「―葉月の頃 その9―」の編集履歴(バックアップ)一覧はこちら
「―葉月の頃 その9―」(2007/08/25 (土) 01:14:19) の最新版変更点
追加された行は緑色になります。
削除された行は赤色になります。
<p> <br>
<br>
―葉月の頃 その9― 【8月24日 怪談】 前編</p>
<p> <br>
<br>
その報せが伝えられたのは、夕食の席に、みんなが顔を揃えた時だった。<br>
誰もが、料理を食べ終え、どれが美味しかっただの思い思いの感想を述べつつ、<br>
温かいお茶で喉を潤していた頃――</p>
<p><br>
「みんなー。食べ終わったら、あたしの部屋に集合だからねー」</p>
<p><br>
みっちゃんの呼びかけに、あれ? と、翠星石が首を傾げる。<br>
今夜は、この宿の近くにある山寺で、肝だめしをする予定ではなかったか。<br>
そればかりが憂鬱で、食の進みもイマイチだったというのに……<br>
復活して間もない真紅や金糸雀を慮って、予定が変更されたのだろうか?<br>
翠星石は、おずおずと右手を挙げてみた。</p>
<p><br>
「あの……みっちゃん。ちょっと訊いてもいいです?」<br>
「ん? なぁにかなぁ、翠星石ちゃん」<br>
「どういうコトです? みんなで部屋に集まって、何するですか」<br>
「あれ、聞いてないんだ? カナ、みんなに話してくれてないの?」</p>
<p><br>
問われた金糸雀は、しまったと言わんばかりにペロッと舌を出して、<br>
頭をコツンと叩いた。「準備に振り回されて、すっかり忘れてたかしらー」</p>
<p><br>
どうやら、水面下でナゾのプロジェクトが画策されているらしい。<br>
しかも、旅行のスケジュールを主導で練ってきた、翠星石を差し置いてだ。<br>
肝だめしの前に何かをするなんてコトは、寝耳に水の展開だった。</p>
<p><br>
翠星石は、隣に座る蒼星石に『知ってる?』といった風に、首を傾げた。<br>
それに対し、妹は困ったように眉根を寄せて、フルフルと頭を振る。<br>
一同をぐるり見回しても、事態を把握しているのは、半々くらいのようだ。<br>
金糸雀の失態だって、実際のところ、意図的に為されたものかも知れない。<br>
</p>
<p> <br>
「何か、様子が変じゃない? 嫌な予感がするのだわ」<br>
「大丈夫よぉ、真紅ぅ。ただのオープニング・セレモニーだってばぁ」<br>
「銀ちゃんの言うとおりなのっ。それに、食休みにもなるのよ。<br>
ごはん食べた後で、すぐ運動すると、おなか痛くなっちゃうでしょ?」</p>
<p><br>
――なんて。<br>
訝る真紅の背中を、アヤシイ笑みの銀×雛コンビが、バシバシ叩いている。<br>
薔薇水晶と雪華綺晶も、ニヤニヤしているところを見ると、把握組なのだろう。</p>
<p> <br>
<br>
「おめーら、なに企んでやがるですか」<br>
「やぁね、翠星石ちゃんったら」</p>
<p><br>
ジト眼で問いかけた翠星石に、みっちゃんは笑って、ぱちりとウインクした。<br>
「ただの余興よ。肝だめしをエンジョイするための……ね♪」<br>
<br>
その一言で、翠星石のささやかな希望は、脆くも打ち崩された。<br>
嵐にでもならない限り、肝だめしを中断する気は無いらしい。<br>
では、肝だめしを楽しむための余興とは、如何なるものか?</p>
<p><br>
可能性として考えられるのは、ムード・メイキング。<br>
手始めに『世にも奇妙な怖い話』でも朗読して、ゾクゾクさせるのが狙いなのか。<br>
翠星石はジト眼のまま、準備に手を尽くしていたという金糸雀を睨んだ。</p>
<p><br>
「おめーのコトですから、ど~せ、ロクでもないモノ用意したですね」<br>
「ふっふっふ……聞いて驚愕、見て失禁! かしら。<br>
この金糸雀が、旅行の前に焼いておいた超傑作を目にすれば、悶絶は必至よ!」<br>
「また、いつもの自信過剰が始まったです。進歩のねぇヤツですねぇ」</p>
<p><br>
やれやれですぅ――翠星石が肩を竦め、せせら笑う。<br>
が、金糸雀は気色ばむ風もなく、どーん! と翠星石の鼻先に指を突きつけた。</p>
<p><br>
「ズバリ言うかしら! その超傑作とは、数多ある洋邦ホラー映画を吟味して、<br>
とっておきの『衝撃映像1・2・3』を網羅した恐怖DVDかしら~♪」</p>
