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  ~第四章~


うらぶれた廃屋の中、真紅は未だ目覚めない隻眼の娘に付き添い、看護を続ける。
発汗量も減り、だいぶ穏やかな寝顔になったものの、意識を戻さないことには予断を許さない。

夜も更けてきて、些か眠い。
真紅は瞼が下がってくる度に、ぱしぱしと頬を叩いて眠気を堪えていた。

 「絶対に、死なせる訳にはいかないのだわ。だって、この娘は――」

かけがえのない、同志なのだから。



手当の最中、偶然に触れ合った左手に電流が走った時は、流石に驚いた。
水銀燈だけでなく、【忠】の御魂を持つ五人目の同志にまで巡り会えるとは、
なんという偶然だろうか。
真紅たちは、この娘を休ませるため峠道を下って、件の村へと脚を踏み入れたのだった。

ところが、やっとの思いで辿り着いた村は、既に死に絶えていた。
田畑は雑草に覆われ、最早、その辺の草原と何ら変わらなくなっている。
家屋は倒壊こそしていないものの、屋根が吹き飛び、朽ちかけ、
久方ぶりの訪問者を無惨な姿で出迎えてくれた。
村内を回れば、至る所で、埋葬されなかった骸が白骨化している様を目にした。
いかに短期間で、村民たちが絶命したのかは、大体の見当がつく。


真紅たちは、損傷の軽い家屋に隻眼の娘を運び込み、看病を始めて今に至っている。
双子の姉妹は、激戦を繰り広げた上に、屍を埋葬した疲れもあってか、ぐっすりと眠っていた。
蒼星石の背中にしがみつく様にして眠る翠星石を眺めて、真紅は頬を弛ませた。

 「本当に、仲の良い姉妹なのね。少し、羨ましいわ」

今の状況を見る限り、蒼星石の方が姉っぽく感じられるが、それは言わない方が良いだろう。
水に浸した手拭いで娘の額を優しく拭いていると、見回りに出ていた水銀燈が戻ってきた。
視線で状況を確認する真紅に、水銀燈は無言で頸を振って見せた。
つまり、異常なし……と。
真紅は安堵の息を吐いた。休める時間があるのは、何よりもありがたい。

 「どぉなの、その娘の調子は?」
 「確実に、快方へは向かっているわね。でも、かなり疲労困憊しているみたい」
 「こんな華奢な身体で、どのくらいの間、毒に耐えていたのかしらねぇ?」
 「さあ……。今夜いっぱいは、目を覚まさないかも知れない」

本職の医者ではないから、断言など出来ない。素人療法も、ここまでが限界だった。
あとは、この娘の生命力に賭けるしかないのだ。
真紅は、静かな寝息を立てる娘を見つめながら、欠伸を噛み殺した。

 「代わってあげるわよ。真紅ぅ、貴女も少し眠りなさい」
 「……ごめんなさい。それじゃあ、お言葉に甘えるのだわ」
 「気にしなくて良いわよぉ。私って、宵っ張りだからぁ」

埃っぽい茣蓙に移ると、真紅は静かに、疲れた身体を横たえた。
それでも舞い上がった埃で鼻がムズムズして、二回三回と、くしゃみを繰り返す。

 「大丈夫ぅ? よほど、上等な布団に慣れてるのねぇ」
 「別に、そんな事はないのよ。普段だって雑魚寝ばかりだし、それに――」
 「それに?」
 「元々、私は孤児なのでね。つい最近まで、布団で寝る事なんて滅多になかったわ」
 「ふぅん……真紅も、孤児だったのねぇ」
 「も? って、まさか水銀燈、貴女もなの?」

意外さのあまり、つい勢いよく半身を起こしてしまった真紅の周りで、
もわぁん……と、埃が舞い上がる。
再び、くしゃみを連発する真紅の後頭部に、小振りな椀が投げ付けられた。

 ぱかん!

