人目につく言動を避けるようにしていたが、深い思慮と遠大なはかりごとの持ち主であったという。司徒の楊彪らに招かれたが出仕しなかったが、曹操が旗揚げしたときには家財を投じて参加した。張バクの配下として従軍し、曹操が董卓配下の徐栄と戦ったときには兵3000を率いて曹操に加勢したが、丸一日奮闘したすえ、戦死したとある。

息子の衛タイが曹操の寵愛を受け、魏で重用されたのもこの時の父の恩を曹操が忘れなかった為だと言われる。
ちなみに演義では曹操が董卓の追手から逃れ陳留にたどり着き、父の曹嵩に旗揚げのための資金繰りを相談すると衛弘という金にきれいな、しかも大金持ちの人物がいると紹介され、衛弘は快く資金を提供した…とあるが、この衛弘なる人物こそ衛茲がモデルではないか?と思われている。

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