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「―葉月の頃 その10―」(2007/10/08 (月) 22:55:22) の最新版変更点
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<p> <br>
<br>
―葉月の頃 その10― 【8月24日 怪談】 後編</p>
<p> <br>
<br>
「言い忘れてたけど、この辺りって、物の怪の伝承が残ってるのよねー。<br>
妖怪『かゆうま』って、いうんだけど……知ってたぁ?」</p>
<p> <br>
なんとも胡乱な言葉と意味深長な流し目を残して、みっちゃんは雛苺と共に、<br>
夜闇の中へと消えていった。</p>
<p> <br>
今や21世紀――<br>
地上600km上空にはハッブル宇宙望遠鏡が浮かび、<br>
約7800万km彼方の火星に、探査機が降りる時代だ。<br>
文明の波にココロを洗われた人々にとっては、アニミズムなど俗信に等しい。</p>
<p> <br>
そんなご時世に、よもや妖怪だなんて……<br>
待機している10人が10人とも、胸裡で苦笑っていたことだろう。<br>
だが、夜も更けた山林の、冷たくおどろおどろしい空気は重たくて、<br>
唇を開くことさえ億劫にさせていた。</p>
<p> <br>
街灯など無い山中のこと。明かりと言えば、手元にある5本のライトだけ。<br>
仰ぎ見ても、生い茂る枝葉に遮られて、星さえ見えない。<br>
まるで通夜の席にでも居るみたいに、誰ひとりとして、喋ろうとしなかった。<br>
名も知らない秋の虫の声だけが、ただひっそりと、翠星石たちを包んでいた。</p>
<p> <br>
<br>
「な、なんだか……じっとしてると肌寒いですぅ」</p>
<p> <br>
人一倍の怖がりさんである翠星石が、沈黙に堪りかねたらしく、<br>
独り言めかして、みんなに話しかけた。<br>
すると、ポツリ、ポツリ……娘たちの中から、短い相槌が返ってくる。<br>
やはり誰もが、重たい空気に息を詰まらせていたのだろう。</p>
<p> <br>
「確かに、急に冷え込んできたかしら」</p>
<p> <br>
言って、金糸雀はブルッと身震いすると、肝試しの相方であるジュンの腕に、<br>
さりげなく抱きついた。<br>
その二人をチラと見た巴の顔が般若に見えたのは、多分、気のせい。</p>
<p> <br>
「宿の周りは、まだ温かかったのに。こんなに気温が下がるなんて予想外だわ」<br>
「やっぱり森の中に入ると違うんだね。半袖じゃ寒いや」</p>
<p> <br>
軽装の真紅と蒼星石も、どちらからともなく肩を寄せ合う。<br>
その脇では、宿の浴衣を纏っただけの水銀燈が、</p>
<p> <br>
「うう……寒ぅい。なにか、羽織るもの用意してくれば良かったわぁ」</p>
<p> <br>
腕を掻き抱きながら、もじもじと脚を擦り合わせている。<br>
たかが肝試しと、散歩に出るくらいの気安さで来たのだろうが、<br>
いくらなんでも薄着に過ぎた。</p>
<p> <br>
<br>
ふぁ……は……ぷちゅ!<br>
</p>
<p> </p>
<p>水銀燈が、思いがけず可愛らしいクシャミをしたのと、ほぼ同時――</p>
<p> <br>
何を思ったのか薔薇水晶が、ひたと翠星石の背中にしがみついてきた。<br>
また、なにか良からぬコトを企んでいるのか……?<br>
浴場でのハプニングを思い出して、翠星石の脈拍が上がった。</p>
<p> <br>
「な、なにするです?」<br>
「寒いから……くっついてみますた」</p>
<p> <br>
答えた薔薇水晶の鼻声を聞いて、ああ、なるほど。翠星石は得心した。<br>
彼女の服装は、すみれ色の半袖シャツに、フレアースカート。寒いのも当然だ。<br>
順番待ちの間、身を寄せ合い、少しでも暖を取ろうというのだろう。<br>
ちょっとばかり性格は変わっているけれど、薔薇水晶も普通の女の子らしい。</p>
<p> <br>
(案外、可愛いトコあるですね)</p>
<p> <br>
ふふ……と、翠星石はお姉さん風を吹かせて、余裕のある微笑を漏らした。<br>
薔薇水晶も頬を染めてはにかみ、控えめに囁く。</p>
<p> <br>
「翠ちゃん……私…………あなたと合体したい」<br>
「はぁ? やです。と言うか、既に引っついてやがるじゃねーですか!」</p>
<p> <br>
こんなところでアクエリオンのネタを振られても困る。<br>
いつもの取るに足らない冗談と解っていても、翠星石は即答で一刀両断した。<br>
ノリが悪いと詰られようが、付き合ってやる気など毛頭なかったのだ。</p>
<p> <br>
「どーせ合体するなら、私は蒼星石とがイイです。<br>
おめーは、きらきーと合体してりゃ良いのですぅ」<br>
「そうですわ、薔薇しーちゃん」</p>
<p> <br>
いきなり口を挟んできたのは、いつの間にやら接近していた雪華綺晶。<br>
彼女は、淑女とした優雅な笑みを満面に湛えながら、両腕を広げていた。<br>
<br>
「さあ、飛び込んでいらっしゃい。<br>
私のお腹……じゃなくて、胸にフェード・インですわ。<br>
たちまち溢れるウコンのチカラぁ~♪」</p>
<p> <br>
それを言うなら神秘の力でしょ!<br>
と、普段の薔薇水晶なら反駁してそうな場面だが……<br>
やはり寒さのあまり、調子が出ないらしい。フルフルと頸を横に振る。</p>
<p> <br>
「……ヤダ」<br>
「遠慮することないでしょう。あったかぁ~く抱擁してあげますわよ」<br>
「イヤ。私……翠ちゃんと……気持ちイイ合体する」<br>
「ななっ?! なに言い出すですか、おバカ水晶っ!」</p>
<p> <br>
自分でも過激な発言をしておきながら、翠星石は顔を真っ赤にして狼狽え、<br>
薔薇水晶の足をギュッと踏みつけた。</p>
<p> <br>
「あ痛……翠ちゃん、ヒドイ」<br>
