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『風と空と』」(2007/01/12 (金) 10:17:58) の最新版変更点

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<p> <br>  <br>   『風と空と』<br> <br> <br> ねえ――空を飛びに行かない?<br> <br> 唐突な台詞を蒼星石が口にしたのは、遅刻確定の通学路での事だった。<br> 藪から棒に、なにを言い出すんだろう。<br> そもそも、近くにバンジージャンプが出来る遊園地なんか有ったっけ?<br> 訳が解らず茫然とする僕の手を、彼女は強引に引っ張った。<br> <br> <br> <br> <br> 電車とモノレールを乗り継いで着いたのは、港を見下ろす高台の公園だった。<br> 平日の昼間とあって、人は殆ど居ない。貸し切りみたいで気分が良かった。<br> でも、こんな所で、どうやって空を飛ぶんだろう?<br> <br>  「あ! 来たよ、ジュン君」<br> <br> 不意に、蒼星石が空を指差した。その先には、今まさに着陸しようという旅客機。<br> 尾翼にANAのロゴが見えた。<br> こんな間近でジャンボジェットを見たのは初めてだった。<br> <br>  「うわぁ! 凄ぇ! でかいよ、蒼星石」<br>  「ホント、凄いよねぇ。あんな大きなのが、空を飛ぶんだからさ」<br>  「うん……って、アレ? 空を飛びに行くって、まさか」 <br>  「ふふっ……そうだよ」<br> <br> 柔らかな朝の日射しを浴びながら、蒼星石はニッコリと微笑んだ。<br> <br>  「実はもう、二人分のチケット買ってあるんだなあ、これが」<br>  「えっ? ちょっと、話がよく見えないんだけど」<br>  「ねえ、ジュン君。このままさ、ボクと駆け落ちしちゃおうよ」<br>  「な、なな……なんだってぇ?!」<br> <br> 突然、こんな話を切り出されれば狼狽えない方がおかしい。<br> そりゃあ、僕だって蒼星石が好きだ。一緒に暮らせたら、きっと愉しいさ。<br> でも、僕らはまだ自立しきれてない半人前。悲しいけれど、それが現実。<br> <br> なんと返事をすべきか。僕は多分、今までの人生で最も脳をフル回転させた。<br> しかし、悲しいかな思考は空回りするばかりだ。<br> <br>  「やっぱり……困るよね。いきなり、こんな話されたら」<br>  「別に、困ってなんか……いや、困ってるか。でも決して、イヤじゃない」<br>  「そうなの? ホントに?」<br>  「ああ、ホントに。巧くは言えないけど、僕は蒼星石と一緒に暮らしたい。<br>   生きていきたいって思ってる。でも、駆け落ちっていうのは――」<br> <br> できない相談だ。勇気を出して誘ってくれたキミには悪いんだけど。<br> その一言を伝えようとした矢先……。<br>    <br>  「ぷっ…………あははははっ!」<br> <br> いきなり、蒼星石が大笑いしだして、僕は面食らった。一体なんなんだ?<br> <br>  「ゴメンゴメン。嘘だよ、ジュン君」<br>  「……へ?」<br> <br> 多分、この時の僕は、とても間抜けな顔をしていたと思う。<br> 見られたのが蒼星石だけで、本当に良かった。<br> まかり間違って翠星石に見られていたら、一生、笑いのネタにされてただろう。<br> <br>  「ボクが、空を飛びに行かない? って言ったのは、あっちの方なんだ」<br>  「あっち? あ、離陸していくのか」<br> <br> 今まで気付かなかったけれど、広い運河を挟んだ対岸は、とんでもなく長い滑走路だった。<br> 左から着陸して、別の便が右方向へと飛び立っていく。<br> その間隔は短く、およそ五分くらいに思えた。<br> <br>  「飛行機は離陸するとき、向かい風に向かっていくんだよ」<br>  「翼が揚力を得るために……だろ。そのくらい知ってるよ」<br>  「うん。でも……凄いよね、やっぱり」<br> <br> ふわり……と、また一機が滑走路を離れて、晴れ渡る空へと舞い上がっていく。<br> 遠い遠い雲の中へと、吸い込まれるように消えていく。<br> 一機、また一機……と眺めている内に、<br> なんだか僕の心も、あの空の向こうに飛んでいくような気分になった。<br> <br>  「不思議な感覚がするよ。本当に、空を飛んでるみたいな」<br> <br> 蒼星石は「でしょう?」と、朗らかに笑った。<br> <br>  「ここは、ボクのお気に入りの場所なんだよ」<br>  <br> 翠星石にも教えたことがない、と蒼星石は続けた。<br> そんな場所に連れてきてくれたんだと思うと、どうしようもなく嬉しかった。<br> <br>  「ありがとう、蒼星石。なんか今、無性に感動してる」<br>  「そんな大袈裟なものじゃないよ。ただ……」<br>  「ただ?」<br>  「ジュン君と秘密を共有したかっただけだよっ♥」<br> <br> 秘密……それは、二人だけの思い出。<br> <br>  「じゃあさ、折角だし……もうひとつだけ、秘密を共有しようよ」<br>  「? どういうこ――!!」 <br> <br> それ以上、言葉は必要ない。<br> 僕は蒼星石の肩を優しく抱き寄せ、そっ……と唇を奪った。<br> <br> <br> 僕らは幼馴染。そんな二人の関係が、少しだけ変わった瞬間――<br> そして、いつかは本当に、二人で……空を飛びに行こう。<br> <br> <br> <br> 春先の空と風が、僕らを包み込んでいた。</p> <hr> <p><br> 蒼い子まつり即興SS。東京モノレールと、羽田空港のイメージ。</p>
