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『巴チャンバラ』」(2009/05/21 (木) 01:32:40) の最新版変更点

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    こんな夢を見た。     夏目漱石の小説みたいな台詞を枕に、黒髪の娘は、まじめな顔で語りだした。 その声が向けられた先には、カフェのテーブルを挟んで座る少年が、ひとり。   「決して夜が明けない世界。わたしは闇の中を独り、走り続けているわ」 「ただ走ってるだけ?」   ふるふる。彼女――柏葉巴は、青ざめた顔を、力なく横に振った。 少年、桜田ジュンの表情も、それを受けて曇る。 けれど、彼から訊ねようとはせず、巴が続けるのを辛抱づよく待っていた。   「わたしは巫女服を着て、二振りの刀を携えているのよ。いわゆる二刀流ね」 「……なんか、物騒な夢だな」   刀を持って走り回るだなんて、通り魔とか辻斬りみたいじゃないか。 そんなジュンの軽口に、巴は愛想笑うどころか、困惑が綯い交ぜになった顔をした。 仕切りなおしとばかりに、メロンソーダをストローで吸い上げるも、表情は変わらず。   「だけど、必要なの。襲撃者を、撃退するためにはね」 「襲撃者……って、暗い夜道に、痴漢とかストーカーが潜んでるのか」 「ええ。それらより、もっと質が悪い相手が、ね」   バカらしくて、話すのは気が引けるんだけど―― 巴は、そう口ごもりつつも、縋るような眼差しをジュンに注いでいた。   「その相手って言うのはね…………ゾンビなの」     「なんだよ、それ。ゲームのやりすぎで、そんな夢を見るんじゃないか?」   事実、ジュンは数日前に、巴と似た内容のゲームしたことを憶えていた。 彼女もかなり熱中していたし、愉しかった記憶が、夢に甦っているのではないか? そういうことは、ままある。   真意を探るべく、ジュンは巴の目を、まっすぐに見つめるけれど―― 彼女の瞳は、泳いだり、焦点が定まらなくなったりせずに、彼を見つめ返してくる。 およそ、嘘を吐いたり、からかっている風ではなかった。   「ゾンビは群をなして襲ってくるわ。それこそ、休む間もないほどにね。  わたしは、バッサバッサと斬って、斬りまくって……」 「……で、目を醒ますと、クッタクタに疲れてるワケか」 「そうなの。ここ最近、ずっと同じ夢ばかりで、眠った気がしなくて。  だから、こうして桜田くんに相談してるんだけど」   言って、巴は口元を手で覆うと、大欠伸をした。 ファンデーションで隠しているが、眼の下には、うっすらと隈が透けて見える。   「何日ぐらい、そんな状態が続いてるんだよ」 「えぇと……もう3日くらい連続で」 「なるほど。それは妄想の為せる技だな。間違いない」 「やっぱり、専門のカウンセリングとか、受けてみるべきなのかな」   不眠症は、れっきとした病気だ。 しかし、今回のケースは、少し違うのではないか。ジュンは、そう答えた。   「柏葉ってさ、けっこう、ストレスを溜め込んじゃうタイプだろ、性格的に。  そういう鬱憤を、夢の中で晴らしてたりするんじゃないか?」 「そう、なのかしら」 「専門家じゃないから、断言は、できないけどね。  ただ、それだけ繰り返し見るってコトはさ、  柏葉自身にも、少なからず欲求があるんじゃないのかって、思ったんだよ」 「わたしが……その夢を見たがってる、と?」   釈然としない様子の巴に、ジュンが問いかける。   「じゃあ訊くけど、夢の中でゾンビを斬りまくるのは、どうだった?」 「どうって?」 「ナニを感じたかって意味だよ。爽快感とかさ」 「それは――」   胸に手を当てて、考え込むこと、暫し。 巴は、ジュンの前でしか見せない照れ笑いを、満面に貼りつかせた。   「気持ちよかった……と思う。てへっ」 「てへっ、じゃないだろ」   と応じながらも、ジュンは自らの見立てが、それほど的外れではなさそうだと感じた。 普段はおとなしい巴も……いや、おとなしいからこそ、不満を溜め込んでしまい、 暴力的な衝動を、破裂しそうなほど蓄積させてしまっているのだろう。   フラストレーションを発散する術には、人それぞれのやり方がある。 剣道に長けた彼女は、見に染みついた経験から、ゾンビ相手に●●無双な世界を夢想した―― そんなところだろうか。夢とは願望の充足だから。   「柏葉は欲求不満なんだと思う。早速、僕の家に行って、治療にはいろうか。  リアルにブチ切れて暴れだす前に、ちゃんとガス抜きしなきゃ」 「え? 治療って、どんな?」 「まず、服を脱ぎます」 「…………びっくりするほどユートピア?」 「よく分かったな」  「ごめんなさい、わたし急用を思い出した」 「わー! 待て待て! 冗談だよ、冗談」   腰を浮かせかけた巴を宥めて、ジュンは表情を引き締めた。   「とりあえず、また僕の家でゲームでもしながら遊ぼうってことだよ」 「そんな簡単な方法で、不眠が治るのかしら?」 「さあ? 専門家じゃないから、そこは、なんとも――」 「……まあ。モノは試し、よね」   巴は、そそくさと席を立つ。「行きましょ、桜田くん」 「ああ、そうだな」と、ジュンも伝票を手に、カフェのレジへと向かった。       ~  ~  ~   その後。   「散れっ! あ、このド腐れがっ! ブッタ斬るわよ!」 「落ち着け、柏葉。チカラ入りすぎ! 人変わりすぎだって!  コントローラーがギシギシいってるぞ」   睡眠不足もあってか鼻息を荒くしながらゲームに興する巴に、ジュンはガクブル状態だった。   ちなみに、そのゲームの名は、『お姉チャンバラ』である。       ~  ~  ~   さらに、その翌日。 2人の、電話での会話。   「どうだった、柏葉。眠れたのか?」   受話器の向こうで、巴が、欠伸をかみ殺した気配。それが答えだった。   「ダメだったのか」 『でも、効果はあるような……そんな気がするの。だから――』 「うん?」 『今日も、治療につきあってもらっても……いい?』 「……うん。待ってる」   その後、夏休みの間中ずっと、2人は治療と称して一緒に遊んだそうな。       〆

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