「うっせーです。おめーが変なコトを口走りやがるからですぅ!」<br>
「まあまあ、お二人とも。ケンカなんて、見苦しいですわよ」</p>
<p> <br>
あわや取っ組み合いに発展しかけたところに、雪華綺晶が割って入る。</p>
<p> <br>
「どうせなら、みんなで仲良く『おしくらまんじゅう』と行きましょう」<br>
「おぉー、そりゃ平和的な解決案ですぅ~」<br>
「お姉ちゃん……ナイス」<br>
「うふふ。それほどでもぉ」<br>
「あらぁ、いいじゃなぁい。私も混ぜてぇ~♪ ほら、貴女もよ真紅ぅ」<br>
「え、え? わ、私は別に――」</p>
<p> <br>
――などと、水銀燈に引っ張り込まれた真紅を除いて、ノリノリの乙女たちは、</p>
<p>「おーしくーらまーんじゅー!」</p>
<p> <br>
威勢のいい掛け声と共に、背中で押し合うのかと思いきや――<br>
一斉に繰り出されたのは……ドンケツ。<br>
その結果たるや、</p>
<p>「きゃぁっ!」<br>
「ちょぁ……っ!」</p>
<p> <br>
当たり所が悪かったのか、真紅と薔薇水晶が弾かれて、べちゃっと倒れ伏した。</p>
<p> <br>
「あらまあ、お二人さん。大丈夫ですの?」<br>
「なに転んでるのよぉ。ホぉント、呆れたおバカさんたちねぇ」<br>
「ぷくくっ……これしきで倒れるなんて、ドン臭いヤツらですぅ~」</p>
<p> <br>
なにやら勝ち誇った笑みを浮かべる三人を、真紅と薔薇水晶がキッ! と睨めつける。</p>
<p> <br>
「貴女たちっ! ワザと狙ったんじゃないのっ?!」<br>
「……くやしいのうwwww<br>
じゃなくて……銀ちゃんたち、お尻デカすぎワロタ」<br>
「失礼ねぇ。なぁに? いかにも私たちが、意地悪なデブって言い種じゃなぁい」<br>
「いわゆる安産型ですわよ。ねぇ?」<br>
「きらきーの言うとおりです。おめーらの方が、発育不良なのですぅ」</p>
<p> <br>
精一杯の皮肉も、水銀燈、翠星石、雪華綺晶の毒舌三連星には全くの無力。<br>
あっさり切り返してくる。</p>
<p> <br>
「私……発育不良なんかじゃないのだわ」orz<br>
「ぐぬぬ……で、でも……胸は翠ちゃんよりあるもん」<br>
「どーせ、シリコーンで増量したニセモノですぅ」<br>
「まあっ! 薔薇しーちゃんったら、いつの間に豊胸手術を?!」<br>
「やぁねぇ、それホントぉ? 必死すぎて涙を誘うわぁ」<br>
「ちょ……違ぅ……」</p>
<p> <br>
先の精神攻撃で、真紅は轟沈。薔薇水晶が単騎で反攻を試みるも、<br>
見事なまでの連携を見せる【雪華りん☆水翠レボリューション】の前に、<br>
敢えなく迎撃され、爆散。<br>
またもや『くやしいのうww』と唇を噛みしめることしか出来なかった。</p>
<p> <br>
<br>
<br>
そんな、乙女たちの楽しき戯れも、みっちゃんと雛苺が戻ったことで沈静化する。<br>
1番手の二人は、怖がるどころか、ニコニコしていた。</p>
<p> <br>
「いやー。なかなか楽しめたわよね~、ヒナちゃん」<br>
「暗かったけど、ちっとも怖くなかったのよー」<br>
「妖怪『かゆうま』は、出なかったのか?」</p>
<p> <br>
ジュンが訊くと、二人は口を揃えて「ぜぇ~んぜん」と首を横に振った。<br>
やはり、伝承にロマンを感じるなんて、時代錯誤の説話に過ぎないのか。<br>
誰もが安堵と失意を半々に抱く中、2番手の金糸雀×ジュン組が出発する。</p>
<p> <br>
よほど怖いのか、それともドサクサ紛れの演技なのか、<br>
金糸雀はジュンの腕にギュッ! と、しがみついていた。<br>
そんな二人を見送る巴の顔を、ライトの光芒が下から浮かび上がらせる。<br>
一瞬、彼女の容貌が毘沙門天に見えたのは、きっと気のせい。<br>
<br>
<br>
それに引き替え、みっちゃんの方は――</p>
<p> <br>
「カナったら、大丈夫かしら。あぁ、心配だわ」</p>
<p> <br>
夜闇に消えゆく二人の後ろ姿を見送りながら、ヤキモキしているご様子。<br>
ご近所さんと言うよりは、歳の離れた実姉といった感が強かった。</p>
<p> <br>
まあ、それには、ちゃんと理由がある。<br>
話を聞いてみると、小学校の頃から鍵っ子だった金糸雀の面倒を、<br>
当時は女子高生だったみっちゃんが、よく見ていたそうだ。<br>
よく二人で、夕飯を作ったりもしたのだという。<br>
そんな経緯があれば、本当の家族みたいな間柄になるのも、至極当然と思えた。</p>
<p> <br>
<br>
「もしも、カナの身に何かあったら――」<br>
「平気よ。ジュンが一緒だもの」<br>
「……だからこそ、だってばー」</p>
<p> <br>
ジュンのヒトとナリを良く識る真紅の言葉も、みっちゃんの不安を拭いきれない。<br>
なんと言っても、年頃の男の子と、女の子のことだ。<br>
しかも、暗がりで二人きりだなんて、舞台が整いすぎているではないか。</p>
<p> <br>
<br>
『金糸雀……やらないか?』<br>
『だっ、ダメかしら。こんなとこ、誰かに見られたら……』<br>
『平気だよ。誰も来やしないって……いいだろ』<br>
『そんな……ダメ……でも、キスだけなら……ぁん…………んんっ』</p>
<p> <br>
<br>
「――と、Aだけに留まらずCまで進展しちゃったりしたら……フギャー!」<br>
「なに妄想で興奮してるのよ。自重しなさい、みっともないわね」</p>
<p><br>
呆れ顔の真紅が、みっちゃんを諫める。これでは、どっちが年輩だか分からない。<br>
その場に居合わせた誰もが、苦笑いを浮かべていた。<br>
</p>
<p> </p>
<p>15分ほどして、ジュンたちも無事に――金糸雀が木の根に蹴躓いて転び、<br>
頭を打ってコブをつくるアクシデントはあったが――帰還を果たした。<br>
続く3番手のオディールと巴のペア、4番手の雪華綺晶と蒼星石ペアとも、<br>
