※上記の広告は60日以上更新のないWIKIに表示されています。更新することで広告が下部へ移動します。




 「おとーさま」

ここには、私の欲しかったものが、すべて有った。
ふかふかのベッドも、美味しい食事も、愛情に満ちた温かい両親も。
けれど、育ちがよくない私は貪欲で、満ち足りるということを知らずに……
いつだって、あなたの広く逞しい背中に縋りつくため、なにかしらの口実を探していた。

 「どうしたんだい?」

そして、あなたは――
どんな時でも。たとえ仕事中であろうと、家事の途中だろうと。
私の呼びかけに振り返って、柔和に微笑み、膝に抱き上げてくれた。
いかにも職人らしい傷だらけの大きな手で、私の髪や頭を撫でてくれた。

私にとって至福と呼べるのは、お父さまに愛惜されることだけ。
かけがえのない愛情と温もりを独り占めにできる、その瞬間こそが、最高の幸せなのだ。

 「寂しそうな顔をしてるね。独りにして、悲しませてしまったのかな。ごめんよ」
 「……ううん。おとーさまがいるから、ばらしー、寂しくない」
 「そうか。でもね、本当に悲しいときは、我慢せずに泣いてもいいんだよ」
 「泣いたりしないもん」

あなたの前でだけは、そんな強がりを言えた。
独りぼっちは慣れっこだったのに……今では、独りで居ることが、とても怖い。
愛という概念を得てからの私は、すっかり臆病になってしまった。

お父さまが、私の脆弱さに気づいていなかったワケがない。
すべて承知で、強情を張る私を、温かく見守ってくれていたのね……いつでも。




10年という歳月は、長いようで、意外にも速やかに過ぎ去り――
私は今年で18歳になった。相変わらず、親離れできない甘えんぼのままで。
でもまあ、それは、お父さまにも言えることだけれど。
出逢った頃と変わらず、私を宝物のように、大切にしてくれている。

それは、幸せなこと。誰彼かまわず自慢して回りたいくらいに、嬉しいこと。
だのに……歓びとは裏腹に、最近、些細なことでも鬱ぎがちになっている。
私は、他人様に誇れるほど、アタマのいい女の子じゃあないけれど……
それでも、気持ちが沈む原因には、思い当たるモノがあった。




――ここのところ、お父さまは元気がない。
ふと見れば、いつだって遠い眼差しをして、どこか思い詰めた顔をしている。
工房に籠もっている時間も、以前に比べたら、かなり長くなって。
あなたと顔を合わせるたび、言葉を交わすたび、私の不安は駆り立てられる。

いつも、私の作る料理は残さず食べてくれるから、病気ではない……と思う。
仕事がはかばかしくなくて、気落ちしているだけなら、笑い話で済ませられるんだけど。

なんとかしてあげたい、とは思う。そして、もどかしさに唇を噛む。
家族なんだもの。遠慮しないで、私を頼ってくれたなら、喜んで手伝うのに。
お父さまは決して、弱さをさらけ出してくれない。
私は、そんなにも――アテにしてもらえないほど無力で、無能なの?



――日付の変わる頃、私は今夜も、ココロを込めて煎れた紅茶を工房に運ぶ。
上陸しつつある台風が、家の窓という窓を、喧しく叩いていた。

 「お父さま」

呼びかけると、この時だけは、お父さまも作業の手を止める。
普段どおりに振り返って、穏やかに口元を緩めた。「ありがとう。いつも、すまないね」
あまり、無理はしないで。そうお願いするのが、私の日課。
「していないよ」と、目尻を下げて答えるのが、あなたの日課。

 「……うん。いい香りだ」

言って、お父さまは深紅の液体を、ゆるゆると喉に流し込む。
幸せそうな顔。だけど、頬や目元には、明らかな窶れが刻まれている。
どうして、たかが人形作りに、そこまで没頭するの?
なぜ、死に急ぐみたいに、自分を虐げるの?

