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逸るココロが、自然と足取りを軽くさせる。
募る想いが、蒼星石の背中を、グイグイ押してくる。

あの街に、姉さんが居るかも知れない。
もうすぐ……もう間もなく、大好きな翠星石に会えるかも知れない。
蒼星石の胸に込みあげる喜びは、留まることを知らない。
早く、触れ合いたい。
強く、抱きしめたい。
今の彼女を衝き動かしているのは、その想いだけだった。

「結菱さん! 早く早くっ!」
「気持ちは解るが、少し落ち着きたまえ、蒼星石。
 そんなに慌てずとも、この世界は無くなったりしないよ」

苦笑する二葉の口振りは、春の日射しのように温かく、とても優しい。
蒼星石は、先生に叱られた小学生みたいに、ちろっと舌を出して頸を竦めた。

言われれば確かに、はしゃぎすぎだろう。
端から見れば、双子の姉妹が、再会を果たすだけのこと。
でも、逢いたい気持ちは止められない。蒼星石をフワフワとうわつかせる。


無邪気にココロ躍らせる彼女を見る二葉の眼差しは、とても羨ましそうで――
それなのに、どこか哀れむような翳りを潜ませていた。



  ~もうひとつの愛の雫~
  第18話 『あなたを感じていたい』



街への道すがら、蒼星石は、ずっと考えていた。

(姉さんに逢ったら、なんて言おう? やっぱり、ごめんなさい、かな?
 それとも……大好き――? うーん……ちょっと恥ずかしいかも)

先を行く二葉の背中が、不意に止まる。
ウキウキしていた蒼星石は、それに気付かず、ぽふ……と額をぶつけてしまった。

「わ、ごめんなさいっ」
「なに、大したことはないよ。それより、着いたよ」
「ホントにっ?!」

蒼星石は喜色を満面に浮かべて、二葉の後ろから、ひょいと顔を覗かせた。
丘の上から見た限りでは、割と大きな街だったから、それなりに賑やかだろう。
そんな想像を広げていたのだが――

案に相違して、街中には霧が立ちこめ、閑散としていた。

「誰も居ない?」
「いいや、居るよ。よーく目を凝らしてごらん、蒼星石」

二葉に諭されて、蒼星石はもう一度、街中を矯めつ眇めつしてみた。
すると、白日の下で曖昧だった境界が、だんだんと瞳に浮かび上がってくる。
パッと見、霧だと思っていたモノは、実のところ、無数の白い人影だった。
目的があるのか、無いのか。それらは思い思いに蠢き、ひしめき合っている。
浮かれていた蒼星石のココロは、冷や水を浴びせられたように、醒めていった。

「この白い影が…………全部、魂なの?」
「ああ、そうだ。『無意識の海』で俗世の汚れを洗い流された、魂魄だよ」


二葉の返答を耳にしつつ、蒼星石は目を凝らした。

「この中に、姉さんが? …………ダメだよ。どれが姉さんなのか、判らない」
「勝手の解らない場所に来て、臆病になるのは、やむを得ないだろうが――」

呆然と、弱音を吐いた彼女の背中を、二葉の声が叩く。

「まだ、入口に立っただけ。隈無く探してもいないのに、落胆してどうする。
 君の想いは、その程度のものなのかね?」

彼の冷静な言葉が、ぐらついていた蒼星石の気力を、ビシリと奮い立たせた。
そうなのだ。どれだけの魂が彷徨っていても、数には限りがある。
何千、何万……それ以上であっても、この中に翠星石が居るなら――
きっと見つけられる。だって、いつも一緒に居た、双子の姉妹なのだから。

「ありがとう、結菱さん。初っ端で、挫けちゃうところでした」
「礼には及ばんよ。僕と境遇の似た君を、応援したくなっただけだからね」
「じゃあ、あの……折角だし、姉さんを探すの手伝ってもらえませんか?」
「なに? 僕もかね?」
「応援してくれるんでしょ? 手分けして探した方が、効率いいですよ」

呆気にとられる二葉に、蒼星石はニッコリと笑いかけた。
彼はこめかみを掻きながら、やれやれと、鼻から吐息した。

「しっかりした娘だな。解った。男として、自分の言には責任を持とう。
 髪の長い女の子を、探せばいいのだね?」
「地面に着くぐらい髪が長くて、ボクみたいな、緋翠の瞳をした子です」
「なるほど。では、つてを頼ってみるか」

見つけたら連れてくる。そう告げて、二葉は霞の中に溶けていった。
彼の背を見送った蒼星石もまた、怖々と街の中に歩を進めた。




こんな霧状のものなら、ぶつかることなく通り抜けられるだろう。

……という予想は、すぐに覆されることとなった。
白い人影には質量があり、しかも、なかなかに重かったのだ。
さすがに『地球より重い』と言うことはないけれど、下手に当たられると、
蒼星石の方が蹌踉めいてしまう程だった。

