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駅前のスクランブル交差点に面したビルに設置された大型ディスプレイの中で、
彼女は今日も楽しげに歌っていた。
流れているのは、つい先週に出たばかりのラブソング。
生活スタイルが異なり始めた二人が、すれ違い、もつれ合いながらも、
ハッピーエンドに向かって駆け抜ける……という歌詞だ。



  『終わらないストーリー』



ディスプレイに映る彼女に見入っていた僕の腕を、薔薇水晶が引っ張った。

 「笹塚くん。信号、変わったよ」
 「ん……ホントだ。早く渡ろう」

僕たちは手を繋ぎながら、彼女の歌をBGMにして横断歩道を渡っていく。
今日は、久しぶりにウィンドウショッピングを愉しむ約束だった。

 「この曲、すごく良いよね」

横断歩道を渡り終えたところで、薔薇水晶は僕の横顔を眺めながら言った。

 「私、CD買っちゃった」
 「ああ、僕もだ。結構、売れ行きも良いみたいだよ。
  オリコンチャートを見たら、ミリオン近い数字が出てた」
 「本当に? なんか、凄いよね。同級生にアイドル歌手が居るなんて」
 「だよなあ。正直、ここまでメジャーになるなんて思わなかったよ」




翌日、珍しく彼女が登校していた。

 「よお。久しぶりだな、めぐ」
 「あら。おはよう、笹塚くん。会いたかったわ♪」
 「今日は来られたんだな。最近、休みがちだったから心配してたんだ」
 「出席日数がヤバいのよ~。留年したら、どうしよっかな」

突然のスカウト。そしてデビュー。
天性の美貌と持ち前の歌唱力で瞬く間にスターとなったにも拘わらず、
めぐは三ヶ月前と変わらず、至って普通の高校生然としていた。
余りにも突然の激変で、彼女自身、まだ戸惑っているのかも知れない。

 「でも、みんな応援してくれてるし、頑張らないとね」
 「あんまり無理するなよな」
 「大丈夫大丈夫。笹塚くんに会えて、元気が出たから♥」

けれど、そう呟いた彼女の横顔には、少しだけ疲れが見えた。




テレビや雑誌でメグの姿を見る回数に反比例して、登校する回数は減っていった。
そんなに仕事が忙しいのだろうか。
時々、携帯のメールで連絡を取り合うけれど、なかなか都合が付かなかった。
たまには、会って話をしたいよ。

 「最近、めぐちゃん学校に来ないね。元気にしてるのかなぁ」
 「うん。歌番やバラエティで見てる限りじゃ、元気そうなんだけど」
 「この頃はメールの数も減ってるし、なんか心配だなぁ。
  笹塚くんは彼氏なんだから、電話で話とかしてるよね?」
 「彼氏ったって、形ばかりの関係だよ。
  最近じゃ、話すどころか週末に会うことすら出来ないんだから」
 「そうなの……なんか寂しいね。あ、ちょっと駅前の本屋に寄って良い?」
 「ああ、いいよ」

駅前に来て、あの大型ディスプレイを見上げた僕たちは、思わず言葉を失った。

 「ちょっと、笹塚君! あれって――」

午後のワイドショーを垂れ流すディスプレイには、
芸能関係のスクープが下衆なタイトルと共に、
しつこいほど繰り返し映されていた。

  【大物新人アイドルと、有名若手俳優の交際疑惑】
  【熱愛発覚!! 新人アイドルと――】 
  【深夜のお泊まりデート激写!】

それは紛れもなく、めぐを誹謗するものだった。
が、全てを嘘と言い切る根拠もない。
裏切られた――いや、そもそも僕なんて凡人が、彼女と釣り合う筈ないじゃないか。
悔しくて、情けなくて……僕は薔薇水晶を置いて、家まで逃げ帰った。  




彼女はもう、違う世界の人間なのだと思い知らされた。
何が彼氏だよ。僕には、彼女を追い掛けるだけの能力も、ルックスも無い。

携帯に、めぐからメールが届いた。

 【めぐだよー。今度の土曜日に、会えないかな?】

今更、会ってどうなるって言うんだろう。
例のスクープについて、言い訳を聞かされるだけじゃないのか?
惨めすぎる、そんなの。

 【ゴメン。都合が悪くていけない】

送信しようとして、思い止まった。良い機会じゃないか。
この際、彼女と別れよう。会って、ハッキリ伝えるんだ。
了解の返事を打ち込んで、僕はメールを送信した。




薔薇学園の裏にある明伝城址公園で、僕たちは待ち合わせていた。

 「お待たせ、笹塚くん。ちょっと、遅くなっちゃった♥」

ベンチに座っていた僕を見て微笑み、めぐは隣に腰を降ろした。
私服姿の彼女は、以前よりもずっと華やいで見えた。
そりゃ当然だろう。僕らなんかとは住む世界が違うんだ。
服だって、僕らはユニクロ。彼女のは、きっとブランド物さ。

