「~第四十五章~」の編集履歴(バックアップ)一覧はこちら
「~第四十五章~」(2007/02/08 (木) 22:21:26) の最新版変更点
追加された行は緑色になります。
削除された行は赤色になります。
<p><br>
~第四十五章~<br>
<br>
<br>
「黙れっ! いい気になるなよ、小娘がっ!」<br>
<br>
鈴鹿御前の斬撃が、真紅の身体を真っ二つに引き裂こうと迫る。<br>
いくら潜在能力を覚醒させたと言っても、喩えるなら、産まれたばかりの赤ん坊。<br>
今ならば、両断することなど、文字どおり『赤子の手を捻る』ようなものだった。<br>
事実、鈴鹿御前はまだ、自らの勝利を揺るぎないものと信じていた。<br>
<br>
<br>
――その時、空を斬って、一陣の黒い旋風が駆け抜けた。<br>
<br>
その気配に気づいたものの、鈴鹿御前は反応できなかった。<br>
なぜなら、彼女が反応するより早く、ソレは到達していたのだから。<br>
<br>
真紅を両断すべく振り降ろされる筈だった鈴鹿御前の剣は、<br>
しかし、目的を果たすことなく、彼女の手首ごと吹き飛ばされた。<br>
一瞬、何が起きたのか理解できなかった鈴鹿御前も、右手首から迸る漆黒の血と、<br>
二の腕を駆け上がってくる激痛に、獣のような絶叫を上げた。<br>
<br>
<br>
「あんまり調子に乗ってるんじゃないわよぉ」<br>
<br>
聞き慣れた声に、真紅が振り向いた先には――<br>
<br>
「お待たせぇ、真紅ぅ。不細工な顔が、少しはマシになったんじゃなぁい?」<br>
<br>
太刀を冥鳴の発射態勢に構えて、いつもどおりの軽口を叩く、水銀燈の姿があった。<br>
鈴鹿御前の右手首を吹き飛ばしたもの……それは、水銀燈の放った冥鳴だったのだ。<br>
けれど、従来の冥鳴とは、明らかに速度、威力ともに増していた。<br>
<br>
「水銀燈っ!? 貴女、本当に……水銀燈なの?!」<br>
「……なぁに、その言い方。私が生き返っちゃ悪かったのかしらぁ?」<br>
「そんな訳…………そんな訳がないのだわ! 私は、貴女に――」<br>
「ああ、待って待ってぇ。話の続きは、後でゆっくり聞かせて貰うわぁ。<br>
それより、他の娘たちも、そろそろ夢の世界から戻ってくる筈よ」<br>
<br>
水銀燈の言葉が、目覚めの挨拶だったのだろうか。<br>
仰向けに寝かされていた薔薇水晶と雛苺が、静かに半身を起こし始めていた。<br>
そして、金糸雀が、翠星石と蒼星石が、雪華綺晶が……<br>
汚泥のような黒い穢れを振り祓って、立ち上がろうとしていた。<br>
<br>
志半ばで斃れてしまった姉妹たちが、また、帰ってきてくれた。<br>
その歓喜は、無限の勇気となって真紅の胸を満たし、全身を震わせる。<br>
私は独りじゃない。<br>
そう思えることが、こんなにも嬉しく、心強いことだなんて。<br>
<br>
「あぁ…………貴女たち……良かっ……本、当に」<br>
<br>
もう涸れ果てたと思っていた涙が、真紅の赤い瞳から、ぽろぽろと流れ落ちる。<br>
涙の粒は、すぐに大きさを増して、ついには大洪水となってしまった。<br>
涙ばかりか、鼻水まで溢れてしまっている。<br>
<br>
「あらあら、酷い顔ねぇ、真紅ぅ。ちょっとは凛々しくなったと思ったのに。<br>
はっきり言って、貴女の不細工な泣き顔は、もう見たくないわぁ」<br>
「し……仕方……ないじゃない。私だって、泣きたくない……のに」<br>
<br>
涙は、尽きることなく湧きだしてくる。拭いても拭いても、キリがなかった。<br>
けれど、再会を喜び合う彼女たちの会話に、恐ろしい呻き声が割って入る。<br>
悠長に和んでいる暇は、与えてくれないらしい。<br>
<br>
「ぐうぅ……おのれぇ。よくも、ふざけた真似をしてくれたな! 死に損ないどもがっ」<br>
「ふっ……それは、こっちの台詞よぉ。くたばりぞこないの、おバカさぁん。<br>
ウチのへっぽこ退魔師さんを、よくも可愛がってくれたわねぇ。<br>
これは、その御礼よ。ありがたぁく、とっておきなさいなっ!!」<br>
<br>
ところが――<br>
水銀燈が、太刀を構えて精霊を起動しかけた直前、驚愕すべき事態が発生した。<br>
彼女の手の中で、太刀が眩い光に包まれたのだ。<br>
何が、どうなっているのか? 突然の激変に、水銀燈は狼狽した。<br>
<br>
「ちょっとちょっとぉ……な、なんなのよぉ、これぇ!」<br>
「大丈夫よ、水銀燈。それは……最後の神器を貴女に授ける儀式なのだわ」<br>
<br>
真紅の穏やかな声色に、水銀燈も落ち着きを取り戻す。<br>
そして、数秒で光が収まった後――<br>
<br>
「……こ、これ……が?」<br>
「ええ。それこそが、第三の神器……神刀『紫綺』なのだわ」<br>
<br>
水銀燈の手には、ひと振りの薙刀が握られていた。<br>
その刃は紫水晶の様に透き通って、不可思議、且つ、神々しい輝きを放っている。<br>
人の手では造り得ない細工は、正しく荘厳の一言に尽きた。<br>
眺めているだけで、息苦しいまでの圧迫感を覚えた。<br>
<br>
「神剣『菖蒲』、神槍『澪浄』、そして神刀『紫綺』。<br>
穢れの元凶を討ち果たす上で、これら三本の武器は、必須なのだわ」<br>
