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~第十章~」(2007/01/24 (水) 22:41:14) の最新版変更点

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<p> <br> ~第十章~<br> <br> <br> めぐが立ち去った事で、睡鳥夢の効果は失われた。<br> だが、戒めを解かれてホッ……としたのも束の間、一難去って、また一難。<br> 森の中なら、槍や刀を手にした穢れの者どもが、続々と湧き出してきた。<br> やはり、そう簡単には見逃してもらえないらしい。<br> <br> 状況は、かなり不利だ。<br> 蒼星石の剣が折られ、水銀燈の太刀は森の中に飛ばされてしまった。<br> 仮に得物が手元に有ったとしても、蒼星石は気を失ったままだし、<br> 水銀燈はめぐと斬り合った動揺を引きずっている。<br> とても、充分な戦力にはなり得なかった。<br> <br> 得物を手にしているのは、真紅と薔薇水晶のみ。<br> その真紅も、暢気に眠りこけていた。<br> ジュンが撃たれた時の銃声ですら目を覚まさないとは、どういう神経をしているのか。<br> <br> 「銀ちゃん、下がって。私が前に出る。真紅と蒼ちゃんを……お願い」 <br> 「わ、解ったわ。任せたわよ、薔薇しぃ」<br> <br> 薔薇水晶は、腰の両脇に吊した小太刀『樹』と『焔』を引き抜き、縁側から飛び出した。<br> それを待ち構えていたかの様に、無数の矢が飛来する。<br> けれど、薔薇水晶を狙ったものは殆ど無く、ほぼ全てが庵に放たれた火矢だった。<br> 茅葺きの屋根に火矢が突き立ち、徐々に火勢を強めていく。<br> <br> 庵の中には、行動不能の真紅と蒼星石がいる。<br> 水銀燈ひとりでは、二人を両脇に抱えるだけで精一杯だ。とても戦える状態ではない。<br> <br> 彼女たちが脱出する時間を稼ぐためには、敵の眼を自分に引き付けるしかなかった。<br> だが勿論、何の用意も無しに、あれだけの敵に突撃するのは自殺行為だ。<br> 簡素な部分鎧を着けているとは言え、そんな物は所詮、気休め。<br> <br> 奇声を発して斬りかかってきた数体の足軽を瞬時に切り伏せ、薔薇水晶は走った。<br> こういう場合、躊躇いは命取りになる。一所に立ち止まってはダメだ。<br> 薔薇水晶は穢れの者どもの前衛に飛び込み、手当たり次第に斬って、斬りまくった。<br> <br> 「小太刀二刀流は、天衣無縫……。雑兵に見切れるほど……安くない」<br> <br> 混戦に持ち込んだお陰で、弓足軽の射撃はこない。穢れの者でも、同士討ちは避けるらしい。<br> とは言え、所詮は小太刀。乱戦になれば有利でも、距離を取られると厳しい。<br> <br> 「せめて、銀ちゃんの太刀だけでも回収できれば――」<br> <br> 状況は、かなり好転する。今、攻撃的な精霊は、水銀燈の冥鳴だけだ。<br> でも、肝心の太刀は、何処に?<br> 周囲を見回すが、敵が多すぎて、全く解らない。下草に埋もれていたら絶望的だ。<br> <br> 「どこ? どこに有るの?」<br> <br> 必死に太刀を探そうとする薔薇水晶を嘲笑うように、槍が繰り出される。<br> 槍の穂先を小太刀で弾き、間合いに飛び込む。<br> <br> 「邪魔……しないで」<br> <br> 言って、薔薇水晶は穢れの者の虚ろな眼窩に、小太刀を突き入れた。<br> <br> <br> <br> 一方、水銀燈は蒼星石を抱えて迫り来る炎を避けながら、爪先で真紅の頭を小突いていた。<br> けれど、真紅は目を覚まさない。幾ら何でも、様子が変すぎる。<br> 水銀燈は眉を顰めながら、蒼星石を降ろし、真紅の額に手を遣った。<br> <br> 「熱はないわ。呼吸も、安定してるのに……あぁもぅ! どういう事よぉ?」<br> <br> 試しに、思いっ切り真紅の頬をひっぱたいたが、それでも真紅は起きなかった。<br> どうなっているのか、ちっとも判らない。<br> 痺れを切らして、掛け布団を引き剥がした水銀燈は、予想もしなかった事態に息を呑んだ。<br> いつの間に潜り込んでいたのか、真紅の身体に巨大なムカデが巻き付いていたのだ。<br> その頭は、胸元から巫女装束の中に侵入している。<br> <br> 「っこの、ムシケラがっ!」<br> <br> 水銀燈は枕元に置かれていた神剣を掴むなり、引き抜いて、ムカデに斬り付けた。