<p><br>
一瞬、室内がどよめいた。<br>
D・V・D! D・V・D! と踊りまくりの雛苺は、とりあえず完全無視。<br>
翠星石は、額に脂汗を滲ませて、固唾を呑んだ。<br>
急激に粘ついたソレが喉に詰まって、巧く声が出せない。</p>
<p><br>
(うぅ……そんなもん、見たくねえですぅ)</p>
<p><br>
喋れない代わりに、せめてもの抵抗とばかり、胸中で本音をブチまけた。<br>
何を隠そう、翠星石は怖がりさん。ホラー映画なんて、滅多に視やしない。<br>
とは申せ、そんな駄々を捏ねたところで、逃れられないのは百も承知だ。<br>
「うっし!」と握った拳で胸元を叩いて、なけなしの勇気を振り絞った。</p>
<p><br>
「ど、どど、ど……どんと来いやー、ですぅ!」<br>
「そんなに気合い入れてたら、本番前に疲れちゃうよ、姉さん。<br>
気楽に行こうよ、気楽に。ボクが、ぎゅぅって、しててあげるから」<br>
「ホントです? きっとですよ!<br>
途中で離しやがったら、たとえ蒼星石でも、草葉の陰から祟ってやるですっ」</p>
<p>「んもぅ、物騒だなぁ」と苦笑する蒼星石に、翠星石は部屋までの道すがらも、<br>
しつこいくらいに釘を刺しまくっていた。</p>
<p> </p>
<p> <br>
<br>
<br>
――さて。トコロ変わって、みっちゃん達が寝泊まりしている部屋。<br>
そこには既に、準備万端、整えられていた。<br>
DVDプレーヤー代わりのPS2は、製品付属のオーディオケーブルで、<br>
各部屋に備え付けの15型テレビに繋がれている。</p>
<p><br>
「それじゃあ、さっそく上映開始といっちゃうかしらー!」</p>
<p><br>
用意された映像は、いわゆる寄せ集め。洒落た表現するなら、ダイジェスト版。<br>
しかーし! 新聞の切り抜きノートみたいなものと、侮ることなかれ。<br>
選りすぐったと豪語するだけあって、身の毛もよだつ恐怖映像百連発だった。<br>
<br>
その迫力には一同おしなべて静まって、食い入るように画面を見つめている。<br>
翠星石など、始まって5分と経たず、卒倒しかかっていた。<br>
まあ、失神の最短記録は、雛苺の3分だったのだが。</p>
<p><br>
<br>
「は……はぅ……ち……血、チぃ~、ポン、カン……ですぅ」</p>
<p><br>
まるで自己暗示でもかけるように、翠星石はブツブツ啼きっぱなしだった。<br>
まったく以てチンプンカンプン。錯乱寸前であることは、百の弁を要さずとも明らかだ。<br>
彼女の顔色は、白いまでに青ざめ、開きっぱなしの唇は小刻みに震えている。<br>
ただただ蒼星石にギュッとしがみついて、虚ろな双眸をテレビに向けるのみ。</p>
<p> <br>
結局、絶叫が聞こえるたびに「ぅひぁっ」と飛び上がることの繰り返しで、<br>
約40分の上映が終わる頃には、すっかり憔悴しきっていた。</p>
<p> <br>
<br>
</p>
<p>「さーて。みんなの雰囲気も、よろしくなって来たみたいねー。<br>
そろそろ、ここらで舞台を移すとしよっかぁ」</p>
<p><br>
誰もが少なからず鬱になっている中で、みっちゃんだけは普段と変わらず、<br>
缶ビール片手にテンションの高さを維持していた。<br>
あれほどスプラッター映像を眺めていたにも拘わらず、である。<br>
あるいは、酔っているからこそ、平気な顔していられるのかも知れない。</p>
<p><br>
だが、蒼星石の背中にピッタリくっついていた翠星石は、<br>
ナミダ目のまま、肩を怒らせ反撥した。</p>
<p><br>
「もうイヤですぅ! 今のでも、充分すぎるほど肝だめしですよっ!」<br>
「ね、姉さん……耳元で喚かないでよ。少し落ち着いて」<br>
「蒼星石は黙ってるです! こんな仕打ち、断固として許せんですぅっ」<br>
「あららー。ちょっとばかり、刺激が強すぎたのかなぁ。<br>
だったら翠星石ちゃんは、先に寝てる? 独りっきりになっちゃうけど」<br>
「ぁうぅ…………そ、それもイヤですぅ」</p>
<p><br>
まるっきり子供のワガママだが、翠星石の気持ちも、解らないではなかった。<br>
さて、どうしよう? みっちゃんが困り顔を金糸雀に向ける。<br>
すると、彼女は「抜かりないかしら」と、自信タップリに胸を張った。<br>
