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  ―葉月の頃 その9―  【8月24日  怪談】 前編

 
 
その報せが伝えられたのは、夕食の席に、みんなが顔を揃えた時だった。
誰もが、料理を食べ終え、どれが美味しかっただの思い思いの感想を述べつつ、
温かいお茶で喉を潤していた頃――


「みんなー。食べ終わったら、あたしの部屋に集合だからねー」


みっちゃんの呼びかけに、あれ? と、翠星石が首を傾げる。
今夜は、この宿の近くにある山寺で、肝だめしをする予定ではなかったか。
そればかりが憂鬱で、食の進みもイマイチだったというのに……
復活して間もない真紅や金糸雀を慮って、予定が変更されたのだろうか?
翠星石は、おずおずと右手を挙げてみた。


「あの……みっちゃん。ちょっと訊いてもいいです?」
「ん? なぁにかなぁ、翠星石ちゃん」
「どういうコトです? みんなで部屋に集まって、何するですか」
「あれ、聞いてないんだ? カナ、みんなに話してくれてないの?」


問われた金糸雀は、しまったと言わんばかりにペロッと舌を出して、
頭をコツンと叩いた。「準備に振り回されて、すっかり忘れてたかしらー」


どうやら、水面下でナゾのプロジェクトが画策されているらしい。
しかも、旅行のスケジュールを主導で練ってきた、翠星石を差し置いてだ。
肝だめしの前に何かをするなんてコトは、寝耳に水の展開だった。


翠星石は、隣に座る蒼星石に『知ってる?』といった風に、首を傾げた。
それに対し、妹は困ったように眉根を寄せて、フルフルと頭を振る。
一同をぐるり見回しても、事態を把握しているのは、半々くらいのようだ。
金糸雀の失態だって、実際のところ、意図的に為されたものかも知れない。
 

 
「何か、様子が変じゃない? 嫌な予感がするのだわ」
「大丈夫よぉ、真紅ぅ。ただのオープニング・セレモニーだってばぁ」
「銀ちゃんの言うとおりなのっ。それに、食休みにもなるのよ。
 ごはん食べた後で、すぐ運動すると、おなか痛くなっちゃうでしょ?」


――なんて。
訝る真紅の背中を、アヤシイ笑みの銀×雛コンビが、バシバシ叩いている。
薔薇水晶と雪華綺晶も、ニヤニヤしているところを見ると、把握組なのだろう。

 
 
「おめーら、なに企んでやがるですか」
「やぁね、翠星石ちゃんったら」


ジト眼で問いかけた翠星石に、みっちゃんは笑って、ぱちりとウインクした。
「ただの余興よ。肝だめしをエンジョイするための……ね♪」

その一言で、翠星石のささやかな希望は、脆くも打ち崩された。
嵐にでもならない限り、肝だめしを中断する気は無いらしい。
では、肝だめしを楽しむための余興とは、如何なるものか?


可能性として考えられるのは、ムード・メイキング。
手始めに『世にも奇妙な怖い話』でも朗読して、ゾクゾクさせるのが狙いなのか。
翠星石はジト眼のまま、準備に手を尽くしていたという金糸雀を睨んだ。


「おめーのコトですから、ど~せ、ロクでもないモノ用意したですね」
「ふっふっふ……聞いて驚愕、見て失禁! かしら。
 この金糸雀が、旅行の前に焼いておいた超傑作を目にすれば、悶絶は必至よ!」
「また、いつもの自信過剰が始まったです。進歩のねぇヤツですねぇ」


やれやれですぅ――翠星石が肩を竦め、せせら笑う。
が、金糸雀は気色ばむ風もなく、どーん! と翠星石の鼻先に指を突きつけた。


「ズバリ言うかしら! その超傑作とは、数多ある洋邦ホラー映画を吟味して、
 とっておきの『衝撃映像1・2・3』を網羅した恐怖DVDかしら~♪」


一瞬、室内がどよめいた。
D・V・D! D・V・D! と踊りまくりの雛苺は、とりあえず完全無視。
翠星石は、額に脂汗を滲ませて、固唾を呑んだ。
急激に粘ついたソレが喉に詰まって、巧く声が出せない。