<br> 一歩間違えば、真紅まで傷付けてしまう状況だが、水銀燈は躊躇わない。<br> 胴の途中で両断されたムカデは、じたばたと身悶え、緑色の体液を撒き散らした。<br> <br> 「あっち行けっ! 汚らわしいわねっ!」<br> <br> 暴れるムカデの胴を部屋の隅に蹴り飛ばし、水銀燈は真紅の服を掴むと、胸元を開いた。<br> ムカデの牙が、真紅の脇腹に食い込んでいる。なにか、毒物でも注入されていたのか?<br> 水銀燈は、真紅を噛んでいたムカデの顎をこじ開け、取り外すと庭に投げ捨てた。<br> <br> 「真紅! 真紅ぅっ!」<br> <br> 呼びかけながら、ぺしぺしと頬を叩くと、真紅は小さく呻いた。<br> 真紅の瞼が、うっすらと開く。瞳孔に、曇りなどの異常は見られない。<br> 良かった、気が付いた。<br> 喜んだのも一瞬、水銀燈の頬に、真紅の握り拳が飛んできた。<br> <br> 「あ痛ぁ~。な、なにするのぉ」<br> 「それは、私の台詞なのだわ! 人が眠っている間に、なにを――」<br> <br> そう言えば、胸をはだけさせたままだった。<br> 真紅は顔を真っ赤にして、服を掻き寄せながら、水銀燈を睨み付けた。<br> 目には涙を浮かべている。<br> <br> 「あ~……あのねぇ、真紅ぅ。思いっ切り、誤解だからぁ」<br> <br> 水銀燈が部屋の隅と、庭を指差す。<br> その順番に頚を巡らした真紅は、少し考えて「ごめんなさい」と、素直に頭を下げた。<br> <br> 「解ってくれたなら良いわよぉ。それより、薔薇しぃの救援に行って」<br> 「貴女は、どうするの?」<br> 「とりあえず、神剣の鞘だけ貸しといて。こんな物でも、武器にはなるわぁ」<br> <br> 真紅は水銀燈から神剣を渡されると、燃え上がる畳を飛び越え、庭に降り立った。<br> 今のところ、体調は問題ないらしいが、だからと言って楽観など出来ない。<br> あまり無理をさせないように、早く戦線復帰しなくては。<br> <br> 「さぁて。お次は、こっちねぇ」<br> <br> 元気いっぱいに立ち回る真紅を見守りながら、水銀燈は蒼星石に活を入れた。<br> <br> 「うっ! は……ボクは、一体……」<br> 「説明は後、敵襲よ。蒼ちゃんは、これで真紅を援護して」<br> <br> 正気付いた蒼星石に神剣の鞘を渡して、水銀燈は燃え盛る庵から、外に出た。<br> 取り囲まれた庵の、何処から飛びだそうとも、敵が待ち構えている。<br> 水銀燈にとって幸いだったのは、弓足軽が近くに居なかった点だ。<br> 徒手空拳のところに矢を射られたら、水銀燈といえども無傷では済まなかっただろう。<br> 最悪、死という事態にも、なりかねなかった。<br> <br> 斬りかかってきた足軽の手首を左手で掴み、顔面に右の拳を叩き込む。<br> 手が痛くなるくらいに強打すると、足軽の頭蓋骨は、粉々に砕けてしまった。<br> <br> 「……脆いわねぇ。骨粗鬆症じゃないのぉ?」<br> <br> ともあれ、刀は手に入れた。見るからに、なまくらだが……暫くは保つだろう。<br> 水銀燈は庵の位置から、自分の太刀が弾き飛ばされた方角の見当を付けた。<br> ちょっと遠いが、行って辿り着けない距離ではない。<br> 唯一の問題は、自身を取り囲んでいる穢れの者が、あまりに多いということだ。<br> <br> じりじり……と、包囲網が狭められる。<br> 四方八方から同時に斬り付けられたら、一巻の終わりだろう。<br> <br> 先手必勝。水銀燈は包囲網の最も手薄な部分を狙って、切り込んだ。<br> 敵の刀を弾き飛ばし、陣笠ごと頭蓋を両断する。<br> 更に、真横から突き出された刀を躱して、袈裟懸けにした。<br> <br> だが、斬ったと同時に刃が足軽の胴丸を噛み、水銀燈の刀が折れた。<br> なんて脆弱な刀を使っているのだろうか。それとも、いい加減くたびれていたのか。<br> どっちみち、使い物にならない。<br> 内心で毒突いて、水銀燈は折れた刀を、近くの足軽に投げ付けた。<br> <br> 丸腰になった途端に、穢れの者どもは一斉に斬りかかってきた。<br> 弱い相手を嵩にかかって襲うとは、卑怯千万。<br> だが、戦術としては正しいし、穢れの者らしいといえば、それらしいと思えた。<br> <br> 水銀燈は咄嗟に右真横に飛んで、初太刀を躱した。<br> 倒れたところへ、槍が繰り出される。