まったく怖がらずに帰ってくる。<br>
身体を動かし温まったことで、緊張もすっかり解れてしまったようだ。</p>
<p> <br>
「それじゃあ私たちも、ちゃちゃと行ってきちゃいましょうかぁ」<br>
「ええ。行きましょう、水銀燈」</p>
<p> <br>
真紅と水銀燈も、みんなの平気な顔に、勇気を得たのだろう。<br>
意気軒昂と出かけていった。<br>
そして……5分ほど経った頃、それは起きた。</p>
<p> <br>
<br>
「きゃぁぁぁぁぁ――――っ!?」</p>
<p> <br>
夜の森をつんざく絶叫に、談笑していた誰もがビクン! と飛び上がる。<br>
翠星石などは、殆ど条件反射的に、蒼星石にしがみついていた。<br>
ウルサイほどだった虫の声も止み、嫌な沈黙が、乙女たちを包み込む。<br>
固唾を呑む音さえ、聞こえそうだった。</p>
<p> <br>
「今のって…………真紅の声じゃないか?」</p>
<p> <br>
ジュンが確かめるまでもなく、真紅の悲鳴に間違いなかった。<br>
いったい、何があったというのか? 同伴の水銀燈は、無事なのだろうか?<br>
慌てて声のした方に駆け出そうとしたジュンだったが、巴に手を掴まれて、<br>
足を止め振り返った。</p>
<p> <br>
「なんだよ、柏葉?」<br>
「一人じゃ危険よ。わたしも行くわ」<br>
「……そうか。じゃあ、頼むよ」</p>
<p>巴はジュンの手を握ったまま、こくりと頷いて、彼に並んだ。<br>
そして、いざ様子を見に行こうとした折りも折り……<br>
闇の中から、ふらふらと光が近づいて来るではないか。</p>
<p> <br>
まさか、人魂?! 繋いだ手にチカラが込められ、じとりと汗ばむ。<br>
ジュンも巴も立ち止まって、向かってくる光を凝視していた。<br>
すると――</p>
<p> <br>
<br>
「だ、誰かぁ~。手を貸してぇ~」</p>
<p> <br>
光が話しかけてきたではないか。それは紛れもなく、水銀燈の声だった。<br>
みんなも気づいて、一斉にライトを向ける。<br>
すると、そこにはグッタリしている真紅を背負った水銀燈が……。<br>
雪華綺晶が、即座に駆け寄った。</p>
<p> <br>
「ど、どうなさったの?」<br>
「それがぁ……コレかぶって驚かしたら、真紅ってば気絶しちゃったのよぉ」</p>
<p> <br>
言って、水銀燈は苦笑いながら、浴衣の帯に挟んであったモノを取り出す。<br>
見れば、パーティーグッズによくある、骸骨のマスクだった。</p>
<p> <br>
「もうっ! なにやってるですか。焦らすんじゃねーですぅ!」</p>
<p> <br>
翠星石は、みんなの考えていることを代弁して、薔薇水晶を顧みた。</p>
<p> <br>
「薔薇しー! 私たちも、とっと行ってくるですよ。<br>
こんな茶番劇は、早いとこ、お開きにするです」<br>
「おk……把握」</p>
<p> <br>
水銀燈と真紅はリタイアと言うことで、最終組が出発することとなった。<br>
<br>
<br>
<br>
翠星石はライトを持って、薔薇水晶を先導するように歩く。<br>
けれど、気丈に振る舞っているだけで、内心はビクビクだった。<br>
枯れ枝などを踏み折るたび「ひぃっ!」と声をあげるのが、その証拠。<br>
彼女は掠れた声で、背後を着いてくる娘に声をかけた。</p>
<p> <br>
「あの――」<br>
「なに? 翠ちゃん」<br>
「し、静かなのも、落ち着かねーです」<br>
「……そう? 私は、別に」<br>
「いいからっ! なにか……そう! 歌でも謡えですぅ」<br>
「歌…………うん、いいけど」</p>
<p> <br>
いきなりの命令口調にも拘わらず、薔薇水晶は反感も見せずに、歌を口ずさんだ。</p>
<p> <br>
「♪死ね、死ね、死ね死ね死ね死ね、死んじまえ~。翠の――」<br>
「ちょっと待つですぅ! 何ですか、その歌はっ!」<br>
「死ね死ね団……ノリがいいかと思って」<br>
「この状況で、そんな不穏な歌を謡うんじゃねーです!<br>
だいたい、そこは翠じゃなくて黄色だったハズですぅ!」<br>
「ソンナコト……イッテナイヨ?」<br>
「嘘つくんじゃねーです」</p>
<p> <br>
ぺしん! と薔薇水晶の頭をひっぱたいて、翠星石は腰に手を当てると、<br>
ぐっと身を乗り出して、薔薇水晶の顔を上目遣いに見た。</p>
<p> <br>
「いいですか。もっと穏やかな、癒し系の歌にするですよ」<br>
「……うん。把握した」</p>
<p> <br>
本当に解ってるのだろうか?<br>
翠星石にジト目で見つめられながら、薔薇水晶は再び歌い始める。</p>
<p> <br>
「♪私の~お墓の~前で~、泣かないでくだ――」<br>
「ほあ――っ?! お墓とか言うんじゃねーですっ!」<br>
</p>
<p>またもや翠星石にポカリと頭を叩かれて、さすがに薔薇水晶もムッと眉を顰めた。</p>
<p> <br>
「翠ちゃん……ワガママすぎ」<br>
「うっせーです! おめーの方こそ、ちったぁ気を遣えってんです」<br>
「……おk。じゃあ、三度目の正直……」</p>
<p>「頼むですよ」些か疲れたように、翠星石が呟く。<br>
<br>
薔薇水晶は、ひとつ息を吸って、徐に唇を開いた。</p>
<p> <br>
「♪光の中で~、見~えないものが~」<br>
「お? 今度はマトモみてーですね」<br>
「♪闇の~中に~浮かんで消える。まっくら森の~闇の中では――」<br>
「な、なぁっ?! ちょ……」</p>
<p> <br>
翠星石が慌てて止めに入るが、薔薇水晶には、どこ吹く風。<br>
森の夜闇に目を彷徨わせながら、憑かれたように歌い続ける。</p>
<p> <br>
「♪タマゴ~が跳ねて、鏡~が謳う~」<br>
「わ、解ったです。私が悪かったですから、もうやめるです」<br>
「♪まっくら森の~闇の中では~ 昨日は明日、まっくらクラ~イクライ」<br>