(うぅ……そんなもん、見たくねえですぅ)


喋れない代わりに、せめてもの抵抗とばかり、胸中で本音をブチまけた。
何を隠そう、翠星石は怖がりさん。ホラー映画なんて、滅多に視やしない。
とは申せ、そんな駄々を捏ねたところで、逃れられないのは百も承知だ。
「うっし!」と握った拳で胸元を叩いて、なけなしの勇気を振り絞った。


「ど、どど、ど……どんと来いやー、ですぅ!」
「そんなに気合い入れてたら、本番前に疲れちゃうよ、姉さん。
 気楽に行こうよ、気楽に。ボクが、ぎゅぅって、しててあげるから」
「ホントです? きっとですよ!
 途中で離しやがったら、たとえ蒼星石でも、草葉の陰から祟ってやるですっ」

「んもぅ、物騒だなぁ」と苦笑する蒼星石に、翠星石は部屋までの道すがらも、
しつこいくらいに釘を刺しまくっていた。

  

 
 
 
――さて。トコロ変わって、みっちゃん達が寝泊まりしている部屋。
そこには既に、準備万端、整えられていた。
DVDプレーヤー代わりのPS2は、製品付属のオーディオケーブルで、
各部屋に備え付けの15型テレビに繋がれている。


「それじゃあ、さっそく上映開始といっちゃうかしらー!」


用意された映像は、いわゆる寄せ集め。洒落た表現するなら、ダイジェスト版。
しかーし! 新聞の切り抜きノートみたいなものと、侮ることなかれ。
選りすぐったと豪語するだけあって、身の毛もよだつ恐怖映像百連発だった。

その迫力には一同おしなべて静まって、食い入るように画面を見つめている。
翠星石など、始まって5分と経たず、卒倒しかかっていた。
まあ、失神の最短記録は、雛苺の3分だったのだが。



「は……はぅ……ち……血、チぃ~、ポン、カン……ですぅ」


まるで自己暗示でもかけるように、翠星石はブツブツ啼きっぱなしだった。
まったく以てチンプンカンプン。錯乱寸前であることは、百の弁を要さずとも明らかだ。
彼女の顔色は、白いまでに青ざめ、開きっぱなしの唇は小刻みに震えている。
ただただ蒼星石にギュッとしがみついて、虚ろな双眸をテレビに向けるのみ。

 
結局、絶叫が聞こえるたびに「ぅひぁっ」と飛び上がることの繰り返しで、
約40分の上映が終わる頃には、すっかり憔悴しきっていた。

 
 
 

「さーて。みんなの雰囲気も、よろしくなって来たみたいねー。
 そろそろ、ここらで舞台を移すとしよっかぁ」


誰もが少なからず鬱になっている中で、みっちゃんだけは普段と変わらず、
缶ビール片手にテンションの高さを維持していた。
あれほどスプラッター映像を眺めていたにも拘わらず、である。
あるいは、酔っているからこそ、平気な顔していられるのかも知れない。


だが、蒼星石の背中にピッタリくっついていた翠星石は、
ナミダ目のまま、肩を怒らせ反撥した。


「もうイヤですぅ! 今のでも、充分すぎるほど肝だめしですよっ!」
「ね、姉さん……耳元で喚かないでよ。少し落ち着いて」
「蒼星石は黙ってるです! こんな仕打ち、断固として許せんですぅっ」
「あららー。ちょっとばかり、刺激が強すぎたのかなぁ。
 だったら翠星石ちゃんは、先に寝てる? 独りっきりになっちゃうけど」
「ぁうぅ…………そ、それもイヤですぅ」


まるっきり子供のワガママだが、翠星石の気持ちも、解らないではなかった。
さて、どうしよう? みっちゃんが困り顔を金糸雀に向ける。
すると、彼女は「抜かりないかしら」と、自信タップリに胸を張った。
 
