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『ひょひょいの憑依っ!』Act.2」(2007/04/08 (日) 21:13:55) の最新版変更点

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  『ひょひょいの憑依っ!』Act.2 ――チュンチュン……チュン カーテンを取り付けていない窓辺から、朝の光が射し込んできます。 遠くに、早起きなスズメたちの囀りを聞きながら、ジュンは布団の中で身を捩りました。 春は間近と言っても、朝晩はまだまだ冷え込むのです。 「……うぁ~」 もうすぐ会社の新人研修が始まるので、規則正しい生活を習慣づけないと―― そうは思うのですが、4年間の学生生活で、すっかりグータラが染みついてるようです。 結局、ぬくぬくと二度寝モードに入ってしまいました。 すると、その時です。 「一羽でチュン!」 ジュンの耳元で、聞き慣れない声が囁きました。若い女の声です。 寝惚けた頭が、少しだけ目覚めます。 「二羽でチュチュン!!」 小学校に通学する子供たちの騒ぎ声が、近く聞こえるのかも知れません。 うるさいなぁ。人の迷惑も考えろよ。胸の内で、大人げなく悪態を吐きました。 不快な気分を覆い隠すように、布団に潜り込もうと身体を屈めた、その途端―― 氷塊を彷彿させるヒヤリとしたモノが、ジュンの首筋を掴みました。 「三羽そろえば……牙をむくかしら~♪」 堪らず、ジュンは飛び起きました。「だぁーっ! 誰だよ、うるさいなっ!」 叫びつつ、枕元のメガネを引っ掴み、鼻先に載せます。 すると、そこには可愛らしく小首を傾げて微笑む、緑髪の女の子が……。 「はぁ~い。やっとお目覚めかしら、お寝坊さん?」 「…………ドチラサマデシタッケ」 「や、やぁねぇ、寝ぼけちゃってぇ。カナよ、金・糸・雀っ!」 「デリヘルなんて頼んでないよ」 トボケたジュンの横っ面を、突如、青白い火の玉がメギャアッ! と強打しました。 ひしゃげる顔面。しかも熱い。メガネばかりか、命すら一発で吹き飛びそうな勢いです。 ハッキリと目を覚ましたジュンの脳裏に、昨夜の記憶が蘇ってきました。 欠伸のついでに吐く、憂鬱な溜息。外が明るいと、幽霊も怖くないから不思議です。 「……朝っぱらから、ドジな自爆霊の登場かよ。あーあ、人生、損した気分だ」 「むっか~、失礼ねっ。自爆じゃなくて、地縛かしら」 「お前の場合、どっちでも同じだろ」 すげなく言って、ジュンは反論しかけた金糸雀を睨め上げ、訊ねました。 「大体だなぁ、取り憑くとか言って、今は分離してるじゃんか」 「え……そ、それは……寝てる時くらい、安眠させてあげようかなって」 「ふぅん?」 身体を奪うとか言っていた割に、変な気遣いをする幽霊娘です。 最も無防備な、眠っている間に身体を奪ってしまえば良かったのに。 律儀というか……おマヌケと言うか……。 あるいは、金糸雀が白状していた様に、それだけのチカラがないのでしょうか。 「ま、いいか。もう寝る気にもならないや」 「それじゃっ、カナもお邪魔しますかしら~♪」 ベッドから起き出すや、金糸雀が身体に侵入してきます。 全身がムズ痒くなる感触。思わず、くねくねと身悶え。 これで二度目ですが、憑依される感じは気持ち悪くて、どうにも慣れません。 やれやれ……と頭を振りながら、ジュンはトイレに向かいました。 昨夜は着の身着のままで寝てしまったので、ジーンズを穿いたままです。 それ意外は、至って普段どおり。一番搾りのお時間です。 身体に馴染んだ仕種をなぞって、ファスナーを降ろし、アルコール臭のする小用を足します。 ――その時でした。 『あ……きゃ――――っ!?!?』 頭の中で、けたたましい悲鳴が轟いたではあーりませんか! ココロの準備など勿論していなかったジュンは、目が回って、立ち眩み状態です。 「なっ、なんなんだよ、いきなり! 脇に逸れちゃったら、掃除するのは僕なんだぞ」 『だって……だってぇ』 「ワケ解らん。まったく、はた迷惑な――」 言って、ジュンが洋式の便器に視線を降ろすと、金糸雀の嘆願が続きます。 『ダメダメっ! 下を見ちゃダメかしらーっ!』 何を必死になって、下を見るなと言うのでしょうか? 訊き返すより先に、金糸雀が答えました。 『み…………見えちゃうかしら…………シメジが……』   ガ――――――――ン!! ジュンは未だ嘗て、これほど強烈にココロを穿たれた憶えが、ありませんでした。 言うに事欠いて、シメジです。 マツタケでもエリンギでもなく、シメジです。 