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  ―水無月の頃 その2―  【6月6日  芒種】後編


みんながまだ、幼稚園児だった頃、記念に埋めたタイムカプセル。
まさか、こんなカタチで掘り返すことになるなんて、誰が予想しただろうか。

「何を入れたのか、もう自分でも忘れちまったですよ」

ベタベタと絡み付くガムテープに閉口しつつも開封を諦めない真紅の手元を、
翠星石はジッと見守りつつ、暢気に独りごちた。
真紅を手伝おうなんて気持ちは、端っから無い。
それ以前に、幼い頃、自分が納めた物が何なのかが気懸かりで仕方なかった。
他人への配慮など、二の次になっていたのだ。

ねちゃぁ……と、いやらしく糸を引いて、最後のガムテープが引き剥がされた。

「……ふぅ。やっと開いたのだわ」

真紅は詰めていた息を吐き出して、額に浮かんだ汗を、手の甲で拭った。
その拍子に、偶然、指にこびり付いていたガムテープが、真紅の前髪に絡み付く。

「あっ! もう……イヤだわ。翠星石、取るのを手伝いなさい」
「おバカさんですぅ。自分の不始末は、自分で何とかしろです~」
「くぅっ! それなら、雛苺でも良いわ。手を貸してちょうだい」
「……ゴメンなさいなの、真紅。ヒナも、早く中身を見たいのよー」
「あ、貴女たち……憶えてなさいよ」

悪態を吐きながら、慎重に絡み付いたガムテープを剥がす真紅をほったらかして、
翠星石と雛苺はドクロを前にして、固唾を呑み込んでいた。
とは言っても、そこは幼稚園児のすることである
大したモノなど、入っていようハズがない。

「一体、何が入ってるのかしらー。ヒナ、ドキドキが止まらないのー」
「無邪気で、他愛ない物に違いねぇですぅ」
「あの頃は翠ちゃんも素直で可愛かったっていう、証拠が納められてるのねー」
「…………」
「うよ?」
「さり気なく失礼なコトを言いやがるのは、この口ですぅー?」
「ふ、ふひひゃん、いひゃいいひゃい」

むににーっ! と力任せに両の頬を引っ張られて、雛苺は涙ながらに抗議した。
しかし、翠星石は暫くの間、摘んだ雛苺の頬を放すことなく、ぐぅりぐぅりと捻り上げる。
いわゆる、教育的指導というやつだろう。
やっとの事で解放されたとき、雛苺の頬は、すっかり赤くなっていた。

「うぅ~……痛いの。この恨みはらさでおくべきか、なの~」
「なんか言ったです?」
「ううん、なんにも言ってないのよ? それより、早く開けてみるのー」
「そうですね。では、さっさと開けちまうですぅ」

翠星石は、巧く誤魔化せたと安堵の息を吐いた雛苺に強烈なデコピンを見舞ってから、
そそくさとドクロの蓋を持ち上げた。

「さぁ~て……鬼が出るか蛇が出るか、ですぅ」
「ご、ごくり……なのー」
「なんだか、緊張するわね。私は、何を入れたんだったかしら?」 


漸くガムテープを取り終えた真紅が、翠星石たちとアタマを並べる。
三人は、ポッカリと頭頂部の開いたドクロを覗き込んだ。
しっかりと目張りがされていた為か、浸水の痕跡は見られない。

果たして、そこに納められていたブツとは――

「うゆー。ミルミルと、うまい棒なの」
「マスコット人形に、封筒と押し花の栞なのだわ」
「これ、キーホルダー……です? 錆びちゃってて、よく解らねぇですぅ」

けれど、そこに有るものを眺めていると……
真紅と翠星石の脳裏に、朧気ながら記憶が甦ってきた。
それぞれ持ち寄った物を、ワイワイとはしゃぎながら、花壇の隅に埋めた思い出。
あの頃は、将来の事なんか何も心配していなかった。
気の合った友達同士、いつまでも仲良く暮らしていけると、信じて疑わなかった。


  もう、決して戻ることのない時間。
  美しくも儚い輝きに満ちた、綺麗な一瞬。


不意に、翠星石と真紅の胸に温かい感情が宿り、目頭が熱くなった。
まだ、過去を懐かしがるほど歳を取ってはいない。
あの頃に戻りたいなんて、思わないけれど……何故か、感極まってしまった。

「ねえ、真紅。やっぱり、みんなも呼んでやるですよ」
「奇遇ね。私も、そう考えていたわ」
「折角だから、みんなで懐かしい思い出に浸るのねー」
「たまには、ね。そんなのも良いもんですぅ」

