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『ひょひょいの憑依っ!』Act.1」(2007/04/08 (日) 21:07:45) の最新版変更点

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  『ひょひょいの憑依っ!』 凍てつく冬が、静かに舞台を降りてゆく頃。 それは、春という再生の訪れ。 多くの若者たちが、新しい世界に旅立っていく季節。 彼……桜田ジュンもまた、新たな道に歩を踏み出した若者の一人でした。 「今日から僕は、ここで――」 穏やかに、昼下がりの日射しが降り注ぐ空間。 薄汚れた壁際に、山と積まれた段ボール箱を眺め回して、独りごちる。 大学を卒業したジュンは、首都圏に本社のある企業に、就職が決まっていました。 そこで、これを機に親元を離れ、独り暮らしを始める予定なのです。 彼が借りたのは、都心から電車で30分ほど離れた下町の、ボロアパートでした。 築20年を越える5階建てのコンクリート家屋ですが、立地条件は悪くありません。 勤務先にも、公共の交通手段を用いれば、1時間以内に辿り着けます。 そんなアパートならば、家賃だって安かろう筈もなく―― 最低でも、一ヶ月10万円は、覚悟しなければなりませんでした。 入居に際しては、その他にも敷金、権利金、生活を始めれば光熱費も必要になる。 両親に養われていた時には顧みもしなかった出費が、色々とかさみます。 新卒の安月給にしてみれば、かなりの負担になるでしょう。 ジュンも恥をかなぐり捨てて、半年くらいは親に援助を求めるつもりでした。 ところが―― 部屋探しの最中、ジュンが不動産屋に苦しい台所事情を話すと、ある物件を仲介されたのです。 そこは2LDKで風呂、トイレ完備。敷金、権利金なし。 肝心の家賃も、相場の半値以下と破格で、夢のような物件でした。 古今東西、オイシイ話には裏がつきもの。 訝しんだジュンが問い詰めると、不動産屋は渋々、白状しました。 そこは死人が出た部屋。いわゆる『事故物件』だったのです。 しかも、近所でもアヤシイ噂が囁かれていると言うではあーりませんか。 でも、背に腹は代えられないのが現実。 いつまでも親のスネを囓っているのは、ジュンのプライドが許しませんでした。 寧ろ、これは絶好のチャンス到来かも知れません。 (物は考えようだ。こんな安い物件が見付かるなんて、幸先いいじゃないか) 即決でした。 こうして、ジュンはボロアパートの五階に引っ越してきたのです。 「さーて……梱包を解いて、荷物をかたずけないとな」 どの段ボール箱から開こうか。選別をするジュンの目が、壁の一点で止まる。 そこには、どうだと言わんばかりに、日に焼けて黄ばんだおフダが……。 ミミズがのたくった様な筆書きの字で『アブラカナブラ』と書いてあるようです。 そんな胡散臭いモノが、部屋のあちこちに貼りつけてありました。 「なんだこりゃ? ここの大家さん、インチキ祈祷師に騙されたんじゃないのか」 失笑して、ジュンは全てのおフダをひっぺがし、くしゃくしゃに丸めてゴミ箱に放り込みました。 糊で貼ってあったためキレイに剥がれず、見た目がかなり汚らしいです。 引っ越してきて早々、気分が悪くなってしまいます。 これじゃあ、仲良くなった女の子を、部屋に呼ぶことも躊躇われるというもの。 荷物の整理をしながら、紙片の残る壁や柱を見る度に、ジュンは頬を引きつらせるのでした。 ――と、その時です。 ちゃぶ台に置いたマナーモードの携帯電話が、ぶいーんと振動して、ジュンを驚かせました。 「な、なんだよ……ビックリさせやがって」 照れ隠しに悪態をつきつき、携帯電話のディスプレイを見ると、相手は親友の笹塚くんでした。 