 「別に、大して待っちゃいないさ。それより、今日はどうしたんだよ」
 「ちょっと、ね。最近、色々と有りすぎて疲れちゃった」
 「お忍びで息抜きってやつか」
 「まぁね。それに、笹塚くんとは最近デートしてなかったし」

デート、か。なんだか、お情けをかけられてるみたいだ。
惨めだな、まったく。

 「デートなら、僕より相応しい奴等が居るだろ」

めぐが息を呑む音が聞こえた。
実際、今の彼女には最も触れられたくない話題だと思う。
けど、だからこそハッキリ言わなきゃならないんだ。

 「最近、ワイドショーとかで騒がれまくってるだろ。そいつと――」
 「待って! ちょっと、私の話を聞いて」

めぐは強い口調で、僕の言葉を遮った。

 「ねえ、笹塚くん。まさか、あんな報道を信じてなんかないわよね?」
 「信じるなと言われたって、ああも写真週刊誌とかで書かれてるとな。
  別に、良いんじゃないか? めぐはもう雲の上の人物なんだし、
  派手な私生活も、芸能人のステイタスみたいなもんだろ」
 「ばっ、バカねえ。あんなの全部、誤解なんだって」

誤解でも、何でも良い。もう、諦めはついてるんだから。

 「あのさ……めぐ。僕たち、もう別れないか」
 「えっ――」

信じられないと、彼女の見開かれた眼が語っていた。
どうして? と。リップグロスを塗った彼女の唇が、戦慄いている。
何かを言おうとして、言葉にならない。そんな様子だった。

 「――どうして、そんな事を言うの? 最近、殆ど会えなかったから?」
 「言ったろ。住んでる世界が変わったんだよ。
  こんな関係を続けるのは、お互い、もう無理なんだ」
 「そんなの身勝手だわ!
  お互い、もっと会う時間をつくる努力すれば、いいだけの話じゃないの」
 「そりゃ、出来ることなら、そうしたいよ! けど――」 

僕には、君を引き留めておくだけの力は無いんだ。

 「もう、ダメなんだよ。僕たちは」
 「――――っ!」


ぱんっ!


 「笹塚のバカっ! あんたなんか最っ低の大バカよ! 大っ嫌い!」

めぐは僕の頬を叩き、一頻り喚いて、目の前から走り去ってしまった。
胸が苦しかったけど、これで良いんだと自分を慰めた。
僕はまだ、彼女のことが好きで好きで堪らない。
でも、だからこそ彼女の足枷になってはいけなかったんだ。
そう…………これで良かったのさ。




 「どうして、めぐちゃんをフッたの?」

その夜、薔薇水晶が家に訪ねてくるなり発した質問だ。
僕なりの考えを答えたら、薔薇水晶にも頬を殴られた。
なんて日なんだ、今日は。

 「どうして、信じてあげられないの? めぐちゃんは笹塚くんのこと、大好きなんだよ?」
 「だからって、高校生の僕が出来ることなんて、高が知れてるだろ」
 「相談に乗ってあげることくらい出来るじゃない!」
 「話を聞いたって、解決できるかどうか分かんないだろ! もう帰ってくれよ!」
 「ヤダ! 笹塚くんがめぐちゃんに謝るまで、ぜったい帰らないっ!」

薔薇水晶はいつになく強引だった。こんな彼女を見るのは初めてだ。
僕は彼女の気迫に圧されて、渋々ながら、メグの携帯に電話を掛けた。

 「もしもし…………笹塚だけど」
 「――――何の用……なの?」
 「これから、少しだけ会えないかな? 明伝公園で待ってるから」
 「――――良いわよ。じゃあ、後でね」


 「じゃあ、僕は出かけるからな。薔薇水晶は先に帰ってて良いよ」
 「私も一緒に行くわ。笹塚くん一人じゃあ、また喧嘩別れになりそうだから」
 「もう、そんな事しないって」

とは言ったものの、情けない話だけれど、薔薇水晶が居てくれるのは心強かった。
ついさっき別れたばかりで、どの面下げて、めぐの前に立てるだろうか。
一人きりじゃ、絶対に直前で尻込みしてた。