蒼星石は居ないけれど、彼女の心は今もこうして、みんなと共にある。
だから、だろうか。
遠く離れているのに、翠星石は今、不思議なほど彼女の存在を身近に感じていた。




急な呼び出しの電話だったにも拘わらず、水銀燈も、ジュンと巴も、
真紅の家で一堂に会した。
聞けば、誰もがタイムカプセルの存在を忘れていたと言う。
そもそも、いつ掘り出すかを決めていなかった事実が判明して、
あまりのマヌケさに、みんなで爆笑したのだった。
流石は、幼稚園児の所行。微笑ましい片手落ちである。

「それにしても、妙な物を入れたものねぇ、私ぃ」

水銀燈は『*ぎんとー』と名前の書かれたミルミルの紙パックを手に、苦笑した。
賞味期限というものが念頭にない辺り、いかにも子供らしい。

「これって、流石に飲めないわよねぇ」

彼女が戯けながら振ると、意外なことにチャポチャポ音がする。
中身はヨーグルト? バター? それとも、乳清とチーズ? 
眉を曇らせる水銀燈に、翠星石がピン! と人差し指を立てて応じた。

「銀ちゃん、知らねぇのですか?
 それはロシアンチーズと言って、伝説の珍味と呼ばれてるですぅ。
 食べた者の多くは、おなかの調子が活発になって、
 『腹がしょーもなく元気になった。素晴らしい!』と叫ぶそうですよ。
 そこから『ハラショー』って単語が生まれたと、民明書房の本に載ってたです」
「そうなのぉ? 知らなかったわぁ……言葉って、奥が深いわねぇ。
 う~ん……ちょっと試してみようかしらぁ」
「全ては自己責任よ、水銀燈。貴女が飲んでみたいなら、そうすれば良いのだわ」
「火を通せば、大抵の物は食べられるのよー」

巴とジュンは、困り顔を向け合い、

「みんな……いくら何でも、それは無茶よ。ねえ、桜田くん」
「まったくだ。水銀燈も、いい幼なじみに恵まれたもんだよな」

やれやれと微笑みながら、それぞれの思い出の品を摘み上げた。

巴は、錆びてしまった町内チビッ子剣道大会の優勝メダル――
ジュンは、五人の娘たちを象った、不格好なマスコット人形――


そんな彼と彼女に続き、翠星石は、自分の名が記された封筒と、
蒼星石の押し花の栞を手にして、ふと……妹を想い、悲しげに目を伏せた。
けれども、しんみりしたのは、ほんの一瞬だけ。
彼女は気を取り直すように顔を上げ、真紅の思い出の一品を見て、薄ら笑った。


「ふっふ~ん。真紅だって、銀ちゃんのコトは言えねぇですぅ」

真紅の手中にある物――
それは、とっくの昔に賞味期限の切れた“うまい棒”だった。
ご丁寧にも、サインペンで『しん>』と名前が書いてある。

「大方、おやつの駄菓子を後生大事に取っといたです? いやしんぼですぅ。
 だけど、賞味期限が切れちまったら、まずい棒でしかねぇですね」
「う、うるさいわねっ! 過ちは人の常なのだわ」
「そう言う翠星石は、封筒に何を入れているの?」

巴が訊ねると、翠星石は胸を張って、封筒を突き出した。

「聞いて驚けです。これは、朝顔の種……シードディスティニーってヤツですぅ」
「……なぁにそれぇ? ちっとも意味が解らないわぁ、おバカさぁん」
「翠ちゃんの話は、いっつも飛躍しすぎなの。おバカさんなのー」
「救いようのないおバカさんなのだわ。日本語で説明してちょうだい」

水銀燈、雛苺、真紅のジェットストリームアタックに、数秒間、打ちひしがれる翠星石。
だが、すぐに立ち直って、頬を赤らめながらも、お澄まし顔で解説を始めた。

「し、しゃーねぇから、特別にレクチャーしてやるですっ。
 朝顔の花言葉には『愛情の絆』『結束』という意味があって、
 幼心に抱いていた想いを表現するのに、正しく打って付けだったのでありますぅ」
「愛情の絆と、結束……か。翠星石と蒼星石の関係を言ってるんだな」
「そう言えば、あの頃は――」

ジュンの台詞を耳にして、とある事に気付いた巴が、言葉を継いだ。
当時は、双子姉妹の両親が亡くなって、まだ一年しか経っていなかったのだ。
このタイムカプセルを埋めたのも、元々は彼女たちを元気づけるために、
水銀燈と真紅が企画したことだった。

巴の呟きが、真紅と水銀燈にも、当時のことをありありと思い出させる。
不安と心細さに耐えるために、いつも寄り添っていた二人の女の子。
寂しがり屋の姉を背に庇って立つ、健気な妹の姿が、雛苺を除いた全員の脳裏に浮かんだ。

