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      ―葉月の頃 その6―  【8月23日  処暑】③ 焼けつくような夏の日射しも、太陽が西へと傾くにつれて、和らいでいった。 だいぶ暑さが弱まって来た夕方、三台の車は無事に、旅館の駐車場に並んだ。 所要時間、およそ7時間。途中で何度か休憩を挟んだこともあるが、 その殆どは、一般道を抜けるためだけに費やされた時間だった。 お盆休みのピークを過ぎたとは言っても、まだまだ夏休みシーズン真っ直中である。 現に、この鄙びた温泉宿にも、彼女たち以外の車が何台も停められていた。 「ふぃ~。やっとこさ着いたですね。腰が……ちょっとだけ痛いですぅ」 翠星石は、身を捩ってシートベルトを解きながら、重い息を吐いた。 さすがに慣れない長距離ドライブで、気疲れしたのだろう。 ちょっとだけ――というのは、せめてもの強がりらしい。 そんな彼女に、助手席の雛苺が「お疲れさまなのよー」と、キンキン声で労う。 いつもの翠星石なら、すかさず毒舌で反撥、いびりで応戦しているところだが、 今の状態では、弱々しい笑みで応じるだけだった。 『身から出た錆』という照れ臭さも、あったのだろう。 水銀燈を昏倒させてさえいなければ、もっと楽な旅路となったハズなのだ。 それについては、翠星石が蒔いた種だけに、誰を責めることも出来なかった。 「ヒナが免許もってたなら、運転を代わってあげられたのに――  なんか、悪いことした気がするのよ」 しゅん……と、しおらしく表情を翳らせる雛苺。 翠星石は、そんな彼女の額を、指先でちょいん! と小突いた。 「おめーの運転じゃあ、いつ事故るかとヒヤヒヤしまくりですぅ」 「もぉ~。すぐそうやって、ヒナのことバカにするのね。  翠ちゃんだって、ジェットコースター並みに荒っぽい運転するクセになのっ」 「なに言うですか。私をヘタクソ呼ばわりたぁ、失礼なヤツですねぇ。  ほれ……目ぇかっぽじって、よく見ろです。私の免許はゴールドですよ~♪  運転なんてものは所詮、ぶつけなけりゃ、へーきのへーざなのですぅ」 その理屈こそ、とんでもなく乱暴というものである。 呆れて言葉もない雛苺が、ポカーンと翠星石の顔を見ていると…… 「こっち見んなです」 やおら、ビシリ! と、デコピンをプレゼントされた。 だが、そこに普段の威力はない。肩に落ちた髪を払うような、軽い一撃だった。 実際のところ、雛苺が思っている以上に、翠星石は疲れているのだろうか。 それとも、彼女の気まぐれな優しさが、ちょっと顔を覗かせただけなのか。 いずれにせよ、このまま車に乗っていても始まらない。 昏々と眠り続けている水銀燈も、どうにかしないと。それも早急に、である。 「ひとまず話は後にして、銀ちゃんをお部屋に運び込むのよー」 「ん……そうですね。私たちの荷物も、ちゃちゃっと降ろしちまうです」 ドアを開くと、耳鳴りがするくらいの蝉しぐれ。 それに続き、カーエアコンとはまた違った冷気が、彼女たちの肌を刺激した。 都会の、ギラギラ熱くジトジト蒸した空気とは、根本的に異なっている。 気温は確かに高いけれど、湿度が低いのか、とても爽やかな風だ。 木々の緑濃い山奥だからこそ――なのかも知れない。 「ん~……清々しいですぅ。じっとしてたら、うたた寝しちまいそうです」 そよ吹く風に肌を撫でられながら、翠星石は両腕を高々と突きあげ、背を伸ばした。 横目に見た友人たちは、既に、荷物を降ろし始めている。 そこに妹の姿を探す翠星石の鼻先を、赤トンボが、ついっと横切っていった。 