入れ替わり立ち替わりで、休む間もない。<br> 絡みつく下草に難儀しながらも、転がって避け続けていた水銀燈の背中が、<br> 何かに当たって止まる。当たり具合からして、人の脚っぽかった。<br> <br> (ま、まさかぁ……)<br> <br> 恐る恐る見上げれば、刀を逆手に握った足軽が、今まさに自分を刺し貫こうとしていた。<br> 無駄とは承知しつつ、水銀燈は条件反射的に腕を上げて頭を庇った。<br> <br> 直後、足軽の頭蓋骨が吹き飛び、消滅していく。<br> その後ろから、薔薇水晶が姿を現した。<br> <br> 「間に合ったね。銀ちゃん、ここは……私が」<br> 「助かったわ! ちょっとの間、そいつらを食い止めておいて!」<br> 「任せて……誰も、通さないから」<br> <br> ――なんて大見得を切ったは良いが、多勢に無勢という感は、拭いきれない。<br> 薔薇水晶は、発動型装甲精霊を起動した。<br> <br> 「……圧鎧」<br> <br> すると、纏っていた部分鎧が、瞬く間に特殊な形状を取った。<br> 効果としては、真紅の法理衣と同じだが、彼女の精霊『圧鎧』は、<br> 形状変化を任意で行えるという特徴を持っていた。<br> 薔薇水晶は足軽三体の斬撃を全て装甲で受け止めると、二本の小太刀で、<br> 三体の足軽を易々と破壊した。<br> <br> 「次…………来い」<br> <br> 金色の隻眼に睨まれ、穢れの者どもは、じりっ……と後退した。<br> 薔薇水晶は小太刀の峰に舌を這わせながら、威圧的に、一歩を踏み出す。<br> 彼女の様子は、差詰め、鎌の手入れに余念のない蟷螂を彷彿させた。<br> <br> 「……来ないなら、こっちから……行くよ」<br> <br> 言い終えるより先に、彼女は獲物を狩る猛獣のごとく突進していた。<br> 気迫に怯んだ敵も、容赦なく斬り捨てる。<br> <br> ――今度こそ、約束は守る。護り抜いてみせる。<br> ジュンの護衛を任されていながら、私は何も出来なかった。<br> めぐが凶弾に倒れた彼を担ぎ、連れ去るのを、ただ指を銜えて見ていただけ。<br> それが、どれほど屈辱的だったことか……。<br> <br> 後悔の念だけが、今の薔薇水晶を突き動かしていた。<br> もう、自分の無力さを思い知らされるのはイヤ。<br> 考えすぎて臆病になるなら、いっそ最初から、何も考えずに闘えばいい。<br> 薔薇水晶は、群がってくる者すべてを敵と見なして、我武者羅に戦い続けた。<br> <br> <br> 気付けば、敵の数もかなり減っていた。ちょっと呼吸を整える余裕が生まれる。<br> だが、そこにこそ落とし穴があった。<br> 刹那の油断。<br> 左側で破裂音が轟いた途端、薔薇水晶は左側頭部に強烈な衝撃を受けて、倒れた。<br> 一瞬で目が眩み、意識が飛びそうになった。膝が、ガクガクと震えて立ち上がれない。<br> <br> 鉄砲で狙撃されたのだと、直ぐに察しが付いた。<br> 精霊を起動していなかったら……と考えると、ゾッとする。<br> これだから、隻眼というのは不便だ。どうしても、左側の死角が広くなってしまう。<br> <br> 霞む視界の向こうから、槍を構えた足軽の群が突進してくるのが見えた。<br> <br> (ああ……もう、ダメかも知れない。<br> もう一度、お姉ちゃんに……会いたかったのに)<br> <br> 力無く瞼を閉じる寸前、薔薇水晶の視界に、人影が飛び込んできた。<br> その人影は長い太刀を振り抜き、只の一撃で、数体の足軽を薙ぎ払っていた。<br> <br> 「お待たせぇ、薔薇しぃ。お~い……生きてるぅ?」<br> 「お、遅い……よ。銀ちゃ……ん」<br> <br> 安堵で気が弛んだ薔薇水晶は、そのまま気を失った。<br> 水銀燈は「よく頑張ったね」と囁きかけて、一本の木に駆け寄った。<br> 樹上に、薔薇水晶を狙撃した鉄砲足軽が隠れている事を、知っていたからだ。<br> <br> 水銀燈が木の根元に辿り着いた時、鉄砲足軽もまた、次の弾を込め終えたところだった。<br> 鉄砲を構える暇など、与えはしない。<br> 大上段から太刀を振り下ろすと、斬った枝ごと、鉄砲足軽が落ちてきた。<br> 返す刀で、斬り上げる。<br> 鉄砲足軽は空中で両断され、飛散、消滅した。<br> <br> 「あと、どのくらい残ってるのよぉ!」<br> <br> ぐるり見回すと、かなり駆逐したのが判った。<br> 鉄砲の音は聞こえない。狙撃できる足軽は、もう居ないみたいだ。