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  『日常の、非現実』
 
 
穏やかな日射しが降り注ぐ、春先のこと。

その日も水銀燈は、珍しく独りで下校していた。これで、二日連続だ。
普段なら、大抵、薔薇水晶がくっついているのだが、今日も今日とて彼女は居ない。
なんでも、ジュンと帰りがけに用事があるとか……。

 「最近、あの二人って妙に仲が良くなったわよねぇ」

校門で待ち合わせして、親しげに腕を組み、駅前の方角へ去って行く二人。
彼等の背中が頭の中に浮かび、水銀燈は慌てて、妄想を止めた。
ちょっとだけ、嫉妬心が頭をもたげる。

暫く前なら、薔薇水晶は水銀燈にベッタリだった。
まあ、今でも普段の学園生活ではベタベタだけれど、微妙に、以前と違う。
薔薇水晶の雰囲気が、全体的に変わったのだ。
それも、ごく最近になって、特に――

 「思えば、バレンタインの頃から予兆みたいなものは、有ったわねぇ」

やたらと気合い入りまくっていたし、休み時間などは、積極的にジュンと会話をしていた。
控えめな感じだったのに、化粧っ気も増した気がする。

そして、昨日のホワイトデー。
二人の間に何があったのかは、まだ聞いていない。
しかし、何らかの変化が有ったことは、紛れもない事実だった。

――もしかして、ジュンと薔薇しぃが、交際?

証拠はない。しかし、容疑は濃厚。
ジュンと一緒に帰る薔薇水晶の表情は、恋する乙女そのものだった。

羨ましくもあり……。
妬ましくもあり……。

なにやら悶々とした気分で、トボトボと歩いていた、そんな時だ。
水銀燈の足元を駆け抜けて行く、白い物体。
ビックリして、水銀燈は可愛らしい悲鳴を上げていた。

 「な、何なのよぉ、今のはぁ?」

見れば、それは真っ白なウサギだった。

 「また……野良ウサギぃ?」

水銀燈の脳裏に、以前の忌まわしい記憶が甦る。
あの時はカラスに変えられて、酷い目に遭ったっけ。
下手に関わり合うと、また妙な事態に巻き込まれかねない。


――見なかった事にしよう。

水銀燈が踵を返そうとした、正にその時、
道路を突っ切っていた野良ウサギが、車に轢かれた。
それだけならまだしも……。


  ぼとっ!


宙を飛んで、水銀燈の足元に落ちてきたではないか。

 「うそっ! なんで、そうなるのぉ?!」

この程度でくたばる道化ウサギでない事は承知しているが、
水銀燈は思わず、声を掛けていた。

 「ちょっとぉ、大丈夫ぅ?」
 「痛たたた……おや、いつぞやのお嬢さん? こんにちわ」
 「はあ……こんにちわぁ」

頭から血を流しながらも、のほほん、と挨拶をしてきたウサギにつられて、
思わず会釈を返す水銀燈。
道化ウサギは自分のペースで、とんとんと話を続けた。 

 「おや? 元気がありませんね。何か、心配事でも?」
 「な、ないわよぉ、別に。それじゃあねぇ」

早々に話を切り上げて、水銀燈は逃げようとした。
正直なところ、この道化ウサギとは関わり合いになりたくない。
しかし、このウサギ……空気を読まない性格らしい。

 「元気が無い時は、気分転換が一番。少し、非現実世界で遊んで行きませんか?」
 「いきません」

水銀燈は、にべもなく拒絶した。
だが、道化ウサギも負けてはいない。

 「は~い、一名さまご案内~!」
 「なんでよっ! 遊んでいかないったらぁ! 人の話を聞きなさぁい!」

ポン引きか、お前はっ! 
……と、ツッコミを入れるより早く、水銀燈は白い煙に包まれていた。

煙が晴れたとき、水銀燈は銀毛の猫に変えられていた。
それも、尻尾が二本もある、妖怪猫又に。

 「やだぁ! なんで、こうなるのよぉ! 元に戻しなさいったらぁ!」
 「大丈夫ですよ。時間が来れば、元通りになりますから」
 「それって、いつまでぇ?」
 「さぁて……そこは個人差というもので、確かな数字は出せませんね。
  それじゃあっ、グッドラック!」

水銀燈に引き留める時間も与えず、道化ウサギは非現実世界に潜り込んでしまった。
独り、ぽつねんと取り残される猫又銀ちゃん。


 「じょ……冗談じゃないったらぁ!」

早く家に帰って、道化ウサギの術が解けるまで、大人しくしていよう。
小走りに歩道を進み、残りの家路を急ぐ。
すると、少し先を歩く、金髪の娘が目に入った。

 「あらぁ? 真紅じゃないのぉ」

思わず口にした途端、真紅が振り返った。

 「水銀燈……って、あら? 今、確かに声が聞こえたのだけど。ん?」

真紅の青い瞳が、猫又銀ちゃんに向けられた。
これは拙い。なんとか誤魔化さなくては……。

 「にゃぁ~ん」
 「っ!!」

とりあえず、場当たり的に猫のフリをしてみた。
すると真紅は、ピキッ! と頬を引き攣らせ、後ずさった。
そう言えば、真紅って猫が苦手なんだったっけ。

 (これは……ちょっと愉しめるかもしれないわねぇ)

