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  ―葉月の頃 その10―  【8月24日  怪談】 後編

 
 
「言い忘れてたけど、この辺りって、物の怪の伝承が残ってるのよねー。
 妖怪『かゆうま』って、いうんだけど……知ってたぁ?」

 
なんとも胡乱な言葉と意味深長な流し目を残して、みっちゃんは雛苺と共に、
夜闇の中へと消えていった。

 
今や21世紀――
地上600km上空にはハッブル宇宙望遠鏡が浮かび、
約7800万km彼方の火星に、探査機が降りる時代だ。
文明の波にココロを洗われた人々にとっては、アニミズムなど俗信に等しい。

 
そんなご時世に、よもや妖怪だなんて……
待機している10人が10人とも、胸裡で苦笑っていたことだろう。
だが、夜も更けた山林の、冷たくおどろおどろしい空気は重たくて、
唇を開くことさえ億劫にさせていた。

 
街灯など無い山中のこと。明かりと言えば、手元にある5本のライトだけ。
仰ぎ見ても、生い茂る枝葉に遮られて、星さえ見えない。
まるで通夜の席にでも居るみたいに、誰ひとりとして、喋ろうとしなかった。
名も知らない秋の虫の声だけが、ただひっそりと、翠星石たちを包んでいた。

 
 
「な、なんだか……じっとしてると肌寒いですぅ」

 
人一倍の怖がりさんである翠星石が、沈黙に堪りかねたらしく、
独り言めかして、みんなに話しかけた。
すると、ポツリ、ポツリ……娘たちの中から、短い相槌が返ってくる。
やはり誰もが、重たい空気に息を詰まらせていたのだろう。

 
「確かに、急に冷え込んできたかしら」

 
言って、金糸雀はブルッと身震いすると、肝試しの相方であるジュンの腕に、
さりげなく抱きついた。
その二人をチラと見た巴の顔が般若に見えたのは、多分、気のせい。

 
「宿の周りは、まだ温かかったのに。こんなに気温が下がるなんて予想外だわ」
「やっぱり森の中に入ると違うんだね。半袖じゃ寒いや」

 
軽装の真紅と蒼星石も、どちらからともなく肩を寄せ合う。
その脇では、宿の浴衣を纏っただけの水銀燈が、

 
「うう……寒ぅい。なにか、羽織るもの用意してくれば良かったわぁ」

 
腕を掻き抱きながら、もじもじと脚を擦り合わせている。
たかが肝試しと、散歩に出るくらいの気安さで来たのだろうが、
いくらなんでも薄着に過ぎた。

 
 
ふぁ……は……ぷちゅ!
 

 

水銀燈が、思いがけず可愛らしいクシャミをしたのと、ほぼ同時――

 
何を思ったのか薔薇水晶が、ひたと翠星石の背中にしがみついてきた。
また、なにか良からぬコトを企んでいるのか……?
浴場でのハプニングを思い出して、翠星石の脈拍が上がった。

 
「な、なにするです?」
「寒いから……くっついてみますた」

 
答えた薔薇水晶の鼻声を聞いて、ああ、なるほど。翠星石は得心した。
彼女の服装は、すみれ色の半袖シャツに、フレアースカート。寒いのも当然だ。
順番待ちの間、身を寄せ合い、少しでも暖を取ろうというのだろう。
ちょっとばかり性格は変わっているけれど、薔薇水晶も普通の女の子らしい。

 
(案外、可愛いトコあるですね)

 
ふふ……と、翠星石はお姉さん風を吹かせて、余裕のある微笑を漏らした。
薔薇水晶も頬を染めてはにかみ、控えめに囁く。

 
「翠ちゃん……私…………あなたと合体したい」
「はぁ? やです。と言うか、既に引っついてやがるじゃねーですか!」

 
こんなところでアクエリオンのネタを振られても困る。
いつもの取るに足らない冗談と解っていても、翠星石は即答で一刀両断した。
ノリが悪いと詰られようが、付き合ってやる気など毛頭なかったのだ。