「凄いわ、これぇ。でも、ホントに……私が貰っちゃっても良いのぉ?」<br>
「私は、貴女にこそ貰って欲しいわ。水銀燈」<br>
「……ふぅん? たまには、可愛いことを言ってくれるのねぇ」<br>
<br>
水銀燈は、真紅に向けて片目を瞑ってみせ、薙刀を鈴鹿御前に向けた。<br>
<br>
「そういう訳だから、覚悟しなさぁい」<br>
「ぬぅっ!」<br>
「行くわよ、冥鳴っ!」<br>
<br>
水銀燈のかけ声と共に、神刀の切っ先から、漆黒の精霊が解き放たれる。<br>
その姿は従来と全く異なり、精霊の進化形態『冥鳴・黒龍変化』を取っていた。<br>
黒龍と化した冥鳴が、漆黒の顎を開き、凄まじい速さで鈴鹿御前に迫る。<br>
<br>
「こんな子供だまし、弾き返してくれるわっ!」<br>
<br>
冥鳴の突進を食い止めるべく、鈴鹿御前は両翼を前方に広げた。<br>
赤い翼に、漆黒の顎が牙を立てる。その状態で、暫しの鬩ぎ合いが繰り広げられた。<br>
みしみしと、翼が軋む。<br>
ぎしぎしと、牙が食い込んでいく。<br>
<br>
そして遂に、鈴鹿御前の足が地を離れ、吹き飛ばされた。<br>
<br>
冥鳴は、鈴鹿御前の翼に噛みついたまま飛び過ぎ、彼女の身体を壁に打ちつける。<br>
それだけに留まらず、壁を砕き、数多の瓦礫を鈴鹿御前に向けて降らせた。<br>
鈴鹿御前の身体が、瞬く間に瓦礫の下敷きになっていく。<br>
<br>
壁を砕いた凄まじい衝突音は、室内の空気を震わせた。<br>
その大音響によって、目覚めたばかりで朦朧としていた娘たちの意識も、<br>
完全に呼び覚まされる。<br>
<br>
「真紅っ! キミは――」<br>
「無事ですか、真……くぅ!」<br>
「……真紅。耳……生えてる」<br>
「え? え? ど、どうなってるかしらー!」<br>
「真紅が、狗になっちゃったのよー!」<br>
「っ!? 真紅っ……貴女の、その目はっ?!」<br>
<br>
蒼星石が、翠星石が、薔薇水晶が――<br>
金糸雀が、雛苺が、雪華綺晶が――<br>
<br>
正気を取り戻すなり、真紅の元に駆け寄ってきた乙女たちが、<br>
口々に真紅の容姿について言及した。<br>
特に、雪華綺晶と薔薇水晶は、赤目に対し、敏感な反応を見せる。<br>
今まで、彼女たちが人々に忌み嫌われる理由だった、狗神憑きの証。<br>
その赤目の輝きが、真紅の双眸に宿っていたのだ。<br>
<br>
「これは……まさか……。薔薇しぃ、ちょっとゴメンナサイ」<br>
「え? ちょっ……ヤダぁ」<br>
<br>
嫌がる薔薇水晶の手を払い除けて、雪華綺晶は妹の眼帯を外した。<br>
そこに有ったのは、左右とも同じ琥珀色の瞳だった。<br>
<br>
「……ねえ、薔薇しぃ。私の眼帯を、外してみて下さらない?」<br>
「赤目……見たくない」<br>
「お願い。ね?」<br>
「…………うん」<br>
<br>
渋々と頷いて、薔薇水晶は震える指先を、姉の眼帯へと伸ばした。<br>
どうして、今更、こんな事をさせるのだろう。この非常時に。<br>
薔薇水晶は、釈然としない心持ちで、自分が造って姉に贈った眼帯に触れて、<br>
そっ……と、取り外した。<br>
<br>
そして、隠されていた姉の右眼を見て、ハッと息を呑んだ。<br>
そこに有るべき赤目は無く、左眼と同じ、琥珀の眼差しが有った。<br>
<br>
「お……お姉ちゃん……これは」<br>
「おそらく、真紅と一体となった時に、彼女へと引き継がれたのでしょう。<br>
だって、元々は彼女の能力なのですから。<br>
八つに別れたとき、私たちが受け継いだに過ぎないのですわ、きっと」<br>
「そのせいで、酷い目に遭ったよね……私たち」<br>
「でも、そのお陰で、私たちは強い絆を得ることが出来ましたわ」<br>
「……そうだね」<br>
<br>
薔薇水晶の左目から、涙が零れ落ちた。<br>
不思議な事に、涙は左の目からのみ流れ、右目からは一滴も溢れなかった。<br>
そして、雪華綺晶もまた、右の瞳から落涙していた。<br>
左の瞳からは、一滴も溢れさせずに……。<br>
<br>
「変だね、私たち。片方の目だけで、泣いてるなんて」<br>
「この涙は……子供の頃から隠され続けてきた涙ですわ。<br>
だから、思いっきり流してあげましょう。一滴残らず、涸れてしまうまで」<br>
「……でも、闘いにくいよ」<br>
「それならば、私が拭ってあげますわ。これから、いつまでも、ずっと」<br>
<br>
言って、雪華綺晶は妹の華奢な身体を抱き寄せて――<br>
涙を流す左目に、そっ……と、唇を触れさせた。<br>
<br>
「えへっ…………なんだか、恥ずかしいね」<br>
「ええ。少しだけね。でも……なんだか心地よいですわ」<br>
「……じゃあ、私も……お返し」<br>
<br>
薔薇水晶は、両手で姉の頬を挟み込んで引き寄せ、泣き止まない右の瞳に、<br>
優しい口づけを送った。<br>
今まで、辛く、悲しいことばかりだったけれど……もう、平気。<br>
支えてくれる人が側に居るから、私たちは、強くなれる。<br>
至高の存在へと、昇華できる。<br>
<br>
いつしか、二人の涙は止まっていた。<br>