「……そこまで小さくないやい」 22歳の純真なココロは、再起不能の一歩手前。不覚にも、涙が溢れてきます。 用を足したジュンは、手を洗うついでに、顔も洗ってしまいました。 気持ちが引き締まって、ほんの少しですが、気分転換できたようです。 目が覚めると、今度はお腹が空いてくるというもの。 ジュンはマグカップにシリアルを流し込んで、牛乳を注ぎました。 それを、スプーンで口に運んでいると、また金糸雀が話しかけてきます。 『それが、ジュンの朝食?』 「ああ。大概、これで済ませてる」 『ふぅん……カナは、たまご焼きが食べたいかしら』 「お前、幽霊なんだから必要ないだろ」 冷たく突き放すと、金糸雀は黙ってしまいました。 これで漸く、落ち着いて食事ができます。 ところが、人情とは不思議なモノで―― 喧しくて煩わしいと思っていたのに、急に黙られると、なんだか落ち着きません。 もしかして、心ない一言で、傷付けてしまったのでしょうか。 ちょっとだけ、ジュンの中に罪悪感が芽生えました。 「……な、なあ」 『……かしら?』 「あのさ……お前さ、して欲しい事って……あるか?」 『えぇっ? いきなり、どういう風の吹き回しかしら』 「べっ、別に、お前の為じゃないからな。  未練がなくなれば、お前が成仏してくれると思ってだなぁ」 咄嗟の思いつきを口にして、ジュンは今更ながら気付きました。 そうです。身体を乗っ取られる前に、成仏させてしまえばいいのです。 そうすれば、いつまでも取り憑かれなくて済みます。我ながらナイスアイディア! ほくそ笑むジュンの本心に気付かず、金糸雀は嬉しそうに言いました。 『ありがとー♪ ジュンって優しいのね。カナ、感激してるかしら~』 「喜ばなくていいから、早く望みを言えよ」 『あ……うん。えっと……あのね』 「断っとくけど、僕に出来る範囲内でな」 『ん~…………それなら、カナの為にお経を唱えて欲しいかしら。  お線香を立てて、甘~いたまご焼きをお供えして、ナスの牛とキュウリの馬を――』 「お前なあっ! 欲張りすぎだろ、それ」 いちいち叶えてやっていたら、キリがなくなってしまいます。 線香も、たまごも、ナスもキュウリも、買ってこなければ有りません。 差し当たって、今ここで出来そうな事は、お経を唱えることくらいでしょう。 とは申せ、ジュンはお経なんて知りません。 せいぜい、学校の授業で習った『南無阿弥陀仏』とか『南無妙法蓮華経』くらいです。 仕方がないので、うろ憶えの般若心経を唱えることにしました。 「じゃあ、いくぞ」 咳払いを、ひとつ。両手の皺と皺を合わせて、しあわせ。 深呼吸して、ジュンの薄い唇が、お経を紡ぎだします。 「あの食ったら ヒマラヤ山脈 散歩ダイダイ こっちハニャーンはーらーみっちゃん」 『ちょっ……なにその電波ソングっ!』 「読経だってば。合掌してるけど、合唱じゃないぞ」 『……もういいかしら』 金糸雀は、とても落胆したらしく、寂しそうに呟きました。 ここで冷酷に徹しきれればいいのですが、ジュンは自他共に認めるヘタレです。 神も認めた伝説のヒキコモリ経験者なのです。 なんだか金糸雀のことが、不憫に思えてしまいました。 「さてと……朝飯も食べ終わったし、支度して出かけるかな」 雰囲気を変えようと、ジュンが陽気な声を出しますが、金糸雀は無言のまま。 身支度の間も、部屋を出てからも、彼女はずっと黙っていました。 ジュンの脚は、駅前へと向かいます。目的地は、コンビニ。 昨日、食材を買いに来たとき、線香が売っているのを目にしていたのです。 それに、たまごや野菜も、手に入るかも知れません。 春先の、和やかな陽気に包まれて、駅に向かう道すがら―― ジュンは、人通りの少ない小道で、一人の女の子を見かけました。 忘れもしない、眼帯の娘。居酒屋『きらき屋』の店員です。 彼女は両手をぶらぶらさせつつ、ジュンと反対の方向から近付いてきます。 所詮、客と店員の関係。顔見知りと呼べるほど、親しくもありません。 ただ擦れ違って、おしまい。ジュンは、そう思っていたのですが……。 なんと、彼女はジュンの進路に割り込み、立ち塞がるじゃあーりませんか。 怪訝な表情を浮かべたジュンの顔を、眼帯の女の子は、じぃ……っと無遠慮に見つめます。 流石に気恥ずかしくなり、顔を背けると、 彼女はジュンの頬をプニプニつついて、こう言いました。 「……スケコマシ~」 「え? 誰がだよ?」 藪から棒に、この娘は何を言いだすのでしょう。 自慢じゃありませんが、ジュンはスケコマシどころか、彼女居ない歴22年。 とんでもない言いがかりです。