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  『ひょひょいの憑依っ!』Act.6


「あーん、もうっ。カナ、独りぼっちで寂しかったんだからぁ。
 ジュンったら、どこ行ってたかしら~」

帰宅早々、熱烈歓迎。
甘えた声色に相反して、金糸雀の腕は、容赦なくジュンの頸を絞めます。
猫のように、頬をスリスリしてくる仕種は『可愛いな』と想わせるのですが、
これではまるで、アナコンダに締め上げられるカピバラ状態。
喜びの抱擁が、悲しみの法要になってしまいます。

無防備に押し当てられる、彼女の柔らかな胸の感触を名残惜しく思いつつ、
ジュンはこみあげてくる鼻血を、理性でググッと我慢するのでした。

「ちょっと、外でメシ食ってきただけだって。
 お前に作ってもらおうと思ってたけど、ちっとも風呂から出てこないから」

真紅のところに行ったことは、伏せておくのが吉でしょう。
とかく人間関係には、ヒミツがつきもの。
それがあるから、この世は歪みながらも、それなりに巧く回っているのです。
街並みがバリアフリーになれば、人に優しい環境と呼べるでしょうが、
人の心は、ビルや住居ではありません。時には隠し事するのも、優しさの裏返し。

(本当のことをベラベラ喋ったら……コイツのことだ。
 何をしでかすか、解らないからな)

注意一秒ケガ一生。そんな標語が、意味もなくジュンの脳裏に浮かびました。

「お前、どれだけ長いことシャワー使ってたんだよ」
「ご、ごめんなさぁい……かしら」
「まあ、いいけどな。たまには外食するのも、気分転換になるし」
「明日は、きっとご飯作るからっ! ジュンは、なにが食べたいかしら?」
「そうだなぁ…………キノコ鍋とか、どうだ」

やおら口をへの字に歪めて、頬を引きつらせる金糸雀を見て、
ジュンは気分よさげに笑いながら靴を脱ぎ、カバンを手に部屋に向かいました。
それを目敏く見つけた金糸雀が、ちょこちょこと彼の後ろに付き従って訊ねます。

「そのカバン、なぁに? ははぁん……もしかして、カナにプレゼント?」
「なんで、お前なんかに」

木で鼻を括るようなジュンの態度に、金糸雀が「むー」と頬を膨らませました。
――が、それも、カバンの中身を目にするまでのこと。
中に納められていたのが、可愛らしい人形と判ると、たちまち瞳を輝かせたのです。

「わ! わ! ねえねえっ! どうしたの、このお人形っ!」
「いやさ、なんかムリヤリ買わされた」
「ふぅ~ん。いいなぁ……可愛いなぁ……」

金糸雀は幼子のように指を銜え、カバンに横たわる人形に、物欲しげな眼差しを浴びせます。
女の子という生き物は、どうして、人形やヌイグルミといった物が好きなのでしょう。
いくつになっても、ココロの片隅に、ピュアでメルヘンチックな部分を持っているようです。

(母性本能とか、ホルモンの関係なのかなぁ)

男の子のジュンには、その程度の、無粋な発想しかできません。
しかし……傍らに居る女の子を、喜ばせてあげたい気持ちが芽生えていたのも確かでした。

どのみち、ジュンにとっては、猫に小判というものです。
それに、もしかしたら、これがいいキッカケになるかも知れません。
人形を愛でることで、金糸雀の真紅イジメが止むならば、儲けものでしょう。

「この人形が……欲しいか? 欲しければ、くれてやる」
「それなんてジャバウォック? ……じゃなくてっ!
 ホント?! ホントに、カナにくれるのかしらっ?」
「ああ。僕が持ってても、カバンに詰め込んだままになるだろうからな。
 それじゃ、人形とは言え、さすがに可哀相だし」
「あ…………ありがとぉーっ!?」

金糸雀が、満面の笑顔でジュンに抱きつきます。
どういうワケか彼女の腕は、頸に絡みついて、キュッ! と絞めてくるのでした。

(いつか、ホントに絞め殺されて、丸呑みされそうだな……僕)




――翌朝。
心地よい微睡みに沈んでいたジュンの意識を、調理の音と、芳しい匂いと、
陽気な歌声が揺さぶってきます。

「女の子は~、恋をした時からぁ~♪」

なんだか懐かしいメロディ。昔みたアニメのエンディングが、思い出されました。
あったなぁ、こんな歌――瞼を閉ざしたまま、回想にふけるジュンの耳に、
聞かれているとも知らない風情で、歌の続きが流れてきます。

「チョー1流のぉ~、孔明に早変わりぃ~♪」


(おいっ! なんか今、おかしくなかったか?)