 「うるせぇですぅ…………むにゃ……」
 「っ痛たぁ……なんて粗暴なの、この娘は!」

ぶつけられた箇所を撫でさすりながら文句を言おうとしたが、
翠星石は既に、夢の世界に戻っていた。
仕方ない。溜息を吐いて、真紅は水銀燈の隣に移動した。

 「今ので、目が冴えてしまったわ。もし良ければ、貴女の話を聞かせてもらえない?」
 「いいけどぉ……面白い話じゃあないわよ。寧ろ、退屈するかもねぇ」
 「大いに結構。退屈な話なら、寝物語に丁度いいのだわ」
 「はいはい。えぇっとねぇ、昔々――」

水銀燈は、おちゃらけを交えながら、自分の身の上を語って聞かせた。
鎮守の森の社に、捨てられていたらしいこと。
子供の居なかった老夫婦に引き取られたものの、赤目銀髪の外見で虐められたこと。
そんな中でも、一人だけ仲良くしてくれた、めぐという娘のこと。
難病に冒された彼女のために、腕利きの医者を捜していること。

 「あれから一ヶ月……名医の噂を聞きつけては、訪ねてるんだけどねぇ」
 「見つからないのね」
 「胡散臭い祈祷師だったり、怪しい薬を高額で売りつける詐欺だったり……。
  たまに本物の名医も居たけど、めぐの症状を伝えると、自分では治せないって断られたわ」

早く、治してあげたい。苦しい思いから、解放してあげたいのに。
ぽつり……と呟いた水銀燈の頬を、一滴の煌めきが伝い落ちた。
親友の為に、我が身の危険も省みず、当てのない旅に飛び出した水銀燈。
それが、どれだけ辛く、寂しい道のりだったのかは、想像に難くなかった。

 「人前では気丈に振る舞うけれど、本当の貴女はとても寂しがりで、心の優しい人なのね」
 「よしてよ。そういうの、私の柄じゃないわぁ」
 「そう? 【仁】は慈しみの御魂。私は、羨望を覚えるけれど」
 「勝手に羨望でも何でもしてなさい。おばかさん」
 「確かに……ばか……かもね」

水銀燈の肩に、真紅の肩が触れ、静かに体重が掛けられる。
なんのつもり? ちょっとドギマギしながら水銀燈が頸を巡らすと、真紅の寝顔が近くにあった。
肘で小突くと、はっ……と目を覚ますものの、直ぐに瞼が閉じて寄りかかってくる。
それを何度か繰り返して、水銀燈は諦めた。

 「仕方がないわねぇ。どぉして私が、こんなことを」

水銀燈は真紅の背に腕を回して支えると、少し横にずれて、徐に真紅の身体を傾けた。
流石に目を覚ますかと思いきや、真紅は眠ったままだ。
そっ……と、水銀燈は真紅の頭を、自分の太股に乗せた。
真紅が心地よさそうに呻く。安心しきった寝顔で、健やかに呼吸を繰り返している。
以前、拳で殴りかかってきた時とは全く違う、無邪気な寝顔だった。

 「こういうのは……柄じゃないんだってばぁ」

溜息混じりに呟いた彼女の表情は、言葉に反して、少しだけ嬉しそうだった。




誰かに話しかけられた気がして、水銀燈は目を覚ました。
いけない。うっかり眠ってしまったらしい。
眼を瞬かせながら背筋を伸ばしたところで、隻眼の娘と視線がぶつかった。

 「あ、あの……う」
 「あらぁ。漸く、目を覚ましたのねぇ」

ひょいっ……と立ち上がろうとして、脚に重みを感じた。
しまった、真紅に膝枕してたんだっけ。
思い出した時には、既に手遅れ。真紅の頭は水銀燈の太股から滑り落ちていた。

 ごんっ!

板張りの床に思いっ切り側頭部を強打した真紅は、あまりの痛さに、ぷるぷると身悶えしていた。

 「痛ったぁ――――」
 「ご、ゴメン、真紅ぅ。誓って、悪気は無かったのよぅ」
 「……本当なの? なんだか胡散臭いわ」
 「信じてったらぁ。ああ、それよりも、あの子が――」
 「えっ?」

憤慨しつつ、水銀燈が指さす方へ目を転じた真紅に、隻眼の娘は軽く会釈した。
真紅の険しかった表情が、忽ち和らいでいく。
水銀燈は密かに、胸を撫で下ろした。

 「あの…………私、薔薇水晶……です」
 「良かったわ、気が付いたのね。私は真紅。一応、退魔師を生業にしているわ」
 「へっぽこ退魔師だけどねぇ……ああ、私は水銀燈よ。よろしくねぇ」
 「ちょっと! 今の台詞、聞き捨てならないわね」 
 「気にしない気にしなぁい」

