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『いつわり』」(2007/06/24 (日) 02:05:10) の最新版変更点

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  鏡に映る、若い娘。 ――それは、私。他の誰でもない、自分自身。 湯上がりの、薄桃色に染まった肌から幽かに立ちのぼる淡い色香は、 いくらも保たずに、濡れたままの洗い髪へと溶けてゆく。 なにも……変わらない。変わってなどいない。 瑞々しく細い喉、胸元を点々と飾るホクロ、薄蒼く血管の浮いた白い肌。 全ては、いつもどおりの、見慣れた景色。 「ステキな身体……私のカラダ……」 鏡の中の自分に見とれながら、そんな戯れ言を、口にしてみた。 夢の中で、いつも逢う彼女が、熱っぽい吐息と共に囁く言葉を。 だけど、彼女の姿は、ハッキリと思い出せない。 白いモヤモヤしたイメージしか、残っていない。 ここ最近、毎晩のように、同じ夢を見ているというのに。 そのくせ、彼女の声だけ、不思議と明瞭に憶えているのは、何故? 実際に、鼓膜が震わされた感覚が、刻み込まれているのは、何故? 「どうして、あんなワケの解らない夢を見るようになってしまったの?」 物事の変化には、原因がある。どれだけ些細なことだろうと、必ずある。 であれば――あの夢を見るようになった理由も、きっと……どこかに。 よく……考えてみる。 よく――分からない。 さっきから、自分の鏡像を見つめたまま、その繰り返しばかり。 「電車とか、教室とか……どこかで、隣に座った誰かさんの会話を耳にして、  漠然と憶えていたのでしょうか。ええ……きっと、そういうコトなのですわね」 我ながら、言い訳がましい、とは思う。そう。思うのだけれど…… こうだと自信を持って答えを導き出せるほど、確かな手懸かりを持ってはいない。 たかが、夢―― されど、夢…… 得体の知れない寒気に背筋を震わせた私は、いそいそと下着を身につけ始めた。 身震いしたのは、少し、湯冷めしたせい。 そんな言い訳を、また飽きもせず、胸裏で囁きながら。 優雅に朝風呂としゃれ込んだ後、好きなことをしながら過ごす週末。 ココロが豊かになる時間、とでも言おうか。心身共にリラックスしている。 お陰で、連夜の奇妙な夢のことなど、すっかり忘れていた。 再び太陽から月へとバトンがリレーされて、深い眠りが近付いてくる時でさえも。 そして―― 今宵も、彼女は静かな衣擦れを供に、私を訪ねてきた。 「ねえ…………起きて下さい。ねえったら」 覚醒を促す声に、ふと、意識が目覚める。 その時、私はベッドに横たわり、寝入っていた。 若い女性の声は、更に、呼びかけてくる。 この時、私の聴覚はしっかりと、目覚めていた。 もごもごと、明瞭ではない発音。舌足らずな感さえある、娘の声。 だが、夢を見ているのではない。それだけは解っていた。 眠りの中で弛緩しきっていた私の思考が、のたのたと理論の腕を伸ばして、 放り出していた自己意識に、そっと触れる。 それを察したのだろう。彼女が、私の耳元で、くすっ……と鼻を鳴らした。 「起きたのね?」 念を押すような口振り。その時には、私は分析力も判断力も、取り戻していた。 そして…………気づいた。 呼ぶ声は、紛れもなく、私の声。 つまり、私は寝言で、自身に起きろと口走っていたのだ。 ハッと瞼を開いて、まず飛び込んできたのは、重たくのし掛かってくる夜闇。 天鵞絨のカーテンが月明かりを遮っているため、闇以外、何も見えない。 いや……そもそも、瞼を開いたつもりになっていただけなのかも。 そんな中で、私の唇が、また……独りでに蠢いた。 「ご機嫌いかが? マスター」 なんて奇異な体験だろう。口が勝手に動いて、しかも、自分に話しかけている。 恐怖を覚えるより先に、まだ寝惚けているのかと、噴いてしまったほどだ。 ――が、私の失笑は、放たれてなどいなかった。 それどころか、全身の自由すら利かなくなっていた。 意識は覚醒している。