水銀燈は調子に乗って、真紅の足に擦り寄ろうとした。

 「ふにゃ~ん。ごろごろ……」
 「ひいぃっ! こ、来ないでっ! イヤぁっ!」

一目散に逃げ出す真紅。その後ろを、銀毛の猫又が追い掛ける。
微妙なタイミング。競争の行方は、まさに間一髪。
真紅は猫又銀ちゃんに追い付かれる直前、自宅に逃げ込み、ドアに施錠してしまった。

 「ふふぅん。甘いわよぉ、真紅ぅ。物の怪を閉め出せる筈、ないじゃなぁい♪」

猫又銀ちゃんは、ブロック塀から物置の屋根、そこから一階の屋根へと飛び乗った。
何度も遊びに来ているから、真紅の部屋は知っている。
屋根伝いに窓辺に近付き、そろり……と、覗いてみた。

部屋に戻り、鞄を降ろした真紅の表情は、いつになく青ざめていた。
どうして、そんなに猫が苦手なのだろうか。
窓の外から猫又銀ちゃんが覗いているとも知らず、真紅は制服を着替えて、階下に降りていった。
チャンス到来。

窓は施錠されていたが、鍵を凝視して、開くイメージを送ると、意外にあっさり解錠された。
なるほど、これは便利。
猫又銀ちゃんは器用に窓を開けて、するりと身体を滑り込ませた。

 「潜入成功……っと、誰か上がってきたわねぇ」

ベッドの下に潜り込んだ直後、扉が開いて、真紅が入ってきた。

 「……あら? 変ね。窓が開いてる」

しまった、閉め忘れてた。見付かってしまうだろうか。
ベッドの下で身を竦めていたが、真紅は気にも留めず、窓を閉めた。
自分が、無意識の内に開けたと思ったのだろう。

ベッドのスプリングが軋む。
真紅が、ベッドに寝転がったらしい。雑誌でも眺めているのかも知れない。


 (それでは……ぼちぼち)

猫又銀ちゃんは、足音を忍ばせて、ベッドの下から這い出した。


  ひょいっ! どすんっ!


ベッドに飛び乗ると、仰向けに寝ていた真紅の腹に落下してしまった。
真紅が「うぐあっ!」と訳の解らない呻きを上げる。
しかし、自分の上に乗ってきたのが猫だと気付くや、表情を強張らせた。

 (んふふ……いいわねぇ、その顔。可愛いわぁ)

金縛りにあった様に身動きひとつしない真紅の身体を踏み付けながら、
猫又銀ちゃんは真紅の顔を覗き込み、ざらり……と頬を舐めた。

 「ひっ!」
 (これは、なかなか面白いわねぇ)

もっと色々な反応が見てみたくて、猫又銀ちゃんは、真紅の耳や首筋を舐め回した。
猫の舌は、紙ヤスリのような感触がある。
それが、如何なる効を奏しているかは不明だが、舐める度に、真紅は変な声を上げた。

調子に乗って、今度は耳でも甘噛みしてみようかと思った矢先――


  ぼわわあぁぁん!


白い煙が立ち昇り、猫又銀ちゃんは水銀燈に戻ってしまった。

 「す……水銀燈ぉ~」
 「あ、あらぁ? ちょっ……落ち着いて、真紅ぅ」

例によって、例の如く『絆パンチ』が飛んでくるものと思って、水銀燈は竦み上がった。
――が、予想に反して、殴られなかった。
それどころか、真紅はぼろぼろと、大粒の涙を零しているではないか。

 「え? あの……真紅ぅ?」
 「バカ…………とても……怖かったわ」
 「あ~、そのぅ……ゴメン。悪ノリしすぎたわぁ」

水銀燈は、真紅の上に覆い被さると、彼女の頬を両手で挟みこんだ。
親指で涙を拭ってあげても、後から後から溢れてくる。
そんな様子が初々しくて、水銀燈は衝動的に、真紅と唇を重ねていた。

 「っん…………な、なにを……」
 「少しは、落ち着いたぁ?」
 「…………ますます、動揺してしまうのだわ」
 「そうなのぉ? じゃあ、落ち着くまで一緒に居てあげるわぁ」


真紅の両親が帰ってくるまで、二人は有意義な時間を過ごしたのだった。
日常に紛れた、非現実。
ベッドの上で真紅と寄り添いながら、水銀燈は微睡みの中で思った。



たまには、こういうのも悪くないかもねぇ。



百合祭りの即興中編SS。