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  『ひょひょいの憑依っ!』Act.11


白銀のステージライトを浴びて、ゆるゆると路上に佇む、眼帯娘。
だらりと肩を下げ、今にも大きな欠伸をしそうな、さも怠そうな様子は、
立ちはだかるというより寧ろ、寝惚けてフラフラ彷徨っていた感が強い。
冷えてきた夜風を、緩くウェーブのかかった長い髪に纏わせ、遊ばせて……
水晶を模した髪飾りが、風に揺れる度に、鋭い煌めきを投げかけてきます。

でも、人畜無害に思えるのは、パッと見の印象だけ。
めぐと水銀燈の位置からでは逆光気味でしたが、夜闇に目が慣れた彼女たちには、
ハッキリと見えていたのです。
眼帯娘の面差し、金色に光る瞳、口の端を吊り上げた冷笑さえも。

「貴女……どっかで見た顔ねぇ」

水銀燈は、一歩、めぐを庇うように脚を踏み出します。
午前一時を回った深夜まで、独りでほっつき歩いている娘――
しかも、出会い頭に妙なコトを口走ったとあれば、胡乱も胡乱。
およそマトモな人間ではない、と見なすのも当然と言えましょう。

睨みつける水銀燈の瞳が、ネコの目よろしく月の光を吸って、爛々と輝く。
勝ち気な眼差しは、汚らわしい物でも見下すように、細められておりました。

「私たちに、何の用かしらぁ?」

そもそも、愛の夢 第三番――とは、どういった意図で、紡がれた言葉なのか。
困惑を誘うための妄言?
それとも、なんらかのメッセージとでも……?

水銀燈の問いに、眼帯娘は薄ら笑ったまま、無防備に立ち尽くすだけ。
答える気など端っから無さそうで、と言って、敵意を剥きだすワケでもなく……
何がしたいのか、イマイチ掴めません。

水銀燈は、捕らえどころのない眼帯娘を油断なく見据えながら、
いつでも黒翼と太刀を顕現させられるように身構えました。
単に、酔狂で絡んできただけなら、本気を出す必要などないでしょう。
所詮は戯れごと。命のやりとりをするほど深刻な状況には、成り得ません。
……が、水銀燈の神霊力は、鋭敏に嗅ぎ取っていたのです。

この娘は、徒者じゃあない。
見てくれこそ、その辺の女学生と変わりありませんが、ポテンシャルは規格外。
この眼帯娘が放つ霊圧は、常人のソレを凌駕しています。
高名な霊能者の家系か。幼少の頃から、巫女としての修練を積んできたのか。

(狙いは、私ってワケぇ……?)

生半可に能力が高い者の中には、腕試しと称してケンカを吹っかけてくる輩がいます。
まあ大概は『井の中の蛙』みたいな連中なので、指先ひとつでダウンですが、
稀に、真の実力を伴った厄介者もいるからYouはShock。(意味不明)
そう。丁度いま、目の前で余裕綽々と笑っている眼帯娘のように。

「めぐ……さがってなさい」水銀燈の、緊迫した声色は、いつになく固く。
「ウロチョロされると邪魔だわ」高い障壁となって、めぐを隔離しようとします。

水銀燈の言わんとするところは、めぐにも伝わっていました。
表向きの意味から、彼女の真意すらも。

「解ったわ。だったら――」


言うや、めぐは徐に、水銀燈の背に寄り添いました。
お互いの体温が伝わる距離で、めぐの手が水銀燈の肩をキュッと掴みます。

「――もう、水銀燈の側から、絶対に離れないからね」
「はぁあ?! バっカじゃないの? どうかしてるわ、イカレてるわ」
「バカは貴女でしょ。私を護ろうとして、自分だけ犠牲になろうだなんて」
「……あのねぇ。私はそこまで殊勝じゃないわよ。負ける気もないしぃ。
 でも、依代を失ったら、闘うどころじゃないでしょうに」
「うん……そうよね」

だったら! と声を荒げた水銀燈のアタマを、めぐは拳でコツンと叩いて、
「だけど、私だって、いつも護られてばかりはイヤなのよ。それに――」
文句を言おうと肩越しに振り返った水銀燈に、ニコリと笑いかけたのです。

