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「『メビウス・クライン』」(2008/03/24 (月) 00:37:49) の最新版変更点
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<p> <br />
何年かぶりで部屋の掃除をしていたとき、奇妙なモノを見つけた。</p>
<p> <br />
押入の隅に眠っていた、うっすらと埃の積もった菓子の化粧箱。<br />
持ってみると、ズッシリ重い。<br />
なにが入ってるんだ、これ? 窓の外で埃を払って、箱を開いてみた。</p>
<p> <br />
収められていたのは、どこにでも売っているB5版50枚つづりの大学ノート。<br />
それが、実に8冊も収められていた。こんなもの、しまった憶えはない。<br />
釈然としないまま、僕は①と番号を振られたノートを開いてみた。</p>
<p> <br />
<br />
200▲年2月26日</p>
<p> 『はい、おーしまい』</p>
<p> <br />
<br />
日付は、4年前の今日だ。<br />
1ページ目に、女の子らしい丸っこい文字で書かれているのは、それだけ。<br />
あまりにも唐突な書き出しに、失笑を禁じ得なかった。</p>
<p> <br />
「なんだ、こりゃ?」</p>
<p> <br />
そんなセリフが、口を衝いて出る。それしか言いようがなかった。<br />
一体全体、どうして、こんなものが僕の部屋にあるんだろう。<br />
思いだそうと試みたけれど、このノートに関する記憶は、見つけられない。<br />
探求心と好奇心に後押しされて、ページを捲った。</p>
<p> <br />
翌日の日付の記載は、動揺の見て取れる乱れた字が、罫線の上で波打っていた。<br />
明らかに別人が書いたと判る筆跡。ガチッと角張った、男性的な文字だ。<br />
筆圧も、見た目に紙の凹みが分かるくらい強い。<br />
<br />
<br />
『逢うなり、君の方から誘っておきながら、おしまいだなんて……どういう冗談だよ。<br />
僕とは交換日記なんか、したくなくなったって意味か?<br />
どっちにしても、君は酷い女の子だな。僕は、楽しみにしていたのに』</p>
<p> <br />
<br />
交換日記だなんて、携帯電話でいつでもお喋りできる時代に、なんとも古風な。<br />
一人称が『僕』――か。普通に考えて、こっちは男の子らしい。<br />
じゃあ、『君』――って言う女の子は、誰なんだ?</p>
<p> <br />
次のページに、翌日の返事がある。</p>
<p> <br />
<br />
『ごめんなさい。言葉足らずで、不愉快にさせちゃったみたい。<br />
終わりから始まる物語……って、ほんの軽いジョークのつもりだったのよ。<br />
<br />
でも、なんか安心しちゃったわ。<br />
貴方が、私との交換日記を、楽しみにしてくれていると解ったから。<br />
こんな私だけど、卒業までの2年間、ワガママに付き合ってちょうだいね。</p>
<p> <br />
貴方のお返事、私も楽しみに待ってるから』</p>
<p> <br />
<br />
……青春だなぁ。<br />
こういうのを見ると、逢えない時間が想いを育むっていうのも、解る気がする。<br />
さてさて、相手の男は一晩かけて、どんな返事を考えたんだろう?<br />
ページを捲ると、さんざん消しゴムで擦られて汚れた紙面に『よろしく』とだけ。<br />
不器用そうだけど、親しみを抱けるヤツみたいだな、こいつ。</p>
<p> <br />
以降、二人の間にギクシャクしたものは、なくなったようで。<br />
いかにも高校生らしい、平穏で他愛ない日常が、飾らない文章で綴られていた。<br />
</p>
<p> <br />
初めは堅苦しかった内容も、日を重ね、慣れるに従い、プライベートな話題が多くなってゆく。<br />
少しずつ、ふたりの気持ちが近づいてゆく様子が、目に浮かぶようだった。<br />
とりわけ、少年がたまに見せる初々しい恋心に、不思議な共感を覚えて……<br />
いつしか僕は、この少年に感情移入していた。他人事だとは、思えなくなってた。</p>
<p> <br />
ゴールデンウィーク。ふたりは毎日のようにデートをして、特別な経験をしたらしい。<br />