 
「どーせ合体するなら、私は蒼星石とがイイです。
 おめーは、きらきーと合体してりゃ良いのですぅ」
「そうですわ、薔薇しーちゃん」

 
いきなり口を挟んできたのは、いつの間にやら接近していた雪華綺晶。
彼女は、淑女とした優雅な笑みを満面に湛えながら、両腕を広げていた。
 
「さあ、飛び込んでいらっしゃい。
 私のお腹……じゃなくて、胸にフェード・インですわ。
 たちまち溢れるウコンのチカラぁ~♪」

 
それを言うなら神秘の力でしょ!
と、普段の薔薇水晶なら反駁してそうな場面だが……
やはり寒さのあまり、調子が出ないらしい。フルフルと頸を横に振る。

 
「……ヤダ」
「遠慮することないでしょう。あったかぁ~く抱擁してあげますわよ」
「イヤ。私……翠ちゃんと……気持ちイイ合体する」
「ななっ?! なに言い出すですか、おバカ水晶っ!」

 
自分でも過激な発言をしておきながら、翠星石は顔を真っ赤にして狼狽え、
薔薇水晶の足をギュッと踏みつけた。

 
「あ痛……翠ちゃん、ヒドイ」
「うっせーです。おめーが変なコトを口走りやがるからですぅ!」
「まあまあ、お二人とも。ケンカなんて、見苦しいですわよ」

 
あわや取っ組み合いに発展しかけたところに、雪華綺晶が割って入る。

 
「どうせなら、みんなで仲良く『おしくらまんじゅう』と行きましょう」
「おぉー、そりゃ平和的な解決案ですぅ~」
「お姉ちゃん……ナイス」
「うふふ。それほどでもぉ」
「あらぁ、いいじゃなぁい。私も混ぜてぇ~♪ ほら、貴女もよ真紅ぅ」
「え、え? わ、私は別に――」

 
――などと、水銀燈に引っ張り込まれた真紅を除いて、ノリノリの乙女たちは、

「おーしくーらまーんじゅー!」

 
威勢のいい掛け声と共に、背中で押し合うのかと思いきや――
一斉に繰り出されたのは……ドンケツ。
その結果たるや、

 
「きゃぁっ!」
「ちょぁ……っ!」

 
当たり所が悪かったのか、真紅と薔薇水晶が弾かれて、べちゃっと倒れ伏した。

 
「あらまあ、お二人さん。大丈夫ですの?」
「なに転んでるのよぉ。ホぉント、呆れたおバカさんたちねぇ」
「ぷくくっ……これしきで倒れるなんて、ドン臭いヤツらですぅ~」

 
なにやら勝ち誇った笑みを浮かべる三人を、真紅と薔薇水晶がキッ! と睨めつける。

 
「貴女たちっ! ワザと狙ったんじゃないのっ?!」
「……くやしいのうwwww
 じゃなくて……銀ちゃんたち、お尻デカすぎワロタ」
「失礼ねぇ。なぁに? いかにも私たちが、意地悪なデブって言い種じゃなぁい」
「いわゆる安産型ですわよ。ねぇ?」
「きらきーの言うとおりです。おめーらの方が、発育不良なのですぅ」

 
精一杯の皮肉も、水銀燈、翠星石、雪華綺晶の毒舌三連星には全くの無力。
あっさり切り返してくる。

 
「私……発育不良なんかじゃないのだわ」orz
「ぐぬぬ……で、でも……胸は翠ちゃんよりあるもん」
「どーせ、シリコーンで増量したニセモノですぅ」
「まあっ! 薔薇しーちゃんったら、いつの間に豊胸手術を?!」
「やぁねぇ、それホントぉ? 必死すぎて涙を誘うわぁ」
「ちょ……違ぅ……」

 
先の精神攻撃で、真紅は轟沈。薔薇水晶が単騎で反攻を試みるも、
見事なまでの連携を見せる【雪華りん☆水翠レボリューション】の前に、
敢えなく迎撃され、爆散。
またもや『くやしいのうww』と唇を噛みしめることしか出来なかった。

 
 
 
そんな、乙女たちの楽しき戯れも、みっちゃんと雛苺が戻ったことで沈静化する。
1番手の二人は、怖がるどころか、ニコニコしていた。

 
「いやー。なかなか楽しめたわよね~、ヒナちゃん」
「暗かったけど、ちっとも怖くなかったのよー」
「妖怪『かゆうま』は、出なかったのか?」

 
ジュンが訊くと、二人は口を揃えて「ぜぇ~んぜん」と首を横に振った。
やはり、伝承にロマンを感じるなんて、時代錯誤の説話に過ぎないのか。
誰もが安堵と失意を半々に抱く中、2番手の金糸雀×ジュン組が出発する。