<br> 残りの敵兵力は、真紅と蒼星石の方に偏っていた。       <br> <br> 「あれさえ叩けば、大勢は決するわねぇ」<br> <br> 見抜いた水銀燈は、二人に危険が及ばない位置を定めて、冥鳴を起動した。<br> <br> <br> <br> <br> 真紅と蒼星石は、自分たちの後方で、冥鳴が暴れるのを見て勝利を確信した。<br> 残敵は、僅か。水銀燈と薔薇水晶が合流すれば、程なくして駆逐できるだろう。<br> <br> 「真紅っ! あいつが大将みたいだよ」<br> 「あれは、笹塚っ!」<br> <br> 蒼星石の指差した木陰では、法衣を纏った男が、苦り切った表情で戦況を眺めていた。<br> 真紅は法理衣を起動して、真っ直ぐに笹塚の居る木陰を目指す。<br> こんどこそ、息の根を止めてやる。<br> <br> 真紅の接近を知って、笹塚は鉄砲を構え、撃鉄を落とした。<br> ロクに狙いも定めず撃ったものだから、銃弾は大きく逸れて、<br> 真紅の脇に居た足軽の頭を砕いただけだった。<br> 笹塚は「くそっ!」と悪態を吐き、隣に居た護衛の鎧武者を、真紅の方に突き飛ばした。<br> その鎧武者を斬り伏せた時にはもう、笹塚は風を繰って、姿を消していた。<br> 逃げ足だけは早い奴だ。真紅は小さく、舌打ちした。<br> <br> <br> 笹塚の逃走により、蜘蛛の子を散らすように逃げ出す雑兵たち。<br> 焼け落ちた庵の前に、気絶した薔薇水晶を抱えた水銀燈が合流する。<br> そこにジュンの姿が無いと知って、蒼星石の表情が、見る間に翳った。<br> <br> 「水銀燈っ! 彼は……ジュンは、どこなのっ!」<br> <br> 水銀燈は、苦渋に満ちた表情を浮かべた。<br> 言いたくない。でも、伝えねばならない。<br> <br> 「ジュンは…………ヤツらに、連れ去られたわ」<br> 「そ……んな――――」<br> <br> 自分が気を失っていた間に、ジュンは……居なくなってしまった。<br> その事実を突き付けられ、蒼星石は自分の不甲斐なさを呪った。<br> 折角、会いに来たのに! やっと逢えたのに! もっと、色々な話をしたかったのに!<br> 彼が連れ去られた時、自分は気絶していただけ。<br> 力尽くで取り返すことすら出来なかった。<br> <br> 「なぜ、ボクは……いつも……何も出来ないのさ。<br> どうしてっ! どうしてぇっ!!」<br> <br> 蒼星石の嗚咽と絶叫が、焦げ臭い空気が漂う森に吸い込まれては、消えた。<br> <br> <br> <br> <br> ――明伝藩、某所。<br> 渓流の水が砕ける音を遠くに聞きながら、その娘は粗末な小屋の中、蘭学書を手に薬の調合をしていた。<br> 小屋の壁に作り付けの本棚には、様々な書物が収められている。<br> 系統で見ると医学書が最も多く、中には、原版の医学書もあった。<br> <br> 突然に、戸板が激しく叩かれた。急患だろうか? <br> 山奥では、しばしば急な傷病人が出る。滑落だの、食中たりだの、他にも……。<br> <br> 「先生! 金糸雀先生!」<br> 「はいはい……いま開けるから、ちょっと待つかしら」<br> <br> 戸を開けると、炭焼き小屋で働いている伴天連の宣教師が、栗色の長い髪の娘を抱えていた。<br> 見慣れない顔だった。この付近の娘ではない。着ている物も、忍びのようだ。<br> <br> 「……ベジータ、この娘は?」<br> 「知らねぇよ。川の上から、流されて来たんだからな」<br> 「そう……ああ、そこの診察台に、寝かせるかしら」<br> <br> ベジータは金糸雀の指示通りに、診察台に娘を横たえ、頼んだぜ……と言い残して帰った。<br> 虫の息だが、まだ生きている。金糸雀は、直ぐに娘の衣服を剥いで、検診した。<br> 一目で、極めて危険な状態だと判った。普通なら、とっくに死んでいる。<br> まずは、傷を塞がなくては駄目だ。<br> <br> 失血も多いし、体力を失っている状態で、この娘が手術に耐えられるかどうか――<br> 大博打だが……助けるには、それしかない。放っておけば、確実に死ぬだけだから。<br> <br> 「カナは最善を尽くすから、あなたも頑張るかしら」<br> <br> 娘の耳元に囁きかけて、金糸雀は緊急手術の準備を始めた。<br> <br> <br> =<a href="http://www4.atwiki.jp/3edk07nt/pages/53.html">第十一章につづく</a>=</p>