さすがに、『あのこと』だなんて暈かしてるけど、大体の予想はつく。<br />
キスぐらいで恥じらうなんて、可愛いもんだ。</p>
<p> <br />
<br />
それを境に、代名詞が、固有名詞に変わった。<br />
『君』が『水銀燈』に――<br />
『貴方』は『ジュン』……それは、他でもない。僕の名前じゃないか。<br />
僕は、頭から冷や水を浴びせられたように、全身を粟立たせた。</p>
<p> <br />
交換日記してただって? 僕が? 2年前まで、水銀燈って娘と?<br />
そんなバカな……と、思うものの、言われてみれば、僕の筆跡と似ている……かも。<br />
でも、こんなもの書いた記憶なんか、全くなかった。<br />
水銀燈という女の子が居たってことも、なにも憶えていない。</p>
<p> <br />
本棚から高校の卒業アルバムを引っぱり出して、無造作に開く。<br />
クラス別の、少年少女の個人写真が並ぶページを捲る……<br />
――が、水銀燈という女の子は、同じクラスどころか、同じ学年にも存在していなかった。<br />
念のために、全学年の女子生徒を当たってみたけれど、やっぱり該当者は居なかった。</p>
<p> <br />
ウソだろ? いったい、どうなってるんだよ。<br />
もしかして……およそ考えられないことだけど、僕は多重人格なのか?<br />
いつの間にか――たとえば眠っているときに【僕】へと人格が入れ替わっていて、<br />
いつの間にか、こんな妄想小説を書き貯めていたとか……。<br />
<br />
<br />
そんなバカな。突拍子もない発想を追いやって、僕はまた、ノートを手にした。<br />
今はただ、この中に答えがあると信じて、読み進めるより他にないと思ったから。</p>
<p> <br />
<br />
1冊目は2月26日から100日目、つまり、6月5日まで。<br />
ふたりの話題から、夏休みを待ちわびる、浮ついた気持ちが散見できる。<br />
2冊目は9月中旬まで。3冊目でクリスマス直前。4冊目に年末年始と進級のこと。<br />
【僕】と水銀燈は、どんどん親密になっていった。<br />
それは最早、友だち以上の関係。恋人同士と評したって、なんら問題ないくらいに。</p>
<p> <br />
<br />
ふたりの関係に変化が現れだすのは、6冊目……2年目の夏ぐらいからだ。<br />
時期的には、高校三年生で、そろそろ受験の志望校なりを、真剣に考えだす頃だな。<br />
【僕】が日記に書く内容も、そこかしこに、将来への不安が滲み出していた。</p>
<p> <br />
一方の水銀燈は、卒業式が近づくにつれて、書く文量が減っていく。<br />
まるで、自分の悩みや悲しみを、胸の内に抱え込んで隠そうとするかのように、<br />
彼女の日記は、日常の報告書ばりの、感情の起伏に乏しいものとなっていった。</p>
<p> <br />
……それなのに、【僕】は、自分のことばかりを気にするだけで。<br />
水銀燈の気持ちの揺らぎを、察してあげようとさえしていない。<br />
苛つくほどの鈍感っぷりだ。いま【僕】が目の前にいたら、殴ってたかもしれない。</p>
<p> <br />
<br />
やがて2度目の年が明けて、ノートはいよいよ、最後の8冊目に入った。<br />
水銀燈は年の初めに、こんなことを書いている。</p>
<p> <br />
<br />
『ねえ、ジュン。かぐや姫って、本当に月に帰りたかったんだと思う?』<br />
</p>
<p> <br />
翌日のページは、こう答えていた。</p>
<p> <br />
<br />
『仕方ないだろ。最初っから、そういう決まりだったんだからさ。<br />
もし帰りたくなかったのなら、そうしないで済む方法を模索しただろうし』</p>
<p> <br />
<br />
どうしようもないな。なんて投げ遣りで、素っ気ない返事しているんだよ【僕】は。<br />
いくら受験直前の忙しない時期とは言え、あんまりじゃないか。<br />
彼女の問いかけに、どんな真意が隠されてるのかと、推し量ろうともしてない。</p>
<p> <br />
ずっと日記を辿ってきたから、僕には【僕】の気持ちが、なんとなく把握できた。<br />
【僕】は間違いなく、水銀燈との絆は、そう簡単に切れないと安心しきっていたんだ。<br />
この日記が終わっても、それは新しいストーリーの始まりに過ぎないと、信じ込んで。<br />
