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  『春の夜は……』


日一日と暖かさを増す春先の風に、はらはらと、花びらが舞い落ちる。
花を咲かせているのは、水銀燈の家の庭に、一本だけある桜の古木。
今夜は二人で夜桜見物。

桜の根元にビニールシートを敷いて、未成年の二人は密かに、酒を酌み交わしていた。
水銀燈が持ち出して来たのは、口当たりの良い、サクランボのリキュール。
ジュースやスナック菓子だけの筈が、つい、酒に興味津々となって飲み始めてしまった。
二人の頬も、すっかり桜色に染まっている。

 「今年も綺麗に咲いたわね、この桜」
 「去年は毛虫が大量発生したんだけどぉ、枯れずに済んで良かったわぁ」

この古木は、二人が子供の頃から、こうして花を咲かせてきた。
そして、二人して質素な花見をするのも、子供の頃からの慣例だった。

調子に乗って、木の高い枝まで登って降りられなくなったり――
折れた枝ごと落ちて、おしりに蒙古斑みたいな青痣を拵えたり――

今となっては笑い話だが、本当に、いろいろあった。


 「真紅ってば、幼稚園の頃に『花咲か爺さん』の真似して、灰被りになってたっけぇ」
 「ふふ……そうそう。撒いた途端、向かい風が吹いて、ね」
 「灰被りと言ったら『シンデレラ』だけどぉ、真紅はぜぇんぜんダメねぇ。
  色気がないからぁ、王子様が迎えに来る気配がないわぁ」

ほろ酔い加減で、けらけらと水銀燈が笑う中、真紅の額がビキビキッ! と鳴った。

 「なんですって~? 聞き捨てならないのだわっ」
 「ふへ? ちょ……真紅ぅ?」

やおら立ち上がった真紅は、リキュールを瓶ごとラッパ飲みして、ふぅ……と吐息した。
そして、ずびしっ! と水銀燈を指差す。
真紅の眼は、完璧に据わっていた。完全無欠の酔っぱらい。

 「シンデレラに魔法がかけられるのは、これからなのだわっ」
 「ちょっと真紅ぅ、もう夜も遅いんだからぁ、静粛に――」

唇に指を当てて黙らせようとする水銀燈を余所に、真紅は低い声で告げた。


 「…………変身するのだわ」


言うが早いか、徐に服を脱ぎ始める真紅。
一瞬にして酔いが醒める水銀燈。

 「えっ? ちょ、ちょっとちょっとぉ! なに、おっ始めてるのよぉ!」
 「変身するのだわ。ハニーフラッシュなのだわ」

完全に支離滅裂……でもないか。変身という点では。
しかし、当然の事ながら、看過できる状況ではない。
水銀燈は、いま正にスラックスを脱ごうとしている真紅に縋りついた。

 「バカバカぁ! 止めなさいよぉ!」
 「離しなさい、水銀燈っ。私はシンデレラになるのよっ」
 「もう! この酔っ払いはぁ……って、そうだわぁ」

水銀燈は機転を利かせて、腕時計を午前零時にセットすると、真紅に見せた。

 「見なさい、真紅っ。もう時間切れなのよ!」


がぁ~ん!!


擬音で表現するなら、真紅は正に、そんな表情をしていた。
世界の終末を目の当たりにして、茫然と立ち尽くしている様な、そんな顔。

 「そんな……酷い……」

かと思えば、今度はぽろぽろと泣きだす始末。これだから酔っ払いは……。
ともあれ、このままでは近所迷惑になってしまう。

 「ま、とにかくぅ……冷えてきたし、家に入りましょうよぉ」

しゃくり上げる真紅の肩を支えながら、水銀燈は彼女を、自分の部屋に連れていった。
四苦八苦しながら真紅を宥め、ベッドに寝かし付けたのは、
もうすぐ本当に午前零時を迎える頃だった。

 「あ、そうだわ……真紅の服、取ってきとかないとぉ」

水銀燈は庭に出て、脱ぎ散らかされた真紅の服を持って、二階に上がった。
寝ている内に、着せておいた方がいいだろう。
部屋に入り、服を着せようと、下着姿の真紅を抱き起こした。
その途端――

真紅の眼が、ぱかっ! と開いた。
束の間、訳の解らない表情を浮かべるが、それも一瞬のこと。
あられもない自分の姿と、抱き起こされている状況を目の当たりにして、
真紅は忽ち、顔ばかりか全身を紅潮させた。

 「な、なな……なにするのよ、水銀燈っ!」

がすっ!
弁明の機会すら与えられず、水銀燈の頬に真紅の右フックがクリーンヒット。

 (ひ……ひどいわぁ……真紅ぅ)

遠退く意識の中で、水銀燈が眼にした壁掛け時計は、午前零時を過ぎていた。
真紅にかかっていた酒の魔法は、解けてしまったらしい。


もう真紅に酒は飲ませない。
そう決意した直後、水銀燈の意識は途切れた。




こうして、二人の慣例行事に、新たな1ページが書き加えられたとさ。