<p> <br>   ~第十章~<br> <br> <br> めぐが立ち去った事で、睡鳥夢の効果は失われた。<br> だが、戒めを解かれてホッ……としたのも束の間、一難去って、また一難。<br> 森の中なら、槍や刀を手にした穢れの者どもが、続々と湧き出してきた。<br> やはり、そう簡単には見逃してもらえないらしい。<br> <br> 状況は、かなり不利だ。<br> 蒼星石の剣が折られ、水銀燈の太刀は森の中に飛ばされてしまった。<br> 仮に得物が手元に有ったとしても、蒼星石は気を失ったままだし、<br> 水銀燈はめぐと斬り合った動揺を引きずっている。<br> とても、充分な戦力にはなり得なかった。<br> <br> 得物を手にしているのは、真紅と薔薇水晶のみ。<br> その真紅も、暢気に眠りこけていた。<br> ジュンが撃たれた時の銃声ですら目を覚まさないとは、どういう神経をしているのか。<br> <br>  「銀ちゃん、下がって。私が前に出る。真紅と蒼ちゃんを……お願い」 <br>  「わ、解ったわ。任せたわよ、薔薇しぃ」<br> <br> 薔薇水晶は、腰の両脇に吊した小太刀『樹』と『焔』を引き抜き、縁側から飛び出した。<br> それを待ち構えていたかの様に、無数の矢が飛来する。<br> けれど、薔薇水晶を狙ったものは殆ど無く、ほぼ全てが庵に放たれた火矢だった。<br> 茅葺きの屋根に火矢が突き立ち、徐々に火勢を強めていく。<br> <br> 庵の中には、行動不能の真紅と蒼星石がいる。<br> 水銀燈ひとりでは、二人を両脇に抱えるだけで精一杯だ。とても戦える状態ではない。<br> <br> 彼女たちが脱出する時間を稼ぐためには、敵の眼を自分に引き付けるしかなかった。<br> だが勿論、何の用意も無しに、あれだけの敵に突撃するのは自殺行為だ。<br> 簡素な部分鎧を着けているとは言え、そんな物は所詮、気休め。<br> <br> 奇声を発して斬りかかってきた数体の足軽を瞬時に切り伏せ、薔薇水晶は走った。<br> こういう場合、躊躇いは命取りになる。一所に立ち止まってはダメだ。<br> 薔薇水晶は穢れの者どもの前衛に飛び込み、手当たり次第に斬って、斬りまくった。<br> <br>  「小太刀二刀流は、天衣無縫……。雑兵に見切れるほど……安くない」<br> <br> 混戦に持ち込んだお陰で、弓足軽の射撃はこない。穢れの者でも、同士討ちは避けるらしい。<br> とは言え、所詮は小太刀。乱戦になれば有利でも、距離を取られると厳しい。<br> <br>  「せめて、銀ちゃんの太刀だけでも回収できれば――」<br> <br> 状況は、かなり好転する。今、攻撃的な精霊は、水銀燈の冥鳴だけだ。<br> でも、肝心の太刀は、何処に?<br> 周囲を見回すが、敵が多すぎて、全く解らない。下草に埋もれていたら絶望的だ。<br> <br>  「どこ? どこに有るの?」<br> <br> 必死に太刀を探そうとする薔薇水晶を嘲笑うように、槍が繰り出される。<br> 槍の穂先を小太刀で弾き、間合いに飛び込む。<br> <br>  「邪魔……しないで」<br> <br> 言って、薔薇水晶は穢れの者の虚ろな眼窩に、小太刀を突き入れた。<br> <br> <br> <br> 一方、水銀燈は蒼星石を抱えて迫り来る炎を避けながら、爪先で真紅の頭を小突いていた。<br> けれど、真紅は目を覚まさない。幾ら何でも、様子が変すぎる。<br> 水銀燈は眉を顰めながら、蒼星石を降ろし、真紅の額に手を遣った。<br> <br>  「熱はないわ。呼吸も、安定してるのに……あぁもぅ! どういう事よぉ?」<br> <br> 試しに、思いっ切り真紅の頬をひっぱたいたが、それでも真紅は起きなかった。<br> どうなっているのか、ちっとも判らない。<br> 痺れを切らして、掛け布団を引き剥がした水銀燈は、予想もしなかった事態に息を呑んだ。<br> いつの間に潜り込んでいたのか、真紅の身体に巨大なムカデが巻き付いていたのだ。<br> その頭は、胸元から巫女装束の中に侵入している。<br> <br>  「っこの、ムシケラがっ!」<br> <br> 水銀燈は枕元に置かれていた神剣を掴むなり、引き抜いて、ムカデに斬り付けた。<br> 一歩間違えば、真紅まで傷つけてしまう状況だが、水銀燈は躊躇わない。<br> 胴の途中で両断されたムカデは、じたばたと身悶え、緑色の体液を撒き散らした。<br> <br>  「あっち行けっ! 