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プロローグ  『愛のカケラ』」(2008/02/27 (水) 01:06:06) の最新版変更点

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<p> <br />  <br /> 彼女を見かけたのは、夏の暑さも真っ盛り、八月初旬の昼下がりだった。<br />  </p> <p>焼けたアスファルトから、もやもやと立ちのぼる陽炎を抜けて、歩いてくる乙女。<br /> つばの広い麦わら帽子で強い日射しを避けつつ、鮮やかなブロンドを揺らめかせていた。<br /> 右肩から吊したハンドバッグの白が、やたらと眩しい。</p> <p> <br /> 僕は、彼女を目にしたとき、一瞬だけれど、幻かナニかだと思ってしまった。<br /> ――何故って?<br /> そのくらい、彼女は人間ばなれした美貌を、兼ね備えていたからさ。<br /> 陳腐だけど、もしかしたら本当に美の女神なんじゃないかと、思えるほどにね。</p> <p> <br />  <br /> さて……男だったら誰しも、こんな美人とお近づきになりたいと思うはずだ。<br /> かく言う僕のココロも、その意味では健全な男子として、素直に反応してしまう。<br /> 日常会話でもいい。ほんの挨拶だって構わない。<br /> とにかく、なんでもいいから、彼女と言葉を交わす方便を探した。<br /> 目を皿にして、およそ今までの記憶にないほど真剣に、ね。</p> <p> <br /> その時だった。彼女の影が不意に揺らいで、後ろへと傾いでいったのは。<br /> 危ない! 咄嗟に胸の中で叫んだ僕は、気付けば、もう駆け出していた。<br /> 下心はあったさ、確かに。けれど、信じて欲しい。その場は本当に、無心だったんだ。</p> <p> <br /> 倒れる寸前で、僕は彼女を抱き留めていた。驚くほど華奢で、軽い身体を。<br /> はた……と麦わら帽子が落ちて、彼女の髪から、甘い薔薇の香りが靡いた。<br /> 手に伝わる、汗に濡れた肌の艶めかしい感触と相俟って、僕の頭はショート寸前だった。</p> <p> <br />  <br />  <br />   プロローグ 『愛のカケラ』</p> <p> </p> <p> <br />  <br /> みっともなくドギマギするも、腕の中で発せられた弱々しい呻きで、我に返った。<br /> こんな状態で、惚けている場合じゃない。どうしたのか、訊いてみないと。</p> <p> <br /> しかし、彼女の顔を間近に見た僕は、情けないけれど言葉を失ってしまった。<br /> 見れば見るほど、綺麗な人だ。張りのある白い肌に、クラクラさせられる。<br /> 多分……僕が学校で接している女の子たちと、そう大差ない歳だろう。</p> <p> <br /> 「だ、大丈夫かい? 足を挫いたのかな?」</p> <p> <br /> 気を取り直したものの、彼女にかけた声は、恥ずかしながら上擦っていた。<br /> ――どうして、足を挫いたかと思ったかって?<br /> この女の子は、ヒールの高い靴を履いていたからさ。<br /> それが原因で、体勢を崩したのかと思っていたけれど……どうも違うらしい。<br /> 彼女の背を支えている僕の腕には、異様に高い体温が伝わってきていた。</p> <p> </p> <p>「君……もしかして、熱中症なのか?」</p> <p> </p> <p>露わになった首筋や二の腕には、強い日射しに焼かれた赤い腫れも窺える。<br /> この炎天下を、どれだけ歩いていたんだろう?</p> <p> <br /> 「とにかく、涼しい場所で休ませないとなぁ」</p> <p> <br /> 幸い、すぐ近くに公園がある。木陰が多いし、噴水もあるから涼は取れるだろう。<br /> 夏休みと言うこともあって、子供たちと蝉時雨がうるさかったけれど、仕方ない。</p> <p> <br /> なるべく静かな木陰のベンチを選んで、彼女を仰向けに寝かせた。<br /> ヤブ蚊はいないようだ。僕はスーツの上着を畳んで、枕の代わりに敷いてあげた。<br /> 手にしたままだった麦わら帽子を、彼女の胸元にそっと置いて、考える。<br /> 差し当たって……次は、何をすべきだろう?<br /><br /><br /> とにかく、体温を下げることだ。それも、可及的速やかに。<br /> 辺りを見回すと、都合のいいことにジュースの自販機がある。