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  ―葉月の頃 その2―  【8月13日  混家】前編


「いいですか。混家の語原はですね――」

炎天下の元、人差し指をピン! と立てて、自信たっぷりに能書きを垂れる翠星石。

「八百万の神様たちが日本中から集まってきて、
 出雲大社がギュウギュウのおしくらまんじゅうになった事に由来してるですぅ」


そんな彼女に注がれる、二人の視線は、ちょっと違う。
オディールは「へえぇ……物知りなのね」と、感心しきりに頷いている。
片や、蒼星石は――

「姉さん…………出だしからウソ吐かないでよ」

呆れ顔で、はふぅ――と、溜息を漏らした。
その一言を耳にして、素っ頓狂な声を上げるオディール。

「えぇっ? 今のって、ウソなの?」
「うん。ごめんね、オディール。姉さんの言うことは、話半分に聞いといて」
「なっ!? ちょっと待ちやがれです。人をウソツキみたいに言うなですぅ!」

胸の前で両手に拳を握り、猛然と反撥する姉に、蒼星石は「違うの?」問い返す。

「ったりめーですぅ。そりゃあ……出雲大社ってのは作り話ですけどぉ、
 日本全国から、ここに神々が集まるって話は、ホントですよ」
「……なるほどね。確かに、神絵師の祭典って意味では、的を射てるかな」

りんかい線“国際展示場”駅の自動改札を出た彼女たちの眼前には、
四つの四角錐をひっくり返したような、奇妙なカタチをした建造物が鎮座していた。




コミックマーケット。略してコミケ。
詳細は割愛するとして、お盆と年末の三日間、開催される同人誌の大即売会である。
暑さの厳しい中、どうして彼女たちは、こんな所に来たのか。
それは、オディールたっての希望だった。

「コミケって、噂には聞いていたの。でも…………すごい人の数ね」

左から蒼星石、翠星石、オディールの順で横並びに歩いている最中、
物珍しげに周りを見回していたオディールが、溜息混じりに呟いた。
開場から3時間が経ったというのに、行き交う人の流れは途切れることを知らない。
翠星石は、額の汗をハンカチで拭き拭き、応じた。

「今日は最終日で、しかも日曜日ですからね。混むのも当然ですぅ」
「外でこれだけ混んでるんじゃ、館内はどれだけ混雑してるんだろうね」
「待ち合わせ場所でも決めておかなければ、はぐれたら再会できねぇです。
 さ、蒼星石。ちゃぁんと私の手を握ってるですよ~」
「う、うん……じゃあ、お願い」
「……オディールも、私と手を繋いどけです」
「ええ。ありがとう」

左手を蒼星石と、右手をオディールと繋いで、入場口に向かう。
一見すると、仲良し娘三人組。
だが――翠星石は既に、ある決意を固めていた。

(混雑に巻き込まれたら、オディールの手を離してやるですぅ。
 邪魔者を排除した後は、蒼星石と二人で、のんびり見物して回るですよ。
 イーッヒッヒッヒッヒィーっ!)

彼女の含み笑いに、オディールと蒼星石は、気付いていなかった。




館内に入り、まずは東ホールを目指しながら歩いていると……。

「そう言えば、やたらと事情に詳しいよね、姉さん」

思い出したように蒼星石が言うと、翠星石はギクリと肩を震わせた。
あからさまに不審な態度。
蒼星石は雑踏の中でも聞こえるように、翠星石の耳元に顔を近付け、
流し目をくれて、囁きかけた。

「もしかして…………誰かと来たことが、あるのかなぁ?」
「ななな、なに言い出すですか! 何を根拠に――」
「姉さんが独りで、こんな人混みの中に来るハズないよね。
 それなのにさ、随分と、勝手を知ってるみたいだし」
「……うぅ~」
「誰と来たの? あ……さては、ジュン君?」
「バッ……バカ言えですっ! 雛苺と来たに決まってるですっ!」
「そうなの? なぁんだ」

蒼星石は、つまらなそうな台詞に反して、安心したように微笑んだ。
が、それもすぐに、おや? という表情に変わる。

「そう言えば、今日は雛苺が居ないね。呼ばなかったの?」
「電話はしたです。でも、用事があって一緒に行けない――って。
 どーせ、ジュンと巴のデートを、邪魔してやがるですよ」
「はは……どうなんだろうね」

談笑しつつ、エスカレータに乗り、東4と書かれた門から彼女たちは入った。
途端、見計らったかのように押し寄せてくる、人の波。
早速のチャンス到来。翠星石は躊躇なく、繋いでいたオディールの手を離した。
「あーれー」という声と共に、彼女の金髪が、見る見る押し流されていく。


「大変だ。すぐに捕まえなきゃ!」

急いで追いかけようとする蒼星石の腕を、翠星石が掴んで、グイと引き留める。
え? という表情で振り返った彼女が見たのは、悠然と微笑む姉。
これぞ、まさしく泰然自若。

「慌てちゃダメですよ、蒼星石。こういう混雑した場所で、焦りは禁物です。
 思いがけない事故を引き起こしかねないのですぅ」
「でも、オディールが――」
「心配ねぇですよ。あの金髪なら目立つし、最近では外人も多く来てるですから。
 アイツだって子供じゃねぇですし、自力で対処するハズですぅ」
「う……ん。でも――」
「でも? ……蒼星石は、私と一緒に居るのが…………イヤなのです?」