私の身体が、今この瞬間、確かに在るのも分かる。 なのに、この空虚で心許ない感覚は――――どういうことか。 なぜ、こんなことが? いや、そもそも……何が、どうなっているの? 戸惑いの色が、じわじわと恐慌の絵の具に塗り替えられていく中で、 私の唇は、彼女の意志によってのみ、言葉を紡ぎだしてゆく。 「怖がらないで下さい。私は、貴女の従者。貴女が、私を必要としてくれた。  だから……貴女は、私のマスター」 また、無意味な拍車を掛けて、私を混乱の渦に突き落としてくれる。 私の心臓は、破れてしまいそうなほど、ドキドキしているのに。 動揺を静める暇も、安堵に導く優しい言葉も、彼女は与えてくれない。 翻弄されっぱなしで、まるで、濁流に揉まれて溺れかけている心境だった。 (あなたは、だぁれ? なんの目的で、こんなコトをするのですか?) ムダを承知で、ココロに問いかける。今は、そんなことしか出来ないから。 そう。せめてもの気休めになれば、と。理由なんて、その程度。 物事の変化にあるべき原因を、突き止めようとか―― そんな考えが、あったワケじゃない。彼女と意志の疎通を図るつもりなんて、全然。 でも、予期に反して、彼女は答えてくれた。 抑揚のない、それでいて親身な、なんとも矛盾した声色で。 「愛しい、マスター。私は……貴女を救いたい」 私を……救う? その一言を、何度も、何度も、反芻する。 そして、ココロの中で、ひっそりと嘲笑う。 こんな、イタコの口寄せまがいのコトをしなければ、自己表現もできないクセに、 どうやって私を救おうというのかしら、この娘は……。 「かわいそう――」 私の唇が、いま一度、開かれる。「かわいそうな、私のマスター」 (知ったような口を!) 私は胸の内で、叫んでいた。(貴女なんかに、私のなにが解るというの?) いつしか、私の畏れと動揺は、怒りに変わっていた。 こんな、自分の意志とかけ離れたところで、得体の知れない娘に弄ばれるなんて、 私のプライドが許さない。哀れみを施されるなんて、尚のこと。 この私は――雪華綺晶は、誰かにとっての、都合のいい操り人形なんかじゃない。 (私は今まで、自分の歩む道は、自分で拓いてきた。これまで、ずっと――) 「――存じあげております、マスター。  貴女は、ずっと……闘ってきましたよね。幼少の頃から、ずっと独りで。  誰からも愛されなくなると……本当は解っているのに、それでも……」 そう。癪に触るけれど、本当に、彼女の言うとおりだった。 物心ついた時から、私は、自分を取り巻く世界を相手に戦うことを憶えた。 私の、この右眼を醜いと嫌悪し、せせら笑う者たちに、同じ痛みを―― 忌避される度に苛まれる、この胸の痛みを与えるために。 傷つけられれば、傷つける。愚弄されれば、貶めてやる。容赦なんかしなかった。 おとなしいままでは、イジメが絶えないことを、経験的に知っていたから。 お陰で、小学校・中学校くらいには、随分と怖れられるようになっていたっけ。 でも、突っぱっているだけじゃダメ。身体ばかりか、ココロまでジャンクになるようでは。 だから、学校の成績でも、常に上位3番以内となるように務めた。 それこそ寝る間も惜しんで、知識も運動能力においても、修練を重ねた。 学校という、ちっぽけなコミュニティーでは、点数こそが全てと言っていい。 『成績優秀』という免罪符さえ手にしていれば、大概のことは赦された。 その上、『秀美艶麗』の肩書きまで持っていたのだから、なにも恐くない。 教師たちですら、私のすることには見て見ぬフリをした。 当然のコトながら、親しい友人の数は、反比例的に減っていった。 誰もが、私と距離を取りたがっていた。畏怖の色を、私の前でさらけ出していた。 だからと言って、非道徳的な振るまいで関心を得ようとは、思わなかったけれど。 孤独感に苛まれ、寂しさに震えていたのは、本当に、僅かな期間だけ。 すぐに、私は無二の親友と巡り会えた―― 「ああ……思い出して下さったのですね、マスター。  貴女が、私を必要としてくれたワケを。私たちが出逢った、理由を」 ええ。