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  ~第十章~


めぐが立ち去った事で、睡鳥夢の効果は失われた。
だが、戒めを解かれてホッ……としたのも束の間、一難去って、また一難。
森の中なら、槍や刀を手にした穢れの者どもが、続々と湧き出してきた。
やはり、そう簡単には見逃してもらえないらしい。

状況は、かなり不利だ。
蒼星石の剣が折られ、水銀燈の太刀は森の中に飛ばされてしまった。
仮に得物が手元に有ったとしても、蒼星石は気を失ったままだし、
水銀燈はめぐと斬り合った動揺を引きずっている。
とても、充分な戦力にはなり得なかった。

得物を手にしているのは、真紅と薔薇水晶のみ。
その真紅も、暢気に眠りこけていた。
ジュンが撃たれた時の銃声ですら目を覚まさないとは、どういう神経をしているのか。

 「銀ちゃん、下がって。私が前に出る。真紅と蒼ちゃんを……お願い」 
 「わ、解ったわ。任せたわよ、薔薇しぃ」

薔薇水晶は、腰の両脇に吊した小太刀『樹』と『焔』を引き抜き、縁側から飛び出した。
それを待ち構えていたかの様に、無数の矢が飛来する。
けれど、薔薇水晶を狙ったものは殆ど無く、ほぼ全てが庵に放たれた火矢だった。
茅葺きの屋根に火矢が突き立ち、徐々に火勢を強めていく。

庵の中には、行動不能の真紅と蒼星石がいる。
水銀燈ひとりでは、二人を両脇に抱えるだけで精一杯だ。とても戦える状態ではない。

彼女たちが脱出する時間を稼ぐためには、敵の眼を自分に引き付けるしかなかった。
だが勿論、何の用意も無しに、あれだけの敵に突撃するのは自殺行為だ。
簡素な部分鎧を着けているとは言え、そんな物は所詮、気休め。

奇声を発して斬りかかってきた数体の足軽を瞬時に切り伏せ、薔薇水晶は走った。
こういう場合、躊躇いは命取りになる。一所に立ち止まってはダメだ。
薔薇水晶は穢れの者どもの前衛に飛び込み、手当たり次第に斬って、斬りまくった。

 「小太刀二刀流は、天衣無縫……。雑兵に見切れるほど……安くない」

混戦に持ち込んだお陰で、弓足軽の射撃はこない。穢れの者でも、同士討ちは避けるらしい。
とは言え、所詮は小太刀。乱戦になれば有利でも、距離を取られると厳しい。

 「せめて、銀ちゃんの太刀だけでも回収できれば――」

状況は、かなり好転する。今、攻撃的な精霊は、水銀燈の冥鳴だけだ。
でも、肝心の太刀は、何処に?
周囲を見回すが、敵が多すぎて、全く解らない。下草に埋もれていたら絶望的だ。

 「どこ? どこに有るの?」

必死に太刀を探そうとする薔薇水晶を嘲笑うように、槍が繰り出される。
槍の穂先を小太刀で弾き、間合いに飛び込む。

 「邪魔……しないで」

言って、薔薇水晶は穢れの者の虚ろな眼窩に、小太刀を突き入れた。



一方、水銀燈は蒼星石を抱えて迫り来る炎を避けながら、爪先で真紅の頭を小突いていた。
けれど、真紅は目を覚まさない。幾ら何でも、様子が変すぎる。
水銀燈は眉を顰めながら、蒼星石を降ろし、真紅の額に手を遣った。

 「熱はないわ。呼吸も、安定してるのに……あぁもぅ! どういう事よぉ?」

試しに、思いっ切り真紅の頬をひっぱたいたが、それでも真紅は起きなかった。
どうなっているのか、ちっとも判らない。
痺れを切らして、掛け布団を引き剥がした水銀燈は、予想もしなかった事態に息を呑んだ。
いつの間に潜り込んでいたのか、真紅の身体に巨大なムカデが巻き付いていたのだ。
その頭は、胸元から巫女装束の中に侵入している。

 「っこの、ムシケラがっ!」

水銀燈は枕元に置かれていた神剣を掴むなり、引き抜いて、ムカデに斬り付けた。
一歩間違えば、真紅まで傷つけてしまう状況だが、水銀燈は躊躇わない。
胴の途中で両断されたムカデは、じたばたと身悶え、緑色の体液を撒き散らした。