賑やかな話し声を聞きつけて、双子の姉妹も起き出してきた。
そして、薔薇水晶に気付くと、二人揃って満面の笑みを浮かべた。

 「おぉ~。やっと目ぇ覚ましやがったですか」
 「まだ、少し顔色が悪いね。大丈夫かい?」
 「ええ……なんとか……」
 「なんとか、じゃあダメです。私が、何か滋養のつく物を獲ってくるですぅ」

そう告げて飛び出していった翠星石は、暫く経って戻ってきた時、獲物を両手に抱えていた。
兎にアナグマ、山芋と、なかなかの量だ。

 「ねえ、水銀燈。アナグマなんて、美味しいのかしら?」
 「タヌキ汁なら聞いた事があるけどねぇ」
 「街で育った奴等は、モノを知らねぇですね。狸や狐なんか、不味くて食えねぇですよ。
  昔話で旨いタヌキ汁と言ってるのは、実はアナグマ汁のことですぅ」
 「じゃあ、ボクは調理してくるよ。姉さん、その辺の野草も摘んできて」
 「任しとけですぅ」

それから程なくして、あばら屋の中に旨そうな匂いが充満してきた。
蒼星石は手際よく兎やアナグマを解体して、肉を大鍋に放り込んでいく。

 「驚いたのだわ。貴女たち、生活力あるのね」
 「出来なければ、死ぬだけだったからね。ボク達姉妹は、孤児だったんだよ」
 「小さな子供の頃から、こうして生き延びてきたですよ」

俊敏な翠星石が獲物を捕らえ、器用な蒼星石が調理する。
しっかりと役割分担されている事に、誰もが感嘆の声を上げた。




 「ほれ、薔薇しぃ! これ食って元気になるです」
 「ば、薔薇しぃ……って」

すっかり翠星石の勢いに呑まれた薔薇水晶は、差し出された椀を両手で受け取った。
ほかほかと湯気の立つアナグマ汁は、味噌仕立て。蠱惑的な匂いを立ち上らせている。
山芋は短冊状に切り揃えてあった。

 「それにしても、味噌なんて、よく持ってたわねぇ」
 「床下に、味噌の瓶が埋め込まれてたからね。使わせてもらったんだよ」
 「ちょっと待って、蒼星石! 大丈夫なの? この村には疫病が蔓延ったのよ」
 「大丈夫だよ。表面の方は捨てたし、使う前に軽く炙った上に、ボクが毒味したから」
 「うん! 旨いですぅ。流石は蒼星石です」

皆の心配を余所に、翠星石は平気な顔をして、蒼星石の料理に舌鼓を打っていた。
なんとまあ、逞しい姉妹だろうか。
翠星石があまりにも美味しそうに食べるものだから、皆は生唾を呑み込み、恐る恐る椀に口を付けた。
その後はもう、誰もが話すことも忘れて、アナグマ汁を味わい尽くしていた。




食後の、のんびりした空気の中、薔薇水晶は双子の姉妹を交互に眺めて口を開く。

 「貴女たちが……羨ましい……」
 「どうしてです? ロクな人生じゃないですよ」
 「でも……いつも、一緒に居られたでしょ。私は……」

薔薇水晶は目を伏せ、下唇をキュッと噛んだ。「私は、お姉ちゃんと……一緒に居られなかった」

薔薇水晶の金眼から、ぽろぽろと涙が溢れだす。
泣きながら、彼女は幼い日の出来事を語った。
戦乱に巻き込まれて、母を殺され、姉と別れ別れになってしまった事を。
以来、ずっとずぅっと捜し続けているのに、手懸かり一つ掴めない現実を。

 「ずっと……いつまでも隣に……居たかったのに」
 「もしかしたら、キミの姉さんは、もう――」
 「蒼星石っ! 縁起でもないコト言うなですっ!」
 「ううん、いいの。そう思われても…………仕方ないから」

薔薇水晶は袖で目元を拭うと、ひとつ頷き、気丈に微笑んだ。
彼女の瞳に、悲しみの色は無い。力強い光だけが宿っていた。

 「でも、諦めない。捜し続けていれば……きっと会えると信じてるから」
 「薔薇しぃ……お前は、健気なヤツです。私たちも、姉さんを捜すの手伝ってやるです」
 「そうだね。さっきは無神経な事を言ってゴメン。
  ボク達も、キミの姉さんについて調べてみるから、元気出して」
 「うん。二人とも……ありがとう」
 「よし! それなら、ちゃんと親友になった証の、握手をするですよ」