</p> <p> <br /> 「よし! ちょっとガマンしてるんだぞっ。すぐに戻るからね」</p> <p> <br /> 返事を期待できる状況じゃなかったけれど、それだけ伝えて、自販機に走った。<br /> 何でも良いから、よく冷えた缶ジュースを4本買って、女の子の元へと戻る。<br /> そして、二本を彼女の細い首筋に当てて、もう二本は、彼女の脇の下に挟ませた。<br /> 動脈を冷やすことで、早く体温を下げられると、聞いた憶えがあったからだ。</p> <p> <br /> 「頑張るんだよ。すぐに、楽になるから」</p> <p> <br /> 僕はベンチの傍らに立つと、麦わら帽子を手にして、彼女を扇ぎ続けた。</p> <p> <br />  <br />   ~  ~  ~</p> <p> <br />  <br /> 小一時間くらい、そうしていただろうか。扇ぐ腕が、かなり怠い。<br /> この見ず知らずの女の子は、漸くにして、うっすらと瞼を開いてくれた。<br /> そして、呆然とすること数秒。急にハッと表情を固くして、僕を鋭く睨んできた。</p> <p> <br /> 「わ、私に……なにをしたの?」<br /> 「いや……誤解しないで欲しいんだが、僕は何も――」<br /> 「…………」<br /> 「本当だよ。いきなり、君が倒れたものだから、日陰に運んで休ませてたんだ。<br />  誓って、変なイタズラなんかしてないよ」<br /> 「……そう……だったの。ごめんなさい、疑ったりして」</p> <p> <br /> 素直に謝るところを見ると、倒れた自覚みたいなものが、少しはあるのだろう。<br /> 彼女が身体を起こし、ベンチに座り直すのを待って、僕は口を開いた。<br /><br /> 「どのくらい日なたに居たのか知らないけど、暑気中たりしたんだと思うよ。<br />  ちゃんと水分補給してなかったんじゃないのかい?」<br /> 「それは…………ええ、まあ」<br /> 「ここ数年、日本の夏は、だんだん暑くなってるみたいだからね。<br />  君は、どこの国から? あ、いや……差し支えなければ、だけど」</p> <p> <br /> 僕の問いに、彼女は暫し思案して、徐に「昨日、フランスから」と言った。<br /> フランスなら緯度的に見て、およそ日本の北海道と、同じくらいの気候だろうか。<br /> 長旅の疲れと時差ボケが重なれば、この暑さに目を回してしまうのも頷ける。</p> <p> <br /> 「あの――私……人を探しに来たんです」<br /> 「そうなんだ? この近所に住んでる人なのかい?」<br /> 「分からないんです。なにしろ、古い手懸かりしかないものですから」<br /> 「古いって……どのくらい? 10年前くらいかな?」</p> <p> <br /> 訊ねると、彼女はハンドバッグから、茶色く変色した封筒を抜き出した。<br />  <br /> 「亡くなった私のお祖母様が、大切に保管していた手紙です。75年昔の――」</p> <p> <br /> 75年前とは、また大変な昔だ。逆算すれば1932年のことになる。<br /> 太平洋戦争もあったから、この娘のたずね人が今も存命中かは、甚だ疑わしい。<br /> 僕は「いいかな?」と断って、彼女の隣りに座り、封筒を受け取った。</p> <p> <br /> 「宛名は……【Yuibishi】か。この人を探しているんだね?<br />  もう少し、詳しく話を聞かせて欲しいな。まあ、ジュースでも飲みながら」</p> <p> <br /> 言って、彼女の体温を下げるために使った缶ジュースを差し出す。<br /> すっかり温くなってしまったソレは、よくよく見ればコカコーラだった。<br /> 黙って缶を受け取った彼女は、それでは……と、静かに語り始めた。<br /> この手紙にまつわる、あるエピソードを――<br />  <br />  <br /></p> <hr />  <br />  <br />   プロローグ 終 <p> <br />  <br />  【3行予告?!】</p> <p> <br /> 出会いはいつでも、偶然の風の中――<br /> 僕と彼女が巡り会ったように、彼女たちもまた、邂逅を果たしたんだ。<br /> ホイップクリームみたいな、真っ白な夜霧の中で。</p> <p> <br /> 次回、第一話 『Face the change』<br />  <br />  </p>

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