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  ―水無月の頃―  【6月6日  芒種】前編


梅雨入りして間もない、六月初頭。

ここ数日、曇天ながら雨の降らない日が続いている。
そんな、ある日のこと。真紅の家の庭に、翠星石と雛苺が集っていた。

今日は、二十四節気のひとつ、芒種。
芒(のぎ)とは、稲や麦の種に付いている針状の毛のことを言う。
この時期、農家は田植えや畑仕事で、大忙しとなる。

だが、モチロン、翠星石たちは農作業を手伝いに来たのではない。
紫陽花の手入れが、イマイチよく分からないという真紅に、
梅雨の止み間を見計らって、駆り出されたのだ。

「まぁた随分と、健やかに伸びてるですねぇ。深ぁい愛情を感じるですぅ」

生い茂る紫陽花を見るなり、翠星石が放った感想である。
良い意味に聞こえるけれども、裏を返せば、伸び放題。
つまりは、全く手入れがされていないコトへの皮肉だった。

「……意地の悪いことを言わないでちょうだい。
 さあ、雨が降り出さない内に、さっさと片付けてしまいましょう」

低く垂れ込めた雲を見上げながら、真紅は二人に呼びかける。
確かに、暗い梅雨空は、今にも泣き出しそうだ。

「しゃーねぇですね。剪定は私に任せるです。
 真紅と雛苺は、切り落とした枝葉の処理を頼むですよ」
「あいあいさーなのー」
「解ったわ。枝を束ねるための、荷造り紐を持ってくるわね」

小走りに玄関へ向かう真紅の背中を、翠星石が扱う鋏の軽快な音が、
追い掛けてきて……追い抜いていった。




「あぁん……もぅ。鬱陶しいヤツですぅ」

耳元に藪蚊の羽音を聞き、手で追い払いながらも、翠星石は剪定を続ける。
いかにも手慣れたもので、バチンバチンと、見事なくらい大胆に刈り込んでいく。
それでいて、雑多な『やっつけ仕事』になっていない辺りは、流石である。

素人だと、こうはいかない。
バッサリ切りすぎて、枯らしてしまうか。
枝の先っちょだけ伐るに留まり、暫くすれば元通りの藪に逆戻りか。
二つに一つ。真ん中は無い。有ったとしても、偶然の産物だ。

「相変わらず、いい仕事をするわね。あんなに枝ぼうぼうだったのに」
「ヒナたちには、とても真似できないのよー」

切り取られた枝を束ね、紐で結ぶ手を休めずに、真紅と雛苺は感嘆した。

「別に、感心されるほどのコトじゃねぇです。
 普段から庭木いじりをしてれば、誰だって出来ることですぅ」

褒めそやす二人に応じる翠星石の態度は、素っ気ない。
だが、やはり満更でもなさそうで、
澄ました顔をしていながら、すぴすぴと小鼻を蠢かせていた。




程なく、ひと仕事を終えた三人は――

ソファーにゆったりと腰を降ろして、格調高い味と香りを、優雅に楽しんでいた。
労いの意味を込めて、真紅が手ずから煎れた紅茶だ。
鈴カステラを食べ食べ、いろいろな雑談に興じていたけれど、
ちょっと会話が途切れたとき、雛苺が外を見遣って声をあげた。

「うゆー。降り出しちゃったのよ」

居間のガラス越しに見る紫陽花の葉を、雨粒が叩き始めていた。
ぱた……ぱた……。
全体的に暗い色調の中、赤紫の花と、緑の葉が鮮やかに引き立っている。

「五月雨に打たれる紫陽花……絵になって、とっても風流ですぅ」

五月雨や紫陽花は六月の季語とされ、しばしば、俳句にも詠われる。
しかし、雛苺は徐に眉根を寄せて、不思議そうに頚を傾げた。

「なんだか、おかしいのー。六月なのに、どうして五月雨なの?」
「雛苺、貴女……そんな事も知らないの?」

真紅はティーカップを持ったまま、困った様な表情を浮かべて、言葉を続けた。

「ズバリ言うわよ。何故、六月なのに五月雨か。それは――」
「ご……ごくり、なのー」
「歌を詠むとき、水無月雨だと語呂が悪いからなのだわ!」
「ほぇー。真紅って博学なのねー」

頻りに感心する雛苺の脇で、翠星石が鼻を鳴らし、口を挟んだ。

「おバカ苺。そんなヨタ話を、真に受けるなです。
 マジレスすると、現在の六月が、陰暦の五月に当たるからですぅ~」
「ええっ?! 翠ちゃん、それホントなの?」
「ったりめぇです。真紅の言ったコトは、みぃんなウソです。
 名は体を表すと言うように、真紅の存在自体が、真っ赤なウソなのですぅ」
「ちょっ! 翠星石っ! なんて失礼なコトを言い出すのっ」

いきり立つ真紅に、翠星石は挑発的な、嘲りの眼差しを向ける。
居間の雰囲気は、第一次世界大戦前のバルカン半島にも等しい火薬庫と化していた。
正に、一触即発で大爆発の危機。