「……山には、もう秋が訪れ始めてるですかぁ」 八月も末――夏の終わりは、確実に近づいている。 それは休みの終焉を告げると共に、もうひとつの終幕をも意味していた。 永続する『今』など、ありはしないと解っているのに…… もっともっと、彼女と一緒に居たいと願ってしまう気持ちが、抑えられない。 「ずぅっと夏休みのままなら、いいですのに」 しんみりと呟く翠星石の背後で、雛苺はリアシートから水銀燈を降ろそうと、 うんうん唸りながら悪戦苦闘していた。 水銀燈の方が上背に勝っているため、思うように引っぱり出せないらしい。 「あーん。翠ちゃ~ん。手伝ってなのよ~」 「もうっ! うっさいヤツですねぇ。ちょっと待ってろですぅ」 うるさいほどに賑やかな雛苺と一緒では、感傷にひたる暇もないらしい。 ぶちぶち文句を垂れつつも、やむなしとばかりに吐息して、翠星石は踵を返した。 見れば、水銀燈の位置は、殆ど変わっていない。 相変わらず、仰向けに寝転がっている。屈めていた脚が、伸ばされただけだ。 おまけに、さんざん揺さぶられたにも拘わらず、彼女は眠ったままだった。 よもや二度と目を覚まさないのでは……。翠星石は危惧して、眉を曇らせた。 「非力なヤツですね、おめーは。銀ちゃんは私が車から降ろしておくですから、  雛苺は、荷物を運び込んどけです。私と銀ちゃんの分もですよ」 「う、うぃー。任されたのよ」 言って、雛苺は三人分の荷物を持って、ヨタヨタと旅館の玄関へと歩いていく。 その後ろ姿を溜息まじりに見送り、翠星石は後部座席に半身を乗り入れた。 「銀ちゃーん、着いたですよ~。さっさと起きるですぅ~」 翠星石は、声をかけながら水銀燈の肩を揺さぶってみた。 ……が、水銀燈は口の中でムニャムニャ言うだけで、瞼を開けようとしない。 元々、低血圧の気はあったが、クスリのせいで更に寝覚めが悪くなっているらしい。 よほど楽しい夢でも見ているのか、寝ながら微笑んでいた。 「とぉんだネボスケさんですねぇ。やれやれですぅ」 あきれ果てた口振りの割に、翠星石はニタァ~と唇を歪める。 そして、溢れそうになる笑みを、喉元に押し込めながら―― 「起きないなら、こうして……ほぉ~ら、カルデラ湖ですよぉ~」 仰向けの姿勢ながら、しっかりと聳えている水銀燈の双丘の頂を、 人差し指でフニフニと陥没させた。 ずっと以前、眠りこけている蒼星石に同じコトをした時には、 顔を真っ赤にして飛び起きたものだが…… 翠星石の意図を裏切り、水銀燈は、くすぐったそうに鼻を鳴らしただけだった。 いっそ、デコピンを見舞った方が効果覿面かも知れない。 そう思った翠星石は、やおら携帯電話を取り出して、デジカメを起動させた。 「とは言え……このチャンスを、みすみす無駄にするのは勿体ねぇですねぇ。  起こす前に、銀ちゃんの恥ずかしい画像でも撮影しとくですぅ♪」 言って、含み笑った翠星石は、水銀燈のポシェットに目を遣った。 その傍には、まるで示し合わせたかのような黒のサインペンが! 「うししし……ここはひとつ、おたふくメイクにしてやるですよぉ」 まずは、水銀燈のポシェットからルージュを抜き取って、塗ることにする。 両の頬に大きな赤丸を描き、思いっ切りタラコ唇にしようと考えていた。 ルージュを手に、薄ら笑う翠星石が身を乗り出した、その拍子―― 翠星石のブラウスのボタンに、水銀燈のTシャツの裾が引っかかって、捲り上げた。 それに伴い、白磁のような柔肌と、ポツンと窪んだおヘソが、さらけ出される。 腹部に感じた冷気に、ほんの一瞬、微睡みの中で意識が醒まされたのだろう。 