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      ―皐月の頃 その2―  【5月5日  端午】前編 みっちゃんのお供で、蒼星石の留学先を訪れて、早三日が過ぎ―― 明日には帰国の途に就かねばならないのに、翠星石は依然として、 蒼星石に会えずにいた。 日中は、みっちゃんの手伝いでキャンパスに詰めているから、 昼食時や休み時間などに、ひょいと再会できると思っていたのだが……。 「……どうにも、私の考えが甘かったみてぇです」 雛苺と、みっちゃんに挟まれ、食堂のテーブルに着いていた翠星石が、 白いソーセージの付け合わせであるザワークラウトをフォークで突き突き、 憮然と呟いた。それを聞きつけて、みっちゃんがチラと視線を向ける。 「どうかしたの、翠星石ちゃん? もしかして、ザワークラウト嫌い?  まさか、ヴァイスブルストが苦手ってワケないよね」 「好き嫌いはダメなのー。だから、翠ちゃんはアタマに栄養が回らなくて、  肝心なところで間が抜――痛ったぁ~い!」 暴言を吐いた雛苺の脳天に、めぎゃっ! と強烈な手刀を叩き込んでから、 翠星石は、みっちゃんの疑問に答えた。 「食事の好みとかの話じゃねぇですぅ。  みっちゃんの手伝いだと聞いてたから、もっと簡単な雑用で、  それが終われば自由時間になると思ってたです」 「あれぇ? ひょっとして、遊び感覚だったのかなあ、君は」 みっちゃんは、からかうように眼鏡の奥の目を細めて、翠星石の頬を指でつついた。 「いけませんなあ。これも講義の一環なんだってば」 「あ痛たっ! みっちゃん、爪が刺さるですぅ!」 「ええ~? そんなに尖らせてないわよお?」 と戯けながらも、指を除けるみっちゃん。 間違っても、女の子の顔に傷を付けるような真似はしない。 殊に、写真映えするカワイイ女の子なら、尚更である。 「まあ、冗談はさておいて……なにか、済ませたい用事でも有るの?」 さり気なく、翠星石の皿からソーセージを奪取しつつ、みっちゃんは訊ねた。 その問に答えたのは、訊かれた本人ではなく、雛苺だった。 「実はね、翠ちゃんの妹の蒼星石って娘が、この大学に留学してるの」 「私の、双子の妹ですぅ」 「っ?! マジで? それなら、きっと良い被写……げふんげふん。  あ~……つまり、その子に会いに行く時間が無い――と、こういうワケね」 「流石は、みっちゃんなの。話が早いのよー」 「んふふふ…………まぁねぇ」 みっちゃんは、新しい玩具を見付けた子供みたいに、にへら……と笑った。 だが、すぐにキュッと表情を引き締めて―― 「そう言う大事なことは、予め報告しておくものよ。  どんなコトも、意志の疎通が大切なんだからね」 「は、はい……ですぅ」 「まあ、話は解ったわ。今日の午後は、もういいから、会って来なさいな」 「っ!! ほ、ホントです? ホントに良いですか?」 予期しない答えに、素っ頓狂な声を上げる翠星石。 みっちゃん、ウインクしてサムズアップ。 「その代わり、今夜、妹さんを紹介してねぇ~♪」 思いがけず時間を得た翠星石は、雛苺に付き添ってもらって、蒼星石を探した。 キャンパスは考えていた以上に広く、どこがどこだか分かり難い。 帰国子女にして語学に堪能な雛苺の協力なしに、探すことは困難だった。 「ねえ、蒼ちゃんって、どの学科を専攻してるのー?」 それを知らずして、探し当てる事など出来ない。 翠星石は、訊ねる雛苺に答えた。 「私にも、詳しい名称は分からねぇですぅ。大まかに、植物学くらいしか」 「それじゃ大まかすぎるの。まあ、学科棟は絞り込めると思うけど――」 「そうそう、新種の植物の研究とか、栽培をしてるみたいですぅ。  最近の地球環境の変化で、人知れず絶滅してゆく植物は、たくさんあるですよ。  それを保護して、未来へ伝えていくのが、蒼星石の夢なのです」 「うよー……それって、凄くスケールの大きいお話なのよー」 「後世に知識を残すための、大切な仕事です。素晴らしい夢ですよ、ホントに」 私も、蒼星石の隣で手伝えたら……どんなに嬉しいだろう。 蒼星石と、同じ夢を追いかけられたら……どんなに幸せだろう。 翠星石は、そう思わずにいられなかった。 (でも…………私まで家を出るワケには、いかねぇです。  おじじも、おばばも、きっと寂しがるです。  寿命が縮んで、きっと三日でポックリ逝っちまうですぅ) 今は、まだ……別々の道を歩み続けるしかない。 けれど、いつかは二つの道を一本に纏めて、二人並んで歩いていきたい。 そんな願望を胸に、翠星石はキャンパス内を見回っていた。 だが、次の瞬間っ! 急に狼狽えて、雛苺の背後にコソコソと隠れた。 「うゆ? どうしたなの?」 「しぃっ! や、や、ヤツですっ」 「ヤツ?」 「オディールですぅ!」 翠星石は、雛苺の耳元で囁き、ある一方を指差した。 雛苺が、彼女の指先を眼で辿っていくと、そこには可愛らしい金髪の娘が、 友達と愉しげにお喋りしながら歩いていた。 「あの娘なのね。翠ちゃんが話してた、蒼ちゃんのルームメイトって」 「そ、そうですっ。あの泥棒猫に間違いねぇですっ!」 「泥棒って……証拠もないのに、人聞き悪いのよ~。  