辛さも悲しさも、どこかに消え去って、幸せな感情だけが、胸を満たしていた。<br>
<br>
「さあ! 行きましょうか、薔薇しぃ。決着を付けに!」<br>
「うん! でも、お姉ちゃんは、真紅を手伝ってあげて。<br>
神槍の所持者として……勤めを果たしてきてよ」<br>
「解りましたわ。貴女は、大丈夫?」<br>
「だいじょぶ。見ててね」<br>
<br>
薔薇水晶が瞼を閉じて、精神を集中する。精霊、圧鎧を起動……。<br>
次の瞬間、彼女の全身を、純白の甲冑が包み込んでいた。<br>
荘厳なまでに美しい光沢は、全ての穢れを跳ね返す、退魔の輝きを放っている。<br>
<br>
「……どう? 真紅と一体になっている時に、やり方が解ったの。<br>
これが『圧鎧・玄武変化』だよ」<br>
「凄い……素敵ですわ、薔薇しぃ」<br>
「私だけの力じゃないよ。みんなが教えてくれたから、できた」<br>
<br>
雪華綺晶が感嘆の溜息を吐いて、褒め称えると、薔薇水晶は嬉しそうに微笑んだ。<br>
そして、彼女は自分たちを温かく見守っている乙女たちを見回して、話しかけた。<br>
<br>
「みんなだって、きっと出来るよ。精霊たちは、きっと応えてくれるから」<br>
「じゃあ、ボクも試してみよう」<br>
「みんなを信じて、やってみるかしら!」<br>
「ヒナも、挑戦するの。少しでも、みんなの力になりたいのよ」<br>
<br>
蒼星石は、剣を構えて精神集中に入った。<br>
精霊、煉飛火が、どんな姿に変わっていくかは、何故か解っていた。<br>
それは紅蓮の炎を纏い、翼を広げた気高い姿。<br>
<br>
金糸雀の脳裏に浮かぶ氷鹿蹟は、青く透き通った、水晶の飛竜へと変貌を遂げて、<br>
その雄々しい姿を惜しみなく見せつけている。<br>
<br>
雛苺は想像の中で、驚嘆していた。<br>
単なる光球に過ぎなかった縁辺流が、地に降り、逞しい四肢を生じていく。<br>
変身は尚も続き、縁辺流は今や、威風堂々たる白い獣と化していた。<br>
<br>
「おいで、煉飛火」<br>
「さあ、出てくるかしら。氷鹿蹟」<br>
「縁辺流……お願いなの」<br>
<br>
三人の求めに応じて、精霊たちが起動する。<br>
煉飛火は、蒼星石の剣『月華豹神』から。<br>
氷鹿蹟は、金糸雀の足元に落ちた影から。<br>
縁辺流は、雛苺の首筋から。<br>
それぞれが、起動直後から進化形態を取っていた。<br>
<br>
「蒼星石の煉飛火は、朱雀変化。金糸雀の氷鹿蹟は、青竜変化。<br>
そして、雛苺の縁辺流は、白虎変化ね。<br>
みんな上出来よ。とても立派で、素晴らしいのだわ」<br>
「真紅の法理衣は、どんな変化を見せるのかしら?」<br>
「さあね? あまり、変わらないと思うのだけれど……法理衣!」<br>
<br>
赤い瞳、頭の狗耳、そして、ふさふさの尻尾。<br>
狗神の徴を露わにした真紅が起動した精霊は、赤く色づいた紅葉の形をしていた。<br>
無数の紅葉が宙に浮遊して、真紅を護る障壁を形成している。<br>
効果範囲は、全方位。身体との間隔も広く開いているため、衝撃も伝わり難い。<br>
まさに、理想的な防御障壁だった。<br>
<br>
「これで、全員……準備は良いわね」<br>
「私は、いつでも良いわよぉ」<br>
「カナも、準備完了かしら」<br>
<br>
水銀燈は神刀『紫綺』を肩に担ぎ、金糸雀は銃に弾丸を詰めて、弾倉を押し込む。<br>
<br>
「いつでも、かかってきやがれです」<br>
「ボクたちだって、今すぐにでも戦えるよ」<br>
<br>
双子の姉妹も、既に臨戦態勢に入っている。<br>
雛苺、薔薇水晶、雪華綺晶も、真紅の号令を黙って待っていた。<br>
<br>
空気を震わせる穢れの者どもの怒号が、確実に近づいている。<br>
真紅は、黒龍変化した冥鳴によって崩され、瓦礫の山を成した壁を見据えて、<br>
姉妹たちに声を掛けた。<br>
<br>
「みんな……聞いてちょうだい。<br>
私たちは、御魂の絆によって導かれ、一つの目的を果たすために、<br>
こうして集まったわ。そして、一時的に不幸な状況を経験したけれど、<br>
今は、心が一つに纏まっている。少なくとも、私はそう信じている。<br>
つまりは、八つの御魂が収束、融合したに等しいのだわ」<br>
「なるほどね。そういう捉え方も、出来たかしら」<br>
「必ずしも、真紅の中に宿る必要なんて、無かったですね」<br>
「ええ、そうよ」<br>
<br>
真紅は、七人の顔を順に見回して、言った。<br>
<br>
「これは、私が選び取った運命。私なりのやり方で……<br>
一人も欠けることなく、穢れの元凶を討ち果たす結末を、私は望んだわ。<br>
だから、いま一度……みんなの力を、私に貸してちょうだい。<br>
そして、必ず勝利して……これで終わりにするのよ!」<br>
<br>
「今更……言われるまでもない」 薔薇水晶が、不敵に微笑む。<br>
<br>
「私たちは、ずっと以前から」 雪華綺晶は、神槍を頭上で回転させて見せた。<br>
<br>
「そのつもりだったのよ?」 雛苺は、白虎と化した縁辺流に跨って。<br>
<br>
「ボクたちは一蓮托生」 蒼星石は『月華豹神』を構え。<br>
<br>
「どんな時だって一緒かしら」 金糸雀も、迷いなく頷く。<br>
