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エピローグ 『ささやかな祈り』 1」(2008/07/14 (月) 00:46:17) の最新版変更点

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<p> <br />  <br /> 「わざわざ調べていただいて、ありがとうございました。本当に、助かりましたわ。<br />  ……ええ、はい。では、また明日に。それじゃあ……おやすみなさい」<br />  <br /> 通話を切るが早いか、ベッドの端に座り、耳をそばだてていた彼女が、聞こえよがしに鼻を鳴らした。<br />  <br /> 「バっカみたい。フランスに居た頃に、もう全ての調べがついてたでしょうに……<br />  なんだって今更、あーんな冴えない男の助力を頼んだわけぇ?」<br /> 「好きになってしまったから、お近づきのキッカケに」<br />  <br /> 「ぅえっ?!」首を絞められたような声を出して、彼女が凍りついた気配。<br /> 私は振り返って「――って答えたら満足?」と、微笑んだ唇から、舌を出して見せた。<br /> プライドが高く激情家なこの子は、からかわれると、すぐに柳眉を逆立てる。<br />  <br /> 「くだらなすぎて苛つくわ、そういうの。黒焦げのシシャモなみに嫌いよ」<br /> 「ふふ……ごめんなさい。そんなに、怒らないで」<br />  <br /> 言って、私はベッドに携帯電話を放り投げて、彼女の隣りに腰を降ろした。<br /> スプリングの微かな軋めきをお尻に感じながら、小さな彼女を膝の上に抱き寄せる。<br /> 彼女は、しおらしく、私のなすがままになっていた。<br /> いつもなら、抱っこは疎か、気安く髪に触れられることすら嫌がるのに。<br />  <br /> 「どうして、私が彼と親しくしてたか……知りたい?」<br /> 「……別にぃ。勝手にすればいいでしょ」<br /> 「あらぁ。もしかして、ヤキモチ?」<br /> 「バカじゃない? いっぺん死んでみればぁ?」<br /> 「とっくの昔に経験ずみですわねぇ、それは――」<br />  <br /> いつものように、娯楽としての口喧嘩を楽しみつつ、柔らかな白銀の一房を撫でる。<br /> 彼女――ローゼンメイデンと呼ばれる人形『水銀燈』は、気持ちよさげに、うっとりと目を細めた。<br /> そんな素振りを見せられては、幸せな気分にさせられ、つい、私の口も軽くなる。<br />  <br /> 「……そろそろ、新しい傀儡を用意しなければね」<br /> 「前の傀儡は、かなりの役者だったわよねぇ。あの子の名前……雛苺、だっけ?」<br /> 「コリンヌ、よ。彼女は、そのように生きる道を選び、全うした。だから、他の誰でもないの」<br /> 「――そうね。確かに、そうだわ」<br /> 「彼女くらい役目を果たしてくれる人と、巡り会えたら良いのですけれど」<br /> 「そう簡単に見つかるなら、苦労しないわ。あの男……信頼できるの?」<br /> 「なかなか良さそうですわよ。見ず知らずの私を、親身になって介抱してくれましたし――」<br /> 「いまも、すすんで尽力してくれているし、ねぇ」<br />  <br /> 脈はある、と思う。彼が、私に好意を寄せ始めていることくらい、承知している。<br /> ちょっとだけ事実に脚色した『おとぎ話』で、興味と同情のタネは、植えつけた。<br /> あと、恋の芽生えと愛の開花、夢の結実のためには……とりあえず、水と肥料を与えなければね。<br />  <br /> 「さぁ、お仕事の時間よ、水銀燈。打ち合わせどおりに、お願いね」<br />  <br />  <br />  <br />   エピローグ 『ささやかな祈り』<br />  <br />  <br />  <br /></p> <hr />  <br />  <br /> 明け方、開け放した窓のむこうに疎らな雨だれを聴いて、僕はすっかり憂鬱になった。<br /> 真夏の小雨は、蒸し暑さを助長するだけの厄介者でしかない。<br /> よりによって、オディールさんとの待ち合わせの日に、降らなくても良いだろうに……<br />  <br /> 「気が利かない天気だ」<br />  <br /> グチグチと不平を並べながら、のそのそと身支度を始めた。<br />  <br />  <br />   ~  ~  ~<br />  <br />  <br /> 約束の時間ピッタリに、彼女は駅前に来た。