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『ある休日のこと』」(2007/05/02 (水) 23:52:27) の最新版変更点

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  『ある休日のこと』 なんとなーく気怠い、五月の日曜日の、午後のこと。 庭木の手入れを終えた翠星石は、髪を纏めているバンダナもそのままに、 リビングのソファに身体を横たえ、マターリとくつろいでいた。 穏やかな陽気と、休日の解放感。それに、庭いじりの軽い疲労も相俟って、 じっとしていると、なんだか……アタマが、ポ~ッと白く―― 昨夜は、小説を読む手が止まらなくて、ほんの小一時間くらいだけれど、 いつもより夜更かしした。それも、原因かも知れない。 ソロリ忍び足で近づいてきた睡魔が、妖しく腕を伸ばしてきて…… 翠星石の意識を、どこかに連れ去ってしまおうとする。 「……ぁふ……」 ちょっと気を許せば、ほら、お行儀悪く大欠伸。 翠星石は瞼を閉じたまま、もそもそと背中に当たるクッションを手探りして、 それをアタマの下に敷いた。たまには、睡魔に攫われてみよう。 数秒、据わりのいい位置を探して、小刻みにアタマを動かす。 長い髪が、変なカタチに分かれていくのが解ったけれど、キニシナイ。 どうせ外出の予定はない。だったら、寝癖のひとつふたつ、どうってコトも無い。 「少ぉし……お昼寝するですぅ」 このまま、幸せな気持ちで、幸せな夢に浸るのも悪くない。 翠星石の身体は、眠りを求めて、もう弛緩し始めていた。 うつらうつら……心地よい微睡みの中へ―― ――が! 睡眠と呼ぶには遠く及ばない浅き眠りは、突然に破られる。 聞き慣れた声が放った、聞き慣れない声によって。 「ぁあぁっ!」 それは、双子の妹、蒼星石の声に間違いなかった。 だけれども、その声は、いつになく悲痛な色を帯びて…… 普段なら、まず聞くことがないような艶をも匂わせていた。 「お……お祖父さん…………ま、待ってよぉ」 「ふふ。まだまだじゃのぅ、蒼星石。こんなに乱れてまくって」 「だ、だってぇ」 祖父と蒼星石の会話は、隣の和室から聞こえてくる。 いったい全体、何をしているのか? 翠星石は、とりあえずタヌキ寝入りしつつ、耳をそばだてた。 ふすま越しなので、少しくぐもっているが、何を話しているのかは良く聞こえる。 「どれ……ここが弱そうじゃのぉ」 「あっ! ソコは――」 「こっちは、どうじゃ?」 「ひぅ……そんなトコまで……」 「ここも――か?」 「あぅ……キツイよぉ」 なにやら意地悪い祖父の声と、艶めかしくも弱々しい妹の声。 それを聞いているだけで、翠星石は胸がドキドキして、頬が熱くなってきた。 真っ暗な瞼の裏に、時代劇にありがちなワンシーンが―― おじじ扮する悪代官が「そぉい!」と帯を引っ張ると、 蒼星石演じる町娘が「あ~れぇ~」と、コマのように、ぐるぐる回ぁーる。 (な、な、な……) まさか、祖父と蒼星石に限って、そんなコト―― 信じられない。想像もできな……いや、たった今した。 考えてみれば、蒼星石は昔っから、いわゆる『お祖父ちゃんっ子』だし、 祖父も、素直に懐いてくれる蒼星石を、大層かわいがっている。 それはもう、目に入れても『イタクナーイ』とカミソリのTVCMを想起させるほどに。 (まさか、まさか、まさか……) じりじりと焦れてきて、親指の爪をガジガジ噛み始めた翠星石を煽るように、 隣室から漏れてくる声は、とどまるところを知らない。 「それ、まぁだ行くぞぃ」 「あひぃっ」 「これは、受けきれるかのぉ?」 「だ、ダメぇ。強すぎるよぉ」 「ふふ……よぉーし。このまま一気に――」 「も、もぉ……許してぇ」 蒼星石の涙声を聞くに至って、とうとう翠星石も堪えかね、 ほあ――っ! と開眼した。