<br>
「今更、負けるつもりなんか無いですぅ!」 翠星石は、誰よりも元気に。<br>
<br>
「さあ、真紅ぅ! ケリを付けようじゃないの。私たちの因縁に!」 <br>
<br>
水銀燈の一言で、全員が気合いを漲らせた。<br>
<br>
<br>
怒号に混じって、けたたましく廊下を踏み鳴らす音が、近づいてくる。<br>
敵の先鋒は、目と鼻の先まで来ていた。<br>
<br>
真紅は、姉妹たちに微笑みかけて、号令を下した。<br>
<br>
「水銀燈と雪華綺晶は、私と共に、鈴鹿御前を討つのだわ。<br>
翠星石と蒼星石、金糸雀は、彼らを護りながら、敵を迎撃してちょうだい。<br>
薔薇水晶と雛苺は、私たちの妨害をする敵の部隊を掃討、殲滅する役よ」<br>
<br>
銘々に了解の返事をして、彼女たちは素早く展開した。<br>
蒼星石、翠星石、金糸雀の陣取った場所から程近い廊下に、穢れの槍足軽どもが姿を見せる。<br>
長槍を構えて、躊躇いなく全力疾走してくる。<br>
<br>
「来たですよ、蒼星石。油断するなです」<br>
「凄い数だね。でも、今なら……大した驚異じゃないよ」<br>
<br>
蒼星石は、そう言うと、廊下に向けて朱雀の姿となった煉飛火を放った。<br>
朱雀が貫いた後には、一瞬にして灰となった足軽どもが、崩れ落ちていく。<br>
忽ちの内に、廊下は灰の山で一杯になった。<br>
<br>
いきなり、彼女たちの側を弾丸が過ぎった。<br>
別の方角から、鉄砲足軽の一団が、鉄砲を撃ちかけようとしている。<br>
第一射目が外れたのは幸運だった。<br>
<br>
「油断するなと言った側から、これですか! 睡鳥夢ぅっ!」<br>
<br>
腹立たしげに吐き捨てると、翠星石は精霊で、一時的な障壁を形成した。<br>
睡鳥夢の表面で、弾丸の跳ねる音が鳴り、止む。<br>
その一瞬を待って、翠星石が精霊を格納した。<br>
<br>
「金糸雀っ! 今ですよ」<br>
「任せておくかしら」<br>
<br>
一分の隙も見せない見事な連携で、金糸雀の氷鹿蹟が飛翔してゆく。<br>
水晶を透かして見える篝火の明かりが、分光されて、虹色の光沢を放つ。<br>
<br>
氷鹿蹟は、次弾を込めていた鉄砲足軽どもの頭上で滞空すると、<br>
牙の生え揃った顎を開いて、人の耳には聞こえない極超短波の咆哮を上げた。<br>
圧電現象によって水晶を発振させ、極超短波の電磁波に変換して放っているのである。<br>
鉄砲足軽の骸骨たちは、何が起きたかも解らない内に、粉微塵に砕け散っていた。<br>
<br>
「…………ウソぉ」<br>
「へぇ。凄い威力だね。驚いたよ」<br>
「カナが一番、驚いたかしら」<br>
「できれば、私たちの近くでは、使って欲しくねぇですぅ」<br>
「もも、勿論! あんな攻撃の巻き添え食らったら、死んじゃうかしら」<br>
<br>
【智】の御魂を持つ金糸雀ですら、どうなるか見当もつかなかった。<br>
もし巻き添えを食らった場合、細胞内の水分子が励起、振動して、発熱を経て沸騰する。<br>
その結果、肉体が内側から破裂してしまうのだ。<br>
強力ではあるが、諸刃の剣でもあった。<br>
<br>
<br>
<br>
その頃、真紅は水銀燈と雪華綺晶と共に、瓦礫の山へと近づいていた。<br>
精霊の攻撃で斃れてくれる相手なら、何の苦労もない。<br>
常人で有れば確実に圧潰している状況でも、鈴鹿御前ならば生きていると思えた。<br>
<br>
案の定、真紅たちの接近を悟ってか、瓦礫の山が蠢き出す。<br>
そして――赤い翼で瓦礫を撥ね除けながら、鈴鹿御前が立ち上がった。<br>
憤怒と怨念によって鬼女に身を窶した、もう一人の真紅が。<br>
<br>
「わたしを、ここまで痛めつけるとは……思いもしなかったぞ」<br>
<br>
冥鳴に引きちぎられて、失われた彼女の右手は、既に再生を果たしていた。<br>
やはり、精霊の攻撃くらいでは滅びてくれないらしい。<br>
<br>
鈴鹿御前の表情に、最早、嘲笑は無い。<br>
右手に皇剣『霊蝕』、左手に龍剣『緋后』を握り締めて、鈴鹿御前は真紅を睨みつけていた。<br>
<br>
「もう、遊びは終わりよ。全力で、相手をしてやるわ」<br>
「上等よ。完膚なきまでに、叩きのめしてあげるわ」<br>
<br>
お互いが放つ猛烈な闘気が、二人の間でバチバチと火花を散らして、鬩ぎ合っていた。<br>
<br>
<br>
=<a href="http://www4.atwiki.jp/3edk07nt/pages/89.html">第四十六章につづく</a>=<br></p>
<p> <br />
<br />
~第四十五章~<br />
<br />
<br />
「黙れっ! いい気になるなよ、小娘がっ!」<br /><br />
鈴鹿御前の斬撃が、真紅の身体を真っ二つに引き裂こうと迫る。<br />
いくら潜在能力を覚醒させたと言っても、喩えるなら、産まれたばかりの赤ん坊。<br />
今ならば、両断することなど、文字どおり『赤子の手を捻る』ようなものだった。<br />
事実、鈴鹿御前はまだ、自らの勝利を揺るぎないものと信じていた。<br /><br /><br />
――その時、空を斬って、一陣の黒い旋風が駆け抜けた。<br /><br />
