※上記の広告は60日以上更新のないWIKIに表示されています。更新することで広告が下部へ移動します。

 
 
いつもながらに、思うことがある。
浴衣が似合う女の子というのは、どうして、こうも後ろ姿が色っぽいんだろう。
ウチワを片手に少し前を歩く彼女が、艶やかに写る。それは決して、僕の贔屓目じゃない。

 
 
 

駅ビル前に広がるロータリーから、JRの線路と平行して伸びる、細い道路。
両側を、昔ながらの風情を残す商店街が軒を連ねる場所に、僕らは居た。
これでも、れっきとした県道だ。車の往来も、けっこう激しかったりする。

 
でも、午後6時を過ぎて、車が撒き散らす騒音は、別の喧噪に取って代わられつつあった。
歩行者天国になるや、待ちかねたとばかりに、どこからか人が溢れてきたからだ。
すぐに路上は混雑の坩堝と化して、僕たちは自然と、身を寄せ合った。

 
 「すごいな」

 
それが、僕の率直な感想。他には言葉が出てこない。
隣を歩く彼女も「そうねぇ」と、はだけた浴衣の襟元を、ウチワで扇いだ。
行き交う人の流れは、牛の歩みかと思うほどに緩慢そのもので。
人いきれと、焼けたアスファルトから放たれる熱気に、否応もなく汗が滲んでくる。

 
これだから、ごった返すところって、あんまり好きになれないんだよ。
口の中で転がした呟きを、しっかり聞かれていたらしく、彼女が噴きだした。
周りの喧しさに紛れるだろうと、高を括ってたんだけど……甘かったか。

 
 「相変わらずねぇ。来たばっかりで、もう帰るなんて言っちゃ嫌よ」
 「……言わないって。そこまで無粋じゃないつもりだし」
 「そうそう。一年に一度のことだものぉ。楽しまなきゃ!」

 
だよな。そう切り返して、僕は残照が彩る、始まったばかりの夜空を仰ぎ見た。
 
 
商店街のアーケードは、色とりどりの照明と、煌びやかな装飾で満ち溢れている。
簾みたいな飾り物は長く垂れ下がって、ちょっと腕を伸ばせば、楽に触れるほどだ。
それらが一斉に、夜風になびくと、ざあぁ……ざあぁ……。
押し寄せるさざめきが耳に流れ込んできて、僕の胸裡に、水が砕ける様を彷彿させた。

 
 「ああ、そうか」

 
僕の呟きを、彼女は今度もまた、聞き取っていた。「なんのこと?」
どんだけ地獄耳なんだよ、こいつ。これじゃあ、迂闊なこと喋れやしない。
内心、舌を巻きながら、僕はなに食わぬ顔で頭上を指さした。

 
 「この大きな吹き流しみたいなヤツさ、なんのために飾られてるか、知ってる?」
 「えぇ? なんのためって……うーん。そんなこと、考えてもみなかったわぁ」
 「僕もだよ。いま、なんとなく思いついたんだ」

 
彼女は相も変わらず、僕がナニを言いたいのか、掴みかねている様子だ。
頬に手を当てて、小首を傾げ、眉で八の字を描いている。
そんな彼女を、ニヤニヤしながら眺めていたら――