彼は高校卒業後、こちらの大学に進んでいたので、都会暮らしに長けています。 ジュンも、上京して新居探しをするに当たり、彼の協力を頼みにしておりました。 「もしもし、笹塚か?」 『やあ、桜田くん。久しぶりだね、元気してたかい』 「不動産屋めぐりで、一昨日にも会ってるだろうが。それで……どうしたんだ?」 『君のお姉さんに、今日こっち来るって教えてもらってさ。  折角だから、引越祝いをしようと思ってね。真紅さんも来るって言ってたよ』 まだ半分も片づけが終わっていないが、笹塚くんの好意を受けないワケにもいきません。 それに、同期入社する幼なじみの名を出されては、断れなかったのです。 「……解った、行くよ。どこで待ち合わせるんだ」 『僕、バイト中なんだ。今は、お昼の休憩時間でね。  バイト終わるのが6時なんで、そうだなぁ……6時半に駅前で、どうだい?』 「それで良いよ。じゃあ、また後でな」 『うん。バイバイ』 そうと決まれば、グズグズしていられません。 夜までに、出来るだけ片づけを終えなければ……。 急ぐあまり、粗雑になる動作。 ジュンはうっかり、箱から出して積んだままになっていた本の山を、蹴り崩してしまいました。 「痛てててっ……あーあ、余計に散らかしちゃったよ」 溜息まじりに見下ろした本の山に、ハードカバーの冊子が紛れています。 高校の卒業アルバムでした。 あれから4年……まだ、懐かしむほど日数は経っていません。 ですが、ジュンは手に取り、ついつい眺めてしまいました。 郷里に居る友人たちの写真を眺めながら、時を忘れ、思い出の中で遊ぶ……。 気付けば、柱に掛けたアナログ時計の針は、6時を回っています。 「うわ、やばい!」 部屋の隅に脱ぎ捨ててあったジャンパーを羽織って、ジュンは駅まで駆け出しました。 「あ、来た来た。遅いよ、桜田くん!」 息急ききって辿り着いたジュンに、笹塚くんの文句が飛んできます。 ジュンの腕時計では、6時半ジャストでしたが、反論はしませんでした。 否……できなかったのです。 なぜなら、笹塚くんと一緒に立っていた三人の美しい娘に、目を奪われていたのですから。 娘の一人は、真紅でした。 特徴的なツインテールに髪を結っておらず、背中へとストレートに降ろしている。 品のいい洋服に身を包んでいたばかりか、うっすらと化粧もしていたので、 一瞬、ジュンの目には別人のように映ったのです。 ジュンの胸はトキメキに躍り、頬が熱を帯びてゆくのが分かりました。 「やあ、待たせてゴメン。ところで、笹塚……あのさ――」 笹塚くんは、ジュンの視線が残る二人の娘に注がれたのを見て、紹介を始めます。 「こちらは、僕のバイト仲間さ。柿崎めぐさんと、水銀燈さん。  僕らと同郷で、僕らよりふたつ上なんだってさ」 「こらこら、笹塚くん。女の子の歳を、安易にバラすものじゃないわよ」 「ほぉんと、デリカシーなぁい。そこでサバ読むのが常識よねぇ」 めぐという黒髪の美しい娘と、見目鮮やかな銀髪を靡かす水銀燈という娘が、 左右から笹塚くんの頬に握り拳をグリグリ捻り込みます。 笹塚くんは、えへへ……と、だらしなく笑っていました。 その様子を冷ややかに眺めつつ、腕組みした真紅が、可憐な唇を開きます。 「立っているのも疲れるわ。早く、店に案内してちょうだい」 「あら、気が強ぉい。私ぃ、貴女みたいな子、好きよぉ♪」 「なんか気品を感じるわよね。私も好みのタイプかな。仲良くしようね、真紅ちゃん♪」 「え? ええと……あの、ちょっと」 めぐと水銀燈は、新しいオモチャを見付けた子供のように瞳を輝かせて、真紅を取り囲みます。 一行は、解放された笹塚くんに案内されて、駅前の居酒屋『きらき屋』に入りました。 