「私たち、一蓮托生でしょ?」


暫しの空白。そして、鼻先で微笑。
確かに、めぐと初めて出会ったとき、水銀燈はそんな誓いを交わしていました。
死んでも一緒に――と。

「いい覚悟してるじゃなぁい。後になって泣きついたって遅いわよ」
「それって水銀燈の方じゃないの?」
「救いがたい、おバカさんね。誰が……貴女なんかに泣きつくもんですか」

吐き捨てた口振りとは異なり、水銀燈は肩を掴んでいるめぐの手に優しく指を滑らせ、
一切の愁いを排した挑発的な笑みを、眼帯娘に向けました。

「さぁ……どうするの、眼帯ちゃん? ヤるなら、さっさと始めましょうかぁ」


弥が上にも高まる戦闘意欲と、一触即発の雰囲気。
心なし、夜風が強まったらしく、街路樹の枝が耳障りなノイズを浴びせてくる。
街並みに反響するソレは、まるで、コロッセウムに轟く観衆の喧噪のよう。
どこからか風に運ばれてきた桜の花びらが、双方の間で小さな渦を巻きました。
それが収まったとき、火蓋は切って落とされる――

――と、思いきや。
眼帯娘は、やおら手で喉元を扇ぎだして「……お熱い……ことで」などと嘲る。
なんとまあ、人を食った態度でしょうか。
肩透かしをくらった水銀燈たちの戦意は、急速に冷めていきました。
今までの思わせぶりは、なんだったのかと眉を顰める二人に、眼帯娘は飄々と告げる。

「貴女たちは……やはり……第一番」
第三番と言ったかと思えば、今度は第一番。一体、なんなのでしょうか?
ワケの解らない状況を突きつけられた時、大概の者はストレスを感じるもの。
それに対して示す反応は、憤懣や怯臆など、個々の状況や性格によって千種万様。
水銀燈の場合は、激昂でした。鋭く瞳を輝かせた彼女は――

「なんのつもりか知らないけど、あんまりバカにするんじゃないわ」

手品のように黒羽根を取り出すや、鋭く投じて、眼帯娘の右の髪留めを切り落としました。
束ねられていた髪が、ふわりと夜風に広がり、銀糸のように光り輝く。
少しズレていれば、右眼を失う大惨事になっていたコトでしょう。
にも拘わらず、眼帯娘は慌てず騒がず狼狽えず。マイペースに話を進めます。

「夜想曲……愉しむには……いい夜。じゃ……またね」
「まっ、待ちなさいっ! 一体、なにが言いたかったのよっ!」

ヒステリックな水銀燈の叫びは、しかし、眼帯娘を呼び戻すには至らない。
彼女は水晶を模した髪留めを拾うと、口笛を吹きながら、夜風を纏って歩み去りました。
その調べは、どこか聞き覚えのある、優しくて美しいメロディ。
めぐが、水銀燈の背後で「あっ!」と小声をあげました。

「夜想曲っ! そっかぁ……そういう意味なのね!」
「なによ? なにが解ったの、めぐ」
「あの娘が奏でてた旋律よ! 『愛の夢』っていう、三曲1セットの夜想曲があるの。
 すごく有名なのに、すっかりド忘れしてたわ」
「ふぅん? 一番だの三番だのと言ってたのは、そういうワケね。
 ――で、私たちが第一番っていうのは、どういう意味ぃ?」
「ゴメン……そこまでは、ちょっと」

そう――と呟くが早いか、
水銀燈は突如、めぐの手を握って力強く引っ張りました。

「帰るわよ、めぐ。何故かしら……どうにも、イヤな胸騒ぎがするわ」

眼帯娘は、ただ戯れ言をほざくために、姿を現したのではないでしょう。
ならば、夜想曲の番号にこそ、あの娘の意図が隠されているに相違ありません。
めぐも以心伝心、阿吽の呼吸で頷きました。「そうね。調べてみましょ」




ジュンの腕の中で、真紅はいつしか、規則正しい寝息を立て始めていました。
ここ数日、度重なる心労によって、憔悴しきっていたのでしょう。
緊張の糸が緩み、疲れが一気に襲いかかってきた――と。