水銀燈は、思いもかけない素早さで両腕を振り上げて、翠星石を捕らまえた。 そればかりか、骨も折れよとばかりに締めつけてくるではないか。 ひと溜まりもなく、翠星石は苦しげな息を吐いた。 「ぐぇ……ぎ……銀……ちゃ、痛…………苦」 「ぁにゃ……し…………んくぅ」 「違……私……真紅じゃ……な」 「――あはぁ♪ しぃ~ん……くぅ~」 やたらと間延びした寝言が紡ぎ出された、次の瞬間! 翠星石の頭は、水銀燈の腕にグイと引き寄せられて――   んぶぢゅううぅぅぅ――――っ! (qあwせdrftgyふじこlp;)><; いきなりのディープキスによって、翠星石の思考は、完全にホワイトアウト。 しかも、不運とは重なるタチのものらしく、これだけに留まらなかった。 「なにモタモタしてるのさ、姉さん。みんな、部屋で待――」 いつまでも来ない翠星石たちを案じて、蒼星石が様子を見に来たのである。 「そそ、蒼星石っ?! 違うです、これは……ぁんむぐぅ!?」 翠星石は慌てて弁明しようとしたものの、またもや寝ぼけた水銀燈に唇を塞がれて、 更なるドツボ状態に陥ってしまった。 あまりの衝撃映像に、蒼星石は言葉を失い、双眸を見開いて固まっていた。 持ち前の気丈さで我を取り戻したものの、すぐにオロオロそわそわし始める。 か細い声を震わせ、口元を手で覆った姿は、周章狼狽の一歩前だった。 「あの……ボク、知らなくて……邪魔する気なんか――」 「ん――っ! ン――っ!」 喋ることも儘ならず、かと言って逃れることすらできない翠星石は、 せめてもの意志表示とばかりに呻いた。これは偶発的なアクシデントなのだ、と。 けれど、平常心を失っている妹が、姉の真意を理解することはなかった。 「ごめんなさいっ!」 謝った声は、涙声。蒼星石は、身を翻して走り去ってしまった。 水銀燈の抱擁から逃れられないまま、遠ざかる妹の足音を耳にした翠星石は―― (あ……はは…………明日は…………どっちですぅ?) 身もココロも、真っ白に燃え尽きていた。 おいしくて豪華な晩餐も、旅の楽しみである。その土地の銘酒が揃えば、尚のこと。 誰もが【キタ━━(*゚∀゚)=3━━!!】な気分で、忙しなく箸を動かす中で、 【ショボ━━(´・ω・`)━━ン↓↓】と不景気な顔をする娘が、ふたり。 翠星石も、蒼星石も、黙々と料理を口に運ぶものの、味など分かっていなかった。 たまに、互いの顔色を盗み見て、視線がぶつかっては目を逸らし、 誰にも気づかれないように、微かな吐息を漏らす。 双子の姉妹は食事の最中、飽きもせずに、そんな事を繰り返していた。 賑々しい夕食が終わると、銘々、適当に自由な時間を過ごし始める。 酔いと満腹で、横たわるなりウトウト始める者。 温泉一直線の者。なんとはなしにテレビを見ながら、食後のお茶を楽しむ者。 翠星石はと言うと、のんびり温泉に浸かって、気持ちを整理するつもりだった。 ――どうしても、先刻のアクシデントが頭を離れない。 犬に噛まれたようなものと思って、忘れてしまえたら良いのに…… 彼女の努力を嘲笑うが如く、記憶はありありと甦ってくる。 水銀燈の匂い、体温、吸い付いてくる汗ばんだ肌、柔らかな唇の感触さえも。 (あああああ! もうっ! もうっ! どーして、こんなコトにぃ……) 食事中も、ずっとこんな風に、ココロが千々に乱れっぱなしだった。 水銀燈を見ると頬が熱くなったし、蒼星石を見ては胸が苦しくなっていた。 なのに、コトの元凶である水銀燈は、ケロッと涼しい顔をしている。 さっきの事件のことなど、まるで憶えていないのか、平然としたものだ。 それが余計に、翠星石の苛立ちを募らせていた。 (あうぅ……まったく、とんだ厄日ですぅ) 思い返してみると、今日は朝から、やることなすこと裏目に出ていた。 この分では、温泉に浸かって気分転換を図っても、また悪い目に遭うのでは? 脚を滑らせて転倒とか、のぼせて溺れそうになるとか…… そこはかとなく不安に駆られて、翠星石はアタマを抱えた。 背後から話しかけられたのは、そんな時だった。 聞き馴染んだ声に、翠星石が振り返ると、ぎこちなく微笑む蒼星石が居た。 「先に、お風呂いくの?」 「そのつもりですけど……何か用です?」 「えっと……良かったらさ、そのぉ……夕涼みも兼ねて、散歩しない?」 珍しく、蒼星石からのお誘い。きっと、彼女も先程のコトが気掛かりなのだ。 ナニも見なかったと自分を偽り、有耶無耶にしたまま悶々と夜明けを待つよりは、 ちゃんと言葉を交わす方が良いと、考えたのだろう。 それが、どんなに残酷な結末を招き寄せるとしても、逃げるよりはマシ……と。 「いいですよ。腹ごなしがてら、懐中電灯もって出発ですぅ」 翠星石は、部屋割りで同室となったみっちゃんに一言告げて、妹の手を引っ張った。 すっかり日が暮れた山中の空気は、驚くくらいヒンヤリしている。 エアコンのない柴崎家なら、いま時分、いつもの熱帯夜に茹だっている頃だ。 その延長的思考でいた翠星石は、半袖ブラウスにロングスカートという軽装だった。 彼女の隣を歩く蒼星石も、ポロシャツにスラックスと、涼しげな恰好である。 二人とも頻りに、剥きだしの腕を掌で擦っていた。 「思ったより肌寒いね。なにか、羽織ってくれば良かった」 「ですぅ……。蒼星石、もっと私の近くに寄るですよ」 右手にライトを持ちながら、翠星石は左手を妹の腰に回して、 控えめに――だが、しっかりと――抱き寄せた。 それに応えて、ぴとっ……と寄り添った蒼星石も、姉の長い髪に右腕を埋めた。 温かいねと呟き、嬉しそうに微笑みながら、翠星石の細い腰を引き寄せる。 お互いが少し前まで感じていた気持ちの隔たりは、もう消え失せていた。 身を寄せ合って温もりを共有しながら、どちらからともなく、夜空を仰ぎ見る。 そこには満天に鏤められた星と、新月を迎える前の細い月があった。 八月は、月見月とも呼ばれる。でも、今夜の月は痩せすぎていて、趣が無い。 「……あのね、蒼星石」翠星石は夜空を見つめながら、徐に語り始めた。 「さっきの、アレは――事故だったですよ。銀ちゃんってば、寝ぼけてて……」 「うん」と、蒼星石は、なんの疑いもない様子で頷く。 「あの時は狼狽えて逃げちゃったけど、あとでね、冷静になって考えたんだ。  そしたら、何かヘンだな……って。だって、そうでしょ?  人一倍、恥ずかしがり屋の姉さんが、白昼堂々あんなことするワケないよね」 さすがに双子の妹。翠星石の習癖は、手に取るように解るらしい。 翠星石は安堵の溜息を漏らすと、妹の撫で肩に、熱を帯び始めた頬を載せた。 彼女の髪に耳元を擽られて、蒼星石は小さく、熱っぽい息を吐いた。 「よかった。誤解されて、嫌われちゃうんじゃないかと、心配だったです」 「……実を言うとね、ボクも……すごく不安だったんだよ。  まさかとは思ってた。でも、もしも……姉さん達が、そういう仲ならば――  もう、ボクたち、一緒に居ない方が良いのかなって」 なに言うですか。翠星石は、声色に少しの怒りを滲ませて、続けた。 「蒼星石は、そんな簡単に、私のことを手放してしまうですか?  そうやって、また独りで、遠くに行ってしまうですか?」 「…………え?」 「今まで、私がどんな想いで過ごしてきたか、解らないのですか?  切なくて――どれだけココロを痛めたか、解ってくれないですか?」 