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終章」(2007/03/13 (火) 22:11:20) の最新版変更点

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<p><br> ――それから、事件は、どうなったと思います?<br> <br> 女子高生失踪事件の被害者に、一人の男子生徒の名が、加えられました。<br> 警察も八方手を尽くして捜索しましたが、彼女たちの足取りは杳として知れず、<br> 半年も経つと、事件は風化し始めていたんです。<br> マスコミは、すぐにセンセーショナルな話題に飛び付きますからね。<br> <br> <br> やがて、15年の歳月が過ぎて、事件は公訴時効を迎えました。<br> 事実上の迷宮入り。<br> 私は罪に問われることもないまま、人目を憚るように暮らしてきました。<br> それが正解だったのか、誤答だったのか……。<br> 今も、苦しみが続いていることから察すると、やはり過ちだったのかも。<br> <br> <br> ずっと――<br> 私の人生には、あの6月が付きまとっています。<br> だからなのでしょうね。<br> 時々、こうして誰かに、ヒミツを打ち明けてしまいたくなるんです。<br> 身体中にこびり付いた重石を、そっと誰かに預けて、少しでも楽になりたいから。<br> <br> <br> <br> あら? 随分と……怠そう。<br> ごめんなさい。やっぱり、お話が長すぎて、疲れてしまったようですね。<br> え? そんなこと無いですか?<br> ああ…………よかったぁ。<br> <br> どうでしょう。お紅茶をもう一杯、いかがですか?<br> お帰りになるにしても、眠気覚まし程度に、もう一杯だけ。ね?<br> <br> <br> <br> さあ、どうぞ。<br> ……あらら、零しちゃいましたね。<br> どうしました? カップが持てないくらい、手が震えてますけど。<br> そんなに、私が恐ろしいですか?<br> 殺人を犯した、この私が――<br> <br> <br> ふふふふっ。<br> <br> 逃げようとしても、もう手遅れですよ。<br> そろそろ…………お薬が効いてくる頃ですものね。<br> ヒミツを知った貴方を、帰すわけないでしょう?<br> ほぉ~ら。もう、満足に歩くことも出来ない。ウフフフフ……。<br> <br> <br> <br> 疲れたのなら、思う存分、お眠りなさい。<br> あっちの世界で、永久に――――<br> <br> <br></p> <hr> <br> <br> 新しい獲物は、身体が麻痺しかかっているのに、這い蹲って逃げようとしている。<br> なんて往生際の悪さだろう。虫酸がはしり、薔薇水晶の瞼が、ピクリと脈打った。<br> だけど……それは喜ぶべきことかも知れない。<br> 嫌悪感が強くなればなるほど、排除したときの爽快感もいや増すというものだから。<br> <br> <br> 薔薇水晶は、みっともなく足掻く獲物を冷たく見下して、残忍に唇を歪めた。<br> <br> 「白崎さん」<br> 「お呼びでしょうか、薔薇水晶様」<br> 「いつものように、処理してちょうだい」<br> <br> 白崎は恭しく一礼すると、黒革の手袋をして、ベストの内からワイヤーの束を取り出した。<br> それを躊躇なく、のたうち回る獲物の首に巻き付け、じわり……と力を込めていく。<br> <br> ――そして、呆気なく……本当に他愛なく、その命を断った。<br> 蜘蛛が、巣に掛かった昆虫に毒針を刺すように。<br> はたまた、食虫植物が、獲物の身体を融かして養分とするように。<br> ゆっくりと……しかし、確実に息の根を止める。<br> <br> 一切の迷いがない、手慣れた動作。もう何度も繰り返されてきた儀式。<br> そう…………全ては、三人の遺体を埋めた、あの日から始まったことだ。<br> <br> <br> 薔薇水晶は両腕を掻き抱いて、身体の芯から滲み出す喜悦の震えを、鎮めようとした。<br> 今際のきわの、苦悶に歪む獲物の顔を思い出すたびに、ゾクゾクしてしまう。<br> 生け贄の表情は、今まで彼女が抱いてきた恐れと苦しみの具現。<br> 彼女にまとわりついていた重石が、犠牲者へと手渡された証明。<br> 獲物の死によって彼女の辛苦も失われ、その分だけ、薔薇水晶は気持ちいい安らぎを得られるのだった。<br> そう……たった今、深い悦楽を感じているみたいに。<br> <br> 宙を仰ぎ、恍惚の微笑を唇に湛えた薔薇水晶の身体が、ひくひくと痙攣する。