※上記の広告は60日以上更新のないWIKIに表示されています。更新することで広告が下部へ移動します。



(なんで、こんなコトしてるのかな――)


もう何度目かなんて分からないほど繰り返した文句を、飽きもせず胸裡で呟く。
おそらく、ひきつっているだろう笑顔を、辺り構わず振りまきながら。


(あのとき、キッパリ断ってさえいれば――)


そうしたら、こんな恥辱にまみれた格好で、こんな場所に立ってやしなかった。
段ボールに手書きの粗末な看板を高々と掲げて、喉を枯らしたりしてなかったのに。
本当に、本当に、自分の安請け合いが悔やまれてならない。

「どうぞー! お気軽に見ていってくださいねー!」

もう半ば自棄。
乾ききって掠れた声で、誰彼なしに呼びかけ続けて、もう何時間が過ぎたのか……。
それなのに、前を行き過ぎる人々の視線が、いまだ気になって仕方がなかった。

ある人は、気まずそうに俯きながら、こちらをチラチラと横目に盗み見る。
かと思えば、臆面もなく、文字どおり舐めるように眺め回していく人もいる。
いずれにしても、視線を向けられる度に、おしりから背中にかけてがモゾモゾして落ち着かなかった。


場違いだ、と思う。つくづく。
往来する人々と自分の温度差と言うか、すべてにおいてギャップが有りすぎる。
彼らは実に熱心だ。辛抱強く、目的の完遂ただそれだけのために行動しているのが解る。
どんな苦痛にも、へこたれない。脇目も振らず、我が道を行くのみだ。

季節は、夏真っ盛りの八月半ば。
海に面していながら、会場の中は風の動きが緩く、蒸し風呂の様相を呈している。
こんな過酷な世界でも、滑るように行き来する彼らを見ていて、思った。
ある意味、宗教的な儀式。山伏などの苦行僧にも似た、鬼気迫る空気だな、と。

まあ……ミもフタもない表現をしてしまうと、暑苦しいの一言に尽きるけれど。
夢中になっている人の群というのは、往々にして、そういうモノなのだろうね。


「ほーらぁ、なに辛気くさい顔しちゃってるのー。スマイルスマイル~」

ついつい人間観察に没頭していたところに飛んできた、気安い注意。
振り向けば、カジュアルな出で立ちのクライアントが、ウインクしながら微笑んでいた。

「慣れないことばかりで、疲れちゃった?」
「いえ……そんな」

慌てて言葉を濁したけれど、我ながら嘘くさい。
そして当然ながら、彼女は、こちらの動揺をバッチリ見抜いている風だった。

「まっ、しょうがないよねー。独特の空気だし、汗ビッショリになるほど暑いし。
 そこにきて、蒼星石ちゃんはコミケ初めてだものね。いろいろ戸惑うのも無理ないって」
「……すみません。ボク、お役に立ってないですか」
「こらこら、そこでまた気落ちしなーいのっ」

言うと、彼女はボクの手から段ボールの看板を取りあげつつ、
「そろそろ交代しよっか」と、意外に強い腕力で、背中を押してくる。

「それぞれの値札はタグに書いてあるから、ちゃんと確認してね」

有無を言う暇さえ与えられず、売り子の席へと追い立てられる。
しかし本音を言えば、立ち疲れて足の裏も痛かったし、座れるのは嬉しかった。
あと少しのワガママが許されるなら、掠れた喉に潤いを求めたいところだけど。

「あ、そっちのミニクーラーにジュース冷えてるから。水分補給しておいて」
「用意がいいんですね。さすがだな」

なんとまあ、こちらの思考を読んだかのようなタイミング。
ボクを見て不敵に笑う雇用主の女性は、いかにも百戦錬磨の兵といった風情だ。
まったく……思えば、今朝から驚かされることばかりだね。

「それじゃあ遠慮なく、いただきます」

一応の断りを入れて、ミニクーラーを開けると、そこには――
「ドクターペッパーだけ?」

まいった。ボクは、この薬品チックな風味が、大の苦手だ。
フリークの談によれば、昔よりフレーバーがマイルドになって物足りないらしいけれど、本当かな?

