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「うーん……どれが良いかなぁ」

ケーキが並ぶウィンドウを覗き込みながら、蒼星石の目は、ココロの動きそのままに彷徨う。
どれもこれも、とっても甘くて美味しそう。
だけど、水銀燈の好意に応えるためにも、翠星石に喜んでもらえるケーキを選びたかった。

「……よし、決めたっ。すみません、これと、これと……これを」

選んだのは、苺のショートケーキ。祖父母には、甘さ控えめなベイクド・チーズケーキを。
それと、絶対に外せないのは、姉妹と亡き両親を繋ぐ、思い出のケーキ。
甘~いマロングラッセをトッピングした、モンブランだった。

(これなら姉さんだって、少しくらい具合が悪くても、食べてくれるよね)

そうでなければ、苦心して選んだ意味がない。
一緒に、ケーキを食べて……にこにこ微笑みながら、仲直りがしたいから。
いま、たったひとつ蒼星石が望むことは、それだけだった。

会計を済ませて、ケーキ屋のガラス扉を潜った途端、喧噪が蒼星石を包み込んだ。
道行く人の話に耳を傾けると、どうやら事故があったらしい。救急車のサイレンが近い。
そう言えば、ケーキ選びの最中に、けたたましいブレーキノイズを聞いた気も……。
でもまあ、これだけの交通量だ。事故のひとつやふたつ、発生しない方が不思議だろう。

「おっと……暢気に見物してる場合じゃないね。早く、姉さんを追いかけなきゃ」

蒼星石は、事故現場の混雑を避けて、自宅へと歩き出した。



  第十三話 『痛いくらい君があふれているよ』



折角のケーキが崩れてしまわないように、箱を真っ直ぐに保ちながら、歩く。
考えることは、学校を早退した姉のことばかりだった。
もう、翠星石は帰宅しているはず。
あと少しで、翠星石に会える。

(今度こそ、ボクの気持ち伝えなきゃ)

そして、もう一度しっかりと触れ合い、大好きな姉の温もりを、全身で感じたい。
お互いの存在を持ち寄り、分かち合って、二人の絆に新たな一本を加えたかった。
様々な感情が、蒼星石の胸いっぱいに溢れ出してくる。
募る想いは、押し止めようとすればするほど、ますます膨らんでいくのだった。

晩秋の風を切って、颯爽と歩く蒼星石の視界に、自宅の門構えが入った。
やっと会えるのだと思うだけで、疲れなんか吹っ飛んでしまう。
最後の直線。逸る気持ちを抑えつつ、競歩みたいなラストスパート。
ゴールテープを切るように門柱を潜り抜けて、玄関のドアノブに指をかける。
だが、ノブを回して開けようとしたところで、施錠されていることに気付いた。

「あれ? 普段は鍵なんか掛かってないのに……お祖母さん、出かけてるのかな」

翠星石の為に、薬を買いに行ったのか。
あるいは、思いのほか症状が重く、病院まで付き添っているのかも知れない。
首を傾げつつ、合い鍵でドアを開けて、蒼星石は家に入った。

「ただいまー。あ……やっぱり」

玄関には、姉と祖母の靴がなかった。
思ったとおり、二人で病院に行っているのだろう。


祖父ならば、詳しいことを知っている筈だ。
蒼星石は靴を脱ぎ、廊下を横切って、自宅の一角を改装した店舗へと回った。
いつもなら、そこで祖父が仕事をしている。
しかし――

「あれ? 何なのさ……いったい」

祖父は居なかった。
そればかりか、シャッターが降ろされ、真っ暗な店内は静まり返っている。
一応、照明のスイッチを入れてみたものの、やはり誰も居ない。

「みんなして、どこに行っちゃったんだろう」

なんとなく、嫌な胸騒ぎ。
蒼星石は廊下に取って返し、台所に向かった。
携帯電話を使いたがらない祖父母は、何か連絡事項があると、
台所のメッセージボードに書き込む習慣がある。
ケーキの箱を置きがてら、それを確認しようと思ったのだ。


果たして、蒼星石の期待どおり、祖母からのメッセージが残されていた。
そこには、市立病院の文字と……急いで来るように、との伝言が――

「な……に? どういうコト?」

どきん! と、胸に強い痛みが走る。
軽い眩暈を覚えて、蒼星石は食卓に両手を付き、身体を支えた。
なにか、非常に良くないことが、姉の身に起きたのだ。
虫の報せか、あるいは双子に備わる不思議な力によるものか。蒼星石は直感的に悟っていた。


「行かなきゃ!」

蒼星石は、何の荷物も持たず――靴すら履かずに――玄関を飛び出した。
ドアの施錠など、端っから念頭にない。
白い靴下が汚れることなど、日常の注意点の、順位にすら入っていない。
ただただ、市立病院に急ぐことしか考えていなかった。

(姉さん! 姉さんっ! 何があったの、姉さんっ!)