頬を叩かれたようなショックで、百年の眠気も一撃粉砕、猫灰だらけ。
跳ね起きたジュンの頭は、寝起きも相まって、混乱しまくりです。
金糸雀は、元気な中に、ちょっとの不安を覗かせた挨拶を投げてきました。

「おはよ、ジュン。起こしちゃったかしら?」
「……そうだな。叩き起こされた気分だ」
「ごめーん。でも、もうすぐ朝食ができるから、丁度よかったかしら。
 早く、顔を洗ってくるかしらぁ~♪」

なにやら、朝からゴキゲンの彼女。プレゼント効果は覿面のようです。
これほどならば、もっと早くに、こうすれば良かった。
ジュンは少しだけ、後悔してしまいました。
そうすれば、不必要に、真紅を傷つけることもなかったのに……と。



雑談に興じつつ、和やかに過ごす朝の食卓。
もしも金糸雀と出逢わなかったら、今頃は独り寂しく、
ぼそぼそとシリアルを口に運んでいたことでしょう。

(朝飯つくってくれたんだし、そこのトコだけは、感謝しておくか)

ちゃぶ台を挟んで向かいに座る金糸雀に、ちらと見遣ります。
その一瞬、不意に視線がぶつかり、ジュンはドキリと目を逸らしてしまいました。

「ん? なぁに、ジュン」
「いや……その、えっとさ……さっきの歌だけど」

なんとなく言いそびれて、別の話題を振ることで、誤魔化そうとします。

「なんで、恋した女の子は孔明に早変わりなんだ?」
「やぁね……盗み聞きしてたかしら」
「勝手に聞こえてきたんだよ。人聞き悪いなぁ」
「あははっ、ごめーん」

――と、朗らかな笑顔を振りまく金糸雀でしたが、急に表情を引き結びました。
それから、険しい目をして、ちゃぶ台に身を乗り出し、声を潜めて言ったのです。

「い~い? 女の子ってね、生まれながらにして策士なのかしら。
 好きになった人を繋ぎ止めておくためなら、なんだってしちゃうんだから」
「な……なんでも?」
「ええ。ニュースの殺傷事件でも、痴情のもつれって、よく言ってるでしょ。
 開闢以来、連綿と受け継がれてきたことよ。本能みたいなものかしら。
 好きで好きで……しまいには、その気持ちに歯止めが利かなくなって、
 ふとしたキッカケから、暴走しちゃうワケね」
「物騒だなぁ。男の方が粗暴で残虐なイメージあるけど、女の方が残忍なのか?」
「そういうこと。女の子って、実は、とぉっても陰湿で残忍な面を隠してるの。
 歴史の陰に女あり……ってね。男は所詮、キリキリ働く道具みたいなモノかしら~」

冗談じゃない。ジュンは朝から、憂鬱な溜息を吐いてしまいました。
言われてみれば、世の中には悪女列伝なるものが存在します。
目の前の金糸雀は、にこやかに構えていますが……イザとなれば、鬼になるかも知れません。
そんな猛獣たちと一緒に生活するなんて、とんでもなく恐ろしいことです。
もう一度、引きこもっちゃおうかな……冗談とも本音ともつかない考えが、頭を占めます。

ジュンの携帯電話に着信が入ったのは、そんな時でした。


ディスプレイに表示された電話番号は、電話帳に登録されていないものです。
間違い電話かと訝りましたが、一向に鳴り止む気配がありません。
5回コールを数えて、仕方なく、電話に出ました。