 
「こういう展開も、予測の範疇よ。対策もバッチリ用意してきたわ。
 えーっと……それじゃあ、蒼ちゃん。カナに協力してもらうかしら」
「うん、いいけど。ボクは何をすれば良いの?」


「慌てない慌てない――」金糸雀は、いかにも勿体ぶった口振りで、
自分のボストンバッグから3枚のカラフルなDVDケースを取り出した。
青色、赤色、緑色のソレは、どこにでも売っていそうなスペアケースだ。
ラベルや文字の記載など、中身を示す手懸かりは、一切なかった。

 
「ここに取り出したるは、映画のDVDかしら。どんな内容かって?
 まずは、とある人形の、切なくも悲しい物語ね。
 もうひとつは、アイスホッケーに賭けた男の、血湧き肉踊るストーリー。
 最後は、ゴルフ場の芝生を管理するグリーン・キーパーの、お仕事話かしら」
「そう……なんだ? それで、ボクは何を――」
「この中から、蒼ちゃんが見たいお話を、1本だけ選ぶかしら」
「……なるほど。普通の映画で、荒んだ気持ちを10秒リセットって寸法だね」
「へぇっ。金糸雀のクセに、珍しく手回しが良いじゃねぇですかぁ」

 
感心したように言って、翠星石は妹の肩越しに腕を伸ばすと、
畳に並べられたDVDケースのうち、右端の緑のケースを指差した。


「蒼星石っ、これ! これにするですぅ」
「え? これって、芝生の管理人さんの話だよね。本当にいいの?
 姉さんだったら、お人形の物語を見たがるかと思ってたけど」
「それ……なぁんか胡散くせぇです。呪い人形の話ですかもぉ~。
 アイスホッケーもスポ魂と見せかけて、地雷臭プンプンですしぃ。
 きっと、3本のうち2本はハズレという、よくある罠ですよ!」
「言われてみれば……なるほど。さすがだね、姉さん」
「ですぅ」

 
消去法でいけば、残るはグリーン・キーパーのお仕事というワケだ。
舞台がゴルフ場という点からして、のどかなラブロマンスを彷彿させる。
カラーもグリーンだし、翠星石には誂え向きだろう。


得心がいった蒼星石は、姉の希望どおりに、DVDケースを手にした。


「これにするよ、金糸雀」
「くぅぅ……やるわね。なかなか、読みが鋭いかしら」
「おめーの浅はかな策なんか、バレバレユカイですぅ~♪」


さも得意げに、ふふん――翠星石は鼻を鳴らした。
金糸雀は、ただ黙々とディスクをセットして、再生の操作を進めてゆく。

「それでは気を取り直して、Here we go! かしら~」



策を見破られた悔しさなど微塵も見せず、金糸雀が陽気な前口上を述べる。
そして……テレビ画面に浮かび上がったタイトルは――
 
 
  
   『殺戮職人芝刈男』 

 
 
 
「ほあ――っ?! ななななっ、なんですか、これは――っ!」
「あーっはっはっは! 甘い甘いわ翠ちゃん! なぁんてお汁粉アタマかしらー。
 肝だめしの余興に、当たりなんて入れっこないじゃなぁ~い。
 ホッと安心させておいて、ドツボに突き落とす。ホラーの常套手段かしら♪」
「やーです! こんなの見たくねぇですぅー!」
「……諦めようよ、姉さん。選んだのはキミなんだし」

 
蒼星石に正論を突き付けられて、翠星石は涙ぐみながら、渋々と黙り込んだ。
いつもは翠星石の味方をする蒼星石も、現状では立場が弱い。
仮に姉を支持しても、多数決で押し切られるのは、目に見えていた。
だからこそ、翠星石を宥め賺して、解決を図ろうと思ったのだろう。

 
やむをえない選択。翠星石は、そう考えることにした。
だが……そう。この時はまだ、彼女は気づいていなかった。
味方だと信じて疑わない蒼星石さえも、実はドッキリ仕掛人……ということに。