――でも、それは甘えだよ。絆は、ふたりが持ち寄った糸を、絶えず紡いで生みだされるモノだ。<br />
どっちか片方の努力だけでは、せっせと編んだ絆も、やがて解けてしまうんだ。</p>
<p> <br />
<br />
日記は、この【僕】の書き込みから、一気に日付が飛ぶ。<br />
卒業式を数日後に控えた、200■年2月26日へと――</p>
<p> <br />
<br />
『第一志望に受かったんですってね。おめでとぉ~(^ω^)おっおっ』</p>
<p> <br />
<br />
そんな書き出しで、水銀燈の日記は始まっていた。<br />
なんだよ、この顔文字。クールな彼女らしからぬお茶目さに、また、失笑。<br />
2年前の【僕】も、やっぱりここで噴き出したんだったかな?<br />
記憶を遡って、僕が得たのは、火で炙られるようなジリジリした胸の痛みだけだった。</p>
<p> <br />
高校生活のことは、悲喜こもごも、いろいろ思い出せる。<br />
だけど……水銀燈に関連することは、なにひとつ思い出せない。<br />
<br />
交換日記をするくらい仲良しで、学校でもいつだって近くにいて、<br />
週末にはデートして、キスするくらい大好きな女の子だったはずなのに――</p>
<p> <br />
なんでだよ? たった2年前のことだぞ。<br />
どうして……僕は、なにも憶えてないんだよ。<br />
やっぱり、この日記は、ただの創造物なのか……?<br />
もうひとりの【僕】、バーチャルな【ジュン】による、妄想の産物だって言うのか?</p>
<p> <br />
打ちひしがれた心持ちのまま、僕は、続く文章に目を滑らせる。</p>
<p> <br />
<br />
『終わりから始まった、この日記も……今日で2年目なのね。<br />
ホント、夢みたいに、あっという間だったわ。<br />
正直なところ、ここまで続けられるなんて、思ってもみなかったのよ。<br />
線香花火みたいに、すぐに終わっちゃうだろうなぁって。</p>
<p> <br />
それなのに、ジュンったら……<br />
こんな私のワガママに、ずっと付き合ってくれるんだもの。<br />
本当に、おばかさんだわ。呆れてモノが言えないくらいの、おばかさんよ。<br />
<br />
</p>
<p> おばかさん おばかさん おばかさん おばかさん おばかさん<br />
おばかさん おばかさん おばかさん おばかさん おばかさん<br />
おばかさん おばかさん おばかさん おばかさん おばかさん<br />
おばかさん おばかさん おばかさん おばかさん おばかさん<br />
おばかさん おばかさん おばかさん おばかさん おばかさん</p>
<p><br /><br />
私を、こんな気持ちにさせるなんて―― <br />
</p>
<p> <br />
<br />
こんな事なら、最初から、何もしなかった方が良かったわ。<br />
貴方となんか、出逢うんじゃなかった。</p>
<p> <br />
<br />
――ねえ、ジュン。<br />
いきなりで、本当に心苦しいけれど……今日で、最後にしましょう。<br />
貴方は嫌だと言うでしょうけど、お互いにとって、良い機会だと思うの。<br />
今ならまだ、失うものも少ないでしょうから。</p>
<p> <br />
どうせ最後だから、いろいろと白状して、スッキリしちゃうわね。<br />
ジュンにとっては、少なからずショックかもしれないけど』</p>
<p> <br />
<br />
もう充分にショックだよ。<br />
そう呟いたのは、茶化すことで、胸を締めつける痛みを誤魔化したかったから。<br />
面と向かって切り出されたって、同じセリフを口にしたはずだ。<br />
結局のところ、僕の試みは巧くいかなかったけれど。</p>
<p> <br />
<br />
ノートの余白はまだあるのに、答えは、次のページに続いている。<br />
こんな風に、ワザと焦らすところも、彼女らしい。</p>
<p> <br />
<br />
『実は……交換日記の相手はね、誰でもよかったのよ。<br />
私はただ、この世界に自分の居場所を、残したかっただけなの。</p>
<p> <br />
<br />
これから書くことは、きっと信じられないでしょうけど……<br />
ううん。信じてくれなくてもいいわ。どうせ、忘れてしまうことだから。<br />
</p>
<p> <br />
あのね、<br />