その想いを呑み込めば、ココロの中で、また――無力感が膨張してゆく。
私には……お父さまを止められない。窶れの元凶を、取り除いてあげることも。
この虚しさこそが、先に言った、私を鬱にさせる原因なのだ。

やるせない気持ちで、そっと目を伏せる。
私の目線は、作業台の隅に置かれたフォトスタンドに、吸い寄せられた。
小さな長方形の窓ごしに、ブロンドの美女が、笑いかけている。

――真紅。お父さまの師匠の娘で、私のお母さまでもあった人。
2人は同い年で、お父さまの方が、ぞっこん惚れていたって聞かされた。
彼女がイギリスに留学したときも、足繁く会いに行ってた……って。
物静かで、口数の少ない人だけれど、その実、一途で情熱的な求道者なのよね。



  彼の熱意に当てられたのね、きっと。
  クラッと眩暈がして、気づいたら恋に落ちていたのだわ――


――とは、在りし日の、お母さまの談。
彼女の大学卒業を待って、2人はめでたく結婚した。
22歳の仲睦まじい若夫婦を、誰もが羨み、祝福してくれたと言う。

お父さまたちは、この海辺の街に移り住んで、工房と直売の店舗を構えた。
堅実かつ聡明な真紅の助力で、2人の蜜月は順風満帆だった……らしい。
その頃のことは、伝え聞くばかりで、よく知らない。
2人の甘く幸せな生活に、私が加わったのは、それから程なくしての話だから。


打ち明けると、私は……お父さまたちの、本当の娘ではない。
別の街で路上生活をしていた孤児で、私が8歳のとき、養子として迎えられた。
本当の両親なんか、顔も憶えていない。当然、名前も付けてもらってない。
戸籍とか『なにそれ、美味しいの?』って、知識レベルでしかなかった。

その頃の私が持っていたのは、生き抜くための技能……スリングによる投石術だけ。
闇夜でも正確に石礫を当てるところから、仲間たちに付けられた綽名は、ノクトゥルネ。
標的を、ただの一撃で夢の世界に誘うから『夜想曲』とはね。
今にして思うと、背中がムズ痒くなって仕方がない。

それまでの私の人生は、言葉から想起されるような、清廉潔白な生き様じゃなかった。
食べるために盗みも働いたし、イタズラ目的で近づいてくる輩を半殺しにして、金品を奪いもした。
そういった悪行が原因で住処を追われ、この街まで逃れてきたのだ。


喩えるなら、道端の物陰に蹲って、絶えず周りを威嚇し続けているノラ猫。
身もココロも汚れきって、怯えながら、付け入る隙を窺うばかりの生活しか知らなかった、私。
あなたたちは、そんな私に、そっと手を差し伸べてくれた。過去や素性を、詮索もせずに。
『薔薇水晶』という、ステキな名前まで、プレゼントしてくれた。



初めて知った他人の温かさ。安心して眠りに就ける夜の心地よさ。飢えも渇きもない生活。
育ちの悪い私に対する、お母さまの躾や教育は厳しくて、反撥もしたけれど……
それでも、汚濁と屎尿の臭気に満ち満ちた橋の下に比べれば、ここは別天地だった。

1匹の動物にすぎなかった私は、2人の愛情によって洗い清められ、
1人の人間――ひとりの女の子として生まれ変われたのだ。


もちろん、幸せなことばかりじゃない。悲喜こもごも、様々なことがあった。
最も衝撃だったのは、ここに来てから2年が過ぎた日のこと。
ちょうど、今夜みたいな、台風の日だった。
強風に飛ばされた大きな看板から私を護るため、お母さまは、その身を楯にして――
風のように、舞台から去ってしまった。

おなかに宿っていた、新しい命――私の妹も連れて。




あの日から、もう8年。
彼女の急逝は、私たち残された者のココロに、一生かけても癒えないだろう深い傷を残した。
私も、お父さまも……今もって、この胸に埋めようのない空隙を抱え続けている。