とりあえず、ヒナがお話してくるの。  あの娘に聞けば、きっと、蒼ちゃんの居場所が判るのよ」 雛苺は「ちょっと、待っててなの」と告げて、翠星石を残し、 オディールの元へ駆け寄って行った。 なにやら、外国語で話しかけている雛苺。 どうやら言葉が通じたらしく、雛苺とオディールは、にこやかに談笑し始めた。 ……が、なかなか、本題に入っていない様子だ。 「ああ、もう。おバカ苺ったら、なぁ~に雑談なんかしてるです!  さっさと蒼星石の居場所を聞き出しやがれですっ」 翠星石は焦れったそうに、親指の爪を、がじがじと噛んだ。 すると、翠星石のフラストレーションが伝播したのか、 不意に雛苺は振り返って、翠星石の居る方を指差した。 オディールも、雛苺の示す方に顔を向ける。 一瞬、彼女と翠星石の眼が合った。 「はわわわわっ! な、なんで、こっちを指差すですかっ?!」 慌てた翠星石は、手近な木の陰に飛び込み、隠れた。 いざとなると、どうしても人見知りしてしまう。 まして、オディールとは初対面。何から話して良いのか、ちっとも解らない。 キッチリと話を付けてやるつもりだったのに…………膝が震えていた。 「うぅ~。ここまで来ていながら、竦んじまうなんて情けねぇですぅ。  こーなったら、対話なんて間怠っこしいです。  ひと思いに、ヤツの後頭部を、岩でガツンと――」 「もぉー。翠ちゃんったら、なんで隠れちゃうのー?」 「ひぅっ?!」 いきなり声を掛けられて、翠星石は五センチほど飛び上がった。 よからぬコトを企んでいたので、尚のことである。 「お、おバカ苺っ! 驚かすなで……でで……ですうぅ?!」 いきり立った翠星石が振り返った先には、不思議そうな面持ちの雛苺と、 彼女の背後に佇むオディールの姿があった。 「こんにちは。貴女が、蒼星石のお姉さんね」 いきなり蒼星石を呼び捨てにされて、ムッと眉を吊り上げる翠星石。 (な、馴れ馴れしいヤツですぅ!  なんです、その『蒼星石は俺の嫁』みたいな態度はっ。  気に入らねぇですっ! この泥棒猫をヌッ殺して、私も死ぬですぅ!) 翠星石は、獲物を前にした豹のように、襲いかかるタイミングを計り始めた。 一方のオディールは、翠星石の殺気には全く気付かず、笑顔で話しかけてくる。 「初めまして。私はオディール=フォッセー。  もう御存知でしょうけど、蒼星石のルームメイトよ」 「……し、し、知ってるです。メールで……写真を見たですから」 「私も、貴女のこと知ってるわ。貴女の姿は、毎日、目にしてきたのよ。  蒼星石の机の写真立てに、貴女のブロマイドが飾られているんだもの」 「そ、そうなの……です?」 「ええ。蒼星石の、一番の宝物なんですって。とても大切にしているわ」 そんな話をされては、翠星石も満更ではない。 翠星石は単純にも、それまで抱いていた殺意を、すっかり忘れてしまった。 (うんうん。やっぱり、蒼星石は私のことを一番に想ってくれてるですぅ。  モチロン、私は蒼星石のコト、信じてたですぅ~♪) そうと解れば、あとは妹との再会を楽しむのみだ。 翠星石は上機嫌で、オディールに蒼星石の所在を訊ねた。 ところが、オディールは「それがね――」と表情を曇らせ、 言い辛そうに続けた。「蒼星石は、今……この街に居ないのよ」 「……え?」 翠星石の笑顔が凍り付いた。「どういう…………コト、です?」 「今月の初頭から、教授のお手伝いで採取チームに同行しているの」 「そんなっ! いつです? 蒼星石は、いつ戻るです?」 縋りつく翠星石に、オディールは沈痛な面持ちで告げた。 「採取調査は、一週間の予定よ。多分……早くても七日の午後になるわね」 「そんなっ!!」 翠星石たちは、明日、この国を去らなければならない。 でも、蒼星石が帰ってくるのは、明後日。 たった一日の差で、会えないだなんて―― 「そんなのって…………ねぇです」 へなへなと、力無く膝から崩れ落ちる翠星石を、雛苺とオディールが支える。 翠星石の瞳から、ぽろ、ぽろ、と悲しみの雫が落ちて、アスファルトを濡らした。 「こんなヒドイ話はねぇです!  やっと、ここまで来たのに……なぜですかぁっ!」 「本当に、急に決まった話なのよ。蒼星石も、貴女に再会するのを心待ちにしてた。  でも、慌ただしく出発することになって……。  蒼星石も、なんとか貴女に連絡しようと試みていたのよ」 「でも……時差の関係で、間に合わなかったのね。翠ちゃん、可哀想なの」 ――蒼星石も、再会を心待ちにしてくれていた。 オディールの口から語られた、その事実だけが、翠星石にとって唯一の慰めだった。 切望していただけに落胆も大きいけれど、これが今生の別れではない。 あと数ヶ月すれば、夏休みが始まるし、蒼星石の留学期間も終わる。 会おうと思えば、まだまだチャンスは作れるのだ。 お互いが、会いたいと願い続ける限り―― 翠星石は、人差し指の背で涙を拭うと、自分の足で、気丈に立ち上がった。 けれど…… 未練は涙となって、あとからあとから……翠星石の頬を濡らし続けた。

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