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  『古ぼけた雑貨店』


午前1時を過ぎる頃、私の足は、いつもの場所に向かう。
持ち物は、財布と携帯電話。それと、マフラー。
私のお目当ては、24時間営業のコンビニではない。
如月の夜風に揺れる、赤提灯でもない。

なにを隠そう、古ぼけた雑貨店なのだ。



その店を見つけたのは、去年の夏ごろ……蒸し暑い夜のことだったと記憶している。
会社の同僚と飲みに行って泥酔した私は、うっかり電車で寝過ごしてしまったのだ。
乗っていたのは終電で、反対方向の電車も既に走っていない。
と言って、乗り越したのは二駅だったから、タクシーを拾うのも馬鹿馬鹿しい。
やや迷った挙げ句、酔いざましも兼ねて、歩いて帰ることにした。

そして、普段は通ることのない路地裏で、件の雑貨店に巡り会ったというワケである。


――こんな夜遅くまで、営業しているなんて。

我知らず、双眸を見開いていた。
辺り一面の夜闇の中で、明々と照明を灯した雑貨店は、
さながら大海原にポツリと浮かぶ孤島の様だった。

千鳥足で近付いていくと、軒先に店員とおぼしい娘が座っているのが見えた。
随分と若くて、髪の長い、可愛らしい女の子だ。歳の頃は十七、八と言ったところか。
暑っ苦しそうに、ウチワで喉元をはたはた扇いでいる。
後で判ったことだが、その店は老夫婦と、孫の姉妹が切り盛りしていた。


  いらっしゃいませ。

よほど、私が物珍しげにジロジロ見ていたからだろう。
店員の娘が、ひょいと立ち上がって、鈴の音のような声で囁きかけてきた。
声を潜めたのは、深夜ということで周囲に配慮したのかも知れない。

それにしても、こんな時間まで、何を商っているのだろうか。
ちょっとの酔狂から――娘の愛らしさに惹かれた事もあって――私は足を止め、
明るい店の中に目を遣った。
雑多に並ぶ商品は、日用雑貨から菓子食品まで、幅広く取りそろえてある。
値札に注目してみると、どれも一律だ。
いわゆる、百均というやつだった。

そこそこ酔いもさめて、小腹が空きはじめていたところだ。
私は、食品の並ぶ棚から、おにぎり3個入りのパックと、スナック菓子を幾つか選んだ。


  毎度ありですぅ。

私の手から商品を受け取った娘は、ぺこりと礼儀正しくお辞儀をする。
今どき珍しい三角巾の鮮やかな花柄が、照明に映えた。
三角巾なんて、小学校の頃だかに、給食当番で使った程度だ。
幼年時代を思い出して、ふと『あの頃は――』なんて回想してしまうのは、
私が歳をとったからだろうか。やだやだ。

  735円になるですよ。

ココロに浮かんだ世迷い言は、娘の声に掻き消された。

代金と引き替えに、商品を詰めた白いビニール袋を受けとる。
そのついでに、ほろ酔い加減の私は、意地悪な質問をしてみた。
こんな遅くまで営業してて、儲けがあるのか……と。

基本的に、百円ショップは薄利多売。
こんな路地裏で、しかも深夜営業ときては、客足など期待できまい。
採算度外視の慈善事業じゃあるまいし……いくら何でも無謀にすぎる。

ところが、問われた方は汗ばむほどの熱帯夜にも拘わらず、涼しい顔だ。
そして、意外に利用客が多いことを、微笑みながら教えてくれた。
ほら……と彼女が指差した先には、片手をあげて近付いてくる、メガネをかけた少年の姿。
彼に話を聞いてみると、店員の娘とは高校の同級生だとか。
なるほど、買い物をしながら語らう仕種は、とても親しげだ。

暫くすると、右目を眼帯で隠した、人形のように美しい娘もやってきた。
夜中にお腹が空いて、食べ物を買いに来たのだと言う。
スレンダーな体型をしていながら、その実、痩せの大食いらしい。


  この店のおにぎり、美味しいんですよ。

おにぎりは、お祖母さんと、さっきの店員の娘が握っているらしい。
このお嬢さん曰わく、お祖母さんが握った方は、少し塩っ気が多いのだとか。
それで、おみくじ紛いの遊びをしているという。なるほど、面白そうだ。

私は、眼帯のお嬢さんを始め、店員さんと少年に別れを告げ、家路に就いた。
その途中でも、あの店に行くと思われる銀髪の女の子と擦れ違った。

この町の人間は、なかなかに宵っ張りが多い。
家に帰り着いて食べたおにぎりは、少ししょっぱい気がしたけれど……

  私は、あの店が好きになった。



――あれから、もう半年が経つ。

寒々とした冬空の下、月明かりを頼りに、あの店を目指す。
そういうライフサイクルが、すっかり身体に馴染んでしまった。
あの店員の娘の笑顔を見ないと、翌日の寝覚めが悪くなるほどだ。


断っておくが、私は別に、下心とかあって行くワケではない。
言うなれば『癒し』を求めているのだ。
あの、温かな雰囲気に包まれた、宵っ張りどもの集会所に。
つまるところ、それはインターネットでチャットに興じるのと同じだった。


  まぁた来やがったですか。寒いのに、物好きなヤツですぅ。

夜の静寂の中、私の足音を聞きつけたのだろう。
店員の娘が、今夜も色鮮やかな三角巾を頭に頂き、腰に手を当てて立っている。
呆れ口調の割に、どこか嬉しそうに見えるのは、私の目が悪いせいか?
もう日課になっているのだと告げると、彼女は朗らかに微笑み、私の背を叩いた。


  だったら、今夜も売り上げに貢献しやがれですぅ。

元より、そのつもりだ。
さて、今夜は何を買おうか。例によって、おにぎりは欠かせない。
あれこれと品定めしていると……ほぉら、他の常連たちも白い息を弾ませながら、
マフラーを巻いた頸を竦めて集まってきた。

つくづく、コウモリみたいに夜更かしの好きな連中である。
ド近眼な私を含めて。


でも、本当は――
みんな、この時間に、この店に来るために、夜更かししているのかも。
私と同じように。



だから、私はこの店と、ここにくる連中が大好きだ。


――明日は、カメラを持ってこようかな。

そんな事を思いながら、今夜も……顔見知りとなった常連たちを、笑顔で迎えた。


  おわり