涙の痕を残す真紅の寝顔は、安心しきって、子供みたいに穏やかな表情で……
ジュンへの信頼を、控えめに物語っているようです。
もっと、ずっと、そんな彼女を見ていたい。
その一方で、傷つけてはいけない、とも想う。

(ちゃんと寝かし付けたら……金糸雀を連れて、帰ろう)

ジュンの視線は、金糸雀の魂が宿っているビスクドールを探して、彷徨いました。
黒羽根や焦げ痕など、戦闘の痕跡が生々しく点在しているフローリング。
これはタダじゃ済まないなと真紅に同情しつつ、目的のモノを見つけた彼は、
次の瞬間、思わず驚きの声をあげて、目を見開いていました。

そこには無惨に砕けた、ビスクドールだった名残が、散らばっていたのです。
どれほど目を皿のようにしても、命の輝きを見出すことは、もう不可能でした。

「まさか……消え……ちゃったのか? いや、でも、あいつは地縛霊だし――
 依代を失って、あの部屋に戻ったんじゃないか? うん。そうだよ、きっと」

ジュンの動揺が伝わったのでしょう。彼の腕の中で、真紅が小さく呻きました。
うっすら開いた瞼の奥に、蒼く澄んだ光が宿ると、彼女はパチパチと瞬きを繰り返し、
それこそ茹でたエビみたいに、一瞬で頬を桜色に染め上げたのです。

「悪い。起こしちゃったか」
「……ごめんなさい。私、みっともなく取り乱したりして」
「真紅は……悪くないだろ。謝らなきゃいけないのは、僕の方だ」

もっと、しっかりしてさえいれば、こんな辛い目には遭わせなかった。
その懺悔が、ジュンの胸に重くのしかかって、気持ちを沈滞させていました。
金糸雀の暴走を抑えられず、真紅に心身の苦痛を強いてきたコトが申し訳なくて、
あまりにも気まずくて、瞳を合わせることすら憚られて。

真紅は、逸らされた彼の頬に手を添えて、そっ……と向き直らせました。

「私が目を覚ますまで……ずっと、側に居てくれるつもりだったの?」
「いや、まあ……寝かし付けて、帰ろうと……思ってたんだけど」
「そう――」

一度、閉ざされた唇は……でも直ぐに、何かを言いたげに戦慄く。
声にならない想いが、もどかしそうで、苛立たしげで――
息苦しそうに眉を寄せながら、胸元で拳を握りしめて……
そんな悪戦苦闘を繰り返して、やっと彼女が表に現せたのは、蚊の鳴くような囁き。

「せめて……」
真紅の指が、おずおずとジュンの左肩に寄せられます。
金糸雀の攻撃から、めぐを庇った時の、火傷の痕でした。

「怪我の治療だけでも……私に、させてちょうだい」

言った後で、真紅の瞳が揺らいだのは、どうして?
ジュンが負傷したことを、嘆いているのでしょうか。
それとも、普通の女の子らしく、血を見るのが苦手……とか。

「そういや、すっかり忘れてたな。このくらい平気だよ。かすり傷だから」
「ダメよ。ちゃんと見せなさい」
「いいってば」
「いいからっ!」

真紅の強い口調に、ジュンは気圧され、渋々ながら頷きました。
そして、つくづく押しに弱い自分に辟易しつつ、ジャンパーを脱ぎ去ったのです。

――途端。
ジュンが着ていた不格好なセーターを目にするなり、真紅は息を呑みました。
それから、呑み込んだ分だけ、重く長い吐息を漏らして――
やれやれと言わんばかりに、首を横に振りました。

「呆れたわ。ジュン、貴方……まだ、そんなモノを持っていたの?」


「うん」ジュンは斜を向きながら「そう簡単に、捨てられっこないだろ」と。
でも、最後はちゃんと、真紅の目を見ながら答えました。

「お前が僕にくれた、初めてのプレゼントなんだから」

不登校になった中学の頃。
日がな一日、自分の部屋に閉じこもっていた頃。
今ならば、他愛ないと一笑に付してしまえる些細な障害ですら、
独りでは乗り越えられなかった、あの頼りなく幼い頃。