ちなみに、そのフリークというのは他でもない、我が家の元治おじいさん。

「これさえあれば、あと十年は戦えるよ。わははは!」

なんて言って、頻繁にダース買いしてはいるんだけど、
「マズイ~。ゲフゥー。わははは、もう一杯じゃ~!」
とか戯けて、すぐ飲み切ってしまうんだよね、これが。

いや、飲むのは一向に構わないんだけどね……。
いつも聞こえよがしにゲップするのは、やめて欲しい。


「あの、みっちゃんさん。これ」
「んー? あぁ、もしかして、別のがよかった?」

もしかしなくても、別の銘柄を選びたい。
できれば炭酸じゃなくて、レモン水とかお茶みたいに、サラッとした喉越しの飲み物を。
と言って、こんなに広い会場ホールの人混みの中を、自販機まで一人で移動するのは気が引ける。

ボクらが陣取っているのは、『島』と呼ばれるポジションの、ちょうど中間だった。
通称『島中』というらしい。今日になって、初めて学んだ単語だ。
困ったことに、ここからホール外の自販機コーナーまでは、ちょっとばかり距離がある。

しかも、この蒸し暑さだ。誰もが喉の渇きを覚えるに違いない。
苦労して辿り着いたのに、すべて売り切れという可能性も、十二分に有り得た。
更に言えば、いま現在のボクの格好――これが少々……いや、かなり難アリで。

「どうしても嫌だったら、自販機で買ってくるしかないんだけどー」
「いえ、いいです。これで」

今更とは言え、この姿を衆目に晒す恥辱に比べれば、ドクターペッパーの風味ぐらい我慢できるさ。
ボクは冷え冷えの缶を手に取ってタブを開け、ぐびりと呷った。
渇ききった喉に、炭酸がチリチリと痛い。けれど、何故だろう。それほど悪くなかった。

「……美味しいなぁ。やっと人心地つけた感じ」

独りごちたところに、みっちゃんの微笑が重なる。

「喉カラカラだったから、癒されるでしょ。熱心に呼びかけてくれてたものねー」
「それは、まあ。手伝いにきてるんだもの、きちんと働かないと」

ボクの答えに、みっちゃんは「ふぅん」と涼しげに瞼を細めた。 
「蒼星石ちゃんは、真面目キャラなんだねー。ただ、ちょっと浮いてる感じかな。
 なんだかねー、大都会のオフィス街に、カワセミがポツンといるみたい」

それから一転して、「ねね、コミケの雰囲気って、どう? 楽しめてる?」と。
みっちゃんは興味深げに瞳を輝かせながら、訊ねてきた。

「どうと言われても……うーん」

目まぐるしい会話のペースに翻弄されつつ、顎に指を当てて考える。さて、どう答えたものか。
ちょっと思案したけれど、嘘も方便なんて打算は嫌いなので、素直な感想を口にした。

「居心地は、お世辞にもよくないです。元々、大勢で馴れ合うのって好きじゃなくて」
「なーるほどー。学校行事なんかも、積極的には参加しないほう?」
「まあ、そうかな。でも、学校ではクラス委員長ですよ。推薦と投票で決められちゃったんだけど」
「ふむふむ……なんとな~く、普段の蒼星石ちゃんが想像できるわぁ。
 物静かで、秀才肌なクールビューティーで、孤高の一匹狼っぽいタイプなんだねー。
 自分からは気安い交流を求めないけれど、他人から話しかけられるのを期待してたりしない?
 どうよ? 当たらずも遠からずでしょー」

こんなところで、プロファイリングの真似事をされても困る。
そもそも、今日が初対面なのに、なぜこうも馴れ馴れしく振る舞えるんだろう。
感情が露骨に表れないよう注意しながら、ボクは強引に話題を変えた。

「この格好も不自然で、落ち着かないんですけど。さっきから、胸がキリキリ痛みっぱなしで」
「そこはそれ、看板娘は目立ってナンボだから。だーいじょうぶ。よく似合ってるわよ」
「いや……そういう問題じゃなくて」
「まっま、コスプレはねー、慣れない内は、心理的な抵抗や葛藤があると思うわ。
 でも、一線を越えちゃうとね、注目を浴びるのが気持ちよくなってくるんだなー、これが」