<br>
<br>
「こういう展開も、予測の範疇よ。対策もバッチリ用意してきたわ。<br>
えーっと……それじゃあ、蒼ちゃん。カナに協力してもらうかしら」<br>
「うん、いいけど。ボクは何をすれば良いの?」</p>
<p><br>
「慌てない慌てない――」金糸雀は、いかにも勿体ぶった口振りで、<br>
自分のボストンバッグから3枚のカラフルなDVDケースを取り出した。<br>
青色、赤色、緑色のソレは、どこにでも売っていそうなスペアケースだ。<br>
ラベルや文字の記載など、中身を示す手懸かりは、一切なかった。</p>
<p> <br>
「ここに取り出したるは、映画のDVDかしら。どんな内容かって?<br>
まずは、とある人形の、切なくも悲しい物語ね。<br>
もうひとつは、アイスホッケーに賭けた男の、血湧き肉踊るストーリー。<br>
最後は、ゴルフ場の芝生を管理するグリーン・キーパーの、お仕事話かしら」<br>
「そう……なんだ? それで、ボクは何を――」<br>
「この中から、蒼ちゃんが見たいお話を、1本だけ選ぶかしら」<br>
「……なるほど。普通の映画で、荒んだ気持ちを10秒リセットって寸法だね」<br>
「へぇっ。金糸雀のクセに、珍しく手回しが良いじゃねぇですかぁ」</p>
<p> <br>
感心したように言って、翠星石は妹の肩越しに腕を伸ばすと、<br>
畳に並べられたDVDケースのうち、右端の緑のケースを指差した。</p>
<p><br>
「蒼星石っ、これ! これにするですぅ」<br>
「え? これって、芝生の管理人さんの話だよね。本当にいいの?<br>
姉さんだったら、お人形の物語を見たがるかと思ってたけど」<br>
「それ……なぁんか胡散くせぇです。呪い人形の話ですかもぉ~。<br>
アイスホッケーもスポ魂と見せかけて、地雷臭プンプンですしぃ。<br>
きっと、3本のうち2本はハズレという、よくある罠ですよ!」<br>
「言われてみれば……なるほど。さすがだね、姉さん」<br>
「ですぅ」</p>
<p> <br>
消去法でいけば、残るはグリーン・キーパーのお仕事というワケだ。<br>
舞台がゴルフ場という点からして、のどかなラブロマンスを彷彿させる。<br>
カラーもグリーンだし、翠星石には誂え向きだろう。</p>
<p><br>
得心がいった蒼星石は、姉の希望どおりに、DVDケースを手にした。</p>
<p><br>
「これにするよ、金糸雀」<br>
「くぅぅ……やるわね。なかなか、読みが鋭いかしら」<br>
「おめーの浅はかな策なんか、バレバレユカイですぅ~♪」</p>
<p><br>
さも得意げに、ふふん――翠星石は鼻を鳴らした。<br>
金糸雀は、ただ黙々とディスクをセットして、再生の操作を進めてゆく。</p>
<p>「それでは気を取り直して、Here we go! かしら~」</p>
<p><br>
<br>
策を見破られた悔しさなど微塵も見せず、金糸雀が陽気な前口上を述べる。<br>
そして……テレビ画面に浮かび上がったタイトルは――<br>
<br>
<br>
<br>
<font color="#FF0000"><font size="4">『殺戮職人芝刈男』</font> </font></p>
<p> <br>
<br>
<br>
「ほあ――っ?! ななななっ、なんですか、これは――っ!」<br>
「あーっはっはっは! 甘い甘いわ翠ちゃん! なぁんてお汁粉アタマかしらー。<br>
肝だめしの余興に、当たりなんて入れっこないじゃなぁ~い。<br>
ホッと安心させておいて、ドツボに突き落とす。ホラーの常套手段かしら♪」<br>
「やーです! こんなの見たくねぇですぅー!」<br>
「……諦めようよ、姉さん。選んだのはキミなんだし」</p>
<p> <br>
蒼星石に正論を突き付けられて、翠星石は涙ぐみながら、渋々と黙り込んだ。<br>
いつもは翠星石の味方をする蒼星石も、現状では立場が弱い。<br>
仮に姉を支持しても、多数決で押し切られるのは、目に見えていた。<br>
だからこそ、翠星石を宥め賺して、解決を図ろうと思ったのだろう。</p>
<p> <br>
やむをえない選択。翠星石は、そう考えることにした。<br>
だが……そう。この時はまだ、彼女は気づいていなかった。<br>
味方だと信じて疑わない蒼星石さえも、実はドッキリ仕掛人……ということに。</p>