<br /> 黒い傘、真っ黒なドレス、ハイヒールやハンドバッグに至るまで黒ずくめ。<br /> 真夏に見る黒は、天候の次第を問わず、暑苦しく感じられる。<br /> どうして黒なんだろう? と疑問に思い、よくよく考えて、腑に落ちた。<br />  <br /> 彼女が来日したのは、亡き祖母の名代として、二葉氏に手紙を渡すため。<br /> 大西洋で不幸に見舞われた一葉氏の冥福を祈る意味も、含まれていたかもしれない。<br /> そもそも考えてみたら、お盆が近いじゃないか。むしろ、喪服こそが相応しく思えてしまう。<br /> 若いのに、とても細やかな心遣いができる女の子みたいだ。<br />  <br /> それに引き替え、僕ときたら、普段着のグレーのサマースーツ。<br /> 結菱グループに君臨する傑物と面会するから、ネクタイは締めてきたけれど……<br /> ダメだなぁ、僕は。どうしてこう、なにかにつけて配慮が足りないのか。<br /> 失敗するたびに自分を戒めるけれど、その割に、ちっとも成長してないから嫌になる。<br />  <br /> 「あの……どうか、しました?」<br /> 「えっ? あ、ああ……ごめん。それじゃあ、行こうか」<br /> 「はい。行き方は、お任せします」<br />  <br /> 僕たち二人は電車に乗り、鎌倉に向かった。<br /> いざ鎌倉! なんて軽く言える雰囲気じゃなかったけれど、重苦しいわけでもなく……<br /> 車中でも、昨日と変わらず、普通に言葉を交わしていた。<br />  <br /> JR鎌倉駅の改札を出て見上げた空も、生憎の雨模様。<br /> 雨足が、傘をさすほどでもないくらい弱まっているのが、救いと言えば救いだ。<br /> 僕らは横に並んで、濡れて滑りやすい石畳を踏みしめ、二葉氏の住まう別荘へと向かった。<br />  <br /> 「タクシー、拾ったほうが良かったかな?」<br /> 「平気です。少しくらい遠くても、歩けますから」<br /> 「……わかった。でも、足が痛くなったら、遠慮せずに言って」<br /> 「ありがとう。お気遣いは、とても嬉しいですわ」<br />  <br /> このあたりの受け答えは、如才ないなと感心させられる。<br /> フォッセー家の令嬢として厳しく躾けられ、幼少の頃から社交慣れしているんだろう。<br />  <br />  <br /> ――坂の多い道を進んでゆくと、やがて、僕らの目指す館の瓦屋根が見えてきた。<br /> 別荘というから、ペンションに毛が生えた程度かなとイメージしていたけれど……<br /> いやはや。僕は、とんでもない思い違いをしていた。<br /> その屋敷は、ちょっとした温泉宿みたいに大きかったし、なにしろ庭が広かった。<br /> 公園だと教えられても、きっと、それを鵜呑みにしただろうくらいに。<br />  <br /> 足を止めて、垣根越しに、雨に煙る屋敷の全貌を見回していると、スーツの背中を引っ張られた。<br /> 「ねえ。なにかしら、あれ」彼女が指差す先には、閑静な佇まいに不似合いな人だかり。<br /> 屋敷の前に停車しているツートンカラーの車両が、不穏な気配を強くしていた。<br />  <br />  <br /><hr />  <br />  <br /> 「警察と、救急車じゃないか」隣で、彼が驚いたように言った。<br /> 「何かあったんだ。ボヤ騒ぎかな? それにしては、消防車は来てないし――」<br /> 「とりあえず、誰かに訊いてみませんか」<br /> 「あ、ああ……そうだ。そうだよね」<br />  <br /> 彼は、足早に騒動の場へと近づいて、カメラを持ったパパラッチ風の男に話しかけ、<br /> あからさまに血相を変えながら、私の元に駆け戻ってきた。<br />  <br /> 「とんでもないコトになったよ」それが、開口一番。<br /> 「どうなさったの?」<br /> 「結菱二葉氏が――亡くなった。亡くなってた、という方が正しいな」<br /> 「まあ! どうして?」<br /> 「どうやら老衰らしい。二葉氏には、これといった持病もなかったからって。<br />  車椅子に座ったまま、眠るように亡くなっているのを、今朝、家政婦に発見されたそうだよ」<br /> 「――そう、ですか」<br />  <br /> 私は顔を伏せて、口元を手で覆った。<br /> 嗚咽を堪えるためでも、ましてや、吐き気を催したわけでもない。笑みを隠すためだ。