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何を言ってるの? 蒼星石には、悪い冗談としか聞こえなかった。

翠星石は、自分の気持ちを表現するのが下手な女の子。
気恥ずかしさから、つい、意地悪をしてしまう精神的な幼さを残していた。
本当は嬉しいのに、素直に喜びを言い表せなくて……
からかい口調で茶を濁した結果、落ち込む彼女を宥めることは、幾度もあった。

きっと、今の冗談も、いつもの悪ふざけに違いない。
蒼星石は、そう思おうとした。からかわれているのだ、と。
だから、翠星石が「ウソですよ」と戯けてくれるコトを大いに期待していたし、
その時には、ちょっと拗ねて見せて……そして、一緒に笑い飛ばすつもりだった。

――なのに、蒼星石の期待は、あっさりと裏切られた。

「私……誰……です?」
「な、なに言ってるのさ。やだな……いい加減にしないと、怒るよ」
「ふぇ?」
「どうして、再会できたことを、素直に喜んでくれないのさ。
 ボクが、どんな想いで、ここまで来たと思ってるの?」

もどかしい。蒼星石は更に力強く、翠星石の痩せた背を抱きしめる。
彼女の腕の中で、翠星石は苦しげな息を吐いた。

「ぃや……ぁっ!」

思いも寄らない膂力で突き飛ばされて、蒼星石は姉の身体を放し、後ずさった。



  ~もうひとつの愛の雫~
  第19話 『星のかがやきよ』



どうして、拒絶されるのか。蒼星石の双眸が、驚愕に見開かれた。
潤んだ緋翠の瞳に映る姉は、胸を護るように両腕をかかげて、ぎゅっと拳を握り――

怯えきって、今にも泣き出しそうだった。
いや……もう、しゃくりあげていた。
でも、泣きたいのは蒼星石も同じ。焦れったくて、苛立たしくて、頬が熱くなる。
気を緩めたら嗚咽が溢れてしまいそうで、蒼星石は奥歯を噛み締めた。


「翠星石……キミは……」

本当に、ボクを忘れちゃったの?
続けようとした言葉を――最も知りたいコトを、蒼星石は呑み込んだ。
嗚咽を堪えようとしたのもある。みっともなく泣いてしまうのが、イヤだったから。
だが何よりも、肯定されるのが怖くて、もう傷付きたくなくて、訊けなかった。
そこで躊躇ってしまうのは、答えが解っている証拠なのに。

互いに言葉を失い、向かい合ったまま立ち尽くす姉妹。
まるで時が止まってしまったかのような二人の間に、小さな影が割って入った。

「まあ待ちなよ。そっか……やっぱり、この子は翠星石って名前なんだね。
 どうやら『無意識の海』で、いろいろと記憶を落としてきちゃったらしいね」

やっぱり? まるで、解っていたけど答え合わせをした――みたいな。
少年の一言が引っかかって、問い返そうとした矢先、
蒼星石の視線に晒されていた翠星石は、サッと屈み込んで、少年の背後に隠れた。
おずおずと、少年の肩越しに様子を窺う姉の眼差しが、蒼星石の胸を揺さぶる。
彼女を庇うのは、彼女が縋り付くのは、自分の背中だったハズなのに。
なんだか面白くない感情が、蒼星石の胸中に、モヤモヤと広がってきた。

知らず、蒼星石の顔は強張っていたのだろう。
男の子は、心配いらないよ、と言わんばかりに笑いかけた。


なんだか邪推を見透かされ、憫笑されたようで、ますます面白くない。
柳眉を吊りあげる蒼星石に、少年は飄々と、噴飯ものの戯言まで告げた。

「だから、君が拾い集めてあげるんだ。この子が喪失した記憶を」

言葉を口にすれば、全て実現できると、信じているのだろうか。
子供らしいと言えば、それまでだが、幾らなんでも無責任に過ぎる。
胸のモヤモヤと相俟って、蒼星石は急な腹立たしさを覚えた。

「そ、そんな……簡単に言わないでよ!」

記憶にカタチなど無い。拾い集めるなんて、できっこない。
いきりたつ彼女に、男の子は「できるよ」と切り返す。
なんだか堂々めぐりの水掛け論になりそうだったが、蒼星石は口を噤まなかった。

「なんなのさ、キミは! できると言うからには、方法を知ってるんでしょ?
 だったら勿体ぶらないで、それを教えてよ!」
「それはね……砂浜で探すんだよ。珍しい貝殻を探すように、ね」
「浜辺? ホントに?」

蒼星石の眼が、胡散臭そうに細められた。
俄には、想像できない。記憶が転がっている砂浜とは、どういう光景なのか。
しかし考えてみれば、この島を囲んでいる海は、現実の海とは違う。
『無意識の海』という、人々の記憶が溶け込み、混ざり合った坩堝なのだ。
とすれば、波に運ばれた記憶の断片が、浜辺に漂着することだって……。

「実を言うとね……僕も、ここに来たときは、殆どの記憶を失ってたんだ」

男の子の声が、思索に耽っていた蒼星石を、現実に引き戻す。
彼はバツ悪そうに後頭部を掻きながら、身の上話を続けた。


「どうして、中途半端な異邦人になっちゃったのか。
 それ以前に、最初はこの娘と同じく、僕が何者なのかも解らなかったんだよ。
 でも、結菱さんに教えられて、コツコツと記憶を拾い集めてきたお陰で、
 今では色んなコトが解るようになったよ。生前のコトも、いろいろとね」
「異邦人になった、理由も?」

