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  『橋の端に立てる箸』


老善渓谷には、縁結びの吊り橋というのがある。
二人で一緒に渡ると、永久に結ばれるんだそうだ。
なんともまあ、下らない言い伝えだけど――

 「ほら、ジュン。早く行くですよ」

嬉々として、気乗りしない僕を引き摺っていく翠星石。
女の子というのは、どうしてこう占いやら、おまじないが好きなんだろう。

 「解ったから、そんなに引っ張るなよ」
 「ジュンがグズグズしてるからです。
  男のクセに、しゃきっとしやがれです」
 「はいはい……」

『日曜日、一緒に遊びにいくです』と誘われて、喜び勇んで出発したのに、
まさか……目的地が、こんな場所とはなぁ。
でもまあ、翠星石と二人きりで遊ぶのも珍しいから、今は楽しんでおこう。

 「ここかぁ……って、うへぇ高い」

吊り橋の袂から下を覗くと、遙か下方に、渓流の白い筋が見えた。
あそこから、ここまで、一体どれくらいの高さが有るんだ?

 「ジュン。看板に詳しい説明が書いてあるです」

翠星石が指差した先を見ると、なるほど、どこの観光地にも有りそうな看板が立っていた。
結構、錆が浮いていて文字が読み辛い。
それでも吊り橋の由来と、縁結びの伝承。橋の構造などは理解できた。
なんだか、七夕伝説みたいな話だった。

 「この橋、五十メートルもあるですか。凄いですぅ」
 「長い上に結構、高いし。でも、渡りたいんだろ?」
 「ば、バカ言えです。誰がジュンなんかと――」

――おいおい。じゃあ、なんで僕を連れてきたんだよ。
なんて野暮は言いっこなし。翠星石の強がりにも、もう慣れた。
僕は近くの土産物屋で、塗り箸を一膳、買った。一膳で千円……高ぇ。

 「この箸を、こっち側に一本だけ刺しておくんだったな」
 「そして、残りの一本を、向こう岸の端に刺してくるです」
 「ばらばらの箸が、吊り橋によって結び付けられる……か」
 「まるで、天の川を挟んで見つめ合う牽牛と織女みたいですぅ」
 「でもさぁ、対になってるものを敢えて二つに分けるなんて、
  なんか縁切りみたいな気がしないか?」

なんて、うっかり口を滑らせた途端、後頭部にガツンと衝撃が走った。
例によって翠星石が、ステンレス製の如雨露で僕の頭を殴ったんだ。

 「なんで、そうロマンの無いこと言うですか!
  そんなんだから、ジュンは女の子にモテないです」
 「別に、デリカシーなんて無くたって良いだろ」
 「まったく、女心が解らないヤツです。おっぺけぺですぅ」

なんだよ、おっぺけぺ……って。まあ、いいけどさ。
僕は吊り橋の側の地面に、深々と箸を突き立てた。
今更ながら気付いたけど、結構、やってる人が居るんだな。
あちらこちら、箸の片割れが突き立っている。
 
 「さ、準備は完了っと。行こうぜ、お嬢さん」
 
さりげなく、肘を差し出す。翠星石は何か憎まれ口を叩こうとして……。
結局、何も言わずに、僕の腕を掴んだ。

いよいよ、吊り橋を渡り始めた。幅は二メートルくらい有るから、充分に広い。
これだけ広ければ、多少の風が吹いたところで大きな揺れは来ないだろう。
足元がふわふわと落ち着かないのは仕方がない。

 「ゆ、ゆゆ……揺れてるですぅ」
 「当たり前だよ、吊り橋なんだから。
  て言うか、これだけ長い橋なら、吊り橋でなくたって揺れるぞ」
 「そ、そんなこと、ジュンに言われなくても知ってるです」

――声が震えてるって。
ふと、僕の悪戯心に灯がともった。辺りを見回すが、他に渡る人は居ない。
これならいける。

 「それっ!」

掛け声と共に、僕は橋の上でジャンプした。
おお、揺れる揺れる。予想以上に、吊り橋は大きくうねった。

 「ばっ……バカバカバカーーっ!! やめるですぅっ!」

よほど怖かったのか、翠星石はその場にペタンと腰を降ろしてしまった。
細い肩が、小刻みに震え出すのが見えて、僕は少しだけ後悔した。

 「わ、悪い……翠星石。ちょっと悪ふざけが過ぎたよ」
 「……うっ……ひぐっ…………ジュン、の……バカぁ」
 「ゴメンって……ほら」

僕は泣きじゃくる翠星石の前に屈み込んで、背中を向けた。

 「おぶってやるからさ。早く、向こうに渡ろうぜ」
 「ぐすっ…………う、うん」

ジュンの手なんか借りないですぅ! とか言われて、如雨露で殴られるかと
思っていたけど、案に反して翠星石は素直に、僕の背中に体重を預けてきた。
意外に軽いんだな。それに、胸が……。