「も、もうイヤですぅー!」</p>
<p> <br>
涙目になりながら、翠星石は薔薇水晶の頭をポカポカと叩き続ける。<br>
そこで、さすがに苛めすぎたと思ったか、薔薇水晶の歌が止んだ。</p>
<p> <br>
「歌は、もう……いいの?」<br>
「……そんな歌ばっか聞かされるなら、もう結構です」<br>
「うん。じゃあ、黙ってるね」<br>
「そう極端になられても、困るですよ。普通にお喋りするだけでいいのですぅ」<br>
「解った。じゃあ……妖怪『かゆうま』の話でも……」<br>
「おめーも意外に、底意地が悪いですねぇ」<br>
</p>
<p>と、溜息を吐いたものの、反対ばかりしてては何も始まらない。<br>
翠星石は、渋々といった口振りで、先を促した。</p>
<p> <br>
「アレは民話ですよね。どんな話です?」<br>
「詳しくは知らないけど…………外見の特徴は、まず――」<br>
「ふむふむ」<br>
「ツルリと禿げあがってて……」<br>
「禿げてるですか?!」</p>
<p><br>
翠星石は、妖怪『かゆうま』の怪奇な姿を、想像してみた。</p>
<p> <br>
【↓翠星石の想像図】<br>
/⌒ヽ</p>
<p>「ヒゲが長くって……」<br>
(ふむふむ。ヒゲが生えてるなんて、老人ですかね?)</p>
<p> <br>
【↓翠星石の想像図】<br>
/⌒ヽ<br>
/ =゚ω゚ )</p>
<p> <br>
「異様に……脚が長いみたい」<br>
(ほぅほぅ。脚がメチャ長ぇですかぁ)</p>
<p> <br>
【↓翠星石の想像図】<br>
/⌒ヽ<br>
/ =゚ω゚ )<br>
| /<br>
| / | |<br>
// | | <br>
U ..U</p>
<p> <br>
「早歩きで……追いかけてくるんだって」<br>
(なんですと? 歩くのが速い?!)</p>
<p> <br>
【↓翠星石の想像図】<br>
/⌒ヽ<br>
/ =゚ω゚ ) =3 <br>
| U /<br>
( ヽノ<br>
ノ>ノ ヒタヒタヒタ<br>
.三 しU</p>
<p> </p>
<p>「むむぅ~。妖怪『かゆうま』……なかなか侮れんヤツですぅ」<br>
「とり憑かれちゃったら、どうする?」<br>
「その前に、おめーを生け贄にして逃げるです」<br>
「……いい性格してるよね」</p>
<p> <br>
なんとなく軽口の応酬を続けている内に、和気藹々とした雰囲気。<br>
翠星石の中にあった、先程までの心細さは、すっかり忘却の彼方に去っていた。<br>
気分が軽いと、不思議なことに、足取りも軽くなる。<br>
気づけば、二人は中間点のお寺を過ぎて、目的の祠へと辿り着いていた。</p>
<p> <br>
「うっし! さっさとリボンを結んで、帰るとするです」</p>
<p> <br>
言って、翠星石はライトを薔薇水晶に手渡すと、リボンを取り出した。<br>
仄かな明かりに、先行組が結んでいったリボンが見える。<br>
その近くに結びつけようと、翠星石は何の警戒もせず、屈み込んだ。</p>
<p> <br>
「私の手元を、照らしといて欲しいですぅ」<br>
「うん……いいよ」</p>
<p> <br>
そこで初めて、白っぽいナニかに気づいた。祠に、何か置いてある。<br>
メロンかスイカの皮みたいだ。誰か不遜な輩が、捨てていったのだろう。</p>
<p> <br>
「罰あたりなヤツが居たもんですぅ」</p>
<p> <br>
翠星石は憤慨したが、それが、みっちゃんの仕掛けた罠だとは考えもしなかった。<br>
そして――</p>
<p> <br>
薔薇水晶がライトの光芒を向けた途端、トラップが発動した。<br>
なんと、その皮や、祠の壁や柱に、夥しい数のカマドウマが浮かび上がったのだ。<br>
これには、翠星石はモチロン、ドッキリ仕掛人の薔薇水晶でさえ、<br>
おぞましさに総毛立った。</p>
<p>「ヒィィィ! な、何ですかぁっ?!」</p>
<p> <br>
翠星石の悲鳴が、轟き渡る。事ここに至って、彼女はやっと理解した。<br>
妖怪『かゆうま』なんて、最初から存在しなかった。<br>
薔薇水晶の話も、すべては、カマドウマを示していたのだと。</p>
<p> <br>
だが、本当の地獄は、ここからだった。<br>
薔薇水晶が、挑発するように小石を投じたのだ。一斉に跳ね出すカマドウマ。<br>
祠の前に屈んでいた翠星石に、躱す術など、あろう筈もない。<br>
カマドウマの嵐が、彼女へと降り注ぐ。</p>
<p> <br>
「ひっ!? ひぃぎゃぁぁぁぁぁぁぁっ!」</p>
<p> <br>
これこそ、薔薇水晶がみんなに頼んで仕掛けた、復讐劇。<br>
翠星石は屈んだ姿勢のまま後ろにひっくり返って、目を回してしまった。</p>
<p> <br>
「ふふ…………恨み……晴らしたり」</p>
<p> <br>
温泉での仕返しを果たして、薔薇水晶は気絶した翠星石を見下し、ほくそ笑んだ。<br>
ここまで予定どおりにコトが運ぶとは、当の彼女でさえ思っていなかったのだ。<br>
いわゆる、嬉しい誤算だった。</p>
<p> <br>
<br>
――が、幸と不幸は、背中合わせ。<br>
嬉しい誤算の後には、想定外の事態が、彼女を待ち構えていた。</p>
<p> <br>
バタバタバタっ!</p>
<p> <br>
いきなり、彼女の顔に、巨大なナニかが飛びかかってきたのである。<br>
ライトを持っていたことで、呼び寄せてしまったのだろう。<br>
それは――――およそ都会ではお目にかかれないほどの、巨大な蛾だった。</p>
<p> <br>
<br>
「いっ?! イヤぁぁぁぁぁぁ――っ!」</p>
<p> <br>
その叫びを最後に、薔薇水晶の意識も途絶えた。<br>
<br>
<br>
<br>
結局、絶叫を聞きつけた面々が駆けつけ、助けられるまで、<br>
二人はカマドウマと蛾にたかられたままだった。<br>
人を呪わば穴ふたつ――<br>
気を失っている娘たちを見て、誰もが、その諺の意味を噛みしめたのだった。</p>