口元に浮かんでいる笑みを自覚しながら、ココロの中で、私も微笑んだ。 なんのことはない。中学生ながらに、私は気づいてしまったのだ。 私以上に、私の痛みや苦しみを解ってくれる者など、いやしないコトに。 ――この、私以外には。 「私は、マスターの想いにより宿された、神秘の魂。だから――  私が……傍に居てあげる。痛みも悲しみも、全て慰めてあげましょう」 こんなこと、精神的な自慰行為でしかない。そんなこと、百も承知。 これが、私。いつだって、私は私を補って……至高の少女たらんと生きてきた。 たとえ、ぐるぐると、ただ虚しさが巡るだけだとしても…… すべては、私自身のために。 「さあ、今宵も貴女のために、幸せな夢をご用意いたしましょう。  私が織りなす偽りの夢に抱かれて……心安らかに、おやすみなさい。  ……マスター」 それっきり、彼女は口を噤み、私の身体は再び、私のものとなった。 深く息を吐きながら、ベッドの中で、徐に両腕を抱き寄せる。 「偽りの夢でも……いい」今度は私が、彼女に向けて語りかける番。 私は、漸くにして理解していた。ここ最近、彼女が夢に現れていた理由を。 「あの方は、私の想いに応えてはくれなかった。きっと、これからも――  でも……やっぱり、諦めきれない。未練がましく、想い続けてしまうのでしょうね」 だから、今は偽りでもいい。悶々と、狂いそうなココロを持て余すよりは。 たとえ夢でも、偽りの恋が叶えられてくれた方が、ずっと悦ばしい。 (ステキな身体……私のカラダ……) あの方への想いに胸ふくらませる私のココロで、彼女の艶媚な囁きが谺する。 その声は、まるで操り人形の糸みたいに、私の手首に絡み付き、動かしてゆく。 右手は、荒々しく起伏を繰り返している胸へ―― 左手は、うねる腹部を撫でながら、更に下へ―― ひょっとして、私はこのまま彼女に蕩され、呑み込まれてしまうのでは? 漠然とした怖れは、しかし、これからもたらされる悦びに比べて、ひどく脆弱で…… 汗ばんだ肌を冷ますには、あまりにも温すぎた。 眠る貴女に、根を張り巡らせて。 綺麗な薔薇を、咲かせましょう。        
  鏡に映る、若い娘。 ――それは、私。他の誰でもない、自分自身。 湯上がりの、薄桃色に染まった肌から幽かに立ちのぼる淡い色香は、 いくらも保たずに、濡れたままの洗い髪へと溶けてゆく。 なにも……変わらない。変わってなどいない。 瑞々しく細い喉、胸元を点々と飾るホクロ、薄蒼く血管の浮いた白い肌。 全ては、いつもどおりの、見慣れた景色。 「ステキな身体……私のカラダ……」 鏡の中の自分に見とれながら、そんな戯れ言を、口にしてみた。 夢の中で、いつも逢う彼女が、熱っぽい吐息と共に囁く言葉を。 だけど、彼女の姿は、ハッキリと思い出せない。 白いモヤモヤしたイメージしか、残っていない。 ここ最近、毎晩のように、同じ夢を見ているというのに。 そのくせ、彼女の声だけ、不思議と明瞭に憶えているのは、何故? 実際に、鼓膜が震わされた感覚が、刻み込まれているのは、何故? 「どうして、あんなワケの解らない夢を見るようになってしまったの?」 物事の変化には、原因がある。どれだけ些細なことだろうと、必ずある。 であれば――あの夢を見るようになった理由も、きっと……どこかに。 よく……考えてみる。 よく――分からない。 さっきから、自分の鏡像を見つめたまま、その繰り返しばかり。 「電車とか、教室とか……どこかで、隣に座った誰かさんの会話を耳にして、  漠然と憶えていたのでしょうか。ええ……きっと、そういうコトなのですわね」 我ながら、言い訳がましい、とは思う。そう。思うのだけれど…… こうだと自信を持って答えを導き出せるほど、確かな手懸かりを持ってはいない。 たかが、夢―― されど、夢…… 得体の知れない寒気に背筋を震わせた私は、いそいそと下着を身につけ始めた。 身震いしたのは、少し、湯冷めしたせい。 そんな言い訳を、また飽きもせず、胸裏で囁きながら。 優雅に朝風呂としゃれ込んだ後、好きなことをしながら過ごす週末。 