 
 「もぉ……焦らさないで。イジワルぅ」
 「ごめんごめん。別に、困らせるつもりじゃなかったんだって」

 
彼女の拗ねた顔が、意外に可愛らしく見えたのは、どうしてだろう。
『夜目遠目笠の内』ってヤツかな? それとも、僕は、まさか――

 
意識すると、なんだか急に、目を合わせるのも気恥ずかしくなって。
僕は、周りの景色を眺めるフリをして、彼女から顔を逸らした。

 
 「もしかしたら、天の川を模してるんじゃないかな」
 
 
――今宵は、七夕。
天の川に隔てられた恋人たちが、一年に一度だけ、逢うことを許される日だ。

 
 「風に揺れる音を聞いてたら、なんか、水の流れがアタマに浮かんでさ」
 「あぁ……そう言われてみると」

 
彼女は周囲の混み具合も憚らず、足を止めて、瞼を閉じた。
この場所に氾濫するすべての物音に、じっと耳を傾けている。

 
そんな彼女を、僕は傍らで、じっと観察して。
そんな僕らを、人々は右に左に、避けてゆく。
なんだか、川の中にポツンと突き出した石の気分だ。

 
 「いいかもぉ」

 
いきなり、彼女が口を開いた。
本当に、突然のことで、僕は対応しきれずに。「なにが?」
訊ねたマヌケな声は、彼女の「もう!」という切り返しに、掻き消された。

 
 「川のせせらぎってイメージが、よ」
 「あ……そっちか。でもさ、我ながら、こじつけが過ぎるなって感じだけど」
 「風流で、ステキだと思うわ。それに、私――」

 
彼女は言いかけて、意味ありげな間を置いた。
そして、くるり……と。続けられるだろう言葉を待つ僕に、背を向けた。

 
 「――ううん。やっぱり、いいわぁ」
 「はあ? なんだよ、拍子抜けするなぁ。言えよ」
 

しつこく訊いても、彼女は「なんでもなぁい」「教えなぁい」「やぁよ」と、のらりくらり。
結局、僕のほうが根負けした。

 
 「もういいよ。それより、ここじゃ通行の邪魔になってるし、行こう」
 「ええ。あ……待ってぇ。香ばしい匂いがするぅ」

 
言われて、鼻をヒクつかせると――なるほど、旨そうな匂いが。
見れば、歩行者天国の両脇に、露店が点在している。
テントに吊された電球の周りを、小さな甲虫が、うるさく飛び回っていた。

 
 「なんか買って食べようか」

 
温い風に運ばれてくる、焦げたソースの匂いに触発されて、僕は切り出した。
元から、そのつもりだったから、夕飯は食べてきてない。
いい加減、僕のほうが空腹に堪えかねていた。

 
 「えっとぉ~、そうねぇ」

 
彼女は立ち止まって、きょときょと……。
めぼしい店がなかったようで、力なく、頭を振った。

 
 「まだ、いいわぁ。もう少し見て回りましょう」

 
言って、彼女は僕の隣に並んで、馴れ馴れしく肩を寄せてくる。
「よせよ、暑っ苦しい」と押し返すけれど、なに食わぬ顔で、僕の手を握った。

 
 「つれないこと言っちゃ嫌ぁよ。こうして歩くの、久しぶりなんだもの」
 「……ったく、しょうがないな」
 
彼女の言うように、2人で七夕の夜祭り見物をするのは、ひさしぶりだった。
子供の時分には、毎年のように、一緒に来てたっていうのに。
いつからだろう? それを当たり前だと、思えなくなり始めたのは。

 
ある事件がキッカケで、僕が不登校になった頃から……かな。
ほんの些細な亀裂は、いつの間にか、飛び越えるには広くて深い谷になってたのかも知れない。
近くにいるから、ココロの距離も変わらないと――甘ったれた僕を嘲笑いながら。

 
 「じゃあ、適当に、露店を冷やかして回るか」

 
ひとまず、辛気くさい考えごとは中断。童心に帰って、祭りの夜を愉しむとしよう。
僕の誘いに、彼女も満面の笑みで応えてくれた。

 
 
露店は、食べ物関連がほとんどだった。
たこ焼き、●●風お好み焼き、焼きそば、カキ氷、あんず飴、チョコバナナ……
ああ、綿菓子に、焼きもろこしもあるんだな。とにかく枚挙に暇がない。

 
彼女はと言えば、喧噪から離れた路肩の縁石に座って、綿菓子を食べていた。
上品に指でちぎっては、もくもくと口に運んでいる。
でも、そんなしたら指がベタベタになるだろうに……思慮が足りないから困る。