 
よほど怖いのか、それともドサクサ紛れの演技なのか、
金糸雀はジュンの腕にギュッ! と、しがみついていた。
そんな二人を見送る巴の顔を、ライトの光芒が下から浮かび上がらせる。
一瞬、彼女の容貌が毘沙門天に見えたのは、きっと気のせい。
 
 
それに引き替え、みっちゃんの方は――

 
「カナったら、大丈夫かしら。あぁ、心配だわ」

 
夜闇に消えゆく二人の後ろ姿を見送りながら、ヤキモキしているご様子。
ご近所さんと言うよりは、歳の離れた実姉といった感が強かった。

 
まあ、それには、ちゃんと理由がある。
話を聞いてみると、小学校の頃から鍵っ子だった金糸雀の面倒を、
当時は女子高生だったみっちゃんが、よく見ていたそうだ。
よく二人で、夕飯を作ったりもしたのだという。
そんな経緯があれば、本当の家族みたいな間柄になるのも、至極当然と思えた。

 
 
「もしも、カナの身に何かあったら――」
「平気よ。ジュンが一緒だもの」
「……だからこそ、だってばー」

 
ジュンのヒトとナリを良く識る真紅の言葉も、みっちゃんの不安を拭いきれない。
なんと言っても、年頃の男の子と、女の子のことだ。
しかも、暗がりで二人きりだなんて、舞台が整いすぎているではないか。

 
 
  『金糸雀……やらないか?』
  『だっ、ダメかしら。こんなとこ、誰かに見られたら……』
  『平気だよ。誰も来やしないって……いいだろ』
  『そんな……ダメ……でも、キスだけなら……ぁん…………んんっ』

 
 
「――と、Aだけに留まらずCまで進展しちゃったりしたら……フギャー!」
「なに妄想で興奮してるのよ。自重しなさい、みっともないわね」


呆れ顔の真紅が、みっちゃんを諫める。これでは、どっちが年輩だか分からない。
その場に居合わせた誰もが、苦笑いを浮かべていた。
 

 

15分ほどして、ジュンたちも無事に――金糸雀が木の根に蹴躓いて転び、
頭を打ってコブをつくるアクシデントはあったが――帰還を果たした。
続く3番手のオディールと巴のペア、4番手の雪華綺晶と蒼星石ペアとも、
まったく怖がらずに帰ってくる。
身体を動かし温まったことで、緊張もすっかり解れてしまったようだ。

 
「それじゃあ私たちも、ちゃちゃと行ってきちゃいましょうかぁ」
「ええ。行きましょう、水銀燈」

 
真紅と水銀燈も、みんなの平気な顔に、勇気を得たのだろう。
意気軒昂と出かけていった。
そして……5分ほど経った頃、それは起きた。

 
 
「きゃぁぁぁぁぁ――――っ!?」

 
夜の森をつんざく絶叫に、談笑していた誰もがビクン! と飛び上がる。
翠星石などは、殆ど条件反射的に、蒼星石にしがみついていた。
ウルサイほどだった虫の声も止み、嫌な沈黙が、乙女たちを包み込む。
固唾を呑む音さえ、聞こえそうだった。

 
「今のって…………真紅の声じゃないか?」

 
ジュンが確かめるまでもなく、真紅の悲鳴に間違いなかった。
いったい、何があったというのか? 同伴の水銀燈は、無事なのだろうか?
慌てて声のした方に駆け出そうとしたジュンだったが、巴に手を掴まれて、
足を止め振り返った。

 
「なんだよ、柏葉?」
「一人じゃ危険よ。わたしも行くわ」
「……そうか。じゃあ、頼むよ」

 
巴はジュンの手を握ったまま、こくりと頷いて、彼に並んだ。
そして、いざ様子を見に行こうとした折りも折り……
闇の中から、ふらふらと光が近づいて来るではないか。

 
まさか、人魂?! 繋いだ手にチカラが込められ、じとりと汗ばむ。
ジュンも巴も立ち止まって、向かってくる光を凝視していた。
すると――

 
 
「だ、誰かぁ~。手を貸してぇ~」

 
光が話しかけてきたではないか。それは紛れもなく、水銀燈の声だった。
みんなも気づいて、一斉にライトを向ける。
すると、そこにはグッタリしている真紅を背負った水銀燈が……。
雪華綺晶が、即座に駆け寄った。

