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  『ひょひょいの憑依っ!』


凍てつく冬が、静かに舞台を降りてゆく頃。
それは、春という再生の訪れ。
多くの若者たちが、新しい世界に旅立っていく季節。

彼……桜田ジュンもまた、新たな道に歩を踏み出した若者の一人でした。

「今日から僕は、ここで――」

穏やかに、昼下がりの日射しが降り注ぐ空間。
薄汚れた壁際に、山と積まれた段ボール箱を眺め回して、独りごちる。
大学を卒業したジュンは、首都圏に本社のある企業に、就職が決まっていました。
そこで、これを機に親元を離れ、独り暮らしを始める予定なのです。

彼が借りたのは、都心から電車で30分ほど離れた下町の、ボロアパートでした。
築20年を越える5階建てのコンクリート家屋ですが、立地条件は悪くありません。
勤務先にも、公共の交通手段を用いれば、1時間以内に辿り着けます。

そんなアパートならば、家賃だって安かろう筈もなく――
最低でも、一ヶ月10万円は、覚悟しなければなりませんでした。
入居に際しては、その他にも敷金、権利金、生活を始めれば光熱費も必要になる。
両親に養われていた時には顧みもしなかった出費が、色々とかさみます。
新卒の安月給にしてみれば、かなりの負担になるでしょう。

ジュンも恥をかなぐり捨てて、半年くらいは親に援助を求めるつもりでした。
ところが――

部屋探しの最中、ジュンが不動産屋に苦しい台所事情を話すと、ある物件を仲介されたのです。
そこは2LDKで風呂、トイレ完備。敷金、権利金なし。
肝心の家賃も、相場の半値以下と破格で、夢のような物件でした。

古今東西、オイシイ話には裏がつきもの。
訝しんだジュンが問い詰めると、不動産屋は渋々、白状しました。
そこは死人が出た部屋。いわゆる『事故物件』だったのです。
しかも、近所でもアヤシイ噂が囁かれていると言うではあーりませんか。

でも、背に腹は代えられないのが現実。
いつまでも親のスネを囓っているのは、ジュンのプライドが許しませんでした。
寧ろ、これは絶好のチャンス到来かも知れません。

(物は考えようだ。こんな安い物件が見付かるなんて、幸先いいじゃないか)

即決でした。
こうして、ジュンはボロアパートの五階に引っ越してきたのです。

「さーて……梱包を解いて、荷物をかたずけないとな」

どの段ボール箱から開こうか。選別をするジュンの目が、壁の一点で止まる。
そこには、どうだと言わんばかりに、日に焼けて黄ばんだおフダが……。
ミミズがのたくった様な筆書きの字で『アブラカナブラ』と書いてあるようです。
そんな胡散臭いモノが、部屋のあちこちに貼りつけてありました。

「なんだこりゃ? ここの大家さん、インチキ祈祷師に騙されたんじゃないのか」

失笑して、ジュンは全てのおフダをひっぺがし、くしゃくしゃに丸めてゴミ箱に放り込みました。
糊で貼ってあったためキレイに剥がれず、見た目がかなり汚らしいです。

引っ越してきて早々、気分が悪くなってしまいます。
これじゃあ、仲良くなった女の子を、部屋に呼ぶことも躊躇われるというもの。
荷物の整理をしながら、紙片の残る壁や柱を見る度に、ジュンは頬を引きつらせるのでした。


――と、その時です。
ちゃぶ台に置いたマナーモードの携帯電話が、ぶいーんと振動して、ジュンを驚かせました。

「な、なんだよ……ビックリさせやがって」

照れ隠しに悪態をつきつき、携帯電話のディスプレイを見ると、相手は親友の笹塚くんでした。
彼は高校卒業後、こちらの大学に進んでいたので、都会暮らしに長けています。
ジュンも、上京して新居探しをするに当たり、彼の協力を頼みにしておりました。