「…………姉…………さん」 「ばか……バカ、馬鹿、ばか…………バカ……  蒼星石は…………とんだ……姉不幸者ですぅ」 蒼星石は右の肩に、姉の体温とは違う熱さと、湿り気を感じた。 理由を察した彼女は、翠星石と向かい合うなり、ぎゅうっと抱きしめた。 「ごめんね……姉さん。ボクは、悪い子だね」 「蒼……星石ぃ……っ」 情緒纏綿という言葉がある。深い愛情で結ばれて離れ難い、という意味だ。 そんな表現があることを、二人は知らない。 だが、意味については、経験的に熟知していた。 翠星石はライトを手放し、妹の背に両腕を回して、しっかりと縋りついた。 ここに、蒼星石が居ることを確かめるように、背中を撫で、シャツを掴んだ。 照明の乏しい山道に落ちたライトが、二人の足元だけを照らしている。 頼りなげな星明かりの下、しゃくり泣く翠星石の声に、虫の声が重なる―― 尽きることのない涙で緋翠の瞳を曇らせる姉を、蒼星石は黙って抱きしめていた。 どれだけの時間、抱擁を交わしていたのだろうか。 暗い森の中で、不意に啼いたセミの声に、二人がビクン! と肩を竦める。 それで我に返った時、彼女たちの服は、仄かに汗で湿っていた。 「それにしても……一生の不覚だったですぅ」 抱きしめる腕の力を、気持ち弛めて、翠星石がポツリと呟いた。 なにが? 蒼星石の問いかけは、しかし、放たれる寸前、姉の声に遮られる。 「初めての……キス……でしたのに」 翠星石の手が、キュッと蒼星石のシャツを握りしめた。 おそらく、車の中で水銀燈にされたコトを、言っているのだろう。 蒼星石は、口の端を苦笑で歪めながら、ココロの中で囁いていた。 (ゴメンね、姉さん。キミのファーストキス、ボクが貰っちゃったんだ。  そして――ボクのファーストキスは、キミにあげたんだよ) プールサイドでの人口呼吸なんて、キスとは呼べないかも知れない。 だが、蒼星石にとっては、あれが初めて他人と唇を重ねた瞬間だった。 しかも、それが大好きな翠星石だったのだから、特別な記憶として残っていた。 ふと、蒼星石の胸の奥で、心臓が一拍した。 それを機に、はしたない衝動が、疼きを生み出す。 蒼星石は、翠星石の肩に手を置き、ちょっと引き離して…… お互いの鼻先が触れ合うくらい近くで、翠星石と見つめ合った。 「ボクは、二番目でも構わないよ。だから、ねえ…………キス、しよ?」 「なっ?! なに言い出すですっ?」 「いいじゃない。この暗さだし、誰も見てないよ。  それに、コミケの帰り道で約束したでしょ。ボクの頼み、聞いてくれるって」 「う……………………しゃ…………しゃーねぇ……ですぅ」 夜闇に紛れて繋がる、二つのシルエット。 ただ触れるだけの、焦らしているのかと訊きたくなるほどの、気安いキス。 すぐに離れていった柔らかな感触を、今度は蒼星石が追いかけて、啄んだ。 その、あまりにも積極的な妹の攻めに、翠星石は絶句して、俯いてしまった。 「ありがと、姉さん」 蒼星石は、足元のライトを拾いながら、話しかけた。「嬉しかったよ」 「そそ……それは、そう! 姉としての義務みてーなもんですぅ!」 「いいよ、同情でも。それよりさ、冷えてきたし……戻って、お風呂はいろ?」 「……そうですね。折角、温泉に来たですから」 翠星石は、まだドキドキしている胸に手を当てながら、答えた。 そして、あんなコトをしていながら平然と構えている蒼星石を横目に睨みつつ、 宿への道を、仲良く並んで戻っていった。  

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