葬儀の席で、穏やかに微笑むお母さまの遺影を見つめながら、私は懺悔し続けた。
すべて私のせい。嵐が来ているのに、私が外に出たりしたから。
きっと、あれは天罰だったに違いない。
私が働いてきた悪事の清算として、彼女と赤ちゃん、2つの命が支払われたのだ。
当時は、そうとしか考えられなかった。
……ううん。今も、そうとしか考えられないでいる。

  ごめんなさい、お父さま――
  ごめんなさい、お母さま――
  ごめんなさい、実体を持って産まれることなく消えてしまった、私の妹――

私が死ねばよかったの。私なんか、ここに来なければよかったの。
いっそ、どこかで野垂れ死んでさえいれば……。


お母さまが大地に抱かれ、二度と会えない世界に旅立った、その晩。
私の過去を、お父さまに話した。お母さまを死に追いやったことを謝った。
そして、こうも続けたよね。
さよなら。もう、迷惑かけられないから、出ていく――って。

直後、私は殴られていた。思いっ切り頬をひっぱたかれて、吹っ飛んでいた。
それが、お父さまに撲たれた、最初で最後の記憶。

これで終わり。楽しかった日々も、なにもかも、ぶち壊し。
頬の熱さと耳鳴りの中で、そう思っていたのに……
お父さまは跪いて、子供のように泣きじゃくりながら、私を力強く抱きしめた。

 「バカなことを言うな! どこにも行かせるものか。
  誰がなんと言おうと、きみは薔薇水晶だ。ぼくたちの大切な娘なんだ!」

普段は寡黙な、お父さまが……矢継ぎ早に迸らせた言葉の数々――
あの、肺腑を衝く叱責が、私を本当の意味で、薔薇水晶にしたのだと思う。
名無しの『夜想曲』ではなく、どこにでもいる、幸せな女の子に。


その日から――私は、もう泣かないと、お母さまと妹に誓った。
私まで悲しみ続けていたら、お父さまは、もっと辛くなってしまうから。
彼女たちの分まで愛して、支える。それが……生き残った私の使命だ。

愛用していたスリングを眼帯に作り替えて、私は自らの左眼を封印した。
強くあるための、おまじない。泣かないための自己暗示。
その奥に涙を押し込めて、私は、この8年を生きてきた。


 「おいしかったよ。ごちそうさま」

空になったティーカップが、差し出される。私は黙って、それを受け取る。
いつもならば、このまま引き上げていた。
でも、今夜は……そんな気分になれなくて。

 「お父さま」

作業に戻ろうとする背中に、そっと呼びかける。
そして、お父さまが振り返るより速く、大きな背中に身体を寄せた。
私の指を離れたティーカップが、床で砕けたけれど、キニシナイ。
がっしりとした肩に手を乗せ、広い背中に頬を擦りつけて……
シャツに滲みたお父さまの匂いを、胸いっぱいに吸い込んだ。

 「今夜はもう、お休みになって」
 「……薔薇水晶?」

明らかな戸惑いが、僅かな挙動から伝わってくる。
それを分かっていながら、私は喋ることを、やめようと思わなかった。

 「お父さまは、つかれている。私には分かるわ。私だから分かるの」
 「どうしたんだい? 今日はまた、随分と甘えんぼだね。
  ははぁん……さては、なにか欲しいものがあるのかな?」
 「茶化さないで」

普通に言ったつもりが、私の口調は、私自身でさえ戸惑うほど、強いものになっていた。
お父さまも、らしからぬ私の様子に驚いて、口を噤む。
黙りこくった私たちの間に、がたごと……。
雨と風が、ひっきりなしに揺らす窓の喧噪が、割り込もうとする。

私は、それらを――
ありとあらゆる邪魔者を排除したくて、背後から、お父さまを強く抱きしめた。

 「今、お父さまが作っている人形――」

両腕に、あらん限りの力を込める。
身体を密着させながら、私はあなたの肩越しに、作業台の上を覗き見た。
そこに横たわっているのは、ビスクで作られた、うら若い乙女のボディ。
膝まで届く金色のウィッグと、紺碧のグラスアイ。

