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知らず、翠星石の肩を掴む手に、力が込められていたらしい。
尋常ならざる妹の気迫に言葉を失っていた翠星石が、思い出したように抗議の声を上げた。

「い、痛いです、蒼星石っ」
「答えてよっ! ボクと、彼女と……どっちを選ぶの!」
「手を離すですぅっ!」

噛み合わない会話に焦れて、蒼星石はベッドから腰を浮かせ、脅える姉を威圧的に見下ろす。

「ずぅっと一緒に居るって言ったのに! 約束したのにっ!」

詰め寄られて、翠星石はバランスを崩し、ベッドの上で仰向けに倒れた。
手にしていたマグカップから零れたレモネードが、彼女の胸元に降りかかる。
まだ温くなっていない液体がパジャマを濡らし、肌に貼り付かせた。

「熱ぃっ」

か細い悲鳴を聞いてもなお、蒼星石は力を緩めず、姉の身体にのし掛かった。
重なり合った二人のパジャマに、レモンの香りが染み込んでいく。


レモンの花言葉は『誠実な愛』『熱意』そして……『心からの思慕』



  第八話 『愛が見えない』



「ば、バカバカ! やめ……止めるです、蒼、星石ぃ!」

蒼星石に組み敷かれた姿勢で、翠星石は妹を押し戻そうとする。
しかし、彼女の細腕は、それを可能としない。
仕方なく、ポカポカと蒼星石の背や頭を叩くが、彼女を怯ませることは出来なかった。


「――どうして」
「え……?」
「ボクは、いつだって、姉さんのコトを1番に想ってるのに……
 姉さんは、もうボクを1番には想ってくれないの?」
「そ、それは――」

蒼星石の哀しげな呟きが、翠星石の胸を突いた。
ズキリと痛んだ心が、翠星石から抵抗する気力を減退させていく。

(蒼星石……)

狼狽えた心境は、一転して、愛おしさに変わった。
親とはぐれた子猫のように縋り付いてくる蒼星石を、抱き締めてあげたい衝動に駆られる。
でも……。
だけど……。

翠星石の胸裏に、ひとつの疑問が生まれた。
本当に、それで蒼星石の気持ちは救われるのか……という迷いが。



例えるなら、蒼星石の心は、ヒビの入った器。
哀れみという、その場しのぎの愛情で満たされたところで、
かりそめの救済は直ぐに亀裂から浸み出し、枯渇してしまう筈だ。
その都度、妹は薬物依存症のように、安易な潤いを求めてくるのだろう。

今宵の如き戯れを、飽くことなく繰り返して。


(私たちは双子。生まれながらに、お互いの半身を共有する者同士。
 二人でひとつと言ってもいいくらい、身近な存在です)


――だからこそ。


翠星石は、握り締めていた拳をゆるゆると開いて、蒼星石の頬を両手で挟み込んだ。
そして、真っ直ぐに顔を合わせる。
緋と緋、翠と翠の視線を、しっかりと結びつける。
妹の瞳は、深い哀しみと、怯え……それと、何かを期待する想いに溢れ、揺らいでいた。


数分、そのままの姿勢で、二人は見つめ合っていた。
冷え冷えとした夜気の中でも、蒼星石の頬に触れた翠星石の掌は、じっとり汗ばんでいる。
漸くにして翠星石が為し得たのは、ひとつ、深呼吸することだけ。
けれど、決意を固めるには、それだけで充分だった。


「……蒼星石。よーく聞くです」


語り口は、当の翠星石ですら戸惑うほど、平静かつ淡泊なものだった。
ぴくっ……と、蒼星石が身体を震わせる。
見た目よりずっと臆病な妹は、ただ黙って、姉の言葉を待ち続けていた。

