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「『春の夜は……』」(2007/01/11 (木) 21:45:08) の最新版変更点
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『春の夜は……』<br>
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日一日と暖かさを増す春先の風に、はらはらと、花びらが舞い落ちる。<br>
花を咲かせているのは、水銀燈の家の庭に、一本だけある桜の古木。<br>
今夜は二人で夜桜見物。<br>
<br>
桜の根元にビニールシートを敷いて、未成年の二人は密かに、酒を酌み交わしていた。<br>
水銀燈が持ち出して来たのは、口当たりの良い、サクランボのリキュール。<br>
ジュースやスナック菓子だけの筈が、つい、酒に興味津々となって飲み始めてしまった。<br>
二人の頬も、すっかり桜色に染まっている。<br>
<br>
「今年も綺麗に咲いたわね、この桜」<br>
「去年は毛虫が大量発生したんだけどぉ、枯れずに済んで良かったわぁ」<br>
<br>
この古木は、二人が子供の頃から、こうして花を咲かせてきた。<br>
そして、二人して質素な花見をするのも、子供の頃からの慣例だった。<br>
<br>
調子に乗って、木の高い枝まで登って降りられなくなったり――<br>
折れた枝ごと落ちて、おしりに蒙古斑みたいな青痣を拵えたり――<br>
<br>
今となっては笑い話だが、本当に、いろいろあった。<br>
<br>
<br>
「真紅ってば、幼稚園の頃に『花咲か爺さん』の真似して、灰被りになってたっけぇ」<br>
「ふふ……そうそう。撒いた途端、向かい風が吹いて、ね」<br>
「灰被りと言ったら『シンデレラ』だけどぉ、真紅はぜぇんぜんダメねぇ。<br>
色気がないからぁ、王子様が迎えに来る気配がないわぁ」<br>
<br>
ほろ酔い加減で、けらけらと水銀燈が笑う中、真紅の額がビキビキッ! と鳴った。<br>
<br>
「なんですって~? 聞き捨てならないのだわっ」<br>
「ふへ? ちょ……真紅ぅ?」<br>
<br>
やおら立ち上がった真紅は、リキュールを瓶ごとラッパ飲みして、ふぅ……と吐息した。<br>
そして、ずびしっ! と水銀燈を指差す。<br>
真紅の眼は、完璧に据わっていた。完全無欠の酔っぱらい。<br>
<br>
「シンデレラに魔法がかけられるのは、これからなのだわっ」<br>
「ちょっと真紅ぅ、もう夜も遅いんだからぁ、静粛に――」<br>
<br>
唇に指を当てて黙らせようとする水銀燈を余所に、真紅は低い声で告げた。<br>
<br>
<br>
「…………変身するのだわ」<br>
<br>
<br>
言うが早いか、徐に服を脱ぎ始める真紅。<br>
一瞬にして酔いが醒める水銀燈。<br>
<br>
「えっ? ちょ、ちょっとちょっとぉ! なに、おっ始めてるのよぉ!」<br>
「変身するのだわ。ハニーフラッシュなのだわ」<br>
<br>
完全に支離滅裂……でもないか。変身という点では。<br>
しかし、当然の事ながら、看過できる状況ではない。<br>
水銀燈は、いま正にスラックスを脱ごうとしている真紅に縋りついた。<br>
<br>
「バカバカぁ! 止めなさいよぉ!」<br>
「離しなさい、水銀燈っ。私はシンデレラになるのよっ」<br>
「もう! この酔っ払いはぁ……って、そうだわぁ」<br>
<br>
水銀燈は機転を利かせて、腕時計を午前零時にセットすると、真紅に見せた。<br>
<br>
「見なさい、真紅っ。もう時間切れなのよ!」<br>
<br>
<br>
がぁ~ん!!<br>
<br>
<br>
擬音で表現するなら、真紅は正に、そんな表情をしていた。<br>
世界の終末を目の当たりにして、茫然と立ち尽くしている様な、そんな顔。<br>
<br>
「そんな……酷い……」<br>
<br>
かと思えば、今度はぽろぽろと泣きだす始末。これだから酔っ払いは……。<br>
ともあれ、このままでは近所迷惑になってしまう。<br>
<br>
「ま、とにかくぅ……冷えてきたし、家に入りましょうよぉ」<br>
<br>
しゃくり上げる真紅の肩を支えながら、水銀燈は彼女を、自分の部屋に連れていった。<br>
四苦八苦しながら真紅を宥め、ベッドに寝かし付けたのは、<br>
もうすぐ本当に午前零時を迎える頃だった。<br>
<br>
「あ、そうだわ……真紅の服、取ってきとかないとぉ」<br>
<br>
水銀燈は庭に出て、脱ぎ散らかされた真紅の服を持って、二階に上がった。<br>
寝ている内に、着せておいた方がいいだろう。<br>
部屋に入り、服を着せようと、下着姿の真紅を抱き起こした。<br>
その途端――<br>
<br>
真紅の眼が、ぱかっ! と開いた。<br>
束の間、訳の解らない表情を浮かべるが、それも一瞬のこと。<br>
あられもない自分の姿と、抱き起こされている状況を目の当たりにして、<br>
真紅は忽ち、顔ばかりか全身を紅潮させた。<br>
<br>
「な、なな……なにするのよ、水銀燈っ!」<br>
<br>
がすっ!<br>
弁明の機会すら与えられず、水銀燈の頬に真紅の右フックがクリーンヒット。<br>
<br>
(ひ……ひどいわぁ……真紅ぅ)<br>
<br>
遠退く意識の中で、水銀燈が眼にした壁掛け時計は、午前零時を過ぎていた。<br>
真紅にかかっていた酒の魔法は、解けてしまったらしい。<br>
<br>
<br>
もう真紅に酒は飲ませない。<br>
そう決意した直後、水銀燈の意識は途切れた。<br>
<br>
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<br>
こうして、二人の慣例行事に、新たな1ページが書き加えられたとさ。<br>
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『春の夜は……』<br>
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日一日と暖かさを増す春先の風に、はらはらと、花びらが舞い落ちる。<br>
花を咲かせているのは、水銀燈の家の庭に、一本だけある桜の古木。<br>
今夜は二人で夜桜見物。<br>
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桜の根元にビニールシートを敷いて、未成年の二人は密かに、酒を酌み交わしていた。<br>
水銀燈が持ち出して来たのは、口当たりの良い、サクランボのリキュール。<br>
ジュースやスナック菓子だけの筈が、つい、酒に興味津々となって飲み始めてしまった。<br>
二人の頬も、すっかり桜色に染まっている。<br>
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「今年も綺麗に咲いたわね、この桜」<br>
「去年は毛虫が大量発生したんだけどぉ、枯れずに済んで良かったわぁ」<br>
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この古木は、二人が子供の頃から、こうして花を咲かせてきた。<br>
そして、二人して質素な花見をするのも、子供の頃からの慣例だった。<br>
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調子に乗って、木の高い枝まで登って降りられなくなったり――<br>