 「それ……お母さまなんでしょ?」

見紛うはずもなかった。表情の一片に至るまで完璧に、お母さまを再現していた。
やはり、お父さまは稀代の天才人形師。でも、才能の使いかたを間違っている。
あなたの窶れは、仕事に疲れているからではない。
真紅の幻影に、今もって、憑かれているからだ。


それは、ある意味、私の望みだった。夫婦仲がよい家庭に、憧れていたから。
けれど……別の意味で、私が最も拒絶したい現実でもあった。
お父さまの愛情が、私以外に向けられることを、いつからか嫌悪するようになっていた。


  どうして――
  なぜ今更、お母さまの人形が必要なの?
  人形のお母さまを愛そうと言うの? ここにいる、私ではなく?


私は、フォトスタンドの中で微笑んでいる真紅を、横目に睨みつけた。
そして、ココロの中で、彼女をなじった。
……貴女は卑怯よ。
お父さまへの愛を、私と競い合うこともなく、勝ち逃げしてしまうなんて。
私、これから、どうすればいいの?

――解らない。考えれば考えるほど、煩悶はガン細胞のように増殖するばかりで。
アタマが、どうにかなってしまいそう。
ねえ、どうしたらいいの? 教えて……お母さま。

 「私では、ダメなの? 支えにも、慰めにもならない?」
 「……薔薇水晶」
 「私は、こんなにも…………お父さまのこと、誰より好きなのに」
 「よさないか、薔薇水晶」
 「イヤっ!」

私は激しく頭を振って、駄々をこねる。
でも、抱きしめていた腕は、大きな手によって、そっと引き剥がされた。

その手を振り解いて、私はまた、しっかりと抱きつく。
あなたの溜息が、私のココロを突き放そうとするように、長く尾を引いた。

 「僕だって……きみのことを、誰より大切に想っているさ」
 「娘としてだけ、でしょ? 私は、ささやかな愛情を求めてるんじゃない。
  人形のように愛でられるのを待っているだけなんて、イヤ!
  一方通行の愛じゃなくて、1人の女の子として、愛して欲しいの」

お母さまに――真紅に勝ちたい。私は、激情に胸を焦がした。
死んだ人間には勝てないかも知れないけれど、それでも。
棄権したら、なにも掴めないまま、道端で冷たくなるだけ。
路上生活者だった頃の経験則で、イヤと言うほど、それを知っていたから。

 「お母さまの代わりになんか、なれないし、なるつもりもない。
  だけど、これ以上、家族ゴッコを続けるのは、もうイヤなの!
  娘としてじゃなく、女として、あなたと幸せな家庭を築きた――」

私の告白は、突然に遮られた。
お父さまが、弾かれたように椅子を立ったから。
そして、驚き、後ずさった私に、あなたは容赦なく平手を振り下ろした。

左の頬が痺れ、少し遅れて、じわりと熱を帯びてきた。
撲たれた拍子にはずれた眼帯が、ぽとり……と、足元に転がった。
2度目の殴打。それは私に、二度と泣かないという誓いを破らせた。
8年もの間、ずっと溜めてきた涙が、奔流となって瞼から溢れてくる。

滲んだ世界の向こうで、お父さまは、苦渋に満ちた顔をしていた。
そして、気まずさに耐えかねたように、私から顔を逸らして――
お母さまのフォトスタンドを、手にとった。


写真に注がれた悲しげな目が、問いかけていた。
きみだったら、こんなとき、どう諭すのだろうか……と。
私は、打ちひしがれた。あなたは今も、お母さまを想い続け、頼りにしている。
この8年、一緒に暮らしてきた私ではなく、既に過去の人である真紅を――