 「あっち行けっ! 汚らわしいわねっ!」

暴れるムカデの胴を部屋の隅に蹴り飛ばし、水銀燈は真紅の服を掴むと、胸元を開いた。
ムカデの牙が、真紅の脇腹に食い込んでいる。なにか、毒物でも注入されていたのか?
水銀燈は、真紅を噛んでいたムカデの顎をこじ開け、取り外すと庭に投げ捨てた。

 「真紅! 真紅ぅっ!」

呼びかけながら、ぺしぺしと頬を叩くと、真紅は小さく呻いた。
真紅の瞼が、うっすらと開く。瞳孔に、曇りなどの異常は見られない。
良かった、気が付いた。
喜んだのも一瞬、水銀燈の頬に、真紅の握り拳が飛んできた。

 「あ痛ぁ~。な、なにするのぉ」
 「それは、私の台詞なのだわ! 人が眠っている間に、なにを――」

そう言えば、胸をはだけさせたままだった。
真紅は顔を真っ赤にして、服を掻き寄せながら、水銀燈を睨み付けた。
目には涙を浮かべている。

 「あ~……あのねぇ、真紅ぅ。思いっ切り、誤解だからぁ」

水銀燈が部屋の隅と、庭を指差す。
その順番に頚を巡らした真紅は、少し考えて「ごめんなさい」と、素直に頭を下げた。

 「解ってくれたなら良いわよぉ。それより、薔薇しぃの救援に行って」
 「貴女は、どうするの?」
 「とりあえず、神剣の鞘だけ貸しといて。こんな物でも、武器にはなるわぁ」

真紅は水銀燈から神剣を渡されると、燃え上がる畳を飛び越え、庭に降り立った。
今のところ、体調は問題ないらしいが、だからと言って楽観など出来ない。
あまり無理をさせないように、早く戦線復帰しなくては。

 「さぁて。お次は、こっちねぇ」

元気いっぱいに立ち回る真紅を見守りながら、水銀燈は蒼星石に活を入れた。

 「うっ! は……ボクは、一体……」
 「説明は後、敵襲よ。蒼ちゃんは、これで真紅を援護して」

正気づいた蒼星石に神剣の鞘を渡して、水銀燈は燃え盛る庵から、外に出た。
取り囲まれた庵の、何処から飛びだそうとも、敵が待ち構えている。
水銀燈にとって幸いだったのは、弓足軽が近くに居なかった点だ。
徒手空拳のところに矢を射られたら、水銀燈といえども無傷では済まなかっただろう。
最悪、死という事態にも、なりかねなかった。

斬りかかってきた足軽の手首を左手で掴み、顔面に右の拳を叩き込む。
手が痛くなるくらいに強打すると、足軽の頭蓋骨は、粉々に砕けてしまった。

 「……脆いわねぇ。骨粗鬆症じゃないのぉ?」

ともあれ、刀は手に入れた。見るからに、なまくらだが……暫くは保つだろう。
水銀燈は庵の位置から、自分の太刀が弾き飛ばされた方角の見当を付けた。
ちょっと遠いが、行って辿り着けない距離ではない。
唯一の問題は、自身を取り囲んでいる穢れの者が、あまりに多いということだ。

じりじり……と、包囲網が狭められる。
四方八方から同時に斬り付けられたら、一巻の終わりだろう。

先手必勝。水銀燈は包囲網の最も手薄な部分を狙って、切り込んだ。
敵の刀を弾き飛ばし、陣笠ごと頭蓋を両断する。
更に、真横から突き出された刀を躱して、袈裟懸けにした。

だが、斬ったと同時に刃が足軽の胴丸を噛み、水銀燈の刀が折れた。
なんて脆弱な刀を使っているのだろうか。それとも、いい加減くたびれていたのか。
どっちみち、使い物にならない。
内心で毒突いて、水銀燈は折れた刀を、近くの足軽に投げ付けた。

丸腰になった途端に、穢れの者どもは一斉に斬りかかってきた。
弱い相手を嵩にかかって襲うとは、卑怯千万。
だが、戦術としては正しいし、穢れの者らしいといえば、それらしいと思えた。