その気配に気づいたものの、鈴鹿御前は反応できなかった。<br />
なぜなら、彼女が反応するより早く、ソレは到達していたのだから。<br /><br />
真紅を両断すべく振り降ろされる筈だった鈴鹿御前の剣は、<br />
しかし、目的を果たすことなく、彼女の手首ごと吹き飛ばされた。<br />
一瞬、何が起きたのか理解できなかった鈴鹿御前も、右手首から迸る漆黒の血と、<br />
二の腕を駆け上がってくる激痛に、獣のような絶叫を上げた。<br /><br /><br />
「あんまり調子に乗ってるんじゃないわよぉ」<br /><br />
聞き慣れた声に、真紅が振り向いた先には――<br /><br />
「お待たせぇ、真紅ぅ。不細工な顔が、少しはマシになったんじゃなぁい?」<br /><br />
太刀を冥鳴の発射態勢に構えて、いつもどおりの軽口を叩く、水銀燈の姿があった。<br />
鈴鹿御前の右手首を吹き飛ばしたもの……それは、水銀燈の放った冥鳴だったのだ。<br />
けれど、従来の冥鳴とは、明らかに速度、威力ともに増していた。<br /><br />
「水銀燈っ!? 貴女、本当に……水銀燈なの?!」<br />
「……なぁに、その言い方。私が生き返っちゃ悪かったのかしらぁ?」<br />
「そんな訳…………そんな訳がないのだわ! 私は、貴女に――」<br />
「ああ、待って待ってぇ。話の続きは、後でゆっくり聞かせて貰うわぁ。<br />
それより、他の娘たちも、そろそろ夢の世界から戻ってくる筈よ」<br /><br />
水銀燈の言葉が、目覚めの挨拶だったのだろうか。<br />
仰向けに寝かされていた薔薇水晶と雛苺が、静かに半身を起こし始めていた。<br />
そして、金糸雀が、翠星石と蒼星石が、雪華綺晶が……<br />
汚泥のような黒い穢れを振り祓って、立ち上がろうとしていた。<br /><br />
志半ばで斃れてしまった姉妹たちが、また、帰ってきてくれた。<br />
その歓喜は、無限の勇気となって真紅の胸を満たし、全身を震わせる。<br />
私は独りじゃない。<br />
そう思えることが、こんなにも嬉しく、心強いことだなんて。<br /><br />
「あぁ…………貴女たち……良かっ……本、当に」<br /><br />
もう涸れ果てたと思っていた涙が、真紅の赤い瞳から、ぽろぽろと流れ落ちる。<br />
涙の粒は、すぐに大きさを増して、ついには大洪水となってしまった。<br />
涙ばかりか、鼻水まで溢れてしまっている。<br /><br />
「あらあら、酷い顔ねぇ、真紅ぅ。ちょっとは凛々しくなったと思ったのに。<br />
はっきり言って、貴女の不細工な泣き顔は、もう見たくないわぁ」<br />
「し……仕方……ないじゃない。私だって、泣きたくない……のに」<br /><br />
涙は、尽きることなく湧きだしてくる。拭いても拭いても、キリがなかった。<br />
けれど、再会を喜び合う彼女たちの会話に、恐ろしい呻き声が割って入る。<br />
悠長に和んでいる暇は、与えてくれないらしい。<br /><br />
「ぐうぅ……おのれぇ。よくも、ふざけた真似をしてくれたな! 死に損ないどもがっ」<br />
「ふっ……それは、こっちの台詞よぉ。くたばりぞこないの、おバカさぁん。<br />
ウチのへっぽこ退魔師さんを、よくも可愛がってくれたわねぇ。<br />
これは、その御礼よ。ありがたぁく、とっておきなさいなっ!!」<br /><br />
ところが――<br />
水銀燈が、太刀を構えて精霊を起動しかけた直前、驚愕すべき事態が発生した。<br />
彼女の手の中で、太刀が眩い光に包まれたのだ。<br />
何が、どうなっているのか? 突然の激変に、水銀燈は狼狽した。<br /><br />
「ちょっとちょっとぉ……な、なんなのよぉ、これぇ!」<br />
「大丈夫よ、水銀燈。それは……最後の神器を貴女に授ける儀式なのだわ」<br /><br />
真紅の穏やかな声色に、水銀燈も落ち着きを取り戻す。<br />
そして、数秒で光が収まった後――<br /><br />
「……こ、これ……が?」<br />
「ええ。それこそが、第三の神器……神刀『紫綺』なのだわ」<br /><br />
水銀燈の手には、ひと振りの薙刀が握られていた。<br />
その刃は紫水晶の様に透き通って、不可思議、且つ、神々しい輝きを放っている。<br />
人の手では造り得ない細工は、正しく荘厳の一言に尽きた。<br />
眺めているだけで、息苦しいまでの圧迫感を覚えた。<br /><br />
「神剣『菖蒲』、神槍『澪浄』、そして神刀『紫綺』。<br />
穢れの元凶を討ち果たす上で、これら三本の武器は、必須なのだわ」<br />
「凄いわ、これぇ。でも、ホントに……私が貰っちゃっても良いのぉ?」<br />
「私は、貴女にこそ貰って欲しいわ。水銀燈」<br />
「……ふぅん? たまには、可愛いことを言ってくれるのねぇ」<br /><br />
水銀燈は、真紅に向けて片目を瞑ってみせ、薙刀を鈴鹿御前に向けた。<br /><br />
「そういう訳だから、覚悟しなさぁい」<br />
「ぬぅっ!」<br />