いっそ、もうこのまま忘れられ、消えてしまってもいいとさえ思っていたジュンに、
彼の部屋を訪れた真紅は、このセーターを置いていったのでした。


  『傷つくことは、怖いわ。私だって――』


あの時、閉ざされたドアの前で、真紅が去り際に呟いた言葉。
それは今も、風化することなく、ジュンのココロに刻み込まれていました。

「白状するとさ……開けて見た瞬間『うわ、すっげぇヘタクソ』って。
 マジで、そう口に出して、笑っちゃったんだ。だって、そうだろ?
 こんな、見るからに素人作業だと判る代物なんだからな」
「……そうよね。我ながら、これは酷すぎるのだわ」

ジュンが両腕を前に伸ばすと、袖の長さの違いや、不揃いの編み目が際立ちました。
二人して、一緒に眺めて……どちらからともなく微笑み合う。
そんなコトさえも、彼と彼女には、ひどく久しぶりのように思えました。

「でもさ、どうして手編みのセーターだったんだ?」
「あら、そんなに意外?」

小首を傾げた真紅に「そりゃそうだろ」と、ジュンは、さも当然のように切り返します。

「傷つくのが怖いとか言っておきながら、ヘタクソな手編みだなんてさ。
 バカにされるって……笑われるって解るだろ、普通。
 わざわざ手間暇かけなくたって、既製品を買えば、恥もかかずに済むってのに。
 なんで、わざわざ傷つくやり方を選んだんだよ」

真紅は、ジュンの質問に反駁することも、一笑に付すことも、しませんでした。
彼女が唇から紡ぎだしたのは、禅問答のような台詞。

「私はね、ジュン。この世には3つ、見えない翼を持つモノがあると思うの。解る?」
「3つ? 見えない翼を持つモノだって? うーん……水銀燈みたいな?」
「……違うわ。『お金』と『人のココロ』と『幸福』よ。
 それらは、目を離すと、すぐ飛び去ってしまう。繋ぎ止めておくのは、容易じゃないわ。
 時に、深く傷つくことすらも、甘んじて受け入れるコトを強いられるのよ」

――傷つく覚悟がなければ、誰かと愛を育むコトなんか、できっこない。
真紅の言葉は、さっき聞いた水銀燈の戒めを、ジュンに思い出させました。

「あの頃の私は、幼かったのね。これしかないって、思い込んでいたわ。
 貴方と、一瞬でもココロを通い合わせられるなら……
 私のココロを届けて、貴方を繋ぎ止められるなら……
 ちょっとくらい痛い想いをしても、私は、ぜんぜん構わなかった」

このセーターを受け取ったとき、既に、質問は提示されていた。
そして、真紅はジュンの答えを待ちながら、癒えない傷を抱え続けてきた。
今になって気つくなんて、どれほど鈍感なのかと、ジュンは歯噛みしました。

(結局、僕は答えを出さないまま『昨日の続きの明日』を繰り返してきたのか。
 何年もずっと……本当の意味で、新しい一日を迎えてなんか、いなかったんだな)


自分の不甲斐なさが悔しい。真紅の健気さが痛ましい。
ジュンは歯を食いしばったまま、俯くことしか出来ませんでした。
真紅はベッドに腰を降ろし、枕元に置いてあった本――原文の詩集――を手に取り、
パラリパラリ……紙の間にココロの在処を探すように、ページを手繰ります。

「ねえ、ジュン。貴方、フライリヒラートを知っているかしら?」

彼女が手にしている詩集の、著者なのでしょう。
詩や文学に暗い彼は、ゆるゆると頚を横に振りました。

「……いや。聞いたコトもない」
「ドイツの詩人よ。そして、彼の詩は、一人の音楽家に感銘を与えたのだわ。
 フランツ=リストという、当代随一の、ピアノの魔術師にね。
 そうして生まれた曲が『愛の夢』3つの夜想曲(ノクターン)第三番。
 【おお、愛し得る限り愛せ】よ」
「愛し得る限り……愛せ?」
「そう。愛を交わし合える時間は、思っているよりも、ずっと短いから――」