それって単純に、羞恥と愉悦を取り違えているだけなのでは?
もしくは、些細な変身願望が充足されたことに、悦楽のイメージを重ねているとか。
まあ……なにはどうあれ、ボクには理解できないだろうし、する気もないけれど。

「だからね、蒼星石ちゃんも、もっと弾けてみない?」
「これっきりです、コスプレなんて」
「えー? 勿体ないよ。蒼星石ちゃん、割とスタイルいいし、結構イケると思うけどなー」
「普通の服でいいですよ、ボクは。こんな――」

そこで言葉を切って、ボクは自分の身なりに眼を落とした。
ボディコンとは、ちょっと違う。レオタードとボンデージを足して、2で割ったような……
やたらとボディラインがむっちりぴっちり強調される衣装だ。トップやウエストの辺りが、特に。

下世話な表現をするならば、『扇情的な、やらしい格好』そのもの。
水着とは似て否なる物と言って、差し支えない。見れば見るほど、顔から火が出そうだ。

「だいたい、このコスチュームって、なんなんですか」
「草薙素子のコスプレよ。攻殻機動隊、知らない? 映画やアニメにもなったんだけど。
 いやー、射命丸とか小傘コスも捨てがたかったんだけどねー、うんうん」
「……話についていけないんですけど。マンガは、あまり読まないもので」
「そーお? ああ、同人誌でよければサンプル画像あるけど、読む?」
「興味ないです」
「素っ気ないなぁ……。蒼星石ちゃんは、真面目キャラなんだねー」

なんとなく、会話が振りだしに戻った気がする。
でも、そんなことは祖父母との老人的会話で慣れっこだった。
お年寄りは同じ話題をよく繰り返すので、聞き役に徹していると、根気が培われるのだ。

さて、気を取り直して、仕事仕事。ボクの意地にかけて、売り子としての務めは完遂してみせよう。


おしゃべりの時間は、それっきり。来客の対応に忙殺され、それどころではなかったからだ。
みっちゃんが運営するサークルは、密かに人気があるらしく、客足の絶える暇がない。
慣れない物販業務ということもあり、きりきり舞いさせられたよ、ホント。

「そう言えば、この同人誌って全部、みっちゃんさんが描いたんですか?」
「いやー、本音を言えば、私だけのスペースを創りたいんだけどー。
 専業じゃないからね、さすがに全部は無理だわ。んー、ちょうど半分ね」
「え? じゃあ、もう半分は誰の――」
「蒼星石ちゃんを紹介してくれた娘よ」

は? ボクの喉から、間抜けな声が漏れた。
同人誌を描いてた? あの、お嬢さま然とした彼女が? とても想像できない。

「ペンネーム『ゆっきー』っていうのが、きらきーちゃんの本なんだけどー」

該当する一冊を、手に取ってみた。
表紙はカラー印刷。肝心の絵も、ものすごく巧い。
市販のコミック本とは比較にならない薄さだけど、ちゃんと製本されてて本格的だ。
よもや彼女が、こんな趣味と特技を持っていただなんて――

「驚いたな……ちっとも知らなかった」
「まあ、誰しもヒミツのひとつやふたつ、あるものよ。どんなに親しくてもね」

確かに。ましてや、ボクと彼女は、ヒミツを共有できるほど親密じゃなかったし。
でも、今回のことで、ちょっと雪華綺晶という一個の人間に興味が沸いてきた。
次に逢ったときは、もう少しだけ言葉を交換し合ってみよう。そこからまた、新たなヒミツを見つけられるかも。
漠然とした期待ながら、胸が躍った。

そこそこに品物も捌けて、元々閑散としていたテーブルの上が、更に寂しくなってきた。
もう少しで完売しそうだ。この感じならば、充分に役目を果たせたんじゃないかな。
眼に見える成果を前にして、肩に掛かっていた重圧が、やっと軽くなった気がする。


少しの待ち時間に、相も変わらず絶讃混雑中の会場内を見渡しながら、思う。
もしも雪華綺晶が話を持ちかけてくれなかったなら、こんな体験できなかったんだよね。
その一点だけは――今日の日記のネタを提供してくれたコトだけは、感謝してもいい。

