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「幕間3 『True colors』」(2008/06/16 (月) 00:32:28) の最新版変更点
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そこまで話すと、私は口を閉ざして、真横に座る男性の反応を観察した。<br />
遙かな過去の物語――ましてや他人事ならば、これはもう、おとぎ話に等しい。<br />
しかも、オカルト紛いな内容ときている。正気を疑われても仕方がないほどの。</p>
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彼としても、私を介抱した行きがかり上、仕方なく聞いているのだろう。<br />
本当はもう、辟易しながら、私の話が終わるのを待っているんじゃないかしら。<br />
――そんな私の見立ては、どうやら間違っていたらしい。<br />
だって、彼は優しげな瞳を好奇心いっぱいに輝かせて、耳を傾けていたのだから。</p>
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「あの……退屈じゃあ、ありませんか?」<br />
「いいや、ちっとも。君の話し方は、とても臨場感に溢れているからね」</p>
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ほつれひとつなく紡がれた彼の言葉は、多分、本音そのものだろう。<br />
でなければ、今までに嘲笑のひとつも浮かべていたはずだ。<br />
もしくは、とっくのとうに中座しているか――</p>
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「もっと聞かせてくれないかな。勿論、君の都合がよければ、だけど」<br />
「それは構いませんよ。時間なら、たっぷりと。でも……あのぉ」<br />
「ん? あ、そうか」</p>
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私の仕種から、彼は察してくれた。「喋りっぱなしじゃ、喉が渇いたよね」<br />
買ってくるけど、なにが良い? 訊かれて、私は「あなたと同じものを、お願い」と。</p>
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彼は、真っ白な半袖のワイシャツに風を孕ませ、自販機めがけて走ってゆく。<br />
夏の日射しを受けた広い背中が眩しくて……私は、目を細めずにはいられなかった。</p>
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幕間3 『True colors』</p>
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「お待たせ。緑茶……ゴエモンで、よかったかな」</p>
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午後の伊右衛門。略してゴエモン。街頭テレビのCMを視て、その呼称は知っていた。<br />
お礼を言って受け取ったアルミ缶は、指が痛くなるくらい、キンキンに冷えている。<br />
潤いを求めて勢いよく口に流し込むと、喉から額にかけて、じわ……と痛みが滲んできた。<br />
でも、お陰で舌の滑りは良くなったみたい。</p>
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「かなり、突拍子もないお話でしょう?」</p>
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急な切り出しに、彼は面食らったらしい。答えに窮して、ぱちぱちと目を瞬かせている。<br />
そして、困ったときの癖なのか、手を後頭部に遣って顎を引いた。</p>
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「正直なところ……まだ半信半疑だよ。だって、そうだろう?<br />
死んだ女の子を生き返らせるとか、賢者の石――ローザミスティカだとか。<br />
口さがない連中なら、即座に『厨二病』のレッテル貼って、笑ってるところだ」<br />
「あなたは違うの?」<br />
「……いや。半分は疑ってるんだから、大差ないと思うよ。<br />
ただ、自分の価値基準に当てはまらない物を、蔑笑の対象にしないってだけで」<br />
「要するに、どっちつかずの傍観者ってことね」</p>
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傍観者――その一言に、彼はなぜか、過敏な反応を見せた。<br />
そうじゃない。そんな人間にだけは、なりたくないんだ。<br />
さっきまでとは打って変わった彼の険しい眼差しが、強く語りかけてくる。<br />
誰のココロにもある、触れてはいけないデリケートな部分だったのかも知れない。</p>
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「ごめんなさい。無神経だったみたい。貶すつもりは、なかったの」<br />
「いいんだ。僕の方こそ、なんだか変に意識してしまったみたいで……すまない」</p>
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以前、そういう教師が居たんだよ。彼は正面に向き直って、遠い目をした。<br />
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なんでも、彼が高校の頃のクラス担任が、そういう人間だったらしい。<br />
学校の行事や規則を忠実になぞり、機械的に管理するだけの傍観者。<br />
あんたはコンピュータープログラムで動く工業用ロボットかよ……<br />
高校生だった彼は、そう思って、その人間味の乏しい教師を嫌悪したという。</p>