水銀燈は咄嗟に右真横に飛んで、初太刀を躱した。
倒れたところへ、槍が繰り出される。入れ替わり立ち替わりで、休む間もない。
絡みつく下草に難儀しながらも、転がって避け続けていた水銀燈の背中が、
何かに当たって止まる。当たり具合からして、人の脚っぽかった。

 (ま、まさかぁ……)

恐る恐る見上げれば、刀を逆手に握った足軽が、今まさに自分を刺し貫こうとしていた。
無駄とは承知しつつ、水銀燈は条件反射的に腕を上げて頭を庇った。

直後、足軽の頭蓋骨が吹き飛び、消滅していく。
その後ろから、薔薇水晶が姿を現した。

 「間に合ったね。銀ちゃん、ここは……私が」
 「助かったわ! ちょっとの間、そいつらを食い止めておいて!」
 「任せて……誰も、通さないから」

――なんて大見得を切ったは良いが、多勢に無勢という感は、拭いきれない。
薔薇水晶は、発動型装甲精霊を起動した。

 「……圧鎧」

すると、纏っていた部分鎧が、瞬く間に特殊な形状を取った。
効果としては、真紅の法理衣と同じだが、彼女の精霊『圧鎧』は、
形状変化を任意で行えるという特徴を持っていた。
薔薇水晶は足軽三体の斬撃を全て装甲で受け止めると、二本の小太刀で、
三体の足軽を易々と破壊した。

 「次…………来い」

金色の隻眼に睨まれ、穢れの者どもは、じりっ……と後退した。
薔薇水晶は小太刀の峰に舌を這わせながら、威圧的に、一歩を踏み出す。
彼女の様子は、差詰め、鎌の手入れに余念のない蟷螂を彷彿させた。

 「……来ないなら、こっちから……行くよ」

言い終えるより先に、彼女は獲物を狩る猛獣のごとく突進していた。
気迫に怯んだ敵も、容赦なく斬り捨てる。

――今度こそ、約束は守る。護り抜いてみせる。
ジュンの護衛を任されていながら、私は何も出来なかった。
めぐが凶弾に倒れた彼を担ぎ、連れ去るのを、ただ指を銜えて見ていただけ。
それが、どれほど屈辱的だったことか……。

後悔の念だけが、今の薔薇水晶を突き動かしていた。
もう、自分の無力さを思い知らされるのはイヤ。
考えすぎて臆病になるなら、いっそ最初から、何も考えずに闘えばいい。
薔薇水晶は、群がってくる者すべてを敵と見なして、我武者羅に戦い続けた。


気づけば、敵の数もかなり減っていた。ちょっと呼吸を整える余裕が生まれる。
だが、そこにこそ落とし穴があった。
刹那の油断。
左側で破裂音が轟いた途端、薔薇水晶は左側頭部に強烈な衝撃を受けて、倒れた。
一瞬で目が眩み、意識が飛びそうになった。膝が、ガクガクと震えて立ち上がれない。

鉄砲で狙撃されたのだと、直ぐに察しが付いた。
精霊を起動していなかったら……と考えると、ゾッとする。
これだから、隻眼というのは不便だ。どうしても、左側の死角が広くなってしまう。

霞む視界の向こうから、槍を構えた足軽の群が突進してくるのが見えた。

 (ああ……もう、ダメかも知れない。
  もう一度、お姉ちゃんに……会いたかったのに)

力無く瞼を閉じる寸前、薔薇水晶の視界に、人影が飛び込んできた。
その人影は長い太刀を振り抜き、只の一撃で、数体の足軽を薙ぎ払っていた。

 「お待たせぇ、薔薇しぃ。お~い……生きてるぅ?」
 「お、遅い……よ。銀ちゃ……ん」

安堵で気が弛んだ薔薇水晶は、そのまま気を失った。
水銀燈は「よく頑張ったね」と囁きかけて、一本の木に駆け寄った。
樹上に、薔薇水晶を狙撃した鉄砲足軽が隠れている事を、知っていたからだ。

水銀燈が木の根元に辿り着いた時、鉄砲足軽もまた、次の弾を込め終えたところだった。
鉄砲を構える暇など、与えはしない。
大上段から太刀を振り下ろすと、斬った枝ごと、鉄砲足軽が落ちてきた。
返す刀で、斬り上げる。
鉄砲足軽は空中で両断され、飛散、消滅した。