ココロが豊かになる時間、とでも言おうか。心身共にリラックスしている。 お陰で、連夜の奇妙な夢のことなど、すっかり忘れていた。 再び太陽から月へとバトンがリレーされて、深い眠りが近付いてくる時でさえも。 そして―― 今宵も、彼女は静かな衣擦れを供に、私を訪ねてきた。 「ねえ…………起きて下さい。ねえったら」 覚醒を促す声に、ふと、意識が目覚める。 その時、私はベッドに横たわり、寝入っていた。 若い女性の声は、更に、呼びかけてくる。 この時、私の聴覚はしっかりと、目覚めていた。 もごもごと、明瞭ではない発音。舌足らずな感さえある、娘の声。 だが、夢を見ているのではない。それだけは解っていた。 眠りの中で弛緩しきっていた私の思考が、のたのたと理論の腕を伸ばして、 放り出していた自己意識に、そっと触れる。 それを察したのだろう。彼女が、私の耳元で、くすっ……と鼻を鳴らした。 「起きたのね?」 念を押すような口振り。その時には、私は分析力も判断力も、取り戻していた。 そして…………気づいた。 呼ぶ声は、紛れもなく、私の声。 つまり、私は寝言で、自身に起きろと口走っていたのだ。 ハッと瞼を開いて、まず飛び込んできたのは、重たくのし掛かってくる夜闇。 天鵞絨のカーテンが月明かりを遮っているため、闇以外、何も見えない。 いや……そもそも、瞼を開いたつもりになっていただけなのかも。 そんな中で、私の唇が、また……独りでに蠢いた。 「ご機嫌いかが? マスター」 なんて奇異な体験だろう。口が勝手に動いて、しかも、自分に話しかけている。 恐怖を覚えるより先に、まだ寝惚けているのかと、噴いてしまったほどだ。 ――が、私の失笑は、放たれてなどいなかった。 それどころか、全身の自由すら利かなくなっていた。 意識は覚醒している。私の身体が、今この瞬間、確かに在るのも分かる。 なのに、この空虚で心許ない感覚は――――どういうことか。 なぜ、こんなことが? いや、そもそも……何が、どうなっているの? 戸惑いの色が、じわじわと恐慌の絵の具に塗り替えられていく中で、 私の唇は、彼女の意志によってのみ、言葉を紡ぎだしてゆく。 「怖がらないで下さい。私は、貴女の従者。貴女が、私を必要としてくれた。  だから……貴女は、私のマスター」 また、無意味な拍車を掛けて、私を混乱の渦に突き落としてくれる。 私の心臓は、破れてしまいそうなほど、ドキドキしているのに。 動揺を静める暇も、安堵に導く優しい言葉も、彼女は与えてくれない。 翻弄されっぱなしで、まるで、濁流に揉まれて溺れかけている心境だった。 (あなたは、だぁれ? なんの目的で、こんなコトをするのですか?) ムダを承知で、ココロに問いかける。今は、そんなことしか出来ないから。 そう。せめてもの気休めになれば、と。理由なんて、その程度。 物事の変化にあるべき原因を、突き止めようとか―― そんな考えが、あったワケじゃない。彼女と意志の疎通を図るつもりなんて、全然。 でも、予期に反して、彼女は答えてくれた。 抑揚のない、それでいて親身な、なんとも矛盾した声色で。 「愛しい、マスター。私は……貴女を救いたい」 私を……救う? その一言を、何度も、何度も、反芻する。 そして、ココロの中で、ひっそりと嘲笑う。 こんな、イタコの口寄せまがいのコトをしなければ、自己表現もできないクセに、 どうやって私を救おうというのかしら、この娘は……。 「かわいそう――」 私の唇が、いま一度、開かれる。「かわいそうな、私のマスター」 (知ったような口を!) 私は胸の内で、叫んでいた。(貴女なんかに、私のなにが解るというの?) いつしか、私の畏れと動揺は、怒りに変わっていた。 こんな、自分の意志とかけ離れたところで、得体の知れない娘に弄ばれるなんて、 私のプライドが許さない。哀れみを施されるなんて、尚のこと。 この私は――雪華綺晶は、誰かにとっての、都合のいい操り人形なんかじゃない。 (私は今まで、自分の歩む道は、自分で拓いてきた。これまで、ずっと――) 「――存じあげております、マスター。  