汚らわしいわねっ!」<br> <br> 暴れるムカデの胴を部屋の隅に蹴り飛ばし、水銀燈は真紅の服を掴むと、胸元を開いた。<br> ムカデの牙が、真紅の脇腹に食い込んでいる。なにか、毒物でも注入されていたのか?<br> 水銀燈は、真紅を噛んでいたムカデの顎をこじ開け、取り外すと庭に投げ捨てた。<br> <br>  「真紅! 真紅ぅっ!」<br> <br> 呼びかけながら、ぺしぺしと頬を叩くと、真紅は小さく呻いた。<br> 真紅の瞼が、うっすらと開く。瞳孔に、曇りなどの異常は見られない。<br> 良かった、気が付いた。<br> 喜んだのも一瞬、水銀燈の頬に、真紅の握り拳が飛んできた。<br> <br>  「あ痛ぁ~。な、なにするのぉ」<br>  「それは、私の台詞なのだわ! 人が眠っている間に、なにを――」<br> <br> そう言えば、胸をはだけさせたままだった。<br> 真紅は顔を真っ赤にして、服を掻き寄せながら、水銀燈を睨み付けた。<br> 目には涙を浮かべている。<br> <br>  「あ~……あのねぇ、真紅ぅ。思いっ切り、誤解だからぁ」<br> <br> 水銀燈が部屋の隅と、庭を指差す。<br> その順番に頚を巡らした真紅は、少し考えて「ごめんなさい」と、素直に頭を下げた。<br> <br>  「解ってくれたなら良いわよぉ。それより、薔薇しぃの救援に行って」<br>  「貴女は、どうするの?」<br>  「とりあえず、神剣の鞘だけ貸しといて。こんな物でも、武器にはなるわぁ」<br> <br> 真紅は水銀燈から神剣を渡されると、燃え上がる畳を飛び越え、庭に降り立った。<br> 今のところ、体調は問題ないらしいが、だからと言って楽観など出来ない。<br> あまり無理をさせないように、早く戦線復帰しなくては。<br> <br>  「さぁて。お次は、こっちねぇ」<br> <br> 元気いっぱいに立ち回る真紅を見守りながら、水銀燈は蒼星石に活を入れた。<br> <br>  「うっ! は……ボクは、一体……」<br>  「説明は後、敵襲よ。蒼ちゃんは、これで真紅を援護して」<br> <br> 正気づいた蒼星石に神剣の鞘を渡して、水銀燈は燃え盛る庵から、外に出た。<br> 取り囲まれた庵の、何処から飛びだそうとも、敵が待ち構えている。<br> 水銀燈にとって幸いだったのは、弓足軽が近くに居なかった点だ。<br> 徒手空拳のところに矢を射られたら、水銀燈といえども無傷では済まなかっただろう。<br> 最悪、死という事態にも、なりかねなかった。<br> <br> 斬りかかってきた足軽の手首を左手で掴み、顔面に右の拳を叩き込む。<br> 手が痛くなるくらいに強打すると、足軽の頭蓋骨は、粉々に砕けてしまった。<br> <br>  「……脆いわねぇ。骨粗鬆症じゃないのぉ?」<br> <br> ともあれ、刀は手に入れた。見るからに、なまくらだが……暫くは保つだろう。<br> 水銀燈は庵の位置から、自分の太刀が弾き飛ばされた方角の見当を付けた。<br> ちょっと遠いが、行って辿り着けない距離ではない。<br> 唯一の問題は、自身を取り囲んでいる穢れの者が、あまりに多いということだ。<br> <br> じりじり……と、包囲網が狭められる。<br> 四方八方から同時に斬り付けられたら、一巻の終わりだろう。<br> <br> 先手必勝。水銀燈は包囲網の最も手薄な部分を狙って、切り込んだ。<br> 敵の刀を弾き飛ばし、陣笠ごと頭蓋を両断する。<br> 更に、真横から突き出された刀を躱して、袈裟懸けにした。<br> <br> だが、斬ったと同時に刃が足軽の胴丸を噛み、水銀燈の刀が折れた。<br> なんて脆弱な刀を使っているのだろうか。それとも、いい加減くたびれていたのか。<br> どっちみち、使い物にならない。<br> 内心で毒突いて、水銀燈は折れた刀を、近くの足軽に投げ付けた。<br> <br> 丸腰になった途端に、穢れの者どもは一斉に斬りかかってきた。<br> 弱い相手を嵩にかかって襲うとは、卑怯千万。<br> だが、戦術としては正しいし、穢れの者らしいといえば、それらしいと思えた。<br> <br> 水銀燈は咄嗟に右真横に飛んで、初太刀を躱した。<br> 倒れたところへ、槍が繰り出される。入れ替わり立ち替わりで、休む間もない。<br> 絡みつく下草に難儀しながらも、転がって避け続けていた水銀燈の背中が、<br> 何かに当たって止まる。当たり具合からして、人の脚っぽかった。