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  『ある休日のこと』


なんとなーく気怠い、五月の日曜日の、午後のこと。

庭木の手入れを終えた翠星石は、髪を纏めているバンダナもそのままに、
リビングのソファに身体を横たえ、マターリとくつろいでいた。
穏やかな陽気と、休日の解放感。それに、庭いじりの軽い疲労も相俟って、
じっとしていると、なんだか……アタマが、ポ~ッと白く――

昨夜は、小説を読む手が止まらなくて、ほんの小一時間くらいだけれど、
いつもより夜更かしした。それも、原因かも知れない。
ソロリ忍び足で近づいてきた睡魔が、妖しく腕を伸ばしてきて……
翠星石の意識を、どこかに連れ去ってしまおうとする。

「……ぁふ……」

ちょっと気を許せば、ほら、お行儀悪く大欠伸。
翠星石は瞼を閉じたまま、もそもそと背中に当たるクッションを手探りして、
それをアタマの下に敷いた。たまには、睡魔に攫われてみよう。
数秒、据わりのいい位置を探して、小刻みにアタマを動かす。
長い髪が、変なカタチに分かれていくのが解ったけれど、キニシナイ。
どうせ外出の予定はない。だったら、寝癖のひとつふたつ、どうってコトも無い。

「少ぉし……お昼寝するですぅ」

このまま、幸せな気持ちで、幸せな夢に浸るのも悪くない。
翠星石の身体は、眠りを求めて、もう弛緩し始めていた。

うつらうつら……心地よい微睡みの中へ――



――が!

睡眠と呼ぶには遠く及ばない浅き眠りは、突然に破られる。
聞き慣れた声が放った、聞き慣れない声によって。

「ぁあぁっ!」

それは、双子の妹、蒼星石の声に間違いなかった。
だけれども、その声は、いつになく悲痛な色を帯びて……
普段なら、まず聞くことがないような艶をも匂わせていた。


「お……お祖父さん…………ま、待ってよぉ」
「ふふ。まだまだじゃのぅ、蒼星石。こんなに乱れてまくって」
「だ、だってぇ」

祖父と蒼星石の会話は、隣の和室から聞こえてくる。
いったい全体、何をしているのか?
翠星石は、とりあえずタヌキ寝入りしつつ、耳をそばだてた。
ふすま越しなので、少しくぐもっているが、何を話しているのかは良く聞こえる。


「どれ……ここが弱そうじゃのぉ」
「あっ! ソコは――」
「こっちは、どうじゃ?」
「ひぅ……そんなトコまで……」
「ここも――か?」
「あぅ……キツイよぉ」


なにやら意地悪い祖父の声と、艶めかしくも弱々しい妹の声。
それを聞いているだけで、翠星石は胸がドキドキして、頬が熱くなってきた。
真っ暗な瞼の裏に、時代劇にありがちなワンシーンが――


おじじ扮する悪代官が「そぉい!」と帯を引っ張ると、
蒼星石演じる町娘が「あ~れぇ~」と、コマのように、ぐるぐる回ぁーる。


(な、な、な……)

まさか、祖父と蒼星石に限って、そんなコト――
信じられない。想像もできな……いや、たった今した。
考えてみれば、蒼星石は昔っから、いわゆる『お祖父ちゃんっ子』だし、
祖父も、素直に懐いてくれる蒼星石を、大層かわいがっている。
それはもう、目に入れても『イタクナーイ』とカミソリのTVCMを想起させるほどに。

(まさか、まさか、まさか……)

じりじりと焦れてきて、親指の爪をガジガジ噛み始めた翠星石を煽るように、
隣室から漏れてくる声は、とどまるところを知らない。

「それ、まぁだ行くぞぃ」
「あひぃっ」
「これは、受けきれるかのぉ?」
「だ、ダメぇ。強すぎるよぉ」
「ふふ……よぉーし。このまま一気に――」
「も、もぉ……許してぇ」

蒼星石の涙声を聞くに至って、とうとう翠星石も堪えかね、
ほあ――っ! と開眼した。ますますもって、退っ引きならない状況らしい。
たとえ、同意の上だったとしても!
歳の差を覆すほど激アツ鬼アツな愛が、二人の間に育まれていたとしても!
かわいい妹が泣いているとあれば、慰めに行くのが姉の本分である。