 「あと、どのくらい残ってるのよぉ!」

ぐるり見回すと、かなり駆逐したのが判った。
鉄砲の音は聞こえない。狙撃できる足軽は、もう居ないみたいだ。
残りの敵兵力は、真紅と蒼星石の方に偏っていた。       

 「あれさえ叩けば、大勢は決するわねぇ」

見抜いた水銀燈は、二人に危険が及ばない位置を定めて、冥鳴を起動した。




真紅と蒼星石は、自分たちの後方で、冥鳴が暴れるのを見て勝利を確信した。
残敵は、僅か。水銀燈と薔薇水晶が合流すれば、程なくして駆逐できるだろう。

 「真紅っ! あいつが大将みたいだよ」
 「あれは、笹塚っ!」

蒼星石の指差した木陰では、法衣を纏った男が、苦り切った表情で戦況を眺めていた。
真紅は法理衣を起動して、真っ直ぐに笹塚の居る木陰を目指す。
こんどこそ、息の根を止めてやる。

真紅の接近を知って、笹塚は鉄砲を構え、撃鉄を落とした。
ロクに狙いも定めず撃ったものだから、銃弾は大きく逸れて、
真紅の脇に居た足軽の頭を砕いただけだった。
笹塚は「くそっ!」と悪態を吐き、隣に居た護衛の鎧武者を、真紅の方に突き飛ばした。
その鎧武者を斬り伏せた時にはもう、笹塚は風を繰って、姿を消していた。
逃げ足だけは早い奴だ。真紅は小さく、舌打ちした。


笹塚の逃走により、蜘蛛の子を散らすように逃げ出す雑兵たち。
焼け落ちた庵の前に、気絶した薔薇水晶を抱えた水銀燈が合流する。
そこにジュンの姿が無いと知って、蒼星石の表情が、見る間に翳った。

 「水銀燈っ! 彼は……ジュンは、どこなのっ!」

水銀燈は、苦渋に満ちた表情を浮かべた。
言いたくない。でも、伝えねばならない。

 「ジュンは…………ヤツらに、連れ去られたわ」
 「そ……んな――――」

自分が気を失っていた間に、ジュンは……居なくなってしまった。
その事実を突き付けられ、蒼星石は自分の不甲斐なさを呪った。
折角、会いに来たのに! やっと逢えたのに! もっと、色々な話をしたかったのに!
彼が連れ去られた時、自分は気絶していただけ。
力尽くで取り返すことすら出来なかった。

 「なぜ、ボクは……いつも……何も出来ないのさ。
  どうしてっ! どうしてぇっ!!」

蒼星石の嗚咽と絶叫が、焦げ臭い空気が漂う森に吸い込まれては、消えた。




――明伝藩、某所。
渓流の水が砕ける音を遠くに聞きながら、その娘は粗末な小屋の中、蘭学書を手に薬の調合をしていた。
小屋の壁に作り付けの本棚には、様々な書物が収められている。
系統で見ると医学書が最も多く、中には、原版の医学書もあった。

突然に、戸板が激しく叩かれた。急患だろうか? 
山奥では、しばしば急な傷病人が出る。滑落だの、食中たりだの、他にも……。

 「先生! 金糸雀先生!」
 「はいはい……いま開けるから、ちょっと待つかしら」

戸を開けると、炭焼き小屋で働いている伴天連の宣教師が、栗色の長い髪の娘を抱えていた。
見慣れない顔だった。この付近の娘ではない。着ている物も、忍びのようだ。

 「……ベジータ、この娘は?」
 「知らねぇよ。川の上から、流されて来たんだからな」
 「そう……ああ、そこの診察台に、寝かせるかしら」

ベジータは金糸雀の指示通りに、診察台に娘を横たえ、頼んだぜ……と言い残して帰った。
虫の息だが、まだ生きている。金糸雀は、直ぐに娘の衣服を剥いで、検診した。
一目で、極めて危険な状態だと判った。普通なら、とっくに死んでいる。
まずは、傷を塞がなくては駄目だ。

失血も多いし、体力を失っている状態で、この娘が手術に耐えられるかどうか――
大博打だが……助けるには、それしかない。放っておけば、確実に死ぬだけだから。

 「カナは最善を尽くすから、あなたも頑張るかしら」

娘の耳元に囁きかけて、金糸雀は緊急手術の準備を始めた。


  =第十一章につづく