<br /> 可哀想な駒鳥さん。だァれが殺した駒鳥さん……。<br /> いつもながら、水銀燈は、いい仕事をしてくれるわね。全ては手筈どおりに。<br />  <br /> 俯き、小刻みに肩を震わせる私を見て、彼は、私が泣いていると思ったらしい。<br /> 私の肩に手を置いて、沈んだ声を出した。<br />  <br /> 「こんな時、なんて言ったらいいのか……。まあ、とにかく。一旦、戻ろう。<br />  お祖母さんの手紙は、二葉氏の葬儀の時に、ご遺族に渡したらどうかな」<br /> 「いえ……そこまでするほどの物でも。<br />  場合によっては、変な確執のタネにも、なりかねませんし。お祖母様も、それは望まないでしょう。<br />  ですから、このままで――私、明日、フランスに帰ります」<br /> 「そっか、うん。たった二日のことだったけど……寂しくなるね」<br /> 「それでしたら――」<br /> 「ん? なんだい」<br /> 「思い出づくり、しませんか。以前から、江ノ島に行ってみたかったんです」<br />  <br /> 涙のひとつも零さないで誘うなんて、不自然で露骨すぎたかしら?<br /> けれど、彼はその不自然さを、悲しみに負けまいとする私の気丈さと取ったらしい。<br /> 「ああ、いいよ」優しい目をして、白い歯を見せた。「じゃあ、行こうか。ここからなら近いし」<br />  <br />  <br /> タクシーで新江ノ島水族館の側まで行き、そこからは、また歩く。<br /> 雨降りというのに、島に続く弁天橋や、その下の浜辺は、海水浴客でごった返していた。<br /> 行き交う誰も彼もが、水着姿。スーツと喪服の取り合わせは、殊更に浮いて見える。<br />  <br /> 「さすがに混んでるな。はぐれたら大変だ」<br />  <br /> 言って、彼は不意に、私の手を強く握った。<br /> こんな服装なら、たとえ離ればなれになっても、すぐ見つけられるでしょうに。<br />  <br /> ――でも。女の子って、そんな、ちょっとした心遣いを嬉しく思うものなのよね。<br /> 私の胸も、久しぶりに、気持ちよくドキドキしてる。<br />  <br />  <br />  <br />   -2- へ続く<br />  <br />  
<p> <br />  <br /> 「わざわざ調べていただいて、ありがとうございました。本当に、助かりましたわ。<br />  ……ええ、はい。では、また明日に。それじゃあ……おやすみなさい」<br />  <br /> 通話を切るが早いか、ベッドの端に座り、耳をそばだてていた彼女が、聞こえよがしに鼻を鳴らした。<br />  <br /> 「バっカみたい。フランスに居た頃に、もう全ての調べがついてたでしょうに……<br />  なんだって今更、あーんな冴えない男の助力を頼んだわけぇ?」<br /> 「好きになってしまったから、お近づきのキッカケに」<br />  <br /> 「ぅえっ?!」首を絞められたような声を出して、彼女が凍りついた気配。<br /> 私は振り返って「――って答えたら満足?」と、微笑んだ唇から、舌を出して見せた。<br /> プライドが高く激情家なこの子は、からかわれると、すぐに柳眉を逆立てる。<br />  <br /> 「くだらなすぎて苛つくわ、そういうの。黒焦げのシシャモなみに嫌いよ」<br /> 「ふふ……ごめんなさい。そんなに、怒らないで」<br />  <br /> 言って、私はベッドに携帯電話を放り投げて、彼女の隣りに腰を降ろした。<br /> スプリングの微かな軋めきをお尻に感じながら、小さな彼女を膝の上に抱き寄せる。<br /> 彼女は、しおらしく、私のなすがままになっていた。<br /> いつもなら、抱っこは疎か、気安く髪に触れられることすら嫌がるのに。<br />  <br /> 「どうして、私が彼と親しくしてたか……知りたい?」<br /> 「……別にぃ。勝手にすればいいでしょ」<br /> 「あらぁ。もしかして、ヤキモチ?」<br /> 「バカじゃない? いっぺん死んでみればぁ?」<br /> 「とっくの昔に経験ずみですわねぇ、それは――」<br />  <br /> いつものように、娯楽としての口喧嘩を楽しみつつ、柔らかな白銀の一房を撫でる。<br /> 彼女――ローゼンメイデンと呼ばれる人形『水銀燈』は、気持ちよさげに、うっとりと目を細めた。<br /> そんな素振りを見せられては、幸せな気分にさせられ、つい、私の口も軽くなる。