それまで微笑んでいた翠星石が、急に瞳を潤ませ、悲しそうに訊ねてくる。
途端に、蒼星石は言葉を失った。

蒼星石は、彼女の泣き出しそうな顔に弱かった。
自分の弱い心を見せられているようで――正直なところ、嫌いだった。
だから、いつだって翠星石を気遣い、悲しませないように振る舞ってきたのだ。
今回も例外ではなく、彼女に笑いかけて、しっかりと手を握った。

「そんなこと……あるわけないでしょ。一緒に見て回ろうよ」
「はいですぅ♪」

ちょっとだけ涙を浮かべながら、満面に笑みを湛える姉を可愛らしく想いながらも、
蒼星石はいつものように、軽く自己嫌悪するのだった。


(――ボクは一生、姉さんの涙に弱いままなのかな……やっぱり)




回ると言っても、特に目当てのサークルが有るワケでもない。
二人は、行列でごったがえす壁際サークルに近付くこともなく、
割と空いているところを、何の気なしに見物していた。
右も左も、煌びやかな同人誌で溢れ返っている。

「なんというか…………すごいよね」
「何がです? ははぁ~ん……
 さては、同人誌のえっちな表紙を見てムラムラと――」
「ち、違うよっ! 人いきれが凄いって意味で――」
「ホントですぅ~? じゃあ、なぁんで顔を紅くしてやがるですかぁ?」
「もぉっ……姉さんなんか知らないっ!」
「あっ、待つですよ。冗談ですぅ」

ぷいっと顔を背けて足早に立ち去ろうとする蒼星石のシャツを、
翠星石は、慌てて掴んだ。
折角、二人きりになれたというのに、ケンカ別れなんて馬鹿げている。
素直に謝ると、蒼星石が足を止めて振り返――


「読んでって下さいなのー!」


――ろうとした矢先、それは彼女たちの鼓膜を震わせた。
雑踏の中でも、よく通る高い声。
聞いただけで、元気のいいお祭り大好き娘の姿が、脳裏に思い描かれた。

「いまの声……もしかして、雛苺です?」
「もしかしなくても、彼女だよ。ほら、あそこに――」

蒼星石が、整然と並べられた机のひとつを、指さす。
声の主は、翠星石たちが立っている場所から、ほんの少し離れた所にいた。
そればかりか、彼女以外にも、見知った顔が二つ。


「あれ? お前らも来てたのか。奇遇だな」

店先から気軽に話しかけてきたのは、幼なじみの青年、桜田ジュン。
彼の隣には、柏葉巴の姿もあった。売り子として、手伝っているのだろう。
雛苺の前には、綺麗に装丁されたマンガとイラスト集が山積みされており、
ジュンの前には、友人達をモデルに、デフォルメされたマスコット人形が置かれていた。
手作りながら、これが、なかなかどうして市販の物より出来が良い。
値段も、お手ごろ価格に設定されている。

「二人とも、いらっしゃいなのー。よかったら、ヒナの本を読んでみて?」
「このマンガ、雛苺が書いたの? すごいね」
「いつの間に――って、あっ! いつだったか、巴が『雛苺は絵を描いてる』
 って言ってたのは、このことだったです?」
「うん。マンガのことは内緒にしてって、雛苺に頼まれてたから」

言って、巴は雛苺の同人誌を、翠星石と蒼星石に差し出した。
表紙は上手な絵と、センスのいい配色で、スッキリと纏められている。
マンガの方も、流石に美術部員らしく、動きのある巧い絵が目を惹いた。

「ねえ、蒼星石。この主人公の娘、銀ちゃんに似てると思わねぇですか?」
「と言うか、どう見ても銀ちゃんだよね、これ。
 ストーリーは『小公女』をベースにしてるみたい」
「ですぅ。だけど、ところどころにギャグが織り込まれてて、なかなか面白ぇです」
「うん…………読み応えあるね」

店先で立ち読みに耽る二人の隣で、一冊、また一冊と、雛苺の本が売れていく。
それに併せて、ジュンのマスコット人形を買い求めていく客も多い。
客への対応など、かなり手慣れているように見えた。


もしかして、三人は常連なのだろうか?
疑問に思った蒼星石が訊ねると、常連はジュンと巴だけで、
雛苺は今回が初参加ということだった。

「初参加で、マンガとイラスト集を売りに出すなんて、かなり頑張ったんだね」
「そうでもないのよ? イラストは、描き貯めておいた絵ばっかりなの」
「ふむふむ……確かに、モデルもモチーフも統一されてねぇですね。
 真紅や銀ちゃんや私のイラストもあるけど、圧倒的に、巴のイラストが多いですぅ」
「普段の交流関係が、如実に現れてるよね。
 だって、ほら……ボクのイラスト、一枚も入ってないし――」

ショボーン……。
と、項垂れた蒼星石の視界に、雛苺の手元に置かれた冊子が飛び込んできた。
それは他の本と違って、二つ折りにしたA4紙を、ホチキスで束ねたもの。
俗に言う、コピー本だった。

「ねえ、雛苺。それも売り物なの?」
「うよ? ううん。これは違う人が、何年か前に描いたマンガなの。
 読んでみる?」

言って、雛苺が差し出した途端、ジュンと巴が狼狽えながら止めようとしたが、
それより僅かに早く、蒼星石の手に渡っていた。

「ふぅん? タイトルは『地獄先生う~め~』か。あはは、どっかで聞いた憶えがあるね。
 作者は…………Jade stern? ……あれ? コレって――」

結構おもしろいのよー、と無邪気に笑う雛苺に対して、
ジュンと巴は青ざめたまま、凍り付いたように動かない。
そして、蒼星石の隣では――




翠星石が、ムンクの『叫び』さながらの格好で、硬直していた。