「行くわよ、冥鳴っ!」<br /><br />
水銀燈のかけ声と共に、神刀の切っ先から、漆黒の精霊が解き放たれる。<br />
その姿は従来と全く異なり、精霊の進化形態『冥鳴・黒龍変化』を取っていた。<br />
黒龍と化した冥鳴が、漆黒の顎を開き、凄まじい速さで鈴鹿御前に迫る。<br /><br />
「こんな子供だまし、弾き返してくれるわっ!」<br /><br />
冥鳴の突進を食い止めるべく、鈴鹿御前は両翼を前方に広げた。<br />
赤い翼に、漆黒の顎が牙を立てる。その状態で、暫しの鬩ぎ合いが繰り広げられた。<br />
みしみしと、翼が軋む。<br />
ぎしぎしと、牙が食い込んでいく。<br /><br />
そして遂に、鈴鹿御前の足が地を離れ、吹き飛ばされた。<br /><br />
冥鳴は、鈴鹿御前の翼に噛みついたまま飛び過ぎ、彼女の身体を壁に打ちつける。<br />
それだけに留まらず、壁を砕き、数多の瓦礫を鈴鹿御前に向けて降らせた。<br />
鈴鹿御前の身体が、瞬く間に瓦礫の下敷きになっていく。<br /><br />
壁を砕いた凄まじい衝突音は、室内の空気を震わせた。<br />
その大音響によって、目覚めたばかりで朦朧としていた娘たちの意識も、<br />
完全に呼び覚まされる。<br /><br />
「真紅っ! キミは――」<br />
「無事ですか、真……くぅ!」<br />
「……真紅。耳……生えてる」<br />
「え? え? ど、どうなってるかしらー!」<br />
「真紅が、狗になっちゃったのよー!」<br />
「っ!? 真紅っ……貴女の、その目はっ?!」<br /><br />
蒼星石が、翠星石が、薔薇水晶が――<br />
金糸雀が、雛苺が、雪華綺晶が――<br /><br />
正気を取り戻すなり、真紅の元に駆け寄ってきた乙女たちが、<br />
口々に真紅の容姿について言及した。<br />
特に、雪華綺晶と薔薇水晶は、赤目に対し、敏感な反応を見せる。<br />
今まで、彼女たちが人々に忌み嫌われる理由だった、狗神憑きの証。<br />
その赤目の輝きが、真紅の双眸に宿っていたのだ。<br /><br />
「これは……まさか……。薔薇しぃ、ちょっとゴメンナサイ」<br />
「え? ちょっ……ヤダぁ」<br /><br />
嫌がる薔薇水晶の手を払い除けて、雪華綺晶は妹の眼帯を外した。<br />
そこに有ったのは、左右とも同じ琥珀色の瞳だった。<br /><br />
「……ねえ、薔薇しぃ。私の眼帯を、外してみて下さらない?」<br />
「赤目……見たくない」<br />
「お願い。ね?」<br />
「…………うん」<br /><br />
渋々と頷いて、薔薇水晶は震える指先を、姉の眼帯へと伸ばした。<br />
どうして、今更、こんな事をさせるのだろう。この非常時に。<br />
薔薇水晶は、釈然としない心持ちで、自分が造って姉に贈った眼帯に触れて、<br />
そっ……と、取り外した。<br /><br />
そして、隠されていた姉の右眼を見て、ハッと息を呑んだ。<br />
そこに有るべき赤目は無く、左眼と同じ、琥珀の眼差しが有った。<br /><br />
「お……お姉ちゃん……これは」<br />
「おそらく、真紅と一体となった時に、彼女へと引き継がれたのでしょう。<br />
だって、元々は彼女の能力なのですから。<br />
八つに別れたとき、私たちが受け継いだに過ぎないのですわ、きっと」<br />
「そのせいで、酷い目に遭ったよね……私たち」<br />
「でも、そのお陰で、私たちは強い絆を得ることが出来ましたわ」<br />
「……そうだね」<br /><br />
薔薇水晶の左目から、涙が零れ落ちた。<br />
不思議な事に、涙は左の目からのみ流れ、右目からは一滴も溢れなかった。<br />
そして、雪華綺晶もまた、右の瞳から落涙していた。<br />
左の瞳からは、一滴も溢れさせずに……。<br /><br />
「変だね、私たち。片方の目だけで、泣いてるなんて」<br />
「この涙は……子供の頃から隠され続けてきた涙ですわ。<br />
だから、思いっきり流してあげましょう。一滴残らず、涸れてしまうまで」<br />
「……でも、闘いにくいよ」<br />
「それならば、私が拭ってあげますわ。これから、いつまでも、ずっと」<br /><br />
言って、雪華綺晶は妹の華奢な身体を抱き寄せて――<br />
涙を流す左目に、そっ……と、唇を触れさせた。<br /><br />
「えへっ…………なんだか、恥ずかしいね」<br />
「ええ。少しだけね。でも……なんだか心地よいですわ」<br />
「……じゃあ、私も……お返し」<br /><br />
薔薇水晶は、両手で姉の頬を挟み込んで引き寄せ、泣き止まない右の瞳に、<br />
優しい口づけを送った。<br />
今まで、辛く、悲しいことばかりだったけれど……もう、平気。<br />
支えてくれる人が側に居るから、私たちは、強くなれる。<br />
至高の存在へと、昇華できる。<br /><br />
いつしか、二人の涙は止まっていた。<br />
辛さも悲しさも、どこかに消え去って、幸せな感情だけが、胸を満たしていた。<br /><br />