 
「ど、どうなさったの?」
「それがぁ……コレかぶって驚かしたら、真紅ってば気絶しちゃったのよぉ」

 
言って、水銀燈は苦笑いながら、浴衣の帯に挟んであったモノを取り出す。
見れば、パーティーグッズによくある、骸骨のマスクだった。

 
「もうっ! なにやってるですか。焦らすんじゃねーですぅ!」

 
翠星石は、みんなの考えていることを代弁して、薔薇水晶を顧みた。

 
「薔薇しー! 私たちも、とっと行ってくるですよ。
 こんな茶番劇は、早いとこ、お開きにするです」
「おk……把握」

 
水銀燈と真紅はリタイアと言うことで、最終組が出発することとなった。
 
 
 
翠星石はライトを持って、薔薇水晶を先導するように歩く。
けれど、気丈に振る舞っているだけで、内心はビクビクだった。
枯れ枝などを踏み折るたび「ひぃっ!」と声をあげるのが、その証拠。
彼女は掠れた声で、背後を着いてくる娘に声をかけた。

 
「あの――」
「なに? 翠ちゃん」
「し、静かなのも、落ち着かねーです」
「……そう? 私は、別に」
「いいからっ! なにか……そう! 歌でも謡えですぅ」
「歌…………うん、いいけど」

 
いきなりの命令口調にも拘わらず、薔薇水晶は反感も見せずに、歌を口ずさんだ。

 
「♪死ね、死ね、死ね死ね死ね死ね、死んじまえ~。翠の――」
「ちょっと待つですぅ! 何ですか、その歌はっ!」
「死ね死ね団……ノリがいいかと思って」
「この状況で、そんな不穏な歌を謡うんじゃねーです!
 だいたい、そこは翠じゃなくて黄色だったハズですぅ!」
「ソンナコト……イッテナイヨ?」
「嘘つくんじゃねーです」

 
ぺしん! と薔薇水晶の頭をひっぱたいて、翠星石は腰に手を当てると、
ぐっと身を乗り出して、薔薇水晶の顔を上目遣いに見た。

 
「いいですか。もっと穏やかな、癒し系の歌にするですよ」
「……うん。把握した」

 
本当に解ってるのだろうか?
翠星石にジト目で見つめられながら、薔薇水晶は再び歌い始める。

 
「♪私の~お墓の~前で~、泣かないでくだ――」
「ほあ――っ?! お墓とか言うんじゃねーですっ!」
 

またもや翠星石にポカリと頭を叩かれて、さすがに薔薇水晶もムッと眉を顰めた。

 
「翠ちゃん……ワガママすぎ」
「うっせーです! おめーの方こそ、ちったぁ気を遣えってんです」
「……おk。じゃあ、三度目の正直……」

「頼むですよ」些か疲れたように、翠星石が呟く。
 
薔薇水晶は、ひとつ息を吸って、徐に唇を開いた。

 
「♪光の中で~、見~えないものが~」
「お? 今度はマトモみてーですね」
「♪闇の~中に~浮かんで消える。まっくら森の~闇の中では――」
「な、なぁっ?! ちょ……」

 
翠星石が慌てて止めに入るが、薔薇水晶には、どこ吹く風。
森の夜闇に目を彷徨わせながら、憑かれたように歌い続ける。

 
「♪タマゴ~が跳ねて、鏡~が謳う~」
「わ、解ったです。私が悪かったですから、もうやめるです」
「♪まっくら森の~闇の中では~ 昨日は明日、まっくらクラ~イクライ」
「も、もうイヤですぅー!」

 
涙目になりながら、翠星石は薔薇水晶の頭をポカポカと叩き続ける。
そこで、さすがに苛めすぎたと思ったか、薔薇水晶の歌が止んだ。

 
「歌は、もう……いいの?」
「……そんな歌ばっか聞かされるなら、もう結構です」
「うん。じゃあ、黙ってるね」
「そう極端になられても、困るですよ。普通にお喋りするだけでいいのですぅ」
「解った。じゃあ……妖怪『かゆうま』の話でも……」
「おめーも意外に、底意地が悪いですねぇ」
 

と、溜息を吐いたものの、反対ばかりしてては何も始まらない。
翠星石は、渋々といった口振りで、先を促した。

 
「アレは民話ですよね。どんな話です?」
「詳しくは知らないけど…………外見の特徴は、まず――」
「ふむふむ」
「ツルリと禿げあがってて……」
「禿げてるですか?!」


翠星石は、妖怪『かゆうま』の怪奇な姿を、想像してみた。

 
 【↓翠星石の想像図】
     /⌒ヽ

「ヒゲが長くって……」
(ふむふむ。ヒゲが生えてるなんて、老人ですかね?)