『あ……もしもーし。桜田くん?』
「え、ええ……まあ。どちら様ですか?」
『私よ、私。柿崎だってば。昨日はゴメンね~』

笹塚くんに番号を訊いたのでしょう。
金糸雀の目を気にしたジュンは「おお、そっかそっか」と曖昧な返事をして、席を立ち、
至って自然な動作でベッドに腰を降ろしました。
その口振りは、あくまで笹塚くんと話しているように。

「気にすんなよ。それで、なんの用なんだ?」
『……ちょっと馴れ馴れしすぎない?』
「いいって事さ。僕とお前の仲じゃないか、遠慮するなって」
『ど、どういう仲だって言うのよっ! 
 折角、これからで良ければ、昨日の相談に乗ってあげようと思ったのに』
「マジで?! ははは……こやつめ。
 取り敢えずさ、電話じゃ金かかりすぎるし、会って話をしないか」
『……偉そうな態度が気に入らないけど、良いわよ。どこにする?』
「駅前で落ち合うか。ゲーセンとかあるし」
『解ったわ。じゃ、後でね』
「おう、またな!」

なんとか凌ぐと、ジュンは通話を切って、金糸雀に「笹塚からだよ」と嘘を吐きました。
「お前も一緒に来るか? 野郎同士の集まりなんて、退屈だろうけどさ」

退屈という単語を耳にして、金糸雀は渋面を浮かべます。
あるいは『野郎同士の集まり』と聞いて、銭湯の男湯を思い出したのかも知れません。
それでも、今までならば変に勘ぐって、無理にでも憑いてきたでしょう。
しかし――

「うーん……カナは遠慮しておくかしら。ジュンだけで、楽しんできて」
「えっ? いいのか?」
「家事もしないといけないし……男の子だけの方が、気を遣わなくていいでしょ?
 笹塚くんにも、よろしく伝えて欲しいかしら」

どうやら、ジュンが成り行きで吐いてしまった嘘を、信じ切っているようです。
それとも、気付いていながら、騙されたフリをしてくれているのでしょうか。
いずれにせよ、金糸雀の上機嫌がプレゼントした人形に起因しているなら、凄い事です。
おそるべし! ドール・セラピー。

「ああ、うん。そう言ってくれるなら、楽しんでくるよ。ゴメンな……金糸雀」

その言葉は、彼女の気遣いに対してではなく、騙したことへの謝罪。
ちょっとの罪悪感を抱きながら、ジュンは金糸雀の微笑みに送られて、部屋を出ました。




駅前に着くと、待ち合わせの人物は、すぐに見付かりました。
上着は、ブルーデニムのジージャン。穿いているジーンズも、いい具合に色褪せて味わい深い。
いかにも颯爽という風情で、ジュンは『カッコイイな』と目を奪われてしまいました。
彼ばかりでなく、道行く男たちも、何気ない素振りを装って、彼女をチラチラ盗み見ています。

「すみません。遅くなっちゃって」
「あ、来た来た。女の子を待たせるなんて、感心しないぞ」

そんな彼女――柿崎めぐに親しく話しかけられて、ちょっぴり優越感を覚えるジュンでした。

「取り敢えず、話の内容がアレだし……静かな公園に行かない?」

ジュンにしてみれば、相談に乗ってもらえるだけでも、ありがたい事です。
異存などあろうハズもなく、めぐの提案に従いました。



三月も後半の平日。学校も春休みですから、子供たちが多いかと思いきや――
公園内は閑散としていて、若者よりも老人を多く見かけます。
暖かな日射しが降り注ぐ芝生に寝転がれば、すぐにでもウトウトしそうでした。

「昨日の夜は、ホントにごめんなさいっ! お酒についてはワケありで」

並んでベンチに座るなり、めぐが膝に着くくらい深々と頭を下げます。
そんな真似をされては人目が気になるというもので、ジュンは即座に宥めました。

「いえ、もう良いんですよ。元々、怒ってなんかないし。
 笹塚にも、柿崎さんと水銀燈さんは、飲み友達だって聞いてたし」

言って、ジュンは今更ながら気付きました。「そう言えば、今日は彼女と一緒じゃないんですね」
まだ数回しか会っていませんが、めぐと水銀燈は、いつもベッタリくっついておりました。
そんな姿を見慣れていたので、めぐ一人だけですと、違和感があったのです。