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「その方は、あなたにとって、本当の意味での『教師』だったんですね」<br />
「――うん。反面教師だね。人生の先達の大多数は、若者にとっての反面教師だよ」</p>
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些か、説教くさくなってきた。彼も、そんな空気を読んだのだろう。<br />
例によって頭に手を遣り、やれやれ。彼流の仕切なおしなのか、頭を小さく振った。</p>
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「ところで、先達と言えば……君のお祖母さんは、いつ亡くなられたんだっけ?」<br />
「は? あの……去年です。4月でした」<br />
「じゃあ、今年で75年前目で、当時が16歳だったから――享年90歳だね」</p>
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彼の瞳が、物言いたげに、こちらに向けられる。<br />
失礼なことを、いかに言えば角を立てずに済むか、思案している目だ。</p>
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「高齢者だから、痴呆と妄想の気があったのではないか、と仰りたいの?」<br />
「……ごめんな。ひとつの可能性として、思っただけなんだ」<br />
「まあ、そう考えるのは至極もっともですし、自然な流れだと思います。<br />
裏付けのない妄言として、一笑に付してしまうのは。でも……これを見て」</p>
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言って、私はワンピースの胸元から、真鍮のチェーンを抜き出して見せた。<br />
その先に着いている、雪の結晶を模した、青く澄んだ輝きを放つペンダントを。</p>
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「お祖母様が亡くなる寸前、私にくれたものです」<br />
「君の話に出てきた、槐という人形師が精錬したローザミスティカの紛い物かい?」<br />
「そうだと、お祖母様は教えてくれました。雪華綺晶から譲渡された……って」<br />
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彼は、私の胸元に――ペンダントに鼻を寄せて、まじまじと眺めた。<br />
かのシュリーマンも、トロイの遺跡を発見した瞬間、こんな顔をしたかも知れない。<br />
本物か、紛い物か。白か、黒か。疑えば目に鬼を見る。<br />
この人は今、どんな鬼を、その瞳に映したのかしら。</p>
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次に、私たちの間に言葉が並べられたのは、かなりの時間が経ってから。<br />
第一声は、彼の方から。息苦しそうに、ネクタイを弛めながらのことだった。<br />
どうやら、この人はグレーの鬼を見たらしい。限りなく白に近い、ねずみ色を。<br />
まあ……良いけれど。何を【本当の色】と視るかは、彼の自由だものね。</p>
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「どうして、雪華綺晶は君のお祖母さんに、これを譲ったんだろう?<br />
ローザミスティカを取り込んだことで、不要になったから……かな」<br />
「それは違います。確かに、必須の物ではなくなったかも知れません。<br />
でも……彼女にとっては、父親からのプレゼントでした。<br />
どんな目的、いかなる理由で贈られたとしても、かけがえのない宝物だったんです」<br />
「なるほど。とすると……雪華綺晶には、あったんだろうね。<br />
そんな大切な品を、君のお祖母さんに託すだけの理由が」</p>
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それは、これから話すこと。<br />
つつましく暮らしていた父娘を狂わせた、歪んだ運命の軌跡――<br />
思い出すだけで、私は……この胸を締めつける痛みに、呼吸を止められそうになる。</p>
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「彼女なりの、ケジメでした。優しく接してくれたお祖母様への、感謝の気持ち……<br />
親切への対価と餞別という意味が、込められていたんです」</p>
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対価と餞別か。言って、彼は安堵したように微笑んだ。<br />
父親の元へ戻る雪華綺晶の、幸せに満ちた姿を、ココロに描いたのかも知れない。<br />
でも……それは幻想。<br />
あなたが思っているほど、優しい色づかいの絵本ばかりじゃないのよ。<br />
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幕間3 終
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【3行予告?!】</p>
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果実のような記憶たちは、焼かれ、爛れ、抜け殻だけ――<br />
大切な思い出には、あまり触れない方がいい。甘く美しく熟成する課程を、妨げてしまうから。<br />
それでも、手の届くところにあると、人は指を伸ばしたくなってしまうものなのでしょうね。</p>
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次回、第十三話 『Time goes by』<br />
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