<br> <br>  (ま、まさかぁ……)<br> <br> 恐る恐る見上げれば、刀を逆手に握った足軽が、今まさに自分を刺し貫こうとしていた。<br> 無駄とは承知しつつ、水銀燈は条件反射的に腕を上げて頭を庇った。<br> <br> 直後、足軽の頭蓋骨が吹き飛び、消滅していく。<br> その後ろから、薔薇水晶が姿を現した。<br> <br>  「間に合ったね。銀ちゃん、ここは……私が」<br>  「助かったわ! ちょっとの間、そいつらを食い止めておいて!」<br>  「任せて……誰も、通さないから」<br> <br> ――なんて大見得を切ったは良いが、多勢に無勢という感は、拭いきれない。<br> 薔薇水晶は、発動型装甲精霊を起動した。<br> <br>  「……圧鎧」<br> <br> すると、纏っていた部分鎧が、瞬く間に特殊な形状を取った。<br> 効果としては、真紅の法理衣と同じだが、彼女の精霊『圧鎧』は、<br> 形状変化を任意で行えるという特徴を持っていた。<br> 薔薇水晶は足軽三体の斬撃を全て装甲で受け止めると、二本の小太刀で、<br> 三体の足軽を易々と破壊した。<br> <br>  「次…………来い」<br> <br> 金色の隻眼に睨まれ、穢れの者どもは、じりっ……と後退した。<br> 薔薇水晶は小太刀の峰に舌を這わせながら、威圧的に、一歩を踏み出す。<br> 彼女の様子は、差詰め、鎌の手入れに余念のない蟷螂を彷彿させた。<br> <br>  「……来ないなら、こっちから……行くよ」<br> <br> 言い終えるより先に、彼女は獲物を狩る猛獣のごとく突進していた。<br> 気迫に怯んだ敵も、容赦なく斬り捨てる。<br> <br> ――今度こそ、約束は守る。護り抜いてみせる。<br> ジュンの護衛を任されていながら、私は何も出来なかった。<br> めぐが凶弾に倒れた彼を担ぎ、連れ去るのを、ただ指を銜えて見ていただけ。<br> それが、どれほど屈辱的だったことか……。<br> <br> 後悔の念だけが、今の薔薇水晶を突き動かしていた。<br> もう、自分の無力さを思い知らされるのはイヤ。<br> 考えすぎて臆病になるなら、いっそ最初から、何も考えずに闘えばいい。<br> 薔薇水晶は、群がってくる者すべてを敵と見なして、我武者羅に戦い続けた。<br> <br> <br> 気づけば、敵の数もかなり減っていた。ちょっと呼吸を整える余裕が生まれる。<br> だが、そこにこそ落とし穴があった。<br> 刹那の油断。<br> 左側で破裂音が轟いた途端、薔薇水晶は左側頭部に強烈な衝撃を受けて、倒れた。<br> 一瞬で目が眩み、意識が飛びそうになった。膝が、ガクガクと震えて立ち上がれない。<br> <br> 鉄砲で狙撃されたのだと、直ぐに察しが付いた。<br> 精霊を起動していなかったら……と考えると、ゾッとする。<br> これだから、隻眼というのは不便だ。どうしても、左側の死角が広くなってしまう。<br> <br> 霞む視界の向こうから、槍を構えた足軽の群が突進してくるのが見えた。<br> <br>  (ああ……もう、ダメかも知れない。<br>   もう一度、お姉ちゃんに……会いたかったのに)<br> <br> 力無く瞼を閉じる寸前、薔薇水晶の視界に、人影が飛び込んできた。<br> その人影は長い太刀を振り抜き、只の一撃で、数体の足軽を薙ぎ払っていた。<br> <br>  「お待たせぇ、薔薇しぃ。お~い……生きてるぅ?」<br>  「お、遅い……よ。銀ちゃ……ん」<br> <br> 安堵で気が弛んだ薔薇水晶は、そのまま気を失った。<br> 水銀燈は「よく頑張ったね」と囁きかけて、一本の木に駆け寄った。<br> 樹上に、薔薇水晶を狙撃した鉄砲足軽が隠れている事を、知っていたからだ。<br> <br> 水銀燈が木の根元に辿り着いた時、鉄砲足軽もまた、次の弾を込め終えたところだった。<br> 鉄砲を構える暇など、与えはしない。<br> 大上段から太刀を振り下ろすと、斬った枝ごと、鉄砲足軽が落ちてきた。<br> 返す刀で、斬り上げる。<br> 鉄砲足軽は空中で両断され、飛散、消滅した。<br> <br>  「あと、どのくらい残ってるのよぉ!」<br> <br> ぐるり見回すと、かなり駆逐したのが判った。<br> 鉄砲の音は聞こえない。狙撃できる足軽は、もう居ないみたいだ。<br> 残りの敵兵力は、真紅と蒼星石の方に偏っていた。       <br> <br>  「あれさえ叩けば、大勢は決するわねぇ」<br> <br> 見抜いた水銀燈は、二人に危険が及ばない位置を定めて、冥鳴を起動した。