雛苺は、そんな息苦しい空気を払拭しようと、
窓の外を指差しながら、いつも以上に明るく切り出した。


「まあまあ、二人とも。ケンカは良くないのっ。
 それより見て見てっ……あの紫陽花、とっても綺麗な紅紫色なのよー」

言われて、真紅と翠星石も険を潜めて、窓の外に目を向けた。

「そうね。梅雨空に映える色合いだわ」
「確かに、いい色ですぅ」
「どんな肥料をあげたら、あんな色合いが出るのー?」


そんなコトを訊かれたって、真紅には答えられない。

一般的に、紫陽花の色素は、酸性の土壌では青色が強くでて、
中性、アルカリ性の土壌では赤色が強くでると言われている。
園芸に造詣の深い翠星石は、モチロンそのくらい承知していたので、
返答に窮している真紅代わりに、自信たっぷりの口調で言った。

――もっともらしいウソを。


「赤みが増すのは、鉄分が多いからですぅ。
 ああいう色の花を咲かせる紫陽花の根元には、大概、死体が埋まってるです」
「うよーっ?! し、死体っ?! あわわわ……し、真紅……まさか」 
「バカ言わないで! なんなの、その聞き捨てならないウソ八百はっ」
「ウソかどうかは、ほぉれ……あの根元を、見てみやがれですぅ」

言って、翠星石は、枝葉を取り除かれて土が露わになった紫陽花の根元を指差した。
……だが、薄ら笑っていた彼女の表情は、突如として凍りつく。

おそらく、雨に打たれて表面を覆っていた土が、洗い流されたのだろう。
なにやら丸みを帯びた、茶褐色の物体が、にょっきりと頭を覗かせていた。
しかも、眼窩らしき二つの窪みも、見受けられるではないか。

翠星石はギョッと目を見開いて、根元を指差したまま、口をぱくぱくさせた。


「が……がが、が……」
「うよ? ガガガSP?」

ボケた雛苺の脳天に、間髪入れず、翠星石のまさかりチョップが炸裂する。
あまりにも痛々しい音だったので、真紅までが、思わず顔を顰めた。

「すっとぼけてる場合じゃねぇですっ! ひょっこり骸骨島ですぅ!」
「はぁ? ちょっと落ち着きなさい、翠星石。
 自分が何を口走っているか、ちゃんと理解しているの?」
「とーぜんですっ! 真紅こそ、あれを見やがれですっ!
 どう見ても人骨です。本当にありがとうございました、ですぅ!」

しかし、真紅は翠星石が指し示す先を見遣っても、慌てず騒がず。

「イヤだわ。粗大ゴミでも埋まってたのかしらね」

素っ気なく言って、小雨のそぼ降る中、サンダルを突っ掛けて花壇に歩み寄った。
そして、徐に茶褐色の物体を鷲掴み、ズボッ! と引っこ抜く。

「…………あら。本当に、頭蓋骨なのだわ」
「ひぃぃー! 猟奇殺人事件ですぅ!」
「落ち着くの、翠ちゃんっ! まだ死んでるとは限らないのよー!」
「バカですかっ! 死んでるに決まってるですぅ!」

すっかり恐慌状態の翠星石と雛苺を余所に、真紅は眉間に縦皺を寄せて、
矯めつ眇めつ、頭蓋骨を観察していた。
そして、いきなり「そうそう! 思い出したわ」と大声を出した。

「翠星石、貴女も憶えているでしょう? 幼稚園の頃に埋めた、タイムカプセル!」
「ふへっ? そ…………そう言えば、適当な入れ物が無くて、
 銀ちゃんが持ってきたドクロの置物をカプセル代わりにした記憶が……」
「そう! アレよ。すっかり忘れていたのだわ。懐かしいわね」
「あ、あはは……。私も、ド忘れしてたですぅ」
「うゅ……ヒナは知らないのよ?」
「雛苺とは小学校に上がって知り合ったのだから、当然なのだわ」
「あの時は、私と蒼星石、真紅に銀ちゃん、ジュンと巴だけだったです」

小学校で雛苺、中学校で金糸雀、高校になって薔薇雪華姉妹と親友になったのだ。
翠星石と真紅は、泥にまみれたドクロを、懐かしそうに眺めていた。
この頭蓋骨、モチロン、石膏で造られたレプリカである。
頭頂部が蓋になっていて、継ぎ目はガムテープで、しっかり目張りされていた。

「折角ですから、開けてみるですよ」
「でも、みんなに知らせなくて良いのかしら?」
「みんなだって、きっと忘れてるです。
 私たちだけで開けちまっても、バレやしねぇですぅ」
「……それもそうね」

真紅は庭の片隅にある水道で、ドクロに付着した泥を、丹念に洗い流した。
水を切るため、勢いよく上下に振ると、中でゴソゴソと音がする。
当時、何を入れたかなんて、もう憶えていなかった。

周りを、ざっと雑巾で拭くと、真紅は風化してベタ付くガムテープを剥がし始めた。