折れた枝ごと落ちて、おしりに蒙古斑みたいな青痣を拵えたり――<br>
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今となっては笑い話だが、本当に、いろいろあった。<br>
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「真紅ってば、幼稚園の頃に『花咲か爺さん』の真似して、灰被りになってたっけぇ」<br>
「ふふ……そうそう。撒いた途端、向かい風が吹いて、ね」<br>
「灰被りと言ったら『シンデレラ』だけどぉ、真紅はぜぇんぜんダメねぇ。<br>
色気がないからぁ、王子様が迎えに来る気配がないわぁ」<br>
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ほろ酔い加減で、けらけらと水銀燈が笑う中、真紅の額がビキビキッ! と鳴った。<br>
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「なんですって~? 聞き捨てならないのだわっ」<br>
「ふへ? ちょ……真紅ぅ?」<br>
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やおら立ち上がった真紅は、リキュールを瓶ごとラッパ飲みして、ふぅ……と吐息した。<br>
そして、ずびしっ! と水銀燈を指差す。<br>
真紅の眼は、完璧に据わっていた。完全無欠の酔っぱらい。<br>
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「シンデレラに魔法がかけられるのは、これからなのだわっ」<br>
「ちょっと真紅ぅ、もう夜も遅いんだからぁ、静粛に――」<br>
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唇に指を当てて黙らせようとする水銀燈を余所に、真紅は低い声で告げた。<br>
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「…………変身するのだわ」<br>
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言うが早いか、徐に服を脱ぎ始める真紅。<br>
一瞬にして酔いが醒める水銀燈。<br>
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「えっ? ちょ、ちょっとちょっとぉ! なに、おっ始めてるのよぉ!」<br>
「変身するのだわ。ハニーフラッシュなのだわ」<br>
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完全に支離滅裂……でもないか。変身という点では。<br>
しかし、当然の事ながら、看過できる状況ではない。<br>
水銀燈は、いま正にスラックスを脱ごうとしている真紅に縋りついた。<br>
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「バカバカぁ! 止めなさいよぉ!」<br>
「離しなさい、水銀燈っ。私はシンデレラになるのよっ」<br>
「もう! この酔っ払いはぁ……って、そうだわぁ」<br>
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水銀燈は機転を利かせて、腕時計を午前零時にセットすると、真紅に見せた。<br>
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「見なさい、真紅っ。もう時間切れなのよ!」<br>
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がぁ~ん!!<br>
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擬音で表現するなら、真紅は正に、そんな表情をしていた。<br>
世界の終末を目の当たりにして、茫然と立ち尽くしている様な、そんな顔。<br>
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「そんな……酷い……」<br>
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かと思えば、今度はぽろぽろと泣きだす始末。これだから酔っ払いは……。<br>
ともあれ、このままでは近所迷惑になってしまう。<br>
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「ま、とにかくぅ……冷えてきたし、家に入りましょうよぉ」<br>
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しゃくり上げる真紅の肩を支えながら、水銀燈は彼女を、自分の部屋に連れていった。<br>
四苦八苦しながら真紅を宥め、ベッドに寝かし付けたのは、<br>
もうすぐ本当に午前零時を迎える頃だった。<br>
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「あ、そうだわ……真紅の服、取ってきとかないとぉ」<br>
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水銀燈は庭に出て、脱ぎ散らかされた真紅の服を持って、二階に上がった。<br>
寝ている内に、着せておいた方がいいだろう。<br>
部屋に入り、服を着せようと、下着姿の真紅を抱き起こした。<br>
その途端――<br>
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真紅の眼が、ぱかっ! と開いた。<br>
束の間、訳の解らない表情を浮かべるが、それも一瞬のこと。<br>
あられもない自分の姿と、抱き起こされている状況を目の当たりにして、<br>
真紅は忽ち、顔ばかりか全身を紅潮させた。<br>
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「な、なな……なにするのよ、水銀燈っ!」<br>
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がすっ!<br>
弁明の機会すら与えられず、水銀燈の頬に真紅の右フックがクリーンヒット。<br>
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(ひ……ひどいわぁ……真紅ぅ)<br>
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遠退く意識の中で、水銀燈が眼にした壁掛け時計は、午前零時を過ぎていた。<br>
真紅にかかっていた酒の魔法は、解けてしまったらしい。<br>
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もう真紅に酒は飲ませない。<br>
そう決意した直後、水銀燈の意識は途切れた。<br>
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こうして、二人の慣例行事に、新たな1ページが書き加えられたとさ。<br>
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