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公園の木の下で……ふたり、肩寄せ合って座り込み、夕立を眺めていた。
夏にありがちな、タライをひっくり返した様な集中豪雨。
見上げる暗い空に、雨の降り止む気配はない。
日中の強い日差しに熱せられた地面で砕けた雨の滴でさえ、
靄となって空へ帰ろうとしているのに、二人には帰る術がなかった。
水たまりに落ちる水滴が広げる波紋を、ぼんやりと数えるだけ。

「どうしよう…………これじゃ、おうちに帰れないよぉ」
「心配しなくても、きっと、もうすぐ雨は止む――」

突然、雲間を閃光がのたうち、やや遅れて、轟音が空気を震わせた。

「きゃっ!」

びくりと肩を震わせて、髪を短く切りそろえた女の子が、隣の子の腕にしがみつく。
少女の小さな手に、同じくらい小さな手が、優しく添えられた。
大丈夫。どんな事があっても、守ってあげる。
降りしきる雨の音にかき消されないように、その子は少女の耳元で、そう囁いた。

「いつも一緒に居てやるです。ずーっとずーっと、一緒ですよ……」



  第一話 『揺れる想い』



運命の出会いというものは、いつだって、突然に訪れる。
例えるなら、真夏の夕立。よくある流行歌だと、季節はずれの嵐――とでも唄っていようか。
それは文字どおり、お互いにとって、全くの予期せぬ遭遇だった。

「――あれ?」
「ひゃっ!?」

放課後の体育館の入り口で、奇遇にも顔を突き合わせた二人。
一方は意外さに身じろぎを忘れ、他方は驚愕のあまり凍り付いている。
二人に共通していたのは、青天の霹靂……という言葉を思い浮かべていたことだ。

「どうして、こんな所に居たの?」

彼女は、好奇と怪訝が綯い交ぜになった眼差しで、目の前の人物を射竦めた。
問われて、毒舌小動物系の娘は金魚のように口をパクパクさせて、返答に窮している。

「用事があるから、先に帰るって言ってたのに」
「あ、えと……だだ、だから、体育館に用事があったですよっ」
「……ふぅん。忘れ物でもしたの?」
「そんなトコです。もう用は済んだですから、とっとと帰るです」

やっと言葉を取り戻したかと思えば、そわそわと落ち着かず、適当な受け答えを繰り返す。
彼女は、姉――翠星石の振る舞いを怪しみ、少しだけ眉を顰めた。

「なにか、ボクに隠してるでしょ」

双子の姉妹である為か、時折、二人には直感的に通じ合うナニかがあった。
口に出さずとも、なんとなく互いの気持ちが理解できるのだ。
人生の大半を一緒に歩んできたのだから、ある意味、当然かも知れない。

「ここ最近、なんか様子が変だよ?
 いつも一緒に登校してたのに、今朝も独りでさっさと出かけちゃうし。
 ボク、何か姉さんを怒らせること……した?」
「別に……。たまたま、そういう気分の日が続いただけですよ」

素っ気ない中に、ほんの少し突っぱねた気配をにおわせる口振り。
翠星石は目を伏せたまま、蒼星石の脇を擦り抜け、小走りに遠ざかっていった。


  ――もしかして、疎まれてる?

そんな考えが、蒼星石の頭をよぎった。
けれど、どれだけ記憶を辿ってみても、疎んじられる心当たりはなかった。
しつこくした憶えは無いし、ベッタリ依存型なのは寧ろ、翠星石の方だ。
楽しそうに笑いながら、戯れにじゃれついてくるのも、いつだって彼女の方だった。

  『蒼星石と一緒に居られるなら、他には何もいらないのです』

ずっと以前に、そう語った翠星石の言葉が思い出され、懐かしくなった。
幼い日の、他愛ない会話。あれから、もう何年?