【忠】は、嘘偽りのない真心を示す。三人は、しっかりと手を握り合った。
その様子を縁側で眺めていた水銀燈は、同じく隣で休んでいる真紅に話しかけた。

 「なんだか、向こうで勝手に話が進んでるみたいだけど……いいのぉ?」
 「私は構わないわ。それに、貴女だって本当は、手を貸してあげたいのでしょう?」
 「はぁ? ばっかじゃないのぉ? 私が、何の得にもならない事をする訳ないじゃなぁい」
 「はいはい……。貴女って、本当にウソが下手なのね」

ぐむぅ……と、口を噤む水銀燈に、真紅はにっこりと微笑みかけた。

 「でもね、水銀燈。私は、そんな貴女が大好きよ」
 「へっ? な、なぁに? それ、どーいう意味よぉ?!」
 「どうって、そのままの意味よ。何を狼狽えているの? おかしな人ね」

素っ気なく言いつつ、顔を背けて笑いを堪える真紅を見て、水銀燈は漸く彼女の意図に気付いた。
かぁっと頬を赤らめて、握り拳を振り上げてみせる。

 「真紅ぅ! さては、からかったわねぇ!」
 「貴女が勝手に誤解しただけじゃない。それに、大好きというのは本当のコトよ」
 「いや……だからぁ、そう面と向かって言われたら……恥ずかしいでしょぉ」
 「これからも、よろしくね。水銀燈」

真紅が、すっ……と手を差し伸べる。

 「わ、解ったわよぉ」

水銀燈は手を伸ばし、少し躊躇って、徐に真紅の手を握り返した。
その様子を室内から見守っていた三人は、声を潜めて言葉を交わした。

 「あの二人――いつの間に、あんな仲良くなったですかねぇ?」
 「きっと、出会った頃からじゃないかな。二人併せて、初めて『仁義』になれるんだからね」
 「他者を思いやり、行動できる人たちなのね。女同士の友情って、なんだか……素敵だなあ」
 「私は…………姉妹の愛情の方が大切ですぅ。ね、蒼星石ぃ?」
 「ちょっと、姉さん。いちいち抱き付かないでよ」
 「え? あの……貴女たちって……まさか、そういう――」

絶対に違うっ! 蒼星石の叫びが、山間の村に響きわたっていた。




深い渓谷に架かる吊り橋は、細く、心許ない。
その袂で、小袖姿の娘と、緋色の甲冑を纏った娘が何やら謀議に勤しんでいた。

 「のりさん。連中、本当に此処を通るの?」
 「これまでの足取りから分析した結果よ。お姉ちゃんを信じなさい」
 「勿論。信じたからこそ、色々と小細工を弄したのよ」
 「うふふ……めぐは素直で、良い娘ねえ。同じ新入りでも、糞生意気な笹塚とは大違い」

言って、のりはめぐの背後から蛇のように腕を絡ませ、尖った爪で彼女の頬を撫でた。
めぐは黙って、のりの気の済むようにさせている。
ただ一点を……谷風に揺れる吊り橋を、睨み続けていた。

 「正直、私なんかが四天王の大役を任されても良いのかって、不安になるわ」
 「だぁいじょうぶ。めぐが一人前になるまで、お姉ちゃんと雪華綺晶が補佐してあげる」
 「これからも頼りにして、良いのよね?」
 「言ったでしょう? お姉ちゃんを信じなさい……って」
 「……解ったわ。絶対に、私を裏切らないでね。もう、誰かに見放されるのは嫌なの」

のりの瞼が、すぅっと細められた。なんて健気で、無垢なんだろう。
衝動的に、汚したくなってしまう。
手首に力を込めて、めぐの顔を横に向けると、のりは彼女の唇を奪い、激しく吸った。
突然の事に、めぐは目を丸くした。しかし、抗おうとはせず、のりを受け入れた。

情熱的な口付けを終えると、のりは蛇の舌で、ちろちろと自分の唇を舐めた。

 「本当に可愛い娘ね、めぐは。御前様がお気に召すのも解るわあ」
 「御前様が…………私を?」
 「そうよお。ご期待に副えるように、頑張らなくっちゃねえ」

御前様の為に働くこと――
めぐにとって、それは自分の存在意義に他ならなかった。


  =第五章につづく