実は、私は……</p>
<p> <br />
この世界の人間じゃないのよ。<br />
自分の意志に関係なく、2年ごとに、違う世界に飛ばされてしまうの。<br />
今まで、一度として例外はなかったわ。だから、今度も、また……』</p>
<p> <br />
<br />
これって、SF映画かなにかのシナリオか?<br />
あまりにも突拍子すぎて、与太話で茶を濁そうとしてるのかとさえ思える。</p>
<p> <br />
でも、僕はノートを閉ざすことが、できなかった。<br />
紙面に点々と残る、小さなシミ……2年前に落とされた涙の痕に、気づいてしまったから。<br />
水銀燈は、あと僅かで突き付けられる最後を前にして、泣きながら書いていたんだ。<br />
そんな心境で、ウソなんか吐けやしない。</p>
<p> <br />
また、ページが変わっている。<br />
僕は震える手で、ノートを手繰った。</p>
<p> <br />
<br />
『物心ついたときから、ずぅっと、その繰り返しだったのよ。<br />
自分の意志では、どうすることもできずに、ただ流されるだけ。<br />
<br />
それでも最初の内は、思い出を作ろうと、躍起になっていたわ。<br />
海外旅行をして、旅先の楽しい記念を残すような……そんな感覚ね。</p>
<p> <br />
<br />
でも、ある時、私は偶然に、一度訪れた世界に辿り着いたことがあるの。<br />
そして、ひとつの事実を、知ってしまったわ。<br />
私が消えると同時に、その世界での私の存在も、無かったことにされるんだって。<br />
信じられる?<br />
今日2月26日、私が消えると同時に、私に関する、あらゆる記憶も消えちゃうなんて。<br />
</p>
<p> <br />
だから、私は思い出づくりを止めたの。だって、そうでしょう?<br />
消去されると解っているのに、せっせと干渉するなんて、バカみたいだもの。<br />
貴方と交換日記をしたのも、ただの気紛れ。<br />
どうでもいい、退屈しのぎの、お遊びだったのよ……。</p>
<p> <br /><br />
ううん。ホントは、違ったのかもしれないわね。<br />
もしかしたら、私――貴方に何かを感じて、何かを期待してたのかも。<br />
この世界に強い想いを残せば、それが楔になって……<br />
私を、ずっと繋ぎ止めてくれるんじゃないかって。</p>
<p> <br />
でも、ダメみたいね。やっぱり……。<br />
だんだんと、身体が引っ張られる感じが、強くなっているの。<br />
<br />
私、もう……どこへも行きたくない。<br />
もっと、ずっと、ジュンと一緒に居たいのに。 <br />
……悔しいわね。どうやっても、運命には勝てないのかしら。<br />
<br />
だとしても、負けっぱなしっていうのは、私の性に合わないわ。<br />
だから、これから、今まで綴ってきた全ての日記を、渡しに行くわね。<br />
消えちゃうだけかもしれないけど……<br />
もし何かの間違いで残ったのなら、貴方の手元に、置いといてちょうだい。<br />
そして、いつの日か、私みたいな女の子が居たんだなって……思い出して。</p>
<p> <br />
<br />
それじゃあね。私がただ一人、大好きになった、おばかさん。<br />
ジュンの隣で、女子高生として過ごした日々は、大切な、大切な宝物よ。</p>
<p> <br />
<br />
私、絶対に――この気持ち忘れない☆』<br />
</p>
<p> <br />
僕たちの交換日記は、そこで終わっていた。<br />
2月26日。彼女がこの世界に来て、また、この世界を去った日でもある。<br />
水銀燈にとっては、文字どおりの、終わりから始まるストーリーだったんだな。<br />
やっと解ったよ。<br />
どうして、この日記のことを忘れ、水銀燈と過ごした記憶が失われていたのか。</p>
<p> <br />
窓から吹き込んだ風が、パラパラと、ノートを捲っていく。<br />
何も書かれてない紙面はまるで、水銀燈を忘れて過ごした時間の、象徴みたいだった。<br />
ずっと真っ白だった、僕の2年間の。</p>
<p> <br />
<br />
――ふと。<br />
風が止んで、ノートを捲る作業も、背表紙のところで止まった。<br />
そこには、学園祭の時だろうか――制服姿の、ふたりの生徒の写真が貼ってあった。<br />