 
僕は、手にしたウチワで彼女を扇いであげながら、その仕種を眺めていた。
なにげなく見た彼女の首筋は、うっすらと汗ばんで、祭りの灯りを映している。
あまりの艶やかさと、襟元から見え隠れする胸の質量に……思わず、生唾を呑んだ。
こいつ、意外に胸でかい――じゃなくて! ナニ考えてるんだ、僕は。

 
僕の様子に気づいた彼女は、ナニを勘違いしたのか。「食べたいの?」
やおら、綿菓子を一口サイズにちぎって、僕の唇に当ててきた。
 

なんだって押しつけがましいことするかな、こいつは。
これじゃ、口を開かないワケにいかない。でも、素直に食べてやるのは面白くない。
ちょっとの悪戯心と、せめてもの意趣返しに、彼女の指ごと、ぱっくり銜えてやった。
彼女は可愛らしい悲鳴を上げて、手を引っ込めた。

 
 「もぅ! なんてことするのぉ」
 「おいおい、涙目になるほどのコトか?」
 「だってぇ……こんなの初めてで。ビックリしちゃったんだもの」

 
まさか、こんなにも怯えるだなんて……。正直、予想外だった。
こいつのこと、よく知ってるつもりだったけど――所詮は驕りか、独りよがりか。

 
 「悪かった。ごめん」

 
彼女は、眦に溜まった雫を指で拭って、気丈に笑みを浮かべてくれた。

 
 「いいわよ、もう。それより、あれ見て」
 「え? なに?」

 
彼女が指さす先には、鈴なりの短冊にしなった竹が立てられている。
どうやら、自由に短冊を吊していいコーナーらしい。
そばに置かれたテーブルには、サインペンと短冊が、ブリキ缶に収められていた。

 
 「私たちも、記念に書いていかない?」
 「やだよ。だいたい、あんなの書いて喜ぶのは、小学生までだろ」
 「んもぉー、イケズぅ」

 
――と、拗ねてみたのも刹那、彼女は柔らかい笑顔に戻って、僕を見た。
 
 「だけど、こういうのも愉しいね。また来年も、一緒に来られたらいいなぁ」
 「はぁ? なに言ってんだよ、バカ。僕はイヤだね。お断りだ」

 
冗談じゃない。僕は即座に、遠慮会釈なしに、すげなく突き返した。
「なにが悲しくて、毎年毎年、お前と七夕見物しなきゃならないんだよ。
 来年こそは、カノジョ作って見にくる予定だってのに」

 
言って、僕は彼女に背を向け、歩きだす。

 
 「え? あ……どこ行くのよぅ」
 「気が変わった。短冊、書いてくる」
 「待って待ってぇ。じゃあ、私もぉ」

 
そして僕らは、短冊に願いを書き綴った。なんてことない、ささやかな願望を。

 
 「ねぇ、なにをお願いしたの?」
 「そっちこそ、なに書いたんだよ」

 
枝垂れた竹に短冊を結わえ付けながら、お互いの手元を覗き込むと――

 
 
  【姉ちゃんが、いいヤツと出逢えますように】
  【ジュン君に、可愛いカノジョさんを紹介してあげてくださいっ】

 
 
こんなとき、やっぱり姉弟なんだなって痛感する。まったくもって、バカげてる。
でも、僕らが交わした自嘲は、いつしか自然な笑みに変わって……。

 
星合――か。来年の今頃は、それぞれの運命の星に、巡り会えているんだろうか。
空を仰ぎ、そうであれと願う僕らの上を、一陣の夜風が吹き過ぎてゆく。
それは、川のせせらぎのように――なにかが始まりそうな予感を、もたらしてくれた。
 
 


七夕ネタ。じゃれ合う姉弟の図、というのを書きたかった。