ますますもって、退っ引きならない状況らしい。 たとえ、同意の上だったとしても! 歳の差を覆すほど激アツ鬼アツな愛が、二人の間に育まれていたとしても! かわいい妹が泣いているとあれば、慰めに行くのが姉の本分である。 ソファから飛び起きた翠星石は、ドスドスと足を鳴らし、肩を怒らせ、 祖父と蒼星石の密会場――隣の和室に突撃した。 |   __ |二. .-.―.-. . ._` ー 、 |: : : :,. -:_: :二: : `丶、`ヽ、 |: /: イ: : : : : : : : : :l: \ \ |ヽ: :_|_: : : : : _: ノ: : : }ヽ. ヽ |` 〉、_j_ ̄: : : : : :ノ : :ハ: ヽ ヽ | {j人Tー- ァ―: ´: :/┘L : ヽ ヽ |   ヽーjニ‐_ ニ ヘ: _lユ┌}: : :', i |`ー '´  ̄〉=ニ二 ヽ|、: :リ: : : :! l |      {   {jノ   ̄ヽ/: : : : l  l |` ー、_  ヽ     ノ/:/: : : :リ′| |// ヽメ }  ` == 彡 /: : : :/  | |    V   、_,. ': : : :, イ-― ' 「おのれ、おじじっ!  蒼星石に、ナ ニ し て や が る で す か !」 その形相は、般若のように―― スパーン! と、ふすまを開いて、怖ろしい面貌を覗かせた翠星石を、 祖父と蒼星石の、呆気にとられた表情が出迎える。 「姉さん……なんて顔してるのさ」 「ナニって…………相手をしてもらってたんじゃよ。将棋の」 「へっ?! しょ……しょお……ぎ?」 「うん。将棋だよ。ほら」 ――と、蒼星石が、自分と祖父の間を指差した。 そこには確かに、木目も見事な檜の将棋台が、鎮座している。 盤上、かなり駒が入り乱れているが、どうやら蒼星石が詰む寸前らしい。 「そ、それで蒼星石は、泣きそうな声を出してたです?」 「お祖父さん、すごく強いのに、ちっとも手加減してくれないんだよ。  ボクも、ついムキになっちゃって――」 「こんな老いぼれの暇つぶしに、せっかく付き合ってくれるんじゃからな。  子供扱いして、手を抜いたりはせんよ」 「これだもの」 蒼星石は、ひょいと肩を竦めて、茫然と立ち尽くしている姉に笑いかけた。 「それにしても……姉さんはなんで、怖い顔して怒鳴り込んできたの?」 「なんで……って、蒼星石が――」 イエナイ。ゼッタイニ、イエナイ。 ほんの僅かでも、祖父と蒼星石のいかがわしい関係を妄想しただなんて。 翠星石は自分の愚行を恥じて、言い訳するのもイヤになり、ふすまを閉ざした。 でも――やっぱり、バツが悪すぎる。 あの二人は気にしないだろうが、翠星石の方が、なんだか落ち着かない。 と言って、正直に早合点したことを伝えて、素直に謝るコトは出来そうもない。 そこで、翠星石は閃いた。ギャグで誤魔化してしまおう! 逆転の発想だった。 ひとつ、深呼吸。今度は、ソロリ……と、ふすまを開く。 そして―― |   __ |二. .-.―.-. . ._` ー 、 |: : : :,. -:_: :二: : `丶、`ヽ、 |: /: イ: : : : : : : : : :l: \ \ |ヽ: :_|_: : : : : _: ノ: : : }ヽ. ヽ |` 〉、_j_ ̄: : : : : :ノ : :ハ: ヽ ヽ | {j人Tー- ァ―: ´: :/┘L : ヽ ヽ |   ヽーjニ‐_ ニ ヘ: _lユ┌}: : :', i |`ー '´  ̄〉=ニ二 ヽ|、: :リ: : : :! l |      {   {jノ   ̄ヽ/: : : : l  l |` ー、_  ヽ     ノ/:/: : : :リ′| |// ヽメ }  ` == 彡 /: : : :/  | |    V   、_,. ': : : :, イ-― ' 「悪い子はいねが~…………ですぅ」 翠星石の再登場に、蒼星石も、祖父も、ポカーンと口を開いた。 