<br> 頬を桜色に染めて、少しの間、熱っぽい呼吸を繰り返していた。<br> <br> <br> ああ――――なんて素晴らしい魔法なのだろう。<br> これだから、人の死を看取るのは止められない。<br> 禁じられた遊びほど、背徳の念を募らせ、興奮を煽る。<br> 目の前がチカチカして、頭の芯が痺れ、思考が真っ白になる。<br> <br> <br> 気が狂いそうなほど、楽しすぎて――<br> 全てを忘れるくらい、愉しすぎる――<br> <br> <br> <br> <br> <br> 車の後部座席に新しい遺体を押し込めて、白崎は今夜も、ハンドルを握る。<br> 深夜のドライブは、いつだって雨の日を選んで行われていた。<br> フロントガラスで砕けた雨を、ワイパーが無情に押し退けていく様子を眺めながら、<br> 白崎は人差し指でリズムを取り、鼻歌を奏でる。<br> ルームミラーで後方を気にしながらも、口の端には、微かな笑みすら浮かべていた。<br> その様子を、助手席の薔薇水晶が、ちらりと一瞥する。<br> <br> <br> 「随分と上機嫌なのね」<br> 「くく……楽しいですからねぇ。実に愉快ですよ」<br> 「人を殺めるのが、たのしい?」<br> <br> その問いに、白崎は「いいえ」と、抑揚のない口調で応じた。<br> 「殺すことには、何も感じませんね。<br>  まして、罪悪感を抱くなど……無意味なことです」<br> <br> 人の命は、花。<br> 愛でるも、摘みとるも、暴力で散らすことさえも、薔薇水晶の意のまま。<br> それこそが、白崎にとって意義のあることだった。<br> <br> <br> 「僕にとっては、貴女に臣従している時間こそが、至福のひとときなのですよ」<br> <br> 初めて薔薇水晶に会った日から、白崎の心には、ひとつの想いが生き続けていた。<br> この娘に、自らの人生をメチャクチャにしてもらいたいという、病的な願望が……。<br> 今や、それは現実となって、彼を取り巻いている。<br> <br> 彼が思い描く究極の目標は、薔薇水晶の便利な道具に成り果てること。<br> 彼女の命令に従い、彼女の希望を叶え、彼女の意志を代行する。<br> いつまでも側に控えていて、どんな災いからも護り抜く盾となること。<br> その為ならば、自らの人生を捨てることに、躊躇いなど無かった。<br> <br> <br> <br>   『どうして、そこまで尽くしてくれるの?』<br> <br> <br> かつて一度、薔薇水晶が彼に訊ねたことがある。<br> 不思議そうに小首を傾げる少女に、白崎は臆することなく、即座に答えた。<br> <br> <br>   『僕は、貴女のとりこ……ですから』<br> <br> <br> これから先、彼女がどう変わろうとも、白崎の想いは変わらない。<br> 影のように寄り添い、奉仕し続けることが自分の存在理由だと、信じ切っていたから。<br> <br> <br> 彼女を護るためにも、殺人の証拠を、全て抹消せねばならない。<br> 失敗の許されない、この上なくスリリングな展開に酔いながら、白崎はアクセルを踏み込む。<br> スピードという油を注がれ、二人の胸に灯った興奮の炎は更に燃え上がった。<br> <br> <br> <br> 「今夜はまた一段と、素敵なドライブが楽しめそうです」<br> 「ええ……どこまでも深い闇ね。深淵の漆黒って純粋で……最高に、きれいよ」<br> <br> <br> <br> 風を切り、雨を裂いて猛進する車の中で……<br> 二人はずっと、声を殺して笑い続けていた。<br> <br> <br> <br> <br>     お姉ちゃん、寂しかったでしょ?<br> <br>     また、新しいお友達を紹介しに行くからね。<br> <br>     これからも、どんどんお友達を増やしてあげる。<br> <br> <br>     そうね、差し当たって、次は――――<br> <br> <br> <br> <br>     ヒミツを知ってしまった、あなたの番かしらぁ♪<br> <br> <br> <hr> <br> <br>  《 追伸 》<br> <br>  三年前、別荘の裏庭に植えた桃の木に、今年は初めての実がなりました。<br>  大ぶりで、瑞々しくって……とても甘い実です。<br> <br> <br>  やっぱり、肥料が良いと、育ち方も違うみたい。<br> <br>  うふふふふ…………。<br> <br> <br> <br>   ~終劇~<br>

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