「もしもし、笹塚か?」
『やあ、桜田くん。久しぶりだね、元気してたかい』
「不動産屋めぐりで、一昨日にも会ってるだろうが。それで……どうしたんだ?」
『君のお姉さんに、今日こっち来るって教えてもらってさ。
 折角だから、引越祝いをしようと思ってね。真紅さんも来るって言ってたよ』

まだ半分も片づけが終わっていないが、笹塚くんの好意を受けないワケにもいきません。
それに、同期入社する幼なじみの名を出されては、断れなかったのです。

「……解った、行くよ。どこで待ち合わせるんだ」
『僕、バイト中なんだ。今は、お昼の休憩時間でね。
 バイト終わるのが6時なんで、そうだなぁ……6時半に駅前で、どうだい?』
「それで良いよ。じゃあ、また後でな」
『うん。バイバイ』

そうと決まれば、グズグズしていられません。
夜までに、出来るだけ片づけを終えなければ……。
急ぐあまり、粗雑になる動作。
ジュンはうっかり、箱から出して積んだままになっていた本の山を、蹴り崩してしまいました。

「痛てててっ……あーあ、余計に散らかしちゃったよ」

溜息まじりに見下ろした本の山に、ハードカバーの冊子が紛れています。
高校の卒業アルバムでした。
あれから4年……まだ、懐かしむほど日数は経っていません。
ですが、ジュンは手に取り、ついつい眺めてしまいました。
郷里に居る友人たちの写真を眺めながら、時を忘れ、思い出の中で遊ぶ……。



気付けば、柱に掛けたアナログ時計の針は、6時を回っています。

「うわ、やばい!」

部屋の隅に脱ぎ捨ててあったジャンパーを羽織って、ジュンは駅まで駆け出しました。




「あ、来た来た。遅いよ、桜田くん!」

息急ききって辿り着いたジュンに、笹塚くんの文句が飛んできます。
ジュンの腕時計では、6時半ジャストでしたが、反論はしませんでした。
否……できなかったのです。
なぜなら、笹塚くんと一緒に立っていた三人の美しい娘に、目を奪われていたのですから。

娘の一人は、真紅でした。
特徴的なツインテールに髪を結っておらず、背中へとストレートに降ろしている。
品のいい洋服に身を包んでいたばかりか、うっすらと化粧もしていたので、
一瞬、ジュンの目には別人のように映ったのです。
ジュンの胸はトキメキに躍り、頬が熱を帯びてゆくのが分かりました。

「やあ、待たせてゴメン。ところで、笹塚……あのさ――」

笹塚くんは、ジュンの視線が残る二人の娘に注がれたのを見て、紹介を始めます。

「こちらは、僕のバイト仲間さ。柿崎めぐさんと、水銀燈さん。
 僕らと同郷で、僕らよりふたつ上なんだってさ」
「こらこら、笹塚くん。女の子の歳を、安易にバラすものじゃないわよ」
「ほぉんと、デリカシーなぁい。そこでサバ読むのが常識よねぇ」

めぐという黒髪の美しい娘と、見目鮮やかな銀髪を靡かす水銀燈という娘が、
左右から笹塚くんの頬に握り拳をグリグリ捻り込みます。
笹塚くんは、えへへ……と、だらしなく笑っていました。

その様子を冷ややかに眺めつつ、腕組みした真紅が、可憐な唇を開きます。

「立っているのも疲れるわ。早く、店に案内してちょうだい」
「あら、気が強ぉい。私ぃ、貴女みたいな子、好きよぉ♪」
「なんか気品を感じるわよね。私も好みのタイプかな。仲良くしようね、真紅ちゃん♪」
「え? ええと……あの、ちょっと」

めぐと水銀燈は、新しいオモチャを見付けた子供のように瞳を輝かせて、真紅を取り囲みます。
一行は、解放された笹塚くんに案内されて、駅前の居酒屋『きらき屋』に入りました。


飲み放題で予約を入れてあったので、すぐに、お座敷へと案内されます。
五人は掘りゴタツのように造られたテーブル下の凹みに、足を投げ出しました。
すると、すぐに店員がやってきます。左眼に、薔薇を象った眼帯を着けた娘です。