「さあ! 行きましょうか、薔薇しぃ。決着をつけに!」<br />
「うん! でも、お姉ちゃんは、真紅を手伝ってあげて。<br />
神槍の所持者として……勤めを果たしてきてよ」<br />
「解りましたわ。貴女は、大丈夫?」<br />
「だいじょぶ。見ててね」<br /><br />
薔薇水晶が瞼を閉じて、精神を集中する。精霊、圧鎧を起動……。<br />
次の瞬間、彼女の全身を、純白の甲冑が包み込んでいた。<br />
荘厳なまでに美しい光沢は、全ての穢れを跳ね返す、退魔の輝きを放っている。<br /><br />
「……どう? 真紅と一体になっている時に、やり方が解ったの。<br />
これが『圧鎧・玄武変化』だよ」<br />
「凄い……素敵ですわ、薔薇しぃ」<br />
「私だけの力じゃないよ。みんなが教えてくれたから、できた」<br /><br />
雪華綺晶が感嘆の溜息を吐いて、褒め称えると、薔薇水晶は嬉しそうに微笑んだ。<br />
そして、彼女は自分たちを温かく見守っている乙女たちを見回して、話しかけた。<br /><br />
「みんなだって、きっと出来るよ。精霊たちは、きっと応えてくれるから」<br />
「じゃあ、ボクも試してみよう」<br />
「みんなを信じて、やってみるかしら!」<br />
「ヒナも、挑戦するの。少しでも、みんなの力になりたいのよ」<br /><br />
蒼星石は、剣を構えて精神集中に入った。<br />
精霊、煉飛火が、どんな姿に変わっていくかは、何故か解っていた。<br />
それは紅蓮の炎を纏い、翼を広げた気高い姿。<br /><br />
金糸雀の脳裏に浮かぶ氷鹿蹟は、青く透き通った、水晶の飛竜へと変貌を遂げて、<br />
その雄々しい姿を惜しみなく見せつけている。<br /><br />
雛苺は想像の中で、驚嘆していた。<br />
単なる光球に過ぎなかった縁辺流が、地に降り、逞しい四肢を生じていく。<br />
変身は尚も続き、縁辺流は今や、威風堂々たる白い獣と化していた。<br /><br />
「おいで、煉飛火」<br />
「さあ、出てくるかしら。氷鹿蹟」<br />
「縁辺流……お願いなの」<br /><br />
三人の求めに応じて、精霊たちが起動する。<br />
煉飛火は、蒼星石の剣『月華豹神』から。<br />
氷鹿蹟は、金糸雀の足元に落ちた影から。<br />
縁辺流は、雛苺の首筋から。<br />
それぞれが、起動直後から進化形態を取っていた。<br /><br />
「蒼星石の煉飛火は、朱雀変化。金糸雀の氷鹿蹟は、青竜変化。<br />
そして、雛苺の縁辺流は、白虎変化ね。<br />
みんな上出来よ。とても立派で、素晴らしいのだわ」<br />
「真紅の法理衣は、どんな変化を見せるのかしら?」<br />
「さあね? あまり、変わらないと思うのだけれど……法理衣!」<br /><br />
赤い瞳、頭の狗耳、そして、ふさふさの尻尾。<br />
狗神の徴を露わにした真紅が起動した精霊は、赤く色づいた紅葉の形をしていた。<br />
無数の紅葉が宙に浮遊して、真紅を護る障壁を形成している。<br />
効果範囲は、全方位。身体との間隔も広く開いているため、衝撃も伝わり難い。<br />
まさに、理想的な防御障壁だった。<br /><br />
「これで、全員……準備は良いわね」<br />
「私は、いつでも良いわよぉ」<br />
「カナも、準備完了かしら」<br /><br />
水銀燈は神刀『紫綺』を肩に担ぎ、金糸雀は銃に弾丸を詰めて、弾倉を押し込む。<br /><br />
「いつでも、かかってきやがれです」<br />
「ボクたちだって、今すぐにでも戦えるよ」<br /><br />
双子の姉妹も、既に臨戦態勢に入っている。<br />
雛苺、薔薇水晶、雪華綺晶も、真紅の号令を黙って待っていた。<br /><br />
空気を震わせる穢れの者どもの怒号が、確実に近づいている。<br />
真紅は、黒龍変化した冥鳴によって崩され、瓦礫の山を成した壁を見据えて、<br />
姉妹たちに声を掛けた。<br /><br />
「みんな……聞いてちょうだい。<br />
私たちは、御魂の絆によって導かれ、一つの目的を果たすために、<br />
こうして集まったわ。そして、一時的に不幸な状況を経験したけれど、<br />
今は、心が一つに纏まっている。少なくとも、私はそう信じている。<br />
つまりは、八つの御魂が収束、融合したに等しいのだわ」<br />
「なるほどね。そういう捉え方も、出来たかしら」<br />
「必ずしも、真紅の中に宿る必要なんて、無かったですね」<br />
「ええ、そうよ」<br /><br />
真紅は、七人の顔を順に見回して、言った。<br /><br />
「これは、私が選び取った運命。私なりのやり方で……<br />
一人も欠けることなく、穢れの元凶を討ち果たす結末を、私は望んだわ。<br />
だから、いま一度……みんなの力を、私に貸してちょうだい。<br />
そして、必ず勝利して……これで終わりにするのよ!」<br /><br />
「今更……言われるまでもない」 薔薇水晶が、不敵に微笑む。<br /><br />