そして……。


「私にとって、蒼星石は――――


 もう、1番じゃねぇです」


「――――え?」


蒼星石は目を見開いて、姉の顔を、まじまじと凝視した。
それは、彼女が欲しかった答えではない。
待ち侘びていた言葉などでは、断じてない。

「姉さん…………今、なんて……言ったの?」

ウソだよね? 絡み合った視線を通じて、蒼星石は問いかけた。
しかし、翠星石は、意志の疎通を拒絶するように瞼を閉じて、静かに頸を振った。


「私はもう、蒼星石を1番には想えないのです」

可憐な薔薇の花に似た姉の唇が紡ぎだした、残酷な通告。
蒼星石は、血の気を失い蒼白になった表情で、イヤイヤをする。

  信じられない。
  いつもみたいな、意地悪なウソなんでしょ?
  ねえ、早く噴きだして、冗談だと……ごめんなさいと囁いてよ。

願いは、たったそれだけの事なのに……。


「何故なら、今の私にとって1番のヒトは――」

蒼星石の想いを突き放す、姉の言葉。
それを耳にしたとき、グチャグチャに混乱した蒼星石の頭の中で、スイッチが入った。
或いは、その逆で、理性というサーキットブレーカーが落ちたのかも知れない。
いずれにせよ、蒼星石には、もうどうでもよかった。

「イヤだっ! 聞きたくないよ!」

叫んで、蒼星石は姉の華奢な身体に覆い被さり、白い首筋へと顔を埋めた。
ボディソープと、リンスと、レモンの香りが、蒼星石の頭を痺れさせる。
翠星石の匂い。大好きな匂い。
沸き起こる欲情の赴くまま、姉の滑らかな柔肌に、鼻を擦り付けた。

「ひゃんっ! そ、そーせ……い、せきぃ……止め……」

姉の甘い啼き声が、蒼星石を酩酊に似た感覚へと導く。
翠星石の耳を噛み噛み、妹は譫言のように呟いた。

「ボクには、姉さんが必要なんだ。だから……
 どんな手を使ってでも、キミに想わせてあげるよ。
 姉さんにとって、ボクが1番だってコトをね――」
「やぁっ! ダメ…………そんな……の、イヤ…………ですぅっ!」

二人の間に割り込んだ翠星石の両腕が、信じられない力で、蒼星石を突き飛ばす。
蒼星石は、あわやベッドから仰向けに転がり落ちそうになって、カーペットまで飛び退いた。
そこに、翠星石の「バカッ!」という罵声と共に、空になったマグカップが飛んでくる。
咄嗟に両手で受け止めた直後、ばふっ! と、蒼星石の顔を枕が直撃した。

「ばかっ! 馬鹿っ! バカッ! 蒼星石の馬鹿っ!
 お前なんか、大っ嫌いですっ! 顔も見たくねぇですぅっ!」
「……そんな…………姉さん」
「出てって! とっとと私の部屋から出てけですっ! 早くっ!」

翠星石はヒステリックに喚き散らして、手近な物を、手当たり次第に投げてくる。
柳眉を逆立て、肌を紅潮させて……ぼろぼろと、大粒の涙を零していた。
その剣幕に圧倒された蒼星石は、マグカップを手にしたまま、姉の部屋を後にした。
たった一言『ごめんなさい』と謝ることすら出来ずに。


「……どうしてなの?」

廊下で独り佇み、蒼星石は誰にともなく問いかけた。
胸が苦しい。姉に大嫌いと言われてから、悲しくて、心がズキズキと痛み続けている。

(――ボクは、姉さんのコトが大好きなのに……ボクには、キミの愛が見えないよ)


拒絶された悲しみを誤魔化すように、蒼星石は姉が口付けたマグカップの縁を、ちろりと舐めた。



  第八話 おわり





三行で【次回予定】

 彼女はいつだって、自分の愛に応えてくれると思っていた。
 ……それは、無い物ねだりの子守歌だったのだろうか?
 思春期のココロは、迷宮の出口を求めて、当て所なく彷徨う。

次回 第九話 『もっと近くで君の横顔見ていたい』