 

 
 
 
映画の方は、どうだったかと言うと、正しくタイトルに偽りなし。
その内容たるや、凄惨の一語に尽きた。
90分を過ぎたときには、翠星石を初め、雛苺、巴、真紅、
そして何故か金糸雀までが自爆失神という、とんでもない事態に陥っていた。


ちなみに、人形の話とは、お約束の『チャイルドプレイ』。
アイスホッケーは、言わずもがなの『13日の金曜日』だったという。

 
 
 
 
4人の娘が快復したとき、夜も更けて10時になろうという時刻だった。
まるで見計ったかのように、肝だめし本編を執り行うには、いい頃である。
一行は、二人で一本のペンライトを手に、街灯など無い山道を進み、
重く夜陰をまとう無人の古刹へと辿り着いた。

 
弱々しく降ってくる月明かりが、寂寥感をいや増している。
それに、すこぶる肌寒い。長袖のブラウスを着込んでも、震えが走る。
息を吸い込むと、身体の中にまで冷たい闇が侵蝕してくるような……
翠星石は、そんな錯覚を覚えずにはいられなかった。

 
誰もが狭い境内に立ち尽くし、口を開くことさえ躊躇っているところへ、
みっちゃんの、場違いなほど楽しそうな声が響きわたる。

 
「それじゃあ、始めよっかぁ。クジ引きで、ペア決めるわよー」


それを合図に三角クジが引かれ、6組のペアが出来た。
みっちゃんと雛苺。ジュンと金糸雀。オディールと巴。雪華綺晶と蒼星石。
真紅と水銀燈。そして……


「あはっ♪ また一緒……奇遇だね、翠ちゃん」
「はうぅ……なぁんで、こうなるですかぁ」
「きっと天運。私たち……実は前世で、双子だった……」
「んなワケあるかですぅ! この、おバカ水晶っ」


悪態を吐かれながらも、薔薇水晶は心底、嬉しそうに口の端を吊りあげ嗤う。
それに対して、翠星石はがっくりと肩を落とし、今にも泣き出しそうだ。
弱り目に祟り目とは、まさしく、こんな状況を言うのだろう。
だがモチロン、偶然などではない。用意周到に、仕組まれたことだった。

 
出発順も、ペア決めの際に決定済み。前述のとおりである。
開始に際して、6色のリボンが、それぞれの組に渡された。

 
「解ってると思うけど、一応、ルールの最終確認しておくわねー。
 コースは、お寺の裏から山道に入って、まっすぐ200メートルほど進んで。
 そうすると小さな祠があるから、そこにリボンを結んで、戻ってくるのよ」


先行組が帰ったら、入れ替わりに2番目の組が出発する手筈だ。
みっちゃんは、もう雛苺と共に出かける用意をしていた。


「それじゃあ、ヒナちゃん。はりきって行こうかー」
「はいなのー!」


元々、明るい性格の二人。すっかり打ち解けて、実の姉妹みたいな雰囲気さえある。
おまけに、みっちゃんの方はアルコールも入っているので、天下無敵だろう。
みんなに見送られながら、足音も高らかに、第一陣が進撃を始めた。

 
 
――と、その刹那。


「あぁ、そうそう」


みっちゃんは、やおら振り返った。
下からライトで照らし出された彼女の表情には、意味深長な含み笑いが……。



「言い忘れてたけどさー。この辺りって、物の怪の伝承が残ってるのよねー。
 妖怪『かゆうま』って、いうんだけど……知ってたぁ?」

 
「か……かゆ……うま……ですぅ?」


ヒバゴンだのツチノコなら、稀に巷を騒がせたりもする。
だが、翠星石にとっては『かゆうま』なんて単語自体が、初耳だった。
実在するとしたら、どんな姿をしているの? 襲われたりしない?
ほぼ全員が、あちこちで不安そうな表情を突き合わせていた。

 
 

 《 後編に続く 》