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    好きになれない―― タオルで撫でるように濡れ髪を拭きながら、彼女は憂い顔で言った。   「だって、この湿気で、髪もお洋服も重たくなってしまうんですもの。  泥水が跳ねたりして汚れるし……毎年、この時期になると憂鬱で」   そりゃあ、足元まである長いウェービーヘアならば、当たり前だろう。 どんなに広い傘をさしたって、吹きつける雨を完全には遮れやしない。 あれだけ髪のボリュームがあると、アップにするのも限界があるだろうし。   「うーん。それって、ラーメンの縮れ麺にスープが絡みやすいのと同じ原理だよねー」   にこやかに切り返したら、きらきーちゃんに顰めっ面された。   「どういう発想ですの、それ?」 「やーまぁ、なんて言うか。きらきーちゃん、美味しそうだなぁって」 「それはそれは。お褒めいただき恐悦至極ですわね」   きらきーちゃんはニッコリ笑ってタオルを投げ捨てるや、むにに、と私の頬を摘んだ。 「――なんて言うワケないでしょう。  もう梅雨ですものね。貴女の脳にも、カビが生えてるのではなくて?」   うわぁー言う言う。しかし、このアッサリ毒味の軽口は、なかなか癖になる。 不肖このマゾッ子みっちゃんの脊髄に、ゾクゾク電気が流れたわよ。痺れちゃったわよ!   「ハァハァ……いいわ…………もっと罵って」 「ちょっと。呼吸が乱れてますけど、平気ですの? 救急車を呼びましょうか?」 「あ、心配しないで。いつもの発作だから、平気へっちゃら屁のカッパ」 「いえ、発作なら尚のこと――」 「キニシナイ、キニシナイ。ひと休み、ひと休み」   私は一休さん気取りで笑いながら、手をひらひらさせた。窓の外の雨模様に目を向ける。   「で、唐突に話は変わるんだけど。私は割と好きよー、雨」 「マイナスイオンで癒される気分になるから?」 「それもあるけど、なんて言うのかな……アニミズム的な、そんな感じなんだけど」 「……はあ」   よく分からない。きらきーちゃんの顔には、そう書いてある。 だから、私は言葉を並べるよりも唇に指を当てて、彼女に静粛を促した。   「聞こえるでしょ」   きらきーちゃんは、「なにが?」とは訊かなかった。 なぜなら、スタジオ内に響いている音は、雨だれしかなかったから。   窓や屋根を軽やかに打つ水滴の音は、クラリネット。 ごうごうと樋を落ちる水流の呻りは、ティンパニ。 走り抜ける車のタイヤに割られた水面の叫びは、コントラバス。 それらが演じるフーガに、しばし、私たちは耳を傾けていた。   「――ね?」 「と、水を向けられましても、どう答えていいものやら」 「雨が織りなす妙なる調べも、なかなか乙でしょ……ってコトよ」 「まあ…………悪くはない……かも知れませんわね」 「なーに、その回りくどい言い方は。テンション低いなぁー」 「草笛さんが無駄にテンション高すぎるだけでしょう」   溜息を吐く、きらきーちゃん。 湿った服を着続けていることで、すっかり鬱モードになっているらしい。   まあ、分からなくもないけど。靴がグジュグジュに濡れるのは気持ち悪いし。 生乾きの服を替えられないのは、ある意味、拷問だものね。 どういうワケか、自分の体臭にまで過敏になって、気力もゲロ萎えだったり。   とまあ、共感ばかりしてても始まらない。 被写体の気持ちと表情が曇りっぱなしじゃあ、こっちとしても困る。 カメラマンとして、ムードメイキングは必須のスキルだよねー。   「♪ Raindrops keep fallin’on my head ♪」   徐に私が口ずさむと、きらきーちゃんは『おや?』という風に小首を傾げた。   「その曲、よくラジオなんかで耳にしますね。有名な歌なんですか?」 「この歌? 『雨にぬれても』ってタイトルよ。  有名なのは『雨に唱えば』なんだけどー、私は『ぬれても』の方が好きなのよね」 「雨に、ぬれても……」 「スローテンポで、だけど軽妙なテンポで、あんまり雨の歌って感じじゃないでしょ」 「ですね。なんだか気持ちがウキウキしてきます」 「うんうん。雨の日だってね、気の持ちようで愉しくもなるってコトよ」   そう。結局は、そうなのだ。人生ポジティブにいかなきゃね! 嫌なことさえ楽しみに変えてしまう。それが自在にできるなら、最高に幸せだ。   「気の持ちよう……」   きらきーちゃんは雨に煙る景色を眺めながら、なにやら考えている。 そして、決心したように、ひとつ頷いた。 「草笛さん。今日のグラビア撮影ですけど……屋外でしませんか?」   ちょっとは、好きになれるかもしれない―― 濡れ髪を指で梳きながら、彼女は歌うように言って、照れ笑った。 私としても、ライトよりは自然光の下で撮りたかったから、二つ返事で承諾した。     撮影は大成功。きらきーちゃんはズブ濡れだったけど、素晴らしいカットが何枚も撮れた。 濡れた白い肌に、ブラウスやスカートがピッチピチに張りついて…… 透けブラとか、ショーツのラインとか……おっと、不覚にも鼻血が。 ……失礼。とにもかくにも、実に艶めかしく、扇情的だった。     てなワケで! ネット通販しちゃいます。   薔薇乙女写真集 第3弾 『雪華りん★エヴォリューション』   今回はなんと、ばば~んと限定1000部! きらきーちゃん直筆サイン付き! A3版、全50Pフルカラー。税込み価格10万円ポッキリ! お求めの際にはワッフルワッフルとコメントしてくださいねー♪   第1弾 『カナリアンナイト』 限定500部 完売 再販の予定なし 第2弾 『紅天女』      限定500部 完売 再販の予定なし     そして予告。   薔薇乙女写真集 第4弾 『妖獣マメヒナ』   ロリィでキュートで、ちょっぴりエッチな魅力を余すことなく紹介しちゃいまーす。 (仕様は予告なく変更される可能性があります)       「ふふふ……感じる! 感じるわ! 大儲けの予感が、この脊髄にビンビンとっ! みっちゃん幸せ~」 「草笛さん。ちょっと」 「あら、きらきーちゃん。なーに?」 「1000部にサインしたら腱鞘炎になってしまいました。  立派な労災ですわよね、これって。  はい、治療費の明細です。それから、慰謝料も払ってくださいね」 「え? …………フギャー!? なにこの金額っ!」 「払ってくださいね」 「ちょ、ま、待ってよ」 「払 っ て く だ さ い ね ♪」   いや、そんな――にこぉ~、と無垢な笑顔で言われましても。 今回の売り上げの9割は持ってかれる計算なんだけど……。 ボッタクリ! ボッタクリよ、これ! マジ有り得ない! 誰っ? いま『おまえが言うな』って笑ったのは!   ああ、でも無視することもできないし……。美味い話にゃ御用心ってワケね。 儲けどころか大赤字だわ、これ。     そのとき、私の心はドシャ降りだった。 バケツをひっくり返したように、とめどなく涙の雨が降りしきっていた。 溺れそうになりながら、私は震える声で歌う。クリスタルキングの『大都会』を。     ――こんな俺でも、いつかは光を浴びながら、きっと笑える日が来るさ。     【雨の】【歌声】    〆

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