 「翠星石って、着痩せするタイプなんだな」
 「ば、ばかっ!」

また後頭部を叩かれたけれど、今度は如雨露じゃなく、温かな手の方だった。




対岸に着いて、片割れの箸を突き立てる。
この箸は、僕だろうか? それとも翠星石?
どっちでも構わないんだろうけど、何となく気になった。

 「さて、こっちに居ても大して見る場所もないし、戻るとしようか」
 「そ、そうですね」

翠星石の表情は硬い。
やはり、さっきの恐怖は拭いきれないか。可哀想なことしちゃったな。

 「また、おぶってやろうか? なんなら、お姫様だっこでもいいけど」
 「結構です! 自分の脚で渡らなきゃ意味ないです!」
 「ま、そりゃそうだろうけど。平気なのか、本当に」  
 「ジュンが変な事さえしなければ大丈夫です」
 「しないよ。誓って、もうしないから」
 「……ホントですね? もししやがったら、谷に蹴落としてやるです」

多分、翠星石は本当にやるだろうな。もう、苛める気もないけど。
僕と翠星石は二人並んで、ゆっくりと渡り始めた。普通に歩いていれば、
大した揺れじゃない。でも、翠星石の表情は強張ったままだ。


 「なあ、翠星石。僕たちは、この橋を渡り終えたとき、どうなってると思う?
  やっぱり伝説みたいになるのかな?」

少しでも気が紛れればと、僕は翠星石に話しかけた。
吊り橋を渡り終えたとき、僕らは永久の縁を掴んでいるのだろうか。
まあ、所詮は神社のおみくじみたいなもの。一種のアトラクションだよな。
そんな軽いノリだった。

――でも、翠星石は違ったらしい。 

 「私は、そうなれたら良いな……って思うです」
 「そっか。でも、縁ならきっと、産まれたときから有ったんじゃないかな。
  僕と翠星石は幼馴染で、腐れ縁なんだから、今更って感じだよ」
 「はぁ…………ホントに、ジュンは馬鹿です」

重い溜息を吐いて、翠星石は足早に橋を渡り始めた。
なんか、怒ってるみたいだけど……気に障るようなこと言ったかな?

そのまま対岸に着いて、おまじないは終わった。
翠星石は相変わらず黙ったまま、僕をおいてスタスタと先に行ってしまう。

 「あ! お~い、待てよ翠星石ぃ~」

早足で追い掛けると、翠星石も早足になった。
ならばと駆け出せば、翠星石も走り出す。一体、何だって言うんだ?

 「待てったら! なに癇癪おこしてるんだよ!」

舗装もされていない山道を駆け下りる二人。
翠星石がベチャッ! と転んだのは、僕が声を掛けた直後の事だった。

追い付いたとき、翠星石は足首を押さえて蹲っていた。

 「足を挫いたのか」
 「だ、大丈夫です! ジュンの手なんか借りなくたって……痛ぅ」

立ち上がろうとしてフラついた翠星石の身体を、僕はしっかりと抱き留めた。
さっきも感じたけれど、こいつ……こんなに華奢だったんだな。
いつもはバイタリティに溢れてるから、もっと筋肉質な印象があったんだけど。

 「無茶すんな。麓まで背負っていくよ」
 「で、でも――」
 「デモも芋も無いってぇの。いつまでも強情張ってると、マジで怒るぞ」
 「う、うん。ゴメン……です」

翠星石を背負って下る山道。擦れ違う人は皆無。
なんだか、二人だけの世界だなぁ……なんて考えていたら、
翠星石が躊躇いがちに話しかけてきた。

 「ジュンには、いつも迷惑かけてばかりですね」
 「別に、この程度は迷惑だなんて思ってないよ。
  僕の背中ぐらい、いつだって貸すさ。減るモンじゃないし」
 「ジュンは優しいです……誰にでも。だけど、それが……私を、とても不安にさせるです。
  いつか、私を見てくれなくなる気がして、とても悲しくなるです」
 「? 翠星石?」
 「ホントは…………私だけを見て欲しいですよ」




 「ジュン…………愛してます♥」

何だか熱を帯びてきた僕の耳元で、翠星石はハッキリと、そう言った。
僕の頚に回された腕に、ギュッと力が籠もる。
そんな彼女の健気さに感化されたのか、
僕は自分でも驚くほど素直に、気持ちを言葉にしていた。

 「お、おう。僕も、だよ」

好きじゃなかったら、こんな、すぐに人を殴る娘なんか相手にしやしない。
僕は昔から――もう、いつからだったか思い出せないほど以前から、
翠星石の事を愛していたんだ。

頬に、温かくて柔らかな感触――
翠星石の唇だと理解するのに、数秒を要した。
彼女の頬は、涙に濡れて輝いていた。

 「なな、なに泣いてるんだよ。あ、足首が痛むのか?」
 「……………………バカ」

なにやら、今日はバカバカ言われてばっかりだな。
まあ、たまには、こんな日があってもいいか。

嗚咽する翠星石を背負って下る山道は、相変わらず擦れ違う人が居ない。
もしかして……これって、箸のおまじないが効いてるんだろうか?
なんとなく、おまじないを信じてみるのも良いかと思えた。


 
翠星石まつりの即興SS。