蒼星石の問いに、男の子は「うん」と睫毛を伏せ、暗い顔で頷いた。

「僕はね、事故死だったんだ。本当に突然のコトで、なにも出来なかった。
 死にたくなかったよ。だって僕には、護らなきゃならない大切な家族が居たんだから。
 年老いた両親と……子供たちがね」
「ええっ? キミ、子供が居たのっ?!」
「記憶を無くした影響で、今でこそ子供の姿をしているけれど、本当は君より年上だよ」

素っ頓狂な声をあげた蒼星石に、男の子は大人びた微笑みを向ける。
あどけない表情には、似つかわしくない仕種だったけれど……
蒼星石の瞳には、どこかで見た憶えのある笑顔として映っていた。
自然と彼女も微笑み、そして、不思議と懐かしいような、温かい気持ちになった。

「家族への未練。生への執着。そんなモノが、僕を異邦人たらしめていた。
 だけど、鍵が揃ったから……そろそろ、旅に出る時期みたいだ」
「鍵? 旅? どこへ?」
「妻を探しにだよ。彼女は、僕と一緒に事故に巻き込まれて、死んでしまったんだ。
 彼女は子供たちを溺愛していたからね。僕以上に、心残りだったと思う。
 今も未練を引きずり、異邦人として彷徨ってるかも知れない。
 だから、僕が探してあげないと。君が、その子を探しに来たみたいにね」

そう告げた男の子の身体が、いきなり眩い光を放ち始めた。
幼さかった面差しが、見る間に失われていき、大人の面持ちへと変わっていく。
併せて、まるで早送りのVTRみたいに、彼の身体も急な成長をみせる。

出し抜けの変貌に、翠星石が小さな悲鳴をあげて、へたり込んだ。
蒼星石は、そんな彼女の隣に駆け寄って、両腕で細い肩を包み込んであげた。
今までずっと、庇い、宥めてきたように。



身を寄せ合う姉妹の前で、やがて男の子は、立派な青年へと――
彼女たちにとって、特別な意味を持つ男性の姿に変わっていた。

「そん……な。……お…………と」

口をパクパクさせながら、必死に言葉を紡ぎだそうとする蒼星石の唇に、
青年の人差し指が、そっ……と封をする。
そして、彼は、ゆるゆると首を横に振った。
何も言わなくていい。彼の澄んだ瞳が、そう語りかけていた。

「これを渡しておこう。浜辺へ行くには、必要な物だからね」

青年が、蒼星石の目の前に、徒手を差し伸べる。
何もない。と思いきや、ソレは手品のように、彼の両手にパッと現れた。
凝った装飾を施された、一挺の剪定鋏。しかも、刈り込み鋏かと見紛うほど大きい。

「これは『庭師の鋏』と言ってね。人のココロを護るためにある物なんだ」
「庭師の……鋏?」
「そうだよ、蒼星石。浜辺に続く道は、繁茂した茨が塞いでいる。
 これを使って道を切り開き、翠星石の記憶を取り戻してあげなさい」

青年の手が、蒼星石の手に、庭師の鋏を握らせる。
金属製の鋏の冷たさが、彼の手を、殊更に温かく感じさせた。


「翠星石……蒼星石……本当に、大きくなったな。
 お前たちに逢えて、とても嬉しかったよ。
 今度は、きっと――母さんを連れて、会いに来るからね」



その言葉と、屈託ない子供みたいな笑顔を残して、青年は光に包まれ……消えた。
あの日、幼い彼女たちの前から居なくなってしまった様に、いきなり。

折角、久しぶりに逢えたのに……。
嬉しいのなら、何故もっと一緒にいて、いっぱい話をしてくれないのか。
今までの空白を埋めるくらいに、思いっ切り甘えさせてくれたって良かったのに。

姉の肩を抱き寄せたまま、俯いて唇を噛む蒼星石の背後で、石畳を踏む靴音が響く。


「そうか。彼は…………かずき君は、旅立ってしまったのだな。
 君たちの名前は、それぞれ未練と執着を解き放つための、二つの鍵。
 それを思い出したことで、彼は力強く羽ばたける翼を得たのだろう」

振り返ると、悲しい目をした二葉が立っていた。
涙こそ流していなかったが、ココロを痛めているのは、引き攣る頬を見れば分かる。
性別と人生経験の多寡に拘わらず、別れはいつも、淋しいものだから。

彼は気分を変えるように、蒼星石が手にした『庭師の鋏』に目を留めて、うむと唸った。

「すぐに行くのかね。その娘が落とした、記憶のカケラを探しに」
「はい。ボクは必ず、姉さんの記憶を見つけてみせます。
 たとえ、どれほど時間がかかろうとも、きっと」
「……記憶のカケラは、眩い光輪を放つピンク色の結晶だ。それを探したまえ。
 ああ、それから、茨の棘は鋭い。搦め捕られないように、気をつけて行くことだ」
「ご忠告は、肝に銘じておきます。さ……行くよ。立って、姉さん」

返事をするでもなく、ただ身震いするだけの翠星石が、あまりにも儚げで、
彼女を支える蒼星石の腕に、おのずと力が込もった。

「怖がらないで。大丈夫だよ。何があっても……ボクは、キミを護るから」




そろりと夕闇が忍び寄る空の元、二人は無言で、波打ち際を目指す。
蒼星石は、銀色の月と無限の星を見上げて、そっと祈った。

――月の光よ。星のかがやきよ。姉さんの記憶のカケラを、照らし出して。



  ~もうひとつの愛の雫~  第19話 おわり





三行で【次回予定】

  手にしたのは、道を切り開くための、庭師の鋏。
  立ちふさがる障害を取り除いて、彼女たちは砂浜へと辿り着く。
  そして、二人が手にしたのは――

次回 第20話 『悲しいほど貴方が好き』