<p> <br>
<br>
この件は、暫く彼女たちの『かゆうま』ならぬ『トラウマ』になったという。</p>
<p> <br>
</p>
<p> <br>
<br>
―葉月の頃 その10― 【8月24日 怪談】 後編</p>
<p> <br>
<br>
「言い忘れてたけど、この辺りって、物の怪の伝承が残ってるのよねー。<br>
妖怪『かゆうま』って、いうんだけど……知ってたぁ?」</p>
<p> <br>
なんとも胡乱な言葉と意味深長な流し目を残して、みっちゃんは雛苺と共に、<br>
夜闇の中へと消えていった。</p>
<p> <br>
今や21世紀――<br>
地上600km上空にはハッブル宇宙望遠鏡が浮かび、<br>
約7800万km彼方の火星に、探査機が降りる時代だ。<br>
文明の波にココロを洗われた人々にとっては、アニミズムなど俗信に等しい。</p>
<p> <br>
そんなご時世に、よもや妖怪だなんて……<br>
待機している10人が10人とも、胸裡で苦笑っていたことだろう。<br>
だが、夜も更けた山林の、冷たくおどろおどろしい空気は重たくて、<br>
唇を開くことさえ億劫にさせていた。</p>
<p> <br>
街灯など無い山中のこと。明かりと言えば、手元にある5本のライトだけ。<br>
仰ぎ見ても、生い茂る枝葉に遮られて、星さえ見えない。<br>
まるで通夜の席にでも居るみたいに、誰ひとりとして、喋ろうとしなかった。<br>
名も知らない秋の虫の声だけが、ただひっそりと、翠星石たちを包んでいた。</p>
<p> <br>
<br>
「な、なんだか……じっとしてると肌寒いですぅ」</p>
<p> <br>
人一倍の怖がりさんである翠星石が、沈黙に堪りかねたらしく、<br>
独り言めかして、みんなに話しかけた。<br>
すると、ポツリ、ポツリ……娘たちの中から、短い相槌が返ってくる。<br>
やはり誰もが、重たい空気に息を詰まらせていたのだろう。</p>
<p> <br>
「確かに、急に冷え込んできたかしら」</p>
<p> <br>
言って、金糸雀はブルッと身震いすると、肝試しの相方であるジュンの腕に、<br>
さりげなく抱きついた。<br>
その二人をチラと見た巴の顔が般若に見えたのは、多分、気のせい。</p>
<p> <br>
「宿の周りは、まだ温かかったのに。こんなに気温が下がるなんて予想外だわ」<br>
「やっぱり森の中に入ると違うんだね。半袖じゃ寒いや」</p>
<p> <br>
軽装の真紅と蒼星石も、どちらからともなく肩を寄せ合う。<br>
その脇では、宿の浴衣を纏っただけの水銀燈が、</p>
<p> <br>
「うう……寒ぅい。なにか、羽織るもの用意してくれば良かったわぁ」</p>
<p> <br>
腕を掻き抱きながら、もじもじと脚を擦り合わせている。<br>
たかが肝試しと、散歩に出るくらいの気安さで来たのだろうが、<br>
いくらなんでも薄着に過ぎた。</p>
<p> <br>
<br>
ふぁ……は……ぷちゅ!<br>
</p>
<p> </p>
<p>水銀燈が、思いがけず可愛らしいクシャミをしたのと、ほぼ同時――</p>
<p> <br>
何を思ったのか薔薇水晶が、ひたと翠星石の背中にしがみついてきた。<br>
また、なにか良からぬコトを企んでいるのか……?<br>
浴場でのハプニングを思い出して、翠星石の脈拍が上がった。</p>
<p> <br>
「な、なにするです?」<br>
「寒いから……くっついてみますた」</p>
<p> <br>
答えた薔薇水晶の鼻声を聞いて、ああ、なるほど。翠星石は得心した。<br>
彼女の服装は、すみれ色の半袖シャツに、フレアースカート。寒いのも当然だ。<br>
順番待ちの間、身を寄せ合い、少しでも暖を取ろうというのだろう。<br>
ちょっとばかり性格は変わっているけれど、薔薇水晶も普通の女の子らしい。</p>
<p> <br>
(案外、可愛いトコあるですね)</p>
<p> <br>
ふふ……と、翠星石はお姉さん風を吹かせて、余裕のある微笑を漏らした。<br>
薔薇水晶も頬を染めてはにかみ、控えめに囁く。</p>
<p> <br>
「翠ちゃん……私…………あなたと合体したい」<br>
「はぁ? やです。と言うか、既に引っついてやがるじゃねーですか!」</p>
<p> <br>
こんなところでアクエリオンのネタを振られても困る。<br>
いつもの取るに足らない冗談と解っていても、翠星石は即答で一刀両断した。<br>
ノリが悪いと詰られようが、付き合ってやる気など毛頭なかったのだ。</p>
<p> <br>
「どーせ合体するなら、私は蒼星石とがイイです。<br>
おめーは、きらきーと合体してりゃ良いのですぅ」<br>
「そうですわ、薔薇しーちゃん」</p>
<p> <br>
いきなり口を挟んできたのは、いつの間にやら接近していた雪華綺晶。<br>
彼女は、淑女とした優雅な笑みを満面に湛えながら、両腕を広げていた。<br>
<br>
「さあ、飛び込んでいらっしゃい。<br>
私のお腹……じゃなくて、胸にフェード・インですわ。<br>
たちまち溢れるウコンのチカラぁ~♪」</p>
<p> <br>
それを言うなら神秘の力でしょ!<br>
と、普段の薔薇水晶なら反駁してそうな場面だが……<br>
やはり寒さのあまり、調子が出ないらしい。フルフルと頸を横に振る。</p>
<p> <br>
「……ヤダ」<br>
「遠慮することないでしょう。あったかぁ~く抱擁してあげますわよ」<br>
「イヤ。私……翠ちゃんと……気持ちイイ合体する」<br>
「ななっ?! なに言い出すですか、おバカ水晶っ!」</p>
<p> <br>
自分でも過激な発言をしておきながら、翠星石は顔を真っ赤にして狼狽え、<br>
薔薇水晶の足をギュッと踏みつけた。</p>
<p> <br>
「あ痛……翠ちゃん、ヒドイ」<br>
「うっせーです。おめーが変なコトを口走りやがるからですぅ!」<br>
「まあまあ、お二人とも。ケンカなんて、見苦しいですわよ」</p>
<p> <br>