ひとりは、僕だ。<br />
もうひとりは、銀色のロングヘアーの女の子。<br />
彼女は右腕で僕にヘッドロックをかけ、左手でピースしながら、愉しそうに笑っている。</p>
<p> <br />
「……やあ、初めまして。いや……久しぶり、かな」</p>
<p> <br />
僕は、写真の中の水銀燈に、語りかけた。</p>
<p> <br />
「消えなかったみたいだよ。僕らの交換日記も、君の写真も。<br />
運命とやらに、一矢報いたらしいね」</p>
<p> <br />
そして、僕も――<br />
こうして、水銀燈のことを思い出せた。</p>
<p><br />
君はいま、どんな世界に居るんだ。<br />
もう一度、君に逢いたい。ココロから、そう思うよ。<br />
</p>
<p> <br />
僕らが出逢うことは、もう二度とないんだろうか?<br />
何をどうやっても、運命のサイコロは、二人のコマを一つのマスに留めないんだろうか?</p>
<p> <br />
可能性は、全くのゼロじゃない……と思う。<br />
だって、僕の手元には、日記も、水銀燈の写真も消えずに残っているじゃないか。<br />
これらは、彼女が、この世界に打ち込んだ楔だ。<br />
その先に、僕らが編んだ絆が、まだ結びつけられているとしたら――<br />
手繰り寄せることだって、出来るかもしれない。</p>
<p> <br />
そして、それが出来るのは、僕をおいて他にないんだ。</p>
<p> <br />
<br />
僕は八冊目のノートを開いて、水銀燈の日記の、次のページに、<br />
今日の日付と、短い一文を書き込んだ。</p>
<p>一字一字……かつてないほど、想いを込めて。</p>
<p> <br />
<br />
200●年2月26日</p>
<p> <br />
『もう一度、始めないか?<br />
今度は、終わりのない物語を』</p>
<p> <br />
<br />
我ながら、恥ずかしいこと書いたもんだな。<br />
もう一度だけ、写真の中の、笑顔の水銀燈に笑いかけて――<br />
僕はノートを閉ざした。</p>
<p> <br />
もう一度、この日記が再開されて。<br />
これからの2年も、その先の2年も、ずっと……<br />
いつまでも、ふたり一緒の2年間が続いていってくれることを、祈りながら。</p>
<p> <br />
<br />
<br />
~FIN~<br />
<br /></p>
<hr />
<br />
蛇足かもしれないエピローグ<br />
<br />
<br />
片付けも、やっと一段落つこうかという時――<br />
部屋のドアがノックされて、困惑顔の姉ちゃんが、顔を覗かせた。
<p> <br />
「なんだよ、姉ちゃん。もう昼飯?」<br />
「そうじゃなくってぇ……お客さんなのよぅ。ジュン君に」<br />
「誰? 今日は、誰とも出かける予定ないんだけど」<br />
「それがぁ……お姉ちゃんも知らない女の子なのよぅ~」</p>
<p> <br />
女の子?!<br />
その一言を耳にした途端、僕は脱兎の如く走り出していた。<br />
姉ちゃんがドアと壁に挟まれたけれど、キニシナイ。</p>
<p> <br />
階段の途中で足を滑らせ、玄関先までスライディング。<br />
したたかに腰を打って、涙目の僕を、くすくす……<br />
可愛らしい微笑みが、出迎えてくれた。</p>
<p><br />
「なにしてるのよぉ? まったく……ホぉント、相変わらずのおばかさんよねぇ」</p>
<p><br />
出迎えに来て、出迎えられてちゃ世話ないな。<br />
僕は、痛む身体にムチ打って立ち上がり、真っ直ぐに、彼女と向かい合った。</p>
<p><br /><br />
「おかえり……水銀燈」</p>
<p><br />
僕に忘れられてなかったことが、意外だったのか。<br />
水銀燈はビックリ顔になり、暫し唖然として――やおら、両手で顔を覆って泣き出してしまった。</p>
<p><br />
小刻みに震える彼女の肩を、僕は、しっかりと抱きしめる。<br />
もう二度と、水銀燈が、どこかに行ってしまわないように……と。</p>
<p> <br />
<br />
この世界で、いつまでも……<br />
この娘が、普通の女の子として暮らしていけますように。</p>
<p> <br />
<br />
~grand finale~<br />
<br />
</p>