しかしながら、同時に赦し難かった。彼女の詐欺まがいの所行だけは、絶対に。
そう。本来ならば、今このパイプ椅子に座っているのは、ボクじゃなかった。


   ★

「あらまあ、奇遇ですこと」

同じ高校に通う雪華綺晶が、そう切り出してきたのは、夏休みに入って間もない頃。
虫さされの塗り薬を買いに寄ったドラッグストアで、偶然にも鉢合わせたときだ。
少しだけ額に汗の浮かんだ顔に、穏やかにして艶やかな笑みを作り、彼女は切り出した。

「今夜にでも、電話しようと思っていましたのよ。折り入って頼みがありまして」
「珍しいね、キミが頼み事だなんて」
「あら、そうでしょうか?」
「少なくとも、ボクだけに、というのはね。姉さんや他の娘になら、まだしも」
「蒼星石さんの、気のせいではなくて?」

さも心外そうな声。ちょこんと小首を傾げた様子にも、仄かな困惑が見て取れた。
雪華綺晶としては、他の娘たちと同じようにボクと接している“つもり”なのだろう。
だけど実際のところ、意識しない仕種にこそ、本音はしゃしゃり出てくる。
彼女がボクに対して、付き合いにくさを感じているのは、なんとなく判っていた。

「それで――」
居心地の悪さを感じて、ボクのほうから水を向けた。「頼みって、なに」

それほど親しくはなくても、知人が困っているなら、助けてあげるに吝かでない。
ただし、それはボクにできる範疇でのこと。
借金の連帯保証人になってと泣きつかれたって、一介の女子高生には無理な話だ。

「そう身構えないでくださいな。難しいことでは、ありませんから」

ほんの僅かな受け答えから、こちらの困惑を鋭く察したのだろう。
雪華綺晶は如才なく、さらりと続けた。「お仕事を、手伝って欲しいだけです」

「誰の仕事を?」
「私の」
「みんなで?」
「いいえ。貴女だけで」

ボクだけで、というのが引っかかる。ますますもって奇妙だ。
姉さんたちには、もう断られた後なんだろうか。訊くと、雪華綺晶は違うと即答した。

「どうして、ボクなのさ?」
「向き不向きの問題と、申しておきましょう。貴女が適任なのです」

それは、喜んでもいいことなの? それとも、よくないことなのかな?
ここでスッパリと断ってさえいれば、なんの後腐れもなかったのに……
珍しくボクを頼ってきた雪華綺晶を無下に振り払えなくて、返答に窮してしまった。
彼女の仕事とやらに、なにか抗いがたい興味も生まれていたからだと思う。

「それって、いつの予定なの?」

けれど、他方では胡乱な気配を嗅ぎ取って、断る口実を探していたのも事実だ。
日程の都合が悪いことにすれば、後ろめたさは残るものの、相手を納得させられる。
そんな、どうにも姑息な感が否めない発言だったのに、雪華綺晶は気にかけた風もなかった。

「ちょうど、お盆の時期ですね。もしかして、帰省などされます?」

それはない。帰省する本家と言ったら、現住所なんだもの。
出かけるとしても、日帰りでお墓参りをするとか、そのくらいかな。

おじいさんも、おばあさんも、それはそれは律儀で几帳面な人たちだ。
祝祭日には必ず国旗を掲げるし、法事などの行事を蔑ろにすることもない。
その影響を受けたボクも、もう何年も、欠かさず日記を付けていたりする。

まあ、それはともかく、今年のお盆もきっと、例年どおりのスケジュールだろうね。
ボクは観念して、首を横に振った。

「ううん。その予定は、ないよ」
「でしたら、引き受けてくれますわね?」
「随分とせっかちだね。キミって、いつもそうだったっけ?」
「ふふ……意外でしたか? ええ。私、これで結構、我が強いんですよ」

悪びれもせずに言う。この分では、目的を果たすまで執拗に迫られそうだ。
しかしながら、仕事とやらの詳細が解らないでは、簡単に承諾などできない。

「キミはいったい、ボクに、なにをさせたいのさ?
 返答次第では、ここまで聞いておいてなんだけど、断らせてもらうよ」
「実に、ごもっともな意見ですわね。ええ、まったく」