「私たちは、ずっと以前から」 雪華綺晶は、神槍を頭上で回転させて見せた。<br /><br />
「そのつもりだったのよ?」 雛苺は、白虎と化した縁辺流に跨って。<br /><br />
「ボクたちは一蓮托生」 蒼星石は『月華豹神』を構え。<br /><br />
「どんな時だって一緒かしら」 金糸雀も、迷いなく頷く。<br /><br />
「今更、負けるつもりなんか無いですぅ!」 翠星石は、誰よりも元気に。<br /><br />
「さあ、真紅ぅ! ケリを付けようじゃないの。私たちの因縁に!」 <br /><br />
水銀燈の一言で、全員が気合いを漲らせた。<br /><br /><br />
怒号に混じって、けたたましく廊下を踏み鳴らす音が、近づいてくる。<br />
敵の先鋒は、目と鼻の先まで来ていた。<br /><br />
真紅は、姉妹たちに微笑みかけて、号令を下した。<br /><br />
「水銀燈と雪華綺晶は、私と共に、鈴鹿御前を討つのだわ。<br />
翠星石と蒼星石、金糸雀は、彼らを護りながら、敵を迎撃してちょうだい。<br />
薔薇水晶と雛苺は、私たちの妨害をする敵の部隊を掃討、殲滅する役よ」<br /><br />
銘々に了解の返事をして、彼女たちは素早く展開した。<br />
蒼星石、翠星石、金糸雀の陣取った場所から程近い廊下に、穢れの槍足軽どもが姿を見せる。<br />
長槍を構えて、躊躇いなく全力疾走してくる。<br /><br />
「来たですよ、蒼星石。油断するなです」<br />
「凄い数だね。でも、今なら……大した驚異じゃないよ」<br /><br />
蒼星石は、そう言うと、廊下に向けて朱雀の姿となった煉飛火を放った。<br />
朱雀が貫いた後には、一瞬にして灰となった足軽どもが、崩れ落ちていく。<br />
忽ちの内に、廊下は灰の山で一杯になった。<br /><br />
いきなり、彼女たちの側を弾丸が過ぎった。<br />
別の方角から、鉄砲足軽の一団が、鉄砲を撃ちかけようとしている。<br />
第一射目が外れたのは幸運だった。<br /><br />
「油断するなと言った側から、これですか! 睡鳥夢ぅっ!」<br /><br />
腹立たしげに吐き捨てると、翠星石は精霊で、一時的な障壁を形成した。<br />
睡鳥夢の表面で、弾丸の跳ねる音が鳴り、止む。<br />
その一瞬を待って、翠星石が精霊を格納した。<br /><br />
「金糸雀っ! 今ですよ」<br />
「任せておくかしら」<br /><br />
一分の隙も見せない見事な連携で、金糸雀の氷鹿蹟が飛翔してゆく。<br />
水晶を透かして見える篝火の明かりが、分光されて、虹色の光沢を放つ。<br /><br />
氷鹿蹟は、次弾を込めていた鉄砲足軽どもの頭上で滞空すると、<br />
牙の生え揃った顎を開いて、人の耳には聞こえない極超短波の咆哮を上げた。<br />
圧電現象によって水晶を発振させ、極超短波の電磁波に変換して放っているのである。<br />
鉄砲足軽の骸骨たちは、何が起きたかも解らない内に、粉微塵に砕け散っていた。<br /><br />
「…………ウソぉ」<br />
「へぇ。凄い威力だね。驚いたよ」<br />
「カナが一番、驚いたかしら」<br />
「できれば、私たちの近くでは、使って欲しくねぇですぅ」<br />
「もも、勿論! あんな攻撃の巻き添え食らったら、死んじゃうかしら」<br /><br />
【智】の御魂を持つ金糸雀ですら、どうなるか見当もつかなかった。<br />
もし巻き添えを食らった場合、細胞内の水分子が励起、振動して、発熱を経て沸騰する。<br />
その結果、肉体が内側から破裂してしまうのだ。<br />
強力ではあるが、諸刃の剣でもあった。<br /><br /><br /><br />
その頃、真紅は水銀燈と雪華綺晶と共に、瓦礫の山へと近づいていた。<br />
精霊の攻撃で斃れてくれる相手なら、何の苦労もない。<br />
常人で有れば確実に圧潰している状況でも、鈴鹿御前ならば生きていると思えた。<br /><br />
案の定、真紅たちの接近を悟ってか、瓦礫の山が蠢き出す。<br />
そして――赤い翼で瓦礫を撥ね除けながら、鈴鹿御前が立ち上がった。<br />
憤怒と怨念によって鬼女に身を窶した、もう一人の真紅が。<br /><br />
「わたしを、ここまで痛めつけるとは……思いもしなかったぞ」<br /><br />
冥鳴に引きちぎられて、失われた彼女の右手は、既に再生を果たしていた。<br />
やはり、精霊の攻撃くらいでは滅びてくれないらしい。<br /><br />
鈴鹿御前の表情に、最早、嘲笑は無い。<br />
右手に皇剣『霊蝕』、左手に龍剣『緋后』を握り締めて、鈴鹿御前は真紅を睨みつけていた。<br /><br />
「もう、遊びは終わりよ。全力で、相手をしてやるわ」<br />
「上等よ。完膚なきまでに、叩きのめしてあげるわ」<br /><br />
お互いが放つ猛烈な闘気が、二人の間でバチバチと火花を散らして、鬩ぎ合っていた。<br />
<br />
<br />
=<a href="http://www4.atwiki.jp/3edk07nt/pages/89.html">第四十六章につづく</a>=<br />
</p>