あわや取っ組み合いに発展しかけたところに、雪華綺晶が割って入る。</p>
<p> <br>
「どうせなら、みんなで仲良く『おしくらまんじゅう』と行きましょう」<br>
「おぉー、そりゃ平和的な解決案ですぅ~」<br>
「お姉ちゃん……ナイス」<br>
「うふふ。それほどでもぉ」<br>
「あらぁ、いいじゃなぁい。私も混ぜてぇ~♪ ほら、貴女もよ真紅ぅ」<br>
「え、え? わ、私は別に――」</p>
<p> <br>
――などと、水銀燈に引っ張り込まれた真紅を除いて、ノリノリの乙女たちは、</p>
<p>「おーしくーらまーんじゅー!」</p>
<p> <br>
威勢のいい掛け声と共に、背中で押し合うのかと思いきや――<br>
一斉に繰り出されたのは……ドンケツ。<br>
その結果たるや、</p>
<p> <br>
「きゃぁっ!」<br>
「ちょぁ……っ!」</p>
<p> <br>
当たり所が悪かったのか、真紅と薔薇水晶が弾かれて、べちゃっと倒れ伏した。</p>
<p> <br>
「あらまあ、お二人さん。大丈夫ですの?」<br>
「なに転んでるのよぉ。ホぉント、呆れたおバカさんたちねぇ」<br>
「ぷくくっ……これしきで倒れるなんて、ドン臭いヤツらですぅ~」</p>
<p> <br>
なにやら勝ち誇った笑みを浮かべる三人を、真紅と薔薇水晶がキッ! と睨めつける。</p>
<p> <br>
「貴女たちっ! ワザと狙ったんじゃないのっ?!」<br>
「……くやしいのうwwww<br>
じゃなくて……銀ちゃんたち、お尻デカすぎワロタ」<br>
「失礼ねぇ。なぁに? いかにも私たちが、意地悪なデブって言い種じゃなぁい」<br>
「いわゆる安産型ですわよ。ねぇ?」<br>
「きらきーの言うとおりです。おめーらの方が、発育不良なのですぅ」</p>
<p> <br>
精一杯の皮肉も、水銀燈、翠星石、雪華綺晶の毒舌三連星には全くの無力。<br>
あっさり切り返してくる。</p>
<p> <br>
「私……発育不良なんかじゃないのだわ」orz<br>
「ぐぬぬ……で、でも……胸は翠ちゃんよりあるもん」<br>
「どーせ、シリコーンで増量したニセモノですぅ」<br>
「まあっ! 薔薇しーちゃんったら、いつの間に豊胸手術を?!」<br>
「やぁねぇ、それホントぉ? 必死すぎて涙を誘うわぁ」<br>
「ちょ……違ぅ……」</p>
<p> <br>
先の精神攻撃で、真紅は轟沈。薔薇水晶が単騎で反攻を試みるも、<br>
見事なまでの連携を見せる【雪華りん☆水翠レボリューション】の前に、<br>
敢えなく迎撃され、爆散。<br>
またもや『くやしいのうww』と唇を噛みしめることしか出来なかった。</p>
<p> <br>
<br>
<br>
そんな、乙女たちの楽しき戯れも、みっちゃんと雛苺が戻ったことで沈静化する。<br>
1番手の二人は、怖がるどころか、ニコニコしていた。</p>
<p> <br>
「いやー。なかなか楽しめたわよね~、ヒナちゃん」<br>
「暗かったけど、ちっとも怖くなかったのよー」<br>
「妖怪『かゆうま』は、出なかったのか?」</p>
<p> <br>
ジュンが訊くと、二人は口を揃えて「ぜぇ~んぜん」と首を横に振った。<br>
やはり、伝承にロマンを感じるなんて、時代錯誤の説話に過ぎないのか。<br>
誰もが安堵と失意を半々に抱く中、2番手の金糸雀×ジュン組が出発する。</p>
<p> <br>
よほど怖いのか、それともドサクサ紛れの演技なのか、<br>
金糸雀はジュンの腕にギュッ! と、しがみついていた。<br>
そんな二人を見送る巴の顔を、ライトの光芒が下から浮かび上がらせる。<br>
一瞬、彼女の容貌が毘沙門天に見えたのは、きっと気のせい。<br>
<br>
<br>
それに引き替え、みっちゃんの方は――</p>
<p> <br>
「カナったら、大丈夫かしら。あぁ、心配だわ」</p>
<p> <br>
夜闇に消えゆく二人の後ろ姿を見送りながら、ヤキモキしているご様子。<br>
ご近所さんと言うよりは、歳の離れた実姉といった感が強かった。</p>
<p> <br>
まあ、それには、ちゃんと理由がある。<br>
話を聞いてみると、小学校の頃から鍵っ子だった金糸雀の面倒を、<br>
当時は女子高生だったみっちゃんが、よく見ていたそうだ。<br>
よく二人で、夕飯を作ったりもしたのだという。<br>
そんな経緯があれば、本当の家族みたいな間柄になるのも、至極当然と思えた。</p>
<p> <br>
<br>
「もしも、カナの身に何かあったら――」<br>
「平気よ。ジュンが一緒だもの」<br>
「……だからこそ、だってばー」</p>
<p> <br>
ジュンのヒトとナリを良く識る真紅の言葉も、みっちゃんの不安を拭いきれない。<br>
なんと言っても、年頃の男の子と、女の子のことだ。<br>
しかも、暗がりで二人きりだなんて、舞台が整いすぎているではないか。</p>
<p> <br>
<br>
『金糸雀……やらないか?』<br>
『だっ、ダメかしら。こんなとこ、誰かに見られたら……』<br>
『平気だよ。誰も来やしないって……いいだろ』<br>
『そんな……ダメ……でも、キスだけなら……ぁん…………んんっ』</p>
<p> <br>
<br>
「――と、Aだけに留まらずCまで進展しちゃったりしたら……フギャー!」<br>
「なに妄想で興奮してるのよ。自重しなさい、みっともないわね」</p>
<p><br>
呆れ顔の真紅が、みっちゃんを諫める。これでは、どっちが年輩だか分からない。<br>
その場に居合わせた誰もが、苦笑いを浮かべていた。<br>
</p>
<p> </p>
<p>15分ほどして、ジュンたちも無事に――金糸雀が木の根に蹴躓いて転び、<br>
頭を打ってコブをつくるアクシデントはあったが――帰還を果たした。<br>
続く3番手のオディールと巴のペア、4番手の雪華綺晶と蒼星石ペアとも、<br>
まったく怖がらずに帰ってくる。<br>
身体を動かし温まったことで、緊張もすっかり解れてしまったようだ。</p>
<p> <br>