ソファから飛び起きた翠星石は、ドスドスと足を鳴らし、肩を怒らせ、
祖父と蒼星石の密会場――隣の和室に突撃した。



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|二. .-.―.-. . ._` ー 、
|: : : :,. -:_: :二: : `丶、`ヽ、
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|   ヽーjニ‐_ ニ ヘ: _lユ┌}: : :', i
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|// ヽメ }  ` == 彡 /: : : :/  |
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「おのれ、おじじっ!
 蒼星石に、ナ ニ し て や が る で す か !」



その形相は、般若のように――


スパーン! と、ふすまを開いて、怖ろしい面貌を覗かせた翠星石を、
祖父と蒼星石の、呆気にとられた表情が出迎える。


「姉さん……なんて顔してるのさ」
「ナニって…………相手をしてもらってたんじゃよ。将棋の」
「へっ?! しょ……しょお……ぎ?」
「うん。将棋だよ。ほら」

――と、蒼星石が、自分と祖父の間を指差した。
そこには確かに、木目も見事な檜の将棋台が、鎮座している。
盤上、かなり駒が入り乱れているが、どうやら蒼星石が詰む寸前らしい。


「そ、それで蒼星石は、泣きそうな声を出してたです?」
「お祖父さん、すごく強いのに、ちっとも手加減してくれないんだよ。
 ボクも、ついムキになっちゃって――」
「こんな老いぼれの暇つぶしに、せっかく付き合ってくれるんじゃからな。
 子供扱いして、手を抜いたりはせんよ」
「これだもの」

蒼星石は、ひょいと肩を竦めて、茫然と立ち尽くしている姉に笑いかけた。

「それにしても……姉さんはなんで、怖い顔して怒鳴り込んできたの?」
「なんで……って、蒼星石が――」


イエナイ。ゼッタイニ、イエナイ。
ほんの僅かでも、祖父と蒼星石のいかがわしい関係を妄想しただなんて。
翠星石は自分の愚行を恥じて、言い訳するのもイヤになり、ふすまを閉ざした。

でも――やっぱり、バツが悪すぎる。
あの二人は気にしないだろうが、翠星石の方が、なんだか落ち着かない。
と言って、正直に早合点したことを伝えて、素直に謝るコトは出来そうもない。

そこで、翠星石は閃いた。ギャグで誤魔化してしまおう! 逆転の発想だった。
ひとつ、深呼吸。今度は、ソロリ……と、ふすまを開く。
そして――


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「悪い子はいねが~…………ですぅ」



翠星石の再登場に、蒼星石も、祖父も、ポカーンと口を開いた。
一瞬にして白ける室内。ナマハゲの真似で御茶を濁すハズが、全くの逆効果。
藪をつついて、蛇どころかワニを出した感すらある。

「もうっ! さっきっから、なんなのさっ。
 言いたいコトがあるなら、ハッキリ言いなよ姉さんっ!」
「うっ……」
「う? なぁに?」

言葉に詰まった翠星石を、蒼星石が詰るように見つめる。
その態度が、ますます翠星石を依怙地にさせた。

「うっ……うっせーですよっ! 蒼星石のバカぁ――っ!」
「はぁ?」

蒼星石にしてみれば、全くもって青天の霹靂の、ハト豆状態。
勝手に勘違いしたのは翠星石の方なのに、
どうして、自分がバカ呼ばわりされなければいけないのだろう?


ベソをかきながら遠ざかる姉の背中を、やれやれ……と見送る蒼星石に、
祖父は盤上の将棋駒を片づけながら、話しかけた。

「追いかけておあげ」
「……はぁい」

放っておくのも、たまには良い薬なのだろうが、そこはやっぱり双子の姉妹。
あんな去られ方をしては、どうにも気持ちが揺らいでしまう。
結局、いつものように――

蒼星石は、軽快なステップで姉を追いかける。
そんな彼女を後押しするように、祖父は柔らかな笑みを贈った。


「うむうむ……微笑ましいのぉ。
 YO! YO! なんで~こんな~に可愛いのかYO~」

などと、ついつい演歌の一節をラップ調にして、口ずさんでしまう。
お茶を運んできた祖母は、それを聞きつけて、やはり穏やかに微笑んだ。

「お祖父さんったら、すっかり『孫』が十八番になったのねぇ」
「いやいや、この一節しか憶えてなくてな」

祖母が差し出す湯飲みを「アチチ、アチ」と、郷ひろみの真似しながら受け取り、
祖父は旨そうに茶を啜って、ほぁ――と、満足げに吐息した。



なんてことない、ある休日のこと。


柴崎家では、よくあるコトだった。