猛然と反撥しました。 「僕は、そんなんじゃない!」 「……そう? でも、見えるんだけどなぁ」 「見える、だって?」 もしや、この娘。霊能力が強くて、幽霊の金糸雀が見えるのでしょうか。 この、名も知らぬ眼帯娘は、おうむ返しに呟いたジュンの背後を指差しました。 「貴方の後ろに…………水子の魂……百まで」 そう言うや、自分の冗談でウケたらしく、口元を押さえて笑いを堪える眼帯娘。 相も変わらず、掴みどころのない、奇妙な娘です。 なんじゃそりゃ、と突っ込み入れる気分も失せるというものでしょう。 ジュンは娘を無視して、脇を通り抜けようとしました。 その時、眼帯娘が気になることを囁いたのです。 「あまり……深入りしない方が……いいよ?」 ワケが分かりません。 からかわれているだけと判断したジュンは、構わずコンビニに向かいました。 やっと辿り着いたコンビニで、入り用のブツを探します。 けれど、切望する物に限って手に入りづらいのが、世の常。 困ったジュンは、金糸雀に相談しましたが、鬱ぎ込んでいるのか返事はありません。 仕方なく、代用品を買い揃えたのでした。 早速、ボロアパートに引き返し、ちゃぶ台の上に並べたのは…… 温泉たまごに、ナスとキュウリの浅漬け、蚊取り線香です。 ジュンは浅漬けに爪楊枝の四肢を付けて、温泉たまごの両脇に並べました。 そこに添えるのは、ガスコンロで火を着けた蚊取り線香。 「ふぃ~、こんなもんか。なあ、どうだ?」 『……』 「相変わらず、だんまりかよ。折角、お前のために揃えたのにさ」 肩を竦め、不満たらたらで呟くジュンの頭に、くっ……くっ……と、 ハトが鳴いてるのかと錯覚するほどの押し殺した声が、響き始めました。 「お前……もしかして、泣いてる……のか?」 代替品とは言え、あまりに酷すぎたかも知れません。 ここで『嫌なら出てけよ』と追い打ちをかけられないところが、 ジュンの長所であり、短所でもあったのです。 ところが、案に反して、金糸雀は笑い出しました。 それも、堰を切ったように。とてもとても、愉しそうに。 怒りゲージが振り切れて、笑いの境地に達したのでしょうか。 ジュンは、おそるおそる訊ねます。 「なんで笑うんだよ」 『だぁってぇ……あっはははは……  こんなメチャクチャなのって無いかしらー。ひー苦しいっ』 「だからって、笑いすぎだろ。失礼なヤツだなぁ」 憮然と吐き捨てるジュンに、金糸雀が慌ててフォローを入れます。 『あぅ。笑ったりして、ごめんなさいかしら。  貴方が一生懸命、カナのために揃えてくれたのに……』 そう素直に謝られると、腹立たしさも行き場を失ってしまいます。 元々、大して怒ってもいなかったので、ジュンは鼻先で笑い飛ばしました。 「いいさ、別に。僕としても、こりゃ少し酷いと思うし」 『優しいのね、ジュン。カナ、もう思い残すことないくらい幸せかしら』 「ホントか! それじゃあ、成仏するんだな」 『ふえ? なんでカナが?』 金糸雀の心外そうな声に、ジュンの方が耳を疑ってしまいました。 「だってお前……未練が無くなれば昇天するんじゃないのか?」 『そんなコト言った憶えないかしら。なのに、こんなにも優しくしてもらえて――  カナは……カナは…………もっとこの世に未練が残っちゃったかしらーっ♪』 「な、なんだってー?!」 あまり深入りするな――眼帯娘の言葉が、ありありと思い出されます。 アレは、もしや……こういう事だったのでしょうか。 「冗談じゃないっ! これ以上、憑きまとわれて堪るかっ。  こうなったら、また封じ込めてやる。シメジ呼ばわりは、もうたくさんだっ!」 昨日、剥がしたおフダは、まだゴミ箱の中で丸まっているハズです。 ジュンはゴミ箱に縋り付いて、ガサゴソと中身を漁りました。 ですが……様子が変です。 「あれ? 無いぞ。それに、なんか焦げてる……どうなってるんだよ、おい!」 『くっくっくぅ~。あんな物、とっくにピチカートに始末させたかしら』 「なっ、なに? ピチカートって、なんだ?」 『この子かしらっ』 ジュンの目の前に、青白い火の玉が、ふよふよと頼りなげに飛んできました。 そう。あのおフダは、ピチカートと名付けられた火の玉に、焼却処分されていたのです。 よくもまあ、火事にならなかったものです。ジュンの寿命が、1時間ほど縮みました。 『うふふ……カナ、ジュンのこと気に入っちゃった。これからも、ずぅっと一緒かしらぁん♪』 正に“藪をつついて蛇を出す”状態。まだまだ憑きまとわれるみたいです。

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