「……いらっしゃいマホ」

おちょくってるのか? と思える挨拶をして、注文を取っていきました。
なんだか、ふわふわと掴みどころのない女の子でした。


「それじゃあ、桜田くんと真紅さんの就職祝いも兼ねましてー、乾杯っ!」

笹塚くんの音頭で始まる宴。
最初に頼んであったビールとおつまみは、見る間に無くなっていきます。
めぐと水銀燈が、常軌を逸した飲みっぷりを見せたからです。
この二人、普段から暇さえあれば飲み比べをしているとか、なんとか……。

「おいおい、真紅。そんなに飲んで大丈夫なのか?」
「……へーひなのらわ、ほれふら~い」

二人に触発されたワケではないでしょうが、真紅も大した飲みっぷり。呂律が回っていません。
いつもは、あまり飲まないのに……
やはり、独り暮らしができる喜びが、羽目を外させるのでしょう。
真紅は資産家のご令嬢で、本当ならば、額に汗して働かなくてもいい身の上でした。
にも拘わらず、彼女は我を通して就職し、上京したのです。

(まさか、僕を追いかける為とか…………いや、自惚れすぎだな)

酒気に頬を染めた真紅の横顔を一瞥して、ジュンはコップに残る、生温いビールを呷りました。



楽しい時間は、すぐに過ぎ去ってしまいます。
夜の9時を回り、一次会は終わりました。

「じゃあ、定番だけど、二次会はカラオケ行きますかー!」

いい気分に酔っている笹塚くんの提案に、水銀燈とめぐも腕を突き上げて賛成します。
でも、ジュンは……。

「ごめん、みんな。まだ部屋の片づけが終わってないし、こいつも――」

俯きがちに熱い息を吐く真紅を支えながら、心配そうに見遣りました。
飲み慣れない酒を聞こし召したせいか、真紅は自力で歩けないほど、ぐでんぐでんです。

「こいつも、送り届けなきゃいけないからさ。僕はこれで帰るよ。
 笹塚。それに、柿崎さんと水銀燈さん。今夜は祝ってくれて、ありがとう。楽しかったよ」
「そっか……OK。気を付けて帰ってくれよ、桜田くん。
 困ったことがあったら、気兼ねなく電話してくれて構わないからさ」
「じゃあねー、桜田くん。また今度、遊ぼーねー♪」
「ばいばぁ~い。送りオオカミになっちゃダメよぉ?」

テンションMAXな三人に別れを告げ、ジュンは真紅を連れて、タクシー乗り場に向かいました。


泥酔した真紅をマンションまで送り届けたばかりか、きちんとベッドにも寝かし付けたので、
ジュンが帰宅を果たした頃には、12時近くなっていました。
些か酔っぱらっていて、部屋の片づけなど億劫です。
今夜はもう、シャワーを浴びて寝よう。バスタオルを手に、浴室に向かいました。

そして、何気なく風呂のドアを開いた途端、それはジュンの目に飛び込んできたのです。
若い娘の後ろ姿――
しかも、目が潰れそうなほど眩しいHADAKAじゃあーりませんか!
緑髪の娘は瑞々しい肌も露わに、気持ちよさげに鼻歌を唄いながら、シャワーを浴びています。
酔いも手伝って、ジュンの目の前で、娘の桃尻がグ~ルグルと回り始めました。

「あ、あっれ――? 部屋、間違えたかな~」

朦朧としながら呟いた声は、この得体の知れない娘にも聞こえたようです。
え? と振り返るなり、彼女は黄色い声で叫びました。

「き…………きゃ――――っ!?!? チカンかしら――――っ!」
「わわわわ……ゴメンっ!」

我に返り、大慌てで玄関を飛び出したジュンですが、よくよく表札をみると、やはり自分の部屋です。
寝惚けたのかと思って、恐る恐る玄関を開いて覗くと、さっきの娘がバスタオルで前を隠して、
玄関先に仁王立ちしておりました。
涙を浮かべた娘の眼差しに気圧されそうになりながらも、ジュンは勇気を奮い立たせ、誰何します。

