『アヤシイウワサ』
「あそこ、出るんだってよ? 実際に、見た生徒が居るらしい」
「やっぱり? なんだか気持ち悪いもんね、あの場所」
「しょーもない話だって、笑うかも知れないけどさ」
「いやいや……マジやばいんだって」
ウソの様な、ホントの様な――――
「わたしも友達と、一緒に見たんだから。木から木へ飛び移る、黒い影を……」
「サルか何かを見間違えたんじゃないの?」
この薔薇学園には、最近になって怪しい噂が流布し始めていた。
レリーフの顔が笑ったとか、土の中からゾンビが出たとか。他にも、プールで……。
はっきり言えば、学校の怪談チックな馬鹿馬鹿しい内容だが、やけに真実味を帯びていた。
「最近、学園内で持ちきりの噂話を知ってる?」
蒼星石が徐に語りだしたのは、翠星石と二人で中庭のガーデニングをしていた時の事だった。
ともすればスキャンダラスな印象を与えかねない言い方だが、色恋沙汰は感じられなかった。
翠星石は怪訝な表情で、楽しそうに話す妹を見つめた。
「知らないですよ。噂なんか興味ないです」
「でも、なかなか面白そうな話なんだよ?」
のほほん……と言った蒼星石の顔には、悪戯っぽい雰囲気が感じられた。
話なんて家に帰って聞けばいい。どうせ、怪談話だろう。私が怖がりなのを知ってるクセに。
翠星石は顔を逸らして、手元に意識を集中させた。
「聞くだけ時間の無駄です。早く終わらせて、帰るですよ」
「やれやれ……ちょっと怖い話をしてあげようと思ったのになぁ」
「そんな話をして、どうするつもりです?」
「ちょっと肌寒かったから、抱き付いてもらおうかなぁって」
やっぱり、そういう魂胆だったか。翠星石は溜息を吐いた。
蒼星石の考えそうな事ぐらい、簡単に察しが付く。
「バカですか、蒼星石は。寒いなら、片付けを済ませて早く帰るです」
「はいはい。じゃあ、帰ってから抱き付いてもらうからね」
軽口を叩きながら、道具を片付けようと二人が小屋に入った途端、扉が閉まった。
「えっ?! ちょっ……蒼星石、悪ふざけは止めるですぅっ!」
「ボクじゃないよ。勝手に閉まったんだ。いま開けるから……」
右も左も判らない暗黒。翠星石は、おずおずと両手を前に伸ばした。
その指が、生暖かい何かに触れる。これは…………髪?
触った感じ、丸みを帯びた形状から、人の頭部だと察しが付いた。
「ここに居たですか。よかったぁ」
「え? 何のこと?」
蒼星石の声は、左から聞こえた。正面ではなく――
じゃあ、いま触っている、この頭は誰……の?
――――ぺろり。
翠星石の指を、誰かが舐めた。
「ンまぁーい」
「うぉわひぇえぇ――――っ!!」
奇声を発しながらも、翠星石は何者かの頭部を両手で掴み、膝蹴りをかました。
「ぶっ! ちょっと……待ったぁ」
「は?」
「今の……って」
なにやら聞き慣れた声だと思った矢先、小屋の扉を蒼星石が開けた。
翠星石が手にしていたのは、鼻血を垂れ流した薔薇水晶の頭だった。
「翠ちゃん…………ヒドイ」
「なにがヒドイ……ですかっ! 大体、なんでこんな所にいやがったです」
「忍びの修行…………通信教育で」
はぁ? 翠星石と、蒼星石の声が重なった。なんで、そんな修行を?
そもそも、通信教育って――
「これ……」
と、やおらパンフを取り出す薔薇水晶。
なるほど、確かに『忍者養成』通信修行講座と書いてある。
こんな講座があるなど、誰が知っているだろう。
パンフを見ると、内容はかなり濃いものだった。意外に本格的かも。
「つまり……最近の怪しい噂は、みんな薔薇しぃの仕業だったんだね」
人気のない所で、枝から枝へと飛び移ったり……。
花壇で土遁の術を試していたり……。
プールで水遁の術を練習してたり……。
「結局、薔薇しぃは、こんな修行してナニがしたかったですか?」
「精神修養だとか?」
薔薇水晶は頬を朱に染めて、フルフルと頚を振った。
「銀ちゃんの、ぼでぃーがーど♪ いつも一緒」
絶句する翠星石と、蒼星石。
暫しの沈黙。そして――
「……帰ろっか、姉さん」
「そうですね。お腹もすいたですぅ」
連れ立って小屋を出ようとする二人を、薔薇水晶の腕が繋ぎ止めた。
「秘密を……知られたからには…………」
二人は悲鳴をあげる暇もなく小屋に引きずり込まれ、バタンと扉が閉ざされた。
この後、学園のアヤシイウワサに『人喰い小屋』なる話が加わったそうな。
一日一投ムチャ修行のSS。質の劣化は甚だしい。