真紅は意を決するように、音を立てて詩集を閉じ、潤んだ瞳でジュンを見上げました。
いまだ嘗て、見たことがないくらい、顔を真っ赤にして。


「ジュン…………お願い。…………抱いて…………ちょうだい」
「っ?! お、お前なに言って――」
「……私じゃ……ダメなの?」

ぽろぽろ……。
真紅の頬を濡らす、大粒の雫を目にして、ジュンの胸がキュッと痛みました。
こんなにも、はしたなくて。泣けてしまうくらい、恥ずかしくて――
彼女は、そうやって自分を傷つけながら、ジュンのココロを繋ぎ止めようとしてきた。
怪我の治療を申し出たのも、ジュンを帰したくなかったから……かも。

そんなコトをしなくたって、彼の想いは、真紅だけに注がれていたとも知らずに。


「そんなワケ……ないだろ」

――ジュンは、真紅の隣に座って、彼女の細い肩を強く抱き寄せました。
ムードなんて関係ない。格好良いとか悪いとか、体裁なんて、どうでもいい。
素直な気持ちを伝えるときに、気取る必要などありませんから。

大切にすることと、傷つけないこととは、必ずしもイコールではない。
大切に想うからこそ、傷つけなければいけない場合もあるのです。
そのキズさえも、新しい絆に変えてゆけるかどうかは、二人の気持ち次第。

ジュンは泣く子供をあやすように、真紅のブロンドを撫でて、微笑みました。

「意外にバカだよな、真紅って」
「失礼ね。それに、バカはお互い様でしょう?」
「……だな。確かに、僕も大バカだ。おまけに鈍感だし」
「そうね。貴方は、救いがたいほどの愚か者なのだわ。
 でも…………頭のいい人ほど、ホントの恋は出来ないものよ。
 恋は盲目って言うでしょう? だから――貴方は、バカのままで良いの。
 私は、そんな……おバカさんなジュンが…………大好きだから」
「なんか……嬉しいような、情けないような。ちょっと複雑な心境だけど。
 僕も、今のままの真紅が…………誰よりも好きだ」

胸に秘めてきた願いを、いま現実のものとするために――

「だから……今から、僕と歩き始めよう。昨日の続きじゃない、明日へ」

二人は掌を合わせ、指を絡ませながら、縺れるようにベッドに横たわって、
ココロの赴くままに、特別な想いを重ねたのです。
それは、ダラダラの腐れ縁が、強固な絆に変貌を遂げた、記念すべき瞬間でした。




その頃、ジュンの部屋では、深夜にも拘わらず、金糸雀が料理を拵えていました。
メニューは、彼の好物ばかり。材料も、新鮮な物を厳選使用しております。

「ジュンはきっと、カナのこと心配して、急いで帰ってくるかしら。
 そうよ、彼は優しいもの。
 絶対、すぐに、カナの元に戻ってきてくれるかしら」

けれど、ただ待ち続けるのは、精神的に辛いもの。
心配と迷惑をかけてしまったお詫びも兼ねて、御馳走を作ろうと、思い立ったのです。

「真の策士は用意周到! ジュンも感激すること間違いなしかしらっ!
 うふふふっ♪ ひょっとしたら、感涙に噎び泣いちゃったりして」

至って上機嫌の彼女。でも、どこか……ぎこちなさが滲み出しています。
陽気な笑顔も、明るい話し声にも、なんとなく作り物の気配。
その仮面は、常に何かで気を紛らしていないと、すぐに崩れてしまいそうでした。

――と、その時。玄関で、ドアの鍵を回す音がしたじゃあーりませんか。
ドアを開く軋めきと、流れ込んでくる夜気の流れも。

「っ?! ジュン? おっかえりなさいかしらーっ♪」

やっぱり帰ってきてくれた! 金糸雀は菜箸を放り出し、嬉々として玄関に急ぎます。
思いっ切り抱きついて、思いっ切り抱き締められたい。望むコトは、それだけ。


歓びを隠しきれない金糸雀のステップは、しかし、ギクリと停まりました。
玄関に立っていたのは、待ちわびた彼ではなく――


「あはっ…………貴女が……第二番。さぁ、奏でましょう……夜想曲を」


夜の色に染め上げたローブに身を包み、愉しげに嗤う、眼帯娘だったのです。