貴女は、ずっと……闘ってきましたよね。幼少の頃から、ずっと独りで。  誰からも愛されなくなると……本当は解っているのに、それでも……」 そう。癪に触るけれど、本当に、彼女の言うとおりだった。 物心ついた時から、私は、自分を取り巻く世界を相手に戦うことを憶えた。 私の、この右眼を醜いと嫌悪し、せせら笑う者たちに、同じ痛みを―― 忌避される度に苛まれる、この胸の痛みを与えるために。 傷つけられれば、傷つける。愚弄されれば、貶めてやる。容赦なんかしなかった。 おとなしいままでは、イジメが絶えないことを、経験的に知っていたから。 お陰で、小学校・中学校くらいには、随分と怖れられるようになっていたっけ。 でも、突っぱっているだけじゃダメ。身体ばかりか、ココロまでジャンクになるようでは。 だから、学校の成績でも、常に上位3番以内となるように務めた。 それこそ寝る間も惜しんで、知識も運動能力においても、修練を重ねた。 学校という、ちっぽけなコミュニティーでは、点数こそが全てと言っていい。 『成績優秀』という免罪符さえ手にしていれば、大概のことは赦された。 その上、『秀美艶麗』の肩書きまで持っていたのだから、なにも恐くない。 教師たちですら、私のすることには見て見ぬフリをした。 当然のコトながら、親しい友人の数は、反比例的に減っていった。 誰もが、私と距離を取りたがっていた。畏怖の色を、私の前でさらけ出していた。 だからと言って、非道徳的な振るまいで関心を得ようとは、思わなかったけれど。 孤独感に苛まれ、寂しさに震えていたのは、本当に、僅かな期間だけ。 すぐに、私は無二の親友と巡り会えた―― 「ああ……思い出して下さったのですね、マスター。  貴女が、私を必要としてくれたワケを。私たちが出逢った、理由を」 ええ。口元に浮かんでいる笑みを自覚しながら、ココロの中で、私も微笑んだ。 なんのことはない。中学生ながらに、私は気づいてしまったのだ。 私以上に、私の痛みや苦しみを解ってくれる者など、いやしないコトに。 ――この、私以外には。 「私は、マスターの想いにより宿された、神秘の魂。だから――  私が……傍に居てあげる。痛みも悲しみも、全て慰めてあげましょう」 こんなこと、精神的な自慰行為でしかない。そんなこと、百も承知。 これが、私。いつだって、私は私を補って……至高の少女たらんと生きてきた。 たとえ、ぐるぐると、ただ虚しさが巡るだけだとしても…… すべては、私自身のために。 「さあ、今宵も貴女のために、幸せな夢をご用意いたしましょう。  私が織りなす偽りの夢に抱かれて……心安らかに、おやすみなさい。  ……マスター」 それっきり、彼女は口を噤み、私の身体は再び、私のものとなった。 深く息を吐きながら、ベッドの中で、徐に両腕を抱き寄せる。 「偽りの夢でも……いい」今度は私が、彼女に向けて語りかける番。 私は、漸くにして理解していた。ここ最近、彼女が夢に現れていた理由を。 「あの方は、私の想いに応えてはくれなかった。きっと、これからも――  でも……やっぱり、諦めきれない。未練がましく、想い続けてしまうのでしょうね」 だから、今は偽りでもいい。悶々と、狂いそうなココロを持て余すよりは。 たとえ夢でも、偽りの恋が叶えられてくれた方が、ずっと悦ばしい。 (ステキな身体……私のカラダ……) あの方への想いに胸ふくらませる私のココロで、彼女の艶媚な囁きが谺する。 その声は、まるで操り人形の糸みたいに、私の手首に絡み付き、動かしてゆく。 右手は、荒々しく起伏を繰り返している胸へ―― 左手は、うねる腹部を撫でながら、更に下へ―― ひょっとして、私はこのまま彼女に蕩され、呑み込まれてしまうのでは? 漠然とした怖れは、しかし、これからもたらされる悦びに比べて、ひどく脆弱で…… 汗ばんだ肌を冷ますには、あまりにも温すぎた。 眠る貴女に、根を張り巡らせて。 綺麗な薔薇を、咲かせましょう。        

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