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  『昼下がりの邂逅』


――つまんない。

土曜日の午後なのに、薔薇水晶は独りだった。
みんなは部活や、諸々の用事に追われていて、遊ぶ約束も出来なかった。
退屈だけが、薔薇水晶の心に鬱積していく。

ベッドに寝転がったまま、窓の外に目を向ける。
よく晴れている。雲が高い。それに、とっても青い空。

 「なんか……勿体ないなぁ」

宿題は無いし、急用が有るわけでもない。
と言って、このまま惰眠を貪る気分にもなれなかった。
少し、散歩でもしてこよう。薔薇水晶はベッドから跳ね起きると、
ジャケットを羽織って外に出た。




――さて、何処へ行こうか?

 「城址公園にでも行ってみよう。この間、植えたバラの苗を見に」

学園の緑化運動により、園芸部が接ぎ木・栽培した苗を植えたのは、一ヶ月前。
花が咲くには早いだろうが、どうせ暇つぶし。
長い石段を登っていると、上から運動部の一年生部員たちが駆け下りてきた。
練習、頑張ってね。ナニ部だか分からないけど。



花壇の近くには、誰も居なかった。
春が日一日と近付く今日この頃だけど、まだ風も冷たいし、散歩を楽しむ
陽気ではない。桜の蕾も、もう暫くしないと膨らんでこないだろう。

 「今年も……お花見に来たいなぁ」

出来れば、銀ちゃんと二人きりで。
そして、こっそりお酒を飲んで……後は酔った勢いのまま――
昼間から、つい、はしたない妄想を広げてしまった。

 「ん? あれは――」

五百本の苗が植えられた花壇の前まで来た時、人の気配を感じて、
薔薇水晶は思わず足音を忍ばせた。
花壇の中に…………誰か居る。がさがさと音がしている。
園芸部の部員? それとも、まさか花泥棒?

静かに近付いて、様子を窺う。どうやら人ではないみたい。もっと小さい。
薔薇水晶は一定の距離まで近付くと、屈み込んで花壇の中を覗き見た。


――がささっ!!

 「……わひゃぁっ!」

突然、ナニかが飛び出してきて、薔薇水晶は思いっ切り尻餅をついてしまった。

一体、ナニが?
驚愕しつつも、反射的にスカートの裾を降ろしていた。
まさか、誰かにパンツ見られてないよね。
頬を赤らめながら周囲を見回すが、誰も居なかった。

ホッと一息。そうだ、いま飛び出してきたのは、何だったんだろう?

改めてナニかが走り去った方向に頚を巡らすと、少し離れた所に、
薄汚れた黒猫が蹲っているのが見えた。
苗をガサガサと揺らしていたのは、あの猫らしい。
大方、爪研ぎでもしていたのだろう。

 「? なにか…………様子が変」

あれほど勢い良く飛び出して来たにも拘わらず、黒猫は突っ伏したまま、
動こうとしなかった。それどころか、とても具合が悪そう。
けれど、目立った外傷はなさそうだった。

 「……おいで」

試しに、呼んでみる。しかし、猫は薔薇水晶の方を見向きもしなかった。
お腹が空いているのだろうか? 
残念だけど、今は何も持ってない。
買いに行くにしても、最も近い店は学園の購買だ。
土曜の午後なんて、もう閉まっている。
第一、野良猫に餌を与えているところを見られたら、何かと煩く言われるかも。

 「困ったなぁ…………どうしよう」

捕まえるにしても、独りでは無理だろう。あっちの方が、小さくて素早い。
本当に、どうしようかな?
背後から声を掛けられたのは、その時だった。

 「あれ? そんな所で、なにしてるの薔薇しぃ」
 「あっ……蒼ちゃん。あのこ……なんだけど」
 「クロベエが、どうかした?」 

蒼星石の口から猫の名前が飛び出した事で、薔薇水晶は少しだけ安堵した。
なぁんだ。あの猫は、蒼星石の家の飼い猫だったわけね。

 「クロベエって言うんだ?」
 「うん。ボクと姉さんは、そう呼んでるよ。野良猫なんだけどね」
 「飼ってるんじゃないの?」
 「この花壇を手入れしに来た時、たまにお弁当の残りをあげてるくらいだよ。
  残念だけど、ウチは庭木や鉢植えが多いから飼えなくてね」

蒼星石が呼ぶと、黒猫は「にゃあん」と甘えた声で啼きながら、
のそのそと近付いてきた。

 「随分と慣れてるね。やっぱり……ゴハンくれる人が解るんだ?」
 「それも有るけど、この猫は人懐っこいよ。元は飼い猫だったんだと思う」
 
なるほど、言われてみれば確かに、黒猫の毛並みは柔らかそうだった。
トリミングすれば、きっと奇麗になるだろう。

 「ねえ、蒼ちゃん……この猫、私が貰っちゃ……ダメ?」

薔薇水晶の申し出に、蒼星石は嫌な表情を浮かべるどころか、満面の笑顔を見せた。

 「薔薇しぃの家で、面倒を見てくれるの? そうしてくれたら嬉しいな」
 「任せて。可愛がるから」

薔薇水晶は黒猫を、ひょい……と抱きかかえた。
蒼星石の言う通り、確かに人懐っこい。
慣れない猫なら、抱かれることすら嫌がって暴れるというのに。

これから花壇の手入れを始める蒼星石と別れて、薔薇水晶は足取りも軽く、
自宅へ戻った。この子と一緒に、お風呂に入ろう。
奇麗になった黒猫を脳裏に描きながら、薔薇水晶は幸せそうに微笑んだ。

 「私達…………友達に…………なれるよね?」
 「にゃおん」
 「あれ? お返事できるんだ……お利口だね♥」




――湯上がりの午後。
薔薇水晶はベッドの上で気持ちよさそうに眠る黒猫を撫でながら、
ふと名前を付けていない事に気付いた。
野良の時はクロベエでも、ウチに来たなら、ちゃんとした名前を付けてあげなきゃ。

 「そうね……お前の名前は…………うん……決めた」 
 
満足げに頷く薔薇水晶。

 「お前の名前は…………ラプラス!」




扉を隔てた向こう側では、タキシード姿の執事が号泣していた。

 「お嬢様…………それは酷すぎます」



執事の名こそが、本家本元のラプラスだった。