それが、蒼星石の頭を占めている、全て。
尖った小石を踏み、刺さった痛みも、彼女には感じられなかった。




肩で荒い呼吸をしながら、やっとの想いで辿り着いた蒼星石を、焦燥顔の祖父がロビーで迎えた。
祖母は、病室で翠星石に付き添っているという。
病室の番号を聞くや、再び走り出そうとする彼女を、祖父が驚いた声で呼び止めた。

「蒼星石っ。お前……その足は」

制服のスカートから伸びる両脚は、血色も良く、健康そのもの。
けれど、清潔的に白かった靴下は、今や踵から爪先までが褐色に変わっていた。
泥汚れ以外にも、石や金属片などで切った傷から、血が滲んだのだろう。
それを目にした途端、蒼星石は漸くにして、痛みを思い出した。

「待つのじゃ、蒼星石。お前の治療も――」
「ボクのことは…………どうでもいいっ! 姉さんに会わせてよっ!」

蒼星石は歯を食いしばって、案じる祖父を脇に押し退け、エレベーターに駆け込んだ。



鮮血の足跡を残して進む蒼星石に、擦れ違う誰もが、奇異な眼を向ける。
呼び止める看護士も、何人か居た。
しかし、みんな蒼星石の気迫に圧されて、道を開けることしか出来なかった。



ICU――集中治療室のドアを、ほんの少し横滑りさせた隙間から、
祖母の弱々しい嗚咽が漏れだしてくる。
覚悟を決めるように一度、唾を呑み込んで、蒼星石は病室に踏み込んだ。
ひとつだけしかない、ベッド。
その上に、包帯やガーゼをベタベタと巻きつけられ、横たわる人影……。
じっくり眺めるまでもなく、翠星石だと解った。

「……お祖母さん」
「ああ、蒼ちゃん! 来てくれたのね」

スツールに座って、翠星石を見つめていた祖母が、蒼星石の呼びかけに振り返る。
深く刻まれた皺に染み込んだ涙をハンカチで拭うけれど、またすぐに、涙が落ちてきた。
乱れた髪に、悲痛に歪んだ表情に、突然の変化がもたらした焦燥のほどが垣間見える。
いつも以上に、祖母が小さく見えた。

「姉さん……寝てるの?」

そう思いたかった。薬が効いて、眠っているだけなのだ、と。
しかし、祖母の首は、無情にも横に振られる。
口元に手を当てて、嗚咽を堪えながら……祖母は訥々と、蒼星石に状況を説明した。
横断歩道が赤信号の時に、車道へ飛び出し、乗用車にはねられたのだという。

「ほんの今しがたまで……本当に、数分前まで――
 蒼ちゃんを呼んでいたのよ。ずっと、ずぅっと――」



「……そんな。ウソだよ……そんなの」
蒼星石は、祖母を押し退けてベッドに近付き、跪いた。
そして、ピクリとも動かない姉の手を、しっかりと両手で包み込んだ。

「起きてよ、姉さん。ボク、追いついたんだよ。目を開けて……話を聞いてよ」

握りしめる柔らかい手には、まだ温もりが残っている。
小さな子供の頃から、ずっと繋いできた姉の手。
重ねた手に落ちた蒼星石の涙が、指の隙間に吸い込まれて、二人の隙間を満たしてゆく。


  ――お願い。もう一度、ボクの声に応えて。


けれど、願いは届かない。姉の手は、どれだけ強く握りしめようとも、握り返してくれない。
やっと触れ合えたのに。やっと謝れると……また仲良く暮らせると、思っていたのに。
翠星石はまた、蒼星石を独り残して、遠くへと旅立ってしまったのだ。
その寝顔は、意外なほど穏やかで――微かに笑っているようにも見えた。

蒼星石の中に、姉と紡いできた思い出が甦ってくる。
春夏秋冬、喜怒哀楽、どんな時も、記憶の中の二人は手を携えて歩んできた。
胸に、痛いくらい翠星石への想いが溢れてくる。尽きることなく湧きだしてくる。
そして――

  『お前なんか、大っ嫌いですっ! 顔も見たくねぇですぅっ!』

最後に、あの夜の泣き顔を思い出した直後、蒼星石の胸で、何かが弾けてしまった。
その後はもう、感情を抑えることができなくなって……
蒼星石は、二度と目を覚ますことのない姉の胸に縋り付き、泣き喚いた。


「…………ボクだって、姉さんなんか嫌いだよ! 世界で1番、大っ嫌いだっ!」



  第十三話 おわり





三行で【次回予定】

 かけがえのない半身を失ってしまった少女は、生きる目的まで見失う。
 娘の無気力に誘われるように忍び寄る、影。
 それは、悲しみに暮れる魂を救済すべく降臨した天使か、それとも死神か――

次回 第十四話 『君に逢いたくなったら…』