明伝公園に僕たちが着いた時、めぐは街灯の下のベンチに座って項垂れていた。
学園では常に朗らかで、行動派だった、めぐ――彼女が、あんなにも憔悴しているなんて。
僕たちの接近に気付いてハッと顔を上げた彼女は、一瞬、嬉しそうな表情を浮かべ……
……複雑な面持ちとなった。

 「私に、あなた達の仲を見せ付けに来たの?」
 「笹塚くんが逃げ出さないように、見張ってるのよ」

思わず答えに窮したところに、薔薇水晶のフォローが入った。
格好悪いが、やはり一緒に来てもらって、良かったと思った。

ふぅん……と、めぐは僕らを交互に見据えて、クスッと笑った。

 「まあ、いいわ。それなら、笹塚くん。どうして、私を呼びだしたの?」
 「さっきの事、謝りたくてさ。それと、伝えたいことも有る」
 「ヨリを戻したい……なんて虫のいい話なら、お断りよ。
  私のプライドはずたずたに傷付けられたんだから」
 「僕だって、そんな恥知らずじゃない。ただ、めぐを信じるって、伝えたかったんだ。
  あんな写真週刊誌のゴシップ記事なんか、くそくらえだって」
 「そう……」

めぐは少し口を噤んで、溜息を吐いた。乱れた気持ちを整理するように。
そして、迷いが吹っ切れたように明るい笑顔を浮かべた。
薔薇学園で、毎日みんなを和ませてくれた、あの笑顔を――。

 「私ね、アメリカに渡ろうって決めたの」

夜空の月を見上げて、めぐは自分の抱負を語ってくれた。

 「スクープだなんだと騒がれまくって、ちょっと嫌気がさしてたのよ。
  良い機会だし、留学して一から出直そうって考えたの」
 「凄いな……。僕と同い年なのに、そんなにもスケールの大きい目標があるんだから。
  僕なんか、何をしたいのかすら分かってない」
 「人それぞれだもの。でもね、探し続けなければ、答えは見付けられる筈がないわ」
 「そうだね。僕はまだ、真剣に人生と向き合ってない。甘えているんだと思う」

甘えているから、物事の本質が見えなくて、
肝心な時に大切な人を傷付けてしまったんだ。
僕は、めぐの目を真っ直ぐに見詰めて、思いの限りを伝えた。

 「僕には、めぐみたいに天賦の才能なんかない。だけど、探し続けるよ。
  そして、いつか君に追い付けた時、僕は必ず伝えるから。
  今度こそ、どこまでも一緒に歩いて行けるよって」
 「ふふ……それって、いつ頃になる予定なの?」  
 「それは、その……今すぐにとは言えないけど、出来るだけ努力するから」
 「ふぅん? まあ、気長に待つとするわ」

笑いながら、めぐは右手を差し出した。

 「暫く、お別れね。でも、忘れないで。世界の何処で歌っていようとも、
  私は……不特定多数の誰かにではなく、貴方の為に歌っていることを」

忘れないよ。絶対に、忘れるもんか。
僕はメグの温もりを忘れないように、しっかりと握り締めた。




――クリスマス
毎年恒例のメロディが満ち溢れた駅前に、僕と薔薇水晶は買い物に来ていた。
何処に行っても、ジングルベルや、山下達郎のクリスマスソングが流れている。
毎年、飽きもせず繰り返される光景。

駅前のスクランブル交差点で信号待ちをしていた時、
薔薇水晶が正面の大型ディスプレイを指差した。

 「あっ! 笹塚くん、めぐちゃんが映ってるよ」
 「本当だ。あいつ、向こうでも大人気だもんなぁ」

渡米して一ヶ月と経たず、めぐは人気ロックバンド【Rozenmaiden】のボーカルとして、
その名を世界中に知られる存在になっていた。
あのゴシップ記事も直ぐに忘れられて、国内でも彼女の人気は回復している。
本当に、めぐは大空を羽ばたく鳥のように、どんどん遠くへ行ってしまう――

 「笹塚くんも大変だね。今や世界的な有名人に追い付かなきゃいけないなんて」
 「確かに、途方もない目標だなぁ」

だけど、僕は約束したんだ。必ず追い付いて、一緒に歩いて行くと。


  ♪終わらないストーリー


クリスマスの街に、めぐの歌が流れ続ける。
毎年、飽きもせず繰り返される光景。




だけど、今年は――――少しだけ違って見えた。