一瞬にして白ける室内。ナマハゲの真似で御茶を濁すハズが、全くの逆効果。 藪をつついて、蛇どころかワニを出した感すらある。 「もうっ! さっきっから、なんなのさっ。  言いたいコトがあるなら、ハッキリ言いなよ姉さんっ!」 「うっ……」 「う? なぁに?」 言葉に詰まった翠星石を、蒼星石が詰るように見つめる。 その態度が、ますます翠星石を依怙地にさせた。 「うっ……うっせーですよっ! 蒼星石のバカぁ――っ!」 「はぁ?」 蒼星石にしてみれば、全くもって青天の霹靂の、ハト豆状態。 勝手に勘違いしたのは翠星石の方なのに、 どうして、自分がバカ呼ばわりされなければいけないのだろう? ベソをかきながら遠ざかる姉の背中を、やれやれ……と見送る蒼星石に、 祖父は盤上の将棋駒を片づけながら、話しかけた。 「追いかけておあげ」 「……はぁい」 放っておくのも、たまには良い薬なのだろうが、そこはやっぱり双子の姉妹。 あんな去られ方をしては、どうにも気持ちが揺らいでしまう。 結局、いつものように―― 蒼星石は、軽快なステップで姉を追いかける。 そんな彼女を後押しするように、祖父は柔らかな笑みを贈った。 「うむうむ……微笑ましいのぉ。  YO! YO! なんで~こんな~に可愛いのかYO~」 などと、ついつい演歌の一節をラップ調にして、口ずさんでしまう。 お茶を運んできた祖母は、それを聞きつけて、やはり穏やかに微笑んだ。 「お祖父さんったら、すっかり『孫』が十八番になったのねぇ」 「いやいや、この一節しか憶えてなくてな」 祖母が差し出す湯飲みを「アチチ、アチ」と、郷ひろみの真似しながら受け取り、 祖父は旨そうに茶を啜って、ほぁ――と、満足げに吐息した。 なんてことない、ある休日のこと。 柴崎家では、よくあるコトだった。
  『ある休日のこと』 なんとなーく気怠い、五月の日曜日の、午後のこと。 庭木の手入れを終えた翠星石は、髪を纏めているバンダナもそのままに、 リビングのソファに身体を横たえ、マターリとくつろいでいた。 穏やかな陽気と、休日の解放感。それに、庭いじりの軽い疲労も相俟って、 じっとしていると、なんだか……アタマが、ポ~ッと白く―― 昨夜は、小説を読む手が止まらなくて、ほんの小一時間くらいだけれど、 いつもより夜更かしした。それも、原因かも知れない。 ソロリ忍び足で近づいてきた睡魔が、妖しく腕を伸ばしてきて…… 翠星石の意識を、どこかに連れ去ってしまおうとする。 「……ぁふ……」 ちょっと気を許せば、ほら、お行儀悪く大欠伸。 翠星石は瞼を閉じたまま、もそもそと背中に当たるクッションを手探りして、 それをアタマの下に敷いた。たまには、睡魔に攫われてみよう。 数秒、据わりのいい位置を探して、小刻みにアタマを動かす。 長い髪が、変なカタチに分かれていくのが解ったけれど、キニシナイ。 どうせ外出の予定はない。だったら、寝癖のひとつふたつ、どうってコトも無い。 「少ぉし……お昼寝するですぅ」 このまま、幸せな気持ちで、幸せな夢に浸るのも悪くない。 翠星石の身体は、眠りを求めて、もう弛緩し始めていた。 うつらうつら……心地よい微睡みの中へ―― ――が! 睡眠と呼ぶには遠く及ばない浅き眠りは、突然に破られる。 聞き慣れた声が放った、聞き慣れない声によって。 「ぁあぁっ!」 それは、双子の妹、蒼星石の声に間違いなかった。 だけれども、その声は、いつになく悲痛な色を帯びて…… 普段なら、まず聞くことがないような艶をも匂わせていた。 「お……お祖父さん…………ま、待ってよぉ」 「ふふ。まだまだじゃのぅ、蒼星石。