「それじゃあ私たちも、ちゃちゃと行ってきちゃいましょうかぁ」<br>
「ええ。行きましょう、水銀燈」</p>
<p> <br>
真紅と水銀燈も、みんなの平気な顔に、勇気を得たのだろう。<br>
意気軒昂と出かけていった。<br>
そして……5分ほど経った頃、それは起きた。</p>
<p> <br>
<br>
「きゃぁぁぁぁぁ――――っ!?」</p>
<p> <br>
夜の森をつんざく絶叫に、談笑していた誰もがビクン! と飛び上がる。<br>
翠星石などは、殆ど条件反射的に、蒼星石にしがみついていた。<br>
ウルサイほどだった虫の声も止み、嫌な沈黙が、乙女たちを包み込む。<br>
固唾を呑む音さえ、聞こえそうだった。</p>
<p> <br>
「今のって…………真紅の声じゃないか?」</p>
<p> <br>
ジュンが確かめるまでもなく、真紅の悲鳴に間違いなかった。<br>
いったい、何があったというのか? 同伴の水銀燈は、無事なのだろうか?<br>
慌てて声のした方に駆け出そうとしたジュンだったが、巴に手を掴まれて、<br>
足を止め振り返った。</p>
<p> <br>
「なんだよ、柏葉?」<br>
「一人じゃ危険よ。わたしも行くわ」<br>
「……そうか。じゃあ、頼むよ」</p>
<p> <br>
巴はジュンの手を握ったまま、こくりと頷いて、彼に並んだ。<br>
そして、いざ様子を見に行こうとした折りも折り……<br>
闇の中から、ふらふらと光が近づいて来るではないか。</p>
<p> <br>
まさか、人魂?! 繋いだ手にチカラが込められ、じとりと汗ばむ。<br>
ジュンも巴も立ち止まって、向かってくる光を凝視していた。<br>
すると――</p>
<p> <br>
<br>
「だ、誰かぁ~。手を貸してぇ~」</p>
<p> <br>
光が話しかけてきたではないか。それは紛れもなく、水銀燈の声だった。<br>
みんなも気づいて、一斉にライトを向ける。<br>
すると、そこにはグッタリしている真紅を背負った水銀燈が……。<br>
雪華綺晶が、即座に駆け寄った。</p>
<p> <br>
「ど、どうなさったの?」<br>
「それがぁ……コレかぶって驚かしたら、真紅ってば気絶しちゃったのよぉ」</p>
<p> <br>
言って、水銀燈は苦笑いながら、浴衣の帯に挟んであったモノを取り出す。<br>
見れば、パーティーグッズによくある、骸骨のマスクだった。</p>
<p> <br>
「もうっ! なにやってるですか。焦らすんじゃねーですぅ!」</p>
<p> <br>
翠星石は、みんなの考えていることを代弁して、薔薇水晶を顧みた。</p>
<p> <br>
「薔薇しー! 私たちも、とっと行ってくるですよ。<br>
こんな茶番劇は、早いとこ、お開きにするです」<br>
「おk……把握」</p>
<p> <br>
水銀燈と真紅はリタイアと言うことで、最終組が出発することとなった。<br>
<br>
<br>
<br>
翠星石はライトを持って、薔薇水晶を先導するように歩く。<br>
けれど、気丈に振る舞っているだけで、内心はビクビクだった。<br>
枯れ枝などを踏み折るたび「ひぃっ!」と声をあげるのが、その証拠。<br>
彼女は掠れた声で、背後を着いてくる娘に声をかけた。</p>
<p> <br>
「あの――」<br>
「なに? 翠ちゃん」<br>
「し、静かなのも、落ち着かねーです」<br>
「……そう? 私は、別に」<br>
「いいからっ! なにか……そう! 歌でも謡えですぅ」<br>
「歌…………うん、いいけど」</p>
<p> <br>
いきなりの命令口調にも拘わらず、薔薇水晶は反感も見せずに、歌を口ずさんだ。</p>
<p> <br>
「♪死ね、死ね、死ね死ね死ね死ね、死んじまえ~。翠の――」<br>
「ちょっと待つですぅ! 何ですか、その歌はっ!」<br>
「死ね死ね団……ノリがいいかと思って」<br>
「この状況で、そんな不穏な歌を謡うんじゃねーです!<br>
だいたい、そこは翠じゃなくて黄色だったハズですぅ!」<br>
「ソンナコト……イッテナイヨ?」<br>
「嘘つくんじゃねーです」</p>
<p> <br>
ぺしん! と薔薇水晶の頭をひっぱたいて、翠星石は腰に手を当てると、<br>
ぐっと身を乗り出して、薔薇水晶の顔を上目遣いに見た。</p>
<p> <br>
「いいですか。もっと穏やかな、癒し系の歌にするですよ」<br>
「……うん。把握した」</p>
<p> <br>
本当に解ってるのだろうか?<br>
翠星石にジト目で見つめられながら、薔薇水晶は再び歌い始める。</p>
<p> <br>
「♪私の~お墓の~前で~、泣かないでくだ――」<br>
「ほあ――っ?! お墓とか言うんじゃねーですっ!」<br>
</p>
<p>またもや翠星石にポカリと頭を叩かれて、さすがに薔薇水晶もムッと眉を顰めた。</p>
<p> <br>
「翠ちゃん……ワガママすぎ」<br>
「うっせーです! おめーの方こそ、ちったぁ気を遣えってんです」<br>
「……おk。じゃあ、三度目の正直……」</p>
<p>「頼むですよ」些か疲れたように、翠星石が呟く。<br>
<br>
薔薇水晶は、ひとつ息を吸って、徐に唇を開いた。</p>
<p> <br>
「♪光の中で~、見~えないものが~」<br>
「お? 今度はマトモみてーですね」<br>
「♪闇の~中に~浮かんで消える。まっくら森の~闇の中では――」<br>
「な、なぁっ?! ちょ……」</p>
<p> <br>
翠星石が慌てて止めに入るが、薔薇水晶には、どこ吹く風。<br>
森の夜闇に目を彷徨わせながら、憑かれたように歌い続ける。</p>
<p> <br>
「♪タマゴ~が跳ねて、鏡~が謳う~」<br>
「わ、解ったです。私が悪かったですから、もうやめるです」<br>
「♪まっくら森の~闇の中では~ 昨日は明日、まっくらクラ~イクライ」<br>
「も、もうイヤですぅー!」</p>
<p> <br>
涙目になりながら、翠星石は薔薇水晶の頭をポカポカと叩き続ける。<br>