「だっ……誰だ、お前っ。ここは僕の部屋だぞ!」
「カナが先に住んでたかしらっ! その…………死んじゃったんだけどぉ」
「…………なにぃ?」

まだ酔ってるらしい。そう考えた矢先、ジュンは思い出しました。
この部屋が、事故物件ということを――

(じゃ……じゃあ、こいつ……ホントに……ゆ、ゆ、ゆ……幽霊なのかーっ!?)

ジュンの意識は、そこで途絶えました。




――ゆさゆさと、身体を揺すられる感覚。

「――――しら。さっさ……きる……かしら」

誰かが、自分を揺り起こそうとしている。
ジュンは微睡みながら、のり姉ちゃんが起こしに来たのかと思いました。
しかし、よくよく考えると、ここに姉が居るワケがありません。
では、誰が……?
興味に負けて、重い瞼を開いたジュンの前には、さっきの緑髪の娘がっ!
彼女は青ざめた表情で、彼の顔を覗き込んでおりました。

「あー、気が付いたかしら?」
「ひぃっ!」
「うふふ……怯えちゃって、かーわいい♪ そんなにカナが怖いかしら~?」
「あっ、当たり前だろ! お前、幽霊じゃないか!」
「……そうよ。あれは……忘れもしない5年前のことかしら」

カナと名乗る幽霊少女は、聞いてもないのに身の上話を始めました。

「春一番が吹く頃、お布団を干すため、ベランダの手すりに身を乗り出したカナは、
 強風に煽られてバランスを崩し、お布団ともども落っこちて――」
「ここって五階だぞ。死んじゃうじゃんか」
「だーかーらー、死んじゃって、こうして地縛霊になってるかしら。
 カタカナ書きの言霊で封じられてたのを、貴方が解放してくれたってワケかしら」
「…………ぷっ。ドジなヤツ。地縛霊というより自爆霊だな」
「ぬなぁっ?!」

思わず噴き出したジュンの態度に、カナはカチンときたらしい。
彼女の周りに、ぼぼぼっ! と火の玉が出現しました。

「あったまきたかしらー! 危害を加えるつもりはなかったけど、気が変わったわ。
 取り憑いて、貴方の身体を乗っ取ってやるかしらっ!」
「ひえっ! や、やめろよっ!」

飛び起きたジュンは、100m十秒を切る早さで、玄関にまっしぐらです。
しかし、カナが「えいっ!」と声をあげると、身体がビクとも動かなくなってしまったのです。

「あはっ。これが正真正銘『カナ縛り』かしら~♪」

身体が動かない。声も出せない。瞬きすらも……。
ジュンの全身から、脂汗が滲み出していきます。
そんな彼を玩ぶように、ジュンの首筋に、青白い腕が絡みついてきました。
くすくすと含み笑う声が、耳元をくすぐる。

「それじゃあ…………いっただっきまぁ~す、かぁ~しぃ~らぁ~」

やめてくれえっ! ココロの中で叫びましたが、効果なし。
ジュンの身体に、カナの影が重なり、なんとも表現しがたい一体感を覚えました。
しかも、頭の中に娘の声が響いてきたではあーりませんか。

『残念だけど、カナにはすぐに乗っ取るほどのチカラが無いかしら。
 だから、こうして取り憑いて、じっくり身体を奪ってア・ゲ・ル。
 あ……名乗り遅れたけど、カナの名前は金糸雀っていうかしら。
 これから、ヨロシクかしら~、桜田ジュンくん♪』

「冗談じゃないよ」ジュンは、カナ縛りが解けると同時に吐き捨てました。
だからと言って、どうすることも出来ません。この状況を受け入れること以外、何も――


――こうして、幽霊少女の金糸雀とジュンの、奇妙な同居生活が幕を開けたのです。