こんなに乱れてまくって」 「だ、だってぇ」 祖父と蒼星石の会話は、隣の和室から聞こえてくる。 いったい全体、何をしているのか? 翠星石は、とりあえずタヌキ寝入りしつつ、耳をそばだてた。 ふすま越しなので、少しくぐもっているが、何を話しているのかは良く聞こえる。 「どれ……ここが弱そうじゃのぉ」 「あっ! ソコは――」 「こっちは、どうじゃ?」 「ひぅ……そんなトコまで……」 「ここも――か?」 「あぅ……キツイよぉ」 なにやら意地悪い祖父の声と、艶めかしくも弱々しい妹の声。 それを聞いているだけで、翠星石は胸がドキドキして、頬が熱くなってきた。 真っ暗な瞼の裏に、時代劇にありがちなワンシーンが―― おじじ扮する悪代官が「そぉい!」と帯を引っ張ると、 蒼星石演じる町娘が「あ~れぇ~」と、コマのように、ぐるぐる回ぁーる。 (な、な、な……) まさか、祖父と蒼星石に限って、そんなコト―― 信じられない。想像もできな……いや、たった今した。 考えてみれば、蒼星石は昔っから、いわゆる『お祖父ちゃんっ子』だし、 祖父も、素直に懐いてくれる蒼星石を、大層かわいがっている。 それはもう、目に入れても『イタクナーイ』とカミソリのTVCMを想起させるほどに。 (まさか、まさか、まさか……) じりじりと焦れてきて、親指の爪をガジガジ噛み始めた翠星石を煽るように、 隣室から漏れてくる声は、とどまるところを知らない。 「それ、まぁだ行くぞぃ」 「あひぃっ」 「これは、受けきれるかのぉ?」 「だ、ダメぇ。強すぎるよぉ」 「ふふ……よぉーし。このまま一気に――」 「も、もぉ……許してぇ」 蒼星石の涙声を聞くに至って、とうとう翠星石も堪えかね、 ほあ――っ! と開眼した。ますますもって、退っ引きならない状況らしい。 たとえ、同意の上だったとしても! 歳の差を覆すほど激アツ鬼アツな愛が、二人の間に育まれていたとしても! かわいい妹が泣いているとあれば、慰めに行くのが姉の本分である。 ソファから飛び起きた翠星石は、ドスドスと足を鳴らし、肩を怒らせ、 祖父と蒼星石の密会場――隣の和室に突撃した。 |   __ |二. .-.―.-. . ._` ー 、 |: : : :,. -:_: :二: : `丶、`ヽ、 |: /: イ: : : : : : : : : :l: \ \ |ヽ: :_|_: : : : : _: ノ: : : }ヽ. ヽ |` 〉、_j_ ̄: : : : : :ノ : :ハ: ヽ ヽ | {j人Tー- ァ―: ´: :/┘L : ヽ ヽ |   ヽーjニ‐_ ニ ヘ: _lユ┌}: : :', i |`ー '´  ̄〉=ニ二 ヽ|、: :リ: : : :! l |      {   {jノ   ̄ヽ/: : : : l  l |` ー、_  ヽ     ノ/:/: : : :リ′| |// ヽメ }  ` == 彡 /: : : :/  | |    V   、_,. ': : : :, イ-― ' 「おのれ、おじじっ!  蒼星石に、ナ ニ し て や が る で す か !」 その形相は、般若のように―― スパーン! と、ふすまを開いて、怖ろしい面貌を覗かせた翠星石を、 祖父と蒼星石の、呆気にとられた表情が出迎える。 「姉さん……なんて顔してるのさ」 「ナニって…………相手をしてもらってたんじゃよ。将棋の」 「へっ?! しょ……しょお……ぎ?」 「うん。将棋だよ。ほら」 ――と、蒼星石が、自分と祖父の間を指差した。 そこには確かに、木目も見事な檜の将棋台が、鎮座している。 盤上、かなり駒が入り乱れているが、どうやら蒼星石が詰む寸前らしい。 「そ、それで蒼星石は、泣きそうな声を出してたです?」 「お祖父さん、すごく強いのに、ちっとも手加減してくれないんだよ。  