<p> </p>
<p> <br>
<br>
<br>
映画の方は、どうだったかと言うと、正しくタイトルに偽りなし。<br>
その内容たるや、凄惨の一語に尽きた。<br>
90分を過ぎたときには、翠星石を初め、雛苺、巴、真紅、<br>
そして何故か金糸雀までが自爆失神という、とんでもない事態に陥っていた。</p>
<p><br>
ちなみに、人形の話とは、お約束の『チャイルドプレイ』。<br>
アイスホッケーは、言わずもがなの『13日の金曜日』だったという。</p>
<p> <br>
<br>
<br>
<br>
4人の娘が快復したとき、夜も更けて10時になろうという時刻だった。<br>
まるで見計ったかのように、肝だめし本編を執り行うには、いい頃である。<br>
一行は、二人で一本のペンライトを手に、街灯など無い山道を進み、<br>
重く夜陰をまとう無人の古刹へと辿り着いた。</p>
<p> <br>
弱々しく降ってくる月明かりが、寂寥感をいや増している。<br>
それに、すこぶる肌寒い。長袖のブラウスを着込んでも、震えが走る。<br>
息を吸い込むと、身体の中にまで冷たい闇が侵蝕してくるような……<br>
翠星石は、そんな錯覚を覚えずにはいられなかった。</p>
<p> <br>
誰もが狭い境内に立ち尽くし、口を開くことさえ躊躇っているところへ、<br>
みっちゃんの、場違いなほど楽しそうな声が響きわたる。</p>
<p> <br>
「それじゃあ、始めよっかぁ。クジ引きで、ペア決めるわよー」</p>
<p><br>
それを合図に三角クジが引かれ、6組のペアが出来た。<br>
みっちゃんと雛苺。ジュンと金糸雀。オディールと巴。雪華綺晶と蒼星石。<br>
真紅と水銀燈。そして……</p>
<p><br>
「あはっ♪ また一緒……奇遇だね、翠ちゃん」<br>
「はうぅ……なぁんで、こうなるですかぁ」<br>
「きっと天運。私たち……実は前世で、双子だった……」<br>
「んなワケあるかですぅ! この、おバカ水晶っ」</p>
<p><br>
悪態を吐かれながらも、薔薇水晶は心底、嬉しそうに口の端を吊りあげ嗤う。<br>
それに対して、翠星石はがっくりと肩を落とし、今にも泣き出しそうだ。<br>
弱り目に祟り目とは、まさしく、こんな状況を言うのだろう。<br>
だがモチロン、偶然などではない。用意周到に、仕組まれたことだった。</p>
<p> <br>
出発順も、ペア決めの際に決定済み。前述のとおりである。<br>
開始に際して、6色のリボンが、それぞれの組に渡された。</p>
<p> <br>
「解ってると思うけど、一応、ルールの最終確認しておくわねー。<br>
コースは、お寺の裏から山道に入って、まっすぐ200メートルほど進んで。<br>
そうすると小さな祠があるから、そこにリボンを結んで、戻ってくるのよ」</p>
<p><br>
先行組が帰ったら、入れ替わりに2番目の組が出発する手筈だ。<br>
みっちゃんは、もう雛苺と共に出かける用意をしていた。</p>
<p><br>
「それじゃあ、ヒナちゃん。はりきって行こうかー」<br>
「はいなのー!」</p>
<p><br>
元々、明るい性格の二人。すっかり打ち解けて、実の姉妹みたいな雰囲気さえある。<br>
おまけに、みっちゃんの方はアルコールも入っているので、天下無敵だろう。<br>
みんなに見送られながら、足音も高らかに、第一陣が進撃を始めた。</p>
<p> <br>
<br>
――と、その刹那。</p>
<p><br>
「あぁ、そうそう」</p>
<p><br>
みっちゃんは、やおら振り返った。<br>
下からライトで照らし出された彼女の表情には、意味深長な含み笑いが……。</p>
<p><br>
<br>
「言い忘れてたけどさー。この辺りって、物の怪の伝承が残ってるのよねー。<br>
妖怪『かゆうま』って、いうんだけど……知ってたぁ?」</p>
<p> <br>
「か……かゆ……うま……ですぅ?」</p>
<p><br>
ヒバゴンだのツチノコなら、稀に巷を騒がせたりもする。<br>
だが、翠星石にとっては『かゆうま』なんて単語自体が、初耳だった。<br>
実在するとしたら、どんな姿をしているの? 襲われたりしない?<br>
ほぼ全員が、あちこちで不安そうな表情を突き合わせていた。</p>
<p> <br>
<br>
<br>
《 後編に続く 》<br>
<br>
</p>