雪華綺晶は艶然と笑いながら、言った。

「ご心配なさらず。力仕事などでは、ありませんから。要は、店頭販売員です」

もっとも、真夏の暑い盛りですから、体力は必要かもしれませんけどね――
駄菓子にオマケを付け加えるような勢いで、雪華綺晶は挑むように瞼を細めた。

店頭……販売員? それってつまり、携帯電話のセールスみたいな?
それとも、某ファーストフード店のシェイク売りとか?
訊いたところ、そのイメージで間違っていないと、雪華綺晶はにこやかにサムズアップした。


   ★

――とまあ、これが、引き受けた理由。ボクは、このとき決定的な取り違えをしていた。
路上で通行人に呼びかけ、商品を売り込むだけの簡単な仕事だろう、と。
そして、これはボクの勝手な見解なのだけれど……雪華綺晶はおそらく、こちらの誤解に気づいていた。
それでいながら、訂正しようとしなかったんだ。都合よく、コトを運ぶために。

そりゃあね、勝手な思い込みをしたのは貴女だと言われたら、二の句が継げないよ。
でも、誤解を招くような……曖昧な言い方をした雪華綺晶にだって、絶対に非があるはずだ。

ああ……考えまいとすれば、殊更に忸怩たる想いで胸が痛くなってしまう。
またもや溜息が漏れそうになったところで、みっちゃんに頬をつんつんされた。

「ほらほら。お客さんよ、蒼星石ちゃん」
「うわっ、ごめんなさい! えぇと、こちらは400円です。ありがとうございます」
「どーもー。また、よろしくお願いしまーっす!」

ふぅ……変な汗が出てきちゃった。いけないな、仕事に集中しなくちゃ。
――と、気持ちを切り替えた折りもおり。

「暑さで朦朧としちゃった? もう売り切れ間近だし、涼んできていいよ」

みっちゃんに気遣われてしまった。
ボクの注意力散漫は、暑さのせいばかりじゃないんだけどね。
それに、申し出は嬉しいけど、コスプレしたまま歩き回るのも恥ずかしいし。

だけど……と、会場ホールの裏手に目を向けて、思い直した。
換気用にシャッターの開け放たれた通用口から、外の汎用通路が見える。
トラックやフォークリフトが、設営の準備の際、会場に乗り入れるためのものだ。
そこならば比較的、人も少なそうだった。

ちょっと気詰まりしてるのも確かだし、外の空気を吸ってきたほうが、いいかもしれない。
思ったときにはもう、みっちゃんに話しかけていた。

「少しだけ、席を外してもいいですか」
「全然おっけー。少しと言わないで、ゆっくりしてきてね」
「すみません、お言葉に甘えさせてもらいます。なるべく、すぐ戻りますから」
「いいの、いいの。ホントに、気にしなくていいからね。
 なんだったら、ちょっと会場を見て回ってみたら? いろいろ見所あるわよー」

さすがに、それは遠慮したい。普段着でならまだしも、この格好ではね。 
どうせジュースの一本も飲んで、戻ってくるつもりだったし。

そう告げようとしたボクを、携帯電話の着メロが遮った。
みっちゃんが即座に電話に出たため、結局、言えずじまいに。
まあ、敢えて言い置きしなきゃいけないほど重要でもないし、いいんだけど。

ボクは、みっちゃんに軽く会釈して、その場を離れることにした。
背後から、「役者は揃ったわね」とか、「手筈どおりに」なんて――
そこはかとなく物騒な、みっちゃんの話し声が聞こえてきたけれど。

「お祭りに浮かれた、悪ふざけの軽口だよね、きっと」

大方、親しくしている他のサークルの人との、なんてことないお喋りなのだろう。
みっちゃんの同人誌を買いに来た人たちも、似たような雰囲気だったし。
……うん。きっと、いちいち気にすることじゃあないよね。
ボクは足を止めることなく、会場の外へと向かった。


このときの、精神的にも体力的にも疲弊していたボクに、どうして知る由があっただろう。
まさか、まさか、あんな――
自分が向かっている先に、予想だにしなかったモノが待っていたなんて。


  -2-