 
 【↓翠星石の想像図】
     /⌒ヽ
    /  =゚ω゚ )

 
「異様に……脚が長いみたい」
(ほぅほぅ。脚がメチャ長ぇですかぁ)

 
 【↓翠星石の想像図】
     /⌒ヽ
    /  =゚ω゚ )
    |     /
    | / | |
    //  | | 
   U  ..U

 
「早歩きで……追いかけてくるんだって」
(なんですと? 歩くのが速い?!)

 
 【↓翠星石の想像図】
     /⌒ヽ
    /  =゚ω゚ ) =3 
    |  U  /
    ( ヽノ
     ノ>ノ  ヒタヒタヒタ
.三  しU

 

「むむぅ~。妖怪『かゆうま』……なかなか侮れんヤツですぅ」
「とり憑かれちゃったら、どうする?」
「その前に、おめーを生け贄にして逃げるです」
「……いい性格してるよね」

 
なんとなく軽口の応酬を続けている内に、和気藹々とした雰囲気。
翠星石の中にあった、先程までの心細さは、すっかり忘却の彼方に去っていた。
気分が軽いと、不思議なことに、足取りも軽くなる。
気づけば、二人は中間点のお寺を過ぎて、目的の祠へと辿り着いていた。

 
「うっし! さっさとリボンを結んで、帰るとするです」

 
言って、翠星石はライトを薔薇水晶に手渡すと、リボンを取り出した。
仄かな明かりに、先行組が結んでいったリボンが見える。
その近くに結びつけようと、翠星石は何の警戒もせず、屈み込んだ。

 
「私の手元を、照らしといて欲しいですぅ」
「うん……いいよ」

 
そこで初めて、白っぽいナニかに気づいた。祠に、何か置いてある。
メロンかスイカの皮みたいだ。誰か不遜な輩が、捨てていったのだろう。

 
「罰あたりなヤツが居たもんですぅ」

 
翠星石は憤慨したが、それが、みっちゃんの仕掛けた罠だとは考えもしなかった。
そして――

 
薔薇水晶がライトの光芒を向けた途端、トラップが発動した。
なんと、その皮や、祠の壁や柱に、夥しい数のカマドウマが浮かび上がったのだ。
これには、翠星石はモチロン、ドッキリ仕掛人の薔薇水晶でさえ、
おぞましさに総毛立った。

 
「ヒィィィ! な、何ですかぁっ?!」

 
翠星石の悲鳴が、轟き渡る。事ここに至って、彼女はやっと理解した。
妖怪『かゆうま』なんて、最初から存在しなかった。
薔薇水晶の話も、すべては、カマドウマを示していたのだと。

 
だが、本当の地獄は、ここからだった。
薔薇水晶が、挑発するように小石を投じたのだ。一斉に跳ね出すカマドウマ。
祠の前に屈んでいた翠星石に、躱す術など、あろう筈もない。
カマドウマの嵐が、彼女へと降り注ぐ。

 
「ひっ!? ひぃぎゃぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 
これこそ、薔薇水晶がみんなに頼んで仕掛けた、復讐劇。
翠星石は屈んだ姿勢のまま後ろにひっくり返って、目を回してしまった。

 
「ふふ…………恨み……晴らしたり」

 
温泉での仕返しを果たして、薔薇水晶は気絶した翠星石を見下し、ほくそ笑んだ。
ここまで予定どおりにコトが運ぶとは、当の彼女でさえ思っていなかったのだ。
いわゆる、嬉しい誤算だった。

 
 
――が、幸と不幸は、背中合わせ。
嬉しい誤算の後には、想定外の事態が、彼女を待ち構えていた。

 
バタバタバタっ!

 
いきなり、彼女の顔に、巨大なナニかが飛びかかってきたのである。
ライトを持っていたことで、呼び寄せてしまったのだろう。
それは――――およそ都会ではお目にかかれないほどの、巨大な蛾だった。

 
 
「いっ?! イヤぁぁぁぁぁぁ――っ!」

 
その叫びを最後に、薔薇水晶の意識も途絶えた。
 
 
 
結局、絶叫を聞きつけた面々が駆けつけ、助けられるまで、
二人はカマドウマと蛾にたかられたままだった。
人を呪わば穴ふたつ――
気を失っている娘たちを見て、誰もが、その諺の意味を噛みしめたのだった。

 
 
この件は、暫く彼女たちの『かゆうま』ならぬ『トラウマ』になったという。