<br />  <br /> 「……そろそろ、新しい傀儡を用意しなければね」<br /> 「前の傀儡は、かなりの役者だったわよねぇ。あの子の名前……雛苺、だっけ?」<br /> 「コリンヌ、よ。彼女は、そのように生きる道を選び、全うした。だから、他の誰でもないの」<br /> 「――そうね。確かに、そうだわ」<br /> 「彼女くらい役目を果たしてくれる人と、巡り会えたら良いのですけれど」<br /> 「そう簡単に見つかるなら、苦労しないわ。あの男……信頼できるの?」<br /> 「なかなか良さそうですわよ。見ず知らずの私を、親身になって介抱してくれましたし――」<br /> 「いまも、すすんで尽力してくれているし、ねぇ」<br />  <br /> 脈はある、と思う。彼が、私に好意を寄せ始めていることくらい、承知している。<br /> ちょっとだけ事実に脚色した『おとぎ話』で、興味と同情のタネは、植えつけた。<br /> あと、恋の芽生えと愛の開花、夢の結実のためには……とりあえず、水と肥料を与えなければね。<br />  <br /> 「さぁ、お仕事の時間よ、水銀燈。打ち合わせどおりに、お願いね」<br />  <br />  <br />  <br />   エピローグ 『ささやかな祈り』<br />  <br />  <br />  </p> <hr /><p> <br />  <br /> 明け方、開け放した窓のむこうに疎らな雨だれを聴いて、僕はすっかり憂鬱になった。<br /> 真夏の小雨は、蒸し暑さを助長するだけの厄介者でしかない。<br /> よりによって、オディールさんとの待ち合わせの日に、降らなくても良いだろうに……<br />  <br /> 「気が利かない天気だ」<br />  <br /> グチグチと不平を並べながら、のそのそと身支度を始めた。<br />  <br />  <br />   ~  ~  ~<br />  <br />  <br /> 約束の時間ピッタリに、彼女は駅前に来た。<br /> 黒い傘、真っ黒なドレス、ハイヒールやハンドバッグに至るまで黒ずくめ。<br /> 真夏に見る黒は、天候の次第を問わず、暑苦しく感じられる。<br /> どうして黒なんだろう? と疑問に思い、よくよく考えて、腑に落ちた。<br />  <br /> 彼女が来日したのは、亡き祖母の名代として、二葉氏に手紙を渡すため。<br /> 大西洋で不幸に見舞われた一葉氏の冥福を祈る意味も、含まれていたかもしれない。<br /> そもそも考えてみたら、お盆が近いじゃないか。むしろ、喪服こそが相応しく思えてしまう。<br /> 若いのに、とても細やかな心遣いができる女の子みたいだ。<br />  <br /> それに引き替え、僕ときたら、普段着のグレーのサマースーツ。<br /> 結菱グループに君臨する傑物と面会するから、ネクタイは締めてきたけれど……<br /> ダメだなぁ、僕は。どうしてこう、なにかにつけて配慮が足りないのか。<br /> 失敗するたびに自分を戒めるけれど、その割に、ちっとも成長してないから嫌になる。<br />  <br /> 「あの……どうか、しました?」<br /> 「えっ? あ、ああ……ごめん。それじゃあ、行こうか」<br /> 「はい。行き方は、お任せします」<br />  <br /> 僕たち二人は電車に乗り、鎌倉に向かった。<br /> いざ鎌倉! なんて軽く言える雰囲気じゃなかったけれど、重苦しいわけでもなく……<br /> 車中でも、昨日と変わらず、普通に言葉を交わしていた。<br />  <br /> JR鎌倉駅の改札を出て見上げた空も、生憎の雨模様。<br /> 雨足が、傘をさすほどでもないくらい弱まっているのが、救いと言えば救いだ。<br /> 僕らは横に並んで、濡れて滑りやすい石畳を踏みしめ、二葉氏の住まう別荘へと向かった。<br />  <br /> 「タクシー、拾ったほうが良かったかな?」<br /> 「平気です。少しくらい遠くても、歩けますから」<br /> 「……わかった。でも、足が痛くなったら、遠慮せずに言って」<br /> 「ありがとう。お気遣いは、とても嬉しいですわ」<br />  <br /> このあたりの受け答えは、如才ないなと感心させられる。<br /> フォッセー家の令嬢として厳しく躾けられ、幼少の頃から社交慣れしているんだろう。<br />  <br />  <br /> ――坂の多い道を進んでゆくと、やがて、僕らの目指す館の瓦屋根が見えてきた。