そこで、さすがに苛めすぎたと思ったか、薔薇水晶の歌が止んだ。</p>
<p> <br>
「歌は、もう……いいの?」<br>
「……そんな歌ばっか聞かされるなら、もう結構です」<br>
「うん。じゃあ、黙ってるね」<br>
「そう極端になられても、困るですよ。普通にお喋りするだけでいいのですぅ」<br>
「解った。じゃあ……妖怪『かゆうま』の話でも……」<br>
「おめーも意外に、底意地が悪いですねぇ」<br>
</p>
<p>と、溜息を吐いたものの、反対ばかりしてては何も始まらない。<br>
翠星石は、渋々といった口振りで、先を促した。</p>
<p> <br>
「アレは民話ですよね。どんな話です?」<br>
「詳しくは知らないけど…………外見の特徴は、まず――」<br>
「ふむふむ」<br>
「ツルリと禿げあがってて……」<br>
「禿げてるですか?!」</p>
<p><br>
翠星石は、妖怪『かゆうま』の怪奇な姿を、想像してみた。</p>
<p> <br>
【↓翠星石の想像図】<br>
/⌒ヽ</p>
<p>「ヒゲが長くって……」<br>
(ふむふむ。ヒゲが生えてるなんて、老人ですかね?)</p>
<p> <br>
【↓翠星石の想像図】<br>
/⌒ヽ<br>
/ =゚ω゚ )</p>
<p> <br>
「異様に……脚が長いみたい」<br>
(ほぅほぅ。脚がメチャ長ぇですかぁ)</p>
<p> <br>
【↓翠星石の想像図】<br>
/⌒ヽ<br>
/ =゚ω゚ )<br>
| /<br>
| / | |<br>
// | | <br>
U ..U</p>
<p> <br>
「早歩きで……追いかけてくるんだって」<br>
(なんですと? 歩くのが速い?!)</p>
<p> <br>
【↓翠星石の想像図】<br>
/⌒ヽ<br>
/ =゚ω゚ ) =3 <br>
| U /<br>
( ヽノ<br>
ノ>ノ ヒタヒタヒタ<br>
.三 しU</p>
<p> </p>
<p>「むむぅ~。妖怪『かゆうま』……なかなか侮れんヤツですぅ」<br>
「とり憑かれちゃったら、どうする?」<br>
「その前に、おめーを生け贄にして逃げるです」<br>
「……いい性格してるよね」</p>
<p> <br>
なんとなく軽口の応酬を続けている内に、和気藹々とした雰囲気。<br>
翠星石の中にあった、先程までの心細さは、すっかり忘却の彼方に去っていた。<br>
気分が軽いと、不思議なことに、足取りも軽くなる。<br>
気づけば、二人は中間点のお寺を過ぎて、目的の祠へと辿り着いていた。</p>
<p> <br>
「うっし! さっさとリボンを結んで、帰るとするです」</p>
<p> <br>
言って、翠星石はライトを薔薇水晶に手渡すと、リボンを取り出した。<br>
仄かな明かりに、先行組が結んでいったリボンが見える。<br>
その近くに結びつけようと、翠星石は何の警戒もせず、屈み込んだ。</p>
<p> <br>
「私の手元を、照らしといて欲しいですぅ」<br>
「うん……いいよ」</p>
<p> <br>
そこで初めて、白っぽいナニかに気づいた。祠に、何か置いてある。<br>
メロンかスイカの皮みたいだ。誰か不遜な輩が、捨てていったのだろう。</p>
<p> <br>
「罰あたりなヤツが居たもんですぅ」</p>
<p> <br>
翠星石は憤慨したが、それが、みっちゃんの仕掛けた罠だとは考えもしなかった。<br>
そして――</p>
<p> <br>
薔薇水晶がライトの光芒を向けた途端、トラップが発動した。<br>
なんと、その皮や、祠の壁や柱に、夥しい数のカマドウマが浮かび上がったのだ。<br>
これには、翠星石はモチロン、ドッキリ仕掛人の薔薇水晶でさえ、<br>
おぞましさに総毛立った。</p>
<p> <br>
「ヒィィィ! な、何ですかぁっ?!」</p>
<p> <br>
翠星石の悲鳴が、轟き渡る。事ここに至って、彼女はやっと理解した。<br>
妖怪『かゆうま』なんて、最初から存在しなかった。<br>
薔薇水晶の話も、すべては、カマドウマを示していたのだと。</p>
<p> <br>
だが、本当の地獄は、ここからだった。<br>
薔薇水晶が、挑発するように小石を投じたのだ。一斉に跳ね出すカマドウマ。<br>
祠の前に屈んでいた翠星石に、躱す術など、あろう筈もない。<br>
カマドウマの嵐が、彼女へと降り注ぐ。</p>
<p> <br>
「ひっ!? ひぃぎゃぁぁぁぁぁぁぁっ!」</p>
<p> <br>
これこそ、薔薇水晶がみんなに頼んで仕掛けた、復讐劇。<br>
翠星石は屈んだ姿勢のまま後ろにひっくり返って、目を回してしまった。</p>
<p> <br>
「ふふ…………恨み……晴らしたり」</p>
<p> <br>
温泉での仕返しを果たして、薔薇水晶は気絶した翠星石を見下し、ほくそ笑んだ。<br>
ここまで予定どおりにコトが運ぶとは、当の彼女でさえ思っていなかったのだ。<br>
いわゆる、嬉しい誤算だった。</p>
<p> <br>
<br>
――が、幸と不幸は、背中合わせ。<br>
嬉しい誤算の後には、想定外の事態が、彼女を待ち構えていた。</p>
<p> <br>
バタバタバタっ!</p>
<p> <br>
いきなり、彼女の顔に、巨大なナニかが飛びかかってきたのである。<br>
ライトを持っていたことで、呼び寄せてしまったのだろう。<br>
それは――――およそ都会ではお目にかかれないほどの、巨大な蛾だった。</p>
<p> <br>
<br>
「いっ?! イヤぁぁぁぁぁぁ――っ!」</p>
<p> <br>
その叫びを最後に、薔薇水晶の意識も途絶えた。<br>
<br>
<br>
<br>
結局、絶叫を聞きつけた面々が駆けつけ、助けられるまで、<br>
二人はカマドウマと蛾にたかられたままだった。<br>
人を呪わば穴ふたつ――<br>
気を失っている娘たちを見て、誰もが、その諺の意味を噛みしめたのだった。</p>
<p> <br>
<br>
この件は、暫く彼女たちの『かゆうま』ならぬ『トラウマ』になったという。</p>
<p> <br>
</p>