「あら。もしかして、お目当ては水銀燈だったの?」
「そうじゃなくて、なんて言うか……太陽の下に居ながら影がない……みたいな」
「不自然ってコト?」
「気に障ったなら謝ります。僕の勝手なイメージですから」
「いいよ、別に。桜田くんの言うように、水銀燈と私は、特別な関係だから」

めぐは、さらりと気になることを言い続けます。「ねえ……マガタマって、知ってる?」

「勾玉って、古墳時代のアレでしょ。三日月型のヤツ」
「そっちを思い浮かべるわよね、やっぱり。まあ、知らないのが普通の反応だけど」
「じゃあ、他にもある……と? どうにも、話の流れが解らないな。
 水銀燈さんのコトから、なんで勾玉になるんですか」

ジュンの問いに、めぐは言葉を返しませんでした。
代わりに、黙ってシャツのボタンを外すや、「見て」と胸元を広げたのです。
ちらりと見えるブラジャーを、ジュンは思わず、食い入るように凝視してしまいました。
それはもう、眼球が飛び出して、メガネのレンズを割ってしまうくらいに。

しかしっ! 次の瞬間っ!

「いい加減にしなさぁいっ!」

ジュンの脳天に落とされる手刀。それは、めぐの所行ではなく……
痛みを堪えて振り向いた彼の眼前には、怒りに戦慄く水銀燈の姿があったのです。
いつの間に、背後に来ていたのでしょう。接近する気配は、微塵も感じなかったのに。

「まあまあ、水銀燈。乱暴しちゃダメよ。見せたのは、私の方なんだし」
「……にしたって、見る場所が違うでしょぉ? 胸ばかり、ジロジロと……」
「男の子なら、自然な反応だってば。ゴメンね、桜田くん」
「イテテテ……あ、いえ。僕の方こそ、みっともない真似して、スミマセンでした」

両手で脳天をさすりさすり謝るジュンに、めぐは「気にしないでいいよ」と苦笑しつつ、
憮然としている水銀燈に掌を向けて、紹介しました。

「実は…………水銀燈はね、私に取り憑いてる禍魂(マガタマ)なのよ。
 そのせいで、私は浴びるほどお酒を呑まなきゃならない身体にされちゃったワケでね」

めぐの言を受けて、水銀燈は鼻を鳴らし、大仰に肩を竦めました。

「如何にも不幸な被害者って口振りねぇ。自業自得のクセにぃ」
「あちゃー。それを言っちゃあ、おしまいよ」

いつもの如く、親しげに語らう二人。
その内容も、二人の関係も、一般人からすれば紛うことなき超常現象です。
しかし、金糸雀に取り憑かれたジュンにとっては、日常茶飯の現象にしか思えませんでした。

「自業自得? いったい、何があったんです? どうして、柿崎さんは――」
「私って、子供の頃に、長いこと入院しててね」
「ああ。その話なら聞いた憶えが。その頃に、幽霊を見て、霊感体質になったとか」
「んー。ちょっと違うわ。正確には、臨死体験をしたから……ね。
 私の病気は、心臓にあったのよ。先天性の病気で、5歳までに死ぬと言われてたの。
 でも死ななくて、次は7歳……その次は10歳……それでも、全然、死なない。
 いい加減、みんなも、私も、疲れちゃってね。それで、12歳の時に――」
「自殺未遂を?」

ジュンの問いかけに、めぐは頷き、水銀燈が言葉を継ぎました。
「その手段がケッサクなのよぉ。この子ったら、どうしたと思う?
 なんと! 闇ルートでウォッカを入手して、イッキ呑みしたの。12歳の子供がよぉ?
 急性アルコール中毒で死にかけて、蘇生した後は、病気が快方に向かったんだから、
 余計に笑えるわ。人体って不思議よねぇ~」



キャハハッと腹を抱えて笑う水銀燈と、苦笑うめぐと、ジュン。
三人は、木陰から様子を盗み見ている眼帯娘の存在に、全く気付いていませんでした。

「…………そろそろ…………かもね」