<br> <br> <br> <br> <br> 真紅と蒼星石は、自分たちの後方で、冥鳴が暴れるのを見て勝利を確信した。<br> 残敵は、僅か。水銀燈と薔薇水晶が合流すれば、程なくして駆逐できるだろう。<br> <br>  「真紅っ! あいつが大将みたいだよ」<br>  「あれは、笹塚っ!」<br> <br> 蒼星石の指差した木陰では、法衣を纏った男が、苦り切った表情で戦況を眺めていた。<br> 真紅は法理衣を起動して、真っ直ぐに笹塚の居る木陰を目指す。<br> こんどこそ、息の根を止めてやる。<br> <br> 真紅の接近を知って、笹塚は鉄砲を構え、撃鉄を落とした。<br> ロクに狙いも定めず撃ったものだから、銃弾は大きく逸れて、<br> 真紅の脇に居た足軽の頭を砕いただけだった。<br> 笹塚は「くそっ!」と悪態を吐き、隣に居た護衛の鎧武者を、真紅の方に突き飛ばした。<br> その鎧武者を斬り伏せた時にはもう、笹塚は風を繰って、姿を消していた。<br> 逃げ足だけは早い奴だ。真紅は小さく、舌打ちした。<br> <br> <br> 笹塚の逃走により、蜘蛛の子を散らすように逃げ出す雑兵たち。<br> 焼け落ちた庵の前に、気絶した薔薇水晶を抱えた水銀燈が合流する。<br> そこにジュンの姿が無いと知って、蒼星石の表情が、見る間に翳った。<br> <br>  「水銀燈っ! 彼は……ジュンは、どこなのっ!」<br> <br> 水銀燈は、苦渋に満ちた表情を浮かべた。<br> 言いたくない。でも、伝えねばならない。<br> <br>  「ジュンは…………ヤツらに、連れ去られたわ」<br>  「そ……んな――――」<br> <br> 自分が気を失っていた間に、ジュンは……居なくなってしまった。<br> その事実を突き付けられ、蒼星石は自分の不甲斐なさを呪った。<br> 折角、会いに来たのに! やっと逢えたのに! もっと、色々な話をしたかったのに!<br> 彼が連れ去られた時、自分は気絶していただけ。<br> 力尽くで取り返すことすら出来なかった。<br> <br>  「なぜ、ボクは……いつも……何も出来ないのさ。<br>   どうしてっ! どうしてぇっ!!」<br> <br> 蒼星石の嗚咽と絶叫が、焦げ臭い空気が漂う森に吸い込まれては、消えた。<br> <br> <br> <br> <br> ――明伝藩、某所。<br> 渓流の水が砕ける音を遠くに聞きながら、その娘は粗末な小屋の中、蘭学書を手に薬の調合をしていた。<br> 小屋の壁に作り付けの本棚には、様々な書物が収められている。<br> 系統で見ると医学書が最も多く、中には、原版の医学書もあった。<br> <br> 突然に、戸板が激しく叩かれた。急患だろうか? <br> 山奥では、しばしば急な傷病人が出る。滑落だの、食中たりだの、他にも……。<br> <br>  「先生! 金糸雀先生!」<br>  「はいはい……いま開けるから、ちょっと待つかしら」<br> <br> 戸を開けると、炭焼き小屋で働いている伴天連の宣教師が、栗色の長い髪の娘を抱えていた。<br> 見慣れない顔だった。この付近の娘ではない。着ている物も、忍びのようだ。<br> <br>  「……ベジータ、この娘は?」<br>  「知らねぇよ。川の上から、流されて来たんだからな」<br>  「そう……ああ、そこの診察台に、寝かせるかしら」<br> <br> ベジータは金糸雀の指示通りに、診察台に娘を横たえ、頼んだぜ……と言い残して帰った。<br> 虫の息だが、まだ生きている。金糸雀は、直ぐに娘の衣服を剥いで、検診した。<br> 一目で、極めて危険な状態だと判った。普通なら、とっくに死んでいる。<br> まずは、傷を塞がなくては駄目だ。<br> <br> 失血も多いし、体力を失っている状態で、この娘が手術に耐えられるかどうか――<br> 大博打だが……助けるには、それしかない。放っておけば、確実に死ぬだけだから。<br> <br>  「カナは最善を尽くすから、あなたも頑張るかしら」<br> <br> 娘の耳元に囁きかけて、金糸雀は緊急手術の準備を始めた。<br> <br> <br>   =<a href="http://www4.atwiki.jp/3edk07nt/pages/53.html">第十一章につづく</a>=<br>  </p>

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