いたたまれなかった。本音をぶつけた私から、瞳を逸らさないで欲しかった。
恥ずかしさと、悔しさと、胸が張り裂けるほどの悲しさと。
すべてが綯い交ぜになった感情を抑えきれず、私は踵を返して、その場を逃げ出した。
そうするより他に、自分を保っていられる自信がなかったから。

着の身着のまま、家を出た。その途端、痛いほどの豪雨に、肌を打たれた。
玄関先で、私は一度だけ、歩みを止めた。
でも、あなたは追いかけて来てくれなくて――

 「さよなら……お父さま」

涙を溢れるに任せて、私は深夜の街を駆け抜けた。
もう二度と、ここには戻らないつもりで。



だけど、どこに行けばいいのか? 私は土砂降りの雨の中、立ち尽くした。
生きてゆくには、先立つモノが必要だ。
お金……ワケありの女が、手っ取り早く、かつ確実に稼ぐとなると……
やっぱり、女であることを最大限に利用して、春をひさぐしかない。
そういう店なら、当面の住処も世話してくれるだろう。

私は、そんな生き方をする星のもとに、生まれついたのかな。
顔も知らない実の母親も、案外、娼婦だったのかも知れない。
客と商売女の、ゆきずりの関係でできた娘――それが、私?


仮定にすぎないけれど、その発想は妙に、しっくりと胸に落ち着いた。
それによって、ネガティブな思考が、ドミノ倒しになって押し寄せてきた。

そう。私は望まれずに産まれ、厄介払いされたに違いない。
誰にとっても、私なんか必要ではなかったのだ。
お父さまたちだって……捨てネコでも拾う感覚で、私を保護したのだろう。


いっそ、本当にネコとして産まれていたなら、よかったのに。
そうしたら、まだ幸せでいられたかも知れない。
仕事中は、お父さまの膝の上に、丸くなっていられるし。
夜は、あなたと同じベッドで眠れるから。


 「……馬鹿みたい。もう戻らないって、決めたのに」

吹き荒れる雨風の中で、私は弱音と溜息を混ぜ合わせて、宙に投げ捨てた。
その未練の塊は、もみくちゃにされ、跡形もなく散っていった。

もう帰れない。だけど、新しい生活を探すことも億劫で。
私の足は、海へ――港の防波堤へと、向かっていた。
遠目にも、激しく波が砕け、飛沫の散る様子が見て取れる。

 「……あはっ。いいこと思い付いちゃった。
  お母さま……今から、そっち行くね。そうしたら、勝負しましょう。
  私は貴女に勝ってみせる。必ず勝って、生まれ変わるの。そして――」

今度こそ、愛する人の隣りで、愛されながら暮らすのだ。




防波堤に近づくのは、意外に大変だった。
吹きっさらしの暴風が、華奢な私を、押し戻そうとする。
横殴りの雨と、海水の飛沫に顔を打たれて、目を開けるのも辛い。

けれども、その程度で、私を止めることなどできない。
どうせなら、もっと荒れ狂うがいい。私は胸裡で嘲笑ってすらいた。
最後まで波瀾万丈。なんとまあ、私に相応しい幕引きだろう。

 「すべて洗い流して。私の生きた証も、この身に染みついた咎も」


防波堤の先端までゆく間に、何度か、打ち寄せた波に足を取られて、転んだ。
服と言わず髪と言わず、全身びしょびしょ。打ち身と擦り傷が、痛い。
その上、絶え間なく吹きつける海風に、体温を奪われ続けていた。
足元を洗う波の方が、むしろ温かく感じられる。

 「もっと、早く……こうすればよかった」

それが、ココロに浮かぶ、偽りない心境。私は10年前に、こうすべきだったのだ。
あなたたち夫婦と、巡り会ってしまう前に。
そうしたら、お母さま――真紅は、この世を去らずに済んだ。
妹は無事に産まれ、あなたは愛する妻子と一緒に、今も笑顔でいただろう。

 「ごめんなさい」


償いの言葉を口にして、私は暗くうねる海へと、この身を投げ出した。