飲み放題で予約を入れてあったので、すぐに、お座敷へと案内されます。 五人は掘りゴタツのように造られたテーブル下の凹みに、足を投げ出しました。 すると、すぐに店員がやってきます。左眼に、薔薇を象った眼帯を着けた娘です。 「……いらっしゃいマホ」 おちょくってるのか? と思える挨拶をして、注文を取っていきました。 なんだか、ふわふわと掴みどころのない女の子でした。 「それじゃあ、桜田くんと真紅さんの就職祝いも兼ねましてー、乾杯っ!」 笹塚くんの音頭で始まる宴。 最初に頼んであったビールとおつまみは、見る間に無くなっていきます。 めぐと水銀燈が、常軌を逸した飲みっぷりを見せたからです。 この二人、普段から暇さえあれば飲み比べをしているとか、なんとか……。 「おいおい、真紅。そんなに飲んで大丈夫なのか?」 「……へーひなのらわ、ほれふら~い」 二人に触発されたワケではないでしょうが、真紅も大した飲みっぷり。呂律が回っていません。 いつもは、あまり飲まないのに…… やはり、独り暮らしができる喜びが、羽目を外させるのでしょう。 真紅は資産家のご令嬢で、本当ならば、額に汗して働かなくてもいい身の上でした。 にも拘わらず、彼女は我を通して就職し、上京したのです。 (まさか、僕を追いかける為とか…………いや、自惚れすぎだな) 酒気に頬を染めた真紅の横顔を一瞥して、ジュンはコップに残る、生温いビールを呷りました。 楽しい時間は、すぐに過ぎ去ってしまいます。 夜の9時を回り、一次会は終わりました。 「じゃあ、定番だけど、二次会はカラオケ行きますかー!」 いい気分に酔っている笹塚くんの提案に、水銀燈とめぐも腕を突き上げて賛成します。 でも、ジュンは……。 「ごめん、みんな。まだ部屋の片づけが終わってないし、こいつも――」 俯きがちに熱い息を吐く真紅を支えながら、心配そうに見遣りました。 飲み慣れない酒を聞こし召したせいか、真紅は自力で歩けないほど、ぐでんぐでんです。 「こいつも、送り届けなきゃいけないからさ。僕はこれで帰るよ。  笹塚。それに、柿崎さんと水銀燈さん。今夜は祝ってくれて、ありがとう。楽しかったよ」 「そっか……OK。気を付けて帰ってくれよ、桜田くん。  困ったことがあったら、気兼ねなく電話してくれて構わないからさ」 「じゃあねー、桜田くん。また今度、遊ぼーねー♪」 「ばいばぁ~い。送りオオカミになっちゃダメよぉ?」 テンションMAXな三人に別れを告げ、ジュンは真紅を連れて、タクシー乗り場に向かいました。 泥酔した真紅をマンションまで送り届けたばかりか、きちんとベッドにも寝かし付けたので、 ジュンが帰宅を果たした頃には、12時近くなっていました。 些か酔っぱらっていて、部屋の片づけなど億劫です。 今夜はもう、シャワーを浴びて寝よう。バスタオルを手に、浴室に向かいました。 そして、何気なく風呂のドアを開いた途端、それはジュンの目に飛び込んできたのです。 若い娘の後ろ姿―― しかも、目が潰れそうなほど眩しいHADAKAじゃあーりませんか! 緑髪の娘は瑞々しい肌も露わに、気持ちよさげに鼻歌を唄いながら、シャワーを浴びています。 酔いも手伝って、ジュンの目の前で、娘の桃尻がグ~ルグルと回り始めました。 「あ、あっれ――? 部屋、間違えたかな~」 朦朧としながら呟いた声は、この得体の知れない娘にも聞こえたようです。 え? と振り返るなり、彼女は黄色い声で叫びました。 「き…………きゃ――――っ!?!? チカンかしら――――っ!」 「わわわわ……ゴメンっ!」 我に返り、大慌てで玄関を飛び出したジュンですが、よくよく表札をみると、やはり自分の部屋です。 