<br /> 別荘というから、ペンションに毛が生えた程度かなとイメージしていたけれど……<br /> いやはや。僕は、とんでもない思い違いをしていた。<br /> その屋敷は、ちょっとした温泉宿みたいに大きかったし、なにしろ庭が広かった。<br /> 公園だと教えられても、きっと、それを鵜呑みにしただろうくらいに。<br />  <br /> 足を止めて、垣根越しに、雨に煙る屋敷の全貌を見回していると、スーツの背中を引っ張られた。<br /> 「ねえ。なにかしら、あれ」彼女が指差す先には、閑静な佇まいに不似合いな人だかり。<br /> 屋敷の前に停車しているツートンカラーの車両が、不穏な気配を強くしていた。<br />  <br />  </p> <hr /><p> <br />  <br /> 「警察と、救急車じゃないか」隣で、彼が驚いたように言った。<br /> 「何かあったんだ。ボヤ騒ぎかな? それにしては、消防車は来てないし――」<br /> 「とりあえず、誰かに訊いてみませんか」<br /> 「あ、ああ……そうだ。そうだよね」<br />  <br /> 彼は、足早に騒動の場へと近づいて、カメラを持ったパパラッチ風の男に話しかけ、<br /> あからさまに血相を変えながら、私の元に駆け戻ってきた。<br />  <br /> 「とんでもないコトになったよ」それが、開口一番。<br /> 「どうなさったの?」<br /> 「結菱二葉氏が――亡くなった。亡くなってた、という方が正しいな」<br /> 「まあ! どうして?」<br /> 「どうやら老衰らしい。二葉氏には、これといった持病もなかったからって。<br />  車椅子に座ったまま、眠るように亡くなっているのを、今朝、家政婦に発見されたそうだよ」<br /> 「――そう、ですか」<br />  <br /> 私は顔を伏せて、口元を手で覆った。<br /> 嗚咽を堪えるためでも、ましてや、吐き気を催したわけでもない。笑みを隠すためだ。<br /> 可哀想な駒鳥さん。だァれが殺した駒鳥さん……。<br /> いつもながら、水銀燈は、いい仕事をしてくれるわね。全ては手筈どおりに。<br />  <br /> 俯き、小刻みに肩を震わせる私を見て、彼は、私が泣いていると思ったらしい。<br /> 私の肩に手を置いて、沈んだ声を出した。<br />  <br /> 「こんな時、なんて言ったらいいのか……。まあ、とにかく。一旦、戻ろう。<br />  お祖母さんの手紙は、二葉氏の葬儀の時に、ご遺族に渡したらどうかな」<br /> 「いえ……そこまでするほどの物でも。<br />  場合によっては、変な確執のタネにも、なりかねませんし。お祖母様も、それは望まないでしょう。<br />  ですから、このままで――私、明日、フランスに帰ります」<br /> 「そっか、うん。たった二日のことだったけど……寂しくなるね」<br /> 「それでしたら――」<br /> 「ん? なんだい」<br /> 「思い出づくり、しませんか。以前から、江ノ島に行ってみたかったんです」<br />  <br /> 涙のひとつも零さないで誘うなんて、不自然で露骨すぎたかしら?<br /> けれど、彼はその不自然さを、悲しみに負けまいとする私の気丈さと取ったらしい。<br /> 「ああ、いいよ」優しい目をして、白い歯を見せた。「じゃあ、行こうか。ここからなら近いし」<br />  <br />  <br /> タクシーで新江ノ島水族館の側まで行き、そこからは、また歩く。<br /> 雨降りというのに、島に続く弁天橋や、その下の浜辺は、海水浴客でごった返していた。<br /> 行き交う誰も彼もが、水着姿。スーツと喪服の取り合わせは、殊更に浮いて見える。<br />  <br /> 「さすがに混んでるな。はぐれたら大変だ」<br />  <br /> 言って、彼は不意に、私の手を強く握った。<br /> こんな服装なら、たとえ離ればなれになっても、すぐ見つけられるでしょうに。<br />  <br /> ――でも。女の子って、そんな、ちょっとした心遣いを嬉しく思うものなのよね。<br /> 私の胸も、久しぶりに、気持ちよくドキドキしてる。<br />  <br />  <br />  <br />   <a href="http://www4.atwiki.jp/3edk07nt/pages/277.html">-2- へ続く</a><br />  <br />  </p>

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