考えてみれば、彼女も、自分も、今では年頃の女の子。
花も恥じらう17歳なら、異性を意識するのは当然であり、遅すぎるくらいだ。
翠星石にも、そういった心境の変化が、訪れたのかも知れない。


(姉さん……好きな人でも、出来たのかな)

同じ年頃の男女が、ひとつの建物に集い、一日の1/3以上を過ごしていれば、
嫌でも性の違いを意識せざるを得ない。青い恋だって芽生えてこよう。
引っ込み思案で、人前ではいつも、蒼星石の背中に隠れてしまう彼女。
そんな姉に、恋愛をする勇気が備わったのであれば、妹として喜ぶべきことだ。


蒼星石の知らない男子生徒と向かい合って、はにかむ翠星石。
花弁のように瑞々しい唇に浮かぶ、幸せそうな微笑。
脳裏に想い描いた妄想に、蒼星石の胸が、チクリと痛んだ。

(姉さんは、独りでも歩いてゆける強さを持ってる。未来を見つめる瞳を持ってる。
 だけど、ボクは――――)

盲目だ……と、蒼星石は思う。今まで歩いてこられたのは、彼女が手を引いてくれたから。
姉が、自分以外の誰かと幸せになって、繋いでいた手を放してしまったら……。
言い知れない恐怖が、蒼星石の身体から力を抜き取っていく。


  ――真っ暗闇の中で、ボクは……誰に縋ればいいの?


蒼星石は、体育館の壁に背を預けて、両腕をきつく抱き寄せた。
そんな未来の訪れが、1秒でも遅くなることを切に祈る。
翠星石には申し訳なく思いながらも、そう願わずには、いられなかった。


そして、今度は自己嫌悪が、きりきりと彼女の心を苛む。
もしかしたら、自分の存在が、姉の未来を遮る壁になっているのではないか。
だから、彼女は疎ましくなって、自分から遠ざかり始めたのでは……?
小さな不安は、彼女の中で二倍になり、四倍になり……際限なく乗算されていく。
爆発的に膨張していくソレは、やがて、胸が張り裂けんばかりの悲しみへと変わった。

「やだな……姉さんの幸せを祝福してあげられないなんて――
 ボクは、なんてイヤな子なんだろう」

限界まで溜まった感情は、出口を求めて、彼女の緋翠の瞳から溢れだす。
ぽろぽろ……と、カタチを変えた心の痛みが、零れていく。
渡り廊下のコンクリートに落ちたソレは、未練がましく、ゆっくりと染み込んでいった。


その時、乾いた炸裂音が耳に飛び込んできて、蒼星石は反射的に背筋を伸ばした。
どこかの部が、まだ体育館で活動中らしい。
何かをぶつけ合うような炸裂音と、床を踏み鳴らす音が、断続的に聞こえてくる。
少し聞いただけで、すぐに察しが付いた。

「そっか……剣道部が練習してたんだね」

独りごちたら、蒼星石は、なぜ翠星石がここに居たのかという疑問を思い出した。
ひょっとして、姉は剣道部の練習を、こっそり見に来ていたのではないか?
だとしたら、彼女が心を寄せている相手が、剣道部にいるのかも知れない。

(誰なんだろう? ちょっと、覗いてみようかな)

蒼星石は指で目元を拭って、閉ざされた体育館の扉に歩み寄り、小窓から中の様子を窺った。
防具を身に着けた、大勢の剣道部員が並んでいる光景を、想像しながら。
だが、中に居たのは、たった二人だった。
しかも、二人とも女子で、道着と白い袴以外、一切の防具を纏っていない。
彼女たちは、夕日射し込む館内で、激しく竹刀を打ち合っていた。

「あれは――水銀燈と、隣のクラスの柏葉さんじゃないか。特訓してるのかな」

二人がぶつかり合うたび、汗の滴が宙を舞い、夕日の中で琥珀色の輝きを振りまく。
一心不乱に竹刀を交える彼女たちを、蒼星石は美しいと思った。
すっかり目を奪われ、気付けば気持ちは昂ぶり、身体が熱を帯びていた。

特に、蒼星石は柏葉巴の洗練された身のこなしに魅了され、興味を抱いていた。
ボーイッシュなヘアスタイルや、スレンダーな体躯など、自分と似た点も多い彼女は、
凛とした中にも、可愛らしさ、淑やかな乙女としての輝きを失っていない。
同じ年の、女の子同士なのに――なぜ、彼女はあんなにも魅力的なんだろう?

もっと、柏葉巴のことを知りたい。
蒼星石は、不思議な気持ちが胸に広がっていくのを感じていた。



  第一話 おわり





三行で【次回予定】

 ――姉の想い人を確かめようとしただけ。
 だが、乙女の心に吹き込んできた風は、姉に寄せる想いすら、無情にかき乱す。
 姉妹の気持ちは、擦れ違ったまま、ベクトルを変えてしまうのか――

次回、第二話 『眠れない夜を抱いて』