寝惚けたのかと思って、恐る恐る玄関を開いて覗くと、さっきの娘がバスタオルで前を隠して、 玄関先に仁王立ちしておりました。 涙を浮かべた娘の眼差しに気圧されそうになりながらも、ジュンは勇気を奮い立たせ、誰何します。 「だっ……誰だ、お前っ。ここは僕の部屋だぞ!」 「カナが先に住んでたかしらっ! その…………死んじゃったんだけどぉ」 「…………なにぃ?」 まだ酔ってるらしい。そう考えた矢先、ジュンは思い出しました。 この部屋が、事故物件ということを―― (じゃ……じゃあ、こいつ……ホントに……ゆ、ゆ、ゆ……幽霊なのかーっ!?) ジュンの意識は、そこで途絶えました。 ――ゆさゆさと、身体を揺すられる感覚。 「――――しら。さっさ……きる……かしら」 誰かが、自分を揺り起こそうとしている。 ジュンは微睡みながら、のり姉ちゃんが起こしに来たのかと思いました。 しかし、よくよく考えると、ここに姉が居るワケがありません。 では、誰が……? 興味に負けて、重い瞼を開いたジュンの前には、さっきの緑髪の娘がっ! 彼女は青ざめた表情で、彼の顔を覗き込んでおりました。 「あー、気が付いたかしら?」 「ひぃっ!」 「うふふ……怯えちゃって、かーわいい♪ そんなにカナが怖いかしら~?」 「あっ、当たり前だろ! お前、幽霊じゃないか!」 「……そうよ。あれは……忘れもしない5年前のことかしら」 カナと名乗る幽霊少女は、聞いてもないのに身の上話を始めました。 「春一番が吹く頃、お布団を干すため、ベランダの手すりに身を乗り出したカナは、  強風に煽られてバランスを崩し、お布団ともども落っこちて――」 「ここって五階だぞ。死んじゃうじゃんか」 「だーかーらー、死んじゃって、こうして地縛霊になってるかしら。  カタカナ書きの言霊で封じられてたのを、貴方が解放してくれたってワケかしら」 「…………ぷっ。ドジなヤツ。地縛霊というより自爆霊だな」 「ぬなぁっ?!」 思わず噴き出したジュンの態度に、カナはカチンときたらしい。 彼女の周りに、ぼぼぼっ! と火の玉が出現しました。 「あったまきたかしらー! 危害を加えるつもりはなかったけど、気が変わったわ。  取り憑いて、貴方の身体を乗っ取ってやるかしらっ!」 「ひえっ! や、やめろよっ!」 飛び起きたジュンは、100m十秒を切る早さで、玄関にまっしぐらです。 しかし、カナが「えいっ!」と声をあげると、身体がビクとも動かなくなってしまったのです。 「あはっ。これが正真正銘『カナ縛り』かしら~♪」 身体が動かない。声も出せない。瞬きすらも……。 ジュンの全身から、脂汗が滲み出していきます。 そんな彼を玩ぶように、ジュンの首筋に、青白い腕が絡みついてきました。 くすくすと含み笑う声が、耳元をくすぐる。 「それじゃあ…………いっただっきまぁ~す、かぁ~しぃ~らぁ~」 やめてくれえっ! ココロの中で叫びましたが、効果なし。 ジュンの身体に、カナの影が重なり、なんとも表現しがたい一体感を覚えました。 しかも、頭の中に娘の声が響いてきたではあーりませんか。 『残念だけど、カナにはすぐに乗っ取るほどのチカラが無いかしら。  だから、こうして取り憑いて、じっくり身体を奪ってア・ゲ・ル。  あ……名乗り遅れたけど、カナの名前は金糸雀っていうかしら。  これから、ヨロシクかしら~、桜田ジュンくん♪』 「冗談じゃないよ」ジュンは、カナ縛りが解けると同時に吐き捨てました。 だからと言って、どうすることも出来ません。この状況を受け入れること以外、何も―― ――こうして、幽霊少女の金糸雀とジュンの、奇妙な同居生活が幕を開けたのです。

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