ボクも、ついムキになっちゃって――」 「こんな老いぼれの暇つぶしに、せっかく付き合ってくれるんじゃからな。  子供扱いして、手を抜いたりはせんよ」 「これだもの」 蒼星石は、ひょいと肩を竦めて、茫然と立ち尽くしている姉に笑いかけた。 「それにしても……姉さんはなんで、怖い顔して怒鳴り込んできたの?」 「なんで……って、蒼星石が――」 イエナイ。ゼッタイニ、イエナイ。 ほんの僅かでも、祖父と蒼星石のいかがわしい関係を妄想しただなんて。 翠星石は自分の愚行を恥じて、言い訳するのもイヤになり、ふすまを閉ざした。 でも――やっぱり、バツが悪すぎる。 あの二人は気にしないだろうが、翠星石の方が、なんだか落ち着かない。 と言って、正直に早合点したことを伝えて、素直に謝るコトは出来そうもない。 そこで、翠星石は閃いた。ギャグで誤魔化してしまおう! 逆転の発想だった。 ひとつ、深呼吸。今度は、ソロリ……と、ふすまを開く。 そして―― |   __ |二. .-.―.-. . ._` ー 、 |: : : :,. -:_: :二: : `丶、`ヽ、 |: /: イ: : : : : : : : : :l: \ \ |ヽ: :_|_: : : : : _: ノ: : : }ヽ. ヽ |` 〉、_j_ ̄: : : : : :ノ : :ハ: ヽ ヽ | {j人Tー- ァ―: ´: :/┘L : ヽ ヽ |   ヽーjニ‐_ ニ ヘ: _lユ┌}: : :', i |`ー '´  ̄〉=ニ二 ヽ|、: :リ: : : :! l |      {   {jノ   ̄ヽ/: : : : l  l |` ー、_  ヽ     ノ/:/: : : :リ′| |// ヽメ }  ` == 彡 /: : : :/  | |    V   、_,. ': : : :, イ-― ' 「悪い子はいねが~…………ですぅ」 翠星石の再登場に、蒼星石も、祖父も、ポカーンと口を開いた。 一瞬にして白ける室内。ナマハゲの真似で御茶を濁すハズが、全くの逆効果。 藪をつついて、蛇どころかワニを出した感すらある。 「もうっ! さっきっから、なんなのさっ。  言いたいコトがあるなら、ハッキリ言いなよ姉さんっ!」 「うっ……」 「う? なぁに?」 言葉に詰まった翠星石を、蒼星石が詰るように見つめる。 その態度が、ますます翠星石を依怙地にさせた。 「うっ……うっせーですよっ! 蒼星石のバカぁ――っ!」 「はぁ?」 蒼星石にしてみれば、全くもって青天の霹靂の、ハト豆状態。 勝手に勘違いしたのは翠星石の方なのに、 どうして、自分がバカ呼ばわりされなければいけないのだろう? ベソをかきながら遠ざかる姉の背中を、やれやれ……と見送る蒼星石に、 祖父は盤上の将棋駒を片づけながら、話しかけた。 「追いかけておあげ」 「……はぁい」 放っておくのも、たまには良い薬なのだろうが、そこはやっぱり双子の姉妹。 あんな去られ方をしては、どうにも気持ちが揺らいでしまう。 結局、いつものように―― 蒼星石は、軽快なステップで姉を追いかける。 そんな彼女を後押しするように、祖父は柔らかな笑みを贈った。 「うむうむ……微笑ましいのぉ。  YO! YO! なんで~こんな~に可愛いのかYO~」 などと、ついつい演歌の一節をラップ調にして、口ずさんでしまう。 お茶を運んできた祖母は、それを聞きつけて、やはり穏やかに微笑んだ。 「お祖父さんったら、すっかり『孫』が十八番になったのねぇ」 「いやいや、この一節しか憶えてなくてな」 祖母が差し出す湯飲みを「アチチ、アチ」と、郷ひろみの真似しながら受け取り、 祖父は旨そうに茶を啜って、ほぁ――と、満足げに吐息した。 なんてことない、ある休日のこと。 柴崎家では、よくあるコトだった。

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