「でもぉ、幼稚園児なのに、よく花言葉なんか知ってたわねぇ」
「……実を言うと、当時は知らなかったです。
 だから、初めて知った時には、思いがけない偶然に驚かされたですよ。
 この朝顔の種は両親と一緒に育てて、初めて収穫した、大切な大切な思い出なのですぅ」


  日曜日の昼下がりに、庭木の手入れをしながら、微笑み会う両親。
  その回りを楽しげに駆け回る双子姉妹。


真紅たちは、その光景を、ありありと思い出すことができた。
あの、幸せに満ちた日々を、忘れられるハズがない。
どれだけ月日が経とうとも――


「お父さん……お母さん……」

思わず、ぽろっと流してしまった涙を人差し指で拭って、
翠星石は手にしていた蒼星石の栞を持ち上げ、笑顔を作った。
すっかり色褪せているが、僅かに、黄色がかった花弁を確認できる。

「この花は、花菱草ですぅ。有名な花言葉は『私の希望を入れて下さい』です。
 他にも『希望』『和解』とか『私を拒絶しないで』なんて意味も有るですよ」
「私を拒絶しないで……だなんて、あの子らしいのだわ」
「ホントは誰よりも寂しがりなクセにぃ、気丈に振る舞ってたっけねぇ」

真紅と水銀燈の微笑に、みんなの笑顔が重なる。
長い付き合いだけあって、互いの人柄は、実の姉妹と呼べるくらいに解り合えていた。

「蒼星石ってさ、一人立ちしてそうで、意外に臆病なんだよなあ。
 僕も、みんなも、あいつのこと煙たがったりしないのに」

ジュンが放った一言は、全員の気持ちでもある。
蒼星石は、とってもチャーミングな女の子。
親友という枠組みを抜きにしても、彼女を受け入れこそすれ、拒絶する訳がなかった。

「あんなに可愛い妹に恵まれたなんて、翠ちゃんは幸せなのよー」
「う~ん……確かに、誇らしくは思うですケド、嬉しさ半分ですぅ」

どれだけ身近な存在であろうとも、一心同体ではない。
だから、いつかは、今回のように離ればなれになってしまう日が来る。

蒼星石の幸せを願うのであれば、そんな日が一刻も早く訪れる事を祈るべきなのだろう。
けれど、同時に、一日でも長く側に居たい……居て欲しいと想ってしまう。
自分の欲求に素直になればなるほど、蒼星石を縛り付けて、苦しめてしまう。

彼女を苦しめれば、同じ分だけ、自分にも苦しみが返ってくるのに――
それは、解っていた。今までだって、そんな場面を何度も経験してきた。
でも、離れられない。別れたくなんてない。


  私を拒絶しないで――


花菱草の花言葉は、翠星石が蒼星石に寄せる想いに他ならなかった。



「なあ、みんな。やっぱりさ……これ、埋め戻しておかないか?」

唐突なジュンの呼びかけで、翠星石の意識は、現実に引き戻された。

「夏休みになれば、蒼星石も帰って来るんだろ?」

巴が率先して、その先を続ける。

「みんなが揃った時に、改めて掘り起こすのね? うん……良いと思う。
 わたしは、桜田くんの提案に賛成」
「……ジュンの事となると、巴は素早いわねぇ。まぁ、私も異存ないけどぉ」
「そうね。ジュンにしては、いいアイデアよ。少し、見直したのだわ」
「やっぱり、ジュンは優しいのー。ヒナも、ジュンを支持するのよー」

ジュンを筆頭に、翠星石以外の各々が、ドクロの中に記念の品々を戻していく。

「みんな……そんなにも、蒼星石を気遣ってくれるですか?」
「当前でしょぉ? 私たちは、腐れ縁で結ばれた、幼なじみという姉妹だものぉ」

感慨にふける翠星石に、水銀燈が笑顔で答えた。
周りで、他の面々も頷く。それは、水銀燈の言葉を肯定する返事。
翠星石は、みんなに頷き返すと、栞と種の入った封筒を、そっと納めた。

(夏になって、蒼星石が帰ってきたら――
 ――この乾涸らびた種を、一緒に植えるです)

植えたって、もう芽なんか出ないかもしれないけれど、それでも構わない。
だって、二人で植えることに意義があるのだから。
二人の絆を――結束を確かめるための、大切な儀式なのだから……。


「ほんの少しの間ですけど……もう暫く、眠ってやがれです」

優しく囁きかけて、翠星石は思い出の詰まった箱に封を施した。
再び目覚める、その日まで――――浅い夢路を、彷徨いなさい。

ココロの中で、そう祈りながら。