前方にばかり目を配っていた蒼星石は、歩いてきた白い影に背後から体当たりされ、
転んでしまった。ぶつかってきた影は、何事もなかったように去っていく。
端から、蒼星石の存在を感知できていない様子だった。
記憶と身体を失って、意志も五感もないまま、彷徨い歩いてのだろう。

「痛たた……危ないなぁ。気をつけなきゃ」

溜息混じりに呟いて、制服や膝に付いた砂埃を払っていると――

「大丈夫?」

やおら声を掛けられ、蒼星石はビクリと飛び上がった。
顔を上げると、いつの間に来たのか、小さな男の子が彼女の前に立っていた。
男の子は、心配そうな(それでいて探るような)目で、蒼星石を見つめている。
言葉を喋れるところから察して、この子も、異邦人なのだろう。
実のところ、蒼星石が考えている以上に、異邦人は多いのかも知れない。

「かすり傷だよ、このくらい。心配してくれたんだね。ありがと」

蒼星石が微笑むと、男の子もはにかんだ。
でも、黒い瞳は、ひたと蒼星石の顔を見据えたままだった。
ひょっとして、頬に泥でも付いているのだろうか?
訊ねようとした蒼星石に先んじて、男の子が口を開いた。


「結菱さんに聞いたんだけどさ。あの女の子を探してるのは、君なの?」

聞くや否や、蒼星石は全身に電流が走るような衝撃を感じた。
『あの女の子』だなんて、いかにも面識がある口振りではないか。
しゃがみ込んだ彼女は、男の子の両肩に手を置いて、静かに訊ねた。

「キミは、その子を知ってるの?
 もしそうなら、詳しく聞かせてくれないかな。その子の特徴とか」
「いろいろな点で、彼女は君と似てるよ。背の高さとか、髪の色とか……
 そうそう、瞳が色違いなところもだね」
「えっ?! ねえ、その子の名前を知ってる? 知ってたら教えてっ!」
「名前は……まだ聞いてないんだ。彼女は、つい最近、来たばかりだから。
 砂浜で茫然としていた彼女を、僕が見つけて、保護したんだよ。
 少し話したけど、やたらと語尾に『です』を付けるクセがあるみたい」
「ちょっ! お願い! その人のところに連れてって!」
「……いいよ。最初から、そのつもりさ」

蒼星石の迫力に気圧されつつも、男の子は小さく頷いた。

「こっちだよ。付いておいでよ」




男の子に連れられ、到着した場所は…………古い洋館だった。
敷地を囲う鉄柵は、潮風に晒され続けて、あちこちがボロボロに腐食している。
ちょっと揺すっただけで、女の子の細腕でも、容易く折ってしまえそうだ。
あまりの見窄らしさに、蒼星石は眉を顰めた。


「こっちこっち」男の子は、崩れた柵の隙間に、するりと身を滑らせる。

「だ、ダメだよ、勝手に入っちゃあ」
と、一応の注意はしたものの、蒼星石もすぐさま後に続く。
ここに居るのが翠星石かも知れないのに、二の足を踏む気など、毛頭なかった。

柵を抜けると、ちょっとした庭園が広がっていて、ラベンダーが咲き誇っていた。
花言葉は【あなたを待っています】【期待】なんて、淡い想いを告げるものから、
【疑い】【不信】という、あまり良くない意味まで含まれている。

「なにしてるの? こっちだってば」
風に揺れる紫色の花の陰から、蒼星石を呼ぶ声がした。
その声を辿って、向けられた瞳の先には、手招きしている男の子と――

母親譲りの栗色の長い髪を風に遊ばせながら、茫乎とした眼で花を眺める乙女。
蒼星石と同じ制服を着たその女の子は、紛れもなく、翠星石その人だった。

「姉さんっ!」

唇から零れた言葉は、それだけ。
気持ちを表現するのに、言葉や文字なんて、間怠っこしいだけ。
蒼星石は脇目もふらず走り出して、翠星石の華奢な身体に縋りつき、抱きしめていた。
懐かしい匂いが、温もりが、蒼星石の胸を震わせる。

逢いたかった。このままずっと、あなたを感じていたい。
もう二度と――――離れたくない。
胸の痛みが蒼星石の頬を濡らす中で、翠星石の戸惑うような声が……言った。


「だ…………ぁれ?」



  ~もうひとつの愛の雫~  第18話 おわり





三行で【次回予定】

  突きつけられた、残酷な現実。
  少女のココロは、失意の淵に沈む。
  彼女に下される宣告は、久遠の救済か。それとも、永劫の絶望か。

次回 第19話 『星のかがやきよ』