<p> <br>  <br>   『風と空と』<br> <br> <br> ねえ――空を飛びに行かない?<br> <br> 唐突な台詞を蒼星石が口にしたのは、遅刻確定の通学路での事だった。<br> 藪から棒に、なにを言い出すんだろう。<br> そもそも、近くにバンジージャンプが出来る遊園地なんか有ったっけ?<br> 訳が解らず茫然とする僕の手を、彼女は強引に引っ張った。<br> <br> <br> <br> <br> 電車とモノレールを乗り継いで着いたのは、港を見下ろす高台の公園だった。<br> 平日の昼間とあって、人は殆ど居ない。貸し切りみたいで気分が良かった。<br> でも、こんな所で、どうやって空を飛ぶんだろう?<br> <br>  「あ! 来たよ、ジュン君」<br> <br> 不意に、蒼星石が空を指差した。その先には、今まさに着陸しようという旅客機。<br> 尾翼にANAのロゴが見えた。<br> こんな間近でジャンボジェットを見たのは初めてだった。<br> <br>  「うわぁ! 凄ぇ! でかいよ、蒼星石」<br>  「ホント、凄いよねぇ。あんな大きなのが、空を飛ぶんだからさ」<br>  「うん……って、アレ? 空を飛びに行くって、まさか」 <br>  「ふふっ……そうだよ」<br> <br> 柔らかな朝の日射しを浴びながら、蒼星石はニッコリと微笑んだ。<br> <br>  「実はもう、二人分のチケット買ってあるんだなあ、これが」<br>  「えっ? ちょっと、話がよく見えないんだけど」<br>  「ねえ、ジュン君。このままさ、ボクと駆け落ちしちゃおうよ」<br>  「な、なな……なんだってぇ?!」<br> <br> 突然、こんな話を切り出されれば狼狽えない方がおかしい。<br> そりゃあ、僕だって蒼星石が好きだ。一緒に暮らせたら、きっと愉しいさ。<br> でも、僕らはまだ自立しきれてない半人前。悲しいけれど、それが現実。<br> <br> なんと返事をすべきか。僕は多分、今までの人生で最も脳をフル回転させた。<br> しかし、悲しいかな思考は空回りするばかりだ。<br> <br>  「やっぱり……困るよね。いきなり、こんな話されたら」<br>  「別に、困ってなんか……いや、困ってるか。でも決して、イヤじゃない」<br>  「そうなの? ホントに?」<br>  「ああ、ホントに。巧くは言えないけど、僕は蒼星石と一緒に暮らしたい。<br>   生きていきたいって思ってる。でも、駆け落ちっていうのは――」<br> <br> できない相談だ。勇気を出して誘ってくれたキミには悪いんだけど。<br> その一言を伝えようとした矢先……。<br>    <br>  「ぷっ…………あははははっ!」<br> <br> いきなり、蒼星石が大笑いしだして、僕は面食らった。一体なんなんだ?<br> <br>  「ゴメンゴメン。嘘だよ、ジュン君」<br>  「……へ?」<br> <br> 多分、この時の僕は、とても間抜けな顔をしていたと思う。<br> 見られたのが蒼星石だけで、本当に良かった。<br> まかり間違って翠星石に見られていたら、一生、笑いのネタにされてただろう。<br> <br>  「ボクが、空を飛びに行かない? って言ったのは、あっちの方なんだ」<br>  「あっち? あ、離陸していくのか」<br> <br> 今まで気付かなかったけれど、広い運河を挟んだ対岸は、とんでもなく長い滑走路だった。<br> 左から着陸して、別の便が右方向へと飛び立っていく。<br> その間隔は短く、およそ五分くらいに思えた。<br> <br>  「飛行機は離陸するとき、向かい風に向かっていくんだよ」<br>  「翼が揚力を得るために……だろ。そのくらい知ってるよ」<br>  「うん。でも……凄いよね、やっぱり」<br> <br> ふわり……と、また一機が滑走路を離れて、晴れ渡る空へと舞い上がっていく。<br> 遠い遠い雲の中へと、吸い込まれるように消えていく。<br> 一機、また一機……と眺めている内に、<br> なんだか僕の心も、あの空の向こうに飛んでいくような気分になった。<br> <br>  「不思議な感覚がするよ。本当に、空を飛んでるみたいな」<br> <br> 蒼星石は「でしょう?」と、朗らかに笑った。<br> <br>  「ここは、ボクのお気に入りの場所なんだよ」<br>  <br> 翠星石にも教えたことがない、と蒼星石は続けた。<br> そんな場所に連れてきてくれたんだと思うと、どうしようもなく嬉しかった。<br> <br>  「ありがとう、蒼星石。なんか今、無性に感動してる」<br>  「そんな大袈裟なものじゃないよ。ただ……」<br>  「ただ?」<br>  「ジュン君と秘密を共有したかっただけだよっ♥」<br> <br> 秘密……それは、二人だけの思い出。<br> <br>  「じゃあさ、折角だし……もうひとつだけ、秘密を共有しようよ」<br>  「? どういうこ――!!」 <br> <br> それ以上、言葉は必要ない。<br> 僕は蒼星石の肩を優しく抱き寄せ、そっ……と唇を奪った。<br> <br> <br> 僕らは幼馴染。そんな二人の関係が、少しだけ変わった瞬間――<br> そして、いつかは本当に、二人で……空を飛びに行こう。<br> <br> <br> <br> 春先の空と風が、僕らを包み込